フェアリィ・ダンス編
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
喫茶店を出て、キリトと別れようとすると彼に片手を掴まれた。
「なに?」
「…………やっぱり、帰るなよ」
渋々、何とか搾り出されたかのような彼の声は、思ったよりも弱弱しいものだった。
「え、なに? さっきまで、帰ってもいいって話だったじゃない。何の心境の変化よ?」
「だめだ」
突如、わがままキリト降臨である。
「いや、帰るってば!」
「だめだ。離さない」
そこからは、互いに譲らない攻防戦の始まり。
私はキリトに掴まれた手を離そうと彼の手をどうにかして動かそうとする。
一方、キリトは私を離すものかとギリギリと締め付けつつ、彼の手を離そうとする私のもう片方の手を邪魔する。
「離せ!」「だめだ!」「はーなーせー!」「だーめーだーっ!」
この二つの単語が、街中に響き渡るほど叫びあう私たち。
しばらく攻防戦をして疲れた私は、力を抜いた。
「わかったわかった、もう帰らない。だから離せ」
「いやだ。お前、すぐ嘘つくだろ」
「キリトに言われたくないんだけどっ!? とにかく、帰らないってば」
「…………本当か?」
「そんなに帰らないでなんて言われたら、ねぇ……」
私がニヤリと笑いながらそういうと、彼は慌てて手を離す。
その顔は、真っ赤だ。
「顔赤いよ〜?」
ニタニタとしながら私が言うと、彼は私の頭を掴み下に無理やり向ける。
「いたたたたっ! ちょっと、痛いってば!」
「煩い。ちょっと下向いてろ」
この頭を離されたら、全速力で彼から逃げようと心中で考えながら、彼が頭を離すのを待った。
すると、頭上からキリトじゃない人の声が聞こえてきて、私は彼の手を押しのけてその人を見た。
「ベンヌ…………」
「出来たぞ、スー」
それだけで、全ての出来事は終わるとわかった。
彼の差し伸べる手を、私は自然ととるが、もちろんキリトはそれを良しとしない。
三人仲良く手を繋いで、まるで試合前の円陣を組んだ人たちのようだ。
「————では、行くぞ」
しかし、ベンヌはそんなこと気にせず、私とキリトも一緒に一瞬でその場から姿を消した。
瞬間的に違う場所に移動したとわかったのは、街にいたはずの景色が、ピカピカと光るグニャリと歪んだ景色に変わったからだ。
絵の具を混ぜて色をぐちゃぐちゃにしたようなこの場所は、おそらくゲームの世界ではない。
「なんだ、ここ……」
キリトが呟いた声は、自然とエコーがかかる。
果てしない空間に、私たち以外何もないのだとわかる。
「ここで、スーのデータを戻す」
何をどうするのか、詳しくは説明を聞いてもさっぱりわからなかったが、私の世界に戻して実体化させるためのプログラムがあるらしい。
世の中、何でもできる世界だった。
ゲームの中に入り込めたりして、本当に色々あった。
考えてみれば、一瞬でここまで来たかのように思えるほど、大変だった出来事が走馬灯のように、私の脳内で流れていく。
「……そういえば、ベンヌってこれからどうするの? ALOの世界で生きていくの?」
彼がなにやら、プログラムを読み込み始めたので、問いかけると彼は淡々と答えた。
「私は、スーが元の世界に戻れるようにと作られた。元の世界に戻せば、私の役割は終わる」
彼の言う言葉の意味がわかっても、私は聞いてしまった。
「それって、私が帰ったら消えるってこと……?」
一瞬で血の気が引いていく私を目の前にして、彼は苦笑して「そうだ」と頷く。
「スーが帰らない限り、私はスーが元の世界に戻る為の方法を探し続ける。そういうプログラムだ」
黙って私を見つめるキリトと、ベンヌ。
私は、下を向いてしまった。
わかっている。
この言葉に惑わされることなく、帰ることが正解だと。
でも、そうすると私は電子データとはいえ、「ベンヌを見殺しにした人」となる。
それは、誰が許しても私が許せない。
ベンヌは茅場で、ヒースクリフで、ベンヌだ。
私をSAO、ALOの世界へ引きずり込んだ元凶であり、私がこの世界で生きていくために手助けしてくれたのが、彼だ。
憎むべき相手であり、一番の恩人になる厄介な人。
