世界が終わるまで
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シリカとリズベットが、明日来るとの報告を受けた日の夜。
私は、ベンヌと二人でカフェにいた。
朝から晩まで、帰るなといいながらボディーガードのようにキリトに付きまとわれていたが、ようやく明日は学校があるからと言って、ログアウトしてくれたのだ。
あの日から、彼の行動はおかしい。
心配してくれているのだろうが、アスナに見られでもしたら何を言われるかわかったものではないのに。
いや、前言撤回。
アスナたちに見られでもしたら、だ。
そういえば、キリトを好きな女の子は多い。
アスナ、リーファ、シリカ、リズベット…………。
ハーレム状態だな。
そんなことを考えていると、目の前のベンヌが小さく笑う声が聞こえて、ふと彼を見る。
「……なに?」
「いや、見事な百面相だと思ってな」
「顔に出てた?」
「大方、思っている事が伝わる程度には」
「かなりってことね」
内心恥ずかしくなって、置かれていた紅茶をグビグビと飲み干した。
「…………」
私たち以外に客はいない。
NPCだけがいるこの空間で、私たちは互いに口を閉ざしてしまった。
口を開けば、何の話をしなければならないのか、わかっているからだ。
「スー」
先に口を開いたのはベンヌだ。
「話そうかどうか、迷っていたんだが……私に、ついてきてくれるか?」
これ以上、何を話すつもりなのかわからなかったが、私は静かに頷いた。
それから、カフェを出て空を飛び始めるベンヌ。
「あそこへ行くぞ」
あそこ、と彼が指差したのはALOの空の彼方に浮かぶ、アインクラッド――――。
「でも、あれって実際には行けない作りになってるんじゃ・…」
「私が作った場所に、行けない筈はないだろう?」
ニヤリと、悪戯をしかけた子どものように笑うベンヌに、しばらく呆気に取られたが、私は彼の差し出す手に、自分の手を重ねた。
そして、私たちは懐かしい場所、アインクラッドへと降り立ったのだ。
「うそだー……ほんとに、あの時のまま残ってるなんて…………」
NPCもモンスターもいないものの、町も森も全て顕在している。
「ALOの中、というわけではないからな。ここなら、何者にも邪魔される事なく、スーと話せる……」
そういって、ベンヌは姿を変えた。
「姿も変えられる」
そう言った彼の姿は、懐かしのヒースクリフだ。
そして、彼がもう一度姿を変える。
「……何だかんだいって、本物の姿は初めて見るよ」
私は、にっこりと微笑んだ。
「茅場」
私がそういうと、彼も静かに微笑んだ。
「それで? 私をここに連れてきて、一体何の話をするの?」
「スーが、自分の現実に戻る事に躊躇しているだろう? ならば、もう全て明かしてしまった方が良いと考えただけだ」
「なに? まだ何か隠し事があったの? ALOにラスボスはいないから、茅場がラスボス説はもう無理だからね?」
前は本当に驚いたと告げると、彼は声を出してゲラゲラと笑った。
「あの時のお前の顔は、未だに忘れがたいな」
「失礼な話……」
ね、と言葉が続かなかった。
何か、今の会話の中に違和感を感じたからだ。
思えば、今までのベンヌとの会話の中でも、違和感はなかった?
「ベンヌ」
「なんだ?」
「茅場」
彼を見ると、彼はずっと微笑んだままだ。
さっきの会話、おかしいところはなに?
彼は、電子データで、茅場に作られた存在のベンヌのはず。
なら、なぜ茅場と会話したことを彼が覚えているの?
茅場が、ベンヌにその時の記憶もデータにした?
「していない」
していない、そうなると……
「ちょっと、私の思考に入ってこないでよ」
「全て声に出ていた。スー、私が簡潔に、答えだけ伝えよう」
彼の言葉に、思考は全てストップする。
誰も居ないこの街では、声が響く。
茅場の声だけが、頭に響く。
「私は、ここで生きている。電子データではない」
電子データではない? それは、一体どういうこと?
