ピエロ
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「あ、アレン!おはよー!!」
「ヒカル・・・・・・」
「なに?どうしたの?」
「いえ、あの・・・大丈夫みたいで、ほっとしました」
アレンは、昨日のヒカルの様子を見て心配していたようだが、ヒカルの笑顔を見て安心したのか、アレンもにっこりと笑った。
「あはは、何言ってんの!あたしはいつでも大丈夫だよ」
ヒカルもまた、にっこりと笑い掃除を続けた。
暫く、ヒカルの掃除を見ながらアレンはヒカルと他愛もない世間話を続けていたが、何分かすると彼はご飯を食べるために、その場を去っていった。
それから数日経つまでは、ヒカルはそのままだったのだ。
ただ、明るく元気に皆と仲良く過ごしていた。
だが、数日経ったある日、事件は起きた。
その日、ヒカルは目覚まし時計で目を覚ました。
相も変わらず眠たそうな目を擦り、シャワールームに直行した。
未だに綺麗な部屋を使わせてもらっているヒカルは、もちろんシャワールームも綺麗である。
無駄にキラキラとした輝きを放つその中で、熱めのシャワーを浴びて目が覚めたヒカルは、タオルで身体を拭き、素っ裸でクローゼットを開けて服を選ぶ。
下着を適当につけて、白のキャミソールに少し薄めの長い上着を羽織り、黒の七分丈のズボンに、可愛い白のヒール。
ここのクローゼットには、どうやらシンプルな服しか置いていないらしく、それがヒカルにとっては大変救われたことだった。
それからヒカルは、いつも通りに朝の早くから科学班や様々な人たちがピリピリとした空気の中、慌しく何かの準備に追われていた。
一方、早くに目覚めたラビは、科学班の部屋の前を通りかかりリーバーと世間話をしていた。
「今日は、何かあるんさ?」
「あぁ、ルベリエ長官が来るんだよ。リナリーが任務に出てる時で良かったよ、本当に」
「ルベリエが・・・・・・・」
ラビはその時、不意にヒカルの姿を思い出した。
彼女は、体内にイノセンスを持っているにも関わらず、未だにイノセンスに適合することはない。
だからといって、イノセンスに操られるようなこともなく、もちろん咎落ちのように暴走したりすることもない。
異例中の異例とも言える出来事だろうと言われている。
コムイたち科学班は、定期的にではあるがヒカルの体内のイノセンスについての情報を調べたり、何か変わったことがないかを常に心配し続けているが、何も起こらない。
それは何故なのか。それすらもわからず、対処方法も検討中の中での急な彼等の登場。
それは、これから何か不吉なことがあると宣言しているようにも、彼は感じていたのだ。
「・・・なぁ、それってヒカルのことで調査に来たってことか?」
「いや、別件でやってくるって聞いてるが・・・そうか、それもあるかもな」
リーバーもそのことは気にしていたようで、ラビと別れてすぐにコムイの元へ走って行った。
どうやら、ヒカルのイノセンスについてだった場合は、それに対しての対応をしようという考えをこれからすぐに考えるのだろう。
彼等は、ヒカルを守りたいと思っている。
それは勿論、アレンやラビ達もそう思っている。
イノセンスを体内に宿しながらも、エクソシストになるわけでもなく、ファインダーにもなれず、教団内から出ればノアやアクマに狙われているような状態のため、教団内の掃除をずっと今まで頑張ってきたヒカルを、彼等は知っている。
決して長い期間を共にしたわけではないが、特にアレンとラビ、そして神田の三人はヒカルがこちらの世界に来る前に、一度会っている。
そこでも、彼等四人は仲が良かったと思われる。
そんな彼等が、ヒカルを心配してしまうのも仕方のないことだろう。
(ヒカルのことだし、うっかり余計な一言でルベリエを怒らせたり、廊下ですれ違いざまにぶつかった時に持っていたご飯をルベリエにぶちまけたり……やべぇ、両方すっごくやりそうな気がする)
ラビの危惧していることは、ルベリエという男が同情や良心と言った類の感情を持ち合わせているようには見えないことだろう。