その上、私が元の世界に帰ったら死ぬなんていう。
もう、茅場は死んでいる。
茅場に作られた、SAOでのギルドマスターだったベンヌも、私とキリトで倒してしまった。
私の目の前にいるのは、茅場でも、ヒースクリフでも、SAOの時のベンヌでもない。
そんなことはわかっている。
でも、少なくともALOの世界で一緒にいてくれたのは、私が元の世界に帰れるよう尽力してくれたのはベンヌで、それがデータ上仕組まれていたことであっても、恩を感じるのは仕方がない。
SAOにいたとき、ベンヌの気持ちを知っていて、それでも私は彼がデータだからと拒絶した。
でも、今ではそれが出来ない心境になってしまっていた。
帰るのが正しい、それはわかっている。
でも、私は————
「スー、帰るなよ」
キリトに、手を握られる。
またか、と思ってもそれを突き放せない。
茅場は、ベンヌはどう思っているんだろう。
「…………」
私は黙ったまま、動けなくなった。
ベンヌの言葉がほしい。
それさえ聞ければ、彼の本心が聞ければ私は動けるのに。
そう思うと、フッと彼が小さく笑うのが聞こえた。
「スー、帰りたくないなら、もうしばらくだけ居ればいい」
「ベンヌは?」
貴方は、どう思っているの。
彼は、苦笑する。
「私はプログラムだ。スーが帰れるように尽力するための」
答えになっていない、けれどそれが彼の答え。
(プログラムだから、感情はない……)
私だけだったのかと思う。
私だけが、茅場と、ヒースクリフと、ベンヌと過ごした期間を少なからず楽しかったと、幸せだったと思っていたのは、私だけだったのか。
SAOにいた時のベンヌは、いなくなる前に、確かに言ったんだ。
「楽しかった」と、そういってくれた。
でも、今のベンヌはそんなことを思ってはくれなかったのだろうか。
そう思うと、とても悲しかった。
悔しかった。
彼に、そう思ってもらえるだけの価値が、私にはなかったのかと。
何だか、泣きそうになる。
「スー、どうする?」
キリトは、黙ったまま私の答えを待つ。
ベンヌも、同じだ。
でも、答えを口に出して言えるほど、私の決心は固くない。
グラグラに揺れている。
みっともない。穴があれば入りたいぐらいの気分だ。
「なぁ、ベンヌ…………いや、茅場。スーは今すぐ帰らなくても、いつでも帰れるんだよな?」
「ベンヌで構わない、キリト君。茅場はもう、死んだから。君の言うとおり、いつでも帰らせることができる」
彼の言葉を聞き、キリトは私の手を強く握った。
「ならスー、お前せめてシリカ達にも挨拶してから帰れよ。ずっと会いたがってたんだ、それまで帰るのは保留にしてもいいんじゃないか?」
キリトは、私にそう問いかける。
悩んでいた私に、甘い答えをくれる。
これで、私の決心は先送りに出来る。
もうしばらくだけ、先送りに出来る。
「…………わかった。でも、キリト。皆には私から説明するから、キリトからは何も言わないで」
私がそういうと、彼はしっかりと頷いて「わかった」と言ってくれた。
(ごめん、キリト。甘えちゃって、ごめん)
「ベンヌも、私が決めたから。もうしばらく、帰るのは待って」
「スーがそう言うのなら、いいだろう」
小さく笑うベンヌの真意がわからなくて、私はまた揺らぐ。
その笑いが、私が帰らない駄々っ子のようで笑っているのか、少しは私がまだいることに対して安堵して笑っているのか。
出来れば、後者であってほしいと願う。
でも、キリトのほっとした顔を見て、ベンヌの顔を見て、思う。
私は、答えを実は決めているのではないかと。
でも、今はまだ言えない。
色んな気持ちがあって、揺れやすい今のままでは、到底決心をすることもできないだろう。
彼の、プログラムとしてではなく、ベンヌの本心が聞ける日があれば、私は決心することができるのだろうか。
(もうしばらく…………答えを、探す為の時間を)
とりあえず、私たちはALOの世界へと戻る。
心の奥にある、自分の思う答えに蓋をして、私は、もう少しこの世界で過ごす。
グラグラと揺らいでばかりの思いが固まった時、きっと私は決心できるだろう。
