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「「たのもーっ!!」」
梅雨明けの夏本番前、カラリと晴れた昼。
教室内は、学期末テストを終えた為、完全にリラックスモードに入っている。
一部、部活生はこれから始まる夏休みの猛練習に気が滅入っている様子だが。
そんなヒカルの教室に、見知らぬ人達が二人入ってきた。
一人は大柄でガラの悪そうな男だ。
高く掠れ、けれど低く唸るような混ざり合った独特の声と共に聞こえた、高い少年の声。
ガラの悪い男に肩車をしてもらい、教室の扉を潜り現れた少年は目の上に手をやり、教室全体をワクワクした様子で見渡していた。
「今剣! 岩融! ひっさしぶりー!」
二人に気付いた鶴子は、嬉しそうに二人の元へ駆け寄って行く。
鶴子の知り合いか、と周囲が安心してランチの用意をし始めたり、食堂へぞろぞろと出て行くクラスメイト達。
一言、二言と、鶴子と話していた男達。
すると鶴子は、くるりと後ろを振り返りヒカルを手招きした。
「ヒカル、紹介するね。小さいのが今剣、デカイのが岩融! で、こっちが天月ヒカル」
鶴子が言った後、すぐに今剣は肩車から降りてきて、ヒカルへタックルする勢いで抱きついた。
「あなたがヒカルさんでしたかーっ! すっごくお会いしたかったんですよ!! ね、岩融!」
「おうとも! あの宗近を平手打ちする女子など、初めて聞いた! よくぞ叩いてくれた!! 彼奴には腹の立つことも多くてな! 腫れた顔で帰ってきた時には、二人で大笑いさせてもらったぞ!」
岩融は、大きな口を開けてガハハハ! と豪快に笑った。
「……つ、鶴子…………この人達は?」
「あー、三日月の親戚。ほら、こないだ行った三条ランドあるでしょ?」
「うん?」
「今剣は、そこのオーナーなんだよ」
「えっ?!」
ヒカルが、抱きついている少年を見る。
どこからどう見ても、幼い子どもに見えるが、今の時代は何歳でも会社を立ち上げ稼ぐことが出来る時代。
大袈裟に驚く必要もないかと、今剣の頭を撫でながら、賞賛の言葉だけ述べた。
「当然ですっ!」
自信たっぷりに笑顔で答える少年は、グリグリとヒカルのお腹に頭を擦り付けた。
「ね、ね? どうやって、三日月をひらてうちしたんですか?! どんなバカなことをいったんですか!?」
キラキラとした目で聞いてくる今剣に、岩融が彼の頭を掴み、ヒカルから引き剥がした。
「ガハハッ! 聞きたいのは俺も山々だが、そういうのは俺等が聞くもんでもないだろう?」
「むぅ~、また子ども扱いですか!」
「子どもだろうに!」
岩融は、大口を開けてとても楽しそうに笑った。
悔しそうに頬を膨らませていた今剣だったが、ヒカルの方へ振り返ると笑顔を見せた。
「ヒカルさんって、つよそうですね!」
「え……いや、私は剣道出来ないよ?」
そうヒカルが返せば、少年はきょとんとした顔で彼女を見上げた。
「そうなんですか? 三日月は、ヒカルさんとくらべておくびょうものなんですよっ! ね、岩融!」
今剣の大きな言葉に、聞こえていたクラスメイト達は揃って首を傾げた。
容姿端麗、文武両道である彼が臆病者に見えたことのある者など、この学校にはいないだろう。
彼は誰に対しても平等に優しく、だからこそ人気のある人物だと言われているのだから。
だが、同意を求められた岩融が今剣の言葉を否定せず、静かに笑っていたことにヒカルは疑問に思った。
(臆病、者…………)
なら、あの時、あれ程酷い言葉を浴びせることが出来るのだろうか。
ヒカルは、自分が臆病者と言われることはあれど、あの彼がそんな風に子どもから言われている事実に驚きを隠せずにいた。
「そろそろ帰るぞ、今剣。三日月にバレれば、睨まれる」
「はぁ~い! ヒカルさん、こんどうちにあそびにきてくださいね!」
「え、あ、うん。ぜひ」
「やくそくですよーっ!」
「騒がせたな! ガハハハハッ!」
ガラガラと教室の扉が閉められれば、喧騒が戻ってくる。
