tkrv短編
バアアアーンッ!!!
深夜、親の目を盗み東卍の集会に愛機のゴキで向かおうと、バイクに飛び乗った時に突如として場地を襲った衝撃。
それは、音の後にようやくやってくる。
まずは頭。そして、背中。
(っ、んだこれ!?!)
どうやら背中に何かとんでもないものが当たったらしい。
その衝撃で彼はゴキに頭をぶつけてしまったようだ。
頭をぶつけた衝撃で、少し凹みができてしまい彼の顔が一瞬青くなり、次の瞬間真っ赤になった。
「誰だゴルァ!!?」
ご近所迷惑を考えて、至近距離にいるであろう相手を探すべく後ろを振り返った彼の髪が、丁度横から拭いた風で視界を塞がれる。
それを鬱陶しそうに掻き上げた場地の視界には、ちみっこい子どもがいた。
「………………………………は?」
「あ、やっぱりケースケだった」
その子どもは、場地の知っている子どもだった。
「お前、そこの公園の……こんな夜に何してやがる」
場地は以前、この子どもがイジメられている現場に遭遇し、集団で囲んでいたうちの一人が近くの花壇で崩れた瓦礫を拾ったところで、喧嘩を止めたのだ。
「ガキが、ンなもん使うんじゃねぇ」と一蹴したところで、集団は去った。
「なんかヘンだとおもったら、ひかってたから」
「バイクの音と光だな……で?」
場地が、それが気になってどうやってきたのかと問う。
どんなことをすれば、あんな衝撃を与えてくれるのかと彼には今怒りより純粋な疑問の気持ちしかなかった。
こんないじめられていたような子どもが、自分を攻撃してきたとはとても思えなかったというのもあるが、流石に女の子どもを攻撃してきたからといって殴り返すわけにもいかない。と言うのが彼の本音だった。
「あそこから、飛んだ」
あそこ、と少女が指差したのは丁度駐輪場となっている場所の上。
少女が指差したのは二階だ。
「おまっ、あそこから飛んだのか!?」
少女の言うことが本当なら、少女は二階の家のベランダから場地の場所目掛けて飛んできたということになる。
駐輪場は野ざらしとなっていたため、トタンの屋根もなかったことでベランダにバイクの光が反射したのだろう。
何かをベランダから友人に投げたことはある場地でも、流石にベランダから飛んだことはないため、彼は驚きとあり得ない状況に目を丸くする。
そんな彼の様子に気付かない少女は、お腹をさすりながらヘラりと笑った。
「うん! いたかったー」
「そりゃそうだろうよバカだろお前」
「ケースケどこいくのー? いいなー」
場地は、少女を見て心底驚いていた。
変だと思ったからといって、二階のベランダから飛んで突撃してくる女の子なんて今まで見たことがない。
そして、今後もそんな子どもには二度と出会わないだろうとも思った。
それと同時に、少女が幼いせいもあってかちゃんとした分別がないのでは、と彼は唐突に不安に駆られた。
自分が真っ当であるとは思わないけれど、常識としてとにかく少女のした行為が間違っているということぐらいは認識させてやらなければ、と彼の中の父性が目覚めた瞬間だった。
「危ねぇから、二度とンなことすんじゃねぇぞ」
「ぶーっ」
「ぶーじゃねぇの、じゃなきゃお前打ちどころ悪けりゃ死ぬぞ」
「しなないもん、ジョーブだもん」
「どれだけ丈夫でも止めろ」
「……どこいくの、ケースケは?」
少女の興味は、自分の痛みよりすぐに彼がこれからどこへ行くのかに移ったのだろう。
子どもらしい突然の会話の飛び方だが、場地にとっては「せっかく心配してやってんのになんだコイツ」である。
瞬間的に目覚めた父性はナリを潜め、すぐに彼の脳内は苛立ちに満ちた。
「あ? 聞いてんのかお前。つか、どこでもいいだろうが」
「おかーさんたちにいいつけてやる」
「おまっ、クソガキが!!」
場地は、少女の首根っこをひっ捕まえようとしたが、それより早く場地の背中にバイクの背に二人乗りするような形で少女が張り付いた。
