ピエロ
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「ヒカル、大丈夫?」
リナリーはヒカルの肩にそっと手を置き、心配そうにヒカルの顔を覗き込む。
ヒカルは列車が駅に到着するまでの間、ずっと体内のイノセンスと戦い続けていた。
しかし、彼女にイノセンスが適合することはなく、彼女はただ気力と体力だけが徐々にそぎ落とされていった。
そのせいか、駅に到着した途端彼女は貧血で少し倒れてしまったのだ。
今はもう、ラビとリナリーと共に人形屋敷へと向かっている。
(なんで、イノセンスはあたしに適合してくれないんだろう。あたしの体内にあるのに)
ヒカルは、すっかり疲れもあってか落ち込んでしまっている。
そんな彼女を、街の住人達も傍から見てもわかったのだろう。
踊りながら三人のおばさんたちがヒカルたちの傍へやってきた。
「あら、あなた達この街初めてかしら~?」
「あらやだ、それなら私達が素敵な踊りを見せてあげるわ~!」
「あらあら、あなた達も一緒に踊りましょー♪」
三人のおばさんたちだけではない。
街全体に、軽快な音楽が流れ始める。
すると、その音楽にあわせて家の中にいた人たちも外に出てきて踊りだす。
子どもも大人も関係なく、皆が笑顔で楽しそうに踊りながら旅人が来たことを喜び、祝福してくれる。
リナリーもラビも、最初は無理やり踊りに参加させられていたが、今は楽しそうに踊っている。
そんな様子を見ていたヒカルも、ようやく元気を取り戻せたのか、皆に混じって少しずつ踊り始める。
「そうよ~、もっと大きく楽しく踊りましょ~♪」
「あはははっ!なんか、すっごく楽しくなってきた!!」
「踊りは楽しいものなのよ~、誰でも元気になれる魔法の踊りよ~!」
クルクルと街の人たちは回る。ふんわりとしたスカートが回るたびにひらひらと綺麗な円を描く。
それがまた、とても綺麗で可愛いのだ。
ヒカルもリナリーもクルクル回る。ラビは、そんな二人の手を取る。
そうして、踊りの音楽は段々と音を消していった。
「あー、楽しかった!」
「ほんとね、こんな賑やかで楽しい街があったなんて知らなかったわ」
「よっし、じゃ人形屋敷に行くさ!」
「「うん!」」
三人は、街の人たちに場所を聞き、街から少し外れた場所にある人形屋敷へと向かった。
「なんかさ、」
「どうしたの、ヒカル?」
「さっきの人たちみたいな村の外れにある屋敷だから、って思うと、なんか人形屋敷って可愛いんじゃないかと思えてきた!」
「えぇ、そうね!私も、そう思うわ」
軽やかな足取りの三人は、あっという間に人形屋敷の目の前に辿り着いた。
「そういえば、ファインダーとはまだ一度も会ってねぇさ」
「あ、そういえば・・・」
「そうね。もしかしたら、まだ中で調査しているのかもしれないわ。行きましょう」
三人は、屋敷の中へと足を踏み入れていった。
屋敷の中は、まず大きな玄関の真ん中に緩やかに広い階段があり、そこから二つに廊下が分かれている。
その分かれ目には、大きな額縁に洞窟の近くに街がある絵が描かれている。
玄関の天井はかなり高くされており、上から吊るされたシャンデリアは薔薇の花を模った電球が使用されている。
それはとても煌びやかで、静かな光を玄関に与えている。
「うわっ・・・・・・・」
「これは、すごいわね・・・・・」
「その辺じゃ見られない、貴族の屋敷みたいさ」
三人は入ったところで辺りを見渡し、それぞれ感嘆の声をあげる。
そして、暫くして三人は一階から見回ることにした。
まず左の部屋からドアを開ける。
そこは、ダイニングだった。
白いテーブルクロスのかかったテーブルの上には、薔薇の花が飾られており、椅子の赤い色と薔薇が綺麗に合わさっている。
「ここも、すっごいねー。なんかまるで―――――っ!?」
ヒカルは、ダイニングの中に入ると、何かに躓いてこけてしまった。
ドスン、と鈍い音が一瞬廊下にも響く。
「ヒカル!?大丈夫!!?」
「あ、うん。大丈夫、恥ずかしー!」
「いつものことさ」
「なんか言いましたか、ラビさん」
「いや、何も(ヒカル、怖いさ)」
物凄い形相でラビを睨んだヒカルだったが、彼女は何かを見つけそれを手に取った。
どうやら、それに躓いたようだ。
「なにこれ・・・・・・・ネジ?」
それからして一階の部屋は全て調べたが別段変わったものもなく、人形屋敷というのに人形が一つも見つかってはいない。
「人形、いないね・・・」
「そうね、人形屋敷っていうから、もっと人形だらけの家を想像していたわ」
「つっても、情報が少ないさ。先に屋敷から出てファインダー探すか」
「でも、せっかくここまで来たんだし、もうあたし達だけで調べてイノセンス回収しちゃってもいいんじゃない?」
「ヒカル、イノセンスとは限らないわ。ファインダーの人の調べた結果を見ないことにはね」
「そっか・・・・・じゃ、どうする?」
三人は沈黙する。
すると二階の方からカタン、と小さな物音が聞こえた。
「だれ!?」
「ファインダーの人かもしれないわ!」
「オレとリナリーで見てくるさ!ヒカルは、そこで待ってろ!!」
「え、ちょ、二人とも!?」
二人は、一瞬で二階の廊下までジャンプで上がり、物音のした部屋の方へと姿を消した。
(人間業とは思えない。あ、エクソシストか・・・)
心の中で一人ボケツッコミをしたヒカルは、自分の置かれている状況を理解するのに、時間が必要だった。
ヒカルは、今現在一人である。
(ここで待ってろって、二人に言われたけど・・・早く戻ってこないかなぁ)
つまり、現在ヒカルの傍にはエクソシストはいない。
(早くエクソシストになれればいいんだけどなぁ)
今、人形やAKUMAが現れた場合はヒカルはどうにもできない。
・・・・・・・・・・・・。
「ちょ、ちょ、あたし今一番危ない人だああああああああああああ!!」
リナリーとラビを追いかけて、ヒカルは全速力で走った。
走って走って、また走って辿り着いた部屋は鍵がかかっていた。
「あれ?リナリー!ラビ!いるんでしょ、開けてよ!なんで鍵閉めるのよっ!怖いじゃん!!」
ドンドンと、扉を叩いてヒカルは必死に叫んだ。
すると、中からリナリーの悲鳴が小さく聞こえた。
「リナリー?リナリー!?」
「ヒカル、か・・・・!?お前、絶対入って来るなよ!駄目だからな!!」
「ちょ、ラビ!?なんで?どうして!?」
ドンドンとどれだけ叩いても、どれだけドアノブをひねっても、どれだけ叫んでももう二人の声はヒカルには聞こえてこない。
何も、音がない。
「やだ、嘘・・・ちょ、冗談だよね!?何があったのよ!返事してよ二人とも!!」
そして、ようやく扉がぎしりと重たい音を立ててゆっくりと開いていった。
扉の分厚さは薄い。
それでも重たく、ずっしりと感じさせるようなその扉の開き方は、ヒカルを更に不安にさせる。
(なに、なに?!今、何が起きてるの!!?)
