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マレビトとして来ちゃった島で奇跡を起こすまで

昨日の出来事は、闇に葬りたい。
目を覚ますと、玄葉と縁の二人が至近距離で私を見ていた。
つまり、呆けた寝顔を見られていた。
しかも聞けば、私はお風呂でのぼせてしまっていたところを二人が助けてくれたらしい。


それはつまり、ほぼ裸を見られたも同然で。



(あぁ! 穴があったら入りたい! 時間が戻せるなら戻したいっ!!)

荷物を持つ手に、グッと力がこもる。
しかし、どうやっても時間は戻らない。
何が悲しいって、私の記憶が朧げなところだ。
なんか、二人に言ってしまった気がする。

(もう絶対あそこで風呂には入らない! 気持ち良かったけれど! でも絶対!)

決意新たに、私は荷物を持ち直し姿勢を正した。
そう、私にはこんなところで立ち止まり羞恥に悶えている暇はない。

今日は、伊舎那天付近のお店に商品化されたばかりの品を届けなければならない。
スタスタと早足で歩いていると、横から歩いてきた人にぶつかりそうになり、慌てて後ろへ数歩下がった。

「あ、ゎ…すみません! ぶつかりませんでしたか?」
「いや、大丈夫だ……って、セツカじゃねぇか」

心で考えた、会いたくない人に限って会ってしまうのは、最早必然なのだろうか。
私を見て、玄葉はキョトンとしたかと思うとニヤニヤといやらしい笑みを浮かべる。

「昨日の今日でそんなに荷物持って、大丈夫なのか?」
「あー、うん……オカゲサマデ」

すぃ〜と目を逸らしながら、ついでに距離を空けて違う道からお店へ向かおうかと思うが、彼にその道を塞がれて一歩詰め寄られる。

「目、逸らすなよ」
「……昨日のこと蒸し返さないでくれれば、逸らしたりしないけど…………」
「あぁ、照れてんのか? 昨日のお前、めっちゃ可愛かったのに」

カッと顔が熱くなる。
きっと目の前のこの男は、にやにやと笑っているのだろう。
顔を見なくてもわかる。
揶揄う気満々な彼に、思い出したくなくても思い出してしまう昨日の記憶に、首まで赤くなっていくのが自分でも分かった。

「あれはっ! だって!」
「湯帷子も透けてて、色っぽかったぞー」
「あーもーっ! なんでそういうことをこんな人が行き交う場所で普通に言うの玄葉のばかっ!!」
「あはははっ! セツカって、大人ぶってる割にまだまだガキだなー」

ポンポン、と軽く頭を撫でられて子ども扱いされていることに、わなわなと手が震える。
怒りか、羞恥からか、事実だからか分からない。





「おや、二人とも仲良しだね」



玄葉に言い返そうと口を開いた時、玄葉の向こうから叉梗さんが来ているのが見えた瞬間、いろんな感情で赤くなっていた自分の頭がスッと急速に冷えていった。
今の今まで、玄葉と縁の三人でいた部屋のことが頭を占拠していたのに。
急に、天真医療院の病室が頭に浮かぶ。

『あぁ、マレビト様────』


「っ……」
「セツカ?」


あの人の声も顔も、鮮明に覚えている。
こんな顔をしていては、玄葉に気付かれてしまうかもしれない。
早く、いつも通り叉梗さんに挨拶しなければ。
そう思うのに、口はパクパクと動くのに声にならない。

(だめ、こんなんじゃ……しっかりしろ、私)

スゥ、とひとつ深呼吸をする。
大丈夫、玄葉に怪しまれてもまだ何も知られたわけじゃない。
誤魔化すことだってできる。
落ち着こう。


「お久しぶりです。叉梗さん」
「あぁ、あの時以来だね」
「お久しぶりです、叉梗さん。あの時って、なんですか?」

早速玄葉が叉梗さんの言葉に反応した。

「あ、叉梗さん……私、自分の健康のことでちょっとご相談があるんです!」

私は無理矢理そう大声で言って、玄葉が叉梗さんへ近付こうとしたのを阻止する。
そして、そのまま叉梗さんの腕を掴み玄葉が来た方とは逆方向へと歩いていく。

「ごめん玄葉! また今度ね!」
「あ、おいっ!? セツカ!!」

玄葉が追いかけようとしてきたが、慌てて私が叉梗さんの腕を引っ張り進んだことで、彼は諦めてくれたようだ。
どこの道かも考えず、通路を曲がっては進みながら暫くして、ようやく私は叉梗さんが何も言ってこないことに気付いた。