小さいため、少女をうまく捕まえられず、場地はその場でバイクに座ったまま右往左往した。
「ゼッタイ、いっしょにいくもん! じゃなきゃおこる!」
「今怒ってんのは俺だ!!」
「いやだ! たのしそうでケースケだけずるい!」
「ズルくねぇよ! 俺は遊びに行くんじゃねぇんだぞ!!」
「ヤダヤダヤダ!!」
「黙れクソガキが!!」
つい、本気で場地が怒鳴ると、少女はビクッと体を揺らし場地から離れた。
そして、大きな目を思いっきり見開いたまま、そこに段々と涙が溜まっていく。
「あ、やべっ…………おい、な、泣くなよ?……」
少女の顔が、どんどんどんどん歪んでいく。
眉が寄り、垂れそうになる鼻水を大きく啜る。
啜った時に閉じた目から、涙が一筋少女の頬を伝う。
「わたしも、いきたい……」
先に負けたのは、場地だった。
「こわいこわい!!!」
後ろに乗せてやったはいいものの、信号で止まると少女は怖いを連発している。
想像以上のスピードに、どうやら息が出来なかったらしい。
ゼーハーと、怖いと言う合間に息を吸っては吐いている。
場地が、呆れた目で後ろにいる少女をチラリと見るが、少女は息を整えると、ヨジヨジと動き出した。
「な、何してやがる……」
少女は、後ろからそのまま場地の体を伝って彼のお腹側に移動してきて、コアラが木に引っ付くようにべったりと抱き着いた。
「まえからビューってくると、だめ! だから、こうするの!」
「サルかよ……」
「ちがうもん!!」
もうどうにでもしろ、と諦めたように苦笑した場地は、そのまま信号が変わるとスピードを上げて集会場所へと急いだ。
「場地さん! ちーっす……って、なんすかそのガキ」
「千冬か。コイツ離れねぇんだよ。お前、住んでンの二階だったよな?」
「? はい、そーっすけど」
「コイツ、お前知ってんじゃねぇの?」
ちょんちょん、と場地に突かれると場地のお腹に正面から抱き着いていた少女が、首だけで振り返る。
「あ、ちふゆもいるー」
「げっ、隣のクソガキじゃないっすか! なんでこんなんが場地さんに!?」
「ゴキ乗ったら飛んできたんだよ。二階から」
「は? 二階!?……ただのクソガキではねぇなと思ってたんスけど、まさかイカれたクソガキだとは」
「ちふゆなにいってるのかわかんない」
「おかしいっつったんだよ」
おかしい、という単語の意味は理解できた少女が、プイッとおもいっきり顔を背ける形で、場地のお腹に少女は自身のおでこを擦り付けた。
「やめろ」
「………………、もん……」
「あ? 聞こえねぇぞ」
「おかしくない……きらい、ちゆふきらい」
「良かった。俺もお前嫌いだから助かるわ」
遠慮も容赦もない千冬の言葉に、場地はポリポリと頭を掻いた。
「何してんだ? バジ、お前いつからカンガルーになった」
「カンガルー? コアラじゃなくてか?」
「ドラケンに三ツ矢か。お前らなんで揃いも揃って動物に例えてやがる」
「「そうとしか見えん」」
場地は、自分もコアラに見えたなと思っていたため、返す言葉がない。
「だーれ?」
涙ぐんだまま、少女はそれでも場地に集まる人に興味があるのだろう。
顔を振り向かせた。
「普通な方が三ツ矢、すごい髪型の方がドラケンだ」
「おら、分かるか? これがドラゴンだぞー」
ドラケンが少女に近付き、自身に彫られた龍を見せた。
「すっごーい、きれいだねー」
少女は、そっとドラケンの頭に触れる。
「うごかない?」
「動いたらすげぇな」
「ざんねん」
「……動くように今度躾してみるわ」
「ガチトーンで言うなよドラケン。こえぇよ」
「ケースケはこわがりさんですねー」
親が言うような口調でふふっ、と笑いながら言う少女。
その様子に微笑ましそうに頬を緩ませながら、ドラケンは「なぁ?」と嬉しそうに同意した。
「だなー」
「お前ら仲良しだな」
すっかり涙が引っ込んで、ドラケンと二人で笑い合っている少女に場地は少しホッとした。
