マレビトとして来ちゃった島で奇跡を起こすまで

頭がズキズキする痛さに目を覚ますと、倒れてすぐだったのだろうか。
裏道らしい、少し湿った太陽に似た光が届かないような、暗くて硬い地面が頬に擦れる。
そこで起きあがろうとして気付いた。
頭を何者かに抑えつけられていることに。

「……っ」

手足を動かそうとしたが、それも誰かに抑えつけられている。
少なくとも、二人以上の人間がこの場にいる。

(何が目的で……)

「起きたか、マレビト」

私をマレビトと知って、襲ってきている。

「おい、起きちまってもいいのか?」
「構うもんか。痛い目を見せてやれって依頼だぜ? どうせなら、意識のある時にヤった方が良いだろうよ」

なぁ? と髪を無理やり引っ張られて顔が引き上げられる。
髪がちぎれそうなほど痛く、顔が歪むがなんとか目の前の髪を引っ張る男を見る。
彼は、フードを被っていた。

(見覚えが………………)

思い出した。
以前薄汚れたフードを着た男二人が、誰かに挨拶をと私を連れて行こうとしていた。
あの時は、朱砂も玄葉もいたこともあってか、割と礼儀のある言い回しや言葉遣いの人たちだったと記憶している。

(フードを被っているだけで、前回とは違う人達ってこと…………?)

「前に、会ったことあります……?」
「はぁ? なんだそりゃ。新手の口説き文句かよ? お前、今から襲われるってのに、呑気だなぁ?!」

襟元の服がビリビリと破られる。
足を掴んでいる男の手が、脹脛から太ももへと手を滑らせていく。
湿った手で触られるせいで、肌にその湿り気が移されているようで気持ち悪い。

でもこれでハッキリした。
これが嘘でないのなら、彼らは前回のフード男たちとは別人物。
しかも、誰かの依頼で動いている。

(マレビトとしては、特に何かをした記憶がないけど……私の存在を疎んでいる人がいる…………)

考え事をしている私をどう思ったのか、未だ髪を引っ張り続けていた男がつまらなさそうに私を見下ろす。

「お前、この状況わかってんのか? なぁオイ!!?」

掴まれていた髪の毛を、思い切り地面に叩きつけられる。
咄嗟に目を瞑ったものの、痛みで思考が吹き飛び目の前がチカチカとした後、真っ赤になっていく。

「っぐ……ぁ……」
「おいおい、今から襲うところを本人に見せながらヤるんじゃねぇのかよ」
「うっせぇな…こいつ、この後に及んで余裕の表情見せやがってムカつくんだよ……マレビトだかなんだか知らねぇが、コイツをめちゃくちゃにしてやるだけで遊んで暮らすだけの金が手に入るんだ」

(な、に…………あ、たま……い、た…………コイツら、いま…なにを……)

男たちの声が遠くに聞こえる。
エコーでもかかったみたいに、モヤモヤする。
その割に、頭だけはすごく痛くて……。

何かが破れていく音と、身体中を這う何かが気持ち悪い。
退けたいのに、その何かを払い落としたいのに動けない。


「────っる!? ──────」
「──ぇぞ! ────」
「────」
「──て! ────────」

子どもの叫び声と、フード男たちの声が聞こえる。
遠くて、何を言っているのか聞き取れない。
暗い、闇の沼の底へ落ちていくような感覚。
何も動かせない。
動きたいとも、思わない。
ゆっくり、ゆっくりとぼやけていく意識の中、逃げなきゃいけないという意識だけが私を現実に押し留める。

(だめ、体がうごか、な…………たす、けて……────)

自分ではどうにもできないことに、焦りと恐怖で誰かの名を心の中で叫んだ。
だが、そこでプツリと意識が消えていく。
ぼやける視界の向こうで、オレンジ色の誰かが見えたような気がした。









