+カクカク平原+
扉を抜けると涼しい風がマリオ達を包む。
新しい世界はラインラインランドと似たような爽やかな平原。
そこからの違いといえば、模る形がピクセルで統一されており
ドット絵が集まって作られたような世界だった。
空の色グラデーションも、雲の形も、
奥の奥行きも、地面のデコボコも全てがカクカクとしている。
懐かしさと可愛らしさが両立する不思議な光景だ。
また違う雰囲気の平原に
神菜は見とれるように足を動かす。
マリオとピーチもその様子を見守りながら見渡していると
どの方向か確認する為にアンナがひらりと三人の前に出た。
《扉が繋がったということは、
ここのどこかに4つ目のピュアハートがあるはずだけど…》
しかしその声色はいつものような芯のあるものではなく。
その場で全ての方向を見渡す姿に
神菜も気付く。
「どうしたの?」
《…奇妙ね。近くにあるのは感じられるけど、
どこにあるのかまったくわからないわ》
「どういうこと?」
ピーチが首を傾げるが、アンナは上手く言葉にできないのか
すぐに返答はせず小さく唸っていた。
《探すしかなさ…》
―ペロンッ
しかしそう伝えようとしたアンナの声が突然途切れる。
声が、というよりは彼女自身がその場から消えてしまったのだ。
「…は!?」
「アンナっ!?」
この一瞬に起こった出来事に一同が硬直してしまうも
マリオの声でなんとか全員我に返る。
その消える瞬間に視界に映る物体を確認していたのか、
全員がそのままアンナが居た場所から
その謎の物体が"伸びてきた"場所に視線を移した。
「うひひひひひひ…」
その視線の先から不気味な声が響く。
全員が警戒態勢になりその場所へ近付けば
じわりとその場所の空間が滲むように歪み始めた。
「ち…ちょー可愛いチョーチョ捕まえちゃったんだな。
きょ、今日はとてもラ…ら…ラッキーかもしんない…」
歪みから現れたのはカメレオンのような大柄な生き物だった。
サイズが合っていないのか、絵柄が伸び切った黄色いシャツに
黒いウエストポーチとレンズの厚そうなうずまき眼鏡。
微妙に震えた声に荒い息をたてているその姿は
一部の方面からは懐古の感情を抱き、
またある方面からは嫌悪を抱く姿であろう。
「個性的な殿方ね…」
「こ…こいつ…」
一行の中でも最年少であろう
神菜の記憶に
このような姿は見たことあるのか否か。
しかしその姿を見て思う感情は嫌悪の方が勝っていた。
「おい!!」
「こ…この幸せな気分が冷めない内に
は…は…はやく家に帰らなくっちゃ。
今日は【魔女っ娘 プリニャン】
み…み…観なくちゃいけないんだな…
こ…今回はマッチョ・ショージの作画だから
録画の失敗は許されないんだな」
マリオが距離を保ちながら大声で叫ぶも
己の世界に浸っているのかその巨体のカメレオンは
ただブツブツと小さく、しかし早口で呟いている。
動き出すその姿にマリオも反応するが
彼らの想像と反してそのカメレオンはそのまま背を向ける。
そして体が透明になるとその場に現れた時のように
じわりと溶けるように消えてしまった。
消えかける体に駆け出すも遅く振りかざした
手はむなしく空を切り、全員が呆然と立ち尽くす。
「アンナが…なんてことなの…」
《むっほっほっほ~!さらわれちゃった、さらわれちゃった!
可哀相にむっほほ~!》
「あ…?」
マリオが頭を抱えながらため息をつくと
それと同時に先程のカメレオンが立っていた
近くの草むらから独特な声が聞こえた。
それは少々体力を消耗させる出会いを
毎回披露するあの種族と同じような。
神菜は何も言わずその草むらを見下ろす。
その場所は丁度マリオの隣でもあり、
声に反応するように草むらに視線を向ける。
しかし声の主が現れる様子はなく、ただ草を揺らしていた。
《まさにボクチンの目の前で繰り広げられた衝撃の光景!