「でも、どうするんすか場地さん」
「ついてきちまったもんはしゃーねぇだろうが」
「こんなん連れてたら……」
「連れてたらなんだ? そんな程度で、俺を舐めるような馬鹿がいんのか?」
「…………いえ、すんません」
「行くぞ」
集会場の適当な場所に、場地が腰を下ろす。
ドラケンは、少女の頭を撫でるとマイキーのいるみんなの中心の方へ歩いていく。
三ツ矢は、さり気なく場地の隣、千冬の反対側へと腰を下ろした。
「おい、集会中は喋んなよ。おっかねぇ奴らに怒られんぞ」
「……うん」
場地の真剣な声に、少女はコクリと頷き、場地にしがみつく手に力を込める。
それが分かった場地は、少しだけ彼女の頭を撫でてやった。
まともに集会が進む中、少女はよく分からない話を聞いているうちにウトウトとし出した頃だった。
「よぉ、ここが東卍のアジトかぁ!?」
金髪に染めた男たちが、パラパラと派手な音を鳴らしながらみんなを囲んでいく。
「雑魚だな……」
「場地さん、ソイツ俺が預かりますか?」
場地が、小さく舌打ちをして腕捲りをするのを見て、千冬は場地のお腹を指差してそう言った。
「いや、俺が預かろう」
ペリッと、三ツ矢が少女と場地を引き剥がした。
「あ、ケースケ!」
「すぐ終わるから、お前は三ツ矢と離れてろ」
「大丈夫だ、東卍は強いからすぐに終わる。それまでは俺で我慢してくれ」
「トーマン?」
「俺たちグループの名前だ」
「いまから、なにかあるの? こわいよ……」
「大丈夫だ。怖かったら目瞑ってな?」
三ツ矢に抱っこされた少女は、ぎゅっと三ツ矢の服を掴むが、ふるふると首を横に振った。
「こわいこと、するの?」
「怖くないさ。音が大きかったりするだけだ」
「ケースケ、あぶなくない? ミツヤはあぶなくない?」
「誰も危なくない。強いからな」
三ツ矢の言葉に、少女はキョトンとした。
「ケースケは、ガリベンだっていってた。ガリベンはよわいって」
以前、場地に助けられた時に逃げていく同じ幼稚園の子たちが、彼をガリ勉だと言っていたことを少女は言っていた。
そして、後日その子たちに弱いのを味方につけやがってと、少女は言われていた。
少女もそれが本当だとは思っていなかったが、三ツ矢がその子たちの逆のことを言ったためどちらが正しいのか、判断ができなかったようだ。
「あはは! アイツが弱い? そんなのはありえねぇ」
三ツ矢がそう言った時だった。
突如として襲いかかってきた連中の一人、大男が空中へと吹っ飛ぶ。
「アイツは、相当強いよ」
「ケースケ!」
三ツ矢の腕から下ろされて、血に塗れた鉄の棒を持っている場地の元へよたよたと走っていく少女。
「ケガ! した!?」
「あ? してねぇよこんな雑魚相手に」
「してないって!」
それを聞いて、少女は後ろを歩いてきていた三ツ矢に嬉しそうに報告する。
「だから言ったろ。東卍は強いって」
「すごいねー」
「ガキにすげぇって言われてもな」
「えらいねー」
「ガキにガキ扱いされてるじゃん、バジ。ウケる」
場地が、少女の言葉に呆れて笑っていると、彼のすぐ後ろから楽しそうな笑い声が聞こえた。
「マイキー、テメェなぁ?!」
「スゴイネーエライネー? ぷぷっ!」
「テメェも含めて言われてんだよ馬鹿がっ!」
「ふたりとも、けんかはめぇなの」
当然のように無傷の二人が取っ組み合いを始めようと、互いの胸ぐらを掴むと少女がそう言って二人を止めた。
「…………もう一度、言ってくれ」
三ツ矢は笑いを堪えながら、少女にそう言う。
マイキーの傍に来ていたドラケンは、最早笑っている。
場地、千冬、マイキーは目を丸くして少女を見ていた。
「? けんかはめぇなの」
「メェ、なのか?」
ドラケンが、必死で笑いを堪えてそう言う。
思いっきり羊の鳴き声の真似である。
「だって、せんせーがそういってた! けんかはメェでしょーって」