そんな中、鶴子とヒカルはただじっと黙って、二人が出て行った扉を眺めていた。
「今剣よ、何故今さら出ていく気になったのだ? 三日月の応援でもするのか?」
「さすがに不憫でしたからね。あのショックを受けた三日月の顔は」
「散々笑っていたではないか」
「だって、面白かったんですよ…………でも、良かった。主様がお元気そうで」
「……あぁ、そうだな」
岩融は、再び今剣を担ぎ上げて肩車をした。
ふふっ、と今剣が笑う。
「でも、やっぱり内緒にしましょう。黙っていても、必ず縁は巡るもの」
「傍観するだけで良いのか?」
「三日月が上手く行っても行かずとも、今度遊びに来てくれると、約束してくれましたから!」
「なるほどなっ!」
笑い合う二人の姿は、それ以降学校に現れることはなかった。
放課後、鶴子達と通学路に出来た、タピオカ専門店へ向おうと支度しているとクラスメイトに呼ばれた。
「天月、お客さんだよ」
クラスメイトの大和守に呼ばれ、扉の方へ目を向けると、そこには小狐丸が立っていた。
「ちょっと、話せますか?」
友人たちが、ヒカルを見る。
ヒカルが困った表情だったのなら、彼女を庇い連れ出そうとした。
しかし、見たヒカルの顔は真っ直ぐに小狐丸へ向いていた。
「…………分かった。皆、ごめん今日行けないや。また今度誘って」
「う、うん。じゃ、またね」
「また明日」
ヒカルが小狐丸と去っていく姿を見送っていた鶴子は、一つ息を吐いた。
「ビックリしたね、鶴子」
友人の一人が、鶴子へそう声を掛けた。
「ヒカル……あれ以来、二人の話なんてしなかったからさ。絶対、もう顔も見たくないんだと思ってた」
「私も。あんな、怒りも何もない顔で小狐丸を見るなんて、思ってなかった」
「…………そうかな……」
「鶴子?」
俯いた鶴子は、すぐに笑顔で顔を上げた。
「行こう! 美味しいの飲んで、明日またヒカルを誘って行かなきゃ!」
他の友人達は、知らないことがある。
ヒカルは、最初から今のような性格だった。
嫌われたくない一心で、本心を抑えていただけで、本来は真剣な思いに向かい合えるだけの強い意志を持っている。
ただ、その意志は向ける相手によっては、相手に恐怖や劣等感を感じさせる。
大衆が持たない強い力は、時として嫌われる要素になり得るものであり、だからこそヒカルは中学までずっと疎まれていたのだろう。
彼女を蔑み、抑えつけなければ、彼女の同級生たちは太刀打ちできなかった。
それは陰湿で、褒められるものではない。
けれど、それは裏を返せばそれだけ多くの人にヒカルは憧れに近い感情を抱かせていた。
劣等感を感じるのは、その人と自分を比べて自分の方が下だと思ってしまうから。
彼女には、それだけ強いものがあった。
だからこそ、昔虐められていても今彼女はこうしてここにいるのだ。
それは、鶴子や三日月にはない強い心。
何度傷つけられようと立ち上がる強さこそ、多くの人が今ヒカルを見ている証拠だ。
本人が知らないだけ。
鶴子は、そのヒカルの強さが羨ましく、そして憧れた。
(あの二人なら、大丈夫……でも、三日月は…………)
鶴子は、友人達と笑い合いながら彼等を想った。
放課後、人が滅多に来ない南校舎の踊り場で、ヒカルと小狐丸はそれぞれ壁に凭れ掛かっていた。
「…………なんか、久しぶりだね」
「そうですね」
「クラス違うと、会おうとしないと会えないんだなぁって、凄く実感してたの」
いつも、会いに来てくれていたから。そう続けたヒカルの言葉に、小狐丸は苦笑した。
「今日、会うと決めた時に罵倒される覚悟をしていたんですよ。なのに、そう言われるとは……」
「…………私、色々考えたの」
階段を一段、一段と降りてヒカルは彼へと振り返る。
そこには、小狐丸が危惧していた負の感情など、見当たらない。
「あの時、何で二人が喧嘩し始めたのかはわからないけど、小狐丸は怒ってた。それって、私のことが関係してたのかな、って」
おこがましいかな、そう言って少しヒカルは笑う。
