ピエロ
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「扉を抜けると、そこは・・・・・げほっごほっ!」
確かに、あたしの世界ではない別世界へと辿り着いてしまった。
街中は普通に人々が行き交い、馬車とかそういうのも走ってる。が、見えにくい。
かなり灰のような霧が辺りを包んでいて、正直音は聞こえるが正面から歩いてくる人すら近距離に来るまでぼやけている。
酷い空気環境だ。
そして、どこか遠くで汽笛の音も聞こえた。
「ごほっごほっ!」
漫画で読んだアレン・ウォーカーたちの世界そのものだ。
あたしは世紀末のロンドンのような街並みを見渡し、ため息より深く息を吐いた。
(本当に、ロード達のゲームをすることになっちゃったんだなぁ……夢なら早く覚めて欲しい)
さっきから行き交う街の人々は、あたしを不審者のような目で見て、あたしを避けて通っていく。
普通にTシャツにジャージなのだが、まぁこの世界でそんな格好をしている人はいるわけないし、当たり前なのだけど。
そもそもを考えると、制服姿で学校にいるときに千年公やロードに会ったというのに、ロードのゲームをしている間に着替えた服が今に適応しているのも不思議だ。
どれが現実で、どこから夢で現状はどうなっているのか。誰か詳しく教えて欲しい。
(そして、視線が痛い)
違うところへ思考を持って行っても変わらない訝し気な視線たち。
その視線を浴びながら、背中を丸めて早足でなるべく目立たないように歩いた。
にしても、漫画の中って感じがしない。
馬車とか、人とか街とか、まさに本物を見ているような気分だ。
咳が出るのだって、この場所の空気の悪さをあたしが感じてるってことだし。
(本物、なんだなぁ)
「きゃああああああああああ!」
急に、少し先で物凄い叫び声と激しい銃声が聞こえた。
その音が聞こえた途端、何かのスイッチが入ったかのように人々は自分の家へ逃げ込んだり、音とは反対方向へと走り出す。
あたしも、もちろんその人たちと混じって必死で走った。
そのとき、あたしたちとは反対方向へ向かう誰かと肩がぶつかった。そのせいで、勢いよくあたしは尻餅をついた。
「っ!!」
「あ、すいません!」
彼は、一礼しながら音のした方へ走っていった。
黒いローブを羽織り、白髪で目元に傷を持った彼————
「あ、ちょ、ま、待って!!」
あたしは、お尻の痛さとか、地面に座り込んでいたのに埃を払うこともせず彼を追いかけた。
(だって、あれは間違いない!アレン・ウォーカー!!)
この世界の結末を見届けるとは言っても、漫画を読んでいたとは言っても、見知らぬ土地で見知らぬ人々ばかりだ。
知ってる人がいるなら、知ってる場所があるなら、そこに居たい。
それに、黒の教団ならロードやアクマたちから守ってくれる。
(なんとしても、教団側にいたい!!)
そのためにも、必死で彼を追いかけたが途中で見失った。
「足、はやっ・・・・・・ごほっごほっ!」
霧は濃いし、なんか頭ボーッとするし、視界は暗いし見えにくいしなんかグラグラしてきたし。
あれ?なんか、意識・・・・が・・・・・・・
「息をするな。アクマの毒だ」
「・・・・・ん・・・・・・・・・・」
崩れそうになったあたしを無理やり立たせるようにあたしを支えて、後ろから男の声が言った。
「持ってろ」
彼は、自分の羽織っている服をあたしの顔に被せる。
そして、長い髪を風に揺らめかせて腰にあるものを引き抜いた。
「六幻、抜刀!」
急に光りだしたそれは、剣のようだった。
「動くなよ」
ギロりと睨まれて、無意識にコクコクと頷くと、彼は霧の向こうへ消えていってしまった。
間違いない、あれは神田先生だ。アレンと任務かな?
じゃあ、これってマテールの亡霊?
辺りの景色をぐるりと見渡してみるが、霧が先ほどより濃くなっていてさらに周辺の状況はわからなくなっている。
仕方ないので、近くの壁にもたれて待っていようとしたが、そうもいかなかった。
目の前に、空からまた例のアクマがやってきた。
「・・・・・・・・っ!?」
あたしは、動くなと言われた約束を忘れて一目散にその場から逃げ出した。
(死ぬ、死ぬってこれ!)
死んだら元の世界に帰れない。
ここで生き延びて世界の結末さえ見れば、元の世界に帰れる。それが唯一の方法。
あたしはただひたすらに走った。
どこに向かって走っているのか、だれに助けを求めればいいのかを必死で考えながら。
いくら走っても周りの景色は変わらず、人一人出会うこともない。
「・・・・・・・か、神田せんせー!アレンーっ!!!」
必死で名前を叫んだが、もちろん誰も傍には来てくれない。
こんな時、ドラマやアニメなら誰かが助けに来てくれるのに。なんて、夢見たいなことをこの期に及んでまだ捨て切れていない自分の脳内に、腹が立つ。
(人には頼れない・・・自分の身は、自分で守る!)
あたしは、走って扉の開いている家に滑り込んだ。
そして、扉をバタン!と閉めて、辺りを見回した。
キッチンに行って、包丁を取ることも考えたが、相手との距離はそう遠くはなかったため、キッチンまで行ってる暇がない。
キョロキョロと辺りをもう一度見回すと、暖炉の上に置いてあった銃があった。
(だめ、銃は絶対に利かない・・・もうちょっと、可能性があるもの・・・・・・・・)
漫画の一巻で、AKUMAに銃を撃っているシーンがあったが、まるでダメージがなかったんだ。効くはずがない。
そこで、暖炉の横に置いてある槍が目に入った。
いや、槍というより銛のようなものかも知れないが、どちらでもよかった。
(これなら、いけるかもしれない!)