ーーーーーーー



内々に済ませたいことがあり黄泉に来たが、裏通りを進んでいく中で奇妙な光景を見た。
【赤紫】のマレビト。
ついこの間来たばかりで、初対面は伊舎那天から脱走して来たところに遭遇しただけだったが、気付けば彼女は仕事をしながらここに慣れてきていた。
偶然遭遇した時の彼女は、晶を入れることに強い嫌悪感を抱いていた様子だったが、次に彼女に会った時には既に晶を入れた後だった。
この気味の悪い世界を、正直に言ってのけた彼女にどんな心境の変化があったのか問えば、本人曰く覚悟を決めたとのこと。
何度かエビス楼へ来た際に言葉を交わしたが、オランピアと違いこの島のことを何も知らない割に、世間知らずではないらしい。
何より、他の人と違って遠すぎる距離感の取り方が嫌いではないと思った。
何もかもどうでもいいと思っていたが、オランピア以外にもこんな人もいるのかと、街で見かけた時には自然と目で追うことが増えた。
そして、そんな自分に少し苛立った。
回数を重ねたからか、それが黄泉であっても変わらないらしい。
一瞬しか視界に入らなかった道の先に、彼女がいるだけで目が止まった。

(……あれは、なんだ…………知り合い、ではなさそうですが)

自分と同じようにフードを目深に被る男たちに囲まれたセツカは、彼等を見上げた。
それと同時に背後から襲われ、彼女は地面に倒れ込む。

(どうして、こんな場面に遭遇するんだか……)

助けたからといって、特にマレビトであっても今の彼女に恩を売ったところで返ってくるものはない。
今僕が黄泉にいることを誰かに知られるのは、良くない。
答えは決まっている。
助けずに、素通りしてしまうのが一番安全で平和だと。



そう、分かっているのに。



彼女の髪を引っ張り上げていた男が、彼女を地面に叩きつける。
暴れられなくなった彼女を、男たちが服を剥ぎ、その肌に触れる様に────






「────何をしている」


(何故こんなに、苛立っている……急いているのか?)

鼓動が、バクバクと強く早く脈打っている。
一刻も早く、男たちの手からセツカを離さなければと。
こんな気持ちになることなど、想定していなかった。
男たちに対する苛立ちと、自分が抱える感情への苛立ちに、念のためにと隠し持ってきた武器を片手に襲いかかってくる男たち全てを対処した。




対処後、少々音が煩かったからか子ども二人が恐る恐る柱の影からこちらの様子を伺っていることに気付いた。
うち一人は、見知った顔だったため二人に近づく。

「申し訳ないが、彼女を助けたい。近くに軍の警備がいると思うから、呼んできて欲しい」

黒髪に原色の色が混ざる、風変わりな少年に頼めば、彼は一瞬びくついたが助けるためという言葉に深く頷き、すぐに大通りの方へ走っていった。

「さて……海浬、手伝ってくれますか?」
「その声…………柑南か?」

見知った顔、普段エビス楼の売り子をしている海浬に声をかければ名を呼ばれたため、フードを脱ぐ。

「例の計画の件で少しこちらに用事がありまして。ちょっと内々に済ませたいので、ここで軍に顔を見られるわけにはいかないんですよね」
「ど、どうすればいい?」
「貴方の家に、彼女を運びましょう。案内してください」
「あいつらは放っておいて良いのか?」

あいつら、と海浬が指すのはセツカを襲おうとした男たちだ。

「ちゃんと生きてますし、あれは軍に引き渡して良いでしょう」
「……でもそいつ、マレビトだろ? そんなやつを……」

海浬は、上の人間が好きではない。
今手を組んでいるのも同じ目的があるからなだけで、仲が良いわけではない。

「彼女は、いずれ役に立つかもしれないんですよ。そうですね……そうであったとしても、海浬も嫌でしょうから…………今日の売り子の給金を二倍にするというのでどうです?」
「………………わかった」

長い沈黙の後、海浬は一つ頷き家の方向へと歩き出したので、僕がセツカを担ぎ上げようとした。
彼女の頭から血が流れ落ちる。
地面を叩きつけられた時にできたのだろう。
持っている手拭いで止血すると、小さく彼女が呻く。

「…………起きないでくださいよ……」

僕が助けたと知ったら、彼女はどんな反応をするだろうか。
そんなことを気にしてしまう自分に、また腹が立つ。

(黄泉なんかに来たから……おかしくなっている…………)

意識を失っているだろう彼女は、きっと目を覚ました時に海浬たちに助けられたと思うだろう。
それでいい。
そうなるように、海浬には強く口止めしておいた。
きっともう一人の子どもがボロを出さないように、ちゃんとフォローもするだろう。

