それは真っ暗闇の中でわずかに聞こえる環境音。
「遅かったわね…何かあったの?」
「父さんに見つかってね…
城を抜け出すのに時間がかかったんだ」
「来てくれないかと思って少し心配しちゃった」
「君は変わってるな…。
僕の様なヤミの一族と会うのが怖くないのか?」
「闇も人間も関係ないわ…。
私は貴方に会いたかったの。それが…いけない事なの?」
「いいや、いけなくなんかない…僕も君に会いたかった」
「ルミエール…隣に座ってもいい?」
「勿論さ、エマ。この前の話の続きをしよう
もっと君の事が知りたいんだ…」
扉の開く音、歩く床の音、衣擦れの音。
ルミエールと呼ばれた男性とエマと呼ばれた女性。
どこか親しそうに、しかし何かに怯えるような。
声色が止み静かになった環境音だけになった暗闇では
それ以上の情報はなにも与えてこない。
そして眩しい光に包まれ、視界が真っ白になった。
+++++++++++++++++++++++++++++++++++++++
扉を開くと見覚えのある場所にたどり着く。
「二度目の帰還!ウウゥーーーン!!」
筋肉をほぐすよう大きく腕を伸ばす。
ハザマタワーに基本誰もいない状況ををいい事に
まるで自宅に帰ってきた様にその場に大声を出した。
「おお!お主達!よくぞ戻ってきたであ~る」
だがそこに偶然いたのか待っていたのか、
デアールが既に扉の前に待機しており
マリオ達に気付くと早足で近付いてきた。
「どうであった?サンデールから
ピュアハートをもらうことは出来たであ~るか?」
「ええ。ちゃんと頂いたわ」
《世界を救うには4人の勇者の力が必要…
サンデールはそう言っていたわ…》
「なんじゃと?勇者は一人ではないのであ~るか」
「その内の二人はマリオとピーチで、
あと二人がまだなんだって」
「んん…そうか…っとっと!」
それは突然であった。
いきなり大きな地震がその場にいる全員を襲い
完全に緊張の糸がほぐれ切った
神菜は
そのまま尻餅をついてしまう程の大きな揺れ。
近くにいたデアールに手を借り立ち上がると
ひらりとアンナが宙を舞う。
《あそこを…見て…》
「あ…?」
アンナが浮遊する先を見上げる。
そこには未だに渦巻く次元のあながあった。
しかしその状態から鈍い音をたて、
あながまた一つ大きくなる。
「空の穴が…」
そしてじわじわと広がるあなの拡大が止まると
地震の少しずつ小さくなり、揺れはそのまま収まった。
揺れが落ち着いてもその光景を見て安心できるわけもなく
デアールは安堵の表情から険しくなり、髭を撫でる。
「むむむ…残された時間はそれ程多くはなさそうであ~るな…」
「そんな…」
「ワシはヨゲンをもう少し調べてみる。
お主達はハメールストーンの所に向かうがよいであ~る」
そしてデアールはマリオ達に背を向けるも
途中で何かを思い出したのか、
赤い扉の前でとまり、そのままマリオ達の方を振り向いた。
「そうそう…ヨゲンから一つわかったことがあったであ~る」
「?」
「白のヨゲン書と黒のヨゲン書のどちらが実現するかには、
一人の男が大きく関わっているという。
ヨゲン書には【緑の男】という呼び名で書かれておったが…
果たして一体…」
「緑の…?」
「その辺りについてももう少し調べてみるであ~る」
デアールの言葉にマリオ達も首をかしげながら頷けば
そのままエレベーターの方へ向かい、先に館へ戻っていった。
「…緑の男?」
「誰の事かしら…」
《…》
そして以前と同じようにマリオ達も
ハメールストーンに向かう為に
エレベータ―の方へ進もうとしていた。
アンナはただ呆然と開いたあなを見つめている。
気付いた
神菜は少し考えたのち、口を開いた。
「…アンナ!」
《…!》
「大丈夫だよ。今だって順調にピュアハート集まってるし
ノワール伯爵の部下なんてもう二人も撃退してるし!」
《…そう、ね》
「無茶して、心配かけさせちゃってたらごめんね。
私もこう…今回のはギリギリだったけど、
ちょっとずつ学んで手伝うからさ」
切れた裾を軽く隠しつつ、不安にさせないよう笑みを見せる。
アンナも数秒彼女を見て黙り込んでいたが
その笑みで落ち着きを取り戻したのか、
頷くようにひらりと舞うとエレベーターの方へ向かっていった。