あたしは、置いてあったそれを手に取る。
アクマは、家の中にゆっくりと進んでくる。
「来るなら来いっ!あたしだって、逃げてばかりじゃないんだから!!」
神田先生の服を羽織り、槍を握る。
汗ばんだ手で、少し槍が滑る。
体中が震え上がっているのがわかって、怖い分だけ、強く槍を握り締めた。
アクマは、銃器を構える。
(向こうが撃つ前に!)
ダッシュで敵の横に回りこみ、あたしは飛んだ。
「うりゃああああああ!!」
槍の切っ先は、少し中に食い込む。しかし、そこから動かなくなった。
「え、ちょ、やばっ!」
宙ぶらりんになったあたしは、抜こうにも地に足がつかない状態だ。
かといって、武器を手放すわけにもいかない。
AKUMAについた銃器は、全てガチャリと音を立ててあたしのほうへ向き直る。
かっこ悪い姿をさらしたまま、AKUMAの近くでブラブラと地につかない足をばたつかせてみても、全くといっていいほど槍が抜ける気配はない。
横目で、アクマはあたしを見た。
ギョロリと動いた目に、体がビクついた。
(いやだっ!)
イノセンスじゃなければ、彼等を倒すことが出来ないのは知っていた。
でも、じゃあどうすればよかったのか。自分にはわからない。
これであたしの世界に帰れなくなった。
とりあえず負けたんだ、あたしは。
(早かったなぁ、ゲームオーバー)
目を閉じて、歯を食いしばって痛みが来るのを待った。
しかし、どれだけ我慢していても痛みはない。
一瞬で死んだのか、そう思って目を開けると―――
「大丈夫ですか?」
「・・・・・アレン・・・・・・・・・・・・・」
「え、どうして僕の名前っ」
「動くなっつっただろうが」
神田先生は、凄い形相であたしを睨みつけた。
(二度目の睨み!!)
「神田っ!怖がってるじゃないですか」
「うるせぇモヤシ。刻むぞ」
「アレンです」
アレンは、あたしを抱えてくれている。
神田先生の背後には壊れたアクマがいる。
「た、助けてくれたの?」
あたしの言葉に、アレンはにっこりと笑い、神田はあたしから顔をそらしてアクマの方を見た。
「アクマに槍刺す奴、初めて見たぜ」
「なっ!」
「そうですよね。イノセンスじゃないのに、アクマに攻撃って出来るんですね」
「馬鹿力だったんだろ」
「ななっ!!」
「それにしても、ほんとに凄いですね。コムイさんが聞いたら喜びそうです」
「なななっ!!?」
「さっさと服返せよ。着てんじゃねぇ」
「ななななっ!」
「さっきから「な」ばっか言ってんじゃねぇよ。うるせー」
「神田!」
悔しいが、確かに彼の言うことが最もだ。
アレンの手から離れて、服を返すと乱暴に取り上げられた。
言ってることは正しいけど、ムカつく。神田先生ムカつく。
大体、あたしに貸してくれたのも別に嬉しかったし、動くなって言われたのを破ったのはあたしだけど。
あれは緊急事態だったんだから仕方ないでしょ!アクマが近くに寄ってきて銃構えれば誰だって逃げるっつーの。
エクソシストじゃないんだから戦うとか無理だし、逃げずに止まってたら死んでたし!死ねってこと!?信じられない、サイテー。
「あの、考えてること喋っちゃってますけど」
「・・・・・・・あれ?」
神田先生の頭に、怒ってるマークが見えた気がした。
「ていうか!二人とも、あたしのこと・・・覚えてない!?」
「え?」
「・・・・・・・・・・」
「えっと……敵との戦闘中に、私と幻みたいなところで会って……」
彼等のきょとんとした顔に、もしやロードの言っていたことは全て嘘で、私と彼等は初対面なのでは? と段々冷や汗が出てきた。
ここで彼等に保護してもらえなければ、またさっきのような目に合うかもしれないと考えると、恐怖で足が震える。
「こことは違う、英会話教室……どこかの部屋で神田先生にアレンと一緒に勉強してたと思うんだけど……」
英会話教室という単語は、もし彼等が私を覚えていなかった場合説明がややこしくなるので止めた。
しかし、自分の今話している英語は通じているだろうか。
彼等にノアの仲間と勘違いされないように、注意して話さなければ。
「で、私にイノセンスがあるとか、なんとか言ってて……ていうか本当に覚えてないの? 私、天月ヒカルだけど…………」
「「・・・・・・・・!?」」
二人は、目を見開いてあたしを凝視した。
「ヒカル!?」
「そうそう!良かったー、二人に会えて」
「お前、なんでここにいる」
「なんでって、ロー・・・・」
あたしは、そこで慌てて自分の口を塞いだ。
(あっぶなー!うっかり口が滑るとこだった。ゲームだってことを、誰にも言っちゃ駄目なんだった)
「えっと、あたしの中にイノセンスがあるらしくって・・・教団に行って取ってもらおうかと・・・・・」
「イノセンスを持っていることは知っていたのですが、まさか体内に宿しているとは」
「寄生型じゃねぇのか」
「なんか、エクソシストじゃないみたい・・・イノセンスとか使えなかったし」
「そうですね。使えてたら、さっきのAKUMAに手こずったりしません」
「とにかく!あたしを、教団に連れて行って欲しいんだけど(安全な場所に行きたい)」
「あの敵、結局人の姿のまま消えてしまって……幻を扱うAKUMAは初めて見たので、まさかヒカルが本物の人だったとは」
