+暗黒城+
「という訳で、流石の僕達もやられちゃったという訳さ」
あれからすぐに暗黒城へ戻った
マオとディメーン。
城内の途中でマネーラとナスタシアと出会えば
特にマネーラが何やら苦言を投げてきたものの、
ディメーンは気にしない様子で例の大広間へ移動する。
そこには既にノワールと呼ばれたのかドドンタスもおり
辿り着いた四人もいつもの定位置に立ち、現在に至る。
そしてディメーンが笑いながら結果を報告すると
ナスタシアはため息をつき、ノワールは軽く唸った。
「んっふっふ…彼等は強かったよ。これはひょっとすると…
予言も覆されちゃったりなんかしちゃったりなんかしてね~」
「変な事言わないでよっ!
マオまで連れ出して負けてきたくせに!」
「負けたのはお互い様でしょ~?
伯爵様の無敵守りの力すら
扱えないキミに言われたってなあ…」
「何をぉ…!」
「あ…えっと…」
そのおどけ具合に聞いていたマネーラが声を荒げる。
マオを挟んで一方的に睨みつければ
挟まれる彼女はただ動揺するしかできなかった。
「心配などいらぬでワ~ル!
白のヨゲン書が黒のヨゲン書に対抗すべく書かれた様に
黒のヨゲン書にも勇者に対抗する術が
記されているのでワ~ル」
マネーラとドドンタス、
マオの顔が一斉に彼を向く。
その表情は期待を込めてか、僅かながら明るく見えるだろう。
そしてディメーンはその場で腕を組み
マオ達よりは薄いリアクションではあるが、目線を向けた。
「へえ、それは初耳だね…それは一体どんな方法なんだい?」
「ワルワル…慌てない慌てない。そのうちわかるでワ~ル」
「ふ~ん…」
そうシルクハットを少し深く被れば
ディメーンにとってはつまらなかったのだろう、
小さく声を漏らしながら視線を外した。
そしてノワールはそのまま
背後に待機するナスタシアの方へと見下ろす。
「ではナスタシアよ。
先程言った通り、例の男を勇者退治に向かわせるのでワ~ル」
「承知いたしました」
軽く頭を下げる。
それを確認すれば、再び伯爵ズがいる方へ向く。
勿論何も知らされていない彼らは
ぽかんとノワールとナスタシアの囁きを見つめていたが
改めて向けられた視線で全員の背筋が伸びる。
「では皆の者、もう下がってよいでワ~ルぞ」
「「「「ははっ!ビバ伯爵!!」」」」
声を揃え、忠誠の言葉を口にする。
そしてドドンタスが先に塔から下りると
マネーラが素早く
マオの手を繋ぐと
ディメーンにべーっと舌を出すなり移動魔法で消える。
どこか既視感のある光景に苦笑を浮かべると、
一人となった彼も魔法で立ち去った。
「……」
部下達が全員いなくなり、
騒がしかった広間が一瞬にして静まると
背筋を伸ばしていたナスタシアが少し緩み、軽く俯く。
その小さな行動にすら気付いたノワールは
背を向けたまま目線を彼女へと向ける。
「何か言いたそうだな、ナスタシア」
「伯爵様…今ならまだ間に合います。お考えを変える気には…」
「その話はよせ、もうここまで来てしまったのだ。
お前こそいつまでもヨに付き従う必要はない。
ここを去ったとて責めはせぬ」
声に反応して俯いていたナスタシアが顔をあげる。
その顔はどこか悲痛で、しかし納得したように瞼を閉じる。
「いえ、私は既にこの命を伯爵様に差し上げたのです。
あの日、貴方に命を救っていただいた日から…」
胸にあてたてを握りしめ、決心したように瞼を開いた。
「最後までお供いたします」
迷いなく見つめる眼差しに芯の通った声色。