見たい。見たくない。二人は無事?それとも―――――
扉の隙間から見えたのは、眼帯をつけて苦しそうに呻くラビの姿だ。
ヒカルはその姿を見た瞬間に、扉の隙間からラビの名を叫んだ。
「・・・・・・・・・っう・・・・・・・ヒカル・・・・・・来る、な・・・逃、げろ・・・・・・・・・・・・・」
「ラビ、ちょっと!なんで倒れてるのよ!?今、助けるから・・・リナリーは!?」
「リナリー、なら・・・・と、なりに、いる・・・・・・・」
思うように開いていかない扉から、必死に手を伸ばす。
しかしその手はラビに届きそうにない。
扉は何故かその幅以上には開くことはなく、ようやく手が通るほどの隙間しか開いていない。
「バカ!扉のバカ!空気読んで扉ぐらい開きなさいよっ!!」
伸ばした手を掴もうと、ラビも手を伸ばす。
ヒカルは、痛いぐらいに伸ばした手をさらに伸ばす。
肩が扉に挟まってしまい、最早抜けることが難しいほどに。
肩に食い込んでくる扉と壁に痛みを感じながらも、それでも彼女は手を伸ばす。
すると、扉の奥から小さい声でクスクスと笑う声が聞こえた。
「リナリー?リナリー!?」
彼女は叫ぶ。しかし、笑う声は止まない。
「リナリー!?いるんでしょ?!二人とも早くここから逃げよう!ここ、なんかおかしいんでしょ!?」
ヒカルが叫んだ瞬間だった。
部屋から急に吸い込まれるような風が吹き、扉はいとも簡単に開き、部屋の中へとヒカルは転がり込んだ。
「いたたた・・・・・・ラビ、リナリー、大丈夫?」
ヒカルは、痛みを受けた肩を抑えながら、身体を起こして二人の姿を探した。
しかし、二人はいない。
先ほどまでラビが横たわっていたところには、誰もいない。
何もない。
二人はヒカルが部屋に入ってきたその一瞬で、消えてしまった。
ヒカルは、改めてその部屋を見回した。
「な、に・・・・・・・・よ、コレ・・・」
その部屋はまさに人形屋敷と呼ぶにふさわしいほどに、人形がビッシリと部屋中に座るように飾られていた。
その数に圧倒されるかのように、ヒカルの顔は更に青ざめていった。
「ラビッ!リナリーッ!!いるんでしょ!?どこにいるのよっ!!!」
ヒカルは必死に叫び続ける。
二人の姿は部屋にはない。
わかっていても、彼等が消えてしまったことがわかっていても、彼女はそれでも叫び続ける。
(嘘だ、嘘だ嘘だ!二人が、エクソシストで強い二人がいなくなるなんてこと、あるわけない!)
ヒカルが泣きそうになっていると、部屋中から笑い声が聞こえてきた。
クスクスクスクス―――――
笑い声は、止むことがない。
「誰よっ!リナリーとラビはどこ!!?」
ヒカルが叫んだ瞬間に、笑い声はピタリと止んだ。
さっきまでの声は一切聞こえることがなく、部屋の中は静寂に包まれる。
「なによ・・・・さっきから、あたしをバカにしてるわけ!!?」
ヒカルが怒りで一歩踏み出したとき、何かが足の先に当たった。
彼女は、思わず下を見ると、二つの小さな人形が転がっていた。
「・・・・・・・・・っ!?」
その人形は、ラビとリナリーに似せて作られているものだった。
あまりにも似ているその人形を見つめていたヒカルは、不意に辺りの人形を見る。
「あんた達がやったの・・・・・?」
ヒカルが静かに問うと、棚の上に飾られている人形がパタリと落ちてきた。
飾られたまま落ちれば、顔も身体もそのまま落ちるためうつ伏せになるはずのその人形は、顔だけが後ろを向き、体がうつ伏せになっていた。
綺麗に
その一体が落ちたことでスイッチが入ったかのように、棚の上に飾られている人形が次々と棚から落ちていく。
全て顔が上を向いたままで。
「きゃああああああああああああああああ!!」
バタバタと落ちていく人形の光景に怯えたヒカルは、慌ててその部屋を飛び出した。
さらに屋敷を抜けて、街を目指す。
(誰か、誰か、誰か助けてっ!!)
ラビとリナリーの人形を汗ばんだ手で握り締め、すぐ傍にある先ほど踊りを楽しんでいた街に向かった。
街に着くと、人々は相変わらず賑やかそうだ。
ヒカルは、すぐに傍にいたおばさんに話しかけた。
「おばさん、助けてっ!あの人形屋敷で、リナリーが、ラビが・・・友達が!!」
ヒカルに背を向けてもう一人のおばさんと話していたそのおばさんは、かくん、と首を折り曲げた。
「お、おば、さん・・・?」
「・・・・・・・・・・・・・・人形屋敷が、どうしたって?」
おばさんは、ゆっくりとヒカルに背を向けたまま顔だけを後ろに向けた。
ギギッと、人形の音がした。
「もう一度、言ってみてくれるかしら?」
「うそ・・・・・・」
ヒカルは、ただ呆然とおばさんたちを見ていたが、さっと顔から血の気が引いていった。
「いや・・・・い、や・・・・・・来ないで、来ないでっ!!」
一歩ずつ近付いてくるおばさんから逃げるように、街を走り抜ける。
(この街の人たち、人じゃなかったんだ!)
この街もあの人形屋敷も、全てが誰かの手によって人形だらけの街になってしまっていたのだ。
ヒカルは、咄嗟に家と家の間の隙間に隠れた。
息を潜め、自分の手で自分の口を塞ぎ、人形達が過ぎるのをじっと待つ。
(こわい、こわい、こわい!!!)
人形達は、ゆっくりとカクカクとした動きで過ぎ去っていった。
一瞬、人形と目が合ったような気がしていたが、彼等は街の外へと出て行った。
その姿を見届けてから、ヒカルはようやく一息ついた。
「これからどうしよう・・・・・・」
そう思っていた矢先に、リナリーのコウモリが飛んできた。
(そっか!これでコムイさんに連絡!!)
無人になった街は空っぽだ。
ヒカルは慌てて近くの家に飛び込み、電話をかけた。
トゥルルルルル、という電話の音が、ヒカルのいた元の世界の音と少し重なる。
だが今のヒカルはそんなことを考えている余裕などなかった。
「もしもし!コムイさんですか!?天月です!今、大変なことになってて・・・」
『はーい、コムイだよ~!どうかしたの?』
「リ、リナリーとラビが人形になっちゃって・・・街の人たちも全員操られていて、あたしじゃどうにも出来なくて」
『リナリーが、人形・・・・・・』
「はい、そうなんですけど・・・って、コムイさん聞いてます!?コムイさんっ!!?」
ヒカルは、電話に向かって怒るように叫ぶ。
『もしもし、リーバーだ。ヒカルか?』
「あ、はい」
リーバーが出たことに、少しヒカルは安心した。
リーバーはコムイが隣で倒れてしまったと軽く笑うと、すぐに声を引き締めた。
『今、お前の周りには敵はいないんだな?』
心配してくれているのがわかるようなリーバーの言い方に、ヒカルは少し涙腺を緩ませた。
「はい、でもそろそろ戻ってくると思います。リナリーとラビを、早く元に戻さないと―――」
『落ち着け。お前がイノセンスを使えないんなら、他のエクソシストを今から・・・・いや、待てよ』
リーバーは誰かに何かの資料を持ってくるようにと言い、何かがさがさと動き始めた。
何をしているかはヒカルにも不明だったが、自分が危険だと分かった時に的確に判断をして何とかしてくれる彼を、ヒカルは頼れる良い人だと心底感心していた。
これでもう自分は安全の囲いの中にいるのだと、彼女は既に気を緩ませていた。
『ヒカル、隣の街・・・マテールに行ってくれ。そこに神田とアレンがいるから、そこで二人と合流し、そこの任務を終えてからそちらの街に戻り、リナリーとラビを元に戻す。出来るか?』
「え、は、はい!」
『よし。不安だとは思うが、その街から北西の方向に古いが道があるはずだ。そう遠くないから大丈夫だとは思うが、何かあればすぐに連絡してこいよ』
そう言って、リーバーは電話を切った。
(うそ・・・あたし一人で、この人形の街からマテールまで行けってこと!?この危険な街から、あの危険な街に!??)