ましてや、ラビ達のように付き合いがあるわけでもない。
彼は、千年伯爵を倒せるのなら、アクマやノアを倒せるのなら手段を選ばない男だ。
ラビは、彼の残虐性を知っていた。
ブックマンの記録からも、リナリーが幼い時に苦しんでいた姿も見ている。
だからこそ彼は、すぐにヒカルのところへ向かおうとした。
今日は出てこない方がいいと、一言伝えようとしたのだろう。
「どこへ行く、ラビ」
「ジジィ、通すさ」
「お主は、傍観者であることを忘れてはおらんか?」
「忘れてねぇさ。伝えるだけだ」
「ならん。彼女の中に眠るイノセンス、それを知るいい機会かもしれんのだぞ」
「じゃあアイツはどうなるんさっ!!」
そこで、はっとラビは気付いた。己が傍観者であるということを。
わかっているようで、わかっていなかった彼は、口唇をぐっと噛み締めた。
(そうだ、俺は―――――)
「・・・・・・・わかったさ」
「あれ?ラビにブックマン、どうしたの?」
そこへ現れたヒカルは、相も変わらず掃除道具を引きずりながら現れた。
「・・・・・おー、ヒカル!相変わらず大変そうさ」
ラビは、咄嗟にいつもの笑顔になる。
そんな自分の姿に、彼は胸が痛んだ気がして気のせいだと胸を張った。
少しも彼女に怪しまれないように。
「あははー、もう慣れてきたからそうでもないよ!ラビも相変わらずダラけてるねぇ、未来のブックマンとは思えないよほんと」
「あれ?なんかオレすっげー貶されてねぇ?」
「うむ、ヒカル嬢。もっと言ってやれ。このバカ者には何を言ってくれても構わんのでな」
「はーい!」
「ジジィ!ヒカルがすっげー喜んでるさ!!んなこと言うなっての、このパンダジジィ!!!」
三人が喋っている時だった。
廊下から見える大きな門が、ギギギッと大きな音を立ててゆっくりと開いていく。
開いた門の先には、何人もの人影が見える。
ヒカルは、その姿をじっと見つめた。
「ねぇ、あれってお客さん?」
ヒカルがラビとブックマンに聞くが、彼等は答えなかった。
ヒカルは、とりあえず食事がまだだったため、ラビたちと別れて食堂を目指した。
今日の朝ご飯は何を食べようかと迷いながら、ヒカルはふらふらとゆっくりとした足取りで食堂へ向かう。
途中で、ヒカルは一瞬足を止めて、キラキラと目を輝かせた。
どうやら、朝ご飯に何を食べるのか決まったらしい。
(今日は、ミニうどんと、海鮮丼かな!)
ヒカルの世界によくある和食のお店で取り扱われている、セットもののメニューをヒカルは思い浮かべた。
マグロやサーモン、ウニやいくら、はまちやイカ、タコ、甘海老などなど。海の幸てんこ盛りのものを思い浮かべ、ヒカルは自然と頬が緩んだ。
(あ、焼鮭は昨日のお昼に食べたなぁ・・・あの鮭も美味しかったなぁ)
そんな暢気にご飯のことばかり考えているヒカルをよそに、教団の上層部の人達の集まりによって、今まさに会議が開かれようとしていた。
「それでは、只今より緊急会議を開かせていただきます」
各支部の室長、ルベリエ長官はそれぞれ会議室にて集まり、それぞれが神妙な顔つきで座る席の中で、ルベリエはニヤリと笑った。
そして、膨大な資料を机にどさりと広げてその山積みにされた資料から一つを取り、ぺらりと片手で持った。
「まず始めの議題は、天月ヒカルについて、ですかね」
コムイの顔が、青ざめた。
「―――――それでは、天月ヒカルについては、このような意向でお願いします」
「ちょっと待ってください!」
コムイは、ルベリエに対して声を荒げた。
コムイの座っていた椅子が、ゆっくりと倒れていった。
大きな音を立てて倒れた椅子を見て、リーバーは自分たちの平和が壊される音のように感じた。
(ヒカル…………コイツはちょっと、まずいぞ)
いつも通りの朝の時間に食堂に入り、適当に席を取っておき、ヒカルはジェリーに朝食を作ってもらい席に座り食べ始めた。
すると、タイミング良く現れたアレンが、特に何かを言うわけでもなく前の席を取った。
そして、彼は相も変わらず大量のご飯たちを机に運び込み、下をぺろりと舐めていただきます、と礼儀正しく言った。