思考が混乱して、私は疑問に浮かぶままに、彼に尋ねた。
「じゃあ、ベンヌは茅場本人?」
「そうだ、電子データにしては、こんなに感情豊かでは困るだろう?」
「……じゃあ、じゃあ! ヒースクリフやってた茅場と同じってこと?」
私の問いに、彼は頷く。
「私に嘘ついて、ALOではずっと隣に居たの?」
「スーは、全て終わった後に、誰かに全ての真実を伝えてしまうと思ったからだ。私が生きていることは、誰にも知られてはならない」
私を利用したがる人が、現実には多すぎるのだと、茅場は言った。
「じゃあ、なんで私には教えてくれたの?」
「スーは、私と同じ存在だからだ」
元々、茅場はSAOの世界で生きるつもりで、現実に別れを告げてこのゲームの世界を作った。
それゆえに、自身をデータ化して人間ごとゲームの中へ移行する術を作らねばならなかった。
「その実験体第一号として、ランダムに人間を選ぶ為に、メールを送った数々の中に、一つだけそのデータを組み込んだ。そのメールを見た人物を、ゲームの中へ引きずり込む為に」
「つまり、私が実験体として成功したから、茅場も同じ方法でゲームの中で、私と同じように生きる事を選んだの?」
「そうだ。だから、最初から私は生きているし、あのゲームで負けた時も、予備で残しておいた私の権限により、私は死ななかった。私が死んでは、スーを現実に戻す事が永久に出来なくなるからな」
「予備で残すって、そんなデータみたいな言い方」
「私達は、データだろう? 私はあの世界より、この現実を生きると決めたのだ。スー、君はどうする?」
「…………突然、そんなこと、言われても……ていうか、嘘つかれてたから怒りたいんですけど」
彼から顔をそらしながら言う。
でも、私の頭の中は全く怒ってなんていなかった。
(私達はデータだろ? って、そんなお揃いみたいに言わないでよ!)
何故だか、そんな言葉に過剰反応してしまっていた。
このゲームのプレイヤーの中で、私達だけが異質。
共有の秘密を保持するプレイヤーなのだ。
別に彼の事を意識するようなことではなく、むしろこの状況をもっと掘り下げて話すべき筈なのは、私でも理解出来ている。
それでも思ってしまった。
少しでも、私を近い存在に思ってくれているのだろうか。
だとしたら、私の決意は固まる気がした。
顔が熱くなる。
茅場を見ると、彼は朗らかな笑みを浮かべていた。
(茅場、カッコいい……)
一歩、彼の方へ歩み寄る。
すると彼は私の頬をするりと撫でた。
「ここにいろ、スー。私と永遠の時を生きよう」
「ーーーーで、なんでベンヌのデータ捨てて新しく一新しちゃったの?」
ちらりと横目で、彼を見る。
「記念、とでも言っておこうか。付き合い始めの」
何やら晴れやかな顔をして出てきた言葉は、彼の口から出たとは思えないようなものだった。
思わず顔を顰める私にも、彼は気に留めない。
「胡散臭い」
「まぁ、これは半分冗談だが……万が一、誰かの記憶からベンヌのことが蘇るかはわからんからな。後は、けじめだろうな」
彼の言うけじめは、きっと現世との別れなのだろう。
このゲームの世界で生きる為、彼は自分の体を捨てた。
本当は記憶まで捨てたかったのかも知れない。
でも、私がいるから、外見だけに留めてくれたんじゃないだろうか。
(自惚れ過ぎだなぁ、私。茅場のせいで脳がもう……)
「……さらっと言わないでよね、さらっと」
「なにがだ?」
からかわれていると分かり、私は歩くスピードを上げた。
それでも、彼は私の隣を歩き続ける。
歩幅の違いもあるが、追いかけてきてくれることに嬉しさを感じてしまう辺り、私は相当彼にやられている。
(せめて、自覚してるだけでもマシだと思おう)
「でも、珍しい種族にしたね。音楽妖精族(プーカ)の人って、見たことなかった」
茅場やヒースクリフとは、似ても似つかない爽やかな男性姿に、思わず彼を凝視してしまう。
だが、それは私だけではなかった。
周りの女性プレイヤー達も、茅場の姿に見惚れていた。
「しかもその容姿、アインクラッドで男装してた時の私に似てるし」
「あぁ、そうさせてもらった。どうだ? 似合うだろう?」
黒髪だった私と違い、プーカの特徴なのか、色素の薄い髪に、薄紫の様な装備は優雅で儚げな印象がある。
「あんまり強そうには見えないよね。イケメンだけど」
「前の自分の容姿を褒めている様にしか聞こえないが?」
「おっしゃる通りなので」
そのまま、私達は歩きながら街を出て、近場の森へ向かっていた。
茅場が、自身の戦闘スタイルを見せてくれるらしい。
彼曰く、その方が私と連携が取りやすくなるのだとか。
「あの辺の雑魚でいいんじゃない?」
「そうだな。では、スー。君が戦ってくれ」
「は? 茅場じゃないの?」
「今はライトと呼んでくれ。名前を変更した意味がない」
そう、彼は名前も一新した。
Light Outstanding、それが今の彼の名だ。
長い上に英語表記にする辺りが、徹底的して自分の存在を隠すつもりなのだと分かる。
「キリトも知ってるし、彼とかうっかり本命バラしちゃいそうだけど?」
「私もそれを気にしている。ともかく、君が戦ってくれ。私が援護する」
(援護? 支援攻撃が何か? ってことは、茅場は魔法型にするってこと?)