顔を真っ青にしたヒカルは、愕然とした。
しかし彼女はすぐにその家から出ると、森を通るようにしてマテールを目指した。
(今は自分のこと考えてる場合じゃない!リナリーとラビを、一刻も早く元の姿に戻してあげないと!!)
幸いなことに、今のところ彼女を襲おうとしていた人形達とは遭遇していない。
彼女は、全速力でマテールまで向かった。
(マテール・・・・・漫画の通りの展開ってことには、なってないんだろうなぁ)
走って走って、彼女は急いでマテールへ向かう。
途中でこけて膝を擦り剥いても、リナリーとラビの人形をしっかりと大事に握り締めて、彼女は走る。
(絶対、二人は助けてみせる!)
いざ、アレンと神田の元へ。
「・・・・・・なに、コレは」
いや、違う。
正しくは、なんだこの状況は、だ。
とにもかくにも、今私は絶体絶命とまでは言わないが結構危険な目に合っている。
「誰か助けてくださーい!!!」
ヒカルは、あれからマテールの街まで無事に辿り着いた。
そこで、彼女は早速アレンと神田を探そうとし始めたのだが、もろくなっていた瓦礫の街は簡単に崩れる。
彼女は、そこで瓦礫と共に地下へと落ちていってしまったのだった。
「いたた・・・・・足が、捻った上にこれはきっと瓦礫にやられたんだ・・・」
左足から流れ出る大量の血に目眩がしたようだが、彼女はいやいやと首を振り、左足を引きずるようにして彼等を探した。
「待っててね、リナリー、ラビ。絶対、助けてあげるからね」
怪我をして一人でいると怖さからか彼女は独り言を言うように、人形になった彼等に話しかけながら一生懸命地下の道を進む。
「ていうか、こっちで合ってんのかな・・・不安になってきた」
それでも足を止めることはなく、彼女は進み続ける。
歩いてきた道を示すかのように、血の跡が後ろに連なっているのを見ると、ヒカルは身震いした。
(あたし、このまま出血死するんじゃ・・・・・)
慌てた彼女は、少し急ぐようにして痛む足を庇いながら歩き続けた。
すると、どこか少し遠くの方で何か大きな物音が聞こえた。
いや、物音なんて優しいものではない。
彼女は、音のする方へと急いだ。
(アレンたちかもしれない・・・!?)
狭い地下通路を抜けた彼女は月夜に照らされたその場所を見て、その明るさに少し目が眩んだ。
そして、次の瞬間彼女は見つけた。
「アレン!!」
「・・・・・・え、ヒカル!?」
彼は、今まさにマテールの亡霊から話を聞こうとしているところだった。
一方神田は、身体を起こしてヒカルを視界に入れた瞬間、目を大きくさせた。
「あたし、今・・・隣町から、来た、んだけどっ・・・・・・・リ、リ、リ」
「おい、さっさと言え」
血をだらだらと胸の辺りから流しながらも、彼は言う。
ギロリと睨まれたその凄みで、彼女は少し泣きそうになっていたその顔を引き締めた。
「リナリーと、ラビが、こんな人形になったの・・・・・」
彼女は、二人に人形になってしまったリナリーとラビの人形を見せた。
「街の人たちも皆人形になっちゃってて・・・コムイさんに連絡したら、アレンと神田に助けてもらうようにって言われた」
「だが、俺達は今任務中だ」
「分かってる。だから、終わってからでいい。お願い、手伝って」
「・・・・・・・・」
神田は、じっと黙っている。
ヒカルは、そんな神田の視線に気付かず頭を下げている。
「いいですよ、ヒカル」
「アレン・・・・・・・・・」
「その代わりに、こちらの任務にも協力してもらいますよ」
「おい、モヤシ・・・・何勝手に言ってやがる!テメェはさっきからずっと―――――」
「何も出来ないかもしれないけど、イノセンスを守る盾ぐらいにはなれるよ」
「・・・・・・・早死してぇのか」
「死ぬなんて、誰も言ってません。あたしは、この世界で死ぬわけにはいかないんだから」
言った瞬間、彼女はハッとして口を押さえたが、彼等は驚いたような表情でヒカルを見た。
「この世界・・・・・・?」
「どういう、意味ですか・・・・?」
「・・・・・・そ、それよりも!今はマテールの亡霊さんから、お話を聞くところじゃなかったの!?」
((無理やり話変えやがった))
それから怪しむような視線をビシビシと感じていたけれど、彼等は自然とマテールの亡霊、ララの話に耳を傾けるようになっていった。
(漫画の世界と同じ、同じように話が進行していっている。でも、なんだろうこの違和感は・・・・)
正しいものを見ているのに、偽者臭い。
知っている話なのに、今その話の中に自分がいるのに実感がまるでない。
(いや、この世界にいること自体まだ実感湧かないけど・・・・・)
「あ、あの・・・・・・・・」
アレンたちがハッと振り向くと、おずおずとララがまだ何か言いたそうにしていた。
「どうかしましたか?」
「さっきの貴方の持っていた人形・・・私、見覚えがあるわ」
「え!?本当ですか!!?」
「え、えぇ・・・昔、私を作ってくれた人形師と同じぐらいの実力を持っていた有名な人形師が、貴方の持っているような人形を作っていたわ」
「ってことは、その人形師がまだ生きてるってこと!?」
「・・・もういないと思う。でも、私のライバルとして作られた人形に、もし私と同じようにイノセンスが入っていたら・・・・・」
「「「!!!?」」」
ヒカルたち三人は顔を見合わせた。
「そうだな、そう考えるとお前の話とつじつまが合う」
「ララはこの街にいたけれど、その人形は違う街へ行きイノセンスの奇怪が、街の人を人形にした……」
「つまり、リナリーたちもイノセンスの奇怪によるもので、その人形のイノセンスを取れば、助かる・・・・・?」
「今のところ、そういう形で進めていくことにしましょう」
「それよりも、まずコイツのイノセンスを取ることからだ」
「「駄目!!」」
「甘いこと言ってんじゃねぇ。まだあのアクマがいるんだ。さっさとなんとかしねぇと全員死ぬぜ」
「・・・・・それは、そうだけど・・・」
「・・・じゃあ、僕が犠牲になればいいですか?」
「なんだと?」
神田の瞳がゆらりと動いた。
「彼等は、自分達の望む最後を迎えたいだけなんです」
それからは、もうヒカルの思うとおりの、漫画通りの展開が繰り広げられた。
神田が怒鳴り、アレンの思いを聞いて、そして―――――
「ララッ!!!!」
グゾルがアクマによって瀕死の状態に、ララはイノセンスを抜き取られて空っぽの人形になってしまった。
そして、アレンは・・・・・
「許さない」
イノセンスの形を怒りで変えていき、アクマに絶対的な攻撃を与えていく。
砂になれるアクマに対しても、彼の攻撃力の前では無意味。
アレンと同じ腕を使っても、アクマは彼には勝てない。
しかし、突然彼が口から血を吐いた。
「アレン!?」
ヒカルが慌てて駆け寄ろうとすると、彼はヒカルを手で制した。
(そうだよ、大丈夫だよ。この後神田が助けてくれて・・・それで、それで・・・・・)
しかし、神田も血を吐いてしまい、動けそうにない。
(嘘・・・・・アレンが、死んじゃう・・・神田も、グゾルもララもトマさんも、皆死んじゃう!!)