それからようやくして、アレンとヒカルはおはようと会話をし始める。
しかし、それから普通に会話をしていたヒカルも、今日はさすがに二人きりなだけあって、顔色が少し悪くなった。
「ねぇ、アレン。お腹壊したこととかない?」
「ないです。どうしてですか?」
「いや、なんとなく聞いてみただけ。気にしないで」
アレンの食べる量はテーブルに収まるということを知らない。
いくら見ていても、この異様な光景は慣れることはないのかもしれないと、ヒカルは思っていた。
男性はともかく、女性はお腹一杯になったとしても、デザートなどの甘いものを見ると食欲が再び戻るという、非常に不可解なことがある。
つまり、人の胃袋はブラックホールなのだ。
ヒカルは、それを今改めて身をもって実感していた。
(見てるこっちが気持ち悪くなるぐらい食べるよねぇ、ほんと)
とにかく、彼を気にせず自分のご飯を再び食べ始めようとした。
「ヒカル」
だが、彼に呼ばれてヒカルはアレンを見た。
「・・・んあ?」
今まさにご飯を食べようとしたところ、アレンにじっと見つめられて、ヒカルは首を傾げた。
今までアレンと過ごしてきた数週間。
彼がヒカルを見つめるのには二つのパターンがあった。
一つ目は、意図を察して欲しいとき。
アレンからは決して発することはないけれど、それでもヒカルに視線で自分の言いたいことを伝えようとする。つまり、何かねだられているのだ。
これは、ヒカルが良い思いをしたことは一度もない。
二つ目は、ヒカルを探るように見ること。これは、ヒカルにとってあまり好きではなかった。
まるで、呪われた目と言われる左目が、自分の思っていることも、弱さも全て見抜いてしまいそうなその目が、ヒカルはどちらかというと苦手だったし、ヒカルはまだアレンに警戒心を解いたわけではなかった。
(どっちだ、今日は・・・)
暫くアレンの目を見つめていたヒカルだったが、彼の視線がヒカルから少し下にずれた。
その様子を見逃さなかったヒカルは、彼の視線の先を追っていく。
そして―――――
(わかった)
「・・・・・本日のメニューは、海鮮丼とうどんでーす」
彼は、今日のヒカルの食べるメニューを知りたかったようだ。
ヒカルは思った。
(口があるんだから、喋れ)
案の定、アレンは興味津々というように、視線をキラキラさせてこちらを見た。
ヒカルではなく、料理を。
「海鮮丼って、なんですか!?うどんは、なんか神田が食べてる奴と似ていますが・・・」
「一緒にしてんじゃねぇよ」
「「あ、神田(先生)」」
神田がヒカルの背後からぼそりと声を出すと、敏感に二人は反応した。
「ハモってんじゃねぇよ」
神田の言葉に、二人は顔をどちらともなく見合わせて軽く頷きあった。
「なによ神田、文句ばっか言ってんじゃねぇよ」
「そうですよ神田、蕎麦とうどんの違い教えてくれんじゃねぇよ」
「おい、モヤシ。日本人バカにしてんのかお前」
「そうよモヤシ!お前は言葉遣いがなってねぇよ!正しくは、『そうですよ神田、蕎麦とうどんの違い教えてくれんじゃねぇのかよバカヤロー』です、はい!りぴーとあふたーみぃ!?」
「「ヒカル、お前一回黙れ」」
「ちょっ!?なんであたしがユニゾンアタックされんのよ!あたしもやりたい!!」
「もう、ちょっとほんとにヒカル、お願いだから静かにしてください」
話が先に進まない、とアレンは少し項垂れた。
どうやら彼は、うどんと蕎麦の違いが気になるようだ。
神田の悪い言葉遣いを真似てみたものの、どうにも上手く喋れなかったのかさらにアレンは項垂れた。
「お前らのバカ加減は底がねぇな」
「僕をヒカルと一緒にしないでください」
「どうだかな」
「アレン、さっきからあたしに冷たい・・・・」
「え、あ、あの・・・すいません。あまりにもヒカルがバカなのでつい・・・」
ヒカルに言われて素直に頭を下げて謝るアレン。
ヒカルは、アレンの言葉の棘に一瞬眉を顰めたがすぐに、許すと偉そうに威張って見せた。
それを見た神田は、深い深いため息をついてその場を去ろうとした。