頭上に多く疑問が浮かんだが、とにかく彼の言う通り動くことにした。
私が剣を構えると、彼は私の隣で担いでいた長柄武器を取り出す。
ハルバードという、敵に攻撃する部分に斧と槍が引っ付いている武器だ。
だが彼は、その武器に短い呪文を唱える。
すると、その武器が光を放ち、姿を変えた。
「それ、チェロ…………?」
森の中に響き渡る低く、澄み渡る音。
穏やかに、けれど大きく広がる音は、安心感の様なものを私に与えてくれた。
「コントラバスだ。とりあえず、初歩的な魔法をかけよう」
そう言って彼が音を奏でると、私のパラメーターが光り、攻撃力が一定時間上昇する支援魔法がかけられたことがわかる。
「リーファが使える支援魔法と同じなの?」
「いや、重複しない。プーカ独自の魔法の為、重ね掛けすることで、より攻撃力を引き上げることが出来るだろう。種族自体が少なく、極めている者もいないだろうから、どれだけ上がるかなどの数値的情報はないが……」
彼の言葉を聞かず、普通に敵を攻撃してみた。
案の定、モンスターはいとも容易く倒せた。
「ボス戦とかで、重宝しそうな力だね」
「そうでもない。私がいれば、スーのスキル上げも少しは自由になるはずだ」
「なんで?」
「命中率上昇アビリティがあるんだ、プーカには。私がいる戦闘に限るが、君はその分を攻撃力や技を覚える方にスキルを回せる。いつも、命中率を最低限しか上げていなかっただろう?」
「……私の為に、プーカになってくれたの?」
もちろん、あまりなり手がいないということも魅力だった。
そう彼は言ったが、それでも顔が熱くなった。
(なーんか、嬉しいなぁ)
彼の容姿は変わっても、彼自身は何も変わらない。
「短所というと、演奏している間しか効果が持続しないことと、その間自身は防御も攻撃も不能なため敵から攻撃を受けると避けられないことだな」
使いようによっては、ハイリスクでハイリターンだと彼は新しい力に興味津々のようだ。
今は色んな理由があって、今の茅場になった。
その中に、私が理由に含まれている。
それはとても、私の心を動かした。
嬉しいと思った。
そして、それを彼に伝えたいとも思った。
「ありがとう、茅場」
「ライトだと言っただろう? それでは、私の正体が一般市民にバレる」
「二人の時ぐらい、いいじゃん」
「いつ何時、何が起こるかわからないぞ」
「……まぁ、いいや。これからも、よろしく」
彼の前に差し出した右手を、彼は笑いながら握ってくれた。
「男らしいな、スー」
「まぁね! じゃ、行こう。街のレストランで、キリト達と待ち合わせなんだよね」
「あぁ、行こう」
「スー! ライトー! こっちだこっちー!」
キリトの呼ぶ声に、私達は笑い合って向かう。
真っ青な空から溢れる太陽に光も偽物だけど、それでも確かに感じる。
ここで、私と彼は生きていく。
これまでも、これからも。
私は、ベンヌと二人でカフェにいた。
朝から晩まで、帰るなといいながらボディーガードのようにキリトに付きまとわれていたが、ようやく明日は学校があるからと言って、ログアウトしてくれたのだ。
あの日から、彼の行動はおかしい。
心配してくれているのだろうが、アスナに見られでもしたら何を言われるかわかったものではないのに。
いや、前言撤回。
アスナたちに見られでもしたら、だ。