気付けば、彼女はアレンとアクマの間に走っていっていた。
「ヒカルっ!?」
アレンが叫ぶ中、彼に背を向けて彼女はアクマの目の前に立った。
アレンを庇うようにして、彼女はアクマの攻撃を一身で受けた。
「ヒカル―――っ!!」
アレンがずっと叫んでいる中、彼女は足の力ががくっと抜けて崩れ落ちそうになった。
しかし神田がそれを支えて、六幻でアクマの腕を斬りおとす。
「へばってんじゃねぇぞ!!」
神田の声に、アレンはかすれた声で笑う。
「別にへばってなんかいません・・・・・ちょっと、休憩しただけです」
「あ、あたしだって・・・・・って、アレ?」
ヒカルはふと目を覚まし、自分の体を触り目を瞬かせた。
傷一つ負っていないことに彼女自身も含め皆驚いていたが、事態はそれどころではない。
敵が傷だらけになりながらも渾身の一撃を放とうとしている。
アレンと神田はヒカルの前に立ち、それぞれ武器を構えた。
そして、すぅっと息を吸い同時に彼等は攻撃をした。
「「消し飛べっ!!」」
彼等の攻撃により、アクマは無事救済した。
アクマを破壊した後にアレンがイノセンスをララに戻したのだが、彼女は再びイノセンスを戻しても、前のララではなくなってしまっていた。
「アレン・・・・・・・・」
ヒカルがアレンの隣に腰を下ろす。
階段の端に座っていたアレンは、膝に顔を埋めるようにして俯いたままだ。
階段に座っていると、ララの子守唄が聞こえてくる。
その歌声は、今の彼等にとっては切なく苦しくもどかしいもので、そしてとても美しかった。
「おい」
二人の下へやってきた神田は、少し二人の下の階段に腰を下ろした。
「辛いなら、人形止めて来い」
(ああ、漫画で読んだままの世界が今ここにある。神田の台詞も、アレンの台詞も・・・・・あたしだけが、漫画にいない邪魔者みたいだ)
その後、三人の中に沈黙が生まれる。
暫くして、誰かが小さい声で声を洩らす。
「あ、・・・・・・・」
風が吹いた。
木々の音と、風の音が聞こえる。
「・・・止まった・・・・・・・?」
アレンがララとグゾルの元へ行った。
神田とトマとヒカルは、後からアレンを追った。
そこにはアレンがララを抱いて俯いている姿があった。
隣には、横たわったグゾルがいる。
歌声は、もう聞こえない。
きっと、今アレンにはララの声が聞こえているのだろうと、ヒカルは思った。
「どうした」
このときの神田の声は彼女にとって、とても優しい声のように感じた。
「神田・・・・・それでも僕は、誰かを救える破壊者になりたいです」
泣いているのか、泣きそうになっているのか。
アレンの震えた声を聞いたヒカルは、風に揺れる髪を押さえることもせずに、ただアレンの後姿をじっと見つめた。
しばらくしてアレンはようやく立ち上がり、ララの体内にあったイノセンスを取り、にっこりと笑った。
「……イノセンス、回収しました」
「次へ行くぞ。急げ」
次、という言葉にヒカルはきょとんと首を傾げた。
すると神田はヒカルを睨みつけてリナリー達を元に戻すんだろ、と気だるげに言った。
「だいぶ時間が経っている。急ぐぞ」
「ていうか、神田の怪我って本当に大丈夫なの・・・・・」
「俺をお前らみたいなモヤシと一緒にするな」
「モヤシじゃなくて、アレンです。急ぐんでしょう、さっさと行きましょう・・・・・・・・って、ヒカルはなんで嬉しそうなんですか」
「え、いや・・・だって、神田がモヤシって・・・・あたしのことも、モヤシって言ってくれたから、つい」
((理解不能だ・・・・・・・))
「ちょ、なんでそんな変なものを見るような目で見るのよ!だって、モヤシってことは細いって事でしょ!?あたしが細いって言ってくれてるんだよ?神田が!」
そんなの嬉しいに決まっている、と自信満々に満面の笑みで言いきるヒカルに神田は青筋を立てて、アレンはますます目を細めた。
「なんで怒るのよ、二人して」
「怒ってませんよ、ちょっと黙ってください」
ピシャリと言い放ったアレンにヒカルは一瞬びくっとなったが、すぐに神田がその空気をぶち破った。
「・・・とにかく先を急ぐぞ。ヒカル、来い」
「?・・・・・はい、なに?」
神田に呼ばれて近付いたヒカルは、ひょいっと軽々と肩に乗せられた。
そして神田はアレンの方を振り向く。
「お前はイノセンスをアクマに取られないようにしろ。トマは、場所を知ってるんだったな。先行してくれ」
「わかりました」
「・・・・・・・わかりましたよ」
アレンの不服そうな声を聞きながら、ヒカルは神田に背負われたまま来た道を物凄いスピードで駆け抜けていった。
(いつかあたしも、こんなふうに早く走れるようになるのかな?まさかね・・・漫画じゃあるまいし。漫画だけど)
そんなことを運ばれているときにふと考えていたヒカルは、アレンと目が合った。
彼の目は、真っ直ぐにヒカルを見ていた。
しかし、何を考えているのか彼女にはわからなかった。
怒っているわけでもない、悲しんでいるわけでもない。
複雑な感情が、様々な想いが混ざり合う。
そんなアレンの目を見ていたヒカル。
(なんであたしが見たときに、アレンとピッタリ目が合っちゃうんだろう?)
目が合ったのは、あたしが見たから?
彼は、あたしが見る前から、あたしを見ていた・・・・・・?
そんなまさかと、首を振り彼から視線を外した。
「どうした」
「・・・・ううん、なんでもない」
「だったら動くな、運びにくい」
「はーい、ごめんなさーい」
「・・・・・・・・・」
「ごめんなさい」
無言の圧力をかけられた彼女は、黙り込んだ。
一方、アレンは、彼女をまだ見ていた。
(彼女は、一体何者なんだ?)
