+暗黒城+
「…!!」
「……!…」
暗闇の向こうで何やら騒がしい音が響く。
それはまるで誰かが口論でもしてるのかと思う程激しい声色。
朦朧とする頭にガンガンと響く程の発生源を確かめるために
重い瞼をゆっくりとこじ開けた。
「本当だマネーラ!俺様はなにもしていないぞ!」
「ハア!?じゃあ
マオのこの状態をどう説明するのよ!!」
「そ、それが俺様にもわからんのだ!」
開いた瞼から目玉だけを動かせば、
見える風景は書庫ではなく殺風景な自分の部屋。
遠くから聞こえていた声の正体はドドンタスとマネーラだった。
追求するマネーラに圧されるがまま
両手をあげるドドンタスの姿。
「マネー…ラ?」
「
マオっ!!大丈夫!?」
マオが小さく声を出せばマネーラは俊敏に反応する。
ベッドに体を置く彼女に抱き付くように近付けば
感情的になっていた状態から少しずつ落ち着き始め
普段通りの様子となった表情で
マオを見下ろした。
「ううん。大丈夫だけど…どうしたの?」
「だって!アイツが気を失ってる
マオを抱えてたから!」
「何度も言うが!俺様は何もしてないからな!!」
「…えっと」
彼の事だから嘘は言っていないのだろう、
しかし彼が何かしらやらかしたと思っているマネーラは
安定の強情さでひたすら彼を責め続けている状態で。
「じゃあなんで…」
「ドドンタスの言う通りだよ。ただお手伝いしてただけで…」
「やっぱり!アンタのペースで
無茶させたって事じゃないの!?」
「ち、違うよ!」
「うむ!俺様の反省文の確認をしてくれていただけだ!」
するとちゃんと持ち出していたらしい原稿用紙を取り出す。
3回に折られコンパクトになったその用紙を広げると
少々癖のある文字だが確かにマス目に文字が並べられている。
広げられた原稿用紙を神妙な目つきで睨みつけた後に
マオの方を見て、深くため息をついた。
「…そうみたいね。騒いで悪かったわ」
「誤解が解けたようでよかったぞ!」
「でね…新しいカギと南京錠は見つからなかったから、
その後に持ってたカギと南京錠を使ったら、開いたんだ」
「え!?」
なんとか状況が収まったタイミングの
マオの発言に
感情的ではない大きな声が再び響く。
目を見開き彼女を見つめるマネーラがまばたきをすれば
マオは部屋を見渡し、
デスクに置かれていた本を手に取る。
「突然眩しい光が見えて
マオが急に動かなくなったのは
そういう事だったのか!」
「つまり…あの時と同じ?」
「うん、そうだと思う」
「あの時…とは?俺様にはわからんが、
動かなくなったと思えば急に立ち上がって…とまあ、
反応が戻ってきたと思ったら突然倒れてしまったわけだ!」
「…という事は、またなんか見たって事よね?」
そのマネーラが問いかけに
マオはゆっくりと顔を俯かせた。
そのまま視線の先をマネーラから
近くにいたドドンタスへと向ける。
「…ん?」
振られるとは思ってなかった
彼女の複雑なまなざしに首を傾げる。
「ドドンタス…昔の、
大将軍だった頃にいた部下の人って覚えてる?」
「へ?」
「…む?」
唐突な言葉にマネーラも思わず頓狂な声を上げてしまう。
勿論ドドンタスも彼女の様にまばたきを繰り返したが
マオの表情は依然として真面目なままだ。
「?」
「うん…えっとね…男のヒト…大将軍の右腕だった…」
夢の中ではサファリジャケットを着た男のヒトだったその人物。
しかし時系列的には
ドドンタスがノワールの元へ行った後だろう、
言っても仕方のない特徴はあえて口にせず
その彼の口から発せられていた言葉を復唱する。
すると"右腕"という単語に何かが引っ掛かったのか
ドドンタスの眉がピクリと反応する。
「…おお!おお!!思い出したぞ!」
「相っ変わらずうるさいわね…!隣に居る事考えなさいよ!」
「すまんすまん!いやはや!俺様の右腕か…懐かしい言葉だ!」
指で耳を塞ぎながら眉をひそめるマネーラをよそに
ドドンタスは上機嫌な様子で天を仰ぎ、顎ヒゲを撫でた。
「やっぱりそうなんだ」
「うむ!ヒジョーに頭のいいヤツでな!