そういえば、キリトを好きな女の子は多い。
アスナ、リーファ、シリカ、リズベット…………。
ハーレム状態だな。
そんなことを考えていると、目の前のベンヌが小さく笑う声が聞こえて、ふと彼を見る。
「……なに?」
「いや、見事な百面相だと思ってな」
「顔に出てた?」
「大方、思っている事が伝わる程度には」
「かなりってことね」
内心恥ずかしくなって、置かれていた紅茶をグビグビと飲み干した。
「…………」
私たち以外に客はいない。
NPCだけがいるこの空間で、私たちは互いに口を閉ざしてしまった。
口を開けば、何の話をしなければならないのか、わかっているからだ。
「スー」
先に口を開いたのはベンヌだ。
「話そうかどうか、迷っていたんだが……私に、ついてきてくれるか?」
これ以上、何を話すつもりなのかわからなかったが、私は静かに頷いた。
それから、カフェを出て空を飛び始めるベンヌ。
「あそこへ行くぞ」
あそこ、と彼が指差したのはALOの空の彼方に浮かぶ、アインクラッド――――。
「でも、あれって実際には行けない作りになってるんじゃ・…」
「私が作った場所に、行けない筈はないだろう?」
ニヤリと、悪戯をしかけた子どものように笑うベンヌに、しばらく呆気に取られたが、私は彼の差し出す手に、自分の手を重ねた。
そして、私たちは懐かしい場所、アインクラッドへと降り立ったのだ。
「うそだー……ほんとに、あの時のまま残ってるなんて…………」
NPCもモンスターもいないものの、町も森も全て顕在している。
「ALOの中、というわけではないからな。ここなら、何者にも邪魔される事なく、スーと話せる……」
そういって、ベンヌは姿を変えた。
「姿も変えられる」
そう言った彼の姿は、懐かしのヒースクリフだ。
そして、彼がもう一度姿を変える。
「……何だかんだいって、本物の姿は初めて見るよ」
私は、にっこりと微笑んだ。
「茅場」
私がそういうと、彼も静かに微笑んだ。
「それで? 私をここに連れてきて、一体何の話をするの?」
「スーが、自分の現実に戻る事に躊躇しているだろう? ならば、もう全て明かしてしまった方が良いと考えただけだ」
「なに? まだ何か隠し事があったの? ALOにラスボスはいないから、茅場がラスボス説はもう無理だからね?」
前は本当に驚いたと告げると、彼は声を出してゲラゲラと笑った。
「あの時のお前の顔は、未だに忘れがたいな」
「失礼な話……」
ね、と言葉が続かなかった。
何か、今の会話の中に違和感を感じたからだ。
思えば、今までのベンヌとの会話の中でも、違和感はなかった?
「ベンヌ」
「なんだ?」
「茅場」
彼を見ると、彼はずっと微笑んだままだ。
さっきの会話、おかしいところはなに?
彼は、電子データで、茅場に作られた存在のベンヌのはず。
なら、なぜ茅場と会話したことを彼が覚えているの?
茅場が、ベンヌにその時の記憶もデータにした?
「していない」
していない、そうなると……
「ちょっと、私の思考に入ってこないでよ」
「全て声に出ていた。スー、私が簡潔に、答えだけ伝えよう」
彼の言葉に、思考は全てストップする。
誰も居ないこの街では、声が響く。
茅場の声だけが、頭に響く。
「私は、ここで生きている。電子データではない」
電子データではない? それは、一体どういうこと?
