扉の先は相変わらずの長い廊下。
しかし変わらない光景の中に一つだけ異質な空間を見つける。
「こんな所に階段があるわ」
どこかの部屋に入るための扉が存在せず
照明も何もない暗い下り階段。
床の材質は同じだが壁の装飾などがガラッと変わっており
その幅も人一人分が入れるほどのサイズ感だ。
「地下…?」
「もしかして…サンデールは、この先にいるのかしら」
三人が顔を合わせ、不安な様子で階段の下を覗く。
辛うじて今いる廊下の照明で輪郭は確認できるものの
暗闇で見えなくなる場所以降にも階段は続いて見える。
《…この下、他とは違う気配を感じる…》
「じゃあやっぱり、
サンデールさんのいる可能性が…?」
《ええ…多分…》
やはりアンナの回答は曖昧なままだ。
しかし僅かに感じたその気配の差は確実で
その事がわかっただけでも不安が少しだけ消え、一息つく。
そして三人全員が頷けば、その階段の下へ降り始めた。
+++++++++++++++++++++++++++++++++++++++
《この場所…
ピュアハートの存在を強く感じる…》
床の木材の材質もどこか老朽化したような褪せた色で
辺りの壁もあの綺麗なお屋敷の雰囲気から
罠部屋で落とされたときのような
無機質な石造りの壁になっている。
一定間隔で設置されている小さな照明も現れるも
細長い階段全体を灯すほどの光量はなかった。
「…?」
浮遊する埃を払いながら進んでいくと
ふと甘い香りがふわりと鼻孔をくすぐる。
一瞬ピーチの香水の匂いかと思った
神菜は
最後尾に歩く彼女の方へと振り向くも
勿論首を傾げられるだけでかつ違う香りだった。
そのまま歩きながらも周囲の匂いを嗅いでいれば
それは丁度
神菜の頭上から感じる事がわかった。
神菜は上を見上げたまま階段を降りる。
「
ああン♡よく来て下さいました」
「えっ!?」
すると階段の空間全体にこもるような声が響く。
この香りと似たような甘くなまめかしい声色。
「…?」
先頭を歩くマリオもその異変に気付くと立ち止まり
神菜とピーチと共に周囲を見渡した。
すると丁度マリオの手前の見上げた空間から
小さな光がぱらぱらと舞い、何かのシルエットが浮き出た。
「
ワタシが美しきまじない師、この館の主サンデール。
貴方達がきてくれて嬉しいです。
ワタシも貴方達が来るのを長い間待っていたのです」
「サンデール…さん…?」
そのシルエットは特徴的な形状の赤い縁の眼鏡をかけ
フェイスベールを纏ったな女性だった。
だがその全身は半透明に透けており
まるでクリスタールの時と似たような現象だ。
神菜が思わず声をあげれば彼女はゆっくり頷くも
眉間に皺を寄せ、どこか辛そうな表情に変わる。
「
しかしこのままでは貴方達に会うことが出来ません」
「なんでだ?」
「
なぜなら今ワタシは、悪者に追われているからです」
《悪者…?》
するとサンデールの姿が徐々に薄れていく。
クリスタールは過去のヒトの霊魂の状態だったが
彼女はデアールと同じ末裔として生きる現世のヒトだ。
きっとどこかから魔術によって姿を見せているのだろう。
「
ワタシはこの館の地下…【迷いの地下ルーム】のどこかにいます。
私を探して下さ…い」
「サンデール!」
「
そし…てワタシに気をつけて下さい。
貴方が見て…いる…もの…が
全て正し…いものとは限りませ…ん」
体が薄れていくと共に
彼女の声も途切れていき、小さくなっていく。
「
もう…これ…以上ワタ…シ…の力…も
届かな…い…みた…いで…す」
「……」
「
…い…です…か…ワタシ…に気…をつ…け…」
不安げに見上げるマリオ達の様子も見えていたのか
優しく微笑むとサンデールの体が完全に消えてしまった。
そして呆然と沈黙が流れる。
《今のがサンデール…?》
「みたいだね。でも私に気をつけて~って、一体…」
そんなサンデールの言葉に不安を抱く。
しかし目の前は下るだけの道しかない為
今はその言葉を信じ階段を慎重降り始める。
空中に舞う埃が徐々に減っていき、
それらを払いながら下っていくと照明の明るさも増し
そのまま一番下へとたどり着く。
階段の細さより広くなったその床に三人が揃えば
その空間の壁に設置されている扉に視線を向けた。
そこには大きな両開きの扉が二つ。
「迷いの地下ルーム、ってことか…」
「とりあえず手前からだよね」
鍵はかかっておらず、そのまま一度覗き込む。
だがそこも先程辿り着いたフロアと同じ様な広さで
そのまま扉の中へ入るとまた別の扉、
その間の壁に何かプレートが掛かれていた。
それに近付き、プレートについている埃を払う。
「ルーム…01?」
「1ってことは、まだ他にも部屋がありそうね」
そして他に何もない事を確認すると、
もう一つあった扉を開く。
「…てうわあっ!?」
が、そこには足場はなく
踏み出した足がそのまま宙を蹴って落ちかけるも
なんとか壁にしがみついて体勢を整える。
いわゆるビルの外側から見える足場のない扉の状態だ。
ふう、と安堵の息をついてから慎重にその部屋に落ちる。
その後ろからマリオ達も部屋へ降り立つと周囲を見渡した。
先程のフロアとは違いとても広い空間になっており
落下してきた足場のない扉はその空間の真ん中辺りにあった。
そしてその上部分に足場のある扉、
彼らが降り立った下部分に扉が一つと
再び二手に分かれる扉がそこにはあった。
そして足場のない扉の真下にあったプレートを見つける。
「ルーム…03?」
「あら?02は飛ばしちゃってるわね」
《番号順に…造られていないようね》
《簡単に抜けられない地下迷宮!
