+暗黒城+
「ふあっ…ついた…」
最上階の大広間の扉の前までたどり着く。
彼女は今一人の状態だった。
ナスタシアと共に残る部下達の処理を捜索を続けていたが
どうやらマネーラから連絡がきたらしく
処理作業を
マオに任せてナスタシアは離れていたのだ。
「ワタクシは確認のために戻らねばなりません。
貴方はどうしますか?」
その際に言われた言葉に対して
彼女はナスタシアについていく事はしなかった。
ただ、ナスタシアの様子を見る限り朗報ではなさそうなのは
流石の
マオも感じ取っていたみたいで。
もしかしたら、のざわつきを抱きながら
彼女も数分作業を手伝ったのち、
部下軍団のリーダーたちに仕事を任せ
こうして最上階へと戻ってきていたのだ。
勿論、多少の疲れはあるものの
何度か往復した道という事もあり体力も温存されている状態だ。
ほんの僅かな成長に小さく喜びながらもゆっくりと扉を開く。
塔の付近まで移動して上を見上げると
いつもの定位置にナスタシアとノワールが既に鎮座しており、
マオの存在に気付きこちらを見下ろしていた。
マオも慌てた様子で糸を取り出し、塔へ登る。
そして着地すると、ナスタシアが口を開いた。
「…たった今マネーラから報告がありました。
『しくじっちゃった、チョーゴメン!!』…との事です」
「マネーラも…」
ナスタシアの抑揚のない読み上げに気にする事はなく
むしろその内容に呆然とし、目線を泳がせる。
その際に周囲を見渡してみるが
やはりマネーラはおらず、ドドンタスもディメーンもいない。
「ワルワルワル…
マネーラに与えた無敵の力をもってしても敵わぬか…。
白のヨゲン書の勇者…そして古代の民の末裔共も
なかなかやるでワ~ルな」
だが彼の声色に焦りは一切ない。
余裕のある落ち着きの声色でむしろ賞賛するその表情は
どこか楽しげにも見えるだろう。
すると静寂になった大広間の天井から
ドンドンと何か叩きつける音が遠くから聞こえる。
「
伯爵様~っ!!」
その声と共に勢いよく天井から塔に重い物体が着地する。
怪我が治ったのか、ピンと胸を張ると
いつもの騒がしい様子でノワールを見上げた。
「次は是非ともこのドドンタスにお任せを!
今度こそあの二人をギッタンギッタンのバッタンバッタンに
捻り潰してごらんにいれます」
「ドドンタス…この間の失敗の反省文は
もう書き終えたのですか?」
威勢のいいドドンタスに対し
ナスタシアは呆れた様子で問いかければ
ビクリと体をはねらせ冷や汗が湧き出る。
遠くで鮮明には見えないが
ナスタシアの瞳はかなり冷たいものになっているだろう。
「そ…それはドドンッとまだです!
しかしいくらなんでも反省文1000枚というのは
ドドンッと厳しいであります」
「せ、1000枚…」
隣の塔で立ち聞きしていた
マオも思わず反応する。
その枚数の多さにもそうだが
そもそもこのドドンタスに3枚以上の反省文を
書かせること自体もなかなか鬼の所業だ。
「ドドンタスよ、取り合えずお前は休んでおれ。
今回は別の者に行かせるでワ~ル」
ノワールは依然変わらない様子で杖を持たない手を広げる。
マントがバサリと広がると既に気配を察知していたのか
塔の方ではなくその頭上にある宙を見上げた。
「ディメーン!出て来るでワ~ル」
その合図と共にノワールの視界の先に歪みが発生し、
そこから飄々としたピエロがゆらりと現れた。
「お呼びですか~伯爵様~♪」
「お前もそろそろ遊びたいであろう?
今度こそ勇者をワルっと仕留めて来るでワ~ル」
「ウィ、仰せのままに…。
何だか随分強いみたいだから楽しみだな~♪」
胸を躍らせるような動きでノワールに背を向ければ
自然と
マオのいる方向に目線が向く。
目が合ってまばたきをする彼女を数秒見つめると
その場から動かず、再びノワールへと振り向いた。
「伯爵様~お願いがあるんだけど」
「どうしたでワ~ル?」
「僕が行くならさ~せっかくだし、
マオも連れて行ってもいいかな?」
「えっ…!」
「ほう」
「だって無敵守りの力を与えた
マネーラですら駄目だったんでしょ?