海浬の家を出て、再びフードを被り直す。
まだ、鼓動の早さは治らない。

「……どうかしているな、今日の僕は」

胸元の服をぐしゃりと握り、一つ深呼吸をする。
彼女のことが気になろうがなるまいが、とにかく計画は実行する。
それに変わりはない。

一歩、歩き出せば自然と足は進み始める。

海浬の家の方へ何故か振り返りたくなったが、余計な雑念を振り払うように大股で足を進めた。













頭がズキズキする。
鈍く重い痛みにゆっくりと目を開くと、目の前に真っ白の少女がいた。

「あ……セツカ! ここがどこかわかる!? みんな、セツカが目を覚ましたわっ!」

オランピアの声だ。
みんな、って誰だろう。
そういえば、湿った地面で倒れたと思ったのに、背中がフカフカする。

(フードの男たちに襲われて……子どもの声が聞こえて……っ)

がばっと起き上がり、私は周囲を見た。

「大丈夫かい? セツカ」
「怪我してるんだ、無理に起き上がるな」
「気がついたみたいで良かったよ」
「安心しろ。男たちなら捕らえてある」

縁に玄葉、時貞に璃空までいる。
何も言わないが、朱砂とヒムカもいた。

「あ、大丈夫ですよセツカ様! 着替えは僕とオランピア様でしましたから!」

私を安心させるように側に来てコソコソと言ってくれたカメリア。

「あー……心配かけたみたいで、ごめんね皆。ありがとう」

オランピアとカメリアにすぐにベッドに戻されながら、みんなにそう言う。

(……気を失う前に、オレンジの頭を見た気がしたんだけど……気のせいだったのかな)

てっきり柑南だと思っ…………いや別に、柑南だから何っていう話だけど。
というかそもそも、彼だとすると助けてくれない気がする。
マレビトとは言っても、私は名ばかりで何もできない。
そんな私を助けたって、彼にはなんのメリットもないんだし。

「そういえば、ここは?」
「僕の店、死菫城だよ」

ぐるりと辺りを見渡しながら、そう言われてみれば以前案内された客室と似た構造の部屋だと気付く。

「セツカ、お前は休んでろ」

朱砂はそう言い、この部屋から退室する。

「俺は、朱砂と共にコトワリと軍の指揮の下で犯人から得た情報を元に、真犯人を探してくる」

璃空も、朱砂と同様に去っていく。

「え……真犯人って? ちょ、璃空!?」
「落ち着けセツカ」

起き上がり彼が扉に消えてしまった向こうに叫ぶと、「二人とも心配してたんだ。お前が起きるまではそばに居ると言ってたんだぜ?」と玄葉にベッドへ戻される。

(そうだったんだ……また会ったら、二人にもお礼言わなくちゃ)

しかし、璃空は真犯人を探すと言っていた。
それは十中八九、私を襲った奴らの上に誰かがいるということだろう。
確かに、フード男たちは誰かに指示されているような様子だったから、黒幕というか真犯人が別にいてもおかしくはない。
けど、探すということはもう見当がついてるということだろう。

(……犯人が誰か教えてくれたって…………)

まぁ、怪我人がいても足手まといにしかならないかもしれないけれど。
しょんぼりしていると、カメリアがトトトッと小走りで来た。
そして、両手を肩より上にあげて彼女は笑った。

「セツカ様のお世話は僕がしますから、安心して休んでくださいね!」
「え、あー…ありがとう。嬉しいけど、私仕事中だったから戻らなきゃ。それに、仕事のあとはそのまま家に帰って休むから大丈夫だよ?」

「セツカ……それは流石に、この場にいる誰も賛同してくれないと思うよ?」

カメリアの言葉は素直に嬉しいけれど、流石に研究所に連絡しないまま時間を空けすぎてはいけない。
それに、別に襲われかけただけで危害を加えられたのは頭への一撃だけだ。
大したことないのだから、仕事に戻り、その後自宅療養するのが正しいだろう。

(そう、全然大したことなんてない……)


「セツカが、誰かも分からない男たちに襲われて怪我までさせられたのに、男だらけの職場に戻っていつも通り働けるなら問題ないんじゃないか?」

ずっと壁に背を預けていたヒムカが、唐突にそう言った。

「ヒムカ!!」

慌ててオランピアが、私の側から離れてヒムカの方へ行き小声で何かを必死に伝えている。
きっと皆が思っていて、それでも私には口に出しづらかったことを彼が直球で言ったものだから。
案の定、時貞も縁も玄葉も驚いて口をポカーンとあけてしまっている。
その様子は、見ていてちょっと可笑しい。

