マレビトとして来ちゃった島で奇跡を起こすまで
結局、本名は思い出したけれど【セツカ】のままでいく事にした。
呼び慣れてしまったのもあるけれど、なんとなく。というのが一番だ。
「セツカ〜、具合はどう?」
「おはよう、オランピア。全然大丈夫だよ〜」
頭の怪我ということで、一時は病院への入院が必要かと思われた私。
しかし、玄葉の診断で自宅療養で大丈夫とのことだった。
まだ、医療院には行きずらいという私の意思を汲んでくれたのだと思う。
玄葉は、その事については特に触れてこなかったので、私も触れていない。
例の真犯人については、私には何も情報を教えてはくれなかったが、特に自宅療養でも危険がないとの判断をするということは、地上とは無関係の人なのかもしれないと何となく思った。
そうでないと、私の怪我を聞いて心配してくれたみんなが、自宅療養を許してくれるはずもないだろう。
でも、彼らに犯人について問うことは出来なかった。
(あの時のことは……あんまり思い出したくない)
気持ちがぐちゃぐちゃしていて、言葉に出来ないのもそうだけど、覚えていないことの方が多い気がする。
とにかく、いろんな理由が重なってしまって、彼らから言われていないことを私から聞くのはなんとなく出来なかった。
何はともあれ、基本的には走ったり騒いだりしなければ日常生活に差し障りのない程度の怪我だったので、日常生活を送れるはずだった。
そう────────だったんだけど。
「お前、クビ」
研究所の方には、縁の方から説明してあると聞いていたが、翌日研究所に行ったところ謝罪の言葉を聞いた豪月から言い渡されたクビ。
それも当然だろう。
現代で考えれば、通常出勤時間内にお風呂屋に行ってお風呂入ったり、道草食った挙句に黄泉に届ける商品はなかったのに黄泉で襲われる始末。
(お前何してんだって……言われても仕方ない…これは私が悪い完全に)
色々言い訳はあるが、それをしたところで許してもらえることではない。
サボりと言われてしまっても、否定できない。
(この世界に労働基準法がないせいで、私は休みの日でも駆り出されることもあれば、仕事がなくて家に帰れと言われる日もあったけど)
だからといって、仕事中に仕事と関係のないところへ行くのが良い訳では決してない。
「お前仕事なめてんのか、あぁ?!」
返す言葉もなく、あっさりクビ。
襲われたのは私のせいではないとしても、商品を届ける用事もないのに黄泉に行き、人の少ない路地を近道だからと選んだ自分の軽率さも含めて、使えない人材と思われても仕方ない。
こうして無職になってしまった私。
しかしその日のうちに、朱砂がコトワリの方で既に申請を済ませていたらしく、退職期間中に別手当が出るよう調整書類を持ってきてくれた。
お金がなければ生きていけないので、この手当が出ている間に次の仕事を見つけなければならない。
自業自得とはいえ、前途多難である。
そんな私を見兼ねて、朱砂がオランピアにここへ来るように言ってくれたらしい。
「朱砂がね、心配だけどここはやっぱり同性の方がいいだろうって言ってたわ」
オランピアから、そう聞いて二人して笑ってしまった。
「別に、そこは朱砂が愚痴聞いてくれても全然いいのにね」
「本当にね。変なの」
「絶対私の愚痴聞きたくなかっただけでしょ、朱砂は」
「ふふっ、でも朱砂は凄くセツカのこと心配していたわ」
「まぁ……心配かけちゃったもんね。オランピアにも、沢山心配かけてごめんね」
「私は、セツカが無事ならそれで良いの」
「ありがと」
ふふっ、とまた嬉しそうにオランピアが笑うので、私もつられて笑ってしまった。
それから数日に一度、オランピアは黄泉のポストを確認しに行く前に、ウチに来ることが当たり前になってきていた。
「何度来ても、セツカの部屋って殺風景よね」
「いやー、借り物の家だし汚しちゃいけないなぁと思うとつい……本当は色々飾りたいんだけどね」
「私の隠れ家なんて、物でいっぱいよ?」
「オランピアって、隠れ家なんて持ってるの? すごいじゃん!」
「え、そう? 一人になりたい時とかにね…あ、じゃあ今日夕方に招待するわ!」
「えぇ!? いいの?」
「もちろんよ! そこで夕食にしましょ! あ、ヒムカも呼んでいい?」
「もちろん! っていうかむしろ、そこに私お邪魔して大丈夫?」
「大丈夫に決まってるわ。じゃあ、私は今から配達がないか見てくるから、夕方にね!」
嬉しそうに、浮き足立った様子で扉を開け放ち出ていくオランピアを見送り、自身の部屋を見渡す。
「やっぱり、殺風景なんだよねぇ……」