て事だし、そろそろ単騎じゃなくて
複数人で攻めた方がいいんじゃないか~って♪」
ディメーンの目線はノワール、
そして背後にいるナスタシアにも向けられている。
ナスタシアに関しては沢山の情報が混在していた。
ドドンタスが向かった時点で勇者ともう一人
別のイレギュラーが存在し、共に行動している。
もしかすればマネーラもそのイレギュラーによって
撃退された可能性はかなり高い。
「…伯爵様」
ナスタシアがノワールに囁く。
この二人は黒のヨゲン書の情報を共有しており
例のイレギュラーの存在の"黒髪の女"の事も把握している。
彼女の言いたい事をすぐに理解したのか
ノワールは何も言わずに頷けば、ナスタシアは静かに下がった。
「よかろう。
マオ!」
「ハ、ハイ!」
「お前の初仕事だ。
ディメーンと共に勇者をこらしめるでワ~ル!」
「!ハイ…!了解しました!」
そしてディメーンはノワールに向かいお辞儀をすると
塔で背筋を伸ばす
マオの元へふわりと近付く。
いつものように魔法で移動しようとしたのだが
何かを思い出したのかディメーンが触れようとした時
「あ、」と声を漏らす。
「どうしたの?」
「ごめんっ…あの、本、落としてきちゃったみたいで」
「本?」
マオが自身の腰を指さす。
普段通りの姿ではあるものの、
この作戦が実行されてから装備し始めた例のあの白い本。
アレがすっぽりと無くなっていたのだ。
「本を落とすって…」
「多分ナスタシアと部下達を捕まえてた時かな…
時々取り出してたから、留めてた所が緩んじゃってたのかも」
「ん~じゃあ先にそれ取りに行くかい?」
「うん。ごめんね」
「気にしなくていいよ~」
申し訳なさそうに俯く
マオに対しても
ディメーンはいつもと変わらない様子で応えていれば
その会話が聞こえていたのか、ナスタシアが前に出る。
「では先にワタクシとそちらへ向かいましょう。
たった今、例の男を見かけたと報告が入りました」
「例の…?」
「ほう。ではナスタシアよ、そちらは任せたぞ」
「かしこまりました」
その存在すらもノワールにとっては承知済みなのだろう。
そのままナスタシアが
マオの立つ塔へ降り立つ。
「じゃあ後で合流しよっか」
「うん。わかった」
「それじゃあ、お先に♪
行ってまいります。アデュー伯爵♪」
マオに背を向け、ノワールを見上げながらお辞儀をすると
いつもの魔法移動で姿を消した。
そして
マオの傍にいるナスタシアは
視線を隣の塔に立つドドンタスに移す。
「ドドンタス。貴方も自分のやるべき事を
さっさとやってきなさい」
「うぐっ…りょ、了解した…」
今までの会話の流れで完全に蚊帳の外だったドドンタスは
それだけで自分の立ち位置を理解したのか
悔しそうに返事をすると塔から飛び降り、
大広間から出ていった。
「伯爵様、ではワタクシたちも向かいます」
「うむ」
「失礼します」
彼女もそう頭を下げると
マオもその動作を真似る。
そして彼女の魔法の力で共に立ち去って行った。
「…」
再び静寂となった大広間。
一人残されたノワールは一息をつくと、
何も映らない暗黒の天井を眺める。
「勇者…世界を救うもの……か
ワルワルワル…たとえ何者であろうと
ヨを止める事は出来ないでワ~ル」
そして彼も、その場から消えた。
「この苦しみを消すことは誰にも出来ないのだからな…」
誰もいなくなった空間に
どこか哀愁が混じる声が小さく響いた。
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移動魔法で連れて来られた所は
安定して何にもないただの長い廊下。
唯一違いを確認できる窓からはちゃんと外の風景が見えており
その位置からして7階か、丁度城の真ん中部分であろう。
確かに先程まで
マオ達が捜索していた場所だ。
「さて。貴方は早く例の落とし物を探しなさい」
「うん」
ナスタシアは周辺にいる洗脳済みの部下を探しに、
マオは例の本を探しに各々行動を始める。
…といっても彼女にとって初めての場所ではない為
大体の場所は既に把握している。
先程までの記憶を頼りに黒い廊下を進み、階段を降りていく。
「…あ!あった!」
遠くで白い四角の塊が無造作に転がっているのが見える。
この黒い空間で彼女の落とした本以外に
白い物体は基本存在しない。
確信した
マオはそちらへ駆けだした。
「あっ…!」
「ん?」
しかし視界の端に現れた人影によって彼女の行動は阻まれる。
白い本に白い手が伸び、拾ってしまったのだ。
白い手に続いて映ったのは
緑の服と帽子に紺色のオーバーオール。
確実に見たことのない人物がそこにいたのだ。
黒い背景に映える鮮やかな服装をした青年が
その本を興味深そうに観察しており、
背後にはクリボーらしき生き物が二体いた。
そのクリボー達の存在で
魔王の部下だと確信した
マオは
直ぐさま鋼線を取り出し、構えた状態で彼に接近する。
「…え!うわっ!?ちょちょっと待って!!」
それを見た途端、青年は本を抱いて慌てて後ずさる。
意外な反応に
マオも思わず立ち止まり、様子を見た。