そして一番最後になってしまった
神菜も
待っているマリオ達に合流しようと歩き出す。
「…おっ、」
「っと…おいおい。大丈夫か?」
エレベーターに乗った瞬間、足元がもつれふらつく。
疲労か安堵か、どちらにせよ力が入っていないのは確実で。
マリオによって支えられたおかげで倒れる事はなく
そのままエレベーター内の壁にもたれかかった。
《
神菜~…やっぱり頑張りすぎどえーす》
「あ~あはは、でもほら!ゆっくり動いたら大丈夫だからさ!」
「お前…」
「いえ、休憩するべきよ。
ハメールストーンは私とマリオで探すから」
マリオはあの戦場にいなかったのもあり
神菜がどのように立ち振る舞っていたのかは知らないし
勿論彼女から何があったかの詳細はまだ伝わっていない。
結果的になんとか勝利した、ぐらいしか把握していないのだ。
空元気にも見えるそんな答えに眉をひそめるも
当の本人はマリオ達を横切りエレベーターから降りる。
―ぱたん
が、街に敷かれる石畳の段差につまずいてしまったのか
膝を崩して綺麗に顔面に向かってその場で倒れてしまった。
「おっ…おい!!」
「
神菜っ!」
マリオの心配は的中していた。
それを見たマリオとピーチが慌てた様子で駆け寄ると、
俯せに倒れる
神菜を抱きかかえ、顔を見る。
「おいっ…って、寝てる…」
その表情は気持ち良さそうに熟睡している状態だった。
ただ正面から倒れたという事もあり、額が少々赤くなっている。
とはいえ、意識がある時点で二人は安堵の息をついた。
「きっと張り切りすぎて疲れちゃったのよ」
《…そうね。ピーチの言う通り、彼女は宿に休ませて
ワタシたちでハメールストーンの所に行きましょう》
「そうだな」
マリオが小さく息を立てながら眠る
神菜を抱き抱えると
エレベーターの隣に営業していた宿屋へ向かう。
宿主であるシュクラに事情を話すと
彼女の荷物を下ろしベッドに寝かせると、宿屋を後にした。
+++++++++++++++++++++++++++++++++++++++
………。
真っ暗な視界。
それは瞼を閉じているからだろう。
今の彼女には何故か"今は眠っている"という自覚がある。
最後に途切れた記憶がマリオ達と
ハザマタワーのエレベータ内で喋っていた物だったからだ。
あの時は正直、かなり体に限界が来ていた。
それは眠らないまま一日オールをして
新たな一日を活動しようとするような感覚と似ている。
ふわふわと揺れる思考の中、瞼を開き周囲を見渡す。
しかしそこも同様で何も視界に映らない。
(…!)
すると足元から白い煙がふわっと漂う。
驚きに口を開くも声が出そうにはなかった。
金縛りの時の声の出ない感覚。
脳は指示しているのに体が言う事を聞かない状態だった。
そしてその白い煙の方に足を伸ばすと
爪先がトンと何か硬いものに触れる感覚がする。
地上だと感じたその硬い部分ゆっくりと両足をつけた。
足元を見ていた顔をあげるも、周りは相変わらず真っ暗だ。
しかも右も左の方角もわからなくなりそうな黒い空間。
落ちてきた上を見上げても光など一切見えない。
そしてゆっくりとその場から歩きだす。
(ここは…)
既視感。
初めて見るのに、どこかで見たことのある光景。
気持ち悪い感覚に襲われながらも
方向感覚もわからない空間を歩く。
(…!)
そして少し歩いていると
一人の人物の様な影を見つけた。
白いシャツと黒いベストに青いスカート、そして黒い長髪。
彼女と同じような風貌をした人。
…いや、
(私…!?)
それは彼女が鏡越しからよく見る人の姿。
神菜と瓜二つの少女がそこに立っていたのだ。
だが鏡の中で全く同じ行動をするような状況ではない。
今の彼女がその場で立ち尽くしている状態であれば
目の前に映る"
神菜"は周囲を見ながら歩いている。
彼女に双子の姉妹がいるという記憶はない。
勿論記憶自体がそもそも消えているため
いないという記憶もない可能性だってある。
ドッペルゲンガーのような現象だった。
しかし歩みを進める"
神菜"は
神菜の存在には気付かず
ただ壁沿いで慎重に歩いているだけだ。
それを眺めているだけでは見失ってしまうと、
神菜も"
神菜"を追いかけるが
途中でぴたりと"彼女"の動きが止まる。
(ん…?)