色々と家具を買ったり、部屋の照明を飾ったりとおしゃれにしたいのは山々だが、ここに住み始めた当初はこんなに長いする予定ではなかった。
だからこそ、最低限のものだけにしてすぐに片付けが済むようにと物を極端に減らしていたのだが、まさかここに人を招く日が来るとは思っていなかった。
頭の包帯が取れたら、家具屋さんでも探してみようか。
その前に、職探しが先だけど。
そんなことを考えながら、私は夕方が来るのを待った。
心の奥底で聞こえる、「元いた場所へいずれ帰るなら、そんなのいらないんじゃない?」という言葉に今は蓋をした。
「────ここなの。どうぞ、入って」
オランピアの誘いで夕方に、ヒムカと共にやってきた彼女の隠れ家。
ヒムカは何度か来た事があるらしく、とても気に入っているようだった。
「お邪魔しまーす」
夕日に照らされた室内は、貝殻や窓に光が反射されてキラキラと光って見えた。
「すっごく綺麗なお部屋だね。素敵……」
海で拾ったものがたくさんあると言っていたため、もっとマリンスタイルなお部屋を想像していたが、良い意味で日本っぽくないような海外のお洒落な人が暮らすお部屋のように物が沢山置かれている。
散らかって見えてもおかしくないほどなのに、何故か統一感があるように見えて本当に素敵なお部屋だと思った。
「ふふっ、褒めてもらえて嬉しい! ここは、ヒムカと貴女しか知らない場所なの」
「そうなの!? えぇ? 益々、そんな隠れ家に招待してもらえて嬉しい……ヒムカ、ごめんね今日はオランピアと会える日にお邪魔して」
「…………貴女に元気がないのを、彼女も心配していた。ここに来て、貴女が元気になるならそれは俺も嬉しい」
「……ヒムカ、ありがとう」
彼とオランピアは、目が合うとお互いに微笑んでいた。
その様子がとても仲良しに見えて、安心した。
(この感じだと、ハッピーエンドに行ってくれる……よね?)
現段階が、ゲーム上のどのチャプターなのか、或いはまた別のルートなのかは分からない。
でも、この二人のルートは下手すると世界が滅びる。
それだけは避けたい。
(私は、私に出来ることをしなくちゃ……)
その日は、オランピアと一緒に夕食を作り、三人で夜遅くまで楽しくお喋りを続けた。
この幸せな時間が、いつまでも続いてほしいと願いながら。
ーーーーーーーーーー
「────────で? 首尾は?」
「死菫城の地下に、例の泉があるだろう? あそこがいい」
「へぇ……それは構わないけど、準備が間に合うかどうか微妙だな…」
「俺の方は、もう準備できたぜ? 後は、柑南次第だろ」
「まぁ………………なんとか、間に合わせるさ」
二人は、どこかの小さな部屋でそんな会話をして、フッと部屋の蝋燭を吹き消した。
部屋の中が暗くなり、二人の姿は気付けば消えてしまっていた。
「────すみません! 対象を見失いました! まだ黄泉内にいるとは思われますが……」
朱砂は、報告を聞きながら伝令に引き続き捜索を続けるよう言いつけた。
「……何しでかす気だ? 柑南の野郎は」
「わからん。だからこそ、何があっても良いように備えておきたいところではあるが……」
「この件、セツカには言うのか?」
「………………………………………………」
上がってきた報告書は、セツカが襲われた時の情報からのもの。
おそらく背後にいるであろう者のことだ。
その者は、彼女が働いていた研究所と、もう一つ懇意にしていたところがある。
そこの金の流れが、ここ最近異様に多い。
「まだ判明していない事実だ。伝える必要はないだろう」
「……まぁ、今のアイツの怪我の状態からしても、これ以上精神的に不安になるようなことを伝えるのは良くないと、俺も思う」
玄葉は、朱砂に報告書を返しながら執務室の向こう、窓の外を眺めた。
「………………そういえば、珍しい曇り空だな……」
ーーーーーーーーーー
オランピアの隠れ家に招いてもらってから数日、まだ全快とは言わないまでも起き上がって通常生活を送れるぐらいには体が回復してきたと感じる。
このあいだ、オランピアの隠れ家には行きも帰りも馬車を使ったが、今なら歩いても行けそうだ。
(体力があれば……だけど)
療養中にすっかり落ちてしまった体力を回復するためにも、私は時貞のいる【緑】の領地へお手伝いに来ていた。
座り仕事であれば、長時間でなければ傷が傷んだりはしないだろうと玄葉からお墨付きをもらったので仕事を探していたところ、時貞が仕事を紹介してくれた。
「本当にありがとう、時貞」
「ううん、僕はこれぐらいしか助けてあげられないけど」
「これぐらいって、私にとっては本当に嬉しかった! すっごく助けられているのに!」
「あ、そ、そう?」
「そうっ!」