「あ、すみません……無理矢理引っ張ってきてしまって」
「……いや。それで、健康のことで相談というのは何かな?」
「…………すみません。あの時の話を、玄葉にしてほしくなくて…嘘をつきました」
「あれは薬による死でもない。君には何の責もないんだよ?」
「でも……あの薬も、私が勤める研究所のものです…なんの罪はなくても、助けられなかったのは事実です」
「…………」
「……」


叉梗さんは、俯く私の肩に手を置き優しく笑う。

「君は心が優しい人だから、そんなふうに受け止めてしまうだけだ」
「優しいわけじゃ……」

優しいのは、そう言ってずっと最前線で努力し続けている叉梗さんの方だ。



「セツカ!!」

走ってやって来た玄葉は、叉梗さんが私の肩に置いていた手を振り払い、私を思い切り引っ張って引き寄せた。

「何をしてるんですか……」

私より背の高い玄葉に抱き寄せられながら、彼を見上げる。
彼は、見たこともないぐらい怒りを露わにしていた。

「く、玄葉?」

なぜ玄葉がこんなに怒っているのか分からず、彼の白衣を思わず掴む。

「何で怒ってるの? 叉梗さんは、今私を慰めてくれていたというか……どっちかというと迷惑をかけているのは私の方で…………」

もう医療院に行きたくはないという心境にはなっているが、でもそれは叉梗さんが悪いわけではない。
私にとってトラウマになってしまっただけだ。
そんな私を、叉梗さんは優しいと言ってくれた。
ただ、臆病なだけの私を。

「……玄葉、君は何か誤解しているんじゃないか?」


「…………本当に、何かされたわけじゃないんだな?」

叉梗さんの言葉には答えず、玄葉は私を心配そうな目で尋ねる。
そういえば以前も、この三人で話した後、玄葉は何か心配そうにしていた。

(玄葉は、叉梗さんと何かあって……叉梗さんを疑っている…………?)

「大丈夫」

何かされたわけではない。
はっきりと彼の目を見て伝えると、彼はほっとしたように少し微笑んだ。

「叉梗さん、すみませんでした。コイツ、色々と抜けてるみたいなんで心配でつい……」
「ちょっと!? 抜けてるってことはないでしょ!」
「抜けてるだろ。昨日を思い返してみろよ」
「っ!? それはもう言わないでって、さっき言ったでしょ!」

「抜けてる割に、意外に重かったなー」なんて言う玄葉に、カチンときた私が冗談だと分かっていてもムキになって言い合っていると、叉梗さんが小さく笑った。

「玄葉と君は、仲が良いんだね……セツカ、今日はこの辺で失礼するよ。あのことは、もう一度試したいと思っている。君が良ければ、考えてみてほしい」
「…………はい」

叉梗さんが、長い白衣を翻して去っていく。
私は、ただその背中を見送ることしかできなかった。

「…………あのことって?」
「……あー、健康相談的な」
「なに? どっか悪いのお前? じゃあ来いよ。俺が診てやる」
「わわわっ!? いい、いいっ!」
「何で?」

急に玄葉に腕を引かれ、コトワリの方へ歩き出したため慌てて彼に掴まれた腕を離してもらおうと踏ん張る。
彼は、至って普通に私を心配してくれている。

(嘘です。って言ったら、じゃあ「あのことは何?」って聞かれちゃう…でも、彼に診てもらうと普通に健康なことがバレちゃう…………っ!)