思考が混乱して、私は疑問に浮かぶままに、彼に尋ねた。
「じゃあ、ベンヌは茅場本人?」
「そうだ、電子データにしては、こんなに感情豊かでは困るだろう?」
「……じゃあ、じゃあ! ヒースクリフやってた茅場と同じってこと?」
私の問いに、彼は頷く。
「私に嘘ついて、ALOではずっと隣に居たの?」
「スーは、全て終わった後に、誰かに全ての真実を伝えてしまうと思ったからだ。私が生きていることは、誰にも知られてはならない」
私を利用したがる人が、現実には多すぎるのだと、茅場は言った。
「じゃあ、なんで私には教えてくれたの?」
「スーは、私と同じ存在だからだ」
元々、茅場はSAOの世界で生きるつもりで、現実に別れを告げてこのゲームの世界を作った。
それゆえに、自身をデータ化して人間ごとゲームの中へ移行する術を作らねばならなかった。
「その実験体第一号として、ランダムに人間を選ぶ為に、メールを送った数々の中に、一つだけそのデータを組み込んだ。そのメールを見た人物を、ゲームの中へ引きずり込む為に」
「つまり、私が実験体として成功したから、茅場も同じ方法でゲームの中で、私と同じように生きる事を選んだの?」
「そうだ。だから、最初から私は生きているし、あのゲームで負けた時も、予備で残しておいた私の権限により、私は死ななかった。私が死んでは、スーを現実に戻す事が永久に出来なくなるからな」
「予備で残すって、そんなデータみたいな言い方」
「私達は、データだろう? 私はあの世界より、この現実を生きると決めたのだ。スー、君はどうする?」
「…………突然、そんなこと、言われても……ていうか、嘘つかれてたから怒りたいんですけど」
彼から顔をそらしながら言う。
でも、私の頭の中は全く怒ってなんていなかった。
(私達はデータだろ? って、そんなお揃いみたいに言わないでよ!)
何故だか、そんな言葉に過剰反応してしまっていた。
このゲームのプレイヤーの中で、私達だけが異質。
共有の秘密を保持するプレイヤーなのだ。
別に彼の事を意識するようなことではなく、むしろこの状況をもっと掘り下げて話すべき筈なのは、私でも理解出来ている。
それでも思ってしまった。
少しでも、私を近い存在に思ってくれているのだろうか。
だとしたら、私の決意は固まる気がした。
顔が熱くなる。
茅場を見ると、彼は朗らかな笑みを浮かべていた。
(茅場、カッコいい……)
一歩、彼の方へ歩み寄る。
すると彼は私の頬をするりと撫でた。
「ここにいろ、スー。私と永遠の時を生きよう」
「ーーーーで、なんでベンヌのデータ捨てて新しく一新しちゃったの?」
ちらりと横目で、彼を見る。
「記念、とでも言っておこうか。付き合い始めの」
何やら晴れやかな顔をして出てきた言葉は、彼の口から出たとは思えないようなものだった。
思わず顔を顰める私にも、彼は気に留めない。
「胡散臭い」
「まぁ、これは半分冗談だが……万が一、誰かの記憶からベンヌのことが蘇るかはわからんからな。後は、けじめだろうな」
彼の言うけじめは、きっと現世との別れなのだろう。
このゲームの世界で生きる為、彼は自分の体を捨てた。
本当は記憶まで捨てたかったのかも知れない。
でも、私がいるから、外見だけに留めてくれたんじゃないだろうか。
(自惚れ過ぎだなぁ、私。茅場のせいで脳がもう……)
「……さらっと言わないでよね、さらっと」
「なにがだ?」
からかわれていると分かり、私は歩くスピードを上げた。
それでも、彼は私の隣を歩き続ける。
歩幅の違いもあるが、追いかけてきてくれることに嬉しさを感じてしまう辺り、私は相当彼にやられている。
(せめて、自覚してるだけでもマシだと思おう)
「でも、珍しい種族にしたね。音楽妖精族(プーカ)の人って、見たことなかった」
茅場やヒースクリフとは、似ても似つかない爽やかな男性姿に、思わず彼を凝視してしまう。
だが、それは私だけではなかった。
周りの女性プレイヤー達も、茅場の姿に見惚れていた。
「しかもその容姿、アインクラッドで男装してた時の私に似てるし」
「あぁ、そうさせてもらった。どうだ? 似合うだろう?」
黒髪だった私と違い、プーカの特徴なのか、色素の薄い髪に、薄紫の様な装備は優雅で儚げな印象がある。
「あんまり強そうには見えないよね。イケメンだけど」
「前の自分の容姿を褒めている様にしか聞こえないが?」
「おっしゃる通りなので」
そのまま、私達は歩きながら街を出て、近場の森へ向かっていた。
茅場が、自身の戦闘スタイルを見せてくれるらしい。
彼曰く、その方が私と連携が取りやすくなるのだとか。
「あの辺の雑魚でいいんじゃない?」
「そうだな。では、スー。君が戦ってくれ」
「は? 茅場じゃないの?」
「今はライトと呼んでくれ。名前を変更した意味がない」
そう、彼は名前も一新した。
Light Outstanding、それが今の彼の名だ。
長い上に英語表記にする辺りが、徹底的して自分の存在を隠すつもりなのだと分かる。
「キリトも知ってるし、彼とかうっかり本命バラしちゃいそうだけど?」
「私もそれを気にしている。ともかく、君が戦ってくれ。私が援護する」
(援護? 支援攻撃が何か? ってことは、茅場は魔法型にするってこと?)