「わ、わかったよ」
彼は、私が怪我をした時にもお見舞いに来てくれていた。
その時に彼はボソリと言っていた。
自分がその場にいれば、と。
そして、相手を斬って助けられたのにとも。
その不吉な言葉に一瞬怯えてしまったが、彼のいた時代は江戸時代。
刀で人を斬って捨てたり、切腹なんてものがまだあった時代だ。
誰かを助けるために、誰かを殺めることを躊躇しない時代だったのだろうとも思う。
だから、誰にも聞こえないように言った彼の言葉を私は聞かなかったことにした。
今話していても、彼がそんなことをするようには見えないし、どこか自信なさ気な彼の姿はとても人斬りが出来るようには思えなかったから。
「仕事はどう?」
時貞が紹介してくれたのは、【緑】で盛んな織物で出来たものを染色するための染色剤を作るところだ。
依頼書が届くと、すぐにそれを見ながら必要な材料をすり潰したり煮たりして、必要な色を作る。
「色を組み合わせて、違う色を作っていく過程がとっても面白いの! 今日は、紅碧(べにみどり)色を作ったの!」
依頼書と、色の組み合わせ表を見ながら色を作っていくのは、私にとっては実験みたいでとても楽しかった。
食材や、草花からも色んな色が取れることを、ここに来て思い出していた。
(小学校の頃、朝顔から色を作れるって知ったあの時の感覚かも……面白い!)
興奮気味な私に、時貞は嬉しそうに笑う。
「元気そうで良かったよ」
「紹介してくれた時貞のおかげ。本当にありがとう」
「ふふっ、それはさっきも聞いたよ………………僕の方こそ」
「え? 何か言った?」
後半、彼が何か言った気がしたが、聞き返しても彼は笑うだけだった。
私が違う色でも歓迎してくれた【緑】の人たちの元で、リハビリも兼ねて座り仕事を始めたのは、時貞が朱砂たちにも伝えてくれたらしい。
いつの間に。
「そりゃ、相談してからセツカに提案したに決まってるよ。でないと、僕が皆から怒られちゃうよ」
「いや、別に誰も怒らないでしょ」
「怒るよ! 例えば僕が怪我をしたとする。僕が、ケガした状態で縁に頼んでこっそり仕事をし始めたらセツカはどう思う?」
「心配に決まってる! 怪我が治ってないのに働き始めたりなんかしたら、働かせ始めた縁を怒るに決まってる!」
「それそれそれ」
時貞に、呆れたように言われ気付く。
しまった、と思ったが確かに、と妙に納得もした。
「……………………あー……ハイ」
「ね。だから、玄葉とかも皆知ってるよ」
確かに、逆なら私はきっと時貞を心配する。
無理をしているんじゃないか。何か私にできることがあるんじゃないか。手伝えることがあるんじゃないか。
そう思って、きっと動いてしまう。
どうして、自分なら確かにと思うはずなのに、みんなが自分に対してもそう思っていると気付けないんだろう。
(普段から、もっと相手のことを考えて動かなきゃだめだなー……すぐ忘れちゃう)
「玄葉も知ってる? あー、でも玄葉にはちゃんと診て貰った時に相談したよ。そういえば、すんなり働いてもいいって言われたかも……もしかして、早めに伝えてくれていたの?」
「そりゃ、そうだよ。だからセツカ、たまには皆に連絡してあげてね。僕やオランピアとはよく会ってると思うけど」
「……分かった」
「良かった」
あんな怪我をして迷惑をかけておいて、中々自分から連絡するのは、これ以上心配をかけたくなくて避けがちだった。
でも、時貞の話を聞いて違ったんだなと少し思う。
黄泉に降りるのは、まだ少し……難しいけど、門までなら行けそうな気がしてきた。
「じゃあ今は仕事終わりだし、璃空や朱砂達に元気な姿を見せに行こうかな!」
「うん、それがいいよ! 僕もついていくから、大丈夫だよ」
そっと、時貞に背中を押される。
まだ不安に思う私の気持ちが伝わってしまっているのかもしれないと思うと、申し訳ない。
でも、その優しさがとても嬉しかった。
心が、ポカポカと暖かくなる。
「────────と、いうわけで今は【緑】でお手伝いみたいな感じで仕事してます。ご心配をおかけしました!」
「いや、というわけでも何も…今何も説明がなかったが」
冷静な璃空のツッコミに、私は変わらない彼だなと改めて安心する。
「怪我は、もうだいぶ良いの。玄葉からもお墨付きはもらってるし。でも、たくさん心配かけただろうし、今も犯人を捕まえるために軍の人をはじめ璃空にはいっぱいお世話にもなってるから、一応報告しにきました」
「……そうか、オランピアから話を聞いてはいた。今はもう、元気そうだな」
そう言って、不意に彼は私の頭を撫でた。
それにびっくりしていると、彼も目を丸くした。
(自分で撫でておいて?)