「怖くないって言ったら嘘になるけど……」
「なら止めとけ」
「僕の方から、事情は説明しておくよ」

縁は、そう言って少し席を外した。
連絡のできる者に、研究所まで走ってもらうのだろう。

(……なんか、頭ズキズキする)

普通の頭痛とは違う痛みに驚き、少し痛む部分を抑えようと手を動かして気付いた。

(頭、包帯が巻かれてる……そっか、地面に思い切り叩きつけられたから)

包帯に触れた手から血の気が引いていく。
あの後、私はすぐ助けられたのだろうか。
それとも、…………

「セツカ、痛むのか?」
「……」
「セツカ?」

声をかけてくれた玄葉は、本当に心配そうにしている。
それが、怪我をさしているのか、別のことをさしているのか私には分からない。

「あ、うん……ちょっとだけ」
「包帯を取り替えるか。まだ血は止まってないんだ。無理に動こうとするなよ」

そういえば、彼は私がコトワリから逃げた時に追いかけてきていた。
心配、してくれたんだろうな。
玄葉には、いつも迷惑ばかりかけてしまっている気がする。

「……玄葉、ごめん。ありがとう」
「………………おとなしいお前は、ちょっと不気味だな」
「失礼な……」
「ほら、巻き終わったぞ。とっとと療養して治せ」
「……ありがとう」

私は玄葉に包み隠さず何もかも言えていない。
それでも、彼は私を心配してくれて、こうして気遣ってもくれる。
今だって、何に対する感謝なのか直接的に言えない私にも、彼は優しく笑ってくれる。

(玄葉にも、いつかこの島で恩を返せたらいいな。こんなに沢山優しくしてもらって、気遣ってくれたお礼をしたいな……)


「セツカ、良かったね」
「時貞……」

ニコニコと笑う時貞につられて、私も笑う。


「セツカ……すまなかった。配慮に、欠けていた」

笑っていると、オランピアに何を言われたのかしょんぼりとしたヒムカが私に頭を下げてきた。
彼なら、そういう配慮ができなくても仕方のない部分がある。

「ううん、正直に言われて気付けたから。ありがとう」
「……うん」

しょんぼりとしているヒムカは、髪が長いからか女の子にも見えてオランピアと並ぶ姿を見るととても可愛らしい。

(あ、れ…………私、今……どうして)


彼なら、って思ったの?


(仕方のない部分って、なに……? なんでヒムカなら、配慮できなくても仕方ないって思ったんだろう)

自分の思考なのに、自分のものではない感覚がおかしい。
どうして自分がそう考えたのか。
なぜ急にそんなことを思ったのか。
考えようとすると、怪我した部分が痛む。
ズキズキする頭と、心音が早くなっていく。
頭痛と心音の音が重なるように早まっていき、鼓膜が震える。
何かの線が切れそうになる痛みに、ぎゅっと頭や耳を守るように両腕で自分を抱え込む。

「っぅ、あ゛……っ」

痛い。
ベッドに寝ているはずなのに、自分がなぜさっきの考えに至ったのか考えていると、どこかに落ちていくような浮遊感を感じる。
気持ち悪い。

「セツカ!?」
「どうしたセツカ!?」

ガンガンと頭に響く。
汗が出てくる。

痛みが来る度に、何かの音が聞こえてくる。


頭が、真っ白になっていく。








『でねっ! 彼のルートが────』

誰かの声が聞こえる。
女の子の声。

(どこかで、聞いたことがある……)

『これ! これこれ! 明日からスマホでも買い切りでできるらしいのっ!』

声の向こうに、学校が見える。

(わたしの……と、もだち…?)

