+暗黒城+
「…
マオか」
足音の主は
マオだった。
見下ろして映った赤い頭にそう呟けば
下にいる彼女も見上げてノワールの存在を確認する。
そしてお互い目が合う状態になれば
マオはどこか安心した表情を浮かべながら
鋼線を扱い塔の上へと登った。
「伯爵様っ…!」
「どうした?
マオよ」
「あ、いえ…少し聞きたい事が」
「ほう」
どこかデジャヴを感じさせる流れだ。
その言葉を聞くと、目線を彼女からヨゲン書へと移す。
「伯爵様は…コレと、コレに見覚えはないですか?」
ガサゴソと擦れる音でふと目線をヨゲン書から外す。
そこには白い厚みのある表紙の本と
その表紙の上に重ねるようにオレンジの鍵が置かれていた。
落とさないように鍵を押さえてノワールに見せている。
勿論そんな見た事のないモノたちを凝視するが
静かにその視線を再び下へと戻した。
「いや…ヨの知らぬモノでワ~ル」
「そう、ですか…」
「しかし、そんなものどこで見つけてきたでワ~ル?」
「本はお城の…書庫?の所で、鍵はなんというか…」
「?」
「お城の中で見かけたというか…拾ったというか…」
はっきりとしない回答に改めて
マオの方を向く。
その表情はとくに何かを隠している様子ではなく
手元の鍵を見つめ言葉を絞り出しているように見える。
たしかにそのような部屋の記憶はあった。
だが書庫にノワールが新たに追加した書物はなく
前の城の主が残した本しかないはずだ。
その主が残したものという事だろうかと
考えるように小さく唸る。
しかしノワールのその姿を見てか
マオの視線は下がり、気落ちしていた。
「
マオはそれをどう扱いたいでワ~ル?」
「扱う…」
「処分するために相談しているのならばこちらで預かるが、
お前がそれで何かを見つけたいのであれば
ヨはその本と鍵に関しては関与しない」
「…」
「ただそれが、脅威のモノとなるならば話は別でワ~ル」
閉じたヨゲン書を片手に見下ろす。
マオもノワールと同じように持つ本を見つめた。
「…お許しを頂けるのであれば、私の方で探ってみたくて」
「…」
「関係あるはずなんですけどまだ何もわかっていなくて…
勿論!危険なものだとわかれば処分します!」
その姿はノワールにとっても初めて見るものだった。
ディメーンに連れられて現れた謎の少女。
言葉を発さず暗さを帯びた表情は今でも覚えている。
彼の言葉で動き、頷く姿はまるで操り人形のようで。
しかしディメーン以外との交流の影響もあってか
この短期間で単独で何かを成し遂げようと試みている。
どこどなく和むその瞳を輝かせる姿に
彼はシルクハットのツバの下で微笑ましく笑みを浮かべた。
「…よかろう」
「!」
「ただし。そちらで何か情報を見つけ次第、
必ず報告するでワ~ル!」
「はい…!」
ノワールの言葉で表情が明るくなった彼女は
意気揚々と深く頭を下げた。
+++++++++++++++++++++++++++++++++++++++
「ナスタシア!」
かちゃりとずれた眼鏡を整えていると
自身の名を呼ぶ声に振り向く。
その声の主は駆け足で彼女の元へ近付いてきた。
「…
マオ?どうしたのです」
「手伝いの前にやってた事やろうって思ったけど
ちょっと手詰まりになっちゃったからからさ…。
なにか手伝う事ない?」
「やってた事…?」
首をかしげる彼女を見るなり
マオはハッとした様子で
例の本と鍵を取り出し、前に差し出す。
「この本と鍵、ナスタシア知らない?」
「…いえ」
「そう…ありがとう」
「もしかして、マネーラと書庫にいたのと関係が?」
「うん、そこで見つけたんだ」
パラパラとその場でページをめくる。
ナスタシアも覗き込むように見下ろせば
そこには依然変わらないどこかの言語の文字列と絵柄、
そしてくぼみにはめ込まれた南京錠があった。
しかしその文字列を見たナスタシアの瞳が反応した。
「その文章…」
「ディメーンが言うには古代の文字らしいんだけど、
さすがにそれはわからなくてさ」
「…揺れる、音」
「どうやって解読し………へ?」
いつものように諦めた様子で本を閉じようとすれば
目の前のナスタシアの言葉に素っ頓狂な声が思わず漏れる。
彼女は表情を変えずただそのページを見つめており
ゆっくりと瞳が文字に合わせて動いていた。
「よ…読めるの!?」
「ええ。ヨゲン書と同じ文字なので、多少は」
「え…!え!?」
あからさまに困惑する彼女を見て小さくため息をつく。
そしてそのまま無言で片手を差し出せば
