マレビトとして来ちゃった島で奇跡を起こすまで
「初めまして、セツカ。僕は縁 、ここの経営は僕がやってるからここを利用して困ったことがあったら、いつでも言ってね」
(…………ホスト?)
彼の第一印象は、そう思っても仕方ないぐらい着物の着崩し方とかが花魁の男性バージョンな感じがして、ホストっぽさ抜群だった。
「あ、初めまして。お邪魔します」
「ふふっ、噂とは全然違うんですね」
「その噂は忘れてください」
「あながち間違いではない」
「朱砂うるさい」
「おや? あの朱砂殿が間違いではないということは、やはり巨漢を一捻りしたというのは本当ということかな?」
「……それで、ここは湯屋と聞きましたが?」
「はい、もちろんでございます。本日はご利用されますか? 朱砂と? 玄葉と? それとも、オランピアとかな? それはそれで見目麗しく素敵な光景になりそうで羨ましいね。可能なら、僕も混ぜて欲しいぐらいだ」
「お、なら俺もそこに混ぜてくれ縁」
とんでもないことを言い出した二人に呆れていると、横にいるオランピアはあまり意味を理解できておらず首を傾げているようだった。
「おやおや、オランピアはご存知ではない?そちらの道を選ぶというのは、男としては残念ですがそれはそれでそそるものもあると言いますか…」
「朱砂、止めなくていいのこれ?」
「今は業務時間外なんです」
「職務放棄」
「セツカは知っているようだね?」
「そうですね。縁と玄葉が一緒に風呂に入っていても違和感はなさそうです」
「どうしてそこに朱砂は入れてあげないの?」
オランピアの言葉に驚愕したのは朱砂だ。
「……俺をそこに混ぜないでください」
「ダメなの? どうして? 三人とも仲良しだと思っていたわ」
「オ、オランピアストップ! ごめんなさい! 私が余計なこと言ったわ!」
慌ててオランピアの肩を掴んで、これ以上彼女が何かいう前に謝罪しておく。
縁の売り言葉に買い言葉で、余計なことを言ってしまった。
(わざわざ教えるほどのことではないし、知らなくても問題のないことってたくさんある。うん、本当に)
「縁さんも謝ってくださいよ…」
「…ごめんなさい」
「俺、巻き込まれ事故なんだけど……」
玄葉の悲しげな声を消すように、縁さんはパンっと大袈裟に手を叩いてみせた。
「さて! じゃあお詫びと言っちゃあなんだけど、美味しい料理はいかがですか?」
「やった! セツカ、縁のところの料理は本当に美味しいのよ! いきましょう!」
四人で、案内されるがまま席に着くと何故か縁さんまで席についた。
「なんでお前までいるんだ、縁」
「仕事はいいのか」
「えー、だってこんな男女二組が並んで座ってるのって、でーとみたいで羨ましいじゃないか。僕も混ぜてよ」
「えっ?! これってでーとなの!?」
「オランピア落ち着いて。縁さんがからかっているだけよ」
「セツカは落ち着いてるね」
「大人ですから」
「そう? じゃあお酒でも飲む?」
「真っ昼間っから?」
「黄泉のような太陽の見えない場所では、昼も夜もないさ」
「時間によって明かりの調節が変わると聞いたけど?」
「……朱砂だね、教えちゃったのは」
「道中に聞かれてな」
「もう、つまんないこと言わないで一緒に飲もうよ。玄葉は飲むでしょ?
「おう!」
(ここに来る前は仕事の用事で黄泉にって行ってなかったっけ!?)
私の視線に気付いたのか、朱砂がやれやれとため息をついた。
「俺は飲まないし、玄葉と縁の二人はいつもこんな感じだ」
「でしょうね」
私の言葉に、玄葉と縁は楽しそうに笑った。
「嬉しいぜ、セツカ。そんな即答するぐらい俺のことを理解してくれて」
「何を言ってるんだい玄葉。それは僕の台詞だよ。会ったばかりの僕をこんなに理解してくれるなんて……」
二人はそれぞれ机に肘をつきながら、私を見つめながらそんなことをいう。
朱砂はその二人に挟まれてげんなりしていて、隣のオランピアを見ると私を見てキラキラしていた。
そして、私の耳元に口を寄せて小さな声で嬉しそうに言った。
(あ、あの……気のせいでなければ、玄葉と縁って…セツカのこと好きなんじゃないかしら?!)
とっても嬉しそうに、頬を紅潮させて言ってくれるオランピアには申し訳ないが、これは大人のからかい。
良く言っても言葉遊び。
本気にしてはならないのだが、それを純粋そうな彼女にどう伝えたものかと私の脳内は今フル稼働していた。
(いや、正直にこれは冗談と言ってもなんだか通じないような気もする……いやでも純粋そうとはいえ、歳は近そうだしこっちも流石に冗談…………いや、冗談であんなキラキラした瞳は向けられないはず。だったら……あぁ、もう面倒臭い)
「…………遅いわね、料理」
「「「「…………」」」」
想像以上にぎこちない感じで話を逸らしてしまった。
しかもあからさますぎて、逆にさっきの二人の言葉を意識している感が出てしまっている。
一番最悪のパターン。
(い、居た堪れない……穴があったら入りたい…………っていうかこの半個室的な部屋の構造のせいでさらに今のこの場所の沈黙が痛く感じる最悪っ!)
「ふふっ、セツカって大人だなぁと思っていたけど、意外と可愛いのね」
オランピアはそう言って、嬉しそうに笑ってくれた。
それに思わずホッとして、あとそう言ってもらえたこともとても嬉しくて、私は思わずオランピアの頭を撫でてしまった。
「あ、ごめん嫌だった?「いいえ! むしろ、あの……もっと撫でてほしい、ぐらい……」」
びっくりした表情で固まったオランピアに、一瞬嫌だったかと手を離そうとしたが両手でそれを止められた。
そして、嬉しそうに頬を染められてしまっては、こちらまで嬉しいやら恥ずかしいやらで笑ってしまう。
「私から見たら、オランピアの方が可愛いよ」
「セツカにそう言われると、すごく嬉しい!」
二人して笑い合っていると、向かい側の三人から変な視線が送られてきているのに気付いた。
「何お前らイチャイチャしてんの? って言いたくなったわ。なんか。なんでか」
「俺たち男性が言えないセリフでも、女性同士だとそんなにあっさり言えてしまうものなんですね」
「なんだか羨ましいね……やっぱり二人の部屋とってあげようか?」
男三人が情けない表情でそれぞれ項垂れていたのを放っておき、オランピアと共にどの料理もとても美味しくいただいた。
「ずるいですよ縁様だけっ!」
ご飯も食べ終わり、すっかりデザートと食後のコーヒーで満腹になったお腹を撫でていると、可愛らしい子がぷりぷり怒っている。
「カメリア!」
「こんにちは! 今日はもうお手紙を配り終わったんですか?」
「そうなの! それでね、新しく友達になったセツカが黄泉に来たことがなかったから、朱砂達と一緒に案内しようと思って、それで最初にここに来たの」
「そうなんですね! 初めまして、僕はカメリアです」
可愛い子は、短く明るい髪色を揺らせてとびっきりの笑顔で挨拶してくれた。
「初めまして、カメリアはここで働いてるの?」
「はい!」
「オランピアと友達なんだったら、ぜひ私も仲良くして欲しいな。ここに来たばかりで友達があんまりいなくて」
「え、僕が…ですか?」
「あ、嫌なら別にいいんだけど」
「あの、僕……カラクリなんですけど…」
「?? 本名が、ってこと? 変わった名前ね」
私の言葉に、カメリアは下を向いてしまう。
「セツカ、カメリアの言ってることは本当なんだ。ゼンマイを巻かないと、動けなくなってしまうんだよ」
「ゼンマイ……カラクリって、本当に!? こんなに感情をもって話してるのに!?」
「月黄泉 が作ったものらしいんだけど、すごいわよね」
(月黄泉、初めて聞く名前だけど…黄泉という場所にいて、聞く名前としては不吉な印象しかないけど…この島の発展具合が本当に意味不明だなぁ……昭和どころか江戸時代ぐらいの文明かと思いきや、こんな地下に大きな街を作って維持できてしまうだけの技術、さらにはこんなからくり人形を人間そっくりに動かすだけの動力を一体どこから…)
「おーい、セツカ?」
「あ、ごめ…あまりのすごい技術力に声も出なかった……カメリアってすごいのね」
「僕が? すごいのは月黄泉様でしょ?」
「え? なんで? それは人間でいうところの親で、今感情をもって一生懸命働いてるのはカメリアでしょ?」
「……僕、すごいの?」
「いや、休みなく働くとか私はできないし(バイト何度もズル休みしたし)…やりたくもないことだから、すごいと思う」
「確かに、俺も無給で働くのは無理だな」
「よく言うぜ朱砂。お前、ほとんど無給じゃねぇか」
「人のこと言えるのか玄葉。それに俺は休みは取っている」
「ちょっと待って。このままじゃ僕が暴君みたいだから一応弁明させてもらうけど、カメリアにもきちんと休んではもらってるからね」
「はい! でも、際限無く働けるのは僕ぐらいだし、もっと頑張ろうって今思いました!」
カメリアは、両手を上にあげて握り拳を作る。
「私は今働くところ探しているところだけど、カメリアを見習って頑張って働くね」
「え、じゃあ友達になって一緒にここで働きましょうよ! ね、縁様!」
「僕は賛成だけど……」
「ごめんね、カメリア。私の引き取り手になってくれた【赤紫】の人たちに恩を返したいから、彼らの仕事を手伝えればと思ってるの。でも誘ってくれたのはすっごく嬉しい! 叶うなら、オランピアとカメリアの三人で一緒に働きたいぐらいだし」
「それ、すっごく楽しそう!」
「でも、皆それぞれやりたいことも、やらなきゃいけないことも違うから一緒には無理だと思う。だから、定期的にここでお茶するって言うのはどう? 男子禁制の三人だけのお茶会」
「はい! 僕参加したいです!」
「私も!」
「俺も」「僕も」
「よし! じゃあ決定! 早速、第一回女子会はいつにする?」
「セツカ、俺らのこと無視は寂しいんだが?」
「男子禁制って言ったじゃん」
「ワタシモ〜」
裏声でワザとらしくクネクネしながら言う玄葉に、オランピアも皆も声を出して笑った。
「駄目ですよ玄葉様! この女子会は、僕とオランピア様とセツカ様だけの楽しいお茶会なんです!」
嬉しそうにそう言ったカメリアを見て、思わずこちらも笑顔になる。
