tkrvで吸血鬼パロ

どこかの土管から出てきたような、真っ赤に白い斑点模様の口の開いたお花。
時間が分からないような、真っ赤な空に赤い月。
赤々として見えるこの場所は、果たして日本なのか。
私は、いつから美術館に入ってしまったのか。
踏みしめる草木の湿った音も、微かに臭ってくるドブの腐敗した臭いも、五感で感じ取れる何もかもが私の不安を煽っていた。

「────ていうか、ここどこよ……」

私は今朝普通に起きたはずだったが、まだ夢の中なのか。
いやでも朝ご飯はちゃんとパンとヨーグルトを食べたはず。と自分の記憶と照らし合わせていこうとするが、それ以上思い出せない。
とにかく、夢であろうとなかろうと映える草木の感じからしてここは山の中のような場所だろうか。
どこにいけばいいのか分からない場合、下手に動かない方が良いのは分かっていたのだが、如何せん口のついた花が私の方へ向かってパクパクと口を動かして来ていたので、逃げるしかなかった。
それはもう脱兎の如く。

(ゲームじゃないんだから! 赤い帽子のおっちゃんみたいに、こっちは飛んだり走ったりは得意じゃないのに!!)

花が歩けることもびっくりだが、花に口がついていて食べようとして来られるのにもびっくりだ。
花から逃げるのに必死で、気づけばさらに森の深くまで来てしまったような気がする。
いい加減、こんなところから抜け出したい。
そう思っていると、目の前の木と木の間、遠くの方に人影が見えた。

「あ、あのーっ!!!」

大声で叫んでみるが、やはりかなりの距離があるようで声は届かない。
私は走り出した。
小枝や草が、走る途中で手や顔を引っ掻いていくけれど、そんなことを気にしている場合でもない。

(視力良くて良かった!)

さっさとここから抜け出せれば、もう何でも良かった。
向こうも、私が大きな音を立てながら来ていたため気付いたのだろう。
立ち止まり、こちらを凝視している。

「あ、クマとかじゃないです! 人間なんですけど! あの、ここどこですか!? 私、家に帰りたくて────」

ここから出る道順を教えて欲しい、という言葉までいうことが出来なかった。
向こうから近づいてきてくれて、ちゃんと人間の姿だなって私がちょっと安心して足を止めると、その人は私の腕をガシッと掴み嬉しそうに笑った。

「まじ!? 助かったー! これで俺マイキーくんに殺されずに済む!」

嬉しい気持ちなのは、私のはずだった。
こんな得体の知れない場所でようやく出会えた人だ。
だが、何故か彼の方が嬉しそうに笑って私を引っ張っていく。
しかも今、物騒な言葉が聞こえた。

「いやーしかし、良い匂いしてますねー」

いい仕事してますねー、みたいなふうに言われてもセクハラにしか聞こえない。

「はぁ、そうですか……あの、今って道路かどこかに向かっているんですよね?」

ずんずんと進んでいく彼の足取りは、この森の勝手を知っているように軽い。
けれど、逆にそれが私の不安を増長させていく。
だってここは、得体の知れない森。
普通ではありえない場所、その場所を当然のように嬉しそうに私を掴み進んでいく見知らぬ人。

「そうっすね、向かってます」
「どこに」
「家っす。とりあえず」
「私……自分の家に帰りたいんですけど」
「うーんそれはこまr…………えっと、でも怪我してるじゃないすか。それ、治してからの方がいいですよきっと。ね?」

(今困るって言った)

「私を、お花に食べさせるとか、そういうのじゃないですよね」

殺されずに済む、そんな物騒なワードが飛び出てくるような相手が、彼の向かう家とやらにいてもおかしくない。

「いやいや、確かに良い匂いはしてるんで危ないですけど、お花に食べさせたりそんな勿体無いことはしないですよ」

彼の言葉を聞いた瞬間、私は彼の進む方向とは逆に向かって走り出そうとした。
が、彼もそれを逃すまいと反対に引っ張ろうとする。
歩いていた足はお互いに止まり、急に綱引きのように互いが互いを引っ張り合う。

「ど、どーしたんすか突然!? 危ないですよ!」
「危ないのはアンタでしょ!? 危ないって分かってる家に私を連れて行こうとするなんてどうかしてる!!」
「いやいや危なくないっす。全然チットモ、マッタク」
「信じられるか! 大体、名前も知らない初対面の相手に急に嬉しそうに掴まれて運ばれるとか、誘拐か……まさか、臓器移植のドナーに!?」
「海外ドラマの刑事もの見過ぎっすよそれ! とにかく落ち着いてくださいよ!」
「いーやーだー!!」
「あーもー! あ、そうだ俺のことを知らないんですよね?! 俺、タケミチっす! はい、名乗った!」
「名乗ったらいいって問題じゃないわよ!」