「「「「「あはははははははは!!」」」」」
「おかしくないもん! めぇだもん!!」
「いやおかしいだろ! そりゃただの羊だろー?」
「いやでもウマイ作戦かもな。戦意が削がれる」
「確かにっ……あはははは!! かっわいーなぁ」
少女が何を言っても大笑いを続けるため、少女は下を向いて黙ってしまった。
それにいち早く気付いたのは三ツ矢だ。
やばい雰囲気を察して、他のメンバーの肩をすぐに叩くが遅かった。
「うわあああああああああああああんっ!!!!!!!!」
少女の存在に気付いていなかった東卍の連中も、周囲の家も思わず飛び起きて灯りをつけるほどの大きな泣き声が、周囲へ響き渡った。
「あー、悪かったって」
「ごめんごめん」
「泣くなって」
誰がいくら謝っても、抱っこしようと手を伸ばしても振り払われてしまう。
「うわあああああああああああああんっ!!!!!!!!」
あまりの煩さに、彼らは耳を塞ぎながら適当にそう言うが彼女の泣き声はおさまらない。
先ほどまでの彼らの大きな笑い声を棚にあげて、千冬は少女の泣き声に「うるさっ」と呟いたのが聞こえたのか、少女の泣き声は更に煩くなる。
「ちふゆのばかあああああああああああああああああああああ!!」
結局、少女を泣き止ませたのは三ツ矢とドラケンだった。
あまりの煩さに、場地はもう少女を連れてくるなと釘を刺されたが、次の集会にまた少女が来てしまうのは、また別のお話。
(ふぅ、撒けただろこれで……)
場地が、集会場所の近くにバイクを止めてヘルメットを外す。
すると、ごそっと先ほどまで場地が座っていたシートから音がした。
(…………まさか……)
シートを開けようとすると、勝手にシートが勢い良く開いた。
「ケースケっ!!」
「ぎゃああああああ!!!!!」
(違う方法でついてきやがった!)
※普通のシートは、子どもが入れる大きさではありません。
深夜、親の目を盗み東卍の集会に愛機のゴキで向かおうと、バイクに飛び乗った時に突如として場地を襲った衝撃。
それは、音の後にようやくやってくる。
まずは頭。そして、背中。
(っ、んだこれ!?!)
どうやら背中に何かとんでもないものが当たったらしい。
その衝撃で彼はゴキに頭をぶつけてしまったようだ。
頭をぶつけた衝撃で、少し凹みができてしまい彼の顔が一瞬青くなり、次の瞬間真っ赤になった。
「誰だゴルァ!!?」
ご近所迷惑を考えて、至近距離にいるであろう相手を探すべく後ろを振り返った彼の髪が、丁度横から拭いた風で視界を塞がれる。
それを鬱陶しそうに掻き上げた場地の視界には、ちみっこい子どもがいた。
「………………………………は?」
「あ、やっぱりケースケだった」
その子どもは、場地の知っている子どもだった。
「お前、そこの公園の……こんな夜に何してやがる」
場地は以前、この子どもがイジメられている現場に遭遇し、集団で囲んでいたうちの一人が近くの花壇で崩れた瓦礫を拾ったところで、喧嘩を止めたのだ。
「ガキが、ンなもん使うんじゃねぇ」と一蹴したところで、集団は去った。
「なんかヘンだとおもったら、ひかってたから」
「バイクの音と光だな……で?」
場地が、それが気になってどうやってきたのかと問う。
どんなことをすれば、あんな衝撃を与えてくれるのかと彼には今怒りより純粋な疑問の気持ちしかなかった。
こんないじめられていたような子どもが、自分を攻撃してきたとはとても思えなかったというのもあるが、流石に女の子どもを攻撃してきたからといって殴り返すわけにもいかない。と言うのが彼の本音だった。
「あそこから、飛んだ」
あそこ、と少女が指差したのは丁度駐輪場となっている場所の上。
少女が指差したのは二階だ。
「おまっ、あそこから飛んだのか!?」
少女の言うことが本当なら、少女は二階の家のベランダから場地の場所目掛けて飛んできたということになる。
