+トワイランド+
扉を抜けた先には扉の色と同じオレンジの空。
いわゆる夕方のような、一日の終わりを知らせる空の色。
前とはまた違う黄昏れた世界を見渡し
神菜はその雰囲気をまんべんなく感じ取ろうとした。
《ピュアハートはこの先…まだ少し距離がある》
「わかったわ。よろしくねアンナ、
神菜」
「あ、はい!よろしくおねがいします、ピーチ姫!」
ピーチ姫が微笑みながらアンナと
神菜に声をかければ。
アンナはピーチのティアラのてっぺんに止まり、
相変わらずの元気を振りまく
神菜は
なぜかかしこまった様子で彼女に答えていた。
それを見たピーチは驚いたように固まり
見守っていたマリオは笑いを耐えるようにそっぽ向いた。
「そんな畏まらないで。普段通りでお話ししましょう?」
「え?でも、こう…お姫さまだから、目上の…」
「お前古代の民や末裔に対してさんざんタメ口きいてただろ」
「いやそれはなんか…別枠!」
「なんでだよ」
何でと言われてもどう答えればいいのか正直曖昧だ。
デアールに関しては近所の優しいおじいちゃんのような感覚で
ア・ゲール、ミハールも似たような感覚で接していたが
そもそも敬語を使っていないマリオの影響もあるだろう。
そして仲間になったピーチは久しぶりに見た人間だ。
マリオと世代が近そうな彼女は確実に
神菜より年上で。
纏わせる雰囲気など諸々見て、畏まっていたのだろう。
「まあ!私はそんな特別な距離感より、
みんなと同じ距離感でいてくれると嬉しいわ」
「そ、そうですか?じゃあ…ピーチ、よろしく!」
困ったように眉尻を下げる彼女を見て少々慌てながらも
改めてあいさつを交わし、片手をピーチに向ける。
それに応えるようにピーチも
神菜の差し出した手を握った。
《…そろそろ、行きましょう》
「おう」
見守っていたアンナが口を開けばお互いに我に返る。
マリオが返事をし、先導するアンナについていけば
ピーチ達も彼らの後を追った。
「あら!この世界にもノコノコ達がいるの?」
「いや、多分クッパ軍団からはぐれた奴らかと」
「ああ…あの爆発で、みんな散り散りになったのね」
そう会話を投げていたピーチだったが
その足元には転がっている状態のノコノコがおり。
神菜はそれを呆然を見つめながら後を追っていた。
話やその呼び方でわかるお姫様という地位なのもあり、
こういう冒険には疎いかと思っていたが
その正反対で想像以上に順応性が高かった。
マリオや
神菜のように激しいアクションは無いものの
彼らがノコノコを甲羅ボール状態にしたものを
手持ちのパラソルでぶちかまし、撃退していたのだ。
その姿はゴルファーそのもので、フォームはとても綺麗だ。
あのすらりとした腕からどんな力が出ているのか。
神菜以上にスマートに薙ぎ払う姿に
彼女は後ろから眺めがら、少し感動していた。
……………
「水…?」
示された道を進んでいくと自然と丘に登る形になり
そんな高い足場を進んでいたがそれも途中でふさがれてしまう。
道になる地面がその目の前でなくなっており
その向こう側に別の丘がそびえたっていたのだ。
今までの順序であればここからジャンプをすればいいのだが
それはマリオの脚力でも怪しい距離で。
ぽっかり空いたその丘の間の下には広い池があり
深さはわからないものの、足を踏み外しても
とりあえずあの池が衝撃を多少吸収してくれるだろう。
「何事にもチャレンジって事で…」
誰か一人が丘を渡ることができれば
そこからトるナゲールの力を使って誘導できる。
まずマリオが一番目に立候補するとその場で助走をとり、
思い切り地面を蹴ってジャンプした。
「あッ!無理ッ…」
が、やはり届かず。
そのまま落下し、目の前に大きな水しぶきが舞った。
二人は急いでその丘の上から池を見下ろす。
「マリオ!」
「ぶはっ…」
「えぇ…じゃあどうすんの?」
溺れる事はなかったが深さがあったのか
なんとか水面まであがると、彼女達の所に戻る。
全身水浸しの状態でぼたぼたと水滴垂れており
手袋や帽子など、絞れそうな部分は徹底的に絞っていた。
「俺のジャンプじゃ届かない…となると」
いつものように次元ワザを発動する。
すると初見だったピーチはその光景に驚愕し
マリオが立っていた場所をまじまじと見つめていた。
《これは次元ワザ…マリオだけが扱える、特殊な術よ》
「そうなのね?びっくりしたわ…」
しかしそんな短い会話の最中にマリオが戻ってくる。
その表情からして何もなかったのか、
そのまま首を横に振った。
すると何かを思いついたのか、
突然ピーチがパラソルを片手に構えて
マリオと
神菜から距離を取る。
「ピーチ?」
もう片手でドレスの裾を持ち上げると走り出し
丘の端に立つ
神菜を避けそのまま飛び出した。
「あッ!!」
まさかと思った
神菜が止めようとするも間に合わず、
ピーチ姫の体は宙に浮く。
そして彼女の体が一番高く上がったタイミングで
持っていたパラソルを開き、頭上へ掲げる。
それはパラシュートのような作用を発揮しているのか
ピーチの体がふわふわとゆっくり落ちていく。
ちゃんと着地地点に定めて体の向きを変えていたのか
マリオが辿り着けなかった向こうの丘に
コトン、とヒールの音を小さく音をたて着地した。
「すっご…!」
「そんな手があったのか…」
すると傘を閉じこちらを振り向く。
清々しい表情を見せるもそれは一瞬で、
何かを思い出したように声をあげ、目を見開いた。
「ああ、ごめんなさい!