がしっ。
しかし、彼は裾を誰かに掴まれて動くことが出来ない。
誰が彼にそんなことをしたのか、彼には後ろを見ずともわかってしまうことが、彼は何だか怒りを通り越して虚しくなった。
眉間に皴を寄せるどころか、彼は額に手を当てて項垂れる。
「…………なんだ、ヒカル」
「一緒に食べようよ!」
「誰がモヤシと食うかよ」
「アレンです」
ヒカルからちゃっかりうどんを取っていたアレンは、ずずっとうどんを吸いながら神田を見ずにしれっと言った。
それがまた、神田は癪に障るようで、彼は眉間にシワを寄せた。
「離せよ」
「アレンじゃなくて、あたしと食べるならいいでしょ?」
「一緒だろうが」
「違うよ。いいじゃん(アレンの矛先を少しでも神田に譲る!)」
ヒカルは裾を離す気は全くないらしい。
アレンはそっぽを向いたままご飯を食べている。
そんな様子を横目で確認した神田は、仕方なくヒカルの隣に腰を下ろした。
「おー、えらいえらい」
「バカにしてんのか、てめぇ」
「してないって!あたしと食べるなら問題ないってことでしょ?」
「どっちも同じだ」
ずっと仏教面を崩すことのない神田を、ヒカルはニッコリと笑って見ていた。
「思ったんですけど、ヒカルこそ僕に冷たくないですか?」
「あ、バレた・・・って、冗談だよ!睨まないでください、ごめんなさい!!」
アレンは、面白くなさそうにしていたが、途中からはヒカルと神田を罵ることで少し気が晴れたのか、いつもの彼に戻っていた。
なのに、事件は起きた。
それは、本当に急な出来事だった。
三人でご飯を食べていたところに、一人の男性が近付いてきた。
「お食事中、失礼しますよ」
「?はい」
「貴方が、天月ヒカルさんですかな?」
「あ、はい。あたしです・・・・えっと」
「申し遅れました。私は、マルコム・C・ルベリエ。黒の教団の長官を務めています」
丁寧な挨拶をされ、ヒカルも慌てて立ち上がった。
その時、膝をテーブルにぶつけたため、神田は蕎麦のつゆに顔をつっこみ、アレンはヒカルのうどんを食べていたため、うどんのだしに顔をつっこんだ。
だが、その痛みも、彼等への謝りも後回しにと言わんばかりに、ヒカルは深く頭を下げて挨拶をした。
「は、はじめまして!あの、私は、えっと、私は他の国からやってきたえっと・・・・・」
慌てふためくヒカルの両肩に、ルベリエはそっと手を置いた。
「焦る必要などないですよ。貴方のことは、全てコムイ室長から聞いていますので」
「あ、そうですか。よかった・・・」
ヒカルは、ほっと胸をなでおろす。何をどう説明すればよいのか、ヒカルは正直困っていたところだった。
コムイがお偉いさんたちに連絡を通してくれていたのかと、ヒカルはコムイを普段から頼りにならないと思っていたので、心の中で合掌した。
その瞬間に、拳骨が二発脳天に落ちてきた。
鈍い音が、食堂中に響き渡る。
「なにすんだてめぇ!いい加減にしろよ!」
「もう、やめてくださいよ、ヒカル!!」
二人からのダブル攻撃に、ヒカルは一瞬意識が遠退きそうになるが、そこは二人も手加減してくれていたのか、辛うじて気絶はしなかった。
「大体お前は・・・・・っ、ルベリエか」
ヒカルをさらに怒ろうとしていた神田は、ヒカルの先にいる人物を見て言葉を止めた。
だが、彼の顔はつゆに塗れてテカテカとしている。
そして、彼に対して明らかな嫌悪感を露わにして、彼の名前を呼んだ。
「お久しぶりです、神田君。君に会うのも随分久しぶりだ」
「何の用だ」
「天月さんに、特別任務を与えようかと思いまして・・・あぁ、そうだ丁度いい。君達二人も、彼女の任務についていきなさい。コムイ室長には、私から進言しておきましょう」
「あ、はい」
「後ほど、コムイ室長から連絡があるでしょう。では天月さん、私はこれで失礼」
帽子を被り、マントを羽織り、彼は颯爽と食堂から姿を消した。
その時、訳が分からないのでとりあえずうどんを食べ続けるアレンと、彼が去っていく姿を睨むように見ていた神田。
そして、彼の姿に目を輝かせている少女がいた。
「あのマント、欲しい!」
