+暗黒城+
自身の足音だけが響く廊下を歩く。
あの後魔王が閉じ込められていた部屋を探索したものの
彼によるものだろう、所々爪痕などの荒れた状態のみで
その中から
マオが望むものは勿論ひとつもなかった。
部下達を見つけては縛り上げ、
しかし鋼線の無駄遣いは出来ない為
部下達の所持品から使えるものを拝借し
先程のクリボーのように縛り付け身動きを取れない状態にする。
「ふう…」
それでも探索の戦利品は何も得られない。
無駄に体力を消耗するだけの行為の繰り返しで
マオは深く息を吐くと一度その場に座り込んだ。
壁を背にし、城内を見上げた。
天井がどこにあるのかわからない程の錯覚を見せる漆黒、
吸い込まれそうになるが、まばたきをしてその感覚を消し去る。
ノワールが主の城とは知っていたが
城の全体や使われていない部屋の状態、その数を見る限り
過去に誰かが使用していた城なのはわかる。
「伯爵様は…どうして世界を作り替えようとするんだろう」
勿論彼女は知らない。
一番新参者というのもあるが、伯爵ズの様子を見る限り
ナスタシア以外は彼の素性や理由を知らなそうなのもあり、
ただそれを知ったところで何かができるわけではない。
むやみに詮索してトラブルの種を撒く訳にはいかないと
多少は気になりつつも聞く事はしていなかった。
彼女自身、何かを目指すという彼らのように
明確な決断を下していない立場というのもあったからだ。
「…マネーラ、」
伯爵ズの顔を思い浮かべたとき、
任務に出る前は一緒に行動をしようと約束した
マネーラの顔がふと浮かぶ。
彼女が出てから一時間ほどは既に経っているだろう。
苦戦なのか善戦なのかは勿論連絡がないためわからない。
しかしノワールから授かったという無敵守りの力。
どういうものかは不明だが、魔法の力であるならば
魔法を扱える彼女なら無事に使いこなせるであろう。
「…わたしも、はやく力になりたいな」
消え入りそうなか細い声が漏れる。
力が付き始めたのはこの城に来てから数日経った頃だ。
そしてつい最近出会った黒髪の少女から
ディメーンの魔法によって与えられた力もあり、
実際に部下達の処理でその効果を発揮している。
ノワールからもいつかは不明だが
外に出る可能性のある発言を聞いたばかりだ。
だが彼女自身、戦場に対して高揚する感情だけではなく
連続する失敗に立ち向かえるのかという
自分に対する焦燥もある。
「はあ…」
先が見えているのにその手段が手元にない。
しかもそれを阻む邪魔者が足を止めず進軍してくる。
そんなもどかしい気持ちのまま小さくため息をついた。
数秒静かに考えた後、そのままゆっくりと立ち上がると
上のフロアへ行くための長い階段へと向かった。
……………
「魔王…あのお姫様を探していたけど
本当に結婚式してたんだ…」
あくまでそういうものを模した儀式だと思っていた彼女は
ふと先程の巨大なノコノコの様な魔王の姿を思い出す。
しかし執行人であるノワールは一瞬で彼の存在を消し去った。
彼の言葉を解釈するなら、きっと用済みという事だろう。
つまりその相手のピーチ姫もあの時に同じように
ノワールが消し去った可能性がある。
しかしあの魔法を使ったのはノワールではない。
幾何学模様のような特徴のある魔法はディメーンのものだ。
ナスタシアは気付いていなかったが、
マオはちゃんと気付いていた。
「伯爵様が命令したのかな…」
ナスタシアは側近であるため指示を受ける事は多いし、
マネーラも基本ノワールの命令に従うタイプではあるものの
彼女からそんな指示を受けたような様子は見せていなかった。
そう比べるとディメーンは大広間で揃って会議を行う時に
発言し合うぐらいの印象しか記憶に残っていない。
もしかしたら姿を見せてない裏で
暗躍している可能性も秘めているが。
「…うーん」
そう答えが定まらない考え事をしながら足を進めていると
自然とプライベートフロアに戻ってきており
気付けば目の前には自身の部屋の扉があった。
そしてそのまま部屋の中へ戻る。
鍵と本をデスクに置き、ベッドに体を放り投げた。
「ふう…」
そのまま枕に顔をうずめ瞼を閉じる。
色々な事があったからか、色々な事を考えたからか。
緊張の糸が切れた様に力が抜けていく。
そのまま意識が遠のいていくのを、足掻く力はなかった。
………………
「—…マオ」
誰かの声がする。