これじゃあマリオと
神菜は渡れないわよね…!」
「大丈夫~!ほら、トナ!行ってきて!」
《はぁ~い!》
神菜のその言葉だけで何となく理解したのか
トるナゲールは軽快にピーチの所へ移動する。
合流して彼女にやり方を教えているのか
数秒お互いに何かの会話を交わしたのち、
最初はマリオに向ってトるナゲールを投げ飛ばした。
「まあ!貴方凄いわね!」
《んへへ~》
褒められて上機嫌なのか
その表情はとてもにこやかかつ、妙にデレている。
引き寄せられたマリオの着地をピーチが軽く支え
マリオがその丘で動けるようになると
今度はマリオが
神菜に向かってトるナゲールを投げる。
あとはいつも通りの流れだ。
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その後も道を遮る池は現れたものの、なんとか進行していた。
気が付けばピーチが先頭になっていた。
全てに対して興味を示し、彼らより速足で進んでいるからだ。
だがその反射神経はマリオ同様鋭く
襲い掛かってくる刺客たちを難なく撃退している。
テトラには触れないものの愛らしいものを見るように眺め
マリオはその様子を慣れたように見守っていた。
「ねえ…マリオの国のお姫様ってあんなにアクティブなの?」
「ピーチ姫はわりといつもあんな感じだな。
攫われたりとか…危険な目に合わない限り」
「攫われ…ああ~言ってたノワール伯爵の…」
「あんだけ攫われたりしてたらまあ…
対策の知識も身に付いたんだな、自然と」
「でも攫われるんだ」
「………」
彼女の中に微かにあるピーチの人間像は正直曖昧だった。
マリオの時と同じぐらいの感覚で
その存在とどういう人だったか、のレベルだ。
それもあってか、お姫様という有名な地位は覚えつつも
攫われ体質らしいのは思い浮かばなかったのだ。
まるで散歩をしているかのような
優雅な歩みで先へ進むピーチを見守りながら
マリオは近くのブロックを叩く。
「…ん?」
そこから見たことのないアイテムが転がり落ちる。
ピクセル調の絵柄をしたマリオの顔が三つに並んでいる物体。
どことなくレトロチックかつ手のひらサイズで可愛いそれは
厚みのある板のようで、置物のようにも見える。
「え!?かわいいじゃん!マリオっぽくない?」
「あ…?」
そう興味を示した
神菜が手に取ると
マリオに見せる前にぱちんと弾けるように消えた。
それはまるで以前にコインフラワーを取った時と似ており
その直後、彼女の周りにぶわっといくつもの煙が弾けた。
煙から小さい何かがぼとっと落ちてくる。
「…ん?」
弾けた拍子に閉じていた瞼を開く。
そこには
神菜に似た人形が8体程囲んでいたのだ。
似ているといってもその特徴のみで
全体的なフォルムは先ほどのようなピクセルだ。
カクカクとしたドット絵の立体版だが
どこか愛くるしさがある。
「私なのはわかってるんだけど…かわいい!」
「まあ!どうしたのその人形さんたち!」
すると先を進んでいたはずのピーチが戻ってきており
早速
神菜に似た人形に興味を示している。
神菜が動けばついていくように動き
その場でジャンプをすれば共に飛び上がる。
まるで懐いた小動物に囲まれている気分だった。
実際は自分自身なのだが。
………
敵襲で何体か力尽き弾けてしまったものの
その謎の人形に守られながら先へ進んでいた。
ラインラインロードとはまた違う
神秘さを感じさせるツタや花が並んでいたが
それは徐々にプロペラ型の風車に変わっていて。
最後尾で歩いていた
神菜が立ち止まる。
「どうした?」
「ん…いや…あ!」
視線を向ける先には風車があった。
彼女の隣にも風車がそびえ立っている。
その向こう側にも同じように風車が並ぶように立っており
その遠くを眺めていただが、ふと何かに気付いた。
そこには階段があったのだ。
下を向かなければ気付かない角度にそれは隠れており
まるで河川敷へのびる階段のような配置だ。
「結構続いてるな」
「でもピュアハートの気配はこっちじゃないんだよね…」
《…ええ。そうだけど、
怪しい場所を調べる事は悪い事ではないわ》
「私もアンナと同意見だわ」
見つけたものの、それは本来のルートに逸れる方角だ。
見つけた本人が悩む様子を見せるも
そう答えたピーチはどこか楽しそうにしており、
マリオも気にしてなさそうな様子だ。
アンナですらもマリオの帽子の上に乗り、
寄り道をする事に反対する様子はない
彼女の近くにいたピーチが率先して階段を降りていき、
神菜もそのあとを追っていく事にした。
…………
階段を下り先へ進んでいけば
周囲に生い茂っていたツタの数が増えていく。
それに合わせて狭くなる空間に警戒しながら進むと
行き止まりと共に一人のヒトがぽつんと立っていた。
赤と白のストライプに片足には足枷。
神秘的な背景に対して異質な姿はまさに囚人のようだった。
そして先頭を歩いていたピーチと目が合うと
彼の暗さを帯びた表情が一気に明るくなる。
「
オーラブリーガール!!」
「あら?」
そして重い片足を引きずりながら
必死にピーチの元へ駆け寄り
痩せこけた細い手で彼女の手をばっと握る。
「これはまさしく運命の出会い!