「あ、僕そろそろ仕事に戻らないと」
「じゃあ、日取りはまた決めよう? オランピアは毎日こっちに来るみたいだから、カメリアと日付け相談してくれる?」
「任せて!」
「じゃあ、絶対ですからね!」
笑顔で、カメリアは仕事に戻っていった。
(いや、やっぱり何度見てもからくり人形なんかには見えないって……精巧すぎ)
カメリアを作ったという月黄泉という人物のことが気になって仕方がない。
(もしかして、月黄泉っていう人もマレビトで……私より未来から来た人っていう可能性はないんだろうか…江戸時代から来たり、令和時代から来たりする人がいるなら、さらに未来から人がここに流れ着いていても何も不思議はない)
なんて、考えすぎかもしれない。
「なんか悔しいから、僕らも男子会する? 場所なら貸すよ?」
「いいねぇ、それやろうぜ! 女子禁制で!」
縁の言葉に全力で賛成する玄葉。
「この三人と、あとは時貞殿も誘おうか…璃空もよくこの近辺を見回りに来ているし、捕まえられそうだね……あとは誰を誘おうか?」
この三人と、指差された中に自分がいたことに朱砂は深い深いため息をついた。
「仕事の調整が間に合えばな…」
(あ、意外…そういうの嫌いそうだと思ったけど、意外と乗り気なのかな……)
まぁ、今日の四人で黄泉へという話も玄葉と朱砂からの提案だったわけなのだから、皆でワイワイ騒ぐのは好きなのだろう。
てっきり、見た目のイメージから静かな方が好きだと思ってしまっていた。
「叉梗さんとか、道摩大師誘えば? あとは慈眼大師も」
「嫌だよ! なんでそんな堅苦しく重くなりそうな面子をわざわざ選んでくるんだよセツカ!」
私が言った瞬間、三人からギロリと睨まれた。
まぁ確かに、男子会に来るような人たちではない気はするけど…いやでも、慈眼大師ならきっとどんな場所に行っても楽しめる気がする。
「お前んとこの女子会に珠藍大師誘うようなもんだぞ!」
「私は別に珠藍大師嫌いじゃないからいいけど?」
「そうだった…こいつ珠藍大師とお茶したんだった…」
「そうなのセツカ!?」
「え? そうなのセツカ! すごいね、あの人誰かとお茶したりするんだ」
「いや、縁ちょっと失礼じゃない? どうしても聞きたいことがあって…普通に良い人だったよ」
「まぁ、あの人がセツカに何か仕掛けてくるとは思わないが……何かおかしいと思うことがあれば相談しろよ」
朱砂の言葉に、とりあえず頷いておく。
(皆の中では、三人の大師はあまり関わりたくない人ってことで一致してそう…まぁ、仲良くはないだろうし当然かも。政府高官と気軽に食事して世間話できるのか? って聞かれてるようなものよね…話題がなさすぎて困ることしかできないわ)
その後も、ご飯はとっくに食べ終わったというのに、私たちは日が暮れるまでずっと五人でわいわいと話し続けたのだった。
その後、死菫城を出てすぐ、オランピアは髪の長い男の子を見つけると私たちに手早く挨拶を済ませてそちらへ走って行った。
「あれは、弔い屋のヒムカだよ」
「弔い屋?」
「なんらかの原因で亡くなった島民に対し、抜を施すお役目だ」
「ちょっと待って…子どもに見えたけど?」
「彼のことを知る者は少ない…コトワリですら、彼の情報は把握できていない」
朱砂の言葉を聞いて、珠藍大師とお茶した時のことを思い出す。
『────絶対に青色の人だけができる不思議な能力なんですか?』
『稀に、他の色で抜の力を受け継ぐ物が現れることはあるわ。けれど、ほぼないわね。だから私たちは、よりこの力を守り受け継いでいくために結婚を大切に考えているのよ』
彼は、髪色からは何色の人なのか判断できなかった。
朱砂の言う通り、コトワリという戸籍情報を管理する部署できちんと把握できていないということは、何かしらの理由があって情報がないのではないか。
(青の隠し子……でも普通絵の具で例えた時に、青に青を足したときにグレーなんて生まれる? 珠藍大師は【青】の力を守り受け継ぐために同色同士の結婚を推奨するような口振りだった)
しかも力が使えるのなら、貴重な存在として【青】で面倒を見そうに思える。
(うーん、考えてもわからない……でも、不穏な職業っぽくはあるけど、オランピアと仲が良いのならそんなにビビる必要はないのかもしれない)
「一人妄想は終わったか?」
「その言い方やめてよ。物思いに耽ってるの」
「お前その癖直した方がいいぜ。そのうち壁に激突しそう」
「(大学の帰り道とかで実際やったことあるから)笑えない」
三人で歩いていると、不意に路地裏から二人の男性が現れた。
「【赤紫】のセツカ様、ですね?」
薄汚れたマントを頭まですっぽりと覆った男性二人の怪しさに、思わず朱砂と玄葉が私を庇うように前に出てくれる。
相手の不気味さや不信感はあったが、当人の私はというと彼らほどの警戒心を抱いていなかった。
(こんな人、本当にいるんだ……露出狂ですら、長いコートに帽子姿ぐらいしかテレビで見たことなかったから…………漫画に出てくるキャラクターみたい)
現実とは思えず、きちんと脳内処理できていなかった、という方が正しいかもしれない。
「お一人で、御同行願います。我らが主が貴方に是非ご挨拶をと申しております」
「ご挨拶をというのなら、その主とやらが彼女の前に現れるべきでは?」
朱砂の言葉は、紛れもない正論だ。
挨拶をと向こうが一方的に私を知っていて言うのであれば、向こうから顔を出して挨拶するのが一般論だろう。
ここは、現代とも考え方が同じで良かった。
(怪しいかも……この人たち)
朱砂の言葉で、彼女は少し目が覚めた。
というより、現状を現実として少し受け止めた。
挨拶ぐらい別に、と思いうっかりついて行こうとした一分前の自分の愚かさが、危なっかしいにも程がある。
挨拶をしたいと下手に出ているようで、こちらを一人でその主とやらの目の前に差し出そうという考えが、きな臭い。
「すみません。今日はこの通り連れがいますし、先約があるので失礼します。ご挨拶をというのであれば、日を改めてぜひとお伝えください」
私がそういうと、私を庇うように立っていた朱砂と玄葉が驚いたように私を見たが、二人とは視線を合わせなかった。
(すごーく、怒っているような、睨まれているような気がするけど……)
「承知いたしました。それでは日を改めてまたお伺いいたします」
「はい。あ、あと場所を指定させていただけるなら、以前行ったことがある崖のところにあるカフェがいいです。景色がとても素敵だったので」
にっこりと笑顔でそういうと、フードの男たちが一瞬怯み一礼して去っていった。
その後、暫く無言で私の前を歩く朱砂と玄葉。
だが、唐突に玄葉が足を止め、般若の形相でこちらへ振り返る。
「っお前なぁっ!!」
「ストップストップ。怒らないでよ、ちゃんと状況なら分かってるってば」
「いや、もしあの回答でそう思っているなら、セツカは相当な馬鹿だな」
「なっ!?」
「別に私、一人で会うなんて一言も言ってないし」
「だとしても、あんな見るからにヤバそうな連中と関わろうとする必要はないだろ」
「ヤバイかどうかは会ってみないとなんとも言えないじゃん。人は見た目で判断できないんだし」
「その見た目を彼らは隠してたが?」
「だからわからなかったんだよねぇ」
「お前矛盾してるぞ。それ…フードの中見たからって、判断できないんだろ」
「とにかく! これで向こうから必ずまた連絡取ってくるだろうし、その時にはコトワリと軍の両方に連絡するから安心してよ」
「向こうが、事前連絡をして馬鹿丁寧に手順を踏んでくれるとは限らないんだぞ」
「それは向こうが無礼だから仕方ない。正当防衛成立で、軍人が動く理由になるね」
「お前なぁ、それじゃあ囮捜査してるようなもんだろうが」
「そんなつもりはないけど…ま、もう言っちゃったものは仕方ないんだから、さっさと帰ろうよ」
「「はあぁぁぁぁ〜」」
二人のふかーいため息が黄泉比良坂に響き渡った。
数日後、結局フードたちからの接触もなく、仕事もどうしようかと悩んだままグダグダと時を過ごしてしまった。
「やばい…ニートが楽すぎて仕事する気になれない……」
こんなことを言っていても始まらない。
恩は返さなければならない。
頑張って自分を叱咤しながら、けれど一体なんの仕事をしようかと悩む。
(私が、ここで今やりたいことってなんだろう…)
理不尽と思えることが多いこの島で、少しでもそれを減らしたい。
差別が横行している現状を変えたい。
大渦を超えて、自分のあるべき場所へ帰りたい。
記憶を取り戻したい。
大きく絞るなら、この四つだと思った。
記憶に関しては、自分ではどうしようもない。
寝る前などに何度考えてみても、記憶はそこで止まってしまい先に進めない。
この島での理不尽を減らすには、理不尽な出来事をまずは全て把握した上で解決できるものに絞っていかなければならない。
それには、まだまだ情報が足りないし、私がこの島についてものを知らなさすぎる。
差別が横行しているが、それを変えるには地上に住む者、黄泉に住む者両方の意識を変える必要がある。
意識や考え方は十人十色であり、そう簡単に他人の意見が正しいとわかっても受け入れられない。
人は変化を恐れるようにできている。
何かを変えるより、変えずに生きる今を大事にしてしまう。
それがたとえ良くないことだとわかっていても、変えない理由ばかり探してしまう。
(……違う違う、こんなことを考えたいんじゃないでしょ私)
今考えるべきは、今ここで私がやりたいこと。
(………………だめだ、思い浮かばない……こういう時は!)
家を出て、近くを散歩する。
すると、少し離れたところからカンカン、と何か金属をぶつけ合うような音が聞こえてくる。
私は、音の聞こえる方へ小走りで向かう。
そこには【天柳李研究所 】と看板が出ていた。
「すみません! ここで働きたいんですけど!」
バーン!と勢いよく扉を開け放ち、その音に負けないぐらい大きな声で発言する。
(緊張するけど、ここは勢いで行く! この世界はきっと履歴書なんてないだろうし、雇ってもらうにはここで役に立つことを全力でアピールすることでしょ!)