方向感覚がマヒしちゃうような閉鎖空間!!
と~~~~ってもスリリ~~ングっ!》
冷静に思考を巡らせていた静寂を破る様に
キえマースだけがノリノリな様子で飛び跳ねている。
マリオは静かに頭を抱えていた。
「…とりあえず、道順は覚えておかなきゃな」
「そうね。じゃあ一旦こっちから行きましょう」
「りょーかい!」
そしてそのまま降り立った場所にあった扉の方へと向かった。
+++++++++++++++++++++++++++++++++++++++
その後は案の定、ひたすらぐるぐると移動をし続けた。
やはり部屋の雰囲気は変わる事なく
扉や足場の位置とその地下で生活していたであろう生物達が
部屋ごとに少々変わっている程度だった。
見つけたブロックを叩けば青いドクロキノコが襲ってきたり
バランスボールほどの大きさの眼球のような生き物が
彼らを捉えて光線を放ってきたりと
マーネが仕掛けた罠部屋のバージョン2のような状態だ。
キえマースが言ったように方向転換が麻痺し始めるも
冷静に道順を覚えていたピーチの言葉を聞きながら
まだ触れた事のない扉を見つけ、足を踏み入れた所だった。
「…あら」
そこでやっと部屋の雰囲気ががらりと変わったのだ。
埃っぽい地下空間ではなく
マリオ達が地下へ降りる前まで巡っていたお屋敷の内装だった。
しかし罠部屋や労働部屋と比べると
若干豪華さを帯びているように見えるそのフロアに
少々警戒を保ちながら進んでいく。
神菜も久しぶりの柔らかいカーペットの感触に
内心軽く喜びつつ、マリオ達の後を追う。
天井部分から登れる場所で二階部分へあがれば
その奥で一人の女性が背を向けて立っているのが見えた。
マリオ達もその人影に気付き、ゆっくりと接近する。
その足音に反応すれば、ふわりとこちらに振り向いた。
「ああン♡よくいらっしゃいました」
甘くなまめかしい声色の女性。
この地下へ来る最中に現れた姿と同じ人物。
サンデールがそこにいたのだ。
声も鮮明で体も透けている様子はない。
紛れもなく目の前にいるヒトは実物そのものだ。
そして一行一人一人に目線を送るなり、ふわりと微笑む。
「ワタシが美しきまじない師、この館の主サンデール。
明るい日の光の様に
全ての命を輝かせる事がワタシの高貴な努め…
貴方達がここに来ることは
既にわかっていました。ああぁン♡」
甘い声と共に腰をくねらせる。
ピーチがサンデールに近付こうとするも
マリオがそれを止める。
その表情はどこか不審そうだった。
「マリオ?」
「偽物かもしれない」
「大丈夫よ。偽物だったらすぐわかるわ」
そして緩んだマリオの手から離れ、
ゆっくりとサンデールに近付いていく。
マリオと
神菜が見守る中
サンデールの正面に立つと姿勢よく会釈をした。
「こんにちはサンデール。実は私達、ピュアハートを…」
「ええわかっております。
ピュアハートを探しているのでしょう?」
「ええ」
「勿論お渡ししますわ」
その言葉を聞くと後ろから
神菜がピーチに駆け寄り、
アンナもマリオの帽子のとまると彼も接近した。
「本当っ!?」
「ではピュアハートの代金10000000マネー頂きます。
それでよろしいですわね?」
「へ…!?えっ!?」
聞き覚えのあるその金額と通貨に素っ頓狂な声が上がる。
勿論マリオは静かに眉をしかめており
帽子にとまっていたアンナもそのまま肩へ移動する。
《マリオ…》
「偽物、ね」
するとサンデールが上機嫌な様子で
懐から一枚の紙をピーチに差し出す。
それは沢山の文字がぎっしりと並べられた誓約書だった。
ピーチはただその書類をじっと見つめている。
「ピュアハート受け渡しの契約書にサインしてくださいな」
ピーチから見て一番の下部分を指でさす。
そこには名前を書くスペースがあり
再び懐を漁ってペンを取り出すと
その紙と同時に再びピーチの方へ差し出した。
流石の
神菜も気付いた様子で
不安そうにピーチの背中をちょんちょんと突く。
「ピーチ…?」
「大丈夫。わかってるわ」
そう小さく微笑み、
一歩前に出ると再びサンデールの方を向く。
「さあどうしますの?」
「いいえ…お断りしますわ」
するとサンデールがぴくりと反応する。
しかし挫けた様子は見せず、咳払いをした。
「今お手持ちのマネーが無くても、
ローンを組んで差し上げますから大丈夫ですわよ
さあ契約書にサイ」
「断るって言ったじゃん!