そして、次の瞬間には顔を赤らめて彼はバッと私の頭から手を離した。
「す、すまん!」
「いや、別に良いけど……」
無自覚に、気付いたらってやつなのかな。
そんなに子どもっぽく見えただろうか。
そう思っていると、隣にいた時貞がちょいちょいと私の服の裾を軽く引っ張る。
「あんまり長居したら、彼の仕事の邪魔になっちゃうよ?」
少し、こてんと首を傾げながら言われる。
(と、時貞って……こんなに可愛かったっけ!?!)
唐突な可愛らしい彼の仕草に、思わず言葉が詰まる。
しかし、彼のいうことは尤もだと思い、一度咳払いをする。
彼の突然の可愛さに、心臓がバクバクするのは一度の咳払い程度で治る気はしないけれどしないよりはマシだ。
「……あ、そうだね。じゃあ璃空、また近々来るね」
「…………あぁ、何か分かり次第、こちらからも報告を入れよう」
「お願いします」
そう言って、私と時貞は次にコトワリへ向かった。
「セツカって、記憶が戻ったんだよね……?」
「ん? うん」
「……どう? なんか、何を聞けば良いかわからないけどさ、心情的にとか、何かつらくはない?」
一生懸命、言葉を選んで時貞が聞いてくれる。
その姿を、つい可愛いと思ってしまう。
嬉しくてつい、顔が綻んでしまう。
記憶が戻ったことで、ここがオランピアソワレの世界であることが分かった。
でもそれと同時に、ならこの世界を知る私だから出来ることがきっとあるはずだと、希望だけが先走っている。
マレビトだと持て囃されて、期待されていた時と、これじゃあまるで変わらない。
「…………う〜ん、相変わらず気持ちばっかり先走ってはいるけど、つらくはないよ。私には、みんながいるし」
そう、それだけはさっき時貞が気付かせてくれた。
私には、心配してくれる人たちがいる。
そう答えれば、彼はほっとしたように笑った。
「そっか、良かった。気持ちが急いちゃうのは、僕も同じだよ。早くなんとかしたい、どうにかしたいことがあるのに、すぐに出来ない…方法も分からない。何が最善なのか」
「うん、そう。そうなの」
「同じだね、僕ら」
「だね。お互いに、この国の人じゃないのにね」
「でも、最近僕は思うんだ……どこにいても、思うことってみんなあんまり変わらないんじゃないかって」
「思うこと?」
「良くない今を変えたい、って思うこと」
時貞の言葉は真っ直ぐで、真っ直ぐ過ぎて時に強すぎるように感じることがある。
(こういう人が、政治家とかに将来なっていくのかな……)
彼の感情が、まっすぐな言葉から伝わる。
同じ思いなんだと、強く感じる。
一緒の方へ進みたいと、自分の考えは間違っていないんだと思わせてくれる。
「…でもみんな、どうするのが最善か分からなくて踠いている。僕らで、それをなんとかしようよ」
時貞が、不意に手を私の方へ伸ばす。
夕日が、彼の手の影を道の先へ伸ばしていく。
「次は、もう失敗したくない。セツカとなら、できる気がするんだ」
伸びていく影の先が、自分と重なる。
彼の次、という言葉が何を指すのか、思い当たる節が一つだけあった。
(島原の一揆のこと……なのかな…時貞は、ここに来てもずっと、忘れられずにいるんだろうか)
それが良いことなのか、良くないことなのか、私には分からない。
彼も私も、不安に思うことばかりで、それでも解決したい何かがある。
それだけは確かだ。
だから私は、迷いなく手を伸ばした。
同じマレビトだからではない、時貞となら一緒に頑張れると思うから。
「……うん、頑張ろう一緒に。私たち、同志だもんね」
「随分、微笑ましい光景ですね」
私たちが手を取り合う様を、ふと路地裏から姿を見せた男が滑稽な者でも見るように嘲笑った。
「…………柑南……」
呼び慣れてしまったのもあるけれど、なんとなく。というのが一番だ。
「セツカ〜、具合はどう?」
「おはよう、オランピア。全然大丈夫だよ〜」
頭の怪我ということで、一時は病院への入院が必要かと思われた私。
しかし、玄葉の診断で自宅療養で大丈夫とのことだった。
まだ、医療院には行きずらいという私の意思を汲んでくれたのだと思う。
玄葉は、その事については特に触れてこなかったので、私も触れていない。
例の真犯人については、私には何も情報を教えてはくれなかったが、特に自宅療養でも危険がないとの判断をするということは、地上とは無関係の人なのかもしれないと何となく思った。