その後、紆余曲折を経て無事研究所の下っ端として働くことを許された。
「少しでも役に立たなかったらクビだからな!」
「はいっ!」
「ついてこい新人! 客に商品届けに行くぞ!」
「はいっ!」
この研究所で一番屈強な体を持つ男、豪月 。
髭面がよく似合う中年男性だろう。
彼はこの研究所の所長を務めている。つまりはここのトップ。
「一番上の奴が一番働くのは当然だ。でなきゃ、部下に仕事を命じても自分がその仕事を分かってないんじゃ話になんねぇだろうが」
馬車を動かしながら、豪月はそうあっさり言い切った。
(意外な考え方…もっと筋肉バカみたいな脳筋かと……)
「おい、今何考えてた?」
「え、あ、いえ! どなたに届けるのかと」
「黄泉の住人だ。俺たちは地上の人間も黄泉の人間も、どちらも大事に扱う。どっちも同じ人間で、同じ客だからだ」
「……意外です………」
「そりゃ当然だろうが。金づるはどれも同じに見えるだろうがよ」
前言撤回。脳筋ばか。
「手形は持ってんだろうな?」
でもまぁ、初仕事だ。
豪月と共に商品を荷車で押しながら、クナドへ着くと彼は軍人に私が持っているのとは形や大きさも違う手形を差し出した。
「セツカ?! 何をしているんだ」
今日のクナド警備は、璃空だったらしい。
「おはよう、璃空。【赤紫】で仕事を始めたの。今は下っ端」
「行くぞ新人! 軍人なんぞとチンタラしてんじゃねぇよ」
「はーい。じゃあね、璃空」
「あ、待てセツカ! その者と仕事をするつもりか!? そいつは──────」
璃空言葉を最後まで聞かず、豪月の押す荷車を手伝いに走る。
(ごめーん! 今は仕事中だから、また終わったら聞きに行くから!)
そう心の中で思いながら、豪月が見ていない隙に彼に小さく手を振った。
黄泉へ降りると、豪月は真っ直ぐに客のいる場所へ進んでいく。
(常連客…?)
進む足取りに迷いがない。
ついでに、私は黄泉の街並みを覚えられるよう目印などを頭に入れていく。
(えーっと、死菫城が向こうに見えるから、ここはどっちかというと黄泉の西寄りの場所……閑散とした家が多くて、水路がある。目印になりそうな建物なし…住居地区と商業地区で分けてるのかな)
「ついたぞ、この荷を裏から運べ。表から行くなよ」
「はい」
両手いっぱいに広げて届くほどの横長の木箱。
それを六箱、見た目より重いため一つずつ運んでいく。
「おぅ、豪月。やっとか」
「へい、遅くなりました明月 様。いつもご贔屓いただきありがとうございます」
「オメェんとこが、一番良質だからな。中を改めてから、また料金を決めさせてもらうぜ」
「へい、数刻後にまた伺いますんで」
豪月に、無理矢理頭を下げさせられる。
「そいつは?」
「新人です。ほら、つい先日に────」
「あぁ…オメェら【赤紫】が引き取ったっていう例のマレビトか……っへ、噂とは違う風貌だな」
(どんな噂だ)
「まぁでも、オメェらんとこに働きに来るぐらいなら、気概はあるんだろう。しっかり鍛えてやれよ?」
「へぇ! 明月様がそう仰るなら!」
「顔上げな、マレビト」
そう言われ、顔を上げると真っ赤な羽織を肩にかけた細身のお爺さんが煙管を吹かしながら、私を見て薄らと笑みを浮かべていた。
(ヤクザみたいな人かと思ってたら…めっちゃかっこいいおじいちゃんじゃん!?)
話口調が悪いだけで、見た目は和装モデルにいそうな居住まいのきっちりしたおじいさんだ。
真っ赤な羽織がよく似合っていて、煙管を吸い慣れているのが見てわかる。
「名は?」
「記憶がないため、扶桑さんにセツカと名付けていただきました」
「なるほど…扶桑か……あいつは元気か?」
「え、あ、はい。いつもよくしていただいています」
「そうか…アンタみたいなお嬢さんが、何を思ってこんな仕事を選んだかは知らんが、そこの男は【赤紫】じゃ一番豪胆で面倒見の良い男だ。きっちり仕事を覚えな」
「……はい!」
おじいさんは、私に手を差し出した。
「マレビトは、この島になんらかの奇跡を起こすという…そんなアンタが俺たちの前に今現れたことが、吉と出るか凶と出るか……まぁ、またおいでセツカ」
おじいさん…明月さんはそう言って商品の検品をするため部屋の奥へ行ってしまった。
その後、豪月に連れられてすぐに黄泉からクナドへと戻ってきて彼は、ようやく大きく息を吐いた。
「……明月様には気を付けろ」
「はい?」
「…………それから、俺のこともだ…研究所の奴らにも気を許すな」
「これから同じ職場で毎日働く方々ですが?」
「厄介な奴に目を付けられた自覚を持て……いや、俺は何を…忘れてくれ」
「???」
豪月はそう言って、それきり口を噤んでしまった。
(確かにヤクザっぽい雰囲気の話し方だったり、豪月みたいな偉そうな人が明月さんには頭が上がらないようだった……黄泉にいる人は、地上の人から見下されているはずなのに、これじゃ真逆…それだけ、影響力がある人ってこと?)
疑問点なら他にもある。
なぜ、客が商品を売り込む店員の前で検品をしないのかとか、さっきの豪月の言葉も。
(でも私には…明月さんも、豪月も研究所の人たちも根っからのワルには見えなかった……この島にいる人たちは、どこか決められたルールに諦めていたり陶酔していたりで変な人が多い中、朱砂たち以外でそう言った考えに縛られていない人たちに見えた)
しかも、豪月は自分にも気を許すなとわざわざ忠告してきた。
普通相手を騙そうとしたり、利用しようとする人がいう言葉じゃない。
(何か、理由があるのかもしれない……)
触れずに済むのなら、それに越したことはないのだろう。
けれどわざわざあえて忠告してきたということは、私がここで働くにはそれは避けて通れないということなのかもしれない。
「やばー、覚悟なくなってきたかも……」
商品の配達後、次の明月さんへの料金回収は豪月一人で行くからと私は研究所で事務仕事を手伝っていた。
彼らは仕事はするが、その後の処理はおざなりの様だったので一苦労も二苦労もしそうなので予感しかない。
一先ずキリの良いところで今日は帰っていいと言われたので、職場を後にしたら途端に明日からの仕事への覚悟がなくなってきて項垂れた。
「おねーさん、何かお困りですか?」
まるでホストの誘い文句か? そう思いながら振り返ると、そこには緑色の服を着た可愛らしい男性がニコニコとしてこちらを見ていた。
「困りごと、といえばそうかもですけど…大丈夫です。ご親切にどうも」
学生ぐらいの年齢だろうかと思いながら頭を下げて去ろうとすると、「あー待って待って!」と腕を掴まれた。
「あ、すみません! 突然失礼かとは思ったのですが…お姉さんはマレビトですよね?」
「……そうですけど?」
そういうと、彼は嬉しそうに笑って私に小さな声でこっそりと言った。
「実は、僕もなんです」
私は思わず目を見開くと、彼は変わらない笑顔で姿勢を正した。
「申し遅れました、私の名は天草四郎時貞」
「(天草、四郎?……)あ、私は一部記憶を失っており、現在は【赤紫】の扶桑さんに名付けていただき、セツカと名乗っています」
歴史の授業で聞いたこのある、偉人? 本物?
彼の名を何時代で聞き、何を成した人だったかが思い出せない。
如何せん、歴史の授業なんて高校以来ではないだろうか。
大学生の専門分野の授業内容を頭に入れる際に、歴史などの専門分野外の知識は頭から出ていってしまった。
「慈眼様から少しお話は伺っておりました。我々より遠い未来から来られた方だと。それを聞き、どうしてもセツカ様とお話しさせていただきたいと思っておりました」
「そ、それは、どうも……あの、様呼びは止めていただけませんか? 緊張してしまいますし、呼ばれ慣れていないのでどうしていいか……」
「失礼いたしました、セツカ殿……あ、いえ、この島ではそのように呼びませんね。では、セツカ。貴方の記憶が定かではないことは重々承知しておりますが、可能な範囲で構いません。未来の国がどの様なものか、お話を聞かせてはいただけませんでしょうか?」
拳を握りしめ、頭を下げる彼に何故だか胸が痛くなった。
彼の様子があまりにも切羽詰まったように見えて、未来を聞くことにここまで必死な様子はどこか痛ましくて、悲しそうに感じてしまったからだ。
「私でよければ、喜んで。ですが今日から仕事を始めましたので、あまりお時間を取ることができないかもしれません」
偉人と思えば、自然口調が堅くなる。
それもあるが、彼の口調の硬さが日本の歴史ドラマを彷彿とさせられるせいかもしれない。
あそこまで堅苦しい話し方はできないが、せめて彼らが当時当然であったような礼節を欠きたくはない。
そんな思いで、必死に言葉を選びながら話した。
「仕事…先ほどクナドから戻られるのを見ましたが、もしや天柳李研究所では?」
「はい、そうです」
「……私は【緑 】に身を置く者ですから、独色について多少の情報が入ってきますが……そこは良い噂と悪い噂が絶えません。あまり、貴方の様な方が働く場所としては安心できないかと」
しどろもどろになりながらも話してくれる彼の言葉に、どうやら本当に心配してくれている様だと思う。
そして同時に、それは豪月にも言われた言葉に似ていて…彼も本当に私を心配してくれたのかもしれないと気付くと、この島に住む人たちは初対面の人にもこんなに心を砕き心配してくれる良い人もいるんだなと思った。
「ご心配いただりっ、……コホンっ、すみません。ご心配いただきありがとうございます」
やばい舌噛んだ恥ずかしすぎて今すぐ穴に入りたいっていうか現実に帰りたいっていうか今夢ならもう覚めてほしいいい加減にこんな恥ずかしい思いしたんだからやってられないよもう。
きっと顔も真っ赤になっている。
偉人の前で緊張しすぎた。
恥ずかしさに思わず視線を地面に向けていると、しばらく無言だった彼から吹き出すような声が聞こえた。
「あはは! す、すみません…慈眼様からは普通の女性だと聞いていたのですが、瓦版などでは大層ご立派な方だと書かれていたので、私も少し緊張していました。貴方の話しやすい口調で話していただいて構いませんよ? 僕の方が年下ですし」
「いえ! あの、私が学生時代に歴史を学ぶ時間があったのですが、その時に貴方の名が出ていました。歴史に名を残すほどの偉業を成し遂げた方に、失礼があってはいけないと思い……緊張していたのですが、つい…」
「偉業……僕が、ですか?」
「え、あ、はい…すみません、歴史について詳しく学んでおらず詳細までは覚えていませんが、間違いなくお名前は聞いたことがあります」
「首を刎ねられた僕が、偉業……なら、僕の死に意味があったとでもいうのか…今この時もこうして苦しんでいる僕に、何か成せと仰せなのですかゼウス」
喜ぶだろうかと思っていたが、予想とは違い彼は俯いてブツブツと独り言を呟き始めた。
(まだ若いのに、なんか色々あったんだろうな……)
歴史を覚えていないことを初めて後悔したが、彼を見ていてふと違和感に気づいた。
独り言は聞き取れないが、強く握られていたはずの拳が今は両の手を交差する様に合わせて、胸元に置いている。
それはまるで、何か祈りごとをする時にするポーズで…………。
(祈りごと? 歴史上の人物なら、仏教徒がほとんどでは…でも、開国後はキリスト教も布教されていってたっけ……いやでも踏み絵とかあったような……!!)