「本当は、私から小狐丸に会いに行くべきだったの。だから、今日来てくれてありがとう」
「…………ヒカル、それは違います。貴女は怒りこそしていいが、私に謝ろうと思っているのならそれは違います」
「ううん、合ってるよ。諦められないからって、私は小狐丸を利用したんだから」
「それは、俺が唆してしたことだろう!?」
小狐丸は、壁を拳で強く叩きつけた。
ビクッと彼女が怯えるのを見て、ハッとして顔を逸らす。
「……すみません」
「…………今、何に怒ったのか、聞いてもいい?」
「………………」
小狐丸が無言になると、ヒカルは階段を上り再び踊り場の壁に凭れ掛かった。
そして、俯きながら静かに零した。
「私、昔から他人の考えには敏感で……でも、それに怯えて行動しなかった。何をしても嫌われる、って逃げてたの」
そして、真っ直ぐに彼の正面へ立った。
「だから、今小狐丸が思ってることを教えて欲しい。それが、私を嫌う理由でも構わない。相手の考えてることは、相手の口から直接聞きたいの。自分が感じる相手の考えとは、やっぱり違うことがあるから」
「…………ははっ、やっぱりヒカルは、強いですね」
それは、今剣にも言われた言葉だった。
だが、ヒカルは何度考えてもやはり、自分が強いとは到底思えなかった。
嫌われてきた自分が、何よりの証拠だった。
「……ヒカルが中学生の頃、虐められているのを見たことがありました」
小狐丸は、顔を背けたままぽつり、ぽつりと呟き出す。
それは、ヒカルを初めて見たときのこと。真っ直ぐな目に、ヒカルと同じ高校へ通おうと色々調べたこと。三日月を好きだと知って、諦めてあわよくば自分へ気持ちが向けばいいと思ったこと。
「好きなんですよ、ヒカル。あなたのことが」
「……小狐丸」
「冗談だと、逃げないで下さい」
「逃げないよ。真剣だって、思うから」
ようやく小狐丸が、真っ直ぐにヒカルを見た。
ヒカルは、彼の目を決して逸らすまいと姿勢を正した。
「だから、さっき怒ったんですよ。私を利用した? 存分にしてください。それでヒカルの心が少しでもコッチに向くのなら、願ったり叶ったりです」
小狐丸は、そう言って肩を竦めると、ヒカルが見たことのないような柔らかい笑顔を浮かべた。
「蚊帳の外になんて、しないで下さい。俺と三日月と、鶴子とヒカル。これは、四人のことでしょう?」
その言葉に、ヒカルが頷くと小狐丸はその場に座り込んだ。
「なら、もういいです。あぁ、告白の返事なら聞きませんよ?」
「え? な、なんで? 真剣なんでしょ?」
「最近、ヒカルがモテているのは知ってます。今告白したら、友達になれるんでしょう? 私はもう友達だから、告白してもメリットがない」
「は?」
「別に、ヒカルが誰かと付き合ったとしても、私は諦める気はありませんから」
「え? それおかしくない?」
「ヒカルに好きになってもらえるまで、努力するだけの話です。今日は、それも言いたくて呼びました。それじゃ、また明日」
(と、友達、だったのか……知らなかった…………なんか、不思議な感じ)
小狐丸の怒涛の話に、呆然としていたヒカルはちゅっ、という頬に当たる何かに気付くのが遅れた。
スタスタと階段を降りていく彼に、ヒカルは驚きからか口をパクパクさせるだけで声にならない。
そんな彼女の方へ振り返った小狐丸は、ニィと悪そうな笑みを浮かべた。
「あぁ、そうそう。あまり、他の男子の前で無防備にならないように。今みたいな目に遭いますよ」
「こ、小狐丸のせいじゃない!」
小狐丸は笑うだけで、スタスタと帰ってしまう。
残されたヒカルは、口付けられた右頬を抑え、へたり込む。
(…………告白、されても断ろうと思ってたのに……しかも、避けられなかった)
そして、ふと首元につけたネックレスが揺れて思い出す。
本当はさっき、これも彼に返すつもりだったのだ。
だが、それも躱された。
「……二度目とか、笑えない」
だが、それでも顔が赤くなるのを止められず、ヒカルは落ち着くまでその場に立ち尽くしたのだった。