武力が自慢の我が部隊では
貴重な存在だったのは覚えているぞ!」
「アンタに部下がいたなんてねえ…」
「じゃあ、ナスタシアみたいなヒトだったって事?」
「そうだ!確か…"サンバ"とかいう役職だったはずだ!」
「さ、さんば?」
「急に踊りださないでよ…"参謀"、でしょ?」
「おお!それだ!サンボウ!」
豪快に高笑うドドンタスに思わず苦笑する。
本当にコレが1000人もの大軍を従えた大将軍なのかと、
マネーラは呆れたように彼を見つめるも
マオはただ頷き
手元にある本を掴む手を力強く握りしめた。
「というか、それが一体どうしたというのだ?」
「その…そのヒトが夢に出てきて」
「なに!?!」
「うわっ!」
するとその彼女の言葉に勢いよく身を乗り出す。
流石の二人も声を上げて反応するが、
ドドンタスはその様子に構う事なく
マオを凝視する。
「生きて…いたのか!?ソイツは!?」
しかしその彼の表情はいつも以上に真剣な眼差しで、
普段であれば苦笑して流したり
笑いに変えたりとやり過ごすだろうが
彼の普段では見る事のない表情に、彼女は静かに頷いた。
「そうか…そう、だったのか」
「そのヒト…わたしと同じ服を着てて、
もしかしたらここに来る前に居た組織だったのかなって」
「ソイツが…
マオと同じ服を…?」
彼は以前、"1000人の部下達は死んだ"と言っていた。
自身の目で見て脳に刻まれた記憶に
その光景が残っているからであろう。
彼女の発言はその記憶を塗りつぶすような言葉だったのか、
一瞬嬉しそうな表情を見せるもすぐさま眉をひそめながら
何かを考えるように乗り出した体を
ゆっくりと元の場所へと戻した。
「…その夢にドドンタスは?」
「いなかったし…話してた内容的にはドドンタスが言ってた
伯爵様が助けてくれた後の事な気がする」
「あの時のあとに…アイツが生き延びていたという事か…?」
「でもなんで
マオとコイツが急に結びついてくるのよ」
それはマネーラからすれば当たり前の反応だ。
共にやってきたディメーンと
マオを除けば
この場にいる伯爵ズは
全員が生まれ育った環境が違う初対面の間柄だ。
しかし以前、ドドンタスと
マオが二人で待機していた時
マオは彼の背負う紋から何故か既視感を得ている。
勿論、それは本来ドドンタスにしかわからないシンボルだ。
「そのヒト…多分、わたしの知ってるヒトだと思う」
「なに!?」
「どうしてそう思うのよ?」
最後に見えた彼の微笑む表情。
悪寒が走りつつも懐かしみのある、穏やかで優しい瞳。
たった一瞬の記憶で
そう発言していいものかと躊躇いもあったのか、
口にしようと小さく開くも途中で止まり、ゆっくりと閉じる。
「前に
マオが俺様のこの背負う紋を見たときに
懐かしい感じがあると言っていたな?」
「そうなの?」
「うん…」
「お前と同じような制服を着ているのかは謎だが…
関係するとしたらやはりそのオトコからだろう!」
一番最初に見た夢の中の女性の姿と
与えられた"感情"は違うのに
かすめた"感覚"だけが一致するむず痒い気持ち。
「…ん~まあまあ!言いづらいならまだいいわ」
そう黙っている様子を見て
しびれを切らしたのか空気を読んだのか、
マネーラが深くため息をつくとぱんぱんと両手を叩く。
「ごめん…」
「カギも余ってるんだから
どーせまだいろいろ隠れてるんでしょ?