思い出した。島原の一揆だ。
彼らキリシタンがこの戦いで全滅させられてから、日本は鎖国の時代に突入する。
キリシタンという宗教の考え方が、その当時の日本にとってはマズいもので根絶やしにする必要があったからだ。
(ということは、彼はキリシタンの先導者で……いわば首謀者として殺された人物…だから歴史に名が残っている……彼はそれを知っている? それとも死ぬ前にこちらにきている?)
どちらにせよ、歴史のことはこれ以上話さない方が良い様に思う。
いうにしても、今は日本人でも海外に住む人でも好きに宗教を選んで生きる人がほとんどだと伝えられればいい。
それも彼にとっては衝撃だろうけれど、彼らの一揆があって敗北してなおキリシタンは宗教として日本に残り続けた。
それは間違いなく、彼の偉業だと思うから。
どんな人であれ、その人たちの行動があって歴史として残り、それが今の私の時代まで繋がってきた。
それは、全て必要なことだったと思いたい。
「あー、今からで良ければ少しどこかでお話しします? 何か飲みながらでも」
彼の表情が見れないが、このまま初対面だから彼を一人にするのは何故だか躊躇われた。
気付けば私は、そう口にしていた。
「あら、セツカ?」
それに天草四郎時貞さんが反応するより前に、向こうからオランピアと誰かが近付いてくるのが見えた。
「オランピア! と、その人は?」
「時貞と一緒だったのね? もしかして、もう友達なの? あ、紹介するわね、彼はヒムカ」
「さっき会って、友達になったところ。今から私のいたところについてちょっと話でもって誘ったところなの」
「そうなの! 私も聞きたいわ! あ、あのねヒムカと時貞も最近友達になったところなのよ! 同じマレビトだから!」
オランピアの嬉しそうな声の中に驚く様な言葉が聞こえた。
「え、ヒムカさんも…?」
「……」
「ヒムカ、彼女はセツカ。時貞やあなたと同じよ」
「…………彼女と友達になると、貴方は嬉しい?」
ヒムカさんは、オランピアの背後に隠れながらそんなことを平然という。
(オランピアにとっても懐いてるんだなぁ……儚げで可愛い人…天草四郎時貞さんみたいに、彼は分かりやすい名前じゃない…聞いても歴史上の人物と一致しない……そういえば、慈眼大師も道摩大師も一致しないし……全員が歴史に名を残す様な人ではないってこと? じゃあ彼だけ特別?)
「………………ヒムカ、でいい」
考え事をしている間に、ヒムカが私の前まで来ていた。
「あ、そう? じゃあよろしくヒムカ。私はセツカ、オランピアの友達です」
「僕も、貴方と友達に、なりたい」
「ぜひ。同じマレビト同士、よろしく」
この後、ヒムカは弔いやの仕事が来たから時貞とオランピアと主人公の三人で小さな茶屋で話をすることになる。
ヒムカは無表情だったが、私が笑うと少し戸惑うような目をした。
(人見知りなのかな……)
「ねぇ、折角なら四人でどこかで話しましょう!? その方が楽しいと思うの!」
オランピアがそう言った時だった。
「おい! あそこで人が死んでるぞ! 誰か!!」
近くの路地裏に、どんどん人が集まっている。
ヒムカは、すぐにその場に足を向けた。
「行ってくる……あの、ごめんなさい」
行けなくて、そう言葉は続かなかったが、きっとそのことに対してだろうと思った。
三人に向けられたその言葉に、オランピアも天草四郎時貞さんも私も笑顔で見送った。
「また今度ね」
私がそういうと、彼は一瞬目を丸くしたが、そのまま走り去ってしまった。
「あのねセツカ、ヒムカは……」
「うん」
必死にヒムカを庇おうと、彼の言わなかった分まで釈明しようとするオランピアの肩にそっと触れる。
自分の意見を素直に口に出せる人と、そうでない人がいることなら知っている。
大学でも色んな人がいる。
距離感さえ間違えなければ、きっと少しずつなら仲良くなれると思う。
だから、大丈夫だと。そういう意味を込めてオランピアに頷いた。
「で、どうしようか? 三人でも良ければ、どこかで話す?」
私の提案に、二人はもちろん頷いた。
【有色区】にある小さな茶屋を見つけた私たちは、そこの半個室になっている場所に座った。
「天草さんは、何が聞きたいんですか?」
「時貞で良いよ、セツカ。あと、敬語もいいよってさっき言ったよね?」
慎重に話を切り出したが、予想と違う彼の答え方に面喰らってしまう。
二人で話していた時と、明らかに口調が違うからだ。
(あれ…こんなフランクな感じだったっけ? オランピアがいるから? 同じ様に合わせた方がいいのかこれ?)
戸惑いながらも、まぁ丁寧すぎる話し方にも私は無理があったので、ここは遠慮なく提案に乗らせてもらうことにする。
正直、偉人に対して軽口を叩いているようで恐れ多くはあるけれど。
「そうだった。時貞は、何が聞きたかったんだっけ? オランピアはこの島にないような物とか、そういう話を聞きたいんだよね?」
「そう! あなたが以前少し話していた学校についても聞いてみたいわ!」
「……僕は、そうだな……日本って今はどんな国か気になるかな…」
「じゃあ順番にね。どんな国か〜…私から見た感覚になっちゃうけど、世界は今ある病が大流行していて混乱してる。でも、日本人は早く元の生活を取り戻せるように頑張ってるし、政府が良くない改善案とか出していたら、国民が色んな方法で意見を出したりしてるかな…」
「政府…それは、国の中枢ということ? お国のためにと身を捧げている方々に、一国民の意見が反映されるの?」
「あー、っと…国の代表に直接意見が届いているかは、私もよく分かってないけど……誰であっても、自由に意見を述べることができる日本にはなってるし、それがあまりにもおかしいことや酷いことでなければ、特に罰せられることもないよ」
「………………それが、今の日本…」
「うん、多分。で、その自由な意見を考えたり言える様にするために、義務教育期間があって、社会に出るのに必要な最低限の知識を身につけるために学校はあると思ってる。義務教育以降は学び続けるか働くかとか、一応自由に選べるし」
「それって、すごいことよね! 国が皆に平等に学ぶ機会を与えてくれているってことでしょう?」
「この島に学校ってないの?」
「私は、朱砂と璃空が学舎にいたとだけ聞いたけれど、女性が学ぶ場所はないんじゃないかしら?」
「何それ、不平等ね」
「そうなの……そうよねやっぱり! そう思うのは間違いじゃないわよね! 私は、道摩の屋敷にいたから色々な本を読むことができたけど、他の人は皆学ぶ機会がなかったみたいなの」
「私から見ると、変だと思うよ」
「僕は…変だとは思うけど、僕のいたところも大して変わりはなかったな……女性は、子を産むのが役目だという人たちが多かった……でも、人間という括りで同じだというのなら、同じように学ぶ機会があって然るべきだとは思うよ」
(そうか…江戸初期なら、確かに女性はまだ立場的に色々と厳しくて、難しい時代だったかもしれない)
「これから、ここも変えていけるといいわね。セツカのところみたいに」
「そうだね……セツカは、そういう場所から来たならここで苦労することも多いんじゃない? 考え方とか、色々」
時貞の少し心配するような声色に、苦笑する。
確かに考え方云々が違って、周囲の声は勝手なことばかり言っているように感じることがある。
(マレビトは奇跡を起こせるとか、変な期待感に溢れていてそれを盲信してる人とか…巨漢を一捻りしたとか嘘の記事信じてビビられたりとか……)
でも、周囲の声が勝手なのはここに来てからじゃない。
現代だって、それは同じだった。
異性の友達と仲良くしているだけで付き合ってると勘違いされたり、テストの点数を見せ合ったら点数を勝手に違う人に広められていたり。
ここに来てまだ数日だけど、一つだけ分かったことがある。
「苦労はするけど、私を理解してくれる友達がいるから大丈夫。そういうってことは、時貞もなんじゃない? お互いいらないプレッシャー与えられてうんざりだね〜」
私が笑ってそういうと、彼は目を見開いた。
自分を理解してくれる誰かがいれば、他人の声に耳を貸さなくても良い。
一人一人違う考え方があって当然で、その考えがあるからその人から見た私の姿がある。
私が本当はそうか、そうじゃないかなんて関係ない。
その人から見た私が、その人にとっての私。
それに惑わされる必要なんてない。
誰かにとっての私がどうであれ、結局私は私の考えでしか物事は見れないし、感じられない。
他人の考えを否定する必要もなくて、自分の考えをしっかり持っていれれば良いだけ。
(だから見た目の色なんて、そんなのに拘る必要なんてないのに……色も考えもガチガチに縛られてるのって、視野が狭くなるだけなのに)
この世界の人たちにとって最も重要とされる色層。
色が優秀なら何をしても許される、そんなわけはないのに。
この世界の人たちは、それに気付いていない。
だから、マレビトという存在にも同じ考えを抱いている。
一人のマレビトが奇跡を起こしたら、マレビトは全員奇跡を起こすのだと。
(同じ人間として見られてないんだよね……)
でも、朱砂と璃空が初めに私を理解してくれた。
気持ちを汲んで、晶を入れるのを待つ案をくれた。
「……セツカは、強いんだね」
だから、悲しそうな顔で言う時貞にはまだ彼を理解してくれる誰かがいないのだと思った。
だって、強いから今の現状を笑って言えるわけではないから。
寄りかかれる相手が、信頼できる誰かがいるから踏ん張れる。
誰もいなければ、殻に籠るしかない。
だから余計思ってしまう、自分は弱いと。
「…………」
今彼を見ていても、彼が何を理解して欲しいのか私には分からなかった。
言葉が出てこない。
「じゃあさ、こうしない?」
でもきっと、それではダメだ。
このままでは、彼は同じマレビトという私にも何も話さなくなってしまいそうで…彼がどこか遠くへ行ってしまうような気がして、思わず彼の前にずいっと手を差し出していた。
「同じマレビトで、色も独色同士、困った時は助け合うっていうのは。偶然にしては境遇重なりすぎだし、せっかく頼るなら同じ苦労を共にした人の方が安心しない?」
うん、と言って欲しくてつらつらと言葉を並べてみる。
正直、これだけでは理由として弱いような気がするが、これ以外に今のところ彼と私の接点がない。
「……うん…………うん、そうだね。そうしよう!」
「ずるいわ二人とも! 私はマレビトじゃないけど、私も二人が困ってたら助けたいし、頼りたいわ」
「じゃあ、オランピアも入れて三人ね……あ、ヒムカも入れる? 同じマレビトだし」
「じゃあ、【緑】、【白】、【赤紫】と弔い屋を入れた四人での同盟関係だね」
嬉しそうに笑って言った時貞に少しほっとしながら、オランピアと二人で笑って頷いた。
(…………ホスト?)