問答を続けていたが、やはり男性の方が力が強い。
徐々に、引っ張られていく。
彼の進みたい方向へ進んでいってしまっている。

「こんな怪しい場所で、危険だってわかる場所に連れて行かれて殺されるなんてまっぴらよ! 離してくださいっ!」
「ほ、本当に! 絶対とは言えないけど死なないっすよ!」
「絶対死なない自分の家に帰りたいのよ私は!」
「いやいや、人間界に帰るにもどっちにしろこの森にいたんじゃ帰れないんで」
「…………………」

彼は、今なんて言ったんだろうか。

「ここ、どこ……」


力の抜けてしまった私を、俵のように抱え込んだタケミチはホッとしたのか「は?」と当たり前のようにして言った。

「ここは吸血鬼の世界っすよ。俺ら、吸血鬼の住処」

(怪しい、変だとは思っていた……美術館の展覧会だとしても、結構な作り込み具合だと…それがまさかの)

現実じゃない。
現状を受け入れられず、頭がパニックになって呆然としている私を彼はえっほ、えっほと軽々小走りで運んでいくのだった。






「まじか、タケミっち。まじで森で人間見つけてきちゃったの?」
「はいっす! なんで俺、これからヒナに会いに行ってきますね!」

リア充爆発しろ、そんな周囲の野次にも彼は嬉しそうに頬を緩ませて、この場から退散しようとする。
その彼のズボンを私は思い切り引っ張った。

「ちょ!? ズボン脱げる!!」
「お、公開ストリップかタケミっち」
「ちょっとアンタ待ちなさいよなんで私をこんな悪魔の巣窟みたいなところで放置して逃げようとしてるのよ!」

矢継ぎ早にそういえば、彼はさらにデレっと顔を緩ませた。

「惚れてくれるのは嬉しいけど、俺にはヒナっていう心に決め「誰が惚れたなんて言ったのよ勘違いしないで。私はここに連れてきたのはアンタなんだから、私の安全を保障しろっつってんのよばか!!」」

とんだ勘違いだ。
だが、彼はヘラヘラとまるで当てになる気がしない。

「大丈夫大丈夫、俺の仕事ここで終わりっすから」
「そんなこと言ってんじゃないわよ! あ、こらっ!!」

彼はするりと私が掴んでいた手から逃げて、何処かへ行ってしまった。

「さて────────、話は終わったかな?」

大きな屋敷に連れてこられ、通された大広間。
ラグジュアリーな赤いソファに、金の装飾が施されており部屋の中は重厚感がある。
さらに屋敷の壁が汚れていて、天井から蜘蛛の巣がたくさん見えることからホラーハウスとしては百点満点の迫力だろう。
そんな場所に、違和感なく私の正面に座っている男。

「自己紹介、しとこっか。俺、マイキー。こっちはケンチン」
「ドラケンだ」

他にも、周囲にいる男たちが次々名乗っていく。

「アンタは?」

マイキーという男にまっすぐ見つめられ、生唾を思わず飲み込む。

「…………」
「名乗りたくねぇの? んじゃ、まぁいいや」

彼は、そう言ってボリボリと頭を掻いた手をそのままソファの後ろに持っていったかと思うと、次の瞬間私の座るソファが真っ二つになっていた。
思わず立ち上がろうとしてよろけた私は、近くにいたドラケンという男にぶつかる。

「なっ……はぁ!?」

マイキーは、ソファの上に立ち頭を掻いていた手には彼の身長と同じぐらいの大きさの包丁を持っている。

「あれ? 手元狂っちゃった。ごめんごめん、動かないで。ちゃんと仕留めて血抜きするから」




血抜き。



おろそしい単語のパワーワードである。
昔買った料理本に、レバーの処理で食べやすい大きさに切って水につけて血抜きをするとあった。
その血抜き?
いやでも私を見て言ってたから、私をレバーのように血抜き。
手頃な大きさに切って、水につけられるのか。
とんでもないグロテスクである。