そんな胡散臭い契約誰がするかって!」
神菜もその勢いのままピーチの背後からヤジを飛ばす。
飛ばされた彼女もわかりやすく表情にも出た反応を見せるも
冷静さを保つため、再び咳払いで感情をリセットする。
契約書を半分に折ると話を続けた。
「じゃ…じゃあこうしましょう。
今ローンを組んで頂いたら特別に
【しなびたウルトラキノコ】を差し上げます。
さあ契約書に」
「怪しいキノコを労働者に食わせて、
その挙句に価値の落ちたキノコのプレゼントか。
ろくでもないな」
「しなびたキノコってこう…干物的なやつじゃないの?」
「ものによっては腐ってるぞ」
「ゲェー!それは嫌すぎ~」
平然とするピーチの背後で
マリオが口を出し、それに
神菜が便乗する。
サンデールの声は少し震えていた。
そしてまた契約書を折ると、懲りずに話を続ける。
「な、ならば特別に
新しいフェアリン【クサくナ~ル】を紹介してあげましょう。
それでどうです?さあ契約書にサインを…」
《エェー!?なにそのコ!君たち知ってるビン?》
《ボクチンは知らないどえーす》
《クサくナ~ル!?
知らないけどなんだかドキドキすルンルン…》
「なんで?」
《…いい加減にしてちょうだい。
そんな得体のしれないモノなんていらない…
怪しい契約もしない…》
冷静なアンナの言葉は誰に向かって言ったのだろうか。
しかしその声は明らかにサンデールの方に向いており
井戸端会議のように騒ぐフェアリン達も揃って頷いていた。
その言葉がトドメとなったのか。
折って広げていた契約書をくしゃくしゃに丸め
そのままピーチに向けてそれを投げた。
ドレスに掠れる軽い音が鳴るだけで
ピーチの様子は全く変わらない。
「
ええい!こんだけ言ってもサインせんとは
なんちゅう分からず屋じゃ~!!
これが最後のチャンスやぞ!
ちゃっちゃとサインせんか~い!!」
妖艶かつ穏やかな様子から一変して荒い声を上げる。
鼻息も荒くし身構えもどこか威圧的に変わる彼女を見て
ピーチはくしゃくしゃに丸まった契約書を拾い上げる。
「あら。それが貴方の本性?