梅雨明けの夏本番前、カラリと晴れた昼。
教室内は、学期末テストを終えた為、完全にリラックスモードに入っている。
一部、部活生はこれから始まる夏休みの猛練習に気が滅入っている様子だが。
そんなヒカルの教室に、見知らぬ人達が二人入ってきた。
一人は大柄でガラの悪そうな男だ。
高く掠れ、けれど低く唸るような混ざり合った独特の声と共に聞こえた、高い少年の声。
ガラの悪い男に肩車をしてもらい、教室の扉を潜り現れた少年は目の上に手をやり、教室全体をワクワクした様子で見渡していた。
「今剣! 岩融! ひっさしぶりー!」
二人に気付いた鶴子は、嬉しそうに二人の元へ駆け寄って行く。
鶴子の知り合いか、と周囲が安心してランチの用意をし始めたり、食堂へぞろぞろと出て行くクラスメイト達。
一言、二言と、鶴子と話していた男達。
すると鶴子は、くるりと後ろを振り返りヒカルを手招きした。
「ヒカル、紹介するね。小さいのが今剣、デカイのが岩融! で、こっちが天月ヒカル」
鶴子が言った後、すぐに今剣は肩車から降りてきて、ヒカルへタックルする勢いで抱きついた。
「あなたがヒカルさんでしたかーっ! すっごくお会いしたかったんですよ!! ね、岩融!」
「おうとも! あの宗近を平手打ちする女子など、初めて聞いた! よくぞ叩いてくれた!! 彼奴には腹の立つことも多くてな! 腫れた顔で帰ってきた時には、二人で大笑いさせてもらったぞ!」
岩融は、大きな口を開けてガハハハ! と豪快に笑った。
「……つ、鶴子…………この人達は?」
「あー、三日月の親戚。ほら、こないだ行った三条ランドあるでしょ?」
「うん?」
「今剣は、そこのオーナーなんだよ」
「えっ?!」
ヒカルが、抱きついている少年を見る。
どこからどう見ても、幼い子どもに見えるが、今の時代は何歳でも会社を立ち上げ稼ぐことが出来る時代。
大袈裟に驚く必要もないかと、今剣の頭を撫でながら、賞賛の言葉だけ述べた。
「当然ですっ!」
自信たっぷりに笑顔で答える少年は、グリグリとヒカルのお腹に頭を擦り付けた。
「ね、ね? どうやって、三日月をひらてうちしたんですか?! どんなバカなことをいったんですか!?」
キラキラとした目で聞いてくる今剣に、岩融が彼の頭を掴み、ヒカルから引き剥がした。
「ガハハッ! 聞きたいのは俺も山々だが、そういうのは俺等が聞くもんでもないだろう?」
「むぅ~、また子ども扱いですか!」
「子どもだろうに!」
岩融は、大口を開けてとても楽しそうに笑った。
悔しそうに頬を膨らませていた今剣だったが、ヒカルの方へ振り返ると笑顔を見せた。
「ヒカルさんって、つよそうですね!」
「え……いや、私は剣道出来ないよ?」
そうヒカルが返せば、少年はきょとんとした顔で彼女を見上げた。
「そうなんですか? 三日月は、ヒカルさんとくらべておくびょうものなんですよっ! ね、岩融!」
今剣の大きな言葉に、聞こえていたクラスメイト達は揃って首を傾げた。
容姿端麗、文武両道である彼が臆病者に見えたことのある者など、この学校にはいないだろう。
彼は誰に対しても平等に優しく、だからこそ人気のある人物だと言われているのだから。
だが、同意を求められた岩融が今剣の言葉を否定せず、静かに笑っていたことにヒカルは疑問に思った。
(臆病、者…………)
なら、あの時、あれ程酷い言葉を浴びせることが出来るのだろうか。
ヒカルは、自分が臆病者と言われることはあれど、あの彼がそんな風に子どもから言われている事実に驚きを隠せずにいた。
「そろそろ帰るぞ、今剣。三日月にバレれば、睨まれる」
「はぁ~い! ヒカルさん、こんどうちにあそびにきてくださいね!」
「え、あ、うん。ぜひ」
「やくそくですよーっ!」
「騒がせたな! ガハハハハッ!」
ガラガラと教室の扉が閉められれば、喧騒が戻ってくる。
そんな中、鶴子とヒカルはただじっと黙って、二人が出て行った扉を眺めていた。
「今剣よ、何故今さら出ていく気になったのだ? 三日月の応援でもするのか?」