そうでないと、私の怪我を聞いて心配してくれたみんなが、自宅療養を許してくれるはずもないだろう。
でも、彼らに犯人について問うことは出来なかった。
(あの時のことは……あんまり思い出したくない)
気持ちがぐちゃぐちゃしていて、言葉に出来ないのもそうだけど、覚えていないことの方が多い気がする。
とにかく、いろんな理由が重なってしまって、彼らから言われていないことを私から聞くのはなんとなく出来なかった。
何はともあれ、基本的には走ったり騒いだりしなければ日常生活に差し障りのない程度の怪我だったので、日常生活を送れるはずだった。
そう────────だったんだけど。
「お前、クビ」
研究所の方には、縁の方から説明してあると聞いていたが、翌日研究所に行ったところ謝罪の言葉を聞いた豪月から言い渡されたクビ。
それも当然だろう。
現代で考えれば、通常出勤時間内にお風呂屋に行ってお風呂入ったり、道草食った挙句に黄泉に届ける商品はなかったのに黄泉で襲われる始末。
(お前何してんだって……言われても仕方ない…これは私が悪い完全に)
色々言い訳はあるが、それをしたところで許してもらえることではない。
サボりと言われてしまっても、否定できない。
(この世界に労働基準法がないせいで、私は休みの日でも駆り出されることもあれば、仕事がなくて家に帰れと言われる日もあったけど)
だからといって、仕事中に仕事と関係のないところへ行くのが良い訳では決してない。
「お前仕事なめてんのか、あぁ?!」
返す言葉もなく、あっさりクビ。
襲われたのは私のせいではないとしても、商品を届ける用事もないのに黄泉に行き、人の少ない路地を近道だからと選んだ自分の軽率さも含めて、使えない人材と思われても仕方ない。
こうして無職になってしまった私。
しかしその日のうちに、朱砂がコトワリの方で既に申請を済ませていたらしく、退職期間中に別手当が出るよう調整書類を持ってきてくれた。
お金がなければ生きていけないので、この手当が出ている間に次の仕事を見つけなければならない。
自業自得とはいえ、前途多難である。
そんな私を見兼ねて、朱砂がオランピアにここへ来るように言ってくれたらしい。
「朱砂がね、心配だけどここはやっぱり同性の方がいいだろうって言ってたわ」
オランピアから、そう聞いて二人して笑ってしまった。
「別に、そこは朱砂が愚痴聞いてくれても全然いいのにね」
「本当にね。変なの」
「絶対私の愚痴聞きたくなかっただけでしょ、朱砂は」
「ふふっ、でも朱砂は凄くセツカのこと心配していたわ」
「まぁ……心配かけちゃったもんね。オランピアにも、沢山心配かけてごめんね」
「私は、セツカが無事ならそれで良いの」
「ありがと」
ふふっ、とまた嬉しそうにオランピアが笑うので、私もつられて笑ってしまった。
それから数日に一度、オランピアは黄泉のポストを確認しに行く前に、ウチに来ることが当たり前になってきていた。
「何度来ても、セツカの部屋って殺風景よね」
「いやー、借り物の家だし汚しちゃいけないなぁと思うとつい……本当は色々飾りたいんだけどね」
「私の隠れ家なんて、物でいっぱいよ?」
「オランピアって、隠れ家なんて持ってるの? すごいじゃん!」
「え、そう? 一人になりたい時とかにね…あ、じゃあ今日夕方に招待するわ!」
「えぇ!? いいの?」
「もちろんよ! そこで夕食にしましょ! あ、ヒムカも呼んでいい?」
「もちろん! っていうかむしろ、そこに私お邪魔して大丈夫?」
「大丈夫に決まってるわ。じゃあ、私は今から配達がないか見てくるから、夕方にね!」
嬉しそうに、浮き足立った様子で扉を開け放ち出ていくオランピアを見送り、自身の部屋を見渡す。
「やっぱり、殺風景なんだよねぇ……」
色々と家具を買ったり、部屋の照明を飾ったりとおしゃれにしたいのは山々だが、ここに住み始めた当初はこんなに長いする予定ではなかった。
だからこそ、最低限のものだけにしてすぐに片付けが済むようにと物を極端に減らしていたのだが、まさかここに人を招く日が来るとは思っていなかった。
頭の包帯が取れたら、家具屋さんでも探してみようか。
その前に、職探しが先だけど。
そんなことを考えながら、私は夕方が来るのを待った。
心の奥底で聞こえる、「元いた場所へいずれ帰るなら、そんなのいらないんじゃない?」という言葉に今は蓋をした。
「────ここなの。どうぞ、入って」
オランピアの誘いで夕方に、ヒムカと共にやってきた彼女の隠れ家。