駐輪場は野ざらしとなっていたため、トタンの屋根もなかったことでベランダにバイクの光が反射したのだろう。
何かをベランダから友人に投げたことはある場地でも、流石にベランダから飛んだことはないため、彼は驚きとあり得ない状況に目を丸くする。
そんな彼の様子に気付かない少女は、お腹をさすりながらヘラりと笑った。
「うん! いたかったー」
「そりゃそうだろうよバカだろお前」
「ケースケどこいくのー? いいなー」
場地は、少女を見て心底驚いていた。
変だと思ったからといって、二階のベランダから飛んで突撃してくる女の子なんて今まで見たことがない。
そして、今後もそんな子どもには二度と出会わないだろうとも思った。
それと同時に、少女が幼いせいもあってかちゃんとした分別がないのでは、と彼は唐突に不安に駆られた。
自分が真っ当であるとは思わないけれど、常識としてとにかく少女のした行為が間違っているということぐらいは認識させてやらなければ、と彼の中の父性が目覚めた瞬間だった。
「危ねぇから、二度とンなことすんじゃねぇぞ」
「ぶーっ」
「ぶーじゃねぇの、じゃなきゃお前打ちどころ悪けりゃ死ぬぞ」
「しなないもん、ジョーブだもん」
「どれだけ丈夫でも止めろ」
「……どこいくの、ケースケは?」
少女の興味は、自分の痛みよりすぐに彼がこれからどこへ行くのかに移ったのだろう。
子どもらしい突然の会話の飛び方だが、場地にとっては「せっかく心配してやってんのになんだコイツ」である。
瞬間的に目覚めた父性はナリを潜め、すぐに彼の脳内は苛立ちに満ちた。
「あ? 聞いてんのかお前。つか、どこでもいいだろうが」
「おかーさんたちにいいつけてやる」
「おまっ、クソガキが!!」
場地は、少女の首根っこをひっ捕まえようとしたが、それより早く場地の背中にバイクの背に二人乗りするような形で少女が張り付いた。
小さいため、少女をうまく捕まえられず、場地はその場でバイクに座ったまま右往左往した。
「ゼッタイ、いっしょにいくもん! じゃなきゃおこる!」
「今怒ってんのは俺だ!!」
「いやだ! たのしそうでケースケだけずるい!」
「ズルくねぇよ! 俺は遊びに行くんじゃねぇんだぞ!!」
「ヤダヤダヤダ!!」
「黙れクソガキが!!」
つい、本気で場地が怒鳴ると、少女はビクッと体を揺らし場地から離れた。
そして、大きな目を思いっきり見開いたまま、そこに段々と涙が溜まっていく。
「あ、やべっ…………おい、な、泣くなよ?……」
少女の顔が、どんどんどんどん歪んでいく。
眉が寄り、垂れそうになる鼻水を大きく啜る。
啜った時に閉じた目から、涙が一筋少女の頬を伝う。
「わたしも、いきたい……」
先に負けたのは、場地だった。
「こわいこわい!!!」
後ろに乗せてやったはいいものの、信号で止まると少女は怖いを連発している。
想像以上のスピードに、どうやら息が出来なかったらしい。
ゼーハーと、怖いと言う合間に息を吸っては吐いている。
場地が、呆れた目で後ろにいる少女をチラリと見るが、少女は息を整えると、ヨジヨジと動き出した。
「な、何してやがる……」
少女は、後ろからそのまま場地の体を伝って彼のお腹側に移動してきて、コアラが木に引っ付くようにべったりと抱き着いた。
「まえからビューってくると、だめ! だから、こうするの!」
「サルかよ……」
「ちがうもん!!」
もうどうにでもしろ、と諦めたように苦笑した場地は、そのまま信号が変わるとスピードを上げて集会場所へと急いだ。
「場地さん! ちーっす……って、なんすかそのガキ」
「千冬か。コイツ離れねぇんだよ。お前、住んでンの二階だったよな?」
「? はい、そーっすけど」
「コイツ、お前知ってんじゃねぇの?」
ちょんちょん、と場地に突かれると場地のお腹に正面から抱き着いていた少女が、首だけで振り返る。
「あ、ちふゆもいるー」
