ジータは新しいジョブ審神者を取得しました。

 「しっかし、おまんにゃあっぽろけじゃ!」
 「あ……アッポロ?」
 「あーきーれーたーっちゅう意味じゃ」
 「あ、はは」
 ジータの隣を歩く訛りのある話し方をするのは、審神者見習いとして本丸に就任し、初期刀として選ばれた刀剣男士、陸奥守吉行だ。ひどく憤慨しているのは、彼が顕現してすぐにジータが自分の仲間になるか自由の身となるか、それを陸奥守吉行に選択させたからだ。
 選択を迫られた陸奥守吉行は面を食らったが、せっかく自由を与えてもらえるなら世界を旅するのも面白そうだ、と解放を望んだ。旅を選んだ陸奥守吉行にジータは自分も旅をしていること、今までの冒険譚などをかい摘んで彼に話した。別世界から来たジータの話は空想では追いつけないほどの突拍子もない話ばかりで、けれど話をするジータ本人はとても楽しそうで、陸奥守吉行はそこに惹かれた。
 ジータはシェロカルテの依頼で新しいジョブ『審神者』を取得し、見習い審神者として本丸へ就任することとなった。つまり依頼が終われば自分の旅へ戻るのだ。陸奥守吉行は依頼が終わったら自分もその旅に加えてもらうことを条件に、今回の依頼での本丸就任にも力を貸すことを約束した。

 「普通はそがな選択を迫らん。ちゅうか、わしらに選択の余地なんぞないろう」
 「んー、私は本来の審神者として着任するわけじゃなくて、依頼が終わったら自分の旅に戻るから。そんな私に力を貸すも貸さないも、強制は出来ないなーって」
 顕現された刀剣男子たちは、顕現された時点で現代の知識を得る。今までの国内の歴史はもちろん、現代の情勢、自分たちの存在意義、人の身を得ていながら刀の時と同様人間に仕えるという状況を理解したうえで顕現させられる。陸奥守吉行の言う普通は、顕現したときに埋め込まれる知識から来ている。
 ジータはシェロカルテからの依頼で、昨今の審神者減少の原因を突き止めるために異世界へ派遣された。調査のために世界を渡って来ただけで仲間を作るためではない。世界を渡るには一人分の空間しかないとして、一日に一人騎空団から仲間を呼び寄せることも出来る。

 「でも、確かに勝手だったね。勝手に呼び出して勝手に選択を突きつけて。私も同じようなことされて怒ったのに。結局同じことしてる」
 「?」
 ジータは真っすぐ前を向きながら愚痴を零す様に呟いた。陸奥守吉行は話す内容を聞き取れたが何のことかわからず眉をひそめた。
 「私、双子の兄がいるんだ。グランっていうんだけど、グランが先に旅に出るって言いだしたんだけど、私に旅に着いてくるか残るか突然聞いて来たの」
 双子でいつも一緒だった片割れが、勝手に少女を守って死に、勝手に魂を共有して、勝手に旅に出ることを決めた。きっと立場が逆だったならジータも同じ行動を取っただろう。けれどジータにとって旅に出るグランを見送って自分だけ残るなんて考えられなかった。いつも一緒にいて生まれた時からずっと一緒に育ってきたのに、その時からお互いの気持ちや考えがずれていくように感じた。
 「私がいなきゃ何にも出来ないくせに。生意気なんだから!」
 ジータは笑って茶化したが、それはジータの本音だった。旅に出るのが嫌だったのではない。けれど複雑な感情がジータの中で溢れ、それを全て飲みこんで今まで押し通してきた。それは半身の喪失感か、特異点という立場への嫉妬か、自身の存在意義の不安か、未だにわからない。一度死んだグランをどこか別人のように感じることもある。一度死んだ人間は人間足りえるのか。自分が置いて行かれたのか、自分だけが進んでいるのかわからない。

 「勝手気ままも人間ん特権じゃ」
 そう言いながら陸奥守吉行はジータの夕日に透ける金髪をくしゃくしゃと撫ぜた。ジータは「わ! わ! 止めてー!」と陸奥守吉行の手を払いのけた。陸奥守吉行は払われた手をジータへ真っすぐ差し出した。
 「わしらぁでこれからを、楽しむぜよ!」
 「うん、よろしく!」
 差し出された手をジータはしっかりと握った。
 元々うじうじと悩むタイプでもない。結局は自分の気持ちを整理するのは自分だ。すぐに解決するものでもない。それなら気持ちを切り替えて、今目の前にあることに取り組むこと。それを楽しめるなら尚良い。
 ジータは新しいジョブ審神者を取得し、新しい仲間陸奥守吉行を迎えた。異世界での単身初任務の初日が開始された。



 本丸で待っていたこんのすけにあらかた敷地内を案内してもらったジータと陸奥守吉行は初鍛刀を試しに行ってみた。必要な資源とジータの魔力を合わせ、陸奥守吉行にも手伝ってもらう。
 「そうだ、こんのすけさん」
 「どうぞ、こんのすけとお呼びください」
 「じゃあ、こんのすけ! 仲間を一日に一人まで呼べるって聞いたんだけど、手配してくれないかな?」
 「お任せください」
 ジータは呼び出したい騎空団の団員をこんのすけに伝え、鍛刀の出来を陸奥守吉行と待つことになった。