もう少し見てから判断してみればいいじゃないの」
「…そういえば、知らぬうちにカギの数も増えていたな!」
ガサゴソと懐をあさり、緑と黄色の鍵を取り出す。
それを本が置かれていた卓上へと転がせば
照明できらりと輝いた。
あの時、書庫で置き去りになっていた本と鍵を回収し
鍵は今このタイミングまで取り出すのを忘れていたのだろう。
マオもその状態を見て安堵の一息をつき
ゆっくりと体の向きを変えて腰掛けるように足を地面につける。
そして進んだであろう本のページを静かにめくれば
初めて見る絵柄のページが彼らの瞳に映った。
「うわぁ…またゴチャゴチャしてる絵ねえ」
2ページ分の空間を大胆に使った技法は変わらず。
しかし次に現れたその絵柄は
大量の歯車で埋め尽くされていたのだ。
人の群れから茨へと遷移した際も感じた圧迫感が
歯車で使われている黒や銀の彩色でより増している。
「コレはなんだ?ヒトか?」
「それにしてはちっさくない?」
そしてよく観察してみれば、
やはりその歯車の中にも何かが隠れていた。
ヒトの形にも見える銀色の物体。
輪郭は全て直線で描かれており、
組み合わせられるパーツは四角形。
目鼻立ちは潰れているのか認識はできないものの
ソレはヒトというよりは
ブリキのロボットのようにも見えるだろう。
そして安定して古代文字の文章と、
その後ろのページに隠れる新しい南京錠のくぼみ。
「この穴はもしや!例の"コンペイトウ"か!?」
「"ナンキンジョウ"ね」
「あはは…でも、それはもう持ってないな」
卓上に置かれた鍵を手にし、そのくぼみのあるページに添える。
その形は確かに今まで手にした二つの南京錠と全く同じものだ。
「今まで見つけた南京錠もカギと同じ色だったからぁ…」
「あるとしたらこの黄色か緑色だろうな!」
「それかその両方って事よね。カギと合わせるなら」
「でもどこにあるのかが…」
「俺様はたまたま見つけたが、お前たちは見つけた場所で
何か気付くことはなかったのか?」
「アタシもたまたまかもねえ。
館に潜入した時に見つけた感じだし」
消滅した分も含め、数としては多い方の収集率だが
未だにその拾った場所との関連性が何もない状態だ。
ただ一つ、何かに気付いた
マオは小さく声を漏らす。
「…わたしたちがこうして
探して見つけた…って、なかったよね」
「探し…あ~言われてみれば…そうかも?」
「という事は、積極的に探すべきではないという事か?」
「その考え方だとそういう事になっちゃうけど…」
「じゃあアタシたちの今までの時間って
無駄だったって事ぉ~!?」
最終的な結論ではないものの、
考察したうえででた答えにマネーラはベッドへとダイブする。
そのはずみで隣に座っていた
マオが少し揺れ、
マネーラは仰向けになるように寝転がった。
「無駄じゃないと思うよ。ナスタシアの手伝いもできたし…」
「そうだけどぉ…」
「ナスタシア…ウム!そうだ!」
完全に脱力したマネーラをよそに
ドドンタスはどこか意気込んだ様子で声をあげると
そのまま二人の居るベッドから離れ、部屋の中央へと移動する。
「ではその手伝いは俺様が引き継ごう!
お前達はここで次の出動に向けて
ドドンッと体力を温存するのだ!」
「なあに?ソレ。急にダイショーグン様の面影見せちゃって」
「どわっはっは!実際そうだったからな!」
マオが目覚めた時の口論がなかったかのように
いつもの馴染みのある掛け合いに思わず笑みが零れる。
それを見ていたのか、ドドンタスも口角をあげると
両手を腰に当てながら胸を張った。
「まだまだ気になる事は残っているが、
その調子ならきっと例のオトコの事もわかってくるだろう!」
「うん、そうだね。慌てずに探してみるよ」
「うむ!そしてソイツは俺様の右腕だった者だ。
何かわかった事があれば
俺様にも教えてくれるとありがたい!」
「…わかった」
その言葉に満足気に頷けば、
まるで一番最初にドドンタスが出動した時の様に
威勢を纏いながらそのまま
彼女の部屋から飛び出して行ってしまった。
№54 スイートビター
「相変わらずうるさいオトコねぇ~」
体をほぐす様に手足を大きく伸ばし、
更にだらけながら天井を見る。
しかし
マオはマネーラとは真逆で
太ももに置いた本を見るようにじっと俯き見下ろしていた。
「わかった…事…」
傍若無人、反乱、同士討ち、皆殺し。
普段の彼からは感じ取れない
そんな疑わしい単語がグルグルと甦るも
あの様子を見て、
マオはそのまま真実がわかるまで
そっと心の中に封印する事にした。
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