困って、どう言い訳したものかと思っていた時、ふと昨日のことを思い出した。

「は、裸見られたくないっ!!」
「は? 今更か? お前、海で気を失った時にも俺に診察されてるんだぞ?」
「(そうだけど! 今は的確なツッコミを入れないでほしい玄葉……)い、今だからこそ! 昨日のこともあるし、玄葉は友達だし……友達に裸は見られたくない!」
「いや……ただの診察だから裸にはならないが……そんなに、恥ずかしいのか」
「そんなに! だから玄葉には診てもらわない!」

(どうよ!)

理由はどうあれ、これで玄葉に診てもらわずに済むだろう。
とにかく、これ以上玄葉と一緒にいると絶対に聞かれる。
ここはさっさと仕事に戻りたい。

「……叉梗さんは、いいのか?」
「へ? あぁ、だって叉梗さんは…」

医者だし、別に。そう言いかけて慌てて口をつぐむ。
すると、玄葉が眉を顰めた。

「叉梗さんは?」

続きを促される。
医者は玄葉も同じだ。これでは理由にならない。

「ふ、普段から健康相談してる……から」
「…………」
「玄葉?」

何とかこれで誤魔化せたかと、黙ってしまった玄葉を見上げると、掴まれた腕を握る彼の力が強くなる。

「っ!? 玄葉、痛いんだけどっ……」

ギリギリと、強い力で掴まれた腕は絶対に離された後も暫く赤くなってしまう。



「…俺を意識して、そうしてるのか。それとも、叉梗さんのせいでお前は…………」



玄葉の声は小さくて、言葉が上手く聞き取れない。
ただ、彼の私を見る目がとても苦しそうで、それが先ほどの私の言葉のせいなのかもしれないと思った。

「と、とりあえず離してっ……」

どうして玄葉が今、こんなに苦しそうなのか分からない。
何とかしてあげたい。
でも掴まれたままの私の腕も、離して欲しい。
けれど、彼は離そうとしない。






「おや、あなた方お二人がそのような関係だとは、意外ですね」



どうも、とこの重い空気に相応しくないほどの飄々とした声が道の向こうから聞こえ、近付いてきた。

「柑南」

私が彼の名を呼ぶと、彼はにっこりと微笑んだ。
名前を読んだ途端、以前エビス楼で話したことを思い出してしまう。




『私は噂されても構いませんよ?』
『巫山戯ていませんよ?』
『貴方と私が噂になることも誇張ですか?』
『お待ちしてますよ、セツカ』




直接的なことは何一つ言われていないのに、思い出しただけで顔がカッと熱くなる。
けれど今は、それよりも玄葉とのことを誤解されているのを何とかしたかったし、この腕もとにかく解放して欲しい。
あと、叉梗さんとのことを玄葉にも柑南にも知られたくない。

(あぁ、もう! 面倒臭い!!)

私が混乱した頭で、一体この場をどう切り抜けようかと考えていると、私の腕を掴んだまま玄葉は視線を柑南の方へ動かした。

「柑南か。何か用か?」

玄葉の低く獰猛さのある声は、初めて聞いた。
いつも優しい声音や、揶揄うような楽しそうな声しか、聞いたことがなかったからかもしれない。
彼のそんな声に、不覚にもドキッとしてしまった。

「最近、オランピアの記事を書けるほどの情報がないので。新しいマレビト、セツカのことでも書こうかと」
「ちょっと!? 前に一度、書いてるじゃない」
「あぁ、以前の記事の内容よりも……こういう方が、ウケが良いんですよ」

こういう、と柑南は玄葉が掴む私の腕を見て嬉しそうにそう言った。
それを聞き、玄葉はようやくゆっくりと私の腕を離してくれた。
赤くなった腕を隠すように、私はすぐに袖の裾を伸ばす。

「……コトワリとも仲が良いとは聞いていましたが、オランピアといい、貴女といい、特殊な人との交流が多いようですね」
「そう言うなら、柑南。貴方も私の交流に入っちゃってるけど? それはいいの?」
「僕はただの一般市民ですよ」
「橙の長なのに?」