カメレゴンの奴に見つかったのが
ウンのツキってやつだっほ…》
「カメレゴン…カメレオン…あ~~なるほど…』
アンナが消えたときに視界に映った"伸びてきた"物体。
透明になり背景と同化する姿はまさにカメレオンのようで、
彼女の姿とその誘拐犯のベースであろう姿を思い返すと
確かに捕食者と被食者同士の生物だと気付く。
神菜が一人関心しているがそんな状況ではなく。
しびれを切らしたのかマリオは声のする
草むらの方に勢いよく腕を突っ込んだ。
《むほぉっ!》
素っ頓狂な声には触れる事なく草が揺れるも
マリオの手から逃れたのか飛び出して現れた。
紫の小さな三角形が8個囲み、八角形の様なフォルム。
その中心に顔のパーツらしきものもあり
マリオの姿を見つけるとぱちぱちとまばたきをした。
《あんた誰だっほ?今さらわれた子の知り合いっほ?》
「ああ、仲間だ…」
《それはお気の毒さんむっほほ~~》
彼らの心情など知る由もないカレにとっては
一種のドラマを見ている傍観者の気分なのだろう。
気の抜けた声色にマリオの表情が変わるのに気付くと
ピーチがすかさず彼の横に入り込んだ。
「さっきのヒトの事、知っているの?」
《そうだっほ。さっきの奴の名前はカメレゴン。
この先の城に住む怪物っほ》
「怪物…」
《奴は可愛いものに目がなくて、可愛いものを見つけたら
片っ端から捕まえてコレクションにするっほ。
そして奴が飽きるまでず~っとず~っと
奴の城に閉じ込められるっほっほっほ~!》
「ガチもんの犯罪じゃん…」
カレの言葉に
神菜が反応する。
ピーチは苦笑を浮かべつつも落ち着いていた。
「そのカメレゴンの城はどこにあるの?」
《城はここをまっすぐず~っとず~っと行けば
辿り着けるけど…まさかあんた達あの子を連れ戻す気?》
「当たり前だ」
《気持ちはわかるけどやめるっほ…。
奴の城へ行く道は危険とピンチがテンコ盛りもりっほ》
「もっと危険な道通ってきたから平気平気!
そもそも仲間一人欠けて進むなんてありえないしね」
マリオとピーチの方を向けば
彼らも同意見なのだろう、力強く頷く。
それを見たカレははあ~、と深くため息をついた。
《…泣かせるっほ。じゃあせめて
ボクチンのヒントだけでも聞いてから行くっほ!》
+++++++++++++++++++++++++++++++++++++++
「【砦の真っ赤な×】、【魔物の真っ赤な脚】に
【大きな木の真っ赤な風】…」
「"赤"、ねえ…」
フェアリンは例のヒントを伝えるなり
あの草むらに戻ってしまった。
どうやら今までの様に出会ってすぐに
仲間になるわけではないらしい。
そして応答が一切なくなったその草むらから離れ
アンナが不在の一行はただ平原を歩いていた。
「砦はこの先にあるって言っていたわよね」
「凶悪な連中って言ってたけど…まさか伯爵の手先?」
「さあな…とりあえず先進んで、
それっぽいの見つけたら試して見るか」
「だね」
その平原は相変わらずクリボーやノコノコと言った
この世界の生物ではない者達がうろついている。
マリオ達が言うには、
クッパと呼ばれる存在の軍団の部下達らしく
確かに「クッパサマ」という単語を耳にする事はあったが
その顔も声も知らない
神菜にとっては
まず人名と敬称としてあまり認識していなかった。
そして現状進んでいるこの世界と似ている
ラインラインロードとは違う所といえば
道行く先の壁の難度が上がっているという所か。
ブロックから現れたハシゴで空へと近付いたり
そこからまた遥か下の地上へとつながる道など。
トワイランドでもあったような
手の込んだ仕掛けなどがいくつか設置されており
ただまっすぐ進むわけではないという状況だ。
そしてどういうことか
例のクッパ軍団の部下の数もなかなか多く、
むしろ今回対峙する彼らは
他の世界よりもどこか闘争心が強く見える。