そんな口を聞く方とはお話できないわね」
「んなっ…!」
とうとう感情を隠す余裕もなくなったのか
露骨に嫌悪感を現せば
突如二人の頭上にきらと小さな光が舞い始める。
「
そう、それでいいのです。
そこにいるサンデールは偽物…
その者の言う事は聞いてはいけません!」
「やっぱり…っ!」
最初に会った時の透けた姿のサンデールが現れたのだ。
きっとこれを伝えるだけでも魔力の浪費が多いのだろう
その一言を伝えると本物のサンデールが消えてしまった。
「マネネネネネネ…バレてしまっては仕方ありませんね」
すると目の前の偽物のサンデールが急に大人しくなると
綺麗な顔に似合わない歪んだ笑顔でこちらを向く。
そして紫の煙が勢いよく彼女の姿を包み
その煙が消えるとその中に見覚えのある少女が現れた。
「あんた…!」
「館のメイド、マーネ。そして偽サンデールは仮の姿…
その正体はノワール伯爵様に仕える
モノマネ師、マネーラ!」
黄色に白の水玉のワンピース、胸元に赤いリボン
そしてそれを纏う黄緑色のヒト。
彼らを全てにおいて騙し続けた犯人だった。
「せっかく平和的に解決しようと思ったのに…残念!」
マーネの時のような猫なで声は一切なく
どこか気怠そうに、しかし芯のある少女の声が響く。
そしてマリオの合図でピーチが彼の背後に立つと
各々がマネーラに向かって戦闘態勢を取った。
「そっちがお望みなら、
あたしの本当の力をたっぷり教えてあげるわ…
まね~ら・ちぇ~んじっ!!」
まるで魔法少女が変身するような可愛らしい掛け声をあげる。
その場でくるりとまわり、ひらりと両腕を広げる。
「い…ッ!?」
「…」
マネーラの笑みを浮かべていた頭部に異変が生じる。
メキメキと何かが折れる音と共に
彼女の首が正面を向いたまま時計回りに動き始めたのだ。
メキ、ゴキ、と聞こえる音は骨だろうか。
しかしそのまま不自然な動きを繰り返していくと
バキ、と一層大きく響いた音と共に彼女の表情が変化する。
マリオとピーチは勿論、
事あるごとに反応していた
神菜ですらも言葉を失っていた。
そして瞼を大きく開き虚ろな瞳になった頭部が
そのまま今度は逆時計回りにグルグルと回転し始める。
まるでネジを巻くように、速度を保ったままグルグルと。
そのままマネーラの頭部がぐらりと揺れ
本来の状態から上下逆さまの形で固定される。
何かに反応するように一瞬表情の笑みが更に増すと
彼女の頭部と首元から何かが勢いよく飛び出した。
「うわっ!!」
「きゃっ…!」
それはまるで黒い蜘蛛の様な節足動物の脚で。
足先が床に突き刺さり、そのまま彼女の体を持ち上げれば
ゆらゆらと力なく本来の胴体と足だったモノが揺れた。
顔のパーツは何故か口元だけ残されており
彼女の頭部の装飾パーツであったモノも
その生えた脚に突き刺さり、動くたびに揺れている。
他のフェアリンたちもそのあまりのグロテスクな姿に愕然とし、
全員が一斉に
神菜の後ろへと隠れた。
ピーチは口元を抑えながらも目を離さず、
神菜も狼狽えながらもマリオと同じように前に出た。
「マネマネマネマネマネマネマネマネマネマネ
マネマネマネマネマネマネ……」
そして変形を終えたのだろう
異様な状態になったマネーラが初めて口を動かした。
するとまたピーチの頭上から光が舞い、サンデールが現れる。
その表情はとても緊迫し、焦っていた。
「
気をつけなさい。その者は怪しげな魔法の力で守られています。
貴方達の攻撃は一切通じません」
「ずるいって!?」
《じゃあどうすれば…?》
しかしその幻影を見たマネーラが
その話をさせまいとぐらりと体の向きを変える。
「
マネェーーーっ!!」
「ヒィっ…!」
耳を塞いでしまう程の不快な甲高い声が響く。
だがサンデールはそれに構わず一行を見つめていた。
「
今はとにかく逃げるのです!
そしてこの館のどこかに隠れている本物のワタシを見つけるのです。
ワタシならばその魔法を打ち消す事が出来ます。
わかりましたね!?」
「…ああ!」
マリオが頷けば
神菜とピーチも同調するように頷く。
しかしマネーラにとってはただ煩わしい幻影だ。
話が終えてしまった後でも彼女はその長い脚を使い、
消えかけるサンデールへと攻撃をした。
それと同時にサンデールはそのまま姿を消し去り、
案の定、ただ何もない空を切るだけの状態になり
浮いた脚が再び地面に勢いよくめり込む。
ひび割れて飛び出す床のかけらを避け
マリオは構えた状態のまま部屋の周囲を見渡した。
しかしその行動を見たマネーラが気付けば
標的が今度はマリオ達の方に切り替わる。
そして彼女の頭部の頂点からマネーが湧き出ると
鋭いトゲをこちらに向けマリオ達に向けて発射した。
「前だ!走れ!!」
「
うわああああ!!」
マネーを避けながら
変形したマネーラの長い脚の間をすり抜け
マリオが見つけていた奥にあった扉へと走り出す。
「マネェーっ!!逃がさないわよぉーっ!!」
こうしてサンデールを探しつつ、
マネーラから逃げるという地獄の鬼ごっこが始まった。
№27 化けの皮
■