「「そこかよ!」」
二人からもう一度拳骨を食らうのは、この後すぐ。
「ヒカル・・・・・・」
「なに?どうしたの?」
「いえ、あの・・・大丈夫みたいで、ほっとしました」
アレンは、昨日のヒカルの様子を見て心配していたようだが、ヒカルの笑顔を見て安心したのか、アレンもにっこりと笑った。
「あはは、何言ってんの!あたしはいつでも大丈夫だよ」
ヒカルもまた、にっこりと笑い掃除を続けた。
暫く、ヒカルの掃除を見ながらアレンはヒカルと他愛もない世間話を続けていたが、何分かすると彼はご飯を食べるために、その場を去っていった。
それから数日経つまでは、ヒカルはそのままだったのだ。
ただ、明るく元気に皆と仲良く過ごしていた。
だが、数日経ったある日、事件は起きた。
その日、ヒカルは目覚まし時計で目を覚ました。
相も変わらず眠たそうな目を擦り、シャワールームに直行した。
未だに綺麗な部屋を使わせてもらっているヒカルは、もちろんシャワールームも綺麗である。
無駄にキラキラとした輝きを放つその中で、熱めのシャワーを浴びて目が覚めたヒカルは、タオルで身体を拭き、素っ裸でクローゼットを開けて服を選ぶ。
下着を適当につけて、白のキャミソールに少し薄めの長い上着を羽織り、黒の七分丈のズボンに、可愛い白のヒール。
ここのクローゼットには、どうやらシンプルな服しか置いていないらしく、それがヒカルにとっては大変救われたことだった。
それからヒカルは、いつも通りに朝の早くから科学班や様々な人たちがピリピリとした空気の中、慌しく何かの準備に追われていた。
一方、早くに目覚めたラビは、科学班の部屋の前を通りかかりリーバーと世間話をしていた。
「今日は、何かあるんさ?」
「あぁ、ルベリエ長官が来るんだよ。リナリーが任務に出てる時で良かったよ、本当に」
「ルベリエが・・・・・・・」
ラビはその時、不意にヒカルの姿を思い出した。
彼女は、体内にイノセンスを持っているにも関わらず、未だにイノセンスに適合することはない。
だからといって、イノセンスに操られるようなこともなく、もちろん咎落ちのように暴走したりすることもない。
異例中の異例とも言える出来事だろうと言われている。
コムイたち科学班は、定期的にではあるがヒカルの体内のイノセンスについての情報を調べたり、何か変わったことがないかを常に心配し続けているが、何も起こらない。
それは何故なのか。それすらもわからず、対処方法も検討中の中での急な彼等の登場。
それは、これから何か不吉なことがあると宣言しているようにも、彼は感じていたのだ。
「・・・なぁ、それってヒカルのことで調査に来たってことか?」
「いや、別件でやってくるって聞いてるが・・・そうか、それもあるかもな」
リーバーもそのことは気にしていたようで、ラビと別れてすぐにコムイの元へ走って行った。
どうやら、ヒカルのイノセンスについてだった場合は、それに対しての対応をしようという考えをこれからすぐに考えるのだろう。
彼等は、ヒカルを守りたいと思っている。
それは勿論、アレンやラビ達もそう思っている。
イノセンスを体内に宿しながらも、エクソシストになるわけでもなく、ファインダーにもなれず、教団内から出ればノアやアクマに狙われているような状態のため、教団内の掃除をずっと今まで頑張ってきたヒカルを、彼等は知っている。
決して長い期間を共にしたわけではないが、特にアレンとラビ、そして神田の三人はヒカルがこちらの世界に来る前に、一度会っている。
そこでも、彼等四人は仲が良かったと思われる。
そんな彼等が、ヒカルを心配してしまうのも仕方のないことだろう。
(ヒカルのことだし、うっかり余計な一言でルベリエを怒らせたり、廊下ですれ違いざまにぶつかった時に持っていたご飯をルベリエにぶちまけたり……やべぇ、両方すっごくやりそうな気がする)
ラビの危惧していることは、ルベリエという男が同情や良心と言った類の感情を持ち合わせているようには見えないことだろう。
ましてや、ラビ達のように付き合いがあるわけでもない。