アレンの言葉に、ロードの名前を言わなくて良かったと安堵する。
彼等は、あれが初対面だったのだろう。
(あれ……でも、そうなると原作のミランダの話の時に初対面じゃないことになるんじゃ…………)
「とにかく、教団に連れてくぞ」
「そういえば、ラビは?」
「アイツなら、別任務に就いた」
とにもかくにも、どうにかしてアレンと神田に偶然的にも出会うことが出来たあたしは、これから教団へ行くことになった。
一抹の不安は、残したままに。
「え、っと神田クン?その子、誰なのかな?」
「天月ヒカル」
「いや、名前だけ言われてもね・・・」
神田クンの後ろにいる彼女は、異国の服を着てアレンくんの隣にいた。
「頭、大丈夫?」
「神田せんせ・・・・・じゃなくて、神田さん!に殴られました」
「そうなんだ。ごめんねぇ、神田クンは悪い子じゃないんだけど」
「悪い子ですよ!」
「あははは」
門番の身体検査すっ飛ばして二人が連れてきたから最初は驚いたけれど、アレンくんも居て連れて来てるわけだし、アクマではないことは確かだろう。
神田クンまでもが、教団内に彼女が入ることを勝手にだけれど許可したのだから、怪しいわけではないんだろうけど。
「室長、この子は一体どうしたんです?」
「体内にイノセンスを持った子、らしいんだ。詳しくは後ほど検査の結果を見てからじゃないと、わからないけどね」
「そうですか・・・でも、エクソシストというわけではないのですね?」
「今のところは、そうみたいです」
「・・・・そう、ですか」
少しホッとした様子の婦長は、彼女の手当てを続けた。
彼女は、僕らの会話を聞いてから喋らなくなった。
「エクソシストを、知ってるかい?」
「はい、アクマも知ってます」
「襲われたんだってね。アレンくんから聞いたよ。怖かっただろう?」
「えぇ、物凄く。もうここから出たくないぐらいに怖いです」
「・・・・・・・・そうだろうね。ここは、少なくとも街よりは安全だ」
彼女は、ずっと何かを考えているようだった。とても、不安そうに。
アクマに襲われれば、それは怖いだろう。
それに、顔を見る限りアジア系。
英語もたどたどしいところを見ると、僕らの会話も全て理解できているかどうか、怪しいところだ。
それに、アクマはイノセンス以外では壊せないのだから、通常の武器も全く役に立たないし、一般市民にとってはまさに恐怖で、悪魔と言える。
奴等とまともに対峙した一般人は珍しい。
今までは、全ていなくなっていたからだ。
だから、出来ることならここにかくまっていてあげたい。
しかし、そういうわけにもいかない。
ここは、そんな場所じゃないんだ。
自分に言い聞かせるようにして、僕は彼女をなるべく見ないようにした。
手当てが終わったのか、婦長が傷薬や包帯を片付ける音が聞こえ始めた。
「あの、コムイ室長さん」
「なんだい?」
「実は、あたし・・・・・・アクマに狙われてるんです」
「なんだって!?」
「何で狙われてるのかは、あたしにもわかりません。でも、ずっと逃げてきていて・・・・黒の教団なら助けてくれるという噂を聞いたので、やっとのことで辿り着いたんです」
(教団の立場上、きっとエクソシストや関係者以外はここに置いてもらえない……なら多少嘘ついてでも、ここに居なきゃいけない!)
彼女の真剣な眼差しに、僕は知らぬうちに両拳を強く握り締めていた。
それが何故か、見当もつかない感情が脳を支配しているような気分だ。
「そうだったの、辛かったわね」
「婦長さん!」
彼女は、婦長に抱きしめられて泣いている。
(駄目だ、流されては。同情を捨て、現実的に、論理的に考えなければならない)
アクマに狙われている。確かに、それなら見たことのない異国の服で彼女がここにやってきたのも、アレンくんたちに引っ付いてここまで来たのも納得できる。
「少しの間だけでも構いません。なんでもします。どうか、ここに少しの間だけでも居させてください!」
「わかった。上の方に報告してくるよ。それで了承が得られればここに居てもいいよ」
頭では、彼女をここに置いてはならないと、そう理解している。
それでも、気付けば僕は彼女の要望を聞き入れる形となってしまっていた。
こんなこと、あってはならないのに。
僕が大切なのはリナリーと、この場所だけだ。
(だから、彼女を……一般市民までを…………)
抱える範囲を広げるということは、その分傷つきやすくなる。
それは、この世界が余りにも非道で、残酷で、悲しい世界だからだ。
「あ、ありがとうございます!」
それでも、そんな世界でも彼女は笑顔を僕に見せた。
その姿が、リナリーと重なる。
どこまでも愛しい、僕の妹。
僕は、彼女を礼拝堂に案内してそこで待つように言った。
そこなら、他にも人は沢山いるし神に祈りたい気持ちだろうとも思って。
(天月ヒカルちゃん、か・・・・・)
コムイ室長さんに礼拝堂に案内されて、暫くここで待っていて欲しいといわれた。
何故ここで待たされるのかはよくわからないけれど、なんとかここでお世話になれそうになってきて、少し安心した。
アクマに狙われているというのは本当だし、嘘はついてないよね?
