+暗黒城+
「うぅ~む…どうだろうか」
そう言いながらドドンタスは
マオへと一枚の紙を見せる。
向き合う形で着席する二人の卓上にスライドされた紙を
彼女はそのままじっと見つめ、ドドンタスは生唾を飲む。
…そんな事の発端は、
マオが緑の男を見送った後の出来事だ。
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暗闇を見上げて標的を見失ったマネーラは大きくため息をついた。
「さっきの会議で言ってた例の男…だよね?緑の…」
「なぁにが負け犬よ!イヤなヤツ!」
彼の言動で一気にストレスが増幅したのだろう。
マオの声に対しても落ち着いた反応を見せる事はなく
彼が消えていった空を背にして彼女の元へ戻るも
その表情は憤慨した様子のままだ。
「しかも何!?伯爵様から命令されてたのに
あそこに居たって…まだ行ってなかったって事よね?」
「言われてみれば…そうだね」
「ハァーなんであんな協調性のカケラもなさそうなヤツを…」
「多分、ナスタシアの術で仲間にしたんじゃないのかな」
「ナっちゃんの?あいつを??」
「うん。目がこう…部下達と同じ感じだったし、
あんなに荒っぽくはなさそうだったけど…似たような人が紛れてたし」
「じゃああの雑魚達と同じぐらいの実力って事じゃないの?」
「うーん…」
黒いツナギではなく紺色を着た彼の姿の記憶をなんとか蘇らせる。
正直落としてしまった本の事で必死だったが
途中で裏切られていたものの、確かにクリボーと同行していた。
しかし同じような状況で違う所といえばその後の対処だろう。
ピーチ姫はディメーンによって遠くへと飛ばされ、
魔王はノワールによって同じように飛ばされ、
しかし緑のヒゲ男と呼ばれたその男は
誰からの手も与えられる事なくナスタシア軍団に捕獲されていた。
性格の豹変具合が気がかりな所ではあるが
例の男が緑のヒゲであるならばそういう事になるのだろう。
「魔王とピーチ姫は効かないかもって言ってたのけど…
あの人はそうでもなかったって事…なのかな?」
「さあね。まあ優れてる所を言うなら~…あの胡散臭いロボット?
騒音は最悪だったけど、さすがのアタシもあんなの造れないわ」
「胡散臭い…まあ、不思議な形だったけど」
きっと
マオが出ていた時に響いていたのだろう。
その音を知らない彼女はただ軽く相槌を打つぐらいしかできない。
「不思議な形~っていえば…まあたお城の形変わってたわよねえ」
外の空気も相まって落ち着きを取り戻してきたのか
小さくため息をつきながら
マオの横を過ぎ城内へと戻ろうとする。
マオもその後を追うように足を動かした。
「廊下の床が無くなってたり…複雑になってるよね」
「これもアタシ達の失敗を見越した勇者対策、って事かしらぁ」
「…勇者対策もだけど、ほら。
お城に隠れてる魔王の部下を炙り出す為もあると思うよ」
「そうだといいけど…」
落ち着く所かどこか脱力とした声色に思わず顔を覗き込もうとするも
それを阻止するかのようにマネーラが勢いよく振り向き、
マオと向き合う形で立ち止まる。
「ねえ
マオ!アタシ達も二手にわかれて探索しない?」
「二手に?」
「そりゃ二人になったから隅々まで見れるけどさあ…
あのレベルの雑魚達捕らえるのに二人もいらないでしょ?」
「ざこ…まあ…うん、それはそうだけど」
「だから!今ナっちゃんと別れて行動してる感じで
アタシたちも階数ごとに分担して効率良く探索!捕獲!って事よ!」
改めて見せた表情はいつものマネーラらしさのある笑みがあった。
少々面倒くさそうな様子を見つつもいつもの平常運転に戻った姿に
マオは安堵した様子で力強く頷いた。
………………………
先程の内郭のあった広場から二手に分かれ、
マオはそこから上の階を探索していた。
プライベートフロアの近くの階数まで辿り着いた時、
廊下の向こうから聞き覚えのある声が小さく響いていた。
「…あ!」
その声の主も
マオの姿を捉えるなり
そのまま一直線に彼女の元へ駆け寄る。