「さすがに不憫でしたからね。あのショックを受けた三日月の顔は」
「散々笑っていたではないか」
「だって、面白かったんですよ…………でも、良かった。主様がお元気そうで」
「……あぁ、そうだな」
岩融は、再び今剣を担ぎ上げて肩車をした。
ふふっ、と今剣が笑う。
「でも、やっぱり内緒にしましょう。黙っていても、必ず縁は巡るもの」
「傍観するだけで良いのか?」
「三日月が上手く行っても行かずとも、今度遊びに来てくれると、約束してくれましたから!」
「なるほどなっ!」
笑い合う二人の姿は、それ以降学校に現れることはなかった。
放課後、鶴子達と通学路に出来た、タピオカ専門店へ向おうと支度しているとクラスメイトに呼ばれた。
「天月、お客さんだよ」
クラスメイトの大和守に呼ばれ、扉の方へ目を向けると、そこには小狐丸が立っていた。
「ちょっと、話せますか?」
友人たちが、ヒカルを見る。
ヒカルが困った表情だったのなら、彼女を庇い連れ出そうとした。
しかし、見たヒカルの顔は真っ直ぐに小狐丸へ向いていた。
「…………分かった。皆、ごめん今日行けないや。また今度誘って」
「う、うん。じゃ、またね」
「また明日」
ヒカルが小狐丸と去っていく姿を見送っていた鶴子は、一つ息を吐いた。
「ビックリしたね、鶴子」
友人の一人が、鶴子へそう声を掛けた。
「ヒカル……あれ以来、二人の話なんてしなかったからさ。絶対、もう顔も見たくないんだと思ってた」
「私も。あんな、怒りも何もない顔で小狐丸を見るなんて、思ってなかった」
「…………そうかな……」
「鶴子?」
俯いた鶴子は、すぐに笑顔で顔を上げた。
「行こう! 美味しいの飲んで、明日またヒカルを誘って行かなきゃ!」
他の友人達は、知らないことがある。
ヒカルは、最初から今のような性格だった。
嫌われたくない一心で、本心を抑えていただけで、本来は真剣な思いに向かい合えるだけの強い意志を持っている。
ただ、その意志は向ける相手によっては、相手に恐怖や劣等感を感じさせる。
大衆が持たない強い力は、時として嫌われる要素になり得るものであり、だからこそヒカルは中学までずっと疎まれていたのだろう。
彼女を蔑み、抑えつけなければ、彼女の同級生たちは太刀打ちできなかった。
それは陰湿で、褒められるものではない。
けれど、それは裏を返せばそれだけ多くの人にヒカルは憧れに近い感情を抱かせていた。
劣等感を感じるのは、その人と自分を比べて自分の方が下だと思ってしまうから。
彼女には、それだけ強いものがあった。
だからこそ、昔虐められていても今彼女はこうしてここにいるのだ。
それは、鶴子や三日月にはない強い心。
何度傷つけられようと立ち上がる強さこそ、多くの人が今ヒカルを見ている証拠だ。
本人が知らないだけ。
鶴子は、そのヒカルの強さが羨ましく、そして憧れた。
(あの二人なら、大丈夫……でも、三日月は…………)
鶴子は、友人達と笑い合いながら彼等を想った。
放課後、人が滅多に来ない南校舎の踊り場で、ヒカルと小狐丸はそれぞれ壁に凭れ掛かっていた。
「…………なんか、久しぶりだね」
「そうですね」
「クラス違うと、会おうとしないと会えないんだなぁって、凄く実感してたの」
いつも、会いに来てくれていたから。そう続けたヒカルの言葉に、小狐丸は苦笑した。
「今日、会うと決めた時に罵倒される覚悟をしていたんですよ。なのに、そう言われるとは……」
「…………私、色々考えたの」
階段を一段、一段と降りてヒカルは彼へと振り返る。
そこには、小狐丸が危惧していた負の感情など、見当たらない。
「あの時、何で二人が喧嘩し始めたのかはわからないけど、小狐丸は怒ってた。それって、私のことが関係してたのかな、って」
おこがましいかな、そう言って少しヒカルは笑う。
「本当は、私から小狐丸に会いに行くべきだったの。だから、今日来てくれてありがとう」