きっと、ロードがあたしを殺そうとしてくるに違いないもん。
怖いなぁー、ホント。
昨日まで一般人だったのに、急に犯罪者に追われる哀れな被害者気分だよ。
ため息をついて前を向くと、そこには大きな像とピアノがあり、ずらりと長椅子が並んでいる。
何人かの人たちは、お祈りをしていた。
白い服に身を包んでいる人ばかりで、彼等がファインダーなのだとわかった。
同じ仲間がアクマの犠牲になったのだろう。
どこかですすり泣く人の声も聞こえる。
こんなところで待っていて欲しいとは、結構きついなコムイ室長。
そうは思っていても、ここで厄介になれるのならこういうことは日常茶飯事なのだろう。
こんな光景にいつか自分も慣れてしまったりするのだろうかと思うと、背筋が冷えた。
礼拝堂にある大きなグランドピアノを見て、あたしは不意にロードの言葉を思い出した。
『ボクはぁ、ヒカルの血を早く浴びたいなぁ』
おぞましい言葉だと、思った。
あたしのいた世界では、そんなこと言う人はあたしの周りにいなかった。
(いたら、きっと犯罪者だ)
血を浴びる、それはまるで吸血鬼のようだと、ヒカルはぶるっと身体を震わせた。
(でもま、とりあえずあたしは安全圏にいれそうだし)
少し安心したら、眠気がどっと押し寄せてきた。
そのままあたしは長椅子に横たわって、目を閉じた。
(少しだけ、少しだけ・・・・・・・)
眠りの境目は、すぐに飛び越えられた。
目を覚ますと、礼拝堂にある窓から夕日の光が差し込んでいた。
(結構寝てしまった・・・・)
むくりと起き上がると、ブランケットがあたしにかけられていた。
誰か、かけてくれたのかな。
とりあえず神様にお礼の祈りを捧げた。
そして、どうしようかと立ち上がったとき、運良くコムイ室長がやってきて、彼に付いて来るようにと言われてあたしはブランケットを持ったまま彼に付いていった。
「ここは、僕の仕事部屋なんだけど・・・・えーっと」
ぐちゃっ、ごちゃっとした書類だらけの本だらけの凄い部屋。
そして、もうこれ以上散らかせないほどの凄さ。
(漫画通りなんだなぁ)
「あ、あったあった!これに、サインしてくれる?」
コムイ室長から渡された一枚の紙。
それはあたしがここで滞在するにあたっての注意事項みたいなものが書かれていた。
適当にさらりと読み、渡されたペンで名前を書いた。
全て理解できたかと言われると、当然ノーだ。
(英語、もっと真面目にやっとくんだった……)
後悔しても遅いが、内容は全て英語表記で、今も会話は全て英語。
こんな突然外国語が標準とされる場所で生活することを余儀なくされるなんて分かっていれば、もっと頑張って勉強しただろうに。
(………………いや、してないな)
どちらにしろ勉強しないであろう自分が容易に想像できた為、後悔することを止めた。
「はーい!これから君は僕らの歓迎すべきお客さんでーす!しばらくの間、よろしくねヒカルチャン!!」
「よろしくお願いします!」
直角に勢い良くお辞儀すると、真面目だなぁとコムイ室長は笑った。
「僕のことは、コムイさん♪とか、室長♪とかでいいからね」
「わかりました」
「あれ?呼んではくれないんだ・・・・・・・そうだよねぇ・・・・うわーん、リナリー!!!」
「室長ー、リナリーなら今は任務中ですよー」
「あ、ちょうど良いところにリーバー君が!」
「アンタが呼んだんでしょうが。つーか、仕事さっさとやっちゃって下さいよ。皆ギリギリなんすから」
「じゃあ、この子のことは後頼んだ!」
「は?ちょ、おい待てこら室長!!」
漫画の通り、やはりリーバーさんは苦労するポジションにいるようだ。
コムイさんは、花を背後に散らしながら廊下をスキップで去っていった。
絶対サボる気だなあの人は。と隣にいるリーバーさんがぼそっと呟く声が聞こえたけれど、聞いてないフリをした。
その後、リーバーさんはコムイさんから話を聞いていたらしく、あたしを部屋へと案内してくれた。
その間に、この教団内での色んな場所や事情なども彼は丁寧に話してくれた。
教団内のことは漫画を読んでたから知ってるつもりだったけど、実際入ってみれば教団内は広すぎて一回の説明では、自分の部屋と食堂と談話室ぐらいしか場所が覚えられなかった。
「あ、俺の自己紹介してなかったな。リーバーだ」
「あ、はい。あたしは天月ヒカルです。よろしくお願いします」
「アンタは客人だ。狭いところだがゆっくりしていってくれ。食事の用意が出来次第、誰か呼びに来させるからそれまでは部屋でくつろいでいてくれ」
リーバーさんは、あたしが部屋に入るのを確認して、また仕事に戻っていった。
(食事まで、部屋から出れなくなってしまった・・・・・)
にしても、アレンたちの部屋を絵で見たことあったけど、それより物凄く綺麗な部屋なんだけど。どこかの貴族の部屋のようだ。
床は全部にカーペットが敷かれていてふわふわだし、ソファも座り心地抜群で、トイレも風呂も凄く綺麗。
そして、何よりベッドが天蓋付きだ。
そんなベッドに喜べるような幼い年ではないのだが、さすがに感嘆の息を漏らさずにはいられない。
自分だけがこんなに贅沢な思いをしてしまっていいのかと疑問に思えてきた。
あたしは、コムイさんの配慮のおかげで教団にとって守るべき存在であり、客人としてもてなされる立場となった。おかげでこんな凄い待遇なのだけれど。
有難いけど、なんか罪悪感。
そんな思いを消すように、ベッドにダイブして枕に顔を埋めた。
(寝ててもいい、よね?誰か、呼びに来てくれるって言ってたし・・・・・)