しかしそれを覗けば非常に穏やかな平原だ。
不穏な風も感じず、ただ心地の良いピクニック日和。
アンナがいればざわつきも抱かずに進めたのだろうが
そんな事を言っていても仕方がない。
「それにしても…地図みたいなのがないからかなり迷うわね」
「ねえ~…」
一方通行だった旅路からの解放というのは
嬉しい反面骨が折れる状況だ。
神菜も完全に慣れたクリボーやノコノコの対処をしつつ
先に進んでいたマリオがブロックを叩けば
何かを手に入れたのか、マリオの体が眩しく光る。
それに気付いた
神菜は思わず笑みを浮かべた。
「キタ!巨大化!いっけー!!」
そこには以前にも見た巨大化したマリオがいたのだ。
返事は無くとも同じようにドシドシと走り出し
丘や地上を歩いていたハンマーブロスやクリボー達が
小石が蹴られるように跳ね飛ばされていった。
彼のスピードの方が速かったのか
そのルートにいた敵を全て倒すと時間がたったのか、
ボワンッと煙が舞い元のマリオの姿に戻った。
そして遠くにいる
神菜達に手招きをすると
彼女達も真っ新になった道を走りだした。
…………………
「うわっ…と!」
山道ほどではないものの
道中の丘などを登ったり下ったりを繰り返し辿り着いた場所。
やはり代わり映えのない風景のままだが
砂漠のように心身共に疲弊するような環境下ではない事だけが
この平原での唯一の救いだろう。
「…ハ!」
「ん?」
すると着地付近にいた気弱そうなノコノコが
神菜に気付いた途端、背を向け走り出した。
彼女もさすがに気付いており、逃げ出すかと思いきや
近くにあったブロックを叩く。
するとそこからマリオが先ほどとったスターが現れた。
「え?」
「あ?」
後から気付いたマリオも例のノコノコの方へ視線を向ける。
悪い予感は的中するもので。
ノコノコがそのスターを取ると同じように体が眩しく光った。
「そっちも使えるんかい…っ!?」
そしてやはりノコノコも巨大化し
同じ目線だったはずが見下ろされる状況になっていた。
これが先程蹴飛ばされてきた軍団たちの気持ちなのだろう。
目の前にいる
神菜に目掛け、襲いかかってきた。
《これ凄~~~いスリリングルグル~~っ♪》
「そういう問題じゃなああああい!!」
神菜が叫びながらノコノコから逃げ出す。
避けても避けても彼女のみを追いかけてくる謎の執念に
別の恐怖を覚えながらも足を動かしているが
流石のマリオも体格差が凄まじいせいか手を出せずにいた。
追い詰められまいと逃げ惑うも
最終的にマリオ達に合流する形になってしまい
全員でノコノコから逃げる状態に陥ってしまった。
「…イチか、バチか!」
どうしようかとピーチも逃げ出す準備をするも
周囲を見渡せば見慣れたブロックを見つける。
マリオと
神菜が先に逃げたのを確認すると
ピーチのみがブロック下に留まり、中身をたたき出す。
「はっ…姫は!?」
「えっ!?あ!!?ピーチ!?」
無我夢中で走っていた彼らだったが
我に戻りピーチの事を思い出すと
彼女がいるだろう後方へと振り向く。
そこにはノコノコと同じ大きさの巨大化した
ピクセル調のピーチが立っていた。
運がいい事に、彼女が叩いたブロックの中には
例の巨大化するスターがあったのだ。
《ワァ~オ!エクセレントっ!》
「さっすが!いけーーーっ!」
トるナゲールが喜びの飛び跳ねを見せるとともに
ピーチが大きなドレスでノコノコをいとも簡単に吹き飛ばす。
神菜は対象は違えど見慣れた光景に
鼓舞を叫びながらなぎ倒して進んでいくピーチの後を追う。
「…なんてこった」
初めて見るというのもあってか
その光景に呆然と立ち尽くしていたマリオだったが
だんだんと小さくなる彼女達の姿を見て
急いで駆け出して行った。
………………
「ふうっ…すごいいい気分になるわね!このアイテム」
元に戻ったピーチの表情はどこか清々しい様子で。