柑南の言葉には、棘があった。
以前聞いた、玄葉は【黒】で一番冷遇されている色だと。
それを言いたいだけのような、特殊な人という言い回しには腹が立った。
だが、玄葉は何も言い返さない。
それが、何とも思っていないだけなのか。
それとも、さっきの聞こえなかった声からしても、何か叉梗さんとの間にあったことを思い出して考えが占拠されているのか。
どちらにしても、私は柑南のこういうところは好きじゃない。

「今、この現場を見られたら困るのは柑南も一緒じゃないの? 赤紫のセツカ、橙の柑南、コトワリの玄葉の三角関係の修羅場を見た! とかね」

人々が、エビス楼に押し寄せる姿が見たい? それとも、自分から探られても痛くない腹を自分から見せる?
そう問えば、柑南は笑った。

「三人で並んでいる程度で? それでは、三角関係というには根拠が薄いですね」





「…………じゃあ、こうする」



柑南の腰に手を回し、少しだけ隙間を開けた状態で彼に抱きつく。
直接は柑南に指一本触れていないが、周囲から見れば私が柑南に抱きついているように見えるだろう。
記事にするかどうかの話にした方が、きっと柑南は自分は噂にはなりたくないだろうから、ここから早々に立ち去ってくれそうな気がする。

(これは私の勘だけど……でも、やっぱり瓦版を出している張本人の記事ってなると、信憑性が薄いというか信じられにくいと思うんだよね。そういう意味でも、彼は自分の記事は書きたくないはず。なら抱きついて噂になっちゃうことを仄めかせば、ここから立ち去ってくれる気がする!)

そうだとするなら、この作戦は割と有効なのではないだろうか。
だが、いつまで経っても反応しない柑南を不思議に思い顔を上げようとした瞬間だった。
物凄い力で、私の両肩が後ろへと引っ張られるのと同時に、両手で頭が掴まれて前へと引っ張られる。
つまりどういうことか。


「いだだだだだだだっ!?! ちょ、ちょ何なになに!?」


頭は前へ、肩から下は後ろへ引っ張られる。
気付けば、肩にあった手の片方は私の腰へ巻きついている。
このままでは、首がもげる。

「おや、玄葉殿はてっきり興味がないのかと」
「コイツに触れるな」
「触れてきたのは彼女ですよ」
「ならその手を離せ」
「そちらこそ、彼女が痛がっていますよ?」

下を向いたままの状態で頭を掴まれ固定されているせいで、上の二人の会話しか聞こえないが、恐らく私の頭を掴んでいるのが柑南で、腰や肩を後ろに引っ張っているのは玄葉だろう。
玄葉は恐らく、私の意図を汲み取りそこまでする必要はないと心配してくれているのだろう。
いつもの玄葉に戻ってくれたのなら、私としては問題ないので良いんだけど……問題は柑南だ。
絶対、この状況を楽しんでいるに違いない。
今彼の顔を見られたのなら、きっとニヤニヤと下卑た笑みを浮かべていることだろう。

(柑南は性格、悪そうだったもんね……まぁ、長として生きてるなら多少腹黒な方が、その色の人たちにとっては安泰かもしれないけど……)

痛みで目を開けられないことが、良いのか悪いのかの判断をしている暇もない。
とにかく、どっちもさっさと手を離して欲しい。




「────どっちも離したらどうだ。状況はよく分からないが」



たまたま通りがかってくれた朱砂が来なければ、本当に首がもげていたかもしれない。
彼には、何度も助けてもらっている。
本当に頭が上がらない。


「助かった朱砂、ありがとう。あと少しで首がもげるところだったの」
「首が、って………何故あんなことになったんだ? 柑南はもう帰ったようだが」
「茶化してただけでしょ、彼は」
「親しいのか? セツカ」

首を回しながら朱砂の質問に答えると、ぬっと朱砂の横から玄葉が顔を出した。
彼は柑南が来る少し前から様子がおかしかったのだが、朱砂が「いい加減にしろ」と頭を軽く小突くと、もういつも通りの彼に戻っていた。
何だったのかは分からないが、元に戻ってくれたのなら良かった。
元気のない彼は、やっぱり彼らしくない。
というか、私がビビるからいつも通りでいてほしいだけなのかもしれない。