「
マオ!なにをしてるんだ?」
「お城の探索だよ。そういうドドンタスは?」
「ナスタシアから言われた反省文の作業をしていたのだが…
流石に疲れてな!少しドドンッと散歩をしようかと!」
それは以前にナスタシアが提示されたドドンタスへの課題。
しかしそれを与えられたのは
マオよりも前、
丁度マネーラが出動した後に出たものだ。
その様子からして未だに反省文を書き終えていないのだろう。
しかし反省文千枚となると原稿用紙に埋められる文字数を数えれば
約20万~40万もの文字を埋めなければならないだろう。
実際そんな文字数を瞬時に把握できるわけもないが
ただ彼の頭の事も考えればかなり厳しい道のりなのは確実だ。
「ちなみに探索というのは以前のカギやらの事か?」
「それもあるけど、ナスタシアのお手伝いも同時進行だね」
「なに!?お手伝いとは…?」
「え?ああ、ほら…魔王の部下がいるでしょ?それを捕まえるの」
謎の食いつき具合に思わず狼狽えるも
目の前のドドンタスの瞳は真っすぐ彼女を見つめている。
「なら俺様も一緒に手伝おう!!」
「でも、さっき言ってた反省文は?」
「ぐぬ!そうなのだが…」
ドドンタスはまさに根っからの肉体派を表現したような存在だ。
怪力無双の武人がただひたすらペンを片手に
机に長時間向かう事は苦痛と等しいものなのだろう。
ある意味それも謹慎中の処罰として成り立っているが
例の1000枚となるともはや拷問、まさに鬼の所業だ。
きっとそれから一時的に逃避するために体を動かしていたのだろう。
葛藤する彼の様子を見て
マオは少し唸った。
「じゃあせっかくだし、どっちもやろうよ!」
「ウム?」
「わたしも後でその反省文の手伝いをするから、
ドドンタスも一緒に捕まえるのを手伝ってもらおうかなって!」
「おお!それは良い作戦だ!!」
その言葉に力強く頷くドドンタスを見れば
彼女も自然と笑みを浮かべ、表情を和らげた。
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こうして今度はドドンタスと行動をする事になった
マオは
その言葉の通り先に城内の探索を行うも
やはり見つかるものは身を隠す魔王の部下達で。
しかし彼らの戦闘能力は
以前彼女が単体で対応したクリボー達とは違っており、
先程籠城していたトゲノコやカメックのように
複雑な武器や武装で立ち向かう者達ばかりだ。
やはりこのタイミングまで生き残っているという事もあり
ただの雑兵ではない、実力のある部下達なのだろう。
「ぎゃあああああーー!」
「どわっはっはっはーっ!どうした!?ドドンッとかかってこい!」
「なんだこいつぅ…!かっかかれーーっ!」
しかし伯爵ズという肩書を持つ彼らにとっては変わりないものだ。
特に応戦するドドンタスにとっては朝飯前であろう、
マネーラの時よりも簡単に捕らえては気絶させ続けており
素早さに特化する
マオの拘束の対応が追い付かない速度で。
「やっぱり勇者って…強かったんだな…」
それはもう
マオの口から思わず言葉が漏れる程だった。
…それが一通り落ち着いたのち、プライベートフロアの書庫に移動し
こうして机に向かって原稿用紙とにらみ合っていたのだ。
差し出された原稿用紙を眺める
マオを
先程の威勢を全てつぎ込んだのだろうドドンタスは
真剣な眼差しで彼女と原稿用紙を交互に見つめていた。
「…うん。読みやすくなったと思う!」
「お、おお!そうか!」
「でも残りの998枚に頑張ってつなげるのは厳しいかもね…」
「ウ、ウ~ン…やはりそうなのか…」
ドドンタスがちらりと見つめる先には重ねられた紙の束。
それが例の反省文用の原稿用紙だろう、
ハアと大きくため息をつくと背もたれに勢いよくもたれかかった。
「せめて腹筋100回とかスクワット100回とかなら
まだ耐えられたのだが…」
「もしかしたら…ナスタシアなりの気遣いだったかも?」
「これが?」
「そういう処罰はドドンタスにとってはエネルギーになるでしょ?