「げっ、隣のクソガキじゃないっすか! なんでこんなんが場地さんに!?」
「ゴキ乗ったら飛んできたんだよ。二階から」
「は? 二階!?……ただのクソガキではねぇなと思ってたんスけど、まさかイカれたクソガキだとは」
「ちふゆなにいってるのかわかんない」
「おかしいっつったんだよ」
おかしい、という単語の意味は理解できた少女が、プイッとおもいっきり顔を背ける形で、場地のお腹に少女は自身のおでこを擦り付けた。
「やめろ」
「………………、もん……」
「あ? 聞こえねぇぞ」
「おかしくない……きらい、ちゆふきらい」
「良かった。俺もお前嫌いだから助かるわ」
遠慮も容赦もない千冬の言葉に、場地はポリポリと頭を掻いた。
「何してんだ? バジ、お前いつからカンガルーになった」
「カンガルー? コアラじゃなくてか?」
「ドラケンに三ツ矢か。お前らなんで揃いも揃って動物に例えてやがる」
「「そうとしか見えん」」
場地は、自分もコアラに見えたなと思っていたため、返す言葉がない。
「だーれ?」
涙ぐんだまま、少女はそれでも場地に集まる人に興味があるのだろう。
顔を振り向かせた。
「普通な方が三ツ矢、すごい髪型の方がドラケンだ」
「おら、分かるか? これがドラゴンだぞー」
ドラケンが少女に近付き、自身に彫られた龍を見せた。
「すっごーい、きれいだねー」
少女は、そっとドラケンの頭に触れる。
「うごかない?」
「動いたらすげぇな」
「ざんねん」
「……動くように今度躾してみるわ」
「ガチトーンで言うなよドラケン。こえぇよ」
「ケースケはこわがりさんですねー」
親が言うような口調でふふっ、と笑いながら言う少女。
その様子に微笑ましそうに頬を緩ませながら、ドラケンは「なぁ?」と嬉しそうに同意した。
「だなー」
「お前ら仲良しだな」
すっかり涙が引っ込んで、ドラケンと二人で笑い合っている少女に場地は少しホッとした。
「でも、どうするんすか場地さん」
「ついてきちまったもんはしゃーねぇだろうが」
「こんなん連れてたら……」
「連れてたらなんだ? そんな程度で、俺を舐めるような馬鹿がいんのか?」
「…………いえ、すんません」
「行くぞ」
集会場の適当な場所に、場地が腰を下ろす。
ドラケンは、少女の頭を撫でるとマイキーのいるみんなの中心の方へ歩いていく。
三ツ矢は、さり気なく場地の隣、千冬の反対側へと腰を下ろした。
「おい、集会中は喋んなよ。おっかねぇ奴らに怒られんぞ」
「……うん」
場地の真剣な声に、少女はコクリと頷き、場地にしがみつく手に力を込める。
それが分かった場地は、少しだけ彼女の頭を撫でてやった。
まともに集会が進む中、少女はよく分からない話を聞いているうちにウトウトとし出した頃だった。
「よぉ、ここが東卍のアジトかぁ!?」
金髪に染めた男たちが、パラパラと派手な音を鳴らしながらみんなを囲んでいく。
「雑魚だな……」
「場地さん、ソイツ俺が預かりますか?」
場地が、小さく舌打ちをして腕捲りをするのを見て、千冬は場地のお腹を指差してそう言った。
「いや、俺が預かろう」
ペリッと、三ツ矢が少女と場地を引き剥がした。
「あ、ケースケ!」
「すぐ終わるから、お前は三ツ矢と離れてろ」
「大丈夫だ、東卍は強いからすぐに終わる。それまでは俺で我慢してくれ」
「トーマン?」
「俺たちグループの名前だ」
「いまから、なにかあるの? こわいよ……」
「大丈夫だ。怖かったら目瞑ってな?」
三ツ矢に抱っこされた少女は、ぎゅっと三ツ矢の服を掴むが、ふるふると首を横に振った。
「こわいこと、するの?」
「怖くないさ。音が大きかったりするだけだ」
「ケースケ、あぶなくない? ミツヤはあぶなくない?」
「誰も危なくない。強いからな」
三ツ矢の言葉に、少女はキョトンとした。
「ケースケは、ガリベンだっていってた。ガリベンはよわいって」