「エビス楼に商品を持って行ったときに挨拶する程度だよ」
「その割には抱きついていたじゃねぇか。実は、柑南のこと好きなんじゃないのか? 言っておくが、あいつはあんまりお勧めしねぇぞ」
「あはは! 玄葉、冗談でもそれはないよ。大丈夫」

(いずれ、ここから帰ると思っているのに、好きな人は作ったりしない)

ここに来て、暫く経つ。
悪い人もいれば良い人もいるっていうのは、どこに行っても同じだと知った。
朱砂も玄葉も、オランピアやみんなのことは好きだし、大切に思っている。
でも本当に好きになってしまったら、きっと戻りたくなくなってしまう。
それはダメだと思った。

(だから、柑南のことも好きにはならない。好きな人を作っちゃ駄目だから)

自分の心の中でそう言い聞かせながら、ふと思う。
好きな人を作っちゃ駄目だから、柑南のことも好きにならないの?

(じゃあ……駄目じゃなかったら?)

ふと、そんなことをもう一人の自分に問われた気がした。

「セツカ」
「っ?! あ、なに?」

朱砂に呼ばれ、すぐに笑みを浮かべた。
今考えていたことを、全て脳内から消去する。
これは今考えることではない。

「先日、叉梗さんから医療院の患者へ薬を投与することを強要されたのか?」
「…………な、に…突然、どうしたの?」
「強要されたのか?」
「……強要されてない」
「前半部分は否定しなかったな。なら、叉梗さんから頼まれて患者へ薬を投与したんだな?」



……………………しまった。

朱砂のこういうところほっっっんと苦手!
彼に頭脳戦とかは絶対挑まない。
口喧嘩も絶対挑まない。
勝てる気しない。

しかも口籠もった私を見て、彼はなるほどと頷いた。
もう、私が答えなくても答え分かってるなら聞かないでほしい。

(知られたくなかったのに……どうしよう、嫌われるかな…軽蔑されるかも……)



「……なんで早く言わなかった」
「…………」

深いため息をついた朱砂が、額を抑え俯きがちにそう言う。
玄葉も、また眉間に皺を寄せて困った顔をしていた。

「……すみません」
「謝罪して欲しいわけじゃねぇよ。俺も、朱砂も」
「………………あー、とにかく私は大丈夫だから。これ、仕事の荷物早く届けにいかなきゃいけないから、ここで失礼するね」

笑顔を貼り付けたまま、そう言い数歩下がったところを朱砂と玄葉に止められる。

(もういいじゃん。仕事戻らせてよ〜)

「荷物なら、俺の部下に持って行かせる。お前はこっちだ」

ひょいっと、軽々荷物を取られ玄葉に腕を引かれる。
今度は、痛いほど腕を掴まれていない。
それに安心してしまい、反応が遅れた。

「ちょっ!? 私の仕事なんですけど?」
「豪月に許可も取る。今は仕事のことを考えるな」

豪月って、縁や朱砂とも知り合いなんて、意外と顔広いな……あんなにゴツい図体してるのに。
って、そんなことはどうでもいい。

「いやいやいや、マレビトだからサボっても怒られないとか、そういう噂でも流れたら大変だからここはやっぱり「「駄目だ」」」


「…………ハイ……」


あー、これで職場の人に対する信用が一つ減るんだろうな。
朱砂が、上手く豪月に言ってくれたとしても、それって昨日豪月が縁に頼んで何とかしてくれ云々案件とは別になるから、結局彼からの信用も減るんじゃないだろうか。

(職場の人からの信用を失いたくないけど……掴まれている腕といい、口達者なこの二人に私が口で勝てるわけもないし…………くそ、柑南がここに居れば上手く彼が挑発してくれたかも……いや、ないよね)