マオも自然とその手に本を乗せる。
パラパラとめくれるページを確認し
刻まれる文字を流すように読み始めた。
「とはいえ、ヨゲン書よりは簡単そうですね」
「簡単なの?」
「ええ。あちらは複雑な情報が入り乱れていますから」
「はあ…」
マオはただそれを黙って見つめるしかできない。
指で文字をなぞりながら言葉を復唱する。
「"忍び寄る音"…"夢の外から、聞こえる"」
「夢の外…」
「この一枚目の絵の文章はそうですね。
次の絵の文章は…"揺れる、音"。"ドンドンと"」
「…?」
ノワールとヨゲン書の解読を進める彼女が言うのだから
その言葉は本当なのであろう。
しかしその言葉の意味が理解できず
マオは疑問の声色をあげながら首を傾げた。
「ぐらいでしょうか。こちらで軽く言い換えるなら
【夢の外から忍び寄る音がする】、【ドンドンと揺れる音】
…でしょうね」
「はあ…いや、でもありがとう!」
「物語の序盤というのは大体理解できない事が多いです。
現に、その本もその二ページしか確認できないので…」
「そうだよね。多分…やっぱりこの鍵が必要なのかも」
そうくぼみの中の南京錠に触れる。
ナスタシアも静かにその動作を見つめていたが
ゴホンと咳ばらいをすると改めて
マオに向きなおした。
「…話を戻しますが、つまりその本で手詰まりになったため、
ワタクシの手伝いを申し出た。という事ですね?」
「そんな感じだね…あ、あと!
途中の階でも縛っておいてる部下達もいるんだ!」
「途中の…?」
「特に下の方に集まってるからずっとそこにいるでしょ?
だから、その上の階とか見てて…見つけたからさ」
本を腰に戻した
マオはぐ、と握りこぶしを作る。
その様子にナスタシアの表情も思わず緩む。
「ちなみにその本は伯爵様に報告済みですか?」
「うん!さっき許可貰って、危ないモノだったら
すぐに渡す約束もしてきたよ」
「…では、よろしいでしょう。
先程と同じように拘束作業をお願いします」
「はい!」
彼女は勿論洗脳されていないものの
あの部下達の動作を見てしまったせいの影響か
自然と敬礼のポーズと共に笑顔を見せる。
思わずナスタシアは苦笑を浮かべた。
そのままパタパタと走り、軍団の中に混じれば
鋼線を扱い逃げ回る部下達を捉えていく。
「……」
改めて見るその動きにナスタシアは凝視した。
剣、槍、斧、拳、弓などと、世の中には様々な武器がある。
その中で鋼線というものは正直言えば聞いた事も見た事もなかった。
鋼といえば刃のある武器に使われている素材と同じものだ。
力加減を間違えれば切り刻んだりする可能性はある。
しかし彼女の操る鋼線はそんな心配を払拭するほどで
跡が着く事はあれど、肉を裂く事はなかったのだ。
しかしナスタシアの中で、
ぼんやりと思い浮かぶものがあった。
「…
マオ」
「なに?」
「貴方のその戦法ですが…いえ、戦法と言っていいのか」
「…?」
「その糸さばき、なんだか見覚えがあるんです」
ナスタシアの口から再び発された新情報に
何度目かわからない驚愕の声と共に目を見開く。
しかしナスタシアの表情は先程解読した文章の時より
どこか自信がなさげで少しだけ俯いていた。
「見覚えって…?」
「…そのように誰かを拘束するような使い方ではなく、
木々や障害物をなぎ倒したり、移動手段としての…」
「移動…武器って感じじゃなかったって事?」
「ワタクシの記憶の中で、ですが。
ワタクシの知らない所で武器としてや今の貴方のように
扱っていた可能性もあるかもしれません」
「ちなみに…どんな人が使ってた?」
「………」
頭を支えるように片手を頬に添える。
即断即決な彼女の悩む時間は長くはなく、
数秒その姿を見せたのちに改めて
マオに向きなおす。
「ごめんなさい。そもそもの記憶が曖昧なのもあって…」
「ううん。でもその話聞けただけでもうれしいよ」
「ただ確実に言えるのは、貴方ではないという事ですね。
貴方だったら伯爵様のもとへ来た時に気付きますから」
「あはは、さすがナスタシア」
しかし
マオの表情は明るいままで、
その様子に少し安堵したのかナスタシアの表情も緩む。
「…さて。止めてしまってごめんなさい。進めましょう」
「うん!」
眼鏡の位置を整えるのを見た
マオは大きく頷くと
既に進行して遠くにいる部下軍団の元へ走っていく。
ナスタシアはそんな彼女が拘束していた部下達に近付くと
赤い術を纏わせ、彼らの脳に言葉を刻み始めた。
№26 かけらたち
■