「美味そうな匂い……兄貴にあげる前に、一口俺も貰おうかな」

振り上げられた包丁は、もう目の前だ。
考え事している間に死ぬなんて、ちっとも笑えない。



「待てよ。そいつの血じゃ、目ェ覚めねぇかもしんねぇぞ」



誰かの声のおかげで、マイキーの振り下ろされた包丁がぴたりと止まる。
私は、とにかく今死ななかったことに安心して腰が抜けてしまった。
ぺたりと、その場に座り込む。



「どういうことだよ、ケンチン」
「お前の兄貴、人間を助けるために自分の血を使っただろ? で、俺ら全員で調べた時に出てきたこの本だけどよ……」

パラパラとページを捲っていき、そのうちの一文をドラケンは指差した。

「【血を失いし吸血鬼は、眠りにつく。目覚めには、最上級の人間の血が必要となる】だろ?」
「アイツ、美味そうな匂いしてるじゃん」
「あぁ、それは俺も思う。けどよ、最上級ってほど極上な感じするか?」





何をコソコソ話しているのか、呆然と今生きていることを実感していると、不意にマイキーとドラケンの視線が私の方へ向けられる。

「普通じゃね?」
「確かに、それほどってわけではないね」

容姿か? 容姿のこと言われてるのか?

(何あの二人めっちゃ失礼!!)




「で、だ……今、三ツ谷に調べてもらってたんだが、あったか?」

ドラケンの声に、三ツ谷は一冊の本をマイキーに渡した。

「【美味しい人間の育て方】? 何これ、もしかしてこれやんの?」
「今のままの血じゃ、目覚めないんならやるしかねぇだろ」
「確かに、じゃあ一回ちょっと血取って兄貴にあげてくる。ダメだったら、そうするしかねぇか」

マイキーは納得したのか。うんうん、と頷きながら腰を抜かした女のところへズカズカと大股で歩いた。



「ひっ……」
「あー、えっと…………」

がっ!と腕を掴まれ、恐怖に声が引き攣る。

「おいマイキー。お前近付いたら、女の血の匂い苦くなったぞ」

(私の、血の匂い…?)

「うん、俺もそれは思ったけど……とりあえず試したいから」

そう言って、彼は長い手の爪で私の手の甲をスッと撫でた。
爪が相当尖っていたのか、ピリッと一瞬だけの痛みとともにじわじわと赤い血が線になって手の甲から浮き出てくる。
それを小さな瓶に取ったマイキーは、何も言わずに何処かへ行ってしまった。

「え……あれ…………私、まだ生きてる……」

もはやいつ死んでもおかしくない状況だっただけに、安心はまだできないが死んでいない状況を飲み込むこともできない。

「もう殺したりしない。だから安心してくれ」

先ほどマイキーに三ツ谷と紹介された男が、彼に切られた手の甲をそっと持ち上げて、まだ血が滲み出ている部分にそっと舌を這わせた。

「ちょっ…………っ!?」
「普通よりは美味い。遥に。でも、匂いで感じていたより苦味がマシだったな」
「あ、ずりーぞ三ツ谷! テメェ勝手に味見しやがって!」

三ツ谷に舌を這わされた手の甲が、今もジンジンとしている。
一瞬、沁みたのかと思ったが、じわじわとそこが熱を持っていく。

(気持ちよかったとか…………私、そんな変態だったっけ……ショックだ)

こんな危機的状況にも関わらず、気持ちいいと思ってしまうとは、しかも手の甲を舐められただけで。
異常な自分を知ってしまい、かなりショックだ。

「立てるか?」

スッと、私の腰に手を入れて立たせてくれたのはドラケンと呼ばれる男だ。

「あ、ありがとう。ドラケンさん」
「あ? ドラケンでいいよ。さん付けとか、されたことねぇからな」

変わったヘアスタイルに、こめかみから天へ駆け上がる龍の刺青のせいで、とんでもないヤクザな吸血鬼かと思ったが、にかっと笑う姿は好青年のように見えて、少しほっとした。

「お、また香りが変わったな……人間って不思議だな」

そう言い、ドラケンは私の腰を掴んだまま鼻を近づけて匂いを嗅ごうとした。

「ちょ、やめてください! 体臭嗅ごうとするなんて変態ですよ!?」
「はぁ!? ただの実験だろうが!」

彼の手から離れ、私はぐるりと周りを見渡した。

どう考えても、不良かヤクザの集団にしか見えない吸血鬼たち。
だが、タケミチがここに来るときに言っていた。

『────────人間界に帰るにもどっちにしろこの森にいたんじゃ帰れないんで』

それはつまり、この家なら人間界に帰る方法があるかもしれない。ということだ。
全員を威嚇するつもりで、思い切り彼らを睨む。
私と目が合った彼らは、睨んでくる可愛げのない私を見てニヤリと口角を上げた。

(殺されない間に、なんとかして人間界に帰る道を探してみせる……!)
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