貴女は僕の定めでデスティニー…
是非お付き合いしてください!」
「あらあら」
突然の告白だ。
しかしあまりのも唐突すぎて全員が呆然とする。
告白されたピーチは上品に驚いた後、優しく微笑むと
握りしめられた手の片方するりと抜き取って
囚人の手の上にやさしく添えた。
「ウフフ、面白い人ね。
生憎、行くところがあるから…ごめんなさい」
それはとても穏やかな声色。
下手すれば犯罪ギリギリかもしれない行為だったのに
ピーチはその落ち着いた状態のまま穏便に言葉を発した。
マリオは無関心な様子だったが
神菜は思わず食い入るように見ていた。
しかし断られたはずの彼は
特にショックも受けていない様子だった。
むしろ彼女の発言にピクリと反応したのだ。
「行かなきゃいけない所?もしかしてサンデール様の館へ?」
「ええ、ご存じかしら?」
「やめたほうがいいぜ!
捕まって酷い目に遭わされるのがオチだ!」
「えぇ…?」
「捕まる…?ヒドイ目…?一体どういう事?」
囚人は一気に苦虫を嚙み潰したような表情に変わる。
怒りか恐怖かの震えも全身に出ていた。
「思い出したくもない!でも貴女が僕と暮らせば
もうそんな心配はナッシング!
それが定めでデスティニーさ!」
どこまで彼女にしたい話を引きずるのか。
少し悩むと返事をした。
「教えてくれてありがとう。
もし私が帰ってこなかったら、助けに来てちょうだい。
そう…ヒゲの誰かさんみたいにね」
ピーチは囚人に向かってそう伝える。
彼はぽかんとしていたが
ピーチの背後にいる人影は少し反応していた。
「おや…おやおや…?」
《まあまあまあ~!》
神菜とトるナゲールが並んで瞼を細め
まばたきをするマリオを好奇の瞳で見つめていたのだ。
彼はその視線に気付くなりギョッとし、
そっぽを向いてから帽子のつばを掴み表情を隠した。
「ヒゲ?そんなヤツは知らないが、僕は約束は守る主義だ。
絶対に貴女を迎えに行きます!!」
ピーチの添える手が離れると囚人も握っていた手を離す。
自由に動ける状態に戻ればピーチは会釈をし
そのまま来た道を戻ろうとマリオ達の方へ振り向いた。
「さあ!行きましょう」
相変わらずの笑顔で来た道を辿っていく。
それを見て、マリオはため息をついた。
「本当に来るかなあ?」
《さあ…》
「でもまあ、きな臭くなってきたのは確かだな」
「お~禁断の三角関係ですかな?」
「お前うるさいぞ」
神菜の方を振り向けば
両手でハートマークを作り笑みを浮かべている。
呆れた様子で反応すれば、マリオもピーチの後を追おうと
その場から逃げるように歩き出した。
勿論
神菜も急いでついていく。
「ごめんごめんって!わかってるって!
サンデールさんの館だよね。ひどい目とかなんとか…」
「デアールの親戚でまじない師だろ?…呪い関係か」
「捕まる…と言っていたけど、彼らの一族は横暴な方なの?」
「がめつい奴はいたが、物騒な奴はいなかったはずだ」
そうこう話していると先に進んでいたピーチと合流し
マリオ達の会話が聞こえてきたのか口を動かす。
そして全員揃うと扉の先に進んだ。
№19 不穏な風の便り
「ところで~実際どうなんです?」
「はあ?」
「ウフフ。さあ…どう"想って"くれてるのかしらね?」
「お?お??」
「…………まあ。うん」
「オ~~!」
「変な声出すなって!」
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