彼女は、僕達が行った異世界という場所にいたその世界での普通と言われる少女だった。
だが、彼女はいつの間にか僕等のの世界に辿り着き、偶然僕と神田に出会った彼女は教団へと行き、そこで彼女の体内からイノセンスが発見された。
そして今、彼女はエクソシストになろうとしている。
本人の意思とは関係なく。
彼女は、ヒカルは、不思議な少女だ。
アクマにイノセンス以外で攻撃をしてアクマの魔道式ボディに傷をつけたり、ロードたちとなんらかの関わりがあったり、アクマに話しかけようとしてみたり・・・・とにかく彼女の行動は不可解だ。
そして、彼女は僕に対して他の人とは何だか態度が違う。
神田と僕、違うけど、違うんだ。
神田だって、ヒカルとリナリーでは態度が違う。
違うのは当然、違って当たり前。
頭で分かっているのに、心が分かってくれない。
(僕は一体どうしたんだ・・・しっかりしろ、アレン・ウォーカー)
ヒカルのことなんて気にしている暇はない。
僕は、アクマを救済するエクソシスト。
破壊者であって、救済者。
伯爵の演じようとしている終焉をなんとしても食い止めること。
そうだ、僕は歩き続けなければならない。
何があっても・・・・・・・。
(大丈夫だよ、マナ)
「あ、あそこの街だよ!人形の人しかいない街!」
ヒカルの言葉で、アレンは思考を停止させて街を見る。
「これといって、なんの変哲もない普通の街ですね」
「人形の屋敷は、あの街の向こうにある森の中にあって、赤いレンガ造りで森の中でもすぐ見つけられるよ」
「トマ、お前はここから教団に連絡を取ってから、もう一度ここに来た探索部隊と連絡が取れないか確認しろ。俺達は行く」
「え、あたしも!?」
「当たり前だろ」
「ヒカルがいないと、案内役がいませんからね。大丈夫ですよ、僕らがヒカルを守ります。多分」
「すっごい不安なのはなんでだろう?」
「さぁ、行きましょう」
ヒカルは二人に引きずられて、ずるずると恐怖の街へ向かっていた。
リナリーはヒカルの肩にそっと手を置き、心配そうにヒカルの顔を覗き込む。
ヒカルは列車が駅に到着するまでの間、ずっと体内のイノセンスと戦い続けていた。
しかし、彼女にイノセンスが適合することはなく、彼女はただ気力と体力だけが徐々にそぎ落とされていった。
そのせいか、駅に到着した途端彼女は貧血で少し倒れてしまったのだ。
今はもう、ラビとリナリーと共に人形屋敷へと向かっている。
(なんで、イノセンスはあたしに適合してくれないんだろう。あたしの体内にあるのに)
ヒカルは、すっかり疲れもあってか落ち込んでしまっている。
そんな彼女を、街の住人達も傍から見てもわかったのだろう。
踊りながら三人のおばさんたちがヒカルたちの傍へやってきた。
「あら、あなた達この街初めてかしら~?」
「あらやだ、それなら私達が素敵な踊りを見せてあげるわ~!」
「あらあら、あなた達も一緒に踊りましょー♪」
三人のおばさんたちだけではない。
街全体に、軽快な音楽が流れ始める。
すると、その音楽にあわせて家の中にいた人たちも外に出てきて踊りだす。
子どもも大人も関係なく、皆が笑顔で楽しそうに踊りながら旅人が来たことを喜び、祝福してくれる。
リナリーもラビも、最初は無理やり踊りに参加させられていたが、今は楽しそうに踊っている。
そんな様子を見ていたヒカルも、ようやく元気を取り戻せたのか、皆に混じって少しずつ踊り始める。
「そうよ~、もっと大きく楽しく踊りましょ~♪」
「あはははっ!なんか、すっごく楽しくなってきた!!」
「踊りは楽しいものなのよ~、誰でも元気になれる魔法の踊りよ~!」
クルクルと街の人たちは回る。ふんわりとしたスカートが回るたびにひらひらと綺麗な円を描く。
それがまた、とても綺麗で可愛いのだ。
ヒカルもリナリーもクルクル回る。ラビは、そんな二人の手を取る。
そうして、踊りの音楽は段々と音を消していった。
「あー、楽しかった!」
「ほんとね、こんな賑やかで楽しい街があったなんて知らなかったわ」
「よっし、じゃ人形屋敷に行くさ!」
「「うん!」」
三人は、街の人たちに場所を聞き、街から少し外れた場所にある人形屋敷へと向かった。
「なんかさ、」
「どうしたの、ヒカル?」
「さっきの人たちみたいな村の外れにある屋敷だから、って思うと、なんか人形屋敷って可愛いんじゃないかと思えてきた!」
「えぇ、そうね!私も、そう思うわ」
軽やかな足取りの三人は、あっという間に人形屋敷の目の前に辿り着いた。
「そういえば、ファインダーとはまだ一度も会ってねぇさ」
「あ、そういえば・・・」
「そうね。もしかしたら、まだ中で調査しているのかもしれないわ。行きましょう」
三人は、屋敷の中へと足を踏み入れていった。
屋敷の中は、まず大きな玄関の真ん中に緩やかに広い階段があり、そこから二つに廊下が分かれている。
その分かれ目には、大きな額縁に洞窟の近くに街がある絵が描かれている。
玄関の天井はかなり高くされており、上から吊るされたシャンデリアは薔薇の花を模った電球が使用されている。
それはとても煌びやかで、静かな光を玄関に与えている。
「うわっ・・・・・・・」
「これは、すごいわね・・・・・」
「その辺じゃ見られない、貴族の屋敷みたいさ」
三人は入ったところで辺りを見渡し、それぞれ感嘆の声をあげる。
そして、暫くして三人は一階から見回ることにした。
まず左の部屋からドアを開ける。
そこは、ダイニングだった。
白いテーブルクロスのかかったテーブルの上には、薔薇の花が飾られており、椅子の赤い色と薔薇が綺麗に合わさっている。
「ここも、すっごいねー。なんかまるで―――――っ!?」
ヒカルは、ダイニングの中に入ると、何かに躓いてこけてしまった。
ドスン、と鈍い音が一瞬廊下にも響く。
「ヒカル!?大丈夫!!?」
「あ、うん。大丈夫、恥ずかしー!」
「いつものことさ」
「なんか言いましたか、ラビさん」
「いや、何も(ヒカル、怖いさ)」
物凄い形相でラビを睨んだヒカルだったが、彼女は何かを見つけそれを手に取った。
どうやら、それに躓いたようだ。
「なにこれ・・・・・・・ネジ?」
それからして一階の部屋は全て調べたが別段変わったものもなく、人形屋敷というのに人形が一つも見つかってはいない。
「人形、いないね・・・」
「そうね、人形屋敷っていうから、もっと人形だらけの家を想像していたわ」
「つっても、情報が少ないさ。先に屋敷から出てファインダー探すか」
「でも、せっかくここまで来たんだし、もうあたし達だけで調べてイノセンス回収しちゃってもいいんじゃない?」
「ヒカル、イノセンスとは限らないわ。ファインダーの人の調べた結果を見ないことにはね」
「そっか・・・・・じゃ、どうする?」
三人は沈黙する。
すると二階の方からカタン、と小さな物音が聞こえた。
「だれ!?」
「ファインダーの人かもしれないわ!」
「オレとリナリーで見てくるさ!ヒカルは、そこで待ってろ!!」
「え、ちょ、二人とも!?」
二人は、一瞬で二階の廊下までジャンプで上がり、物音のした部屋の方へと姿を消した。
(人間業とは思えない。あ、エクソシストか・・・)
心の中で一人ボケツッコミをしたヒカルは、自分の置かれている状況を理解するのに、時間が必要だった。
ヒカルは、今現在一人である。
(ここで待ってろって、二人に言われたけど・・・早く戻ってこないかなぁ)
つまり、現在ヒカルの傍にはエクソシストはいない。
(早くエクソシストになれればいいんだけどなぁ)
今、人形やAKUMAが現れた場合はヒカルはどうにもできない。
・・・・・・・・・・・・。
「ちょ、ちょ、あたし今一番危ない人だああああああああああああ!!」
リナリーとラビを追いかけて、ヒカルは全速力で走った。
走って走って、また走って辿り着いた部屋は鍵がかかっていた。
「あれ?リナリー!ラビ!いるんでしょ、開けてよ!なんで鍵閉めるのよっ!怖いじゃん!!」
ドンドンと、扉を叩いてヒカルは必死に叫んだ。
すると、中からリナリーの悲鳴が小さく聞こえた。
「リナリー?リナリー!?」
「ヒカル、か・・・・!?お前、絶対入って来るなよ!駄目だからな!!」
「ちょ、ラビ!?なんで?どうして!?」
ドンドンとどれだけ叩いても、どれだけドアノブをひねっても、どれだけ叫んでももう二人の声はヒカルには聞こえてこない。
何も、音がない。
「やだ、嘘・・・ちょ、冗談だよね!?何があったのよ!返事してよ二人とも!!」
そして、ようやく扉がぎしりと重たい音を立ててゆっくりと開いていった。
扉の分厚さは薄い。
それでも重たく、ずっしりと感じさせるようなその扉の開き方は、ヒカルを更に不安にさせる。
(なに、なに?!今、何が起きてるの!!?)