「…………ヒカル、それは違います。貴女は怒りこそしていいが、私に謝ろうと思っているのならそれは違います」
「ううん、合ってるよ。諦められないからって、私は小狐丸を利用したんだから」
「それは、俺が唆してしたことだろう!?」
小狐丸は、壁を拳で強く叩きつけた。
ビクッと彼女が怯えるのを見て、ハッとして顔を逸らす。
「……すみません」
「…………今、何に怒ったのか、聞いてもいい?」
「………………」
小狐丸が無言になると、ヒカルは階段を上り再び踊り場の壁に凭れ掛かった。
そして、俯きながら静かに零した。
「私、昔から他人の考えには敏感で……でも、それに怯えて行動しなかった。何をしても嫌われる、って逃げてたの」
そして、真っ直ぐに彼の正面へ立った。
「だから、今小狐丸が思ってることを教えて欲しい。それが、私を嫌う理由でも構わない。相手の考えてることは、相手の口から直接聞きたいの。自分が感じる相手の考えとは、やっぱり違うことがあるから」
「…………ははっ、やっぱりヒカルは、強いですね」
それは、今剣にも言われた言葉だった。
だが、ヒカルは何度考えてもやはり、自分が強いとは到底思えなかった。
嫌われてきた自分が、何よりの証拠だった。
「……ヒカルが中学生の頃、虐められているのを見たことがありました」
小狐丸は、顔を背けたままぽつり、ぽつりと呟き出す。
それは、ヒカルを初めて見たときのこと。真っ直ぐな目に、ヒカルと同じ高校へ通おうと色々調べたこと。三日月を好きだと知って、諦めてあわよくば自分へ気持ちが向けばいいと思ったこと。
「好きなんですよ、ヒカル。あなたのことが」
「……小狐丸」
「冗談だと、逃げないで下さい」
「逃げないよ。真剣だって、思うから」
ようやく小狐丸が、真っ直ぐにヒカルを見た。
ヒカルは、彼の目を決して逸らすまいと姿勢を正した。
「だから、さっき怒ったんですよ。私を利用した? 存分にしてください。それでヒカルの心が少しでもコッチに向くのなら、願ったり叶ったりです」
小狐丸は、そう言って肩を竦めると、ヒカルが見たことのないような柔らかい笑顔を浮かべた。
「蚊帳の外になんて、しないで下さい。俺と三日月と、鶴子とヒカル。これは、四人のことでしょう?」
その言葉に、ヒカルが頷くと小狐丸はその場に座り込んだ。
「なら、もういいです。あぁ、告白の返事なら聞きませんよ?」
「え? な、なんで? 真剣なんでしょ?」
「最近、ヒカルがモテているのは知ってます。今告白したら、友達になれるんでしょう? 私はもう友達だから、告白してもメリットがない」
「は?」
「別に、ヒカルが誰かと付き合ったとしても、私は諦める気はありませんから」
「え? それおかしくない?」
「ヒカルに好きになってもらえるまで、努力するだけの話です。今日は、それも言いたくて呼びました。それじゃ、また明日」
(と、友達、だったのか……知らなかった…………なんか、不思議な感じ)
小狐丸の怒涛の話に、呆然としていたヒカルはちゅっ、という頬に当たる何かに気付くのが遅れた。
スタスタと階段を降りていく彼に、ヒカルは驚きからか口をパクパクさせるだけで声にならない。
そんな彼女の方へ振り返った小狐丸は、ニィと悪そうな笑みを浮かべた。
「あぁ、そうそう。あまり、他の男子の前で無防備にならないように。今みたいな目に遭いますよ」
「こ、小狐丸のせいじゃない!」
小狐丸は笑うだけで、スタスタと帰ってしまう。
残されたヒカルは、口付けられた右頬を抑え、へたり込む。
(…………告白、されても断ろうと思ってたのに……しかも、避けられなかった)
そして、ふと首元につけたネックレスが揺れて思い出す。
本当はさっき、これも彼に返すつもりだったのだ。
だが、それも躱された。
「……二度目とか、笑えない」
だが、それでも顔が赤くなるのを止められず、ヒカルは落ち着くまでその場に立ち尽くしたのだった。
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