ヒムカは何度か来た事があるらしく、とても気に入っているようだった。
「お邪魔しまーす」
夕日に照らされた室内は、貝殻や窓に光が反射されてキラキラと光って見えた。
「すっごく綺麗なお部屋だね。素敵……」
海で拾ったものがたくさんあると言っていたため、もっとマリンスタイルなお部屋を想像していたが、良い意味で日本っぽくないような海外のお洒落な人が暮らすお部屋のように物が沢山置かれている。
散らかって見えてもおかしくないほどなのに、何故か統一感があるように見えて本当に素敵なお部屋だと思った。
「ふふっ、褒めてもらえて嬉しい! ここは、ヒムカと貴女しか知らない場所なの」
「そうなの!? えぇ? 益々、そんな隠れ家に招待してもらえて嬉しい……ヒムカ、ごめんね今日はオランピアと会える日にお邪魔して」
「…………貴女に元気がないのを、彼女も心配していた。ここに来て、貴女が元気になるならそれは俺も嬉しい」
「……ヒムカ、ありがとう」
彼とオランピアは、目が合うとお互いに微笑んでいた。
その様子がとても仲良しに見えて、安心した。
(この感じだと、ハッピーエンドに行ってくれる……よね?)
現段階が、ゲーム上のどのチャプターなのか、或いはまた別のルートなのかは分からない。
でも、この二人のルートは下手すると世界が滅びる。
それだけは避けたい。
(私は、私に出来ることをしなくちゃ……)
その日は、オランピアと一緒に夕食を作り、三人で夜遅くまで楽しくお喋りを続けた。
この幸せな時間が、いつまでも続いてほしいと願いながら。
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「────────で? 首尾は?」
「死菫城の地下に、例の泉があるだろう? あそこがいい」
「へぇ……それは構わないけど、準備が間に合うかどうか微妙だな…」
「俺の方は、もう準備できたぜ? 後は、柑南次第だろ」
「まぁ………………なんとか、間に合わせるさ」
二人は、どこかの小さな部屋でそんな会話をして、フッと部屋の蝋燭を吹き消した。
部屋の中が暗くなり、二人の姿は気付けば消えてしまっていた。
「────すみません! 対象を見失いました! まだ黄泉内にいるとは思われますが……」
朱砂は、報告を聞きながら伝令に引き続き捜索を続けるよう言いつけた。
「……何しでかす気だ? 柑南の野郎は」
「わからん。だからこそ、何があっても良いように備えておきたいところではあるが……」
「この件、セツカには言うのか?」
「………………………………………………」
上がってきた報告書は、セツカが襲われた時の情報からのもの。
おそらく背後にいるであろう者のことだ。
その者は、彼女が働いていた研究所と、もう一つ懇意にしていたところがある。
そこの金の流れが、ここ最近異様に多い。
「まだ判明していない事実だ。伝える必要はないだろう」
「……まぁ、今のアイツの怪我の状態からしても、これ以上精神的に不安になるようなことを伝えるのは良くないと、俺も思う」
玄葉は、朱砂に報告書を返しながら執務室の向こう、窓の外を眺めた。
「………………そういえば、珍しい曇り空だな……」
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オランピアの隠れ家に招いてもらってから数日、まだ全快とは言わないまでも起き上がって通常生活を送れるぐらいには体が回復してきたと感じる。
このあいだ、オランピアの隠れ家には行きも帰りも馬車を使ったが、今なら歩いても行けそうだ。
(体力があれば……だけど)
療養中にすっかり落ちてしまった体力を回復するためにも、私は時貞のいる【緑】の領地へお手伝いに来ていた。
座り仕事であれば、長時間でなければ傷が傷んだりはしないだろうと玄葉からお墨付きをもらったので仕事を探していたところ、時貞が仕事を紹介してくれた。
「本当にありがとう、時貞」
「ううん、僕はこれぐらいしか助けてあげられないけど」
「これぐらいって、私にとっては本当に嬉しかった! すっごく助けられているのに!」
「あ、そ、そう?」
「そうっ!」
「わ、わかったよ」
彼は、私が怪我をした時にもお見舞いに来てくれていた。
その時に彼はボソリと言っていた。
自分がその場にいれば、と。
そして、相手を斬って助けられたのにとも。