彼は、千年伯爵を倒せるのなら、アクマやノアを倒せるのなら手段を選ばない男だ。
ラビは、彼の残虐性を知っていた。
ブックマンの記録からも、リナリーが幼い時に苦しんでいた姿も見ている。
だからこそ彼は、すぐにヒカルのところへ向かおうとした。
今日は出てこない方がいいと、一言伝えようとしたのだろう。
「どこへ行く、ラビ」
「ジジィ、通すさ」
「お主は、傍観者であることを忘れてはおらんか?」
「忘れてねぇさ。伝えるだけだ」
「ならん。彼女の中に眠るイノセンス、それを知るいい機会かもしれんのだぞ」
「じゃあアイツはどうなるんさっ!!」
そこで、はっとラビは気付いた。己が傍観者であるということを。
わかっているようで、わかっていなかった彼は、口唇をぐっと噛み締めた。
(そうだ、俺は―――――)
「・・・・・・・わかったさ」
「あれ?ラビにブックマン、どうしたの?」
そこへ現れたヒカルは、相も変わらず掃除道具を引きずりながら現れた。
「・・・・・おー、ヒカル!相変わらず大変そうさ」
ラビは、咄嗟にいつもの笑顔になる。
そんな自分の姿に、彼は胸が痛んだ気がして気のせいだと胸を張った。
少しも彼女に怪しまれないように。
「あははー、もう慣れてきたからそうでもないよ!ラビも相変わらずダラけてるねぇ、未来のブックマンとは思えないよほんと」
「あれ?なんかオレすっげー貶されてねぇ?」
「うむ、ヒカル嬢。もっと言ってやれ。このバカ者には何を言ってくれても構わんのでな」
「はーい!」
「ジジィ!ヒカルがすっげー喜んでるさ!!んなこと言うなっての、このパンダジジィ!!!」
三人が喋っている時だった。
廊下から見える大きな門が、ギギギッと大きな音を立ててゆっくりと開いていく。
開いた門の先には、何人もの人影が見える。
ヒカルは、その姿をじっと見つめた。
「ねぇ、あれってお客さん?」
ヒカルがラビとブックマンに聞くが、彼等は答えなかった。
ヒカルは、とりあえず食事がまだだったため、ラビたちと別れて食堂を目指した。
今日の朝ご飯は何を食べようかと迷いながら、ヒカルはふらふらとゆっくりとした足取りで食堂へ向かう。
途中で、ヒカルは一瞬足を止めて、キラキラと目を輝かせた。
どうやら、朝ご飯に何を食べるのか決まったらしい。
(今日は、ミニうどんと、海鮮丼かな!)
ヒカルの世界によくある和食のお店で取り扱われている、セットもののメニューをヒカルは思い浮かべた。
マグロやサーモン、ウニやいくら、はまちやイカ、タコ、甘海老などなど。海の幸てんこ盛りのものを思い浮かべ、ヒカルは自然と頬が緩んだ。
(あ、焼鮭は昨日のお昼に食べたなぁ・・・あの鮭も美味しかったなぁ)
そんな暢気にご飯のことばかり考えているヒカルをよそに、教団の上層部の人達の集まりによって、今まさに会議が開かれようとしていた。
「それでは、只今より緊急会議を開かせていただきます」
各支部の室長、ルベリエ長官はそれぞれ会議室にて集まり、それぞれが神妙な顔つきで座る席の中で、ルベリエはニヤリと笑った。
そして、膨大な資料を机にどさりと広げてその山積みにされた資料から一つを取り、ぺらりと片手で持った。
「まず始めの議題は、天月ヒカルについて、ですかね」
コムイの顔が、青ざめた。
「―――――それでは、天月ヒカルについては、このような意向でお願いします」
「ちょっと待ってください!」
コムイは、ルベリエに対して声を荒げた。
コムイの座っていた椅子が、ゆっくりと倒れていった。
大きな音を立てて倒れた椅子を見て、リーバーは自分たちの平和が壊される音のように感じた。
(ヒカル…………コイツはちょっと、まずいぞ)
いつも通りの朝の時間に食堂に入り、適当に席を取っておき、ヒカルはジェリーに朝食を作ってもらい席に座り食べ始めた。
すると、タイミング良く現れたアレンが、特に何かを言うわけでもなく前の席を取った。
そして、彼は相も変わらず大量のご飯たちを机に運び込み、下をぺろりと舐めていただきます、と礼儀正しく言った。
それからようやくして、アレンとヒカルはおはようと会話をし始める。