見たい。見たくない。二人は無事?それとも―――――
扉の隙間から見えたのは、眼帯をつけて苦しそうに呻くラビの姿だ。
ヒカルはその姿を見た瞬間に、扉の隙間からラビの名を叫んだ。
「・・・・・・・・・っう・・・・・・・ヒカル・・・・・・来る、な・・・逃、げろ・・・・・・・・・・・・・」
「ラビ、ちょっと!なんで倒れてるのよ!?今、助けるから・・・リナリーは!?」
「リナリー、なら・・・・と、なりに、いる・・・・・・・」
思うように開いていかない扉から、必死に手を伸ばす。
しかしその手はラビに届きそうにない。
扉は何故かその幅以上には開くことはなく、ようやく手が通るほどの隙間しか開いていない。
「バカ!扉のバカ!空気読んで扉ぐらい開きなさいよっ!!」
伸ばした手を掴もうと、ラビも手を伸ばす。
ヒカルは、痛いぐらいに伸ばした手をさらに伸ばす。
肩が扉に挟まってしまい、最早抜けることが難しいほどに。
肩に食い込んでくる扉と壁に痛みを感じながらも、それでも彼女は手を伸ばす。
すると、扉の奥から小さい声でクスクスと笑う声が聞こえた。
「リナリー?リナリー!?」
彼女は叫ぶ。しかし、笑う声は止まない。
「リナリー!?いるんでしょ?!二人とも早くここから逃げよう!ここ、なんかおかしいんでしょ!?」
ヒカルが叫んだ瞬間だった。
部屋から急に吸い込まれるような風が吹き、扉はいとも簡単に開き、部屋の中へとヒカルは転がり込んだ。
「いたたた・・・・・・ラビ、リナリー、大丈夫?」
ヒカルは、痛みを受けた肩を抑えながら、身体を起こして二人の姿を探した。
しかし、二人はいない。
先ほどまでラビが横たわっていたところには、誰もいない。
何もない。
二人はヒカルが部屋に入ってきたその一瞬で、消えてしまった。
ヒカルは、改めてその部屋を見回した。
「な、に・・・・・・・・よ、コレ・・・」
その部屋はまさに人形屋敷と呼ぶにふさわしいほどに、人形がビッシリと部屋中に座るように飾られていた。
その数に圧倒されるかのように、ヒカルの顔は更に青ざめていった。
「ラビッ!リナリーッ!!いるんでしょ!?どこにいるのよっ!!!」
ヒカルは必死に叫び続ける。
二人の姿は部屋にはない。
わかっていても、彼等が消えてしまったことがわかっていても、彼女はそれでも叫び続ける。
(嘘だ、嘘だ嘘だ!二人が、エクソシストで強い二人がいなくなるなんてこと、あるわけない!)
ヒカルが泣きそうになっていると、部屋中から笑い声が聞こえてきた。
クスクスクスクス―――――
笑い声は、止むことがない。
「誰よっ!リナリーとラビはどこ!!?」
ヒカルが叫んだ瞬間に、笑い声はピタリと止んだ。
さっきまでの声は一切聞こえることがなく、部屋の中は静寂に包まれる。
「なによ・・・・さっきから、あたしをバカにしてるわけ!!?」
ヒカルが怒りで一歩踏み出したとき、何かが足の先に当たった。
彼女は、思わず下を見ると、二つの小さな人形が転がっていた。
「・・・・・・・・・っ!?」
その人形は、ラビとリナリーに似せて作られているものだった。
あまりにも似ているその人形を見つめていたヒカルは、不意に辺りの人形を見る。
「あんた達がやったの・・・・・?」
ヒカルが静かに問うと、棚の上に飾られている人形がパタリと落ちてきた。
飾られたまま落ちれば、顔も身体もそのまま落ちるためうつ伏せになるはずのその人形は、顔だけが後ろを向き、体がうつ伏せになっていた。
綺麗に
その一体が落ちたことでスイッチが入ったかのように、棚の上に飾られている人形が次々と棚から落ちていく。
全て顔が上を向いたままで。
「きゃああああああああああああああああ!!」
バタバタと落ちていく人形の光景に怯えたヒカルは、慌ててその部屋を飛び出した。
さらに屋敷を抜けて、街を目指す。
(誰か、誰か、誰か助けてっ!!)
ラビとリナリーの人形を汗ばんだ手で握り締め、すぐ傍にある先ほど踊りを楽しんでいた街に向かった。
街に着くと、人々は相変わらず賑やかそうだ。
ヒカルは、すぐに傍にいたおばさんに話しかけた。
「おばさん、助けてっ!あの人形屋敷で、リナリーが、ラビが・・・友達が!!」
ヒカルに背を向けてもう一人のおばさんと話していたそのおばさんは、かくん、と首を折り曲げた。
「お、おば、さん・・・?」
「・・・・・・・・・・・・・・人形屋敷が、どうしたって?」
おばさんは、ゆっくりとヒカルに背を向けたまま顔だけを後ろに向けた。
ギギッと、人形の音がした。
「もう一度、言ってみてくれるかしら?」
「うそ・・・・・・」
ヒカルは、ただ呆然とおばさんたちを見ていたが、さっと顔から血の気が引いていった。
「いや・・・・い、や・・・・・・来ないで、来ないでっ!!」
一歩ずつ近付いてくるおばさんから逃げるように、街を走り抜ける。
(この街の人たち、人じゃなかったんだ!)
この街もあの人形屋敷も、全てが誰かの手によって人形だらけの街になってしまっていたのだ。
ヒカルは、咄嗟に家と家の間の隙間に隠れた。
息を潜め、自分の手で自分の口を塞ぎ、人形達が過ぎるのをじっと待つ。
(こわい、こわい、こわい!!!)
人形達は、ゆっくりとカクカクとした動きで過ぎ去っていった。
一瞬、人形と目が合ったような気がしていたが、彼等は街の外へと出て行った。
その姿を見届けてから、ヒカルはようやく一息ついた。
「これからどうしよう・・・・・・」
そう思っていた矢先に、リナリーのコウモリが飛んできた。
(そっか!これでコムイさんに連絡!!)
無人になった街は空っぽだ。
ヒカルは慌てて近くの家に飛び込み、電話をかけた。
トゥルルルルル、という電話の音が、ヒカルのいた元の世界の音と少し重なる。
だが今のヒカルはそんなことを考えている余裕などなかった。
「もしもし!コムイさんですか!?天月です!今、大変なことになってて・・・」
『はーい、コムイだよ~!どうかしたの?』
「リ、リナリーとラビが人形になっちゃって・・・街の人たちも全員操られていて、あたしじゃどうにも出来なくて」
『リナリーが、人形・・・・・・』
「はい、そうなんですけど・・・って、コムイさん聞いてます!?コムイさんっ!!?」
ヒカルは、電話に向かって怒るように叫ぶ。
『もしもし、リーバーだ。ヒカルか?』
「あ、はい」
リーバーが出たことに、少しヒカルは安心した。
リーバーはコムイが隣で倒れてしまったと軽く笑うと、すぐに声を引き締めた。
『今、お前の周りには敵はいないんだな?』
心配してくれているのがわかるようなリーバーの言い方に、ヒカルは少し涙腺を緩ませた。
「はい、でもそろそろ戻ってくると思います。リナリーとラビを、早く元に戻さないと―――」
『落ち着け。お前がイノセンスを使えないんなら、他のエクソシストを今から・・・・いや、待てよ』
リーバーは誰かに何かの資料を持ってくるようにと言い、何かがさがさと動き始めた。
何をしているかはヒカルにも不明だったが、自分が危険だと分かった時に的確に判断をして何とかしてくれる彼を、ヒカルは頼れる良い人だと心底感心していた。
これでもう自分は安全の囲いの中にいるのだと、彼女は既に気を緩ませていた。
『ヒカル、隣の街・・・マテールに行ってくれ。そこに神田とアレンがいるから、そこで二人と合流し、そこの任務を終えてからそちらの街に戻り、リナリーとラビを元に戻す。出来るか?』
「え、は、はい!」
『よし。不安だとは思うが、その街から北西の方向に古いが道があるはずだ。そう遠くないから大丈夫だとは思うが、何かあればすぐに連絡してこいよ』
そう言って、リーバーは電話を切った。
(うそ・・・あたし一人で、この人形の街からマテールまで行けってこと!?この危険な街から、あの危険な街に!??)