彼の第一印象は、そう思っても仕方ないぐらい着物の着崩し方とかが花魁の男性バージョンな感じがして、ホストっぽさ抜群だった。
「あ、初めまして。お邪魔します」
「ふふっ、噂とは全然違うんですね」
「その噂は忘れてください」
「あながち間違いではない」
「朱砂うるさい」
「おや? あの朱砂殿が間違いではないということは、やはり巨漢を一捻りしたというのは本当ということかな?」
「……それで、ここは湯屋と聞きましたが?」
「はい、もちろんでございます。本日はご利用されますか? 朱砂と? 玄葉と? それとも、オランピアとかな? それはそれで見目麗しく素敵な光景になりそうで羨ましいね。可能なら、僕も混ぜて欲しいぐらいだ」
「お、なら俺もそこに混ぜてくれ縁」
とんでもないことを言い出した二人に呆れていると、横にいるオランピアはあまり意味を理解できておらず首を傾げているようだった。
「おやおや、オランピアはご存知ではない?そちらの道を選ぶというのは、男としては残念ですがそれはそれでそそるものもあると言いますか…」
「朱砂、止めなくていいのこれ?」
「今は業務時間外なんです」
「職務放棄」
「セツカは知っているようだね?」
「そうですね。縁と玄葉が一緒に風呂に入っていても違和感はなさそうです」
「どうしてそこに朱砂は入れてあげないの?」
オランピアの言葉に驚愕したのは朱砂だ。
「……俺をそこに混ぜないでください」
「ダメなの? どうして? 三人とも仲良しだと思っていたわ」
「オ、オランピアストップ! ごめんなさい! 私が余計なこと言ったわ!」
慌ててオランピアの肩を掴んで、これ以上彼女が何かいう前に謝罪しておく。
縁の売り言葉に買い言葉で、余計なことを言ってしまった。
(わざわざ教えるほどのことではないし、知らなくても問題のないことってたくさんある。うん、本当に)
「縁さんも謝ってくださいよ…」
「…ごめんなさい」
「俺、巻き込まれ事故なんだけど……」
玄葉の悲しげな声を消すように、縁さんはパンっと大袈裟に手を叩いてみせた。
「さて! じゃあお詫びと言っちゃあなんだけど、美味しい料理はいかがですか?」
「やった! セツカ、縁のところの料理は本当に美味しいのよ! いきましょう!」
四人で、案内されるがまま席に着くと何故か縁さんまで席についた。
「なんでお前までいるんだ、縁」
「仕事はいいのか」
「えー、だってこんな男女二組が並んで座ってるのって、でーとみたいで羨ましいじゃないか。僕も混ぜてよ」
「えっ?! これってでーとなの!?」
「オランピア落ち着いて。縁さんがからかっているだけよ」
「セツカは落ち着いてるね」
「大人ですから」
「そう? じゃあお酒でも飲む?」
「真っ昼間っから?」
「黄泉のような太陽の見えない場所では、昼も夜もないさ」
「時間によって明かりの調節が変わると聞いたけど?」
「……朱砂だね、教えちゃったのは」
「道中に聞かれてな」
「もう、つまんないこと言わないで一緒に飲もうよ。玄葉は飲むでしょ?
「おう!」
(ここに来る前は仕事の用事で黄泉にって行ってなかったっけ!?)
私の視線に気付いたのか、朱砂がやれやれとため息をついた。
「俺は飲まないし、玄葉と縁の二人はいつもこんな感じだ」
「でしょうね」
私の言葉に、玄葉と縁は楽しそうに笑った。
「嬉しいぜ、セツカ。そんな即答するぐらい俺のことを理解してくれて」
「何を言ってるんだい玄葉。それは僕の台詞だよ。会ったばかりの僕をこんなに理解してくれるなんて……」
二人はそれぞれ机に肘をつきながら、私を見つめながらそんなことをいう。
朱砂はその二人に挟まれてげんなりしていて、隣のオランピアを見ると私を見てキラキラしていた。
そして、私の耳元に口を寄せて小さな声で嬉しそうに言った。
(あ、あの……気のせいでなければ、玄葉と縁って…セツカのこと好きなんじゃないかしら?!)
とっても嬉しそうに、頬を紅潮させて言ってくれるオランピアには申し訳ないが、これは大人のからかい。
良く言っても言葉遊び。
本気にしてはならないのだが、それを純粋そうな彼女にどう伝えたものかと私の脳内は今フル稼働していた。
(いや、正直にこれは冗談と言ってもなんだか通じないような気もする……いやでも純粋そうとはいえ、歳は近そうだしこっちも流石に冗談…………いや、冗談であんなキラキラした瞳は向けられないはず。だったら……あぁ、もう面倒臭い)
「…………遅いわね、料理」
「「「「…………」」」」
想像以上にぎこちない感じで話を逸らしてしまった。
しかもあからさますぎて、逆にさっきの二人の言葉を意識している感が出てしまっている。
一番最悪のパターン。
(い、居た堪れない……穴があったら入りたい…………っていうかこの半個室的な部屋の構造のせいでさらに今のこの場所の沈黙が痛く感じる最悪っ!)
「ふふっ、セツカって大人だなぁと思っていたけど、意外と可愛いのね」
オランピアはそう言って、嬉しそうに笑ってくれた。
それに思わずホッとして、あとそう言ってもらえたこともとても嬉しくて、私は思わずオランピアの頭を撫でてしまった。
「あ、ごめん嫌だった?「いいえ! むしろ、あの……もっと撫でてほしい、ぐらい……」」
びっくりした表情で固まったオランピアに、一瞬嫌だったかと手を離そうとしたが両手でそれを止められた。
そして、嬉しそうに頬を染められてしまっては、こちらまで嬉しいやら恥ずかしいやらで笑ってしまう。
「私から見たら、オランピアの方が可愛いよ」
「セツカにそう言われると、すごく嬉しい!」
二人して笑い合っていると、向かい側の三人から変な視線が送られてきているのに気付いた。
「何お前らイチャイチャしてんの? って言いたくなったわ。なんか。なんでか」
「俺たち男性が言えないセリフでも、女性同士だとそんなにあっさり言えてしまうものなんですね」
「なんだか羨ましいね……やっぱり二人の部屋とってあげようか?」
男三人が情けない表情でそれぞれ項垂れていたのを放っておき、オランピアと共にどの料理もとても美味しくいただいた。
「ずるいですよ縁様だけっ!」
ご飯も食べ終わり、すっかりデザートと食後のコーヒーで満腹になったお腹を撫でていると、可愛らしい子がぷりぷり怒っている。
「カメリア!」
「こんにちは! 今日はもうお手紙を配り終わったんですか?」
「そうなの! それでね、新しく友達になったセツカが黄泉に来たことがなかったから、朱砂達と一緒に案内しようと思って、それで最初にここに来たの」
「そうなんですね! 初めまして、僕はカメリアです」
可愛い子は、短く明るい髪色を揺らせてとびっきりの笑顔で挨拶してくれた。
「初めまして、カメリアはここで働いてるの?」
「はい!」
「オランピアと友達なんだったら、ぜひ私も仲良くして欲しいな。ここに来たばかりで友達があんまりいなくて」
「え、僕が…ですか?」
「あ、嫌なら別にいいんだけど」
「あの、僕……カラクリなんですけど…」
「?? 本名が、ってこと? 変わった名前ね」
私の言葉に、カメリアは下を向いてしまう。
「セツカ、カメリアの言ってることは本当なんだ。ゼンマイを巻かないと、動けなくなってしまうんだよ」
「ゼンマイ……カラクリって、本当に!? こんなに感情をもって話してるのに!?」
「
(月黄泉、初めて聞く名前だけど…黄泉という場所にいて、聞く名前としては不吉な印象しかないけど…この島の発展具合が本当に意味不明だなぁ……昭和どころか江戸時代ぐらいの文明かと思いきや、こんな地下に大きな街を作って維持できてしまうだけの技術、さらにはこんなからくり人形を人間そっくりに動かすだけの動力を一体どこから…)
「おーい、セツカ?」
「あ、ごめ…あまりのすごい技術力に声も出なかった……カメリアってすごいのね」
「僕が? すごいのは月黄泉様でしょ?」
「え? なんで? それは人間でいうところの親で、今感情をもって一生懸命働いてるのはカメリアでしょ?」
「……僕、すごいの?」
「いや、休みなく働くとか私はできないし(バイト何度もズル休みしたし)…やりたくもないことだから、すごいと思う」
「確かに、俺も無給で働くのは無理だな」
「よく言うぜ朱砂。お前、ほとんど無給じゃねぇか」
「人のこと言えるのか玄葉。それに俺は休みは取っている」
「ちょっと待って。このままじゃ僕が暴君みたいだから一応弁明させてもらうけど、カメリアにもきちんと休んではもらってるからね」
「はい! でも、際限無く働けるのは僕ぐらいだし、もっと頑張ろうって今思いました!」
カメリアは、両手を上にあげて握り拳を作る。
「私は今働くところ探しているところだけど、カメリアを見習って頑張って働くね」
「え、じゃあ友達になって一緒にここで働きましょうよ! ね、縁様!」
「僕は賛成だけど……」
「ごめんね、カメリア。私の引き取り手になってくれた【赤紫】の人たちに恩を返したいから、彼らの仕事を手伝えればと思ってるの。でも誘ってくれたのはすっごく嬉しい! 叶うなら、オランピアとカメリアの三人で一緒に働きたいぐらいだし」
「それ、すっごく楽しそう!」
「でも、皆それぞれやりたいことも、やらなきゃいけないことも違うから一緒には無理だと思う。だから、定期的にここでお茶するって言うのはどう? 男子禁制の三人だけのお茶会」
「はい! 僕参加したいです!」
「私も!」
「俺も」「僕も」
「よし! じゃあ決定! 早速、第一回女子会はいつにする?」
「セツカ、俺らのこと無視は寂しいんだが?」
「男子禁制って言ったじゃん」
「ワタシモ〜」
裏声でワザとらしくクネクネしながら言う玄葉に、オランピアも皆も声を出して笑った。
「駄目ですよ玄葉様! この女子会は、僕とオランピア様とセツカ様だけの楽しいお茶会なんです!」
嬉しそうにそう言ったカメリアを見て、思わずこちらも笑顔になる。
「あ、僕そろそろ仕事に戻らないと」