ディメーンやマネーラではない。
全く知らない声。
しかしどこか懐かしさのある、優しい声。
「…マオ、……でね」
………………
「……は…」
寝返りを打ち、仰向きの状態になる。
まばたきをし、あるシンプルな自分の部屋の天井を確認した。
何度もまばたきをし、瞼をこする。
ぼやけているようで鮮明に聞こえた名を呼ぶ声。
じんわりと心が温かくなる優しい声。
体ではそう感じたが
やはり脳の記憶は何も反応しない。
思い出そうとしても頭痛が走るように妨げられる。
「なに…?」
そのような経験は今まで起きた事はなかった。
夢を見る事も、伯爵ズ以外の声色で呼ばれることも。
眠気で怠さを感じていた全身が一気に覚醒する。
困惑の表情のまま部屋を見渡すが
勿論その部屋の中で変化は一切起こっていない。
眠気がすべてなくなった体を起こし
デスクに置いた本と手に取る。
唯一今までの日常での変化といえば
この
マオにしか開けない謎の本と
それに適合するような南京錠、鍵だ。
「…休んでる場合じゃないよね」
マネーラの持つ赤い鍵を待っているだけではいけないと
力強く頷くと再び装備し鍵を懐に収める。
乱れた服を整えると再びプライベートフロアの廊下へ出た。
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最上階の大広間。
執行人であり組織のリーダーのみが許される高い塔。
そこにノワールが佇んでいた。
誰もいない静寂な空気が大広間を包み込む中
彼は黒のヨゲン書のページを静かにめくっている。
誰が犯人なのかよくわかる欠けた塔と地面に視線を移し
呆れたように笑みを浮かべるとため息をついた。
「伯爵様」
すると背後から信頼する右腕の声が響く。
コツ、と靴の音を優雅に立てながら塔の上に現れると
ノワールはそんな彼女に背を向けたまま反応した。
「何でワ~ル?」
「申し訳ございません。
勇者の情報について、伝え漏れがございまして…」
「ほう」
「例の勇者と、もう一人同行する者がいるそうです」
その言葉にノワールの顔が動き、ナスタシアを見下ろす。
視線が合った彼女は一度頭を下げると
手元のまとめた資料を取り出し言葉をつづけた。
「黒髪の女、との事…」
「そやつも勇者、という事か?」
「いえ…ワタクシのほうで確認した限りでは
そのような特徴を持つ勇者の記述は見当たらず…。
しかし、勇者と同じフェアリンという妖精を操る
力を持っているのことです」
黒髪の女。
それはノワールの方で確認できる内容の中でも
ナスタシア同様、見た事も聞いた事のない情報だった。
確かにフェアリンを扱えるのは勇者という証。
しかしヨゲン書に記される勇者との共通点が掴めない。
「ご苦労。その事もこちらで調べておくでワ~ル」
「はい」
「ナスタシアは自身の仕事に戻るでワ~ル!」
「かしこまりました」
そして再び背を向けたノワールに頭を下げると
魔法を使ってこの場から立ち去った。
「…勇者ではない、存在?」
再び静まり返った空間でもう一度ヨゲン書を開く。
破滅を阻む者たちに関連しそうな単語を漁るが
解読できる範囲でもそのような特徴の人物は見つからず。
「…!」
じっくりと文字列を見つめ、ページを開くと
何かを見つけたのかその手がピタリと止まった。
開かれたページの一部に人差し指を当て
見失わないようにその見つけた言葉をなぞる。
「"立ち塞がる赤き勇者"…"守護者"…"輪"…」
ナスタシアの報告していた身体的特徴ではないものの
焼き付けた勇者という言葉と別のある単語が
関連付けられるように並んでいたのを複数見つけたのだ。
ひとつの文章としての解読は厳しいものの
守護者と輪が常に勇者の近くにあり、
解読できる言葉と彼なりに解釈すれば
【その守護者は勇者と同じように妖精の力を扱える】と
そう読み取れるのは確実だった。
「これか…?」
勿論そんな欠けた曖昧の情報のみで
例の黒髪の女と関連付けられるもにはならない。
一瞬じわりと熱くなった脳が冷えていく。
ゆっくりとまばたきをし、冷静になった思考に戻ると
再びページをめくりヨゲン書の文字を読み始めた。
№24 まどろみの中
すると誰もいない大広間の奥、
塔の下の方から静かに足音が響いてきた。
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