それが出来るまで、しばらくはこの世界にいる。
皆と、一緒に————。
次の話へ
第二十三話「閑話」
「なに?」
「…………やっぱり、帰るなよ」
渋々、何とか搾り出されたかのような彼の声は、思ったよりも弱弱しいものだった。
「え、なに? さっきまで、帰ってもいいって話だったじゃない。何の心境の変化よ?」
「だめだ」
突如、わがままキリト降臨である。
「いや、帰るってば!」
「だめだ。離さない」
そこからは、互いに譲らない攻防戦の始まり。
私はキリトに掴まれた手を離そうと彼の手をどうにかして動かそうとする。
一方、キリトは私を離すものかとギリギリと締め付けつつ、彼の手を離そうとする私のもう片方の手を邪魔する。
「離せ!」「だめだ!」「はーなーせー!」「だーめーだーっ!」
この二つの単語が、街中に響き渡るほど叫びあう私たち。
しばらく攻防戦をして疲れた私は、力を抜いた。
「わかったわかった、もう帰らない。だから離せ」
「いやだ。お前、すぐ嘘つくだろ」
「キリトに言われたくないんだけどっ!? とにかく、帰らないってば」
「…………本当か?」
「そんなに帰らないでなんて言われたら、ねぇ……」
私がニヤリと笑いながらそういうと、彼は慌てて手を離す。
その顔は、真っ赤だ。
「顔赤いよ〜?」
ニタニタとしながら私が言うと、彼は私の頭を掴み下に無理やり向ける。
「いたたたたっ! ちょっと、痛いってば!」
「煩い。ちょっと下向いてろ」
この頭を離されたら、全速力で彼から逃げようと心中で考えながら、彼が頭を離すのを待った。
すると、頭上からキリトじゃない人の声が聞こえてきて、私は彼の手を押しのけてその人を見た。
「ベンヌ…………」
「出来たぞ、スー」
それだけで、全ての出来事は終わるとわかった。
彼の差し伸べる手を、私は自然ととるが、もちろんキリトはそれを良しとしない。
三人仲良く手を繋いで、まるで試合前の円陣を組んだ人たちのようだ。
「————では、行くぞ」
しかし、ベンヌはそんなこと気にせず、私とキリトも一緒に一瞬でその場から姿を消した。
瞬間的に違う場所に移動したとわかったのは、街にいたはずの景色が、ピカピカと光るグニャリと歪んだ景色に変わったからだ。
絵の具を混ぜて色をぐちゃぐちゃにしたようなこの場所は、おそらくゲームの世界ではない。
「なんだ、ここ……」
キリトが呟いた声は、自然とエコーがかかる。
果てしない空間に、私たち以外何もないのだとわかる。
「ここで、スーのデータを戻す」
何をどうするのか、詳しくは説明を聞いてもさっぱりわからなかったが、私の世界に戻して実体化させるためのプログラムがあるらしい。
世の中、何でもできる世界だった。
ゲームの中に入り込めたりして、本当に色々あった。
考えてみれば、一瞬でここまで来たかのように思えるほど、大変だった出来事が走馬灯のように、私の脳内で流れていく。
「……そういえば、ベンヌってこれからどうするの? ALOの世界で生きていくの?」
彼がなにやら、プログラムを読み込み始めたので、問いかけると彼は淡々と答えた。
「私は、スーが元の世界に戻れるようにと作られた。元の世界に戻せば、私の役割は終わる」
彼の言う言葉の意味がわかっても、私は聞いてしまった。
「それって、私が帰ったら消えるってこと……?」
一瞬で血の気が引いていく私を目の前にして、彼は苦笑して「そうだ」と頷く。
「スーが帰らない限り、私はスーが元の世界に戻る為の方法を探し続ける。そういうプログラムだ」
黙って私を見つめるキリトと、ベンヌ。
私は、下を向いてしまった。
わかっている。
この言葉に惑わされることなく、帰ることが正解だと。
でも、そうすると私は電子データとはいえ、「ベンヌを見殺しにした人」となる。
それは、誰が許しても私が許せない。
ベンヌは茅場で、ヒースクリフで、ベンヌだ。
私をSAO、ALOの世界へ引きずり込んだ元凶であり、私がこの世界で生きていくために手助けしてくれたのが、彼だ。
憎むべき相手であり、一番の恩人になる厄介な人。
その上、私が元の世界に帰ったら死ぬなんていう。
もう、茅場は死んでいる。