魔王の部下達だと反抗する者が大半だったのだが
クリボー達はその様子は見せず、こちらを睨むだけだ。
むしろ目の前の緑の青年を盾にしているようにも見える。
「貴方は…誰?」
「ぼっぼ僕?僕は…」
どこか怯えた様子で縮こまり、挙動もおかしい。
あまりにも消極的な状態に首をかしげていると
そんな彼らの間を掻い潜って赤い光線が飛び出した。
「あばばばば~っ!!!」
「えっ!?」
「あっ…ナスタシア!」
その色の形だけで放った主を把握したのか
そのまま振り向けばやはりナスタシアが立っていた。
かき集めたのだろう部下達の軍団を引き連れている。
そして術を喰らったクリボーがフラフラと歩く。
緑の青年を横を、
マオの隣を通り
ナスタシアの目の前に立つと顔をあげ、敬礼のポーズをとった。
「ビバ!伯爵!」
「
クリゴロー!!」
その表情は完全にこちらの勢力のものと化していた。
共に行動していた片方のクリボーが叫ぶも
クリゴローには届いておらず、
そのまま部下軍団の中に混じっていった。
そしてナスタシアがゆっくりと歩み始め、
マオの横を通り過ぎると緑の青年の元へ近付く。
「ふっふっふ…見つけましたわよ…」
「お前は…!」
「貴方はあの時邪魔をしてくれた忌ま忌ましいヒゲですね。
もう二度とあんな真似が出来ないよう
キッチリとしつけてあげますわ…覚悟なさい」
緑の青年の反応を見る限り、どうやら面識があるようだ。
以前ナスタシアが言っていた"緑のヒゲ"。
確かにこの青年には立派なヒゲも付いているし
目立つ緑色の帽子と衣服を纏っている。
「この人が…」
そう一人で納得していると
緑の青年の背後に立っていたクリボーが悔しそうに震えた。
「むむむ…よくも俺の親友を…こうなったら!!」
そして決心したのか、顔をあげるなり
勢いよく緑の青年の前に飛び出す。
何をしでかすのかとその場にいる全員が息をのむが、
ただナスタシアだけは冷静に冷えた瞳で見つめていた。
だが飛び出したものの、それ以上の行動を見せる事はなく。
ナスタシアの目の前に立つとす…と顔を床へと向けた。
「お姉さん!!俺も仲間に入れてくださーい!」
「お…おい!どういう事だよ!」
「どうもこうもあるか、俺は強い奴についていくんだ!」
土下座をするように更に頭を低くして叫ぶ。
攻撃も庇う様子も一切見せる事のないその姿に
緑の青年も一気に青ざめ、表情も引きつっていた。
ナスタシアは寝返った姿をただ無表情で見下ろす。
崩れる事のない態度にクリボーはただ震えていたが
そのまま静かに緑の青年の方を見ると小さく頷いた。
「ええ、貴方は賢い判断をしました。
伯爵様に永遠の忠誠を誓うなら喜んで仲間に加えましょう」
「勿論です!ビバ!伯爵!ビバ!伯爵!ビバ!伯爵!!」
「う…裏切り者~!!」
「…」
ナスタシアの相変わらずの冷静さに呆然とする。
孤立した緑の青年は涙ぐみながらも
未だに反抗の意を示してナスタシア達を睨む。
しかし彼女にとっては痛くも痒くもない視線だ。
冷たい視線のまま右腕を上げ、人差し指を彼に向ける。
「さあお前たち。
その冴えないヒゲ男が逃げないよう抑えてなさい」
「「
イエッサー!」」
緑の青年は驚く間もなく
ナスタシアの後ろで待機していた軍団によって拘束され
身動きが取れなくない状態に陥った。
「うわっ!くそぉっ!にいさぁぁんっ!!助けてぇ~!!」
そしてそのまま緑の青年の担ぎ上げるとと
元の道を戻り、そのままどこかの部屋へと消えていった。
「…あ、」
そんな彼がいた廊下の真ん中には
マオが探していた白い本が落ちていた。
きっと暴れた拍子に手元から離れてしまったのだろう。
彼女と一部の仲間しか知らないとはいえ、
あの本は彼が持っていても仕方のないものだ。
経緯はどうであれ、それが今解放されている事に安堵する。
そしてそのまま本を拾い上げると
ほどけないようにしっかりと装着する。
「…」
「落とし物は見つかりました?」
「うん。ありがとう」
「ではワタクシは作業に戻りますので
ディメーンと合流し、任務を遂行してください」
「了解!」
そして施錠していたらしい
目の前の扉の鍵を解錠して扉を開く。
それを見た
マオはナスタシアに笑みを浮かべると
そのままディメーンがいるのだろう城の外へと走っていった。
「…?」
赤い影が消えていくのを見届けて
ナスタシアも今いる廊下を後にしようとした時、
ふと足元で何かを蹴飛ばす。
黒い地面をスライドしていく物体を追いかけると
そこには鮮やかな黄色い物落ちていた。
「これは…南京錠?」
黄色く白い模様の入ったハート型の南京錠。
それを拾い、その模様をじっと見つめる。
ふと見覚えのあるその形状を思い出し
扉の向こうを覗き見るも
マオはもう既にいない。
「…戻ってきた時に、渡しましょうか」
今は与えられた任務が最優先だ。
その南京錠を懐にしまうと彼女も城内での業務の為、
まず緑の青年が連れていかれた部屋へと向かった。
№31 特異点
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