様子を見ていると
目の前の"
神菜"が大きく息を吸い込む。
「誰かいませんかぁぁあ!!!」(っ!?)
突然大きな声で叫び出したのだ。
物音ひとつたたない静かな場所でもあってよく響く。
それに驚いた彼女は自分自身の声に体を大きく反応させた。
なぜこのような場所でこのような行動をして、
その光景を別の視点として見せられているのか。
全く彼女には理解できていなかった。
そして大声の返事は帰ってこず、変化は起きない。
(とはいえ、声もまるまる私…だよね…)
そして目の前の"
神菜"が寂しそうにため息をつくと
繊細な、不思議な音が微かに聞こえた。
「!!」(!!)
その音に気づいた
神菜と"
神菜"は同時に音がした方を向く。
足音が響き、暗闇で何も見えない闇をひたすらに凝視する。
彼女は冷や汗を流しながら見つめていた。
そして暗闇から出てきたのは
赤い髪にサファリジャケットを着た小柄な少女と
黄色と紫との不気味なピエロの二人。
(あいつ…!!)
その二人のうちのピエロを見るなり、
神菜の中の鎮めていた感情がふつふつと込み上げて来る。
まだマリオと二人だった時。
ラインラインランドにある砂漠の守り神、ズンババを狂わせた
あのピエロ…ディメーンがそこにいたのだ。
彼の言っていた"また会った"がこの事であるなら
今見ているこの光景は
消えた記憶のひとかけらを見せられているという事になる。
「ボンジュ~ル!初めまして、シャノワ~ルちゃん♪」
「しゃ、のわ…?」
ディメーン手品の様に何もない手からぱっと青いバラを出し、
目の前の"
神菜"に手渡している。
そんな展開に頭が追いついていないのか
"
神菜"はただ戸惑っているだけだ。
だが誰も彼女の存在に気付かない。
現に今はディメーンと"
神菜"の立っている
間の場所に移動し、二人を左右交互に見れる状態だ。
(まさか……)
あの砂漠での記憶が蘇り、ジワリと冷や汗が吹き出る。
これが彼女の過去の記憶なら、
ディメーンの言っていた事は本当になる。
そして今は勇者であるマリオ達と共に
世界の崩壊を食い止めるために走り回っているが、
この先の展開によっては本来は勇者側ではなく
彼によって送られたスパイという可能性も生まれる。
抜け落ちた記憶が徐々に戻っていく、
形の合わないピースがはまっていく感覚がした。
そう思った瞬間。
いきなり体に大きな衝撃が走ったと思えば
突然目の前が光で真っ白になってしまい、
先程まで見ていた光景が一気に消えてしまった。
+++++++++++++++++++++++++++++++++++++++
「あら、おはよぉ♡」
聞いたことのない声が聞こえる。
重い瞼を無理矢理開くと、
先程のさ迷っていた黒い空間ではなかった。
そこは落ち着くような緑の壁紙と天井。
不安を煽る要素は一つもないが、体は何故か痛い。
「あいててて……ん?」
隣には何故かベッドがある。
よく見ると下は固い床で、その反対側にもベッドがあった。
「貴方大丈夫ぅ?ベッドから転げ落ちたけど…」
「ベッド…?」
彼女の頭上から先ほど聞こえた女性の声がした。
夢の中ではなかった現実の痛みに唸りながら
重い体を持ち上げ、ベッドによじ登る。
しかし今の彼女にとってベッドから落ちた事は些細な事だ。
先程まで見ていた夢を思い出そうと頭を抱える。
真っ黒の空間に彼女とディメーンと赤い髪の少女。
「あれが…記憶の一つだとしたら…」
彼が砂漠の時に言っていた事が本当なら
その光景が無くした記憶の一つになるが
同時に夢の中でも感じた不安も生まれてしまう。
だが途中で途切れた為、全て理解することはできていない。
中途半端で一番嫌なタイプの寝起きだ。
頭をガシガシと掻くとふと腕輪を付けた腕を見る。
「…あっ!」
そこにはハートの一つがまた色付いていたのだ。
光でガラスの様に透き通った黄色。
サンデールから授かったピュアハートと同じ色だ。
ハートの色が染まる度に脳裏に聞こえたあの現象を思い出す。
「もしかしたら…あの時の音も…」
虫の劈く音に、頭がおかしくなりそうな不快な音。
音だけの情報で不確かな部分しかないものの
は彼女の欠けた記憶の一つだとすれば、とても重要だ。
関連性を探るために頭を抱えていると
カランとドアベルが鳴り宿の扉が開いた。
「
神菜、目が覚めたか」
「…あ、うん」
その扉からマリオ達が入ってくる。
ハートに色がついているという事は
例のハメールストーンを見つけ、扉を開いたのだろう。
その後ろからピーチも心配そうな様子で
神菜に近付いた。
「大丈夫?」
「うん、も~平気!