茅場に作られた、SAOでのギルドマスターだったベンヌも、私とキリトで倒してしまった。
私の目の前にいるのは、茅場でも、ヒースクリフでも、SAOの時のベンヌでもない。
そんなことはわかっている。
でも、少なくともALOの世界で一緒にいてくれたのは、私が元の世界に帰れるよう尽力してくれたのはベンヌで、それがデータ上仕組まれていたことであっても、恩を感じるのは仕方がない。
SAOにいたとき、ベンヌの気持ちを知っていて、それでも私は彼がデータだからと拒絶した。
でも、今ではそれが出来ない心境になってしまっていた。
帰るのが正しい、それはわかっている。
でも、私は————
「スー、帰るなよ」
キリトに、手を握られる。
またか、と思ってもそれを突き放せない。
茅場は、ベンヌはどう思っているんだろう。
「…………」
私は黙ったまま、動けなくなった。
ベンヌの言葉がほしい。
それさえ聞ければ、彼の本心が聞ければ私は動けるのに。
そう思うと、フッと彼が小さく笑うのが聞こえた。
「スー、帰りたくないなら、もうしばらくだけ居ればいい」
「ベンヌは?」
貴方は、どう思っているの。
彼は、苦笑する。
「私はプログラムだ。スーが帰れるように尽力するための」
答えになっていない、けれどそれが彼の答え。
(プログラムだから、感情はない……)
私だけだったのかと思う。
私だけが、茅場と、ヒースクリフと、ベンヌと過ごした期間を少なからず楽しかったと、幸せだったと思っていたのは、私だけだったのか。
SAOにいた時のベンヌは、いなくなる前に、確かに言ったんだ。
「楽しかった」と、そういってくれた。
でも、今のベンヌはそんなことを思ってはくれなかったのだろうか。
そう思うと、とても悲しかった。
悔しかった。
彼に、そう思ってもらえるだけの価値が、私にはなかったのかと。
何だか、泣きそうになる。
「スー、どうする?」
キリトは、黙ったまま私の答えを待つ。
ベンヌも、同じだ。
でも、答えを口に出して言えるほど、私の決心は固くない。
グラグラに揺れている。
みっともない。穴があれば入りたいぐらいの気分だ。
「なぁ、ベンヌ…………いや、茅場。スーは今すぐ帰らなくても、いつでも帰れるんだよな?」
「ベンヌで構わない、キリト君。茅場はもう、死んだから。君の言うとおり、いつでも帰らせることができる」
彼の言葉を聞き、キリトは私の手を強く握った。
「ならスー、お前せめてシリカ達にも挨拶してから帰れよ。ずっと会いたがってたんだ、それまで帰るのは保留にしてもいいんじゃないか?」
キリトは、私にそう問いかける。
悩んでいた私に、甘い答えをくれる。
これで、私の決心は先送りに出来る。
もうしばらくだけ、先送りに出来る。
「…………わかった。でも、キリト。皆には私から説明するから、キリトからは何も言わないで」
私がそういうと、彼はしっかりと頷いて「わかった」と言ってくれた。
(ごめん、キリト。甘えちゃって、ごめん)
「ベンヌも、私が決めたから。もうしばらく、帰るのは待って」
「スーがそう言うのなら、いいだろう」
小さく笑うベンヌの真意がわからなくて、私はまた揺らぐ。
その笑いが、私が帰らない駄々っ子のようで笑っているのか、少しは私がまだいることに対して安堵して笑っているのか。
出来れば、後者であってほしいと願う。
でも、キリトのほっとした顔を見て、ベンヌの顔を見て、思う。
私は、答えを実は決めているのではないかと。
でも、今はまだ言えない。
色んな気持ちがあって、揺れやすい今のままでは、到底決心をすることもできないだろう。
彼の、プログラムとしてではなく、ベンヌの本心が聞ける日があれば、私は決心することができるのだろうか。
(もうしばらく…………答えを、探す為の時間を)
とりあえず、私たちはALOの世界へと戻る。
心の奥にある、自分の思う答えに蓋をして、私は、もう少しこの世界で過ごす。
グラグラと揺らいでばかりの思いが固まった時、きっと私は決心できるだろう。
それが出来るまで、しばらくはこの世界にいる。
皆と、一緒に————。
次の話へ
第二十三話「閑話」
10/10ページ