antonym
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「こっちで食べよー!」
鶴子の呼びかけに、女子達が歩いて行く姿を見送っていると、不意に影が差し俯いていた顔を上げる。
彼女より頭一つ分背の高い男子が、静かな笑みを浮かべて見下ろしていた。
「ヒカルー!」
鶴子の声は聞こえるが、男子で見えない。
そう思っていると、男子は横に一歩ずれてくれる。
それを見て、ようやく動き出したノロマな足を動かして鶴子の元へ向かおうとすると、男子はすぐ後ろをついてきた。
思わず天月が振り返ると、男子は口元を隠して笑った。
「ほら、友達が呼んでますよ」
不審に思いながらも長テーブルに集まり、端の席へ座る。
鶴子は、宗近の隣で談笑している。
その様を視界に収めて、すぐお弁当へ視線を向けた。
彼等から一番離れた席に座れたことに、心から安堵した。
すると、向かい席に先ほどの男子が座った。
遠くに座る男子の集団から遅いと言われていることから、彼女は漸く彼もこの集団の一人かと納得した。
「遅かったな、小狐丸」
人は少なくとも、ざわざわと騒がしい食堂で響いた少し低い声。
聞いたことのない声でも、天月にはそれが宗近の声だと分かった。
(話し方が、他の男子と違う)
だがそう思い、前の男も同じ雰囲気だと目を向けた。
声の抑揚だろうか、話し方だろうか。
同世代の話し方じゃない。
穏やかな波音のような声の大きさとリズム、そして盛り上がりはしゃぐ男子達とは違う落ち着いた声。
すっと耳に入る音が、目の前から聞こえる。
「誰かが、私のことをチクったんですよ。全く、迷惑で」
首を振り、肩肘をつきながら男は宗近を見た。
「なぁ、三日月?」
表情は伺えないが、天月には彼の長い髪の揺れ方と、三日月宗近の所作が重なって見えた。
「……何故、そこで俺を見る?」
こてんと首を傾げ、笑みを浮かべた彼の表情は感情が見えない。
今まで見てきた同い年の男子や、周りの大人では出来ない表情だと彼女は瞠目した。
(私も、ああやって感情を隠したい……誰にも見られないように)
恐ろしい程綺麗な笑みを向けられてなお、小狐丸は彼から視線を外さない。
すると、鶴子が二人の視線の間に入った。
「式サボったりする方が悪いんでしょ?」
「俺らは一応止めたんだぜー?」
「んだよ、お前だってサボりてぇとか言ってた癖に」
「男ってほんとバカよねぇ。出席だけしとけばいいんだから、寝てればいいのに」
「そうそう、鶴子なんて式中寝てて挨拶の一礼とか一切出来てないんだから」
「ちょっと?! 私のことはいいの!」
場が一気に賑やかになっていき、小狐丸と三日月はいつの間にか互いから視線を外していた。
不穏とは言わないまでも、大人な空気を醸し出していた前の男子へちらりと視線を向ける。
すると、既にこちらを見ていた小狐丸と目が合う。
驚きに小さく肩が揺れたのを見て、彼は小さく口元に笑みを浮かべる。
(なんでこの人、私見て笑うの…………嫌だな)
直ぐに目を逸らし、弁当箱を開け始める。
「可愛らしいお弁当ですね」
話したくない、そう思った相手に限って彼女は話しかけられることが多かった。今も昔も。
「……どーも」
「鶴子の友達?」
そう尋ねられ、逡巡する。
(ただのクラスメイト、って答えていいのかな)
それすらおこがましいか、と考えていると鶴子がご飯を一杯口に含んだ状態で、お箸で小狐丸を指して言い放った。
「ったり前!」
「きゃーっ! 鶴子ご飯粒飛ばしてきた! 汚ったない!!」
「こっちにはツバ飛んできたんだけど?!」
「ごめんごめん」
座り直し、笑う鶴子に呆気にとられたのは天月の方だった。
(……気、遣ってもらっちゃった)
昔も、そんなことがあった。