しかし、それから普通に会話をしていたヒカルも、今日はさすがに二人きりなだけあって、顔色が少し悪くなった。
「ねぇ、アレン。お腹壊したこととかない?」
「ないです。どうしてですか?」
「いや、なんとなく聞いてみただけ。気にしないで」
アレンの食べる量はテーブルに収まるということを知らない。
いくら見ていても、この異様な光景は慣れることはないのかもしれないと、ヒカルは思っていた。
男性はともかく、女性はお腹一杯になったとしても、デザートなどの甘いものを見ると食欲が再び戻るという、非常に不可解なことがある。
つまり、人の胃袋はブラックホールなのだ。
ヒカルは、それを今改めて身をもって実感していた。
(見てるこっちが気持ち悪くなるぐらい食べるよねぇ、ほんと)
とにかく、彼を気にせず自分のご飯を再び食べ始めようとした。
「ヒカル」
だが、彼に呼ばれてヒカルはアレンを見た。
「・・・んあ?」
今まさにご飯を食べようとしたところ、アレンにじっと見つめられて、ヒカルは首を傾げた。
今までアレンと過ごしてきた数週間。
彼がヒカルを見つめるのには二つのパターンがあった。
一つ目は、意図を察して欲しいとき。
アレンからは決して発することはないけれど、それでもヒカルに視線で自分の言いたいことを伝えようとする。つまり、何かねだられているのだ。
これは、ヒカルが良い思いをしたことは一度もない。
二つ目は、ヒカルを探るように見ること。これは、ヒカルにとってあまり好きではなかった。
まるで、呪われた目と言われる左目が、自分の思っていることも、弱さも全て見抜いてしまいそうなその目が、ヒカルはどちらかというと苦手だったし、ヒカルはまだアレンに警戒心を解いたわけではなかった。
(どっちだ、今日は・・・)
暫くアレンの目を見つめていたヒカルだったが、彼の視線がヒカルから少し下にずれた。
その様子を見逃さなかったヒカルは、彼の視線の先を追っていく。
そして―――――
(わかった)
「・・・・・本日のメニューは、海鮮丼とうどんでーす」
彼は、今日のヒカルの食べるメニューを知りたかったようだ。
ヒカルは思った。
(口があるんだから、喋れ)
案の定、アレンは興味津々というように、視線をキラキラさせてこちらを見た。
ヒカルではなく、料理を。
「海鮮丼って、なんですか!?うどんは、なんか神田が食べてる奴と似ていますが・・・」
「一緒にしてんじゃねぇよ」
「「あ、神田(先生)」」
神田がヒカルの背後からぼそりと声を出すと、敏感に二人は反応した。
「ハモってんじゃねぇよ」
神田の言葉に、二人は顔をどちらともなく見合わせて軽く頷きあった。
「なによ神田、文句ばっか言ってんじゃねぇよ」
「そうですよ神田、蕎麦とうどんの違い教えてくれんじゃねぇよ」
「おい、モヤシ。日本人バカにしてんのかお前」
「そうよモヤシ!お前は言葉遣いがなってねぇよ!正しくは、『そうですよ神田、蕎麦とうどんの違い教えてくれんじゃねぇのかよバカヤロー』です、はい!りぴーとあふたーみぃ!?」
「「ヒカル、お前一回黙れ」」
「ちょっ!?なんであたしがユニゾンアタックされんのよ!あたしもやりたい!!」
「もう、ちょっとほんとにヒカル、お願いだから静かにしてください」
話が先に進まない、とアレンは少し項垂れた。
どうやら彼は、うどんと蕎麦の違いが気になるようだ。
神田の悪い言葉遣いを真似てみたものの、どうにも上手く喋れなかったのかさらにアレンは項垂れた。
「お前らのバカ加減は底がねぇな」
「僕をヒカルと一緒にしないでください」
「どうだかな」
「アレン、さっきからあたしに冷たい・・・・」
「え、あ、あの・・・すいません。あまりにもヒカルがバカなのでつい・・・」
ヒカルに言われて素直に頭を下げて謝るアレン。
ヒカルは、アレンの言葉の棘に一瞬眉を顰めたがすぐに、許すと偉そうに威張って見せた。
それを見た神田は、深い深いため息をついてその場を去ろうとした。
がしっ。
しかし、彼は裾を誰かに掴まれて動くことが出来ない。