「じゃあ、日取りはまた決めよう? オランピアは毎日こっちに来るみたいだから、カメリアと日付け相談してくれる?」
「任せて!」
「じゃあ、絶対ですからね!」
笑顔で、カメリアは仕事に戻っていった。
(いや、やっぱり何度見てもからくり人形なんかには見えないって……精巧すぎ)
カメリアを作ったという月黄泉という人物のことが気になって仕方がない。
(もしかして、月黄泉っていう人もマレビトで……私より未来から来た人っていう可能性はないんだろうか…江戸時代から来たり、令和時代から来たりする人がいるなら、さらに未来から人がここに流れ着いていても何も不思議はない)
なんて、考えすぎかもしれない。
「なんか悔しいから、僕らも男子会する? 場所なら貸すよ?」
「いいねぇ、それやろうぜ! 女子禁制で!」
縁の言葉に全力で賛成する玄葉。
「この三人と、あとは時貞殿も誘おうか…璃空もよくこの近辺を見回りに来ているし、捕まえられそうだね……あとは誰を誘おうか?」
この三人と、指差された中に自分がいたことに朱砂は深い深いため息をついた。
「仕事の調整が間に合えばな…」
(あ、意外…そういうの嫌いそうだと思ったけど、意外と乗り気なのかな……)
まぁ、今日の四人で黄泉へという話も玄葉と朱砂からの提案だったわけなのだから、皆でワイワイ騒ぐのは好きなのだろう。
てっきり、見た目のイメージから静かな方が好きだと思ってしまっていた。
「叉梗さんとか、道摩大師誘えば? あとは慈眼大師も」
「嫌だよ! なんでそんな堅苦しく重くなりそうな面子をわざわざ選んでくるんだよセツカ!」
私が言った瞬間、三人からギロリと睨まれた。
まぁ確かに、男子会に来るような人たちではない気はするけど…いやでも、慈眼大師ならきっとどんな場所に行っても楽しめる気がする。
「お前んとこの女子会に珠藍大師誘うようなもんだぞ!」
「私は別に珠藍大師嫌いじゃないからいいけど?」
「そうだった…こいつ珠藍大師とお茶したんだった…」
「そうなのセツカ!?」
「え? そうなのセツカ! すごいね、あの人誰かとお茶したりするんだ」
「いや、縁ちょっと失礼じゃない? どうしても聞きたいことがあって…普通に良い人だったよ」
「まぁ、あの人がセツカに何か仕掛けてくるとは思わないが……何かおかしいと思うことがあれば相談しろよ」
朱砂の言葉に、とりあえず頷いておく。
(皆の中では、三人の大師はあまり関わりたくない人ってことで一致してそう…まぁ、仲良くはないだろうし当然かも。政府高官と気軽に食事して世間話できるのか? って聞かれてるようなものよね…話題がなさすぎて困ることしかできないわ)
その後も、ご飯はとっくに食べ終わったというのに、私たちは日が暮れるまでずっと五人でわいわいと話し続けたのだった。
その後、死菫城を出てすぐ、オランピアは髪の長い男の子を見つけると私たちに手早く挨拶を済ませてそちらへ走って行った。
「あれは、弔い屋のヒムカだよ」
「弔い屋?」
「なんらかの原因で亡くなった島民に対し、抜を施すお役目だ」
「ちょっと待って…子どもに見えたけど?」
「彼のことを知る者は少ない…コトワリですら、彼の情報は把握できていない」
朱砂の言葉を聞いて、珠藍大師とお茶した時のことを思い出す。
『────絶対に青色の人だけができる不思議な能力なんですか?』
『稀に、他の色で抜の力を受け継ぐ物が現れることはあるわ。けれど、ほぼないわね。だから私たちは、よりこの力を守り受け継いでいくために結婚を大切に考えているのよ』
彼は、髪色からは何色の人なのか判断できなかった。
朱砂の言う通り、コトワリという戸籍情報を管理する部署できちんと把握できていないということは、何かしらの理由があって情報がないのではないか。
(青の隠し子……でも普通絵の具で例えた時に、青に青を足したときにグレーなんて生まれる? 珠藍大師は【青】の力を守り受け継ぐために同色同士の結婚を推奨するような口振りだった)
しかも力が使えるのなら、貴重な存在として【青】で面倒を見そうに思える。
(うーん、考えてもわからない……でも、不穏な職業っぽくはあるけど、オランピアと仲が良いのならそんなにビビる必要はないのかもしれない)
「一人妄想は終わったか?」
「その言い方やめてよ。物思いに耽ってるの」
「お前その癖直した方がいいぜ。そのうち壁に激突しそう」
「(大学の帰り道とかで実際やったことあるから)笑えない」
三人で歩いていると、不意に路地裏から二人の男性が現れた。
「【赤紫】のセツカ様、ですね?」
薄汚れたマントを頭まですっぽりと覆った男性二人の怪しさに、思わず朱砂と玄葉が私を庇うように前に出てくれる。
相手の不気味さや不信感はあったが、当人の私はというと彼らほどの警戒心を抱いていなかった。
(こんな人、本当にいるんだ……露出狂ですら、長いコートに帽子姿ぐらいしかテレビで見たことなかったから…………漫画に出てくるキャラクターみたい)
現実とは思えず、きちんと脳内処理できていなかった、という方が正しいかもしれない。
「お一人で、御同行願います。我らが主が貴方に是非ご挨拶をと申しております」
「ご挨拶をというのなら、その主とやらが彼女の前に現れるべきでは?」
朱砂の言葉は、紛れもない正論だ。
挨拶をと向こうが一方的に私を知っていて言うのであれば、向こうから顔を出して挨拶するのが一般論だろう。
ここは、現代とも考え方が同じで良かった。
(怪しいかも……この人たち)
朱砂の言葉で、彼女は少し目が覚めた。
というより、現状を現実として少し受け止めた。
挨拶ぐらい別に、と思いうっかりついて行こうとした一分前の自分の愚かさが、危なっかしいにも程がある。
挨拶をしたいと下手に出ているようで、こちらを一人でその主とやらの目の前に差し出そうという考えが、きな臭い。
「すみません。今日はこの通り連れがいますし、先約があるので失礼します。ご挨拶をというのであれば、日を改めてぜひとお伝えください」
私がそういうと、私を庇うように立っていた朱砂と玄葉が驚いたように私を見たが、二人とは視線を合わせなかった。
(すごーく、怒っているような、睨まれているような気がするけど……)
「承知いたしました。それでは日を改めてまたお伺いいたします」
「はい。あ、あと場所を指定させていただけるなら、以前行ったことがある崖のところにあるカフェがいいです。景色がとても素敵だったので」
にっこりと笑顔でそういうと、フードの男たちが一瞬怯み一礼して去っていった。
その後、暫く無言で私の前を歩く朱砂と玄葉。
だが、唐突に玄葉が足を止め、般若の形相でこちらへ振り返る。
「っお前なぁっ!!」
「ストップストップ。怒らないでよ、ちゃんと状況なら分かってるってば」
「いや、もしあの回答でそう思っているなら、セツカは相当な馬鹿だな」
「なっ!?」
「別に私、一人で会うなんて一言も言ってないし」
「だとしても、あんな見るからにヤバそうな連中と関わろうとする必要はないだろ」
「ヤバイかどうかは会ってみないとなんとも言えないじゃん。人は見た目で判断できないんだし」
「その見た目を彼らは隠してたが?」
「だからわからなかったんだよねぇ」
「お前矛盾してるぞ。それ…フードの中見たからって、判断できないんだろ」
「とにかく! これで向こうから必ずまた連絡取ってくるだろうし、その時にはコトワリと軍の両方に連絡するから安心してよ」
「向こうが、事前連絡をして馬鹿丁寧に手順を踏んでくれるとは限らないんだぞ」
「それは向こうが無礼だから仕方ない。正当防衛成立で、軍人が動く理由になるね」
「お前なぁ、それじゃあ囮捜査してるようなもんだろうが」
「そんなつもりはないけど…ま、もう言っちゃったものは仕方ないんだから、さっさと帰ろうよ」
「「はあぁぁぁぁ〜」」
二人のふかーいため息が黄泉比良坂に響き渡った。
数日後、結局フードたちからの接触もなく、仕事もどうしようかと悩んだままグダグダと時を過ごしてしまった。
「やばい…ニートが楽すぎて仕事する気になれない……」
こんなことを言っていても始まらない。
恩は返さなければならない。
頑張って自分を叱咤しながら、けれど一体なんの仕事をしようかと悩む。
(私が、ここで今やりたいことってなんだろう…)
理不尽と思えることが多いこの島で、少しでもそれを減らしたい。
差別が横行している現状を変えたい。
大渦を超えて、自分のあるべき場所へ帰りたい。
記憶を取り戻したい。
大きく絞るなら、この四つだと思った。
記憶に関しては、自分ではどうしようもない。
寝る前などに何度考えてみても、記憶はそこで止まってしまい先に進めない。
この島での理不尽を減らすには、理不尽な出来事をまずは全て把握した上で解決できるものに絞っていかなければならない。
それには、まだまだ情報が足りないし、私がこの島についてものを知らなさすぎる。
差別が横行しているが、それを変えるには地上に住む者、黄泉に住む者両方の意識を変える必要がある。
意識や考え方は十人十色であり、そう簡単に他人の意見が正しいとわかっても受け入れられない。
人は変化を恐れるようにできている。
何かを変えるより、変えずに生きる今を大事にしてしまう。
それがたとえ良くないことだとわかっていても、変えない理由ばかり探してしまう。
(……違う違う、こんなことを考えたいんじゃないでしょ私)
今考えるべきは、今ここで私がやりたいこと。
(………………だめだ、思い浮かばない……こういう時は!)
家を出て、近くを散歩する。
すると、少し離れたところからカンカン、と何か金属をぶつけ合うような音が聞こえてくる。
私は、音の聞こえる方へ小走りで向かう。
そこには【
「すみません! ここで働きたいんですけど!」
バーン!と勢いよく扉を開け放ち、その音に負けないぐらい大きな声で発言する。
(緊張するけど、ここは勢いで行く! この世界はきっと履歴書なんてないだろうし、雇ってもらうにはここで役に立つことを全力でアピールすることでしょ!)