顔を真っ青にしたヒカルは、愕然とした。
しかし彼女はすぐにその家から出ると、森を通るようにしてマテールを目指した。
(今は自分のこと考えてる場合じゃない!リナリーとラビを、一刻も早く元の姿に戻してあげないと!!)
幸いなことに、今のところ彼女を襲おうとしていた人形達とは遭遇していない。
彼女は、全速力でマテールまで向かった。
(マテール・・・・・漫画の通りの展開ってことには、なってないんだろうなぁ)
走って走って、彼女は急いでマテールへ向かう。
途中でこけて膝を擦り剥いても、リナリーとラビの人形をしっかりと大事に握り締めて、彼女は走る。
(絶対、二人は助けてみせる!)
いざ、アレンと神田の元へ。
「・・・・・・なに、コレは」
いや、違う。
正しくは、なんだこの状況は、だ。
とにもかくにも、今私は絶体絶命とまでは言わないが結構危険な目に合っている。
「誰か助けてくださーい!!!」
ヒカルは、あれからマテールの街まで無事に辿り着いた。
そこで、彼女は早速アレンと神田を探そうとし始めたのだが、もろくなっていた瓦礫の街は簡単に崩れる。
彼女は、そこで瓦礫と共に地下へと落ちていってしまったのだった。
「いたた・・・・・足が、捻った上にこれはきっと瓦礫にやられたんだ・・・」
左足から流れ出る大量の血に目眩がしたようだが、彼女はいやいやと首を振り、左足を引きずるようにして彼等を探した。
「待っててね、リナリー、ラビ。絶対、助けてあげるからね」
怪我をして一人でいると怖さからか彼女は独り言を言うように、人形になった彼等に話しかけながら一生懸命地下の道を進む。
「ていうか、こっちで合ってんのかな・・・不安になってきた」
それでも足を止めることはなく、彼女は進み続ける。
歩いてきた道を示すかのように、血の跡が後ろに連なっているのを見ると、ヒカルは身震いした。
(あたし、このまま出血死するんじゃ・・・・・)
慌てた彼女は、少し急ぐようにして痛む足を庇いながら歩き続けた。
すると、どこか少し遠くの方で何か大きな物音が聞こえた。
いや、物音なんて優しいものではない。
彼女は、音のする方へと急いだ。
(アレンたちかもしれない・・・!?)
狭い地下通路を抜けた彼女は月夜に照らされたその場所を見て、その明るさに少し目が眩んだ。
そして、次の瞬間彼女は見つけた。
「アレン!!」
「・・・・・・え、ヒカル!?」
彼は、今まさにマテールの亡霊から話を聞こうとしているところだった。
一方神田は、身体を起こしてヒカルを視界に入れた瞬間、目を大きくさせた。
「あたし、今・・・隣町から、来た、んだけどっ・・・・・・・リ、リ、リ」
「おい、さっさと言え」
血をだらだらと胸の辺りから流しながらも、彼は言う。
ギロリと睨まれたその凄みで、彼女は少し泣きそうになっていたその顔を引き締めた。
「リナリーと、ラビが、こんな人形になったの・・・・・」
彼女は、二人に人形になってしまったリナリーとラビの人形を見せた。
「街の人たちも皆人形になっちゃってて・・・コムイさんに連絡したら、アレンと神田に助けてもらうようにって言われた」
「だが、俺達は今任務中だ」
「分かってる。だから、終わってからでいい。お願い、手伝って」
「・・・・・・・・」
神田は、じっと黙っている。
ヒカルは、そんな神田の視線に気付かず頭を下げている。
「いいですよ、ヒカル」
「アレン・・・・・・・・・」
「その代わりに、こちらの任務にも協力してもらいますよ」
「おい、モヤシ・・・・何勝手に言ってやがる!テメェはさっきからずっと―――――」
「何も出来ないかもしれないけど、イノセンスを守る盾ぐらいにはなれるよ」
「・・・・・・・早死してぇのか」
「死ぬなんて、誰も言ってません。あたしは、この世界で死ぬわけにはいかないんだから」
言った瞬間、彼女はハッとして口を押さえたが、彼等は驚いたような表情でヒカルを見た。
「この世界・・・・・・?」
「どういう、意味ですか・・・・?」
「・・・・・・そ、それよりも!今はマテールの亡霊さんから、お話を聞くところじゃなかったの!?」
((無理やり話変えやがった))
それから怪しむような視線をビシビシと感じていたけれど、彼等は自然とマテールの亡霊、ララの話に耳を傾けるようになっていった。
(漫画の世界と同じ、同じように話が進行していっている。でも、なんだろうこの違和感は・・・・)
正しいものを見ているのに、偽者臭い。
知っている話なのに、今その話の中に自分がいるのに実感がまるでない。
(いや、この世界にいること自体まだ実感湧かないけど・・・・・)
「あ、あの・・・・・・・・」
アレンたちがハッと振り向くと、おずおずとララがまだ何か言いたそうにしていた。
「どうかしましたか?」
「さっきの貴方の持っていた人形・・・私、見覚えがあるわ」
「え!?本当ですか!!?」
「え、えぇ・・・昔、私を作ってくれた人形師と同じぐらいの実力を持っていた有名な人形師が、貴方の持っているような人形を作っていたわ」
「ってことは、その人形師がまだ生きてるってこと!?」
「・・・もういないと思う。でも、私のライバルとして作られた人形に、もし私と同じようにイノセンスが入っていたら・・・・・」
「「「!!!?」」」
ヒカルたち三人は顔を見合わせた。
「そうだな、そう考えるとお前の話とつじつまが合う」
「ララはこの街にいたけれど、その人形は違う街へ行きイノセンスの奇怪が、街の人を人形にした……」
「つまり、リナリーたちもイノセンスの奇怪によるもので、その人形のイノセンスを取れば、助かる・・・・・?」
「今のところ、そういう形で進めていくことにしましょう」
「それよりも、まずコイツのイノセンスを取ることからだ」
「「駄目!!」」
「甘いこと言ってんじゃねぇ。まだあのアクマがいるんだ。さっさとなんとかしねぇと全員死ぬぜ」
「・・・・・それは、そうだけど・・・」
「・・・じゃあ、僕が犠牲になればいいですか?」
「なんだと?」
神田の瞳がゆらりと動いた。
「彼等は、自分達の望む最後を迎えたいだけなんです」
それからは、もうヒカルの思うとおりの、漫画通りの展開が繰り広げられた。
神田が怒鳴り、アレンの思いを聞いて、そして―――――
「ララッ!!!!」
グゾルがアクマによって瀕死の状態に、ララはイノセンスを抜き取られて空っぽの人形になってしまった。
そして、アレンは・・・・・
「許さない」
イノセンスの形を怒りで変えていき、アクマに絶対的な攻撃を与えていく。
砂になれるアクマに対しても、彼の攻撃力の前では無意味。
アレンと同じ腕を使っても、アクマは彼には勝てない。
しかし、突然彼が口から血を吐いた。
「アレン!?」
ヒカルが慌てて駆け寄ろうとすると、彼はヒカルを手で制した。
(そうだよ、大丈夫だよ。この後神田が助けてくれて・・・それで、それで・・・・・)
しかし、神田も血を吐いてしまい、動けそうにない。
(嘘・・・・・アレンが、死んじゃう・・・神田も、グゾルもララもトマさんも、皆死んじゃう!!)