はたして彼女の中から霞む霧が消えたのかは定かではないが
そんなナスタシアの方へと体を向け、その瞳を見つめる。
そしてノワールは再び背を向け、瞼を閉じた。
「…好きにするがよい」
ナスタシアには聞こえていただろう。
暗く、低い声色で彼女の言葉に答えると
白いマントを広げ、魔法で大広間から立ち去っていった。
「…」
そしてナスタシアも彼が居た方へ頭を下げる。
彼が居なくなったことを確認したのち、
塔から降りてそのまま広間から出ていった。
「…んっん~♪伯爵とナスタシアの会話、
な~んか意味深だねぇ」
静寂とした大広間。
主の居ない塔は寂しくその場でそびえ立っており
無機質で不気味な空気だけがいきわたる。
そんな空間にディメーンの声が小さく響くと姿を現し
立ち去ったノワールの立つ高い塔を見下ろした。
「伯爵は一体何を考えてるやら…まあいいさ。
僕は自分がやらなきゃならないことをきっちりやるだけさぁ」
そしてまたニヤリと笑うと、
今度こそ魔法移動で立ち去っていった。
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「はぁあ~っ…」
マネーラの空気が抜けるようなため息が響き、
後ろから倒れこめば跳ねるようにベッドへと埋まる。
その隣に座っていた
マオは
握りしめた片手をじっと見つめていた。
そんな彼女の体にはマネーラが貼ったのだろうか
所々に絆創膏が貼られている。
「これで…」
「ん?」
「これでナスタシア以外の伯爵様の仲間…
みんな負けちゃったよね」
「…ん~」
その発言に咄嗟に言葉が出なかったのか
ごまかす様に瞼を閉じて声を漏らす。
ドドンタス、マネーラ、そしてディメーンと
マオと
殆ど連続での襲撃ではあったのに全く敵わなかった。
マネーラの話を聞けば勇者は3人と言っていたが
マオが出会ったのは4人かつ
そのうちの2人は目の前で消えたピーチ姫と魔王だった。
その流れ的に伯爵ズの初陣であったドドンタスの時は
あの赤い帽子の男と
神菜と呼ばれた
黒髪の少女の2人だったのだろう。
「勇者が、増えてる…」
「力押しのバカ集団かと思ってたけど、案外手強かったわねぇ」
そしてフェアリンと呼ばれる妖精。
ディメ~ン空間の時に見たあの妖精の事だろう
それすらも数を増やしているというらしい。
見えない所で力を増やして進軍する勇者たちに
マオは思わず深くため息をついた。
「ナスタシアはお城の仕事があるから…出撃できないし…」
「でもそのナっちゃんが言ってたわよ~
一人の男を向かわせたって」
「男?」
マネーラが上半身を起き上がらせ、隣の
マオと向かい合う。
不在だった
マオには心当たりがないのだろう、
そんな表情を見つつもマネーラは不満そうに口をとがらせる。
「なんか緑のヒゲ男らしいよ~
アタシはまだご挨拶してないけど」
「緑の…あ!!緑!」
そのワードに勢いよく立ち上がれば
向き合っていたマネーラも驚き、その拍子で体が後ろへ跳ねる。
立ち上がったまま懐を漁り、そこから何かをつかみ取れば
マネーラの目の前にソレを差し出した。
「またカギを見つけたの!今度は緑色と…オレンジの!」
「えっ!
マオも?」
しかしマネーラの反応は驚きというよりは嬉しさが混ざっており
同じように彼女も同じ形の鍵を
マオに見せた。
その鍵は白い模様と共に黄色に輝いている。
「マネーラも…!」
「コレとソレと…コレと合わせたらぁ…4本よね?