だからこういう…頭を冷やすというか、クールダウンというか…」
勿論、ナスタシアの本意ではなくいい加減な
マオの想像だ。
改めて思えば1000枚の反省文は
ドドンタスに限らず誰でも気が滅入る作業だろう。
そうすれば再戦の為のバネとなる悔しさが徐々に薄れていき
ふつふつと煮えたぎる感情も落ち着き冷静になっていく。
それが良い事かは与えられた者によって変わるだろうが
一直線の荒々しい感情を抱くよりは
その冷静さで策を練り直したりする方が効果的だろう。
そう思っていた
マオであったが
ドドンタスに響いているのかは定かではない。
しかし目の前の彼もその冷静さを取り戻した後なのだろう、
首をかしげながら唸ったのち、ゆっくりと頷いていた。
「という事は、この原稿用紙全てを埋めなくてもいいのか?」
「う~ん…もう時間も経ってるし別にいいんじゃないかな。
正直、そんな事してたら時間の無駄な気もするし…」
なんとか書いた2枚の原稿用紙を掲げる姿に
マオが苦笑すれば
そのまま原稿用紙を重ね、鉛筆を机に叩きつけた。
「よし!それならこれで与えられた処罰終わりだ!!
この完成した反省文でなんとかナスタシアに許しをもらうとしよう!」
「あはは…ちゃんとクールダウン出来てる事を祈ってるね」
「大丈夫だ!身体も動かして頭もスッキリと落ち着かせた!
俺様のコンディションはドドーンッと完全復活だ!!」
きっと例の緑のヒゲ男からすれば苛立ちのオンパレードだろう。
しかし胸を張りながら立ち上がり、自慢の腕を掲げる姿は
マオにとっては安心する熱さを帯びていた。
「…という事だ、次は俺様の番だな!」
「ん?」
「
マオの手伝いだ!
結局カギやら何も見つかっていないんだろう?」
「それはそうだけど…」
「確かその仕掛け絵本も関係していたな?
では丁度いいではないか!ここは書庫だ!
手がかりになるかもしれない情報があるかもしれないぞ!」
彼女も現状一度探索した城を改めて歩き回っている最中で
休憩とドドンタスの原稿の確認も兼ねて立ち寄ったこの場所は
彼女とマネーラ、ディメーンが揃った時から一度も来ていなかった。
そしてこの本を見つけ出したのもこの書庫だ。
呆然と見上げる
マオに反応する事なく
ドドンタスはそのまま本が並ぶ棚の奥へと歩いて行ってしまった。
「…手がかり、かあ」
本棚の奥で探っているのだろう、物音を聞きながら
彼女は座ったまま本を卓上に置くとゆっくりと開く。
薄暗い照明で煌めく鮮やかな黄色の南京錠を眺めながら
その本の隣に未使用のカギを広げ、
ふと一番最初に視界に入った緑の鍵を手に取る。
「…合わない」
つい最近手に入れた緑色の鍵。
しかしオレンジの南京錠の時と同じように穴に差し込める事もできず、
手に入れた順に今度は黄色の鍵も手にして試してみるも
やはり同色の組み合わせはそもそも合わないのか、同じ結果となった。
そして初めて
マオの手で手に入れたオレンジの鍵。
一度鍵全体を眺めると、ゆっくりと鍵穴へと向ける。
「…っ!!」
声は出さず、ただ瞼を見開き本を見つめる。
その視線の先には願っていた感触と結果が目の前で起こっていた。
慎重に更に奥へとさし込むとコツンと止まる音がする。
そしてゆっくりと手首をひねれば、カチャリと音が小さく鳴った。
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(っ…)
あの時と同じように眩い光と突風に包まれる。
風が落ち着き始めたタイミングで瞼を開けばまた違う光景で、
それは最初に見た温もりのある室内ではなく
鳥の鳴き声と木の葉が揺れて擦れる音が響く屋外だった。
体を動かせないのは変わりないが、
今度は立ち上がっている状態なのはすぐにわかった。
(ヒトが…沢山いる)
そしてもう一つ変化は視界を自由に動かせるようになった事だろう。
周囲を見渡せばその環境音に合った自然が広がっている。
木々の奥には何やら建造物が見えていたが
苔が生え形はかなり崩れていたりと良くない状態だ。
そしてその建造物付近にも彼女の周囲にも共通して居るのが
何やら色んな種族のヒトが集まっていた事だった。
マオのようなニンゲンの姿というよりは
ドドンタスやナスタシアなどのニンゲンの形に近いヒトばかりだ。
(…あ!)