彼が私の手助けをしてくれたのは、初対面のあの海での一件のみだ。
今ここに彼がいたとして、直接声に出して頼み込んでも聞いてくれたかどうかは怪しい。






二人に連れてこられたのは、コトワリ本部だった。

「ここなら、誰かに話を聞かれる心配もない」

朱砂はそう言って、自分の所長室へ私を招き入れた。

「────で?」
「どうして、すぐに言わなかった? 叉梗さんと、何があったんだ」
「調べ、ついてるんでしょ……」

朱砂の言い方は、問いかけていてはいたが断定的だった。
それはつまり、すでに事情は知っているが本人から事情を聞いてはっきりさせたいだけと言う段階だろう。
ならば話したくはない。
私が薬を手渡したせいで亡くなった人のことなど、そんな酷いことをしたことを告白させようだなんて神への懺悔であっても言いたくない。
言わずに、生きていたい。

「あの人には、異端審問を行うつもりだ」
「なっ!? 叉梗さんは悪くない!」

私の言葉に、二人は驚いた表情を浮かべる。
咄嗟のことに、大きな声が出てしまった。
私は、慌てて一つ深呼吸をする。

(落ち着かなきゃ……すぐ感情で喋っちゃうのは、私の悪いところ…………)



「審問を行う必要はない。同意の上だったし、私にも叉梗さんにも、研究所の人たちにも誰にも罪はないから。治験には、そういう出来事が付きものだってことは、二人だって知ってるんでしょ?」
「……なら、なんでお前は今そんなに苦しんでいる……?」

玄葉の言葉に、言葉が詰まる。

「どうにもならない状況でも、伊舎那天を飛び出し海へ飛び込めるようなお前が、そんなに暗い顔をしている理由はなんだよ。叉梗さんとのことが関係ないなら、全部話してくれ」
「俺たちが、必ず力になる」



「…………そ、れは……」



さっき言った言葉は、本音だった。
誰にも罪はない。
でも私は、マレビトだ。
誰も悪くはないし、一つも謝る必要もない。
でも、皆にはそれぞれ責任がある。
叉梗さんは、医者として最前線でずっとあの病気の症状を診て、助けられない患者を看取ってきている。
研究所の人たちだって、ずっと薬の研究を続けている。
助からなかったり、余計症状が悪化してしまうこともあるだろうし、ずっと出せない結果にイラつき、ショックを受けながらもずっと皆のためにと二十四時間体制で研究を続けている。
その点で言うと、私には何にもない。
マレビトとして一番未来から来ているのに、皆より色んな情報を持っているはずで、奇跡を起こせる存在だと言われているのに何もできていない。
責任すら、持つこともできない。
だからこそ、私にしかできない何かをしなければならないのだと気持ちだけが急いている。

(もっと、大学の選択授業でも色んな分野のものを取っておけば良かった。普段使っているものや電車やスマホなど、原理や仕組みを知っていれば……病気についても、もっと勉強していれば、知識があれば……)

大人になったって言っても、マレビトだともて囃されても、結局私は二十年も何をして生きていたのか分からない。
薬を渡した人の、あの人の苦しそうな悲痛な叫びが、いつまで経っても頭から離れない。

(迷って、どうしたらいいかもう分からなくて……ここにいることが、怖い。でも皆と離れたくない。帰りたい。悔しい、情けなくて誰にもこんな自分を見られたくない……誰にも、知られたくない…………)

子どもの頃は、辛い時も悲しい時も、親がいた。
友達や、先生がいて、どうしようもない自分を助けてくれた。
それは生まれた時から、日本という場所で生きてきた私には当然あったものだった。
だから、大学で一人暮らしをして初めて知った。
誰にも頼れない辛い時があることも、知り合いに打ち明けた悩みが裏切られ利用されることがあることを。
それ以降、私は自分の弱味を他人に見せないことにした。
見せても大丈夫な弱味だけわざと見せて、後は隠した。
誰にも私の本当の本音は言わなかった。
弱さは、他人に利用されてしまうから。
裏切られた時、よりショックを受けてしまうから。

「大丈夫。暗くなってたっていうのは、合ってるよ。そりゃ、他人とはいえ人の死を目の当たりにして驚かないわけはないし。ハクっていう病気のことも、聞いてただけで見たのは初めてだったし。悲しいし、助けられないことは悔しいし……」

