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勇者一行に惨敗したディメーンと
マオはただ歩いていた。
あの後、彼の魔法でそのまま暗黒城に戻るのかとおもいきや
たどり着いた場所は全く違う自然に囲まれた場所で。
先程の大樹のような巨大な何かの中ではなく
辺り全てが10mほど高さの木々が並ぶ森の中だ。
しかし輪郭が主張されたピクセル調の風景は一切見えず
写実的で滑らかなグラデーションで統一された光景。
平面的な背景すべてに立体感が生まれていた。
「ディメーン…?」
お互いがボロボロの姿のまま
森の中へと入っていく彼の姿を追う。
あの衝撃を食らってもなお動ける姿に関心しつつも
見た事のない風景に
マオもただ見渡しながら歩いていた。
それを数分歩いていると
膝上程までの高さに生い茂る草をかき分け
ディメーンの動きが止まる。
「…わあ…!」
そこには大きな湖があったのだ。
日差しを遮断する木々もその場所だけ伐採されており
淡い太陽の明かりがその湖を照らしている。
湖に浮かぶスイレンの葉、囀る小鳥。
先程までの激闘を忘れてしまいそうなほどの穏やかな空間に
マオは目を見開き、輝かせながら声を漏らした。
部下達や勇者達が居ないというのもあるだろう、
大樹にいた時よりも増えた鮮やかな色に釘付けになる。
「……」
ディメーンはその湖を見た後に
マオへと静かに振り向く。
彼女は気付く事なく新鮮な世界を堪能していたが
周囲を見渡した際に視界に映った彼の姿を見て
彼女もその目線を合わせるように頭の動きを固定させた。
「どうしたの?」
「…ん~ん。なんでもないよ~」
首をかしげる
マオに笑顔を見せると
体をほぐすようにその場で両腕を大きく伸ばす。
そしてそのまま湖の近くに移動し、水際付近で腰を下ろした。
勿論
マオも付いていき、彼の隣に立つ。
「どう?いい気分転換になるでしょ~?」
「うん…すごくきれい、だけど…」
「だけど?」
「ここってさっきまでいた所とは別の場所だよね。
ディメーンのお気に入りの場所なの?」
その言葉に彼は少し黙り込んだのち苦笑を浮かべる。
理解の出来ない反応に少々気にかけつつ
彼女もディメーンの隣に腰を下ろした。
目の前の湖は揺れる事なくキラキラと輝いている。
「そう。お気に入り。大事な場所…ってところかな~」
「そんな所に連れてきてもらっちゃったんだ…」
「んっふっふ~
マオだから連れてきたんだよ」
「わたしだから?」
「うん」
少々納得のいっていない様子であったが
彼の短い返答に数回頷くと再び湖の方を眺めた。
スイレンの葉の上に乗った小鳥達が嘴でつつき合っている。
「…ディメーンは、なんだかわたしにはやけに優しいよね」
静寂とした空間に彼女の声が響く。
比較的早い返答で応えていたディメーンの返事が返ってこず
マオは思わず彼の方を見れば
答えを迷っているのか答える気がないのか、
ただ湖を見つめていた。
「記憶もなくて何もわかってなかったのに
そんな抜け殻みたいなわたしに付き合ってくれて」
「…」
「自分自身がわかってないからさ、
伯爵様の計画なんてどうでもいい…って、思ってた」
「
マオからしたら、
今から世界壊すから手伝ってね~って感じだもんねぇ」
「あはは、うん…そんな感じ」
暗黒城の外に出て初めて柔らかな笑みを浮かべる。
その
マオの表情にディメーンも釣られるように微笑んでいた。
「でも…綺麗にして新しく作り直すって聞いてさ。
ただ壊して何もかも無くすわけじゃないんだって思ったら…
ちょっとだけ、いいかなって思い始めてるんだ」
「んっふっふ♪じゃあさ~
マオはどんな理想のセカイを作りたいの?」
「わたし…?」
彼の問いかけに続いていた会話が途切れる。
しかし彼女の表情に影はなく空を見上げてまばたきをしており
数秒眺めたのちに再び湖へと視線を向けた。
「争いのないセカイ…は、あるかな」
「戦うのはイヤ?」
「だって怖いし…自分も誰かも傷付くのもイヤだから」
「それは僕も賛成だなぁ~。
楽しい時間が減るのは悲しいけど、ボロボロになるよりはね」
「た、楽しいんだ…」
「相手にもよるかな。
今回みたいな張り合いのある相手ならねぇ」
「…」
片手を広げ立てた指の先に魔法を出現させると
黄色と紫が交差するディメーン特有の魔法がくるくると輝く。
まるでおもちゃを扱うように指先で遊ぶその姿を見て、
話の流れを聞いていた
マオは
何とも言えない笑みを浮かべるだけだった。
「今は敵対してるけど…勇者達も説得して、みんなが笑顔で…
穏やかに暮らせるセカイ…とか。欲張りかな?」
「ん~いいんじゃない?