その不吉な言葉に一瞬怯えてしまったが、彼のいた時代は江戸時代。
刀で人を斬って捨てたり、切腹なんてものがまだあった時代だ。
誰かを助けるために、誰かを殺めることを躊躇しない時代だったのだろうとも思う。
だから、誰にも聞こえないように言った彼の言葉を私は聞かなかったことにした。
今話していても、彼がそんなことをするようには見えないし、どこか自信なさ気な彼の姿はとても人斬りが出来るようには思えなかったから。
「仕事はどう?」
時貞が紹介してくれたのは、【緑】で盛んな織物で出来たものを染色するための染色剤を作るところだ。
依頼書が届くと、すぐにそれを見ながら必要な材料をすり潰したり煮たりして、必要な色を作る。
「色を組み合わせて、違う色を作っていく過程がとっても面白いの! 今日は、紅碧(べにみどり)色を作ったの!」
依頼書と、色の組み合わせ表を見ながら色を作っていくのは、私にとっては実験みたいでとても楽しかった。
食材や、草花からも色んな色が取れることを、ここに来て思い出していた。
(小学校の頃、朝顔から色を作れるって知ったあの時の感覚かも……面白い!)
興奮気味な私に、時貞は嬉しそうに笑う。
「元気そうで良かったよ」
「紹介してくれた時貞のおかげ。本当にありがとう」
「ふふっ、それはさっきも聞いたよ………………僕の方こそ」
「え? 何か言った?」
後半、彼が何か言った気がしたが、聞き返しても彼は笑うだけだった。
私が違う色でも歓迎してくれた【緑】の人たちの元で、リハビリも兼ねて座り仕事を始めたのは、時貞が朱砂たちにも伝えてくれたらしい。
いつの間に。
「そりゃ、相談してからセツカに提案したに決まってるよ。でないと、僕が皆から怒られちゃうよ」
「いや、別に誰も怒らないでしょ」
「怒るよ! 例えば僕が怪我をしたとする。僕が、ケガした状態で縁に頼んでこっそり仕事をし始めたらセツカはどう思う?」
「心配に決まってる! 怪我が治ってないのに働き始めたりなんかしたら、働かせ始めた縁を怒るに決まってる!」
「それそれそれ」
時貞に、呆れたように言われ気付く。
しまった、と思ったが確かに、と妙に納得もした。
「……………………あー……ハイ」
「ね。だから、玄葉とかも皆知ってるよ」
確かに、逆なら私はきっと時貞を心配する。
無理をしているんじゃないか。何か私にできることがあるんじゃないか。手伝えることがあるんじゃないか。
そう思って、きっと動いてしまう。
どうして、自分なら確かにと思うはずなのに、みんなが自分に対してもそう思っていると気付けないんだろう。
(普段から、もっと相手のことを考えて動かなきゃだめだなー……すぐ忘れちゃう)
「玄葉も知ってる? あー、でも玄葉にはちゃんと診て貰った時に相談したよ。そういえば、すんなり働いてもいいって言われたかも……もしかして、早めに伝えてくれていたの?」
「そりゃ、そうだよ。だからセツカ、たまには皆に連絡してあげてね。僕やオランピアとはよく会ってると思うけど」
「……分かった」
「良かった」
あんな怪我をして迷惑をかけておいて、中々自分から連絡するのは、これ以上心配をかけたくなくて避けがちだった。
でも、時貞の話を聞いて違ったんだなと少し思う。
黄泉に降りるのは、まだ少し……難しいけど、門までなら行けそうな気がしてきた。
「じゃあ今は仕事終わりだし、璃空や朱砂達に元気な姿を見せに行こうかな!」
「うん、それがいいよ! 僕もついていくから、大丈夫だよ」
そっと、時貞に背中を押される。
まだ不安に思う私の気持ちが伝わってしまっているのかもしれないと思うと、申し訳ない。
でも、その優しさがとても嬉しかった。
心が、ポカポカと暖かくなる。
「────────と、いうわけで今は【緑】でお手伝いみたいな感じで仕事してます。ご心配をおかけしました!」
「いや、というわけでも何も…今何も説明がなかったが」
冷静な璃空のツッコミに、私は変わらない彼だなと改めて安心する。
「怪我は、もうだいぶ良いの。玄葉からもお墨付きはもらってるし。でも、たくさん心配かけただろうし、今も犯人を捕まえるために軍の人をはじめ璃空にはいっぱいお世話にもなってるから、一応報告しにきました」
「……そうか、オランピアから話を聞いてはいた。今はもう、元気そうだな」
そう言って、不意に彼は私の頭を撫でた。
それにびっくりしていると、彼も目を丸くした。
(自分で撫でておいて?)