こうして、教団内にて二度目の眠りに、あたしはついたのだった。
確かに、あたしの世界ではない別世界へと辿り着いてしまった。
街中は普通に人々が行き交い、馬車とかそういうのも走ってる。が、見えにくい。
かなり灰のような霧が辺りを包んでいて、正直音は聞こえるが正面から歩いてくる人すら近距離に来るまでぼやけている。
酷い空気環境だ。
そして、どこか遠くで汽笛の音も聞こえた。
「ごほっごほっ!」
漫画で読んだアレン・ウォーカーたちの世界そのものだ。
あたしは世紀末のロンドンのような街並みを見渡し、ため息より深く息を吐いた。
(本当に、ロード達のゲームをすることになっちゃったんだなぁ……夢なら早く覚めて欲しい)
さっきから行き交う街の人々は、あたしを不審者のような目で見て、あたしを避けて通っていく。
普通にTシャツにジャージなのだが、まぁこの世界でそんな格好をしている人はいるわけないし、当たり前なのだけど。
そもそもを考えると、制服姿で学校にいるときに千年公やロードに会ったというのに、ロードのゲームをしている間に着替えた服が今に適応しているのも不思議だ。
どれが現実で、どこから夢で現状はどうなっているのか。誰か詳しく教えて欲しい。
(そして、視線が痛い)
違うところへ思考を持って行っても変わらない訝し気な視線たち。
その視線を浴びながら、背中を丸めて早足でなるべく目立たないように歩いた。
にしても、漫画の中って感じがしない。
馬車とか、人とか街とか、まさに本物を見ているような気分だ。
咳が出るのだって、この場所の空気の悪さをあたしが感じてるってことだし。
(本物、なんだなぁ)
「きゃああああああああああ!」
急に、少し先で物凄い叫び声と激しい銃声が聞こえた。
その音が聞こえた途端、何かのスイッチが入ったかのように人々は自分の家へ逃げ込んだり、音とは反対方向へと走り出す。
あたしも、もちろんその人たちと混じって必死で走った。
そのとき、あたしたちとは反対方向へ向かう誰かと肩がぶつかった。そのせいで、勢いよくあたしは尻餅をついた。
「っ!!」
「あ、すいません!」
彼は、一礼しながら音のした方へ走っていった。
黒いローブを羽織り、白髪で目元に傷を持った彼————
「あ、ちょ、ま、待って!!」
あたしは、お尻の痛さとか、地面に座り込んでいたのに埃を払うこともせず彼を追いかけた。
(だって、あれは間違いない!アレン・ウォーカー!!)
この世界の結末を見届けるとは言っても、漫画を読んでいたとは言っても、見知らぬ土地で見知らぬ人々ばかりだ。
知ってる人がいるなら、知ってる場所があるなら、そこに居たい。
それに、黒の教団ならロードやアクマたちから守ってくれる。
(なんとしても、教団側にいたい!!)
そのためにも、必死で彼を追いかけたが途中で見失った。
「足、はやっ・・・・・・ごほっごほっ!」
霧は濃いし、なんか頭ボーッとするし、視界は暗いし見えにくいしなんかグラグラしてきたし。
あれ?なんか、意識・・・・が・・・・・・・
「息をするな。アクマの毒だ」
「・・・・・ん・・・・・・・・・・」
崩れそうになったあたしを無理やり立たせるようにあたしを支えて、後ろから男の声が言った。
「持ってろ」
彼は、自分の羽織っている服をあたしの顔に被せる。
そして、長い髪を風に揺らめかせて腰にあるものを引き抜いた。
「六幻、抜刀!」
急に光りだしたそれは、剣のようだった。
「動くなよ」
ギロりと睨まれて、無意識にコクコクと頷くと、彼は霧の向こうへ消えていってしまった。
間違いない、あれは神田先生だ。アレンと任務かな?
じゃあ、これってマテールの亡霊?
辺りの景色をぐるりと見渡してみるが、霧が先ほどより濃くなっていてさらに周辺の状況はわからなくなっている。
仕方ないので、近くの壁にもたれて待っていようとしたが、そうもいかなかった。
目の前に、空からまた例のアクマがやってきた。
「・・・・・・・・っ!?」
あたしは、動くなと言われた約束を忘れて一目散にその場から逃げ出した。
(死ぬ、死ぬってこれ!)
死んだら元の世界に帰れない。
ここで生き延びて世界の結末さえ見れば、元の世界に帰れる。それが唯一の方法。
あたしはただひたすらに走った。
どこに向かって走っているのか、だれに助けを求めればいいのかを必死で考えながら。
いくら走っても周りの景色は変わらず、人一人出会うこともない。
「・・・・・・・か、神田せんせー!アレンーっ!!!」
必死で名前を叫んだが、もちろん誰も傍には来てくれない。
こんな時、ドラマやアニメなら誰かが助けに来てくれるのに。なんて、夢見たいなことをこの期に及んでまだ捨て切れていない自分の脳内に、腹が立つ。
(人には頼れない・・・自分の身は、自分で守る!)
あたしは、走って扉の開いている家に滑り込んだ。
そして、扉をバタン!と閉めて、辺りを見回した。
キッチンに行って、包丁を取ることも考えたが、相手との距離はそう遠くはなかったため、キッチンまで行ってる暇がない。
キョロキョロと辺りをもう一度見回すと、暖炉の上に置いてあった銃があった。
(だめ、銃は絶対に利かない・・・もうちょっと、可能性があるもの・・・・・・・・)
漫画の一巻で、AKUMAに銃を撃っているシーンがあったが、まるでダメージがなかったんだ。効くはずがない。
そこで、暖炉の横に置いてある槍が目に入った。
いや、槍というより銛のようなものかも知れないが、どちらでもよかった。
(これなら、いけるかもしれない!)