とはいえ数だけ増えてもねえ~」
そしてドドンタスからひったくった赤い鍵を取り出せば
4色の鍵が照明の光に照らされ輝いた。
赤、オレンジ、黄色、緑。
ヒントもなくただ立ち寄った先で見つけた鍵。
マネーラも鍵穴のありかを色々と模索していたらしいが
やはりこの色と雰囲気に合うものを
見つけられていないらしい。
「あ…あとね、」
「ん~?」
そして腰に携帯していた白い石造りの表紙をした本。
初めて城の外で開いても中身を見るだけで
変化のなかったそれを開くと
パラパラとページをめくり、ある場所で止める。
それはマネーラも一瞬だけ見ていた開ける最後のページ。
しかしそのハート型のくぼみにはオレンジ色が輝いていた。
「えっ!?なにコレ!?」
「南京錠…これはドドンタスが見つけたんだ」
「え゛!?またアイツがぁ?」
「あはは…うん。勇者を倒しに行った先で見つけたらしくて。
赤い鍵を見つけたのもドドンタスだったから、
この模様が印象に残ってたんだって」
「ふぅん…」
そして
マオが再びマネーラの隣に座る。
二人の間にできたスペースに南京錠を見せた状態の本を置くと
お互い所持していた鍵をベッドの上にばらまく。
マネーラがその鍵と本、南京錠を見つめながら唸っていたが
マオはそのまま赤い鍵を手に取ると
座った状態で本を見下ろす体勢のまま、
鍵穴へとカギを近付ける。
「…!!」
「おっ!」
同じ色のオレンジのカギでは一切感じなかった感触。
引っ掛かる事もなくスムーズに鍵穴に差し込む感覚に
ドクドクと期待する心臓が高鳴る。
やっと訪れた進展にごくりと生唾を飲むと
握りしめる鍵をゆっくりと回した。
—カチャリ
「…っ!」
「きゃあっ!」
小さな音が南京錠から響いた瞬間、
彼女達の視界が真っ白になる。
本から放たれた光なのだろうか、
そんな眩しさの中にオレンジと赤が混じる光が見えながらも
本能的な防御反応で力強く瞼を閉じてしまった。
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閉じた瞼に突風がぶつかる。
見えてなくても髪がなびいているのがわかるぐらいの感触に
風が止むと、そっと瞼を開いた。
(…え?)
そこは先程までいたマネーラの部屋ではなくなっていた。
何故か体は動けず、その場で瞳の動きだけで周囲を確認する。
マネーラの部屋のような華やかで乱雑とした内装ではなく
木目がはっきりと見える構造になっている内装。
いわゆるログハウスのような所で、空間はあまり広くない。
生活感のある家具が飾られており
確実に誰かが生活を営んでいる家という事は理解できた。
マオはそんな家具の一つであるダイニングチェアに座っていたが
まるで接着剤で固定されたように腰を浮かすことができない。
唯一動かせるのは眼球だけで。
それがマネーラの部屋にいた時の最後の体勢なのは
なんとなく思い出せていた。
「——」(…うわっ!)
足音が聞こえ座ったままそちらへと視線を向ける。
いつの間に現れたのだろうか、そこには女性が立っており
その声が聞こえるなり急に体が動き出す。
ログハウスの玄関だろう、
外からの逆光で姿はよく見えないものの
その女性は目の前に"彼女"がきたのを見て
包み込むようにそんな"彼女"を優しく抱きしめた。
「帰ってきたら、ちゃんと続きするから」
「うん」
「ご近所さんにも話しておいたから、困ったら頼るんだよ」
「うん」
「…元気でね」
マオ自身は一言も喋っていない。
しかし勝手に体が動き
抱きしめられる"彼女"が代わりに相槌を打つ。
(あれ…この声…)
マオの中で何かを思い出そうとするが
上手くひねり出せない。
そうしているうちに女性がゆっくりと離れ、
身長差のある"彼女"を見下ろす。
よく見れば、どこか視界がいつもより低く見える。
最後に"彼女"の頭を優しく撫でると
顔が見えない暗い影のまま、
背を向けて逆光の向こう側へと消えていく。
「…グスッ」
"彼女"は消えていく姿を眺めながら動く事なく、
ただすすり泣くようにその場に佇んでいた。
(…?)
そして女性が居なくなった真っ白の外。
マオが目を凝らしてみてみれば、微かに別の影が見える。
集団と、ぽつんと立っている人影。
しかし"彼女"はその影に気付く事なく
そのまま玄関の扉を閉めてしまった。
+++++++++++++++++++++++++++++++++++++++
「
マオ!