小学生の頃、虐めてきた同じ幼稚園の子に対して、違う幼稚園から上がってきた子が庇ってくれた。
嬉しくて、嬉しくて天月は彼女のグループに入れてもらったのだ。
だが、その日から彼女たちは笑顔で天月をこき使おうとした。
「あぁー、今日掃除当番だ。天月さん、変わってほしーなー?」
「ねぇ、宿題めんどくない? 天月さん、代わりにやってよ?」
押し付けられた数々から、天月は彼女達が自分を友達だなんて思ってくれてないことに気付いた。
あれ以来、天月は自分へ優しくしてくれる人には下心があるか、気遣いだと思うようになった。
事実、その二択以外の人はいなかった。
だから、今回も鶴子はきっと優しくキラキラした人だから、気遣いなのだと理解した。
納得してお弁当を食べていると、また前から視線が向けられていた。
無言で見られる視線に耐えかね、天月は顔を上げる。
「…………なに?」
差し障りのない聞き方をしようとしたが、結果として不遜な態度に取られたかも知れないと、彼女は焦った。
だが、小狐丸は変わらず笑みを浮かべたままだ。
(ほんと、何でこの人私を見てずっと笑ってるんだろう)
「そのお浸し、貰ってもいい?」
「…………は?」
彼女が小狐丸の言葉を理解するまでの間に、彼は仕切りのアルミホイル毎お箸でつまみ上げてしまった。
学食で頼んだうどんは全て食べてしまったようで、お浸しをパクパクと数口で食べ切られてしまった。
「この油揚げとほうれん草の柔らかさは良いですね。ちょっと味薄いけど」
食べ終えた小狐丸の感想に、彼女は黙れと心中で呟いた。
(人のご飯食べておいて、味薄いとか文句言うな)
そんな思いを見せぬよう、努めて冷静に残りのご飯を食した天月は、隣の女子にだけ先に戻ると告げて席を立った。
他の面子は、皆鶴子と三日月を中心に盛り上がっていたからだ。
ちらりと視線をそちらに向け、気付かれていないことを確認しながら席を後にしようとすると、立ち上がった小狐丸がずいっと顔を寄せてきた。
「ヒカル、三日月が好き? 分かり易すぎですよ」
そう小声で言われ、脳内では感情が二分された。
カッと頭に血が上るほどの羞恥と、氷の如く冷えた頭がそんな訳ないと彼に対する嫌悪。
両方の感情が出ても、天月の表情自体はピクリとも動かなかった。
「違います」
それだけ告げて、彼の横を通り過ぎ速足で教室へ戻った。
(そんな訳ない、勘違いでもそんなのない。だって、彼は鶴子が…………)
そこで、速足で歩いていた足が止まる。
小さく上がった息を整えながら、何度も胸を撫でた。
「……なんで、こんな…………」
胸の痛みは、息を整えても治らず、ズキズキと彼女に痛みを与え続けた。
(鶴子と似合ってると思った。私なんかが、彼を好きになるなんて、それこそおこがましいにも程がある。あり得ない)
けれど、自分にそう言えば言うほど胸が痛んだ。
(なんか、今の私嫌だ。いつもより、もっと嫌だ)
美男美女を見て妬んでいるのだろうか。
それにしては痛すぎる胸が、比較して差がありすぎる浅ましさに眩暈がした。
(一目惚れ…………そんなの、していい立場の人間じゃないのに)
誰からも嫌われる自分から好意を向けられる。
そんな気持ちの悪いことはない。
天月は、三日月にそんな思いをして欲しくなかった。
あんな綺麗な人が、自分が隣にいるだけで誰かから悪く思われるなんて、耐えられない。
(……違う。私なんかじゃ、彼の評判にさえ関わる一旦にもならないのかな)
廊下の窓に映る自分の眉を寄せた顔を見て、余計気持ち悪くなった。
(考えるのやめよう。もう嫌だ)
だが、彼女がいくら考えないようにしようとも、それは止められず、そして何度考えても三日月の姿が目に焼き付いて離れなかった。
(友達だって言ってくれた鶴子が、好きな人なのに……お似合いだと認めてるはずなのに)