あたしは、置いてあったそれを手に取る。
アクマは、家の中にゆっくりと進んでくる。
「来るなら来いっ!あたしだって、逃げてばかりじゃないんだから!!」
神田先生の服を羽織り、槍を握る。
汗ばんだ手で、少し槍が滑る。
体中が震え上がっているのがわかって、怖い分だけ、強く槍を握り締めた。
アクマは、銃器を構える。
(向こうが撃つ前に!)
ダッシュで敵の横に回りこみ、あたしは飛んだ。
「うりゃああああああ!!」
槍の切っ先は、少し中に食い込む。しかし、そこから動かなくなった。
「え、ちょ、やばっ!」
宙ぶらりんになったあたしは、抜こうにも地に足がつかない状態だ。
かといって、武器を手放すわけにもいかない。
AKUMAについた銃器は、全てガチャリと音を立ててあたしのほうへ向き直る。
かっこ悪い姿をさらしたまま、AKUMAの近くでブラブラと地につかない足をばたつかせてみても、全くといっていいほど槍が抜ける気配はない。
横目で、アクマはあたしを見た。
ギョロリと動いた目に、体がビクついた。
(いやだっ!)
イノセンスじゃなければ、彼等を倒すことが出来ないのは知っていた。
でも、じゃあどうすればよかったのか。自分にはわからない。
これであたしの世界に帰れなくなった。
とりあえず負けたんだ、あたしは。
(早かったなぁ、ゲームオーバー)
目を閉じて、歯を食いしばって痛みが来るのを待った。
しかし、どれだけ我慢していても痛みはない。
一瞬で死んだのか、そう思って目を開けると―――
「大丈夫ですか?」
「・・・・・アレン・・・・・・・・・・・・・」
「え、どうして僕の名前っ」
「動くなっつっただろうが」
神田先生は、凄い形相であたしを睨みつけた。
(二度目の睨み!!)
「神田っ!怖がってるじゃないですか」
「うるせぇモヤシ。刻むぞ」
「アレンです」
アレンは、あたしを抱えてくれている。
神田先生の背後には壊れたアクマがいる。
「た、助けてくれたの?」
あたしの言葉に、アレンはにっこりと笑い、神田はあたしから顔をそらしてアクマの方を見た。
「アクマに槍刺す奴、初めて見たぜ」
「なっ!」
「そうですよね。イノセンスじゃないのに、アクマに攻撃って出来るんですね」
「馬鹿力だったんだろ」
「ななっ!!」
「それにしても、ほんとに凄いですね。コムイさんが聞いたら喜びそうです」
「なななっ!!?」
「さっさと服返せよ。着てんじゃねぇ」
「ななななっ!」
「さっきから「な」ばっか言ってんじゃねぇよ。うるせー」
「神田!」
悔しいが、確かに彼の言うことが最もだ。
アレンの手から離れて、服を返すと乱暴に取り上げられた。
言ってることは正しいけど、ムカつく。神田先生ムカつく。
大体、あたしに貸してくれたのも別に嬉しかったし、動くなって言われたのを破ったのはあたしだけど。
あれは緊急事態だったんだから仕方ないでしょ!アクマが近くに寄ってきて銃構えれば誰だって逃げるっつーの。
エクソシストじゃないんだから戦うとか無理だし、逃げずに止まってたら死んでたし!死ねってこと!?信じられない、サイテー。
「あの、考えてること喋っちゃってますけど」
「・・・・・・・あれ?」
神田先生の頭に、怒ってるマークが見えた気がした。
「ていうか!二人とも、あたしのこと・・・覚えてない!?」
「え?」
「・・・・・・・・・・」
「えっと……敵との戦闘中に、私と幻みたいなところで会って……」
彼等のきょとんとした顔に、もしやロードの言っていたことは全て嘘で、私と彼等は初対面なのでは? と段々冷や汗が出てきた。
ここで彼等に保護してもらえなければ、またさっきのような目に合うかもしれないと考えると、恐怖で足が震える。
「こことは違う、英会話教室……どこかの部屋で神田先生にアレンと一緒に勉強してたと思うんだけど……」
英会話教室という単語は、もし彼等が私を覚えていなかった場合説明がややこしくなるので止めた。
しかし、自分の今話している英語は通じているだろうか。
彼等にノアの仲間と勘違いされないように、注意して話さなければ。
「で、私にイノセンスがあるとか、なんとか言ってて……ていうか本当に覚えてないの? 私、天月ヒカルだけど…………」
「「・・・・・・・・!?」」
二人は、目を見開いてあたしを凝視した。
「ヒカル!?」
「そうそう!良かったー、二人に会えて」
「お前、なんでここにいる」
「なんでって、ロー・・・・」
あたしは、そこで慌てて自分の口を塞いだ。
(あっぶなー!うっかり口が滑るとこだった。ゲームだってことを、誰にも言っちゃ駄目なんだった)
「えっと、あたしの中にイノセンスがあるらしくって・・・教団に行って取ってもらおうかと・・・・・」
「イノセンスを持っていることは知っていたのですが、まさか体内に宿しているとは」
「寄生型じゃねぇのか」
「なんか、エクソシストじゃないみたい・・・イノセンスとか使えなかったし」
「そうですね。使えてたら、さっきのAKUMAに手こずったりしません」
「とにかく!あたしを、教団に連れて行って欲しいんだけど(安全な場所に行きたい)」
「あの敵、結局人の姿のまま消えてしまって……幻を扱うAKUMAは初めて見たので、まさかヒカルが本物の人だったとは」