『もー、絶対ファンディスク出て欲しいいよねっ! ────のこと、助けて欲しい!』

そう、友人たちの声だ。
みんなが話しているのは、私もよく知っている。


ゲームの話。





『え、このゲーム? ────ってば知らないの!? オランピアソワレだよっ!!』





急に、カメラのフラッシュが光るように学生時代の記憶が頭の中を流れていく。
大切で、楽しかった記憶。

「…………………お、もいだした……」

自分の名前も、友達みんなのことも。
高校で出会った、大切な友達。
みんなでよく、ファーストフード店で語り合っていた。
大学で会った友達も、みんな何かしらのゲームをやっていて、共通点があってすぐに仲良くなったんだ。

疑似恋愛が楽しめる乙女ゲームの話をよくしていて、オランピアソワレはその中の一つだった。
オランピア、目の前にいる彼女がここにいるヒムカや、時貞、玄葉たちと希少な白という種族を残すためのお婿さんを選ぶために奔走する話。
その中には、朱砂や璃空、縁もいた。

今、目の前にいる彼らはみんなオランピアのことが大好きで、大切なんだ。


私は今、その世界にいるのか。




「セツカ? 今なんて言ったの?」

私を心配そうに覗き込んでいるオランピア。
彼の隣にいるヒムカ。
大好きなゲームの主人公と攻略対象キャラたちがいることに発狂しそうになるが、ひとまず深呼吸して落ち着く。

(もしかして……ヒムカルートだったり、するのかな……だとしたら、結構危険なことになる気がする…どんなシナリオだったっけ?)

ていうか、そもそもさっき私が目を覚ました時、全員集合してなかった?
メインキャラ全員大集合だったよね。写メ撮りたかった。

(あ、スマホないんだった……)


「セツカ?」
「あ、えっとね……なんか思い出したみたい。記憶」

「「「「は?」」」」

あ、男たちがびっくりしてる。

「良かったですね、セツカ様っ!!」
「そうなのね! 本当に良かったわ! あ、じゃあセツカって呼ばない方がいいのかしら?」

カメリアとオランピアだけが、嬉しそうに笑ってくれた。

「ううん、このままでいいよ。もう慣れちゃったし」

後で、カメリアとオランピアには本当の名前を教えるね、と伝え起き上がる。

「あ、おい今起き上がるのは……」

玄葉の声を遮って、体を起こす。

「血止まってないから、危ないんだよね。分かってる。でも、一つだけどうしても記憶が戻った今だからこそ、聞いておきたいことがあるの」

私の真剣な声に、みんなが私を見て黙った。
そう、私は絶対にこれを聞いておかなければならない。

「オランピア」
「な、なに?」

心なしか、声が震える。
私につられて、オランピアまで緊張し始めたのかピシッと姿勢を正し始めた。

彼女の回答次第では、ルートが変わるのでどんな事が起こるのかある程度の未来が予想できる。
それによっては、今後の私がしなければならないことが変わる大問題。

(まぁ、私がマレビトという括りに入るのかどうかすら分からないし、実際私はただの大学生でオランピアのルートが分かったところで、できることは何もないかもしれないけど)

オランピアに、助言ぐらいはできるかもしれない。
せめて、バッドエンドにならないようにするぐらいなら、手助けにはなれるはず。






「…………オランピアって、誰と付き合ってるの?」



至極真剣に言った言葉に、オランピアはキョトンと目を丸くした。
調査の指示を出し終えたのか、朱砂や璃空、縁も扉を開けたところで私の声が聞こえたのだろう。
全員が目をまん丸にして私を見ている。

そんな中、一番早くに正気に戻った玄葉に頭を叩かれた。

「いっっっっったい!! 私頭に怪我してるのに!」
「お前っ、真剣な顔して何をいうかと思えば!」
「玄葉。やっぱり彼女は、頭の打ちどころが悪かったんじゃないか」

頭を抱えていると、部屋に入ってきた朱砂はげんなりした口調でそんなことを言う。
縁は笑いながら壁にもたれて声を押し殺していて、璃空に至っては未だに目をまん丸にしてフリーズしている。
誰か彼を元に戻してあげてほしい。

「えっとね、セツカには言ってなかったわね……」
「だとしても、今聞かなきゃいけないことだったのそれ?」

時貞のツッコミに、全員が深く頷いている。

「いやいや、今すぐ聞いておかなきゃいけないことだったよ!」
「セツカは、余程オランピアのことが好きなんだねぇ」

そんな周囲の私を揶揄うような言葉の中、オランピアは一つ咳払いをして彼女の隣にいるヒムカと手を繋いだ。

「ヒムカと、付き合ってるわ」

堂々とした言い方が、清々しい。

「そっか、おめでとう。ヒムカと初めて会った時から、オランピアはもうヒムカとも仲良かったもんね」
「ありがとう、セツカ」

ったくしょうがないな、とでも言わんばかりにため息をついた玄葉は、さっき私を軽く叩いた頭をゆるりと撫でる。
その手は、私の記憶が戻っても変わらない。優しい手だ。

「それを聞いて、何かしたかったのか?」

ヒムカの言葉に、どうしたものかと悩む。
正直、ヒムカルートのハッピーエンドの方はどうなるか覚えているがバッドエンドはどうだったか。
ただ、二人のこの仲の良い感じを見ている限りはハッピーエンドになると思っても良いのだろうか。
だとしても、ハッピーエンドでも結構全体的に大きい事件が起きる。
それは、私だって例外じゃないはず。