その後、紆余曲折を経て無事研究所の下っ端として働くことを許された。
「少しでも役に立たなかったらクビだからな!」
「はいっ!」
「ついてこい新人! 客に商品届けに行くぞ!」
「はいっ!」
この研究所で一番屈強な体を持つ男、
髭面がよく似合う中年男性だろう。
彼はこの研究所の所長を務めている。つまりはここのトップ。
「一番上の奴が一番働くのは当然だ。でなきゃ、部下に仕事を命じても自分がその仕事を分かってないんじゃ話になんねぇだろうが」
馬車を動かしながら、豪月はそうあっさり言い切った。
(意外な考え方…もっと筋肉バカみたいな脳筋かと……)
「おい、今何考えてた?」
「え、あ、いえ! どなたに届けるのかと」
「黄泉の住人だ。俺たちは地上の人間も黄泉の人間も、どちらも大事に扱う。どっちも同じ人間で、同じ客だからだ」
「……意外です………」
「そりゃ当然だろうが。金づるはどれも同じに見えるだろうがよ」
前言撤回。脳筋ばか。
「手形は持ってんだろうな?」
でもまぁ、初仕事だ。
豪月と共に商品を荷車で押しながら、クナドへ着くと彼は軍人に私が持っているのとは形や大きさも違う手形を差し出した。
「セツカ?! 何をしているんだ」
今日のクナド警備は、璃空だったらしい。
「おはよう、璃空。【赤紫】で仕事を始めたの。今は下っ端」
「行くぞ新人! 軍人なんぞとチンタラしてんじゃねぇよ」
「はーい。じゃあね、璃空」
「あ、待てセツカ! その者と仕事をするつもりか!? そいつは──────」
璃空言葉を最後まで聞かず、豪月の押す荷車を手伝いに走る。
(ごめーん! 今は仕事中だから、また終わったら聞きに行くから!)
そう心の中で思いながら、豪月が見ていない隙に彼に小さく手を振った。
黄泉へ降りると、豪月は真っ直ぐに客のいる場所へ進んでいく。
(常連客…?)
進む足取りに迷いがない。
ついでに、私は黄泉の街並みを覚えられるよう目印などを頭に入れていく。
(えーっと、死菫城が向こうに見えるから、ここはどっちかというと黄泉の西寄りの場所……閑散とした家が多くて、水路がある。目印になりそうな建物なし…住居地区と商業地区で分けてるのかな)
「ついたぞ、この荷を裏から運べ。表から行くなよ」
「はい」
両手いっぱいに広げて届くほどの横長の木箱。
それを六箱、見た目より重いため一つずつ運んでいく。
「おぅ、豪月。やっとか」
「へい、遅くなりました
「オメェんとこが、一番良質だからな。中を改めてから、また料金を決めさせてもらうぜ」
「へい、数刻後にまた伺いますんで」
豪月に、無理矢理頭を下げさせられる。
「そいつは?」
「新人です。ほら、つい先日に────」
「あぁ…オメェら【赤紫】が引き取ったっていう例のマレビトか……っへ、噂とは違う風貌だな」
(どんな噂だ)
「まぁでも、オメェらんとこに働きに来るぐらいなら、気概はあるんだろう。しっかり鍛えてやれよ?」
「へぇ! 明月様がそう仰るなら!」
「顔上げな、マレビト」
そう言われ、顔を上げると真っ赤な羽織を肩にかけた細身のお爺さんが煙管を吹かしながら、私を見て薄らと笑みを浮かべていた。
(ヤクザみたいな人かと思ってたら…めっちゃかっこいいおじいちゃんじゃん!?)
話口調が悪いだけで、見た目は和装モデルにいそうな居住まいのきっちりしたおじいさんだ。
真っ赤な羽織がよく似合っていて、煙管を吸い慣れているのが見てわかる。
「名は?」
「記憶がないため、扶桑さんにセツカと名付けていただきました」
「なるほど…扶桑か……あいつは元気か?」
「え、あ、はい。いつもよくしていただいています」
「そうか…アンタみたいなお嬢さんが、何を思ってこんな仕事を選んだかは知らんが、そこの男は【赤紫】じゃ一番豪胆で面倒見の良い男だ。きっちり仕事を覚えな」
「……はい!」
おじいさんは、私に手を差し出した。
「マレビトは、この島になんらかの奇跡を起こすという…そんなアンタが俺たちの前に今現れたことが、吉と出るか凶と出るか……まぁ、またおいでセツカ」
おじいさん…明月さんはそう言って商品の検品をするため部屋の奥へ行ってしまった。
その後、豪月に連れられてすぐに黄泉からクナドへと戻ってきて彼は、ようやく大きく息を吐いた。
「……明月様には気を付けろ」
「はい?」
「…………それから、俺のこともだ…研究所の奴らにも気を許すな」
「これから同じ職場で毎日働く方々ですが?」
「厄介な奴に目を付けられた自覚を持て……いや、俺は何を…忘れてくれ」
「???」
豪月はそう言って、それきり口を噤んでしまった。
(確かにヤクザっぽい雰囲気の話し方だったり、豪月みたいな偉そうな人が明月さんには頭が上がらないようだった……黄泉にいる人は、地上の人から見下されているはずなのに、これじゃ真逆…それだけ、影響力がある人ってこと?)
疑問点なら他にもある。
なぜ、客が商品を売り込む店員の前で検品をしないのかとか、さっきの豪月の言葉も。
(でも私には…明月さんも、豪月も研究所の人たちも根っからのワルには見えなかった……この島にいる人たちは、どこか決められたルールに諦めていたり陶酔していたりで変な人が多い中、朱砂たち以外でそう言った考えに縛られていない人たちに見えた)
しかも、豪月は自分にも気を許すなとわざわざ忠告してきた。
普通相手を騙そうとしたり、利用しようとする人がいう言葉じゃない。
(何か、理由があるのかもしれない……)
触れずに済むのなら、それに越したことはないのだろう。
けれどわざわざあえて忠告してきたということは、私がここで働くにはそれは避けて通れないということなのかもしれない。
「やばー、覚悟なくなってきたかも……」
商品の配達後、次の明月さんへの料金回収は豪月一人で行くからと私は研究所で事務仕事を手伝っていた。
彼らは仕事はするが、その後の処理はおざなりの様だったので一苦労も二苦労もしそうなので予感しかない。
一先ずキリの良いところで今日は帰っていいと言われたので、職場を後にしたら途端に明日からの仕事への覚悟がなくなってきて項垂れた。
「おねーさん、何かお困りですか?」
まるでホストの誘い文句か? そう思いながら振り返ると、そこには緑色の服を着た可愛らしい男性がニコニコとしてこちらを見ていた。
「困りごと、といえばそうかもですけど…大丈夫です。ご親切にどうも」
学生ぐらいの年齢だろうかと思いながら頭を下げて去ろうとすると、「あー待って待って!」と腕を掴まれた。
「あ、すみません! 突然失礼かとは思ったのですが…お姉さんはマレビトですよね?」
「……そうですけど?」
そういうと、彼は嬉しそうに笑って私に小さな声でこっそりと言った。
「実は、僕もなんです」
私は思わず目を見開くと、彼は変わらない笑顔で姿勢を正した。
「申し遅れました、私の名は天草四郎時貞」
「(天草、四郎?……)あ、私は一部記憶を失っており、現在は【赤紫】の扶桑さんに名付けていただき、セツカと名乗っています」
歴史の授業で聞いたこのある、偉人? 本物?
彼の名を何時代で聞き、何を成した人だったかが思い出せない。
如何せん、歴史の授業なんて高校以来ではないだろうか。
大学生の専門分野の授業内容を頭に入れる際に、歴史などの専門分野外の知識は頭から出ていってしまった。
「慈眼様から少しお話は伺っておりました。我々より遠い未来から来られた方だと。それを聞き、どうしてもセツカ様とお話しさせていただきたいと思っておりました」
「そ、それは、どうも……あの、様呼びは止めていただけませんか? 緊張してしまいますし、呼ばれ慣れていないのでどうしていいか……」
「失礼いたしました、セツカ殿……あ、いえ、この島ではそのように呼びませんね。では、セツカ。貴方の記憶が定かではないことは重々承知しておりますが、可能な範囲で構いません。未来の国がどの様なものか、お話を聞かせてはいただけませんでしょうか?」
拳を握りしめ、頭を下げる彼に何故だか胸が痛くなった。
彼の様子があまりにも切羽詰まったように見えて、未来を聞くことにここまで必死な様子はどこか痛ましくて、悲しそうに感じてしまったからだ。
「私でよければ、喜んで。ですが今日から仕事を始めましたので、あまりお時間を取ることができないかもしれません」
偉人と思えば、自然口調が堅くなる。
それもあるが、彼の口調の硬さが日本の歴史ドラマを彷彿とさせられるせいかもしれない。
あそこまで堅苦しい話し方はできないが、せめて彼らが当時当然であったような礼節を欠きたくはない。
そんな思いで、必死に言葉を選びながら話した。
「仕事…先ほどクナドから戻られるのを見ましたが、もしや天柳李研究所では?」
「はい、そうです」
「……私は【
しどろもどろになりながらも話してくれる彼の言葉に、どうやら本当に心配してくれている様だと思う。
そして同時に、それは豪月にも言われた言葉に似ていて…彼も本当に私を心配してくれたのかもしれないと気付くと、この島に住む人たちは初対面の人にもこんなに心を砕き心配してくれる良い人もいるんだなと思った。
「ご心配いただりっ、……コホンっ、すみません。ご心配いただきありがとうございます」
やばい舌噛んだ恥ずかしすぎて今すぐ穴に入りたいっていうか現実に帰りたいっていうか今夢ならもう覚めてほしいいい加減にこんな恥ずかしい思いしたんだからやってられないよもう。
きっと顔も真っ赤になっている。
偉人の前で緊張しすぎた。
恥ずかしさに思わず視線を地面に向けていると、しばらく無言だった彼から吹き出すような声が聞こえた。
「あはは! す、すみません…慈眼様からは普通の女性だと聞いていたのですが、瓦版などでは大層ご立派な方だと書かれていたので、私も少し緊張していました。貴方の話しやすい口調で話していただいて構いませんよ? 僕の方が年下ですし」
「いえ! あの、私が学生時代に歴史を学ぶ時間があったのですが、その時に貴方の名が出ていました。歴史に名を残すほどの偉業を成し遂げた方に、失礼があってはいけないと思い……緊張していたのですが、つい…」
「偉業……僕が、ですか?」
「え、あ、はい…すみません、歴史について詳しく学んでおらず詳細までは覚えていませんが、間違いなくお名前は聞いたことがあります」
「首を刎ねられた僕が、偉業……なら、僕の死に意味があったとでもいうのか…今この時もこうして苦しんでいる僕に、何か成せと仰せなのですかゼウス」
喜ぶだろうかと思っていたが、予想とは違い彼は俯いてブツブツと独り言を呟き始めた。
(まだ若いのに、なんか色々あったんだろうな……)
歴史を覚えていないことを初めて後悔したが、彼を見ていてふと違和感に気づいた。
独り言は聞き取れないが、強く握られていたはずの拳が今は両の手を交差する様に合わせて、胸元に置いている。
それはまるで、何か祈りごとをする時にするポーズで…………。
(祈りごと? 歴史上の人物なら、仏教徒がほとんどでは…でも、開国後はキリスト教も布教されていってたっけ……いやでも踏み絵とかあったような……!!)