アレンの言葉に、ロードの名前を言わなくて良かったと安堵する。
彼等は、あれが初対面だったのだろう。
(あれ……でも、そうなると原作のミランダの話の時に初対面じゃないことになるんじゃ…………)
「とにかく、教団に連れてくぞ」
「そういえば、ラビは?」
「アイツなら、別任務に就いた」
とにもかくにも、どうにかしてアレンと神田に偶然的にも出会うことが出来たあたしは、これから教団へ行くことになった。
一抹の不安は、残したままに。
「え、っと神田クン?その子、誰なのかな?」
「天月ヒカル」
「いや、名前だけ言われてもね・・・」
神田クンの後ろにいる彼女は、異国の服を着てアレンくんの隣にいた。
「頭、大丈夫?」
「神田せんせ・・・・・じゃなくて、神田さん!に殴られました」
「そうなんだ。ごめんねぇ、神田クンは悪い子じゃないんだけど」
「悪い子ですよ!」
「あははは」
門番の身体検査すっ飛ばして二人が連れてきたから最初は驚いたけれど、アレンくんも居て連れて来てるわけだし、アクマではないことは確かだろう。
神田クンまでもが、教団内に彼女が入ることを勝手にだけれど許可したのだから、怪しいわけではないんだろうけど。
「室長、この子は一体どうしたんです?」
「体内にイノセンスを持った子、らしいんだ。詳しくは後ほど検査の結果を見てからじゃないと、わからないけどね」
「そうですか・・・でも、エクソシストというわけではないのですね?」
「今のところは、そうみたいです」
「・・・・そう、ですか」
少しホッとした様子の婦長は、彼女の手当てを続けた。
彼女は、僕らの会話を聞いてから喋らなくなった。
「エクソシストを、知ってるかい?」
「はい、アクマも知ってます」
「襲われたんだってね。アレンくんから聞いたよ。怖かっただろう?」
「えぇ、物凄く。もうここから出たくないぐらいに怖いです」
「・・・・・・・・そうだろうね。ここは、少なくとも街よりは安全だ」
彼女は、ずっと何かを考えているようだった。とても、不安そうに。
アクマに襲われれば、それは怖いだろう。
それに、顔を見る限りアジア系。
英語もたどたどしいところを見ると、僕らの会話も全て理解できているかどうか、怪しいところだ。
それに、アクマはイノセンス以外では壊せないのだから、通常の武器も全く役に立たないし、一般市民にとってはまさに恐怖で、悪魔と言える。
奴等とまともに対峙した一般人は珍しい。
今までは、全ていなくなっていたからだ。
だから、出来ることならここにかくまっていてあげたい。
しかし、そういうわけにもいかない。
ここは、そんな場所じゃないんだ。
自分に言い聞かせるようにして、僕は彼女をなるべく見ないようにした。
手当てが終わったのか、婦長が傷薬や包帯を片付ける音が聞こえ始めた。
「あの、コムイ室長さん」
「なんだい?」
「実は、あたし・・・・・・アクマに狙われてるんです」
「なんだって!?」
「何で狙われてるのかは、あたしにもわかりません。でも、ずっと逃げてきていて・・・・黒の教団なら助けてくれるという噂を聞いたので、やっとのことで辿り着いたんです」
(教団の立場上、きっとエクソシストや関係者以外はここに置いてもらえない……なら多少嘘ついてでも、ここに居なきゃいけない!)
彼女の真剣な眼差しに、僕は知らぬうちに両拳を強く握り締めていた。
それが何故か、見当もつかない感情が脳を支配しているような気分だ。
「そうだったの、辛かったわね」
「婦長さん!」
彼女は、婦長に抱きしめられて泣いている。
(駄目だ、流されては。同情を捨て、現実的に、論理的に考えなければならない)
アクマに狙われている。確かに、それなら見たことのない異国の服で彼女がここにやってきたのも、アレンくんたちに引っ付いてここまで来たのも納得できる。
「少しの間だけでも構いません。なんでもします。どうか、ここに少しの間だけでも居させてください!」
「わかった。上の方に報告してくるよ。それで了承が得られればここに居てもいいよ」
頭では、彼女をここに置いてはならないと、そう理解している。
それでも、気付けば僕は彼女の要望を聞き入れる形となってしまっていた。
こんなこと、あってはならないのに。
僕が大切なのはリナリーと、この場所だけだ。
(だから、彼女を……一般市民までを…………)
抱える範囲を広げるということは、その分傷つきやすくなる。
それは、この世界が余りにも非道で、残酷で、悲しい世界だからだ。
「あ、ありがとうございます!」
それでも、そんな世界でも彼女は笑顔を僕に見せた。
その姿が、リナリーと重なる。
どこまでも愛しい、僕の妹。
僕は、彼女を礼拝堂に案内してそこで待つように言った。
そこなら、他にも人は沢山いるし神に祈りたい気持ちだろうとも思って。
(天月ヒカルちゃん、か・・・・・)
コムイ室長さんに礼拝堂に案内されて、暫くここで待っていて欲しいといわれた。
何故ここで待たされるのかはよくわからないけれど、なんとかここでお世話になれそうになってきて、少し安心した。
アクマに狙われているというのは本当だし、嘘はついてないよね?