誰が彼にそんなことをしたのか、彼には後ろを見ずともわかってしまうことが、彼は何だか怒りを通り越して虚しくなった。
眉間に皴を寄せるどころか、彼は額に手を当てて項垂れる。
「…………なんだ、ヒカル」
「一緒に食べようよ!」
「誰がモヤシと食うかよ」
「アレンです」
ヒカルからちゃっかりうどんを取っていたアレンは、ずずっとうどんを吸いながら神田を見ずにしれっと言った。
それがまた、神田は癪に障るようで、彼は眉間にシワを寄せた。
「離せよ」
「アレンじゃなくて、あたしと食べるならいいでしょ?」
「一緒だろうが」
「違うよ。いいじゃん(アレンの矛先を少しでも神田に譲る!)」
ヒカルは裾を離す気は全くないらしい。
アレンはそっぽを向いたままご飯を食べている。
そんな様子を横目で確認した神田は、仕方なくヒカルの隣に腰を下ろした。
「おー、えらいえらい」
「バカにしてんのか、てめぇ」
「してないって!あたしと食べるなら問題ないってことでしょ?」
「どっちも同じだ」
ずっと仏教面を崩すことのない神田を、ヒカルはニッコリと笑って見ていた。
「思ったんですけど、ヒカルこそ僕に冷たくないですか?」
「あ、バレた・・・って、冗談だよ!睨まないでください、ごめんなさい!!」
アレンは、面白くなさそうにしていたが、途中からはヒカルと神田を罵ることで少し気が晴れたのか、いつもの彼に戻っていた。
なのに、事件は起きた。
それは、本当に急な出来事だった。
三人でご飯を食べていたところに、一人の男性が近付いてきた。
「お食事中、失礼しますよ」
「?はい」
「貴方が、天月ヒカルさんですかな?」
「あ、はい。あたしです・・・・えっと」
「申し遅れました。私は、マルコム・C・ルベリエ。黒の教団の長官を務めています」
丁寧な挨拶をされ、ヒカルも慌てて立ち上がった。
その時、膝をテーブルにぶつけたため、神田は蕎麦のつゆに顔をつっこみ、アレンはヒカルのうどんを食べていたため、うどんのだしに顔をつっこんだ。
だが、その痛みも、彼等への謝りも後回しにと言わんばかりに、ヒカルは深く頭を下げて挨拶をした。
「は、はじめまして!あの、私は、えっと、私は他の国からやってきたえっと・・・・・」
慌てふためくヒカルの両肩に、ルベリエはそっと手を置いた。
「焦る必要などないですよ。貴方のことは、全てコムイ室長から聞いていますので」
「あ、そうですか。よかった・・・」
ヒカルは、ほっと胸をなでおろす。何をどう説明すればよいのか、ヒカルは正直困っていたところだった。
コムイがお偉いさんたちに連絡を通してくれていたのかと、ヒカルはコムイを普段から頼りにならないと思っていたので、心の中で合掌した。
その瞬間に、拳骨が二発脳天に落ちてきた。
鈍い音が、食堂中に響き渡る。
「なにすんだてめぇ!いい加減にしろよ!」
「もう、やめてくださいよ、ヒカル!!」
二人からのダブル攻撃に、ヒカルは一瞬意識が遠退きそうになるが、そこは二人も手加減してくれていたのか、辛うじて気絶はしなかった。
「大体お前は・・・・・っ、ルベリエか」
ヒカルをさらに怒ろうとしていた神田は、ヒカルの先にいる人物を見て言葉を止めた。
だが、彼の顔はつゆに塗れてテカテカとしている。
そして、彼に対して明らかな嫌悪感を露わにして、彼の名前を呼んだ。
「お久しぶりです、神田君。君に会うのも随分久しぶりだ」
「何の用だ」
「天月さんに、特別任務を与えようかと思いまして・・・あぁ、そうだ丁度いい。君達二人も、彼女の任務についていきなさい。コムイ室長には、私から進言しておきましょう」
「あ、はい」
「後ほど、コムイ室長から連絡があるでしょう。では天月さん、私はこれで失礼」
帽子を被り、マントを羽織り、彼は颯爽と食堂から姿を消した。
その時、訳が分からないのでとりあえずうどんを食べ続けるアレンと、彼が去っていく姿を睨むように見ていた神田。
そして、彼の姿に目を輝かせている少女がいた。
「あのマント、欲しい!」
「「そこかよ!」」
二人からもう一度拳骨を食らうのは、この後すぐ。