(かといって、それを今ここにいる皆に言ったりして未来が変わってもまた怖いし……最悪なことにならないように対策はしたいけど、どうしようか…………)

「いや、羨ましいなと思って……私も、結婚を考えなきゃなと…」

嘘だけど。

「もう質問終わったな? なら、さっさと横になってくれ」

玄葉に促され、再び横になる。

「ったく、そんなことは別に急ぎでも何でもないだろうが」

玄葉の小さい声に、ペシっと彼の白衣を軽く叩く。

「女性にとって、結婚はいつでも急ぎの大問題なの!」
「そ、そうなのか……?」
「それを言うなら、【青】の璃空殿は結婚話がそろそろ出るとか?」
「いや、俺はまだだな。朱砂は、何回か見合い話など来ているのではないか?」
「俺は仕事で忙しいからな。そんな場合ではない。時貞はどうだ?」
「ぼ、僕ですか!? いえ、僕はまだそんな……」

婚約話がどうのこうのと話が段々と逸れていくのを聞きながら、私はそっと目を閉じる。
オランピアの言葉に嘘はない。
なら、ここはヒムカのルートだ。

(何をどうすればいいのか、考えなきゃ……)

結局、和解はできたものの玄葉にも朱砂にも私の本心は言えていないままだ。
それに、私を襲ってきたフード男たちの背後にいる人物の狙いも分からない。

(そういえば、やっぱり襲われて気を失う前にオレンジ色の髪の毛を見た気がするんだよなぁ……誰も柑南のこと言ってないし、ここにいないってことは夢だったのかな…)

目を閉じて考えようとすると、頭の中に嫌でも柑南の姿が浮かぶ。
だが、仮に彼が黄泉に来て私を助けてくれたと仮定しても、この場にいないだろうと思った。

(だって、柑南は弟の刈稲を黄泉に送っておいて、自分が来るはずが……あれ、そういえば柑南ってオランピアが黄泉に来ていても、絶対に姿を見せなかったよね?)

ヒムカルートのラストを思い返す。
彼は、海浬と手を組んでいた。

(そういえば、子どもの声も気を失う前に聞いた気がする……まさか、海浬と柑南が私を助けてくれたとか?)

いいや、それはないだろう。
あの二人は、この世界が滅びても構わないと思っている。
そんな人たちが、人一人のために動くだろうか。
どうせ死ぬなら、今死んでも後で死んでも同じだぐらいにしか思ってなさそうだ。

(じゃあ、あの声は明日羽……?)

黄泉に何度か来ていたときに、海浬も明日羽も姿を見かけたことはあったが話したことはなかった。
初対面でいきなり、私を助けてくれた?とは聞きにくい。

(なら、やっぱり……いや、オランピアの話の中では出てきていないだけで、子どもは他にもたくさんいるし)

ただ、もし……もしも、柑南が黄泉に降りてきていたら?



もし、あの事件が近いうちに起こるのだとしたら。



私に、何ができるだろう。
未来を知っている私にしかできないことが、きっとあるはず。
必ず、ある。

記憶が戻ったら、すぐに帰れると思っていた。
大事な記憶が戻れば、魔法のようにこの世界から消えて夢だったと、向こうで目覚められるのだと思っていた部分がある。
でも、実際はそうじゃない。

これは夢じゃないし、今私がここにいるのが現実なんだ。

この世界に来て、心細いことも嫌なこともあった。
でも、それ以上に楽しいことの方が多かった。

ここに来て、初めてこの世界を現実として受け入れられた気がする。
頭の怪我のせいか、疲れた体は段々と重く緩く思考が落ちていく。
それでもこの想いを忘れないよう、眠りにつく中で強く両拳を握りしめた。
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