武装をしている者もいれば白衣を着た者も居る中、
見覚えのある服装の集団に視線が向き、思わず声を漏らす。
それは
マオが着ているサファリジャケット。
しかし彼らが着ているのは彼女の様にボロボロの状態ではなく
多少汚れはありつつも比較的綺麗な状態だった。
そして
マオの意思は夢の中では影響されないのだろう、
記憶の中の"彼女"がそちらの方へと歩き出し、自然と体が動く。
「……—」
「——…」
よく見てみればその中心には誰かが立っており
彼らはその誰かを囲うように何かを話していたのだ。
勿論僅かに聞こえる声に
マオも耳を澄ませようとするも
彼女が憑依している"彼女"は気配に気付かれたくないのか
ある程度の距離を保ちながら静かに近付いていた。
「…よね?」
「いや……」
その声色の感情の違いからして
落ち着きのある男性の声が中心となっているのだろう。
周囲の彼らは興奮した様子で彼に話しかけているようだった。
そしてその集団の人陰に隠れられる程の距離へと接近すると
彼らの会話の声が鮮明に聞こえ始めた。
「いやあ、アレは一般市民の僕達でも耳に入る程大騒ぎでしたよ…」
「—さんもその部隊におられたのでしょう?
よくご無事に生還なされましたね」
「ハハハ。いやはや本当に…まさか皆殺しからの失踪だなんてね」
(失踪…?)
ヒト達の隙間から中心となっている人物を覗き見る。
彼も
マオと同じようなサファリジャケットを着ており、
特別待遇をされているのか地位の高い人物なのかは定かではないが
他の隊員とは違う形状のスカーフを巻いていた。
「みっ…皆殺しだったのですか!?」
「俺達は集団失踪としか…」
「ん?ンン…いや、除隊する前に嫌な噂を耳にしてね…
これはここだけのナイショ話だよ」
そして彼らが中心の男性に耳を傾ける。
マオは動けずにいたが、"彼女"も動かずその場に立ち尽くしたままで。
「我らが大将…ドドンタス大将軍に謀反を起こすという噂さ」(えっ…!?)
「謀反?そりゃまたどうして?」
「きっと世間では怪力無双で太っ腹な方で有名だろう?
しかし…本性は傍若無人の気性の荒いお方でね」
「ええ…?」
「耐えきれなくなった部下達が作戦を練っているのを見たのさ。
私は反対したが…まあ、その結果があの現状だ」
マオは聞き馴染みのある名前に反応するも
"彼女"にとっては赤の他人なのだろう、何も答える事もなく
ただ彼らの大人の会話を静かに聞いている。
中心の男の言葉を聞いた彼らの様子は様々で
信じられないような表情から複雑そうに俯く者も居た。
それはその会話を盗み聞きしている
マオも同じだった。
「しかし私は大将軍の右腕。使命を全うし護ろうとしたが…
彼はその者達を盾にし、反乱軍と同士討ちをさせようと…」
「なんと!?」
「躊躇ってしまってね…そしてここで命を捨てるべきではないと。
その本能に従って逃げてきたのさ…ハハ、主を捨てて無様だろう?」
「いやいや!決死の思いだったのでしょう…仕方がないですよ」
「それはその…上の人達にはお伝えになられたので?」
「生き残ったからには報告は必要だからね…
なるべく彼の名誉を傷つけないようにお伝えしたさ」(…!!)
じっと人の隙間から覗き見る"彼女"の視線と男の視線がパチリとあい、
"彼女"を見る男の表情が和らげ、穏やかな笑みを浮かべる。
そしてそれを"彼女"も感じているのかは定かではないが
その笑みを見た
マオの肌にはぞわりと悪寒が走っていた。
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「……
マオ!
マオっ!!」
「…あ?」
目の前の微笑む男を目にしながら脳内に響く
マオの名前。
気付いた彼女が数回まばたきをすれば、一瞬で視界が切り替わった。
先程まで広がっていた人の気配や自然物は全て消え去り
馴染みのある殺風景な黒い空間、沢山の本たち。
そして目の前でドドンタスが##NAM2##の両肩をゆすっており、
その表情はかなり焦燥とした様子だった。
「ど…どんたす……」
失踪した大将軍、ドドンタス。
彼の口からも実際に聞いたその悲惨な過去。
しかしその中身は夢で聞いたものとは違うもので。
「なんだなんだ!?どうしたんだ!!」
虚ろにも見えるのだろう複雑な眼差しを向けられるドドンタスも
困惑した様子でそう答えることしかできない。
夢に潜る前は座っていたが夢遊病のように立ち上がっていたのだろう。
動き出せばそのままふらついた足がもつれ
バランスを崩して体が横へと倒れこんでしまう。
「!!
マオっ!!」
だが強い衝撃は襲ってこず、ズシリと支えられる感覚が伝わる。
きっとドドンタスがそのまま彼女を抱えたのだろう。
彼の必死な声と安定感のある腕に安堵するように
マオの意識はゆっくりと遠ざかっていった。
№53 違和感のありか
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