 「仲間って、おんしの旅の仲間ってこらぁ?」
 「うん、そうだよ。世界が違うから手続きの関係上一日に一人しか行き来出来ないみたい」
 「何人くらいおるんじゃ?」
 「ええ? 何人だろ……」
 ジータはおもむろに両手を使って数え始めた。が、いくら待っても数え終わらないので「もうええわ」と陸奥守吉行は手をひらひらと振って数えるのを制止した。

 「というか、その『おんし』って呼ぶの止めてくれないかな?」
 ジータは頬を膨らませて陸奥守吉行を指さした。
 「何でじゃ?」
 指された指を掴んで陸奥守吉行はジータの手を下ろした。
 「いや、普通に名前で呼んで欲しいなって」
 「へちこそわしの名前を呼きよ」
 「……」
 「……」
 二人はしばらく黙っていたが、同時に口を開いた。
 「自居田(じいた)」
 「ムツノカミヨシユキ」
「……」
 「……」
 「なんじゃ、その発音!」
 「そっちこそ可笑しいよ!」
 二人は声を上げて笑った。お互い聞きなれない名前のためどう発音して良いか悩んでいたのだ。
 「ムツノカミヨシユキってフルネームなの?」
 「まあ、ほがなもんかぇ」
 「皆にはなんて呼ばれてるの?」
 「んーそやにゃあ、普通に『陸奥ー』『吉行ー』らぁ、っちゅう感じじゃ!」
 「うん、陸奥。陸奥、かぁ。私も陸奥って呼んでもいいかな?」
 「おぉ、えいよ」

 「じゃあ、ボクは『乱ちゃん』って呼んでいいよ」
 「おん?」
 「わあ! え、何処から!?」
 背後から急に声を掛けられジータは身体を跳ね上げて振り返った。片や陸奥は驚くこともなく「おう、来たんかー」と手を振ってあいさつした。
 「はじめまして! 乱藤四郎だよ」
 顕現されたのは短刀の乱藤四郎だった。ふわりとスカートをなびかせてぺこりとお辞儀して見せた。
 「初めまして! 審神者になったジータです!」
 慌ててジータも頭を下げる。

 「ふふ。あるじさん、ボクとお揃いの金髪だー」
 乱は帽子を取ってくるりとその場で回った。長い金髪がさらりと風になびく。
 「待って待って。『あるじさん』って?」
 「ん? あるじさんはあるじさんだよ」
 ジータは陸奥を振り返ると「おんしのことじゃ」と呆れられた。
 「私にはジータって名前があるの。ちゃんと名前で呼んで欲しいんだけどな。騎空団でも『団長、団長』ってそればっかりで――」
 「団長さーん」
 「そうそうこうやって……え?」
 襖の外から聞こえる声にジータが襖を開けると、廊下にはこんのすけとその後ろにジータの旅の仲間であり騎空団の団員、ミリンが晴れやかな笑顔で立っていた。

 「ミリン! ありがとう、来てくれたんだね!」
 「はい! このミリン、いの一番で馳せ参じました! 拙者が来たからには大船に乗ったつもりでいてくださいね!」
 ミリンはどしんと胸を叩いた。「あはは」とジータはミリンに気付かれないように乾いた笑いを浮かべた。
 ミリンは空の旅にて、以前まで風属性の編成でスタメンに入っていたのだが、最近は十天衆のシエテやニオが編成に入ることが多く事実上編成から外されてしまった。そのことをミリンが気に病んでいたのをジータはもちろん知っていた。けれど、今回ジータが一番にミリンを呼び寄せたのはミリンを戦闘力として加えたいからではなかった。ジータの世界でも東国はこの本丸がある世界と文化が似ている部分があるが、行ったことが無いため人伝に聞いたことしか知らないのだ。そこで東国出身のミリンを始めに呼び、この世界に早く馴染めるよう手伝ってもらおうと考えていた。
 「拙者の修行の成果、お見せします!」
 意気込んでいるミリンに申し訳なさを感じてジータは笑みを返すしかない。

 「わあ、またボクと同じ金髪さんだ!」
 「まっこと派手な面子じゃの~!」
 乱は目を輝かせ、陸奥はケラケラと笑った。

 「よーし、まずは腹ごしらえだね! ミリン、得意料理とかある?」
 「おお、食事は初めてやき!」
 「お腹空いたー!」
 「……」
 ジータ、陸奥、乱の期待の眼差しにミリンは冷や汗を流した――ミリンは一つしかレシピを知らなかったのだ!――がすぐに持ち直した。
 「お、おにぎりですっ!!」
 嘘はつけない性格。ミリンの唯一知っているおにぎりのレシピをジータと陸奥、乱に教えた。

 その日、本丸でジータ達四人は縁側に並び座って仲良くおにぎりを頬張った。
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