どう自分に言い聞かせようとも、心だけが正直だ。
三日月さんに、一目惚れしてしまったんだ。
鶴子の呼びかけに、女子達が歩いて行く姿を見送っていると、不意に影が差し俯いていた顔を上げる。
彼女より頭一つ分背の高い男子が、静かな笑みを浮かべて見下ろしていた。
「ヒカルー!」
鶴子の声は聞こえるが、男子で見えない。
そう思っていると、男子は横に一歩ずれてくれる。
それを見て、ようやく動き出したノロマな足を動かして鶴子の元へ向かおうとすると、男子はすぐ後ろをついてきた。
思わず天月が振り返ると、男子は口元を隠して笑った。
「ほら、友達が呼んでますよ」
不審に思いながらも長テーブルに集まり、端の席へ座る。
鶴子は、宗近の隣で談笑している。
その様を視界に収めて、すぐお弁当へ視線を向けた。
彼等から一番離れた席に座れたことに、心から安堵した。
すると、向かい席に先ほどの男子が座った。
遠くに座る男子の集団から遅いと言われていることから、彼女は漸く彼もこの集団の一人かと納得した。
「遅かったな、小狐丸」
人は少なくとも、ざわざわと騒がしい食堂で響いた少し低い声。
聞いたことのない声でも、天月にはそれが宗近の声だと分かった。
(話し方が、他の男子と違う)
だがそう思い、前の男も同じ雰囲気だと目を向けた。
声の抑揚だろうか、話し方だろうか。
同世代の話し方じゃない。
穏やかな波音のような声の大きさとリズム、そして盛り上がりはしゃぐ男子達とは違う落ち着いた声。
すっと耳に入る音が、目の前から聞こえる。
「誰かが、私のことをチクったんですよ。全く、迷惑で」
首を振り、肩肘をつきながら男は宗近を見た。
「なぁ、三日月?」
表情は伺えないが、天月には彼の長い髪の揺れ方と、三日月宗近の所作が重なって見えた。
「……何故、そこで俺を見る?」
こてんと首を傾げ、笑みを浮かべた彼の表情は感情が見えない。
今まで見てきた同い年の男子や、周りの大人では出来ない表情だと彼女は瞠目した。
(私も、ああやって感情を隠したい……誰にも見られないように)
恐ろしい程綺麗な笑みを向けられてなお、小狐丸は彼から視線を外さない。
すると、鶴子が二人の視線の間に入った。
「式サボったりする方が悪いんでしょ?」
「俺らは一応止めたんだぜー?」
「んだよ、お前だってサボりてぇとか言ってた癖に」
「男ってほんとバカよねぇ。出席だけしとけばいいんだから、寝てればいいのに」
「そうそう、鶴子なんて式中寝てて挨拶の一礼とか一切出来てないんだから」
「ちょっと?! 私のことはいいの!」
場が一気に賑やかになっていき、小狐丸と三日月はいつの間にか互いから視線を外していた。
不穏とは言わないまでも、大人な空気を醸し出していた前の男子へちらりと視線を向ける。
すると、既にこちらを見ていた小狐丸と目が合う。
驚きに小さく肩が揺れたのを見て、彼は小さく口元に笑みを浮かべる。
(なんでこの人、私見て笑うの…………嫌だな)
直ぐに目を逸らし、弁当箱を開け始める。
「可愛らしいお弁当ですね」
話したくない、そう思った相手に限って彼女は話しかけられることが多かった。今も昔も。
「……どーも」
「鶴子の友達?」
そう尋ねられ、逡巡する。
(ただのクラスメイト、って答えていいのかな)
それすらおこがましいか、と考えていると鶴子がご飯を一杯口に含んだ状態で、お箸で小狐丸を指して言い放った。
「ったり前!」
「きゃーっ! 鶴子ご飯粒飛ばしてきた! 汚ったない!!」
「こっちにはツバ飛んできたんだけど?!」
「ごめんごめん」
座り直し、笑う鶴子に呆気にとられたのは天月の方だった。
(……気、遣ってもらっちゃった)
昔も、そんなことがあった。
小学生の頃、虐めてきた同じ幼稚園の子に対して、違う幼稚園から上がってきた子が庇ってくれた。