二人を、信用したい。
甘えたい。

(でも、いずれこの島から帰るから。今甘えたら、きっと離れられなくなる……それじゃ、困る…………)


「あの人の死を忘れられないし、責任を感じてはいる。だからこそ、今は仕事をしっかりこなしたい。今ね、豪月から希望部署聞かれてるの……私が日本で学んできたことを、少しでも生かせるように部署は考えるつもり」

二人の顔は、見ない。
見れない。
朱砂のことは信用してるし、玄葉とも仲の良い友達でいたい。

「だからさ、何が言いたいかっていうと……とにかく、叉梗さんは悪くないってこと! あと、ありがとう。心配してくれて…すぐに元気になるっていうのは無理だけど、今ここで生きている以上は自分の出来ることをしっかりやるつもりだから」

鼻の奥が、ツンと痛くなる。

(大丈夫、嘘は言ってない……いってない)

「…………無理を、してるんじゃないのか」
「セツカ、それじゃお前はいつ元気になるんだよ……元気じゃない奴が、お前よりしんどい思いしてる奴等を助けられるのかよ」

心配してくれる二人の言葉が嬉しい。
玄葉の言葉も、きっと正しいものだろう。
でも、私はマレビトだから。
みんなが私を、そう呼ぶから。


(こういうこと、時貞にはあったのかな……同じマレビトの彼なら、この気持ちをわかってくれるだろうか…)

ふと思ったことに、私は首を振る。

(二人に甘えないって決めたのに、時貞に甘えていい理由にはならないでしょっ。私のバカ……)

「無理ぐらい、するよ。玄葉の言うこと、きっと正しいと思うけど……自分の納得できるように今は頑張る。無理だったら、助けてって言うから大丈夫」
「セツカは言わないだろうと思って、今ここに連れて来たんだが?」
「いいから吐け! なんだお前のその顔は! 心配するこっちの身にもなれ馬鹿!!」

玄葉に肩を掴まれ、揺さぶられる。
嬉しいけど、頼りたいけど、甘えたいけど……そんなわけにはいかない。
掴まれた手を振り払い、私は精一杯の笑顔を浮かべる。

「心配してくれてありがとう、本当に。でも、ここは譲れない。じゃ、仕事に戻るから!」

二人の静止の声を振り切って、コトワリ本部から飛び出した。





走ってくる二人の声が聞こえたが、止まらず道路に出る。
すると、ちょうど目の前を馬車が通り掛かった。

「乗せてくださいっ!」
「あれ? セツカ?」

馬車にはすでに先客がいた。
天草四郎時貞だった。

「お願い乗せて!」
「い、いいけど……」

急いで飛び乗り、私は姿勢を低くする。

「もし誰かに何を聞かれても、私はいないって言ってね!」
「え、あ、うん……何? どうかしたの?」
「後で話す……つもりはないけどお願い!!」
「つもりはないの!?」

バタバタと走ってくる音が聞こえる。
馬車は走り出してくれたが、どうなるかと心臓がバクバクする。

「時貞ーっ!」

(やっぱりここも顔見知りかーっ!!)

玄葉が時貞の名を呼ぶのが聞こえて、終わったと私は手を合わせた。
馬車の足元に蹲りながら手を合わせる私をチラリと見た時貞は、少し苦笑して一つ息を吐くと、馬車の窓から玄葉の方へ手を振った。

「どうかしたの?」
「セツカ見なかったか?……っと、お前は赤紫のマレビトを知ってたっけ?」
「うん、オランピアと一緒に海に行ったことがあるよ。で?」
「話の途中でアイツ逃げやがったんだ」

玄葉にそう聞いた時貞は、一瞬だけ私の方を見た。
私は全力で手も首も横に振る。

(言わないで言わないで言わないでーっ!!)