以前、場地に助けられた時に逃げていく同じ幼稚園の子たちが、彼をガリ勉だと言っていたことを少女は言っていた。
そして、後日その子たちに弱いのを味方につけやがってと、少女は言われていた。
少女もそれが本当だとは思っていなかったが、三ツ矢がその子たちの逆のことを言ったためどちらが正しいのか、判断ができなかったようだ。
「あはは! アイツが弱い? そんなのはありえねぇ」
三ツ矢がそう言った時だった。
突如として襲いかかってきた連中の一人、大男が空中へと吹っ飛ぶ。
「アイツは、相当強いよ」
「ケースケ!」
三ツ矢の腕から下ろされて、血に塗れた鉄の棒を持っている場地の元へよたよたと走っていく少女。
「ケガ! した!?」
「あ? してねぇよこんな雑魚相手に」
「してないって!」
それを聞いて、少女は後ろを歩いてきていた三ツ矢に嬉しそうに報告する。
「だから言ったろ。東卍は強いって」
「すごいねー」
「ガキにすげぇって言われてもな」
「えらいねー」
「ガキにガキ扱いされてるじゃん、バジ。ウケる」
場地が、少女の言葉に呆れて笑っていると、彼のすぐ後ろから楽しそうな笑い声が聞こえた。
「マイキー、テメェなぁ?!」
「スゴイネーエライネー? ぷぷっ!」
「テメェも含めて言われてんだよ馬鹿がっ!」
「ふたりとも、けんかはめぇなの」
当然のように無傷の二人が取っ組み合いを始めようと、互いの胸ぐらを掴むと少女がそう言って二人を止めた。
「…………もう一度、言ってくれ」
三ツ矢は笑いを堪えながら、少女にそう言う。
マイキーの傍に来ていたドラケンは、最早笑っている。
場地、千冬、マイキーは目を丸くして少女を見ていた。
「? けんかはめぇなの」
「メェ、なのか?」
ドラケンが、必死で笑いを堪えてそう言う。
思いっきり羊の鳴き声の真似である。
「だって、せんせーがそういってた! けんかはメェでしょーって」
「「「「「あはははははははは!!」」」」」
「おかしくないもん! めぇだもん!!」
「いやおかしいだろ! そりゃただの羊だろー?」
「いやでもウマイ作戦かもな。戦意が削がれる」
「確かにっ……あはははは!! かっわいーなぁ」
少女が何を言っても大笑いを続けるため、少女は下を向いて黙ってしまった。
それにいち早く気付いたのは三ツ矢だ。
やばい雰囲気を察して、他のメンバーの肩をすぐに叩くが遅かった。
「うわあああああああああああああんっ!!!!!!!!」
少女の存在に気付いていなかった東卍の連中も、周囲の家も思わず飛び起きて灯りをつけるほどの大きな泣き声が、周囲へ響き渡った。
「あー、悪かったって」
「ごめんごめん」
「泣くなって」
誰がいくら謝っても、抱っこしようと手を伸ばしても振り払われてしまう。
「うわあああああああああああああんっ!!!!!!!!」
あまりの煩さに、彼らは耳を塞ぎながら適当にそう言うが彼女の泣き声はおさまらない。
先ほどまでの彼らの大きな笑い声を棚にあげて、千冬は少女の泣き声に「うるさっ」と呟いたのが聞こえたのか、少女の泣き声は更に煩くなる。
「ちふゆのばかあああああああああああああああああああああ!!」
結局、少女を泣き止ませたのは三ツ矢とドラケンだった。
あまりの煩さに、場地はもう少女を連れてくるなと釘を刺されたが、次の集会にまた少女が来てしまうのは、また別のお話。
(ふぅ、撒けただろこれで……)
場地が、集会場所の近くにバイクを止めてヘルメットを外す。
すると、ごそっと先ほどまで場地が座っていたシートから音がした。
(…………まさか……)
シートを開けようとすると、勝手にシートが勢い良く開いた。
「ケースケっ!!」
「ぎゃああああああ!!!!!」
(違う方法でついてきやがった!)
※普通のシートは、子どもが入れる大きさではありません。
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