マオらしくてさ」
「そういうディメーンは?」
「…僕もそんな感じだよ。まあ、絶賛連敗中の僕たちに
そういう待遇与えてくれたらの話だけどねえ」
「あ、あはは…」
相変わらずの調子に思わず笑いをこぼす。
マオは再び訪れた
静寂とさえずりを聞きながら立ち上がり
目の前の湖の奥底をより視界へ入れようと顔を近付けた。
「……っ!!」
するとその視界の中に別の何かを見つけたのか
マオの瞳が鋭く光り、湖へ前のめりになる。
まばたきをして凝視したのちに立ち上がると
ここに辿り着くまでに通った道へと一度戻り、
木々の下に転がっていた長い枝を手に取る。
「…」
その様子をディメーンは動かずにただ見守っていれば
枝を片手に戻ってきた
マオはそのまま湖へ枝を入れた。
何かをかき出すように枝を持つ手を何度か動かし
そのままゆっくりと伸ばした手を引き戻した。
枝と擦れる音と水の滴る音と共に目の前に映ったもの。
「カギだ…!」
それは緑色をした、彼女が探していた鍵だった。
丈夫の輪っかに引っ掛かり水滴と共に揺れるそれは
太陽光の反射でより輝きを増している。
隣で見ていたディメーンも一瞬、嬉しそうな反応するも
すぐにいつもの表情に戻し
マオを見た。
「それって
マオが探してたヤツの色違い?」
「そう!すごい…なんでこんな所に…」
鍵を手に取り道具として扱った枝を地面に置く。
自身の服で水滴を拭い、その鍵の状態を確認するが
流れもない水の中という事もあってか
傷一つもなく、他に所持している鍵と同じようにツヤがあった。
しかしこの時点で鍵のみが集まっている状態だった。
マオが見つけたオレンジの鍵と今見つけた緑色の鍵。
マネーラが持つ赤い鍵を含めると3つ。
ペアとなるだろう南京錠は
ドドンタスが見つけたオレンジのみで、
ソレは既に本の中にはまってしまっている。
2つの鍵を手のひらの上に並べながらじっと見つめていれば
後ろから見守っていたディメーンが彼女に接近する。
「さすが♪やっぱり
マオはモノ探しが上手いよねえ~」
「そうかな…?」
照れ臭そうに笑みを浮かべながら鍵を握りしめる。
それを見ていたディメーンも嬉しそうに、
しかしどこか複雑そうに一息つくと小さく頷いた。
「…発見、と言えばさあ~…あのコ。かなり元気だったね」
「あの子?」
「シャノワ~ルちゃん。
神菜、って呼ばれてたかな。
まさかあっち側にいるなんてねぇ~」
シャノワール。
ナスタシアが不審なヒトと言っていた黒髪の女。
そして対峙する前にディメーンが"殆ど残ってない"と呟いていた
マオの中へ"生きている力"を注ぎ込む元となった少女。
彼の想定外だったのかその少女の動きはとても俊敏で
彼女自身の持っている能力こそ少ないものの
あの周りを浮遊する妖精をうまく操り立ち回っていた。
本を取り出しくぼみにはまる南京錠へ緑の鍵を当てるも
やはり鍵穴が合わず、小さくため息をつきながら彼を見た。
「…それなんだけど、ディメーンが何かしたんじゃないの?」
「僕?」
「お城から居なくなったピーチ姫も勇者と一緒に行動していた。
魔王は…伯爵様が魔法で飛ばしていたけど、合流していたし」
「さあ…何のことやら。
シャノワ~ルちゃんの力は拝借したけど、
それ以外は知らないよ」
「本当に?」
本を装着しなおすと彼の方へと向きなおし、
目線をしっかりと合わせる。
先程まで緩んでいた笑みは消えており、
心配そうに、同時にどこか不審そうに彼を見つめている。
ディメーンは少々困ったように笑みを浮かべた。
「んっふっふ…さすが
マオの観察力!侮れないなあ」
「じゃあ…」
「勇者と合流するのは想定外だったけど、
城から別世界に飛ばしたのは事実だよ」
「やっぱり…でも、あのままピーチ姫もナスタシアの…」
「いやぁ~
彼女はあの部下達と比べるとわりと抵抗するっぽくてさ。
中途半端にかかって途中で
目が覚めちゃったら危ないじゃん?」
「だから…消そうと?」
「そうそう!
今思えば余計な事しちゃったかな~って感じだけど」
「それはもう…仕方ないよ。
ナスタシアに伝えて、今は対処法を考えないと」
握っていた鍵を荷物の中にしまうと
上半身をほぐすように座ったまま両腕を上げて体を伸ばす。
そしてその場に立ち上がると
目の前の湖からその上空へと視線を向けた。
「…そろそろ動きたいかい?」
「ん?うん…負けちゃったけど、一応いろいろ収穫はあったし」
「んっふっふ~寄り道してみるもんだねぇ」
「あははっでも…報告する事、沢山あるなあ」
「まあいい経験にはなったんだからさ、
これを糧に次も頑張ろっか」
「そうだね」
彼女が頷いたのを合図にディメーンは片腕を持ち上げる。
そしてパチンと指を鳴らすと移動魔法でその場から消えた。
№42 揺れる水面
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