そして、次の瞬間には顔を赤らめて彼はバッと私の頭から手を離した。
「す、すまん!」
「いや、別に良いけど……」
無自覚に、気付いたらってやつなのかな。
そんなに子どもっぽく見えただろうか。
そう思っていると、隣にいた時貞がちょいちょいと私の服の裾を軽く引っ張る。
「あんまり長居したら、彼の仕事の邪魔になっちゃうよ?」
少し、こてんと首を傾げながら言われる。
(と、時貞って……こんなに可愛かったっけ!?!)
唐突な可愛らしい彼の仕草に、思わず言葉が詰まる。
しかし、彼のいうことは尤もだと思い、一度咳払いをする。
彼の突然の可愛さに、心臓がバクバクするのは一度の咳払い程度で治る気はしないけれどしないよりはマシだ。
「……あ、そうだね。じゃあ璃空、また近々来るね」
「…………あぁ、何か分かり次第、こちらからも報告を入れよう」
「お願いします」
そう言って、私と時貞は次にコトワリへ向かった。
「セツカって、記憶が戻ったんだよね……?」
「ん? うん」
「……どう? なんか、何を聞けば良いかわからないけどさ、心情的にとか、何かつらくはない?」
一生懸命、言葉を選んで時貞が聞いてくれる。
その姿を、つい可愛いと思ってしまう。
嬉しくてつい、顔が綻んでしまう。
記憶が戻ったことで、ここがオランピアソワレの世界であることが分かった。
でもそれと同時に、ならこの世界を知る私だから出来ることがきっとあるはずだと、希望だけが先走っている。
マレビトだと持て囃されて、期待されていた時と、これじゃあまるで変わらない。
「…………う〜ん、相変わらず気持ちばっかり先走ってはいるけど、つらくはないよ。私には、みんながいるし」
そう、それだけはさっき時貞が気付かせてくれた。
私には、心配してくれる人たちがいる。
そう答えれば、彼はほっとしたように笑った。
「そっか、良かった。気持ちが急いちゃうのは、僕も同じだよ。早くなんとかしたい、どうにかしたいことがあるのに、すぐに出来ない…方法も分からない。何が最善なのか」
「うん、そう。そうなの」
「同じだね、僕ら」
「だね。お互いに、この国の人じゃないのにね」
「でも、最近僕は思うんだ……どこにいても、思うことってみんなあんまり変わらないんじゃないかって」
「思うこと?」
「良くない今を変えたい、って思うこと」
時貞の言葉は真っ直ぐで、真っ直ぐ過ぎて時に強すぎるように感じることがある。
(こういう人が、政治家とかに将来なっていくのかな……)
彼の感情が、まっすぐな言葉から伝わる。
同じ思いなんだと、強く感じる。
一緒の方へ進みたいと、自分の考えは間違っていないんだと思わせてくれる。
「…でもみんな、どうするのが最善か分からなくて踠いている。僕らで、それをなんとかしようよ」
時貞が、不意に手を私の方へ伸ばす。
夕日が、彼の手の影を道の先へ伸ばしていく。
「次は、もう失敗したくない。セツカとなら、できる気がするんだ」
伸びていく影の先が、自分と重なる。
彼の次、という言葉が何を指すのか、思い当たる節が一つだけあった。
(島原の一揆のこと……なのかな…時貞は、ここに来てもずっと、忘れられずにいるんだろうか)
それが良いことなのか、良くないことなのか、私には分からない。
彼も私も、不安に思うことばかりで、それでも解決したい何かがある。
それだけは確かだ。
だから私は、迷いなく手を伸ばした。
同じマレビトだからではない、時貞となら一緒に頑張れると思うから。
「……うん、頑張ろう一緒に。私たち、同志だもんね」
「随分、微笑ましい光景ですね」
私たちが手を取り合う様を、ふと路地裏から姿を見せた男が滑稽な者でも見るように嘲笑った。
「…………柑南……」
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