気付けば、彼女はアレンとアクマの間に走っていっていた。
「ヒカルっ!?」
アレンが叫ぶ中、彼に背を向けて彼女はアクマの目の前に立った。
アレンを庇うようにして、彼女はアクマの攻撃を一身で受けた。
「ヒカル―――っ!!」
アレンがずっと叫んでいる中、彼女は足の力ががくっと抜けて崩れ落ちそうになった。
しかし神田がそれを支えて、六幻でアクマの腕を斬りおとす。
「へばってんじゃねぇぞ!!」
神田の声に、アレンはかすれた声で笑う。
「別にへばってなんかいません・・・・・ちょっと、休憩しただけです」
「あ、あたしだって・・・・・って、アレ?」
ヒカルはふと目を覚まし、自分の体を触り目を瞬かせた。
傷一つ負っていないことに彼女自身も含め皆驚いていたが、事態はそれどころではない。
敵が傷だらけになりながらも渾身の一撃を放とうとしている。
アレンと神田はヒカルの前に立ち、それぞれ武器を構えた。
そして、すぅっと息を吸い同時に彼等は攻撃をした。
「「消し飛べっ!!」」
彼等の攻撃により、アクマは無事救済した。
アクマを破壊した後にアレンがイノセンスをララに戻したのだが、彼女は再びイノセンスを戻しても、前のララではなくなってしまっていた。
「アレン・・・・・・・・」
ヒカルがアレンの隣に腰を下ろす。
階段の端に座っていたアレンは、膝に顔を埋めるようにして俯いたままだ。
階段に座っていると、ララの子守唄が聞こえてくる。
その歌声は、今の彼等にとっては切なく苦しくもどかしいもので、そしてとても美しかった。
「おい」
二人の下へやってきた神田は、少し二人の下の階段に腰を下ろした。
「辛いなら、人形止めて来い」
(ああ、漫画で読んだままの世界が今ここにある。神田の台詞も、アレンの台詞も・・・・・あたしだけが、漫画にいない邪魔者みたいだ)
その後、三人の中に沈黙が生まれる。
暫くして、誰かが小さい声で声を洩らす。
「あ、・・・・・・・」
風が吹いた。
木々の音と、風の音が聞こえる。
「・・・止まった・・・・・・・?」
アレンがララとグゾルの元へ行った。
神田とトマとヒカルは、後からアレンを追った。
そこにはアレンがララを抱いて俯いている姿があった。
隣には、横たわったグゾルがいる。
歌声は、もう聞こえない。
きっと、今アレンにはララの声が聞こえているのだろうと、ヒカルは思った。
「どうした」
このときの神田の声は彼女にとって、とても優しい声のように感じた。
「神田・・・・・それでも僕は、誰かを救える破壊者になりたいです」
泣いているのか、泣きそうになっているのか。
アレンの震えた声を聞いたヒカルは、風に揺れる髪を押さえることもせずに、ただアレンの後姿をじっと見つめた。
しばらくしてアレンはようやく立ち上がり、ララの体内にあったイノセンスを取り、にっこりと笑った。
「……イノセンス、回収しました」
「次へ行くぞ。急げ」
次、という言葉にヒカルはきょとんと首を傾げた。
すると神田はヒカルを睨みつけてリナリー達を元に戻すんだろ、と気だるげに言った。
「だいぶ時間が経っている。急ぐぞ」
「ていうか、神田の怪我って本当に大丈夫なの・・・・・」
「俺をお前らみたいなモヤシと一緒にするな」
「モヤシじゃなくて、アレンです。急ぐんでしょう、さっさと行きましょう・・・・・・・・って、ヒカルはなんで嬉しそうなんですか」
「え、いや・・・だって、神田がモヤシって・・・・あたしのことも、モヤシって言ってくれたから、つい」
((理解不能だ・・・・・・・))
「ちょ、なんでそんな変なものを見るような目で見るのよ!だって、モヤシってことは細いって事でしょ!?あたしが細いって言ってくれてるんだよ?神田が!」
そんなの嬉しいに決まっている、と自信満々に満面の笑みで言いきるヒカルに神田は青筋を立てて、アレンはますます目を細めた。
「なんで怒るのよ、二人して」
「怒ってませんよ、ちょっと黙ってください」
ピシャリと言い放ったアレンにヒカルは一瞬びくっとなったが、すぐに神田がその空気をぶち破った。
「・・・とにかく先を急ぐぞ。ヒカル、来い」
「?・・・・・はい、なに?」
神田に呼ばれて近付いたヒカルは、ひょいっと軽々と肩に乗せられた。
そして神田はアレンの方を振り向く。
「お前はイノセンスをアクマに取られないようにしろ。トマは、場所を知ってるんだったな。先行してくれ」
「わかりました」
「・・・・・・・わかりましたよ」
アレンの不服そうな声を聞きながら、ヒカルは神田に背負われたまま来た道を物凄いスピードで駆け抜けていった。
(いつかあたしも、こんなふうに早く走れるようになるのかな?まさかね・・・漫画じゃあるまいし。漫画だけど)
そんなことを運ばれているときにふと考えていたヒカルは、アレンと目が合った。
彼の目は、真っ直ぐにヒカルを見ていた。
しかし、何を考えているのか彼女にはわからなかった。
怒っているわけでもない、悲しんでいるわけでもない。
複雑な感情が、様々な想いが混ざり合う。
そんなアレンの目を見ていたヒカル。
(なんであたしが見たときに、アレンとピッタリ目が合っちゃうんだろう?)
目が合ったのは、あたしが見たから?
彼は、あたしが見る前から、あたしを見ていた・・・・・・?
そんなまさかと、首を振り彼から視線を外した。
「どうした」
「・・・・ううん、なんでもない」
「だったら動くな、運びにくい」
「はーい、ごめんなさーい」
「・・・・・・・・・」
「ごめんなさい」
無言の圧力をかけられた彼女は、黙り込んだ。
一方、アレンは、彼女をまだ見ていた。
(彼女は、一体何者なんだ?)
彼女は、僕達が行った異世界という場所にいたその世界での普通と言われる少女だった。
だが、彼女はいつの間にか僕等のの世界に辿り着き、偶然僕と神田に出会った彼女は教団へと行き、そこで彼女の体内からイノセンスが発見された。
そして今、彼女はエクソシストになろうとしている。
本人の意思とは関係なく。
彼女は、ヒカルは、不思議な少女だ。
アクマにイノセンス以外で攻撃をしてアクマの魔道式ボディに傷をつけたり、ロードたちとなんらかの関わりがあったり、アクマに話しかけようとしてみたり・・・・とにかく彼女の行動は不可解だ。
そして、彼女は僕に対して他の人とは何だか態度が違う。
神田と僕、違うけど、違うんだ。
神田だって、ヒカルとリナリーでは態度が違う。
違うのは当然、違って当たり前。
頭で分かっているのに、心が分かってくれない。
(僕は一体どうしたんだ・・・しっかりしろ、アレン・ウォーカー)
ヒカルのことなんて気にしている暇はない。
僕は、アクマを救済するエクソシスト。
破壊者であって、救済者。
伯爵の演じようとしている終焉をなんとしても食い止めること。
そうだ、僕は歩き続けなければならない。
何があっても・・・・・・・。
(大丈夫だよ、マナ)
「あ、あそこの街だよ!人形の人しかいない街!」
ヒカルの言葉で、アレンは思考を停止させて街を見る。
「これといって、なんの変哲もない普通の街ですね」
「人形の屋敷は、あの街の向こうにある森の中にあって、赤いレンガ造りで森の中でもすぐ見つけられるよ」
「トマ、お前はここから教団に連絡を取ってから、もう一度ここに来た探索部隊と連絡が取れないか確認しろ。俺達は行く」
「え、あたしも!?」
「当たり前だろ」
「ヒカルがいないと、案内役がいませんからね。大丈夫ですよ、僕らがヒカルを守ります。多分」
「すっごい不安なのはなんでだろう?」
「さぁ、行きましょう」
ヒカルは二人に引きずられて、ずるずると恐怖の街へ向かっていた。
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