思い出した。島原の一揆だ。
彼らキリシタンがこの戦いで全滅させられてから、日本は鎖国の時代に突入する。
キリシタンという宗教の考え方が、その当時の日本にとってはマズいもので根絶やしにする必要があったからだ。
(ということは、彼はキリシタンの先導者で……いわば首謀者として殺された人物…だから歴史に名が残っている……彼はそれを知っている? それとも死ぬ前にこちらにきている?)
どちらにせよ、歴史のことはこれ以上話さない方が良い様に思う。
いうにしても、今は日本人でも海外に住む人でも好きに宗教を選んで生きる人がほとんどだと伝えられればいい。
それも彼にとっては衝撃だろうけれど、彼らの一揆があって敗北してなおキリシタンは宗教として日本に残り続けた。
それは間違いなく、彼の偉業だと思うから。
どんな人であれ、その人たちの行動があって歴史として残り、それが今の私の時代まで繋がってきた。
それは、全て必要なことだったと思いたい。
「あー、今からで良ければ少しどこかでお話しします? 何か飲みながらでも」
彼の表情が見れないが、このまま初対面だから彼を一人にするのは何故だか躊躇われた。
気付けば私は、そう口にしていた。
「あら、セツカ?」
それに天草四郎時貞さんが反応するより前に、向こうからオランピアと誰かが近付いてくるのが見えた。
「オランピア! と、その人は?」
「時貞と一緒だったのね? もしかして、もう友達なの? あ、紹介するわね、彼はヒムカ」
「さっき会って、友達になったところ。今から私のいたところについてちょっと話でもって誘ったところなの」
「そうなの! 私も聞きたいわ! あ、あのねヒムカと時貞も最近友達になったところなのよ! 同じマレビトだから!」
オランピアの嬉しそうな声の中に驚く様な言葉が聞こえた。
「え、ヒムカさんも…?」
「……」
「ヒムカ、彼女はセツカ。時貞やあなたと同じよ」
「…………彼女と友達になると、貴方は嬉しい?」
ヒムカさんは、オランピアの背後に隠れながらそんなことを平然という。
(オランピアにとっても懐いてるんだなぁ……儚げで可愛い人…天草四郎時貞さんみたいに、彼は分かりやすい名前じゃない…聞いても歴史上の人物と一致しない……そういえば、慈眼大師も道摩大師も一致しないし……全員が歴史に名を残す様な人ではないってこと? じゃあ彼だけ特別?)
「………………ヒムカ、でいい」
考え事をしている間に、ヒムカが私の前まで来ていた。
「あ、そう? じゃあよろしくヒムカ。私はセツカ、オランピアの友達です」
「僕も、貴方と友達に、なりたい」
「ぜひ。同じマレビト同士、よろしく」
この後、ヒムカは弔いやの仕事が来たから時貞とオランピアと主人公の三人で小さな茶屋で話をすることになる。
ヒムカは無表情だったが、私が笑うと少し戸惑うような目をした。
(人見知りなのかな……)
「ねぇ、折角なら四人でどこかで話しましょう!? その方が楽しいと思うの!」
オランピアがそう言った時だった。
「おい! あそこで人が死んでるぞ! 誰か!!」
近くの路地裏に、どんどん人が集まっている。
ヒムカは、すぐにその場に足を向けた。
「行ってくる……あの、ごめんなさい」
行けなくて、そう言葉は続かなかったが、きっとそのことに対してだろうと思った。
三人に向けられたその言葉に、オランピアも天草四郎時貞さんも私も笑顔で見送った。
「また今度ね」
私がそういうと、彼は一瞬目を丸くしたが、そのまま走り去ってしまった。
「あのねセツカ、ヒムカは……」
「うん」
必死にヒムカを庇おうと、彼の言わなかった分まで釈明しようとするオランピアの肩にそっと触れる。
自分の意見を素直に口に出せる人と、そうでない人がいることなら知っている。
大学でも色んな人がいる。
距離感さえ間違えなければ、きっと少しずつなら仲良くなれると思う。
だから、大丈夫だと。そういう意味を込めてオランピアに頷いた。
「で、どうしようか? 三人でも良ければ、どこかで話す?」
私の提案に、二人はもちろん頷いた。
【有色区】にある小さな茶屋を見つけた私たちは、そこの半個室になっている場所に座った。
「天草さんは、何が聞きたいんですか?」
「時貞で良いよ、セツカ。あと、敬語もいいよってさっき言ったよね?」
慎重に話を切り出したが、予想と違う彼の答え方に面喰らってしまう。
二人で話していた時と、明らかに口調が違うからだ。
(あれ…こんなフランクな感じだったっけ? オランピアがいるから? 同じ様に合わせた方がいいのかこれ?)
戸惑いながらも、まぁ丁寧すぎる話し方にも私は無理があったので、ここは遠慮なく提案に乗らせてもらうことにする。
正直、偉人に対して軽口を叩いているようで恐れ多くはあるけれど。
「そうだった。時貞は、何が聞きたかったんだっけ? オランピアはこの島にないような物とか、そういう話を聞きたいんだよね?」
「そう! あなたが以前少し話していた学校についても聞いてみたいわ!」
「……僕は、そうだな……日本って今はどんな国か気になるかな…」
「じゃあ順番にね。どんな国か〜…私から見た感覚になっちゃうけど、世界は今ある病が大流行していて混乱してる。でも、日本人は早く元の生活を取り戻せるように頑張ってるし、政府が良くない改善案とか出していたら、国民が色んな方法で意見を出したりしてるかな…」
「政府…それは、国の中枢ということ? お国のためにと身を捧げている方々に、一国民の意見が反映されるの?」
「あー、っと…国の代表に直接意見が届いているかは、私もよく分かってないけど……誰であっても、自由に意見を述べることができる日本にはなってるし、それがあまりにもおかしいことや酷いことでなければ、特に罰せられることもないよ」
「………………それが、今の日本…」
「うん、多分。で、その自由な意見を考えたり言える様にするために、義務教育期間があって、社会に出るのに必要な最低限の知識を身につけるために学校はあると思ってる。義務教育以降は学び続けるか働くかとか、一応自由に選べるし」
「それって、すごいことよね! 国が皆に平等に学ぶ機会を与えてくれているってことでしょう?」
「この島に学校ってないの?」
「私は、朱砂と璃空が学舎にいたとだけ聞いたけれど、女性が学ぶ場所はないんじゃないかしら?」
「何それ、不平等ね」
「そうなの……そうよねやっぱり! そう思うのは間違いじゃないわよね! 私は、道摩の屋敷にいたから色々な本を読むことができたけど、他の人は皆学ぶ機会がなかったみたいなの」
「私から見ると、変だと思うよ」
「僕は…変だとは思うけど、僕のいたところも大して変わりはなかったな……女性は、子を産むのが役目だという人たちが多かった……でも、人間という括りで同じだというのなら、同じように学ぶ機会があって然るべきだとは思うよ」
(そうか…江戸初期なら、確かに女性はまだ立場的に色々と厳しくて、難しい時代だったかもしれない)
「これから、ここも変えていけるといいわね。セツカのところみたいに」
「そうだね……セツカは、そういう場所から来たならここで苦労することも多いんじゃない? 考え方とか、色々」
時貞の少し心配するような声色に、苦笑する。
確かに考え方云々が違って、周囲の声は勝手なことばかり言っているように感じることがある。
(マレビトは奇跡を起こせるとか、変な期待感に溢れていてそれを盲信してる人とか…巨漢を一捻りしたとか嘘の記事信じてビビられたりとか……)
でも、周囲の声が勝手なのはここに来てからじゃない。
現代だって、それは同じだった。
異性の友達と仲良くしているだけで付き合ってると勘違いされたり、テストの点数を見せ合ったら点数を勝手に違う人に広められていたり。
ここに来てまだ数日だけど、一つだけ分かったことがある。
「苦労はするけど、私を理解してくれる友達がいるから大丈夫。そういうってことは、時貞もなんじゃない? お互いいらないプレッシャー与えられてうんざりだね〜」
私が笑ってそういうと、彼は目を見開いた。
自分を理解してくれる誰かがいれば、他人の声に耳を貸さなくても良い。
一人一人違う考え方があって当然で、その考えがあるからその人から見た私の姿がある。
私が本当はそうか、そうじゃないかなんて関係ない。
その人から見た私が、その人にとっての私。
それに惑わされる必要なんてない。
誰かにとっての私がどうであれ、結局私は私の考えでしか物事は見れないし、感じられない。
他人の考えを否定する必要もなくて、自分の考えをしっかり持っていれれば良いだけ。
(だから見た目の色なんて、そんなのに拘る必要なんてないのに……色も考えもガチガチに縛られてるのって、視野が狭くなるだけなのに)
この世界の人たちにとって最も重要とされる色層。
色が優秀なら何をしても許される、そんなわけはないのに。
この世界の人たちは、それに気付いていない。
だから、マレビトという存在にも同じ考えを抱いている。
一人のマレビトが奇跡を起こしたら、マレビトは全員奇跡を起こすのだと。
(同じ人間として見られてないんだよね……)
でも、朱砂と璃空が初めに私を理解してくれた。
気持ちを汲んで、晶を入れるのを待つ案をくれた。
「……セツカは、強いんだね」
だから、悲しそうな顔で言う時貞にはまだ彼を理解してくれる誰かがいないのだと思った。
だって、強いから今の現状を笑って言えるわけではないから。
寄りかかれる相手が、信頼できる誰かがいるから踏ん張れる。
誰もいなければ、殻に籠るしかない。
だから余計思ってしまう、自分は弱いと。
「…………」
今彼を見ていても、彼が何を理解して欲しいのか私には分からなかった。
言葉が出てこない。
「じゃあさ、こうしない?」
でもきっと、それではダメだ。
このままでは、彼は同じマレビトという私にも何も話さなくなってしまいそうで…彼がどこか遠くへ行ってしまうような気がして、思わず彼の前にずいっと手を差し出していた。
「同じマレビトで、色も独色同士、困った時は助け合うっていうのは。偶然にしては境遇重なりすぎだし、せっかく頼るなら同じ苦労を共にした人の方が安心しない?」
うん、と言って欲しくてつらつらと言葉を並べてみる。
正直、これだけでは理由として弱いような気がするが、これ以外に今のところ彼と私の接点がない。
「……うん…………うん、そうだね。そうしよう!」
「ずるいわ二人とも! 私はマレビトじゃないけど、私も二人が困ってたら助けたいし、頼りたいわ」
「じゃあ、オランピアも入れて三人ね……あ、ヒムカも入れる? 同じマレビトだし」
「じゃあ、【緑】、【白】、【赤紫】と弔い屋を入れた四人での同盟関係だね」
嬉しそうに笑って言った時貞に少しほっとしながら、オランピアと二人で笑って頷いた。