嬉しくて、嬉しくて天月は彼女のグループに入れてもらったのだ。
だが、その日から彼女たちは笑顔で天月をこき使おうとした。
「あぁー、今日掃除当番だ。天月さん、変わってほしーなー?」
「ねぇ、宿題めんどくない? 天月さん、代わりにやってよ?」
押し付けられた数々から、天月は彼女達が自分を友達だなんて思ってくれてないことに気付いた。
あれ以来、天月は自分へ優しくしてくれる人には下心があるか、気遣いだと思うようになった。
事実、その二択以外の人はいなかった。
だから、今回も鶴子はきっと優しくキラキラした人だから、気遣いなのだと理解した。
納得してお弁当を食べていると、また前から視線が向けられていた。
無言で見られる視線に耐えかね、天月は顔を上げる。
「…………なに?」
差し障りのない聞き方をしようとしたが、結果として不遜な態度に取られたかも知れないと、彼女は焦った。
だが、小狐丸は変わらず笑みを浮かべたままだ。
(ほんと、何でこの人私を見てずっと笑ってるんだろう)
「そのお浸し、貰ってもいい?」
「…………は?」
彼女が小狐丸の言葉を理解するまでの間に、彼は仕切りのアルミホイル毎お箸でつまみ上げてしまった。
学食で頼んだうどんは全て食べてしまったようで、お浸しをパクパクと数口で食べ切られてしまった。
「この油揚げとほうれん草の柔らかさは良いですね。ちょっと味薄いけど」
食べ終えた小狐丸の感想に、彼女は黙れと心中で呟いた。
(人のご飯食べておいて、味薄いとか文句言うな)
そんな思いを見せぬよう、努めて冷静に残りのご飯を食した天月は、隣の女子にだけ先に戻ると告げて席を立った。
他の面子は、皆鶴子と三日月を中心に盛り上がっていたからだ。
ちらりと視線をそちらに向け、気付かれていないことを確認しながら席を後にしようとすると、立ち上がった小狐丸がずいっと顔を寄せてきた。
「ヒカル、三日月が好き? 分かり易すぎですよ」
そう小声で言われ、脳内では感情が二分された。
カッと頭に血が上るほどの羞恥と、氷の如く冷えた頭がそんな訳ないと彼に対する嫌悪。
両方の感情が出ても、天月の表情自体はピクリとも動かなかった。
「違います」
それだけ告げて、彼の横を通り過ぎ速足で教室へ戻った。
(そんな訳ない、勘違いでもそんなのない。だって、彼は鶴子が…………)
そこで、速足で歩いていた足が止まる。
小さく上がった息を整えながら、何度も胸を撫でた。
「……なんで、こんな…………」
胸の痛みは、息を整えても治らず、ズキズキと彼女に痛みを与え続けた。
(鶴子と似合ってると思った。私なんかが、彼を好きになるなんて、それこそおこがましいにも程がある。あり得ない)
けれど、自分にそう言えば言うほど胸が痛んだ。
(なんか、今の私嫌だ。いつもより、もっと嫌だ)
美男美女を見て妬んでいるのだろうか。
それにしては痛すぎる胸が、比較して差がありすぎる浅ましさに眩暈がした。
(一目惚れ…………そんなの、していい立場の人間じゃないのに)
誰からも嫌われる自分から好意を向けられる。
そんな気持ちの悪いことはない。
天月は、三日月にそんな思いをして欲しくなかった。
あんな綺麗な人が、自分が隣にいるだけで誰かから悪く思われるなんて、耐えられない。
(……違う。私なんかじゃ、彼の評判にさえ関わる一旦にもならないのかな)
廊下の窓に映る自分の眉を寄せた顔を見て、余計気持ち悪くなった。
(考えるのやめよう。もう嫌だ)
だが、彼女がいくら考えないようにしようとも、それは止められず、そして何度考えても三日月の姿が目に焼き付いて離れなかった。
(友達だって言ってくれた鶴子が、好きな人なのに……お似合いだと認めてるはずなのに)
どう自分に言い聞かせようとも、心だけが正直だ。
三日月さんに、一目惚れしてしまったんだ。