「そうなんだ……僕は馬車だし、外の景色は見てなかったから気付かなかったけど」
「そうか、悪い。足を止めさせたな」
「ううん。じゃあ、見かけたらコトワリに連絡するね」
「あぁ、頼む!」

(このままいくと、お尋ね者にでもなりそう……一応話すことは話したんだから、そんなに必死な形相で追いかけてこなくたって…………)

バタバタと足音が消えていき、馬車が再び走り出して私はようやく深い息を吐き出した。

「……ありがとう、時貞」
「どういたしまして。僕らは、四人だけの同盟関係だからね」

覚えてくれていた時貞に笑うと、彼もまたにっこりと笑みを浮かべてくれた。









結局あの後、時貞が黄泉まで行くというのでついていき、そこから天柳李研究所に遠回りして行くことにした。

(多少遅くはなるけど、朱砂が豪月に連絡してくれるって最初に言っていたんだしいいよね……?)

最早、今行こうが遅れて行こうが彼からお叱りや嫌味の一つは覚悟しているのだから、どちらにしても一緒だろう。

「……ねぇ、さっきのは大丈夫なの? セツカのこと、玄葉が探してたみたいだったけど…」
「あー、ちょっと言い合いになっちゃって……逃げて来た感じかなぁ」
「ふ〜ん……深刻では、ないんだよね?」
「……多分」
「えぇ!? もしあれだったら、僕から玄葉に何か伝えようか?」
「いやいやいや! 流石に時貞にそんなことまでしてもらうわけにはいかないよ! ちょっと日にちあけてから、玄葉と朱砂にはちゃんと話に行くから」
「二人と言い合いになってるの!?」

時貞は、あの二人は相当なキレ者であることも有名だといい、そんな二人と友人関係だからといって言い合いをできる私のことを、とんでもないという目で見ていた。

(まぁ、言い合いというより……私がただ、言うのを渋ってるってだけなんだけど)

「本当にすごいんだね、セツカって」
「なんか褒められている気がしないけど、ありがとう」
「褒めてるよ! あの二人って、大師達とも平然と渡り歩けるぐらいすごいのに、そんな二人と言い合いしてるんだよ!」
「いやー、決してしたかったわけでは……」


そんな会話をしながら時貞の馬車に乗せてもらい、黄泉の死菫城でお風呂に入ってくるという時貞とは別れた。


「とにかく、何かあったなら話してね」
「ありがとう、時貞。次、ゆっくり話させて。色々と相談したいというか、聞いて欲しいこととかあるんだ……」
「もちろんだよ。僕ら、同盟関係だろう?」
「ありがとう」

マレビトについて、近いうちに時貞に聞いてみよう。
他の慈眼大師たちがどういった奇跡を起こしたのかも、彼なら知っているかもしれない。
それを知ったからって、私が奇跡を起こせるようにはなるとは思えないけど。





時貞と別れた後、クナドを目指して歩く。
一度黄泉まで降りてから、クナドを通って研究所まで戻ればすぐに研究所に戻ると思い探しに来た玄葉達とは会わないだろうし。
これだけ遠回りすれば何処かでバッタリ会うこともないだろう。

朱砂と玄葉には、合わせる顔がない。
医療院での出来事を二人が知ってしまったのなら、尚更。

そんなことを考えながら、最近使い始めた裏道を通っていく。
黄泉への商品配達の回数もこなして来たので、ある程度の裏道や近道なんかも分かってきた。
死菫城からは、表通りを行くと建物の構造上迂回していかなければならない道が多く、時間がかかる。
その点、こっちの裏道なら多少人通りは少ないが真っ直ぐにクナドに行ける。
横の水路がトポトポと音を立てて流れていくのを横目に、呑気に考えていたからだろうか。
急に肩に衝撃が来て、私は弾かれるようにして後ろに尻餅をついた。

「っ……すみません」

前から来ていた人がいるのに気付けなかった。
咄嗟に謝罪し、顔を上げた時だった。

ガンッ!

後頭部に鈍い音が響いたと同時に、頭がぐらりと傾く。


(な……に…………?)


目の前の視界がぼやける。
頭がぐらぐらする。
訳もわからないまま、私は意識を手放した。
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