寝ちゃってたから一人でスッキリしちゃったな~」
グン、と腕を伸ばし元気な姿を見せると
ピーチは安心した笑みを浮かべ、彼女から離れる。
マリオは少々気がかりな様子で眺めていたが
きっとついていくだろうと確信していたのか
何も言わずに見守っていた。
「マリオ達は休憩しなくてもいいの?」
「お前がぐーすか寝てる間にちょっとだけしたよ」
「さすがやる事全部が早いなあ」
「この状況下だからな…」
「でも、次の世界に向かうならもうそろそろ…という感じね」
ピーチの言葉に小さく頷けば
神菜も立ち上がり、
置いていたリュックを背負うとマリオ達に近付く。
「行けるか?」
「おうよ!」
「いってらっしゃあい♪」
そしてシュクラに宿代を支払うと宿屋から街中へと出る。
彼女が優しい声で挨拶をかけると
カラン、とまた音がなり扉が閉まった。
…………………………
そして新しい世界の扉に向かう為のエレベーターに乗り
各々がエレベーター内で到着を待っている間、
トるナゲールが
神菜を見て何かに気付く。
《そういえば!
神菜のお飾りに色付いてる!》
「ん~?そうそう。ピュアハートと連動してるっぽいんだ」
その言葉に反応した全員が
神菜の腕輪に視線を移す。
確かにその腕輪には3つに色が付いていた。
赤、橙、黄色と、マリオ達が取ったピュアハートと同じ色。
「綺麗な腕輪ね…ずっとつけていたけど、どこで貰ったの?」
「貰ったっていうか…私がここに来て一緒に落ちてたらしい」
「らしいって…そこも記憶がないのか」
「…うん。これに色付いていくとなんていうかな…
記憶みたいなのが…こう、サラ~って流れてきて」
「それ…軽く言ってるけどかなり重要だろ…」
《という事は…また何か、見たの?》
「それっぽいのはあったけど…今整理中って感じ」
強いて言えばディメーンの事であろう。
しかし中途半端の目覚めのせいもあり、
先ほど見た夢が本当だったのか、
ただ彼に言われた記憶で脳が勝手に改ざんしたのか。
音以外の情報を初めて見たという事もあり
マリオ達にはまだちゃんと話せる状態ではなかったのだ。
勿論、マリオは少し気にした様子で彼女を見つめていた。
出会った当初からここに至るまでの"記憶"に関する出来事が
全て不可解かつ曖昧なまま共に旅をしている。
悪い奴ではないと確信はしているものの
それは記憶がない故の人格なのではないのかと怪しむ程に。
しかし人を見る目のあるピーチや
勇者にしか追従しないフェアリン達がこうして懐いている。
それもあり、彼の中にあった不安要素が
少しずつ剥がれていっているのも事実だった。
……。
そう各々が思いに耽っていると、エレベーターのベルが鳴る。
ハザマタワーに着いたのか扉が開き、屋上の風が流れた。
「今度は黄色ね…」
そこにはオレンジの扉の隣に黄色い扉があった。
その色を見て何かを思い出したのか、ピーチがぼそりと呟く。
神菜がその様子に気付き彼女を覗き込むも
当の本人はただニコリと笑みを浮かべるだけだった。
そしていつものようにマリオがその扉に手をかける。
ぐらりと揺れ、扉が開くと
次の新たな世界へと歩きはじめた。
№32 バラバラのピース
■