マオ!!」
「ん…あ?え?」
まばたきをしていれば、
マネーラの呼びかける声で視界が明るくなる。
そこはあのログハウスではなくいつもの彼女の部屋に戻っており
マオはベッドに腰掛けたままで、
マネーラがそんな彼女の両肩を掴みながら
揺すっている状態だった。
どういう状況だったかは定かではないものの
マネーラの様子からしてあまりよくない状況だったのだろうか。
まばたきと返事で意識が戻ったと察した彼女は
緊張の糸が解けるようにその場に座り込んだ。
「どうしたのよ…!?鍵はめた瞬間動かなくなって…」
「え?」
「声かけても返事かえってこなかったの!
人形みたいになってて…本当に焦ったんだからぁ…!」
「ご、ごめん!」
怒った様子を見せながらも
マオの反応を見て思わず笑みが浮かぶ。
安堵ゆえの気の緩みだろう、釣られて彼女も微笑むと
ふとベッドの上に置いてあっただろう本へと視線を移す。
「…え?!」
「いきなり光ったでしょ?
んで、それが落ち着いたらこうなってたの」
「無くなってる…」
くぼみにはめられた南京錠、それに差し込んだ鍵。
それらが綺麗に消えていたのだ。
代わりにあるのはただの白いページ。
この本特有の構成の
絵柄の間に挟まれている空白のページだろうか。
手を伸ばしゆっくりとページをめくれば
やはり空白ページが何枚から並び、
2ページ分使った絵柄が現れる。
「コレ…」
「な~んかイヤな絵!」
前の絵が大量の人に飲まれていた構図のように
今度は茨のようなものがページ全体を覆い
その中に何か生き物のようなシルエットが浮かんで見える。
黒などの暗い色調に映えるように飛ぶは黄色の光の玉。
それは巨人の絵柄にもあった存在だった。
マネーラが眉をひそめながらその絵柄を見つめていたが
何かを感じた
マオはそのままゆっくりとページを進める。
「…」
マネーラは連続して呆然としていたが
めーじを進めた
マオはただ静かにソレを見つめた。
そこには再びハート形のくぼみがあったのだ。
「もしかして、これ繰り返して進める感じ?」
「多分…いやきっとそう」
「…
マオ。返事がなかった時、何か見たの?」
「…え?」
ふとマネーラの顔に視線を向ける。
余程先程の状態が心配だったのか
注目が本から彼女へと変わっており
怒っている様子は見えないものの、真剣な眼差しだった。
「不思議な…夢。変なところで終わっちゃったけど」
「夢?」
「うん。でもこの本といい夢を見る条件といい、
見えるもの全部に何か意味がある気がするから…」
「…なるほどね。わかったわ。
でも急にああなられたら心臓に悪いから絶っっ対に!!
一人の時に見ようなんて事しないでよね!?」
「わ、わかった…」
その剣幕には流石に勝てず、
マオは素直に頷けば
やっと安心したのかいつもの様子に戻ると一息をつく。
そして再び視線をベッドの方へ向ける。
空白となって現れたページのくぼみとオレンジ、黄色、緑の鍵。
赤い鍵とオレンジの南京錠はなくなってしまったものの
それはこの本の謎を進めた証であろう。
「…てことは、まず探すべきなのはまた別の南京錠って事ね」
「そうだね…でもカギみたいにどこにあるか…」
「もお~ソレもカギも見つけたのが
ドドンタスなのが気に食わない~っ!」
「あはは…」
そしてその三つとなった鍵を今度はちゃんと
マオが全て引き取ると
手段を失ったページを閉じ、腰の装備へと戻した。
№45 覆う光
「…あの影はなんだったんだろう」
"夢"と感じたあの光景。
彼女にとってはただ不思議な光景だったのに
"彼女"と同調していたからだろうか、
何故か心が寂しくなるような感覚が残っていた。
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