頭上に多く疑問が浮かんだが、とにかく彼の言う通り動くことにした。
私が剣を構えると、彼は私の隣で担いでいた長柄武器を取り出す。
ハルバードという、敵に攻撃する部分に斧と槍が引っ付いている武器だ。
だが彼は、その武器に短い呪文を唱える。
すると、その武器が光を放ち、姿を変えた。
「それ、チェロ…………?」
森の中に響き渡る低く、澄み渡る音。
穏やかに、けれど大きく広がる音は、安心感の様なものを私に与えてくれた。
「コントラバスだ。とりあえず、初歩的な魔法をかけよう」
そう言って彼が音を奏でると、私のパラメーターが光り、攻撃力が一定時間上昇する支援魔法がかけられたことがわかる。
「リーファが使える支援魔法と同じなの?」
「いや、重複しない。プーカ独自の魔法の為、重ね掛けすることで、より攻撃力を引き上げることが出来るだろう。種族自体が少なく、極めている者もいないだろうから、どれだけ上がるかなどの数値的情報はないが……」
彼の言葉を聞かず、普通に敵を攻撃してみた。
案の定、モンスターはいとも容易く倒せた。
「ボス戦とかで、重宝しそうな力だね」
「そうでもない。私がいれば、スーのスキル上げも少しは自由になるはずだ」
「なんで?」
「命中率上昇アビリティがあるんだ、プーカには。私がいる戦闘に限るが、君はその分を攻撃力や技を覚える方にスキルを回せる。いつも、命中率を最低限しか上げていなかっただろう?」
「……私の為に、プーカになってくれたの?」
もちろん、あまりなり手がいないということも魅力だった。
そう彼は言ったが、それでも顔が熱くなった。
(なーんか、嬉しいなぁ)
彼の容姿は変わっても、彼自身は何も変わらない。
「短所というと、演奏している間しか効果が持続しないことと、その間自身は防御も攻撃も不能なため敵から攻撃を受けると避けられないことだな」
使いようによっては、ハイリスクでハイリターンだと彼は新しい力に興味津々のようだ。
今は色んな理由があって、今の茅場になった。
その中に、私が理由に含まれている。
それはとても、私の心を動かした。
嬉しいと思った。
そして、それを彼に伝えたいとも思った。
「ありがとう、茅場」
「ライトだと言っただろう? それでは、私の正体が一般市民にバレる」
「二人の時ぐらい、いいじゃん」
「いつ何時、何が起こるかわからないぞ」
「……まぁ、いいや。これからも、よろしく」
彼の前に差し出した右手を、彼は笑いながら握ってくれた。
「男らしいな、スー」
「まぁね! じゃ、行こう。街のレストランで、キリト達と待ち合わせなんだよね」
「あぁ、行こう」
「スー! ライトー! こっちだこっちー!」
キリトの呼ぶ声に、私達は笑い合って向かう。
真っ青な空から溢れる太陽に光も偽物だけど、それでも確かに感じる。
ここで、私と彼は生きていく。
これまでも、これからも。
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