あのノコノコも含め、全ての障害物を蹴散らしたのち
目の前に一つの看板と青いブロックが視界に入った。
ピーチと
神菜は看板、マリオはブロックの方へと進み
各々周辺を探索し始める。
「【ロチオ ニダイア ノンカド イカア ノツ2 ←】
…この矢印ってなにかの印?」
「そうね…そのまま右から読めってことじゃないかしら?」
「右…おお!なるほど!」
看板の文を解読すると同時に
青ブロックについての記述がない事を確認すれば
マリオがそのままブロックを叩く。
すると小刻みに地面が揺れ出し、
不意打ちを食らった三人は思わず体勢を崩す。
「この感じなんか懐かしい…」
「確かにな」
しかし彼らの周辺に変化は特に起こることなく。
念のため周囲を見渡していると
ピーチが何かを見つけたのか「あ!」と声を上げた。
「さっき降りてきた丘の所に登る場所ができているわ!」
「ここからよく見えるね…」
「これで戻れってことか…なんかわかったか?」
「【二つの赤い土管の間に落ちろ】だってさ。また赤だよ」
「赤い土管…どっかで見たな」
静寂となった平原を歩きつつ現れた足場を利用して丘へと登り
彼らがここに来るまでに辿った道へと戻っていく。
一番最初のルート。
この平原に降りたちカメレゴンと遭遇したルートまで戻り
まだ進んでいなかった先へと歩いてみれば
確かに二つの赤い土管がそこにあった。
道を分岐する前にマリオの視界に入っていたのだろう。
彼の記憶に感謝しながら辿り着くも
その土管を挟んだ間には深い穴があったのだ。
土管越しからのぞき込むも底は真っ暗で何も見えない。
「ここに落ちろって事…?」
今までの冒険上このような状況はいくつかあった。
しかし着地点の見えない底なし沼のような穴は
流石にまだ体が慣れていないようで。
「でもヒントはここの事言ってたんだろ?」
「そうだけど…」
「じゃあ、行くしかないな」
土管の上に立ち、見下ろしながら彼女に伝えるや否や
躊躇なくその穴の中へと飛び込んでいった。
そしてピーチもパラソルを構えると
神菜の方を向き手を差し出す。
「大丈夫よ。私がいるから」
「ピーチ~~ありがとう!」
「1、2の、3で飛び出しましょう」
差し出した手に応えるよう自分の手を差し出せば
そのまま手を引かれ、密着する形になる。
神菜が離れないよう腰に手をまわすと
一斉に飛び上がり、ふわふわとゆっくり降下していった。
+++++++++++++++++++++++++++++++++++++++
「っと…」
そこは想像と違い、
土管で入った時のようないつもの見慣れた地下空間だった。
違いがあるといえばピクセル風の背景という所か。
同じ地下であるならばあんな不安を煽る穴ではなく
あの赤い土管からでよかったじゃないかと、
神菜は思わず内心で愚痴をこぼした。
ふと進む先の方へと視線を移せば
既にマリオがもう奥に進んでおり、
地下にいたであろう生き物たちがそこらに転がっている。
安全地帯になっていたその道をたどりながら
マリオの後を追った。
「この世界…クリボーやノコノコ達が沢山いるわね」
「言われてみれば!
お尻みたいなのとかピンクのとか見かけてないかも」
それはあの砂漠で見かけたテトラとチェリリンの事だろう。
地上でも例の軍団の部下以外にいたのは
青いローブの魔法使いや土管から生える人食い花ぐらいで、
それらの雰囲気はこの世界の生物というよりは
クリボー達と似たような雰囲気の生き物にも見えた。
「……もしかして、クッパが…」
「ん?」
「…いいえ。なんでもないわ!早く行きましょう!」
「あっ?ああ、うん」
ピーチの呟いた言葉に不思議に思いながらも
二人共にマリオの元へ急いだ。
№33 予感
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