きっと、ロードがあたしを殺そうとしてくるに違いないもん。
怖いなぁー、ホント。
昨日まで一般人だったのに、急に犯罪者に追われる哀れな被害者気分だよ。
ため息をついて前を向くと、そこには大きな像とピアノがあり、ずらりと長椅子が並んでいる。
何人かの人たちは、お祈りをしていた。
白い服に身を包んでいる人ばかりで、彼等がファインダーなのだとわかった。
同じ仲間がアクマの犠牲になったのだろう。
どこかですすり泣く人の声も聞こえる。
こんなところで待っていて欲しいとは、結構きついなコムイ室長。
そうは思っていても、ここで厄介になれるのならこういうことは日常茶飯事なのだろう。
こんな光景にいつか自分も慣れてしまったりするのだろうかと思うと、背筋が冷えた。
礼拝堂にある大きなグランドピアノを見て、あたしは不意にロードの言葉を思い出した。
『ボクはぁ、ヒカルの血を早く浴びたいなぁ』
おぞましい言葉だと、思った。
あたしのいた世界では、そんなこと言う人はあたしの周りにいなかった。
(いたら、きっと犯罪者だ)
血を浴びる、それはまるで吸血鬼のようだと、ヒカルはぶるっと身体を震わせた。
(でもま、とりあえずあたしは安全圏にいれそうだし)
少し安心したら、眠気がどっと押し寄せてきた。
そのままあたしは長椅子に横たわって、目を閉じた。
(少しだけ、少しだけ・・・・・・・)
眠りの境目は、すぐに飛び越えられた。
目を覚ますと、礼拝堂にある窓から夕日の光が差し込んでいた。
(結構寝てしまった・・・・)
むくりと起き上がると、ブランケットがあたしにかけられていた。
誰か、かけてくれたのかな。
とりあえず神様にお礼の祈りを捧げた。
そして、どうしようかと立ち上がったとき、運良くコムイ室長がやってきて、彼に付いて来るようにと言われてあたしはブランケットを持ったまま彼に付いていった。
「ここは、僕の仕事部屋なんだけど・・・・えーっと」
ぐちゃっ、ごちゃっとした書類だらけの本だらけの凄い部屋。
そして、もうこれ以上散らかせないほどの凄さ。
(漫画通りなんだなぁ)
「あ、あったあった!これに、サインしてくれる?」
コムイ室長から渡された一枚の紙。
それはあたしがここで滞在するにあたっての注意事項みたいなものが書かれていた。
適当にさらりと読み、渡されたペンで名前を書いた。
全て理解できたかと言われると、当然ノーだ。
(英語、もっと真面目にやっとくんだった……)
後悔しても遅いが、内容は全て英語表記で、今も会話は全て英語。
こんな突然外国語が標準とされる場所で生活することを余儀なくされるなんて分かっていれば、もっと頑張って勉強しただろうに。
(………………いや、してないな)
どちらにしろ勉強しないであろう自分が容易に想像できた為、後悔することを止めた。
「はーい!これから君は僕らの歓迎すべきお客さんでーす!しばらくの間、よろしくねヒカルチャン!!」
「よろしくお願いします!」
直角に勢い良くお辞儀すると、真面目だなぁとコムイ室長は笑った。
「僕のことは、コムイさん♪とか、室長♪とかでいいからね」
「わかりました」
「あれ?呼んではくれないんだ・・・・・・・そうだよねぇ・・・・うわーん、リナリー!!!」
「室長ー、リナリーなら今は任務中ですよー」
「あ、ちょうど良いところにリーバー君が!」
「アンタが呼んだんでしょうが。つーか、仕事さっさとやっちゃって下さいよ。皆ギリギリなんすから」
「じゃあ、この子のことは後頼んだ!」
「は?ちょ、おい待てこら室長!!」
漫画の通り、やはりリーバーさんは苦労するポジションにいるようだ。
コムイさんは、花を背後に散らしながら廊下をスキップで去っていった。
絶対サボる気だなあの人は。と隣にいるリーバーさんがぼそっと呟く声が聞こえたけれど、聞いてないフリをした。
その後、リーバーさんはコムイさんから話を聞いていたらしく、あたしを部屋へと案内してくれた。
その間に、この教団内での色んな場所や事情なども彼は丁寧に話してくれた。
教団内のことは漫画を読んでたから知ってるつもりだったけど、実際入ってみれば教団内は広すぎて一回の説明では、自分の部屋と食堂と談話室ぐらいしか場所が覚えられなかった。
「あ、俺の自己紹介してなかったな。リーバーだ」
「あ、はい。あたしは天月ヒカルです。よろしくお願いします」
「アンタは客人だ。狭いところだがゆっくりしていってくれ。食事の用意が出来次第、誰か呼びに来させるからそれまでは部屋でくつろいでいてくれ」
リーバーさんは、あたしが部屋に入るのを確認して、また仕事に戻っていった。
(食事まで、部屋から出れなくなってしまった・・・・・)
にしても、アレンたちの部屋を絵で見たことあったけど、それより物凄く綺麗な部屋なんだけど。どこかの貴族の部屋のようだ。
床は全部にカーペットが敷かれていてふわふわだし、ソファも座り心地抜群で、トイレも風呂も凄く綺麗。
そして、何よりベッドが天蓋付きだ。
そんなベッドに喜べるような幼い年ではないのだが、さすがに感嘆の息を漏らさずにはいられない。
自分だけがこんなに贅沢な思いをしてしまっていいのかと疑問に思えてきた。
あたしは、コムイさんの配慮のおかげで教団にとって守るべき存在であり、客人としてもてなされる立場となった。おかげでこんな凄い待遇なのだけれど。
有難いけど、なんか罪悪感。
そんな思いを消すように、ベッドにダイブして枕に顔を埋めた。
(寝ててもいい、よね?誰か、呼びに来てくれるって言ってたし・・・・・)
こうして、教団内にて二度目の眠りに、あたしはついたのだった。