それは真っ暗闇の中でわずかに聞こえる環境音。
「う、うう…」
「目が覚めた?」
「ここは…どこだ?まさかニンゲンの屋敷…ううう!」
「動いちゃ駄目よ。貴方、崖の下に倒れていたのよ。
きっと足を踏み外したのね」
「お前は人間だな?僕が恐ろしくないのか?
僕はヤミの一族の…」
「何を言っているの…
怪我をしている人を放ってはおけないでしょ?」
ぎしりときしむ音が鳴る。
苦しそうな声の男性とそれを心配する女性の声色。
その声の主なのは誰なのか。
詮索する隙もなく、眩しい光に包まれ視界が真っ白になった。
+++++++++++++++++++++++++++++++++++++++
ゆっくりと扉が開く音がする。
眩しさに閉じていた瞼を開けば、
そこは見覚えのある場所だった。
「帰って…きたー!!」
マリオの後ろから足を延ばし、周囲を見渡す。
背後には先ほどの世界へと続いていた赤い扉で
その場所が旅の始まりであったハザマタワーだと気付けば
大きく腕を伸ばし、緊張していた体をほぐした。
《さあ、デアールの所に行きましょう…》
「ああ」
ひらりとアンナがタワーのエレベーターの方へ舞う。
マリオ達もそれについていき、デアールの館まで向かった。
「おお、帰ってきたであ~るな?」
エレベーターから降りると丁度館から出て来ていたのか
館の前にいるデアールがいたのだ。
マリオ達の姿をとらえると
とても安心した様子で表情を緩ませる。
「お主達の顔から察すると…上手くいったようであ~るな…」
「うん!色々大変だったけどねえ…」
「まあ、そうだな」
神菜がそうマリオの方を見ると、
彼も釣られるように笑みを浮かべる。
お互いに全く無傷の状態ではなかったものの
二人の元気そうな様子を見るなり
デアールは安堵した笑みを見せた。
「そうかそうか。とりあえずワシの家で
ゆっくり話を聞かせてほしいであ~る」
そしてデアールが目の前の館の中へ招きマリオ達を案内する。
中に入ると用意していたスツールにマリオがと
神菜が座り
アンナはマリオの頭に、トるナゲールは
神菜の方に止まる。
そしてデアールも自身の椅子に腰掛けるとマリオ達を見た。
「それで、どうであった?
ピュアハートは見つかったであ~るか?」
「ああ」
傷付けないよう持ち運んでいたピュアハートを見せると
オレンジの光がやわらかく輝き、
ゆらりとマリオの手からわずかに浮上する。
するとデアールの目が見開き、思わず声を漏らしていた。
「その輝き…正しく本物のピュアハートであ~る!」
《クリスタール…彼女から貰った…》
「なんと!クリスタール様となっ!
その方はワシの御先祖様であ~る」
「あ~やっぱり…」
「黒のヨゲン書に対向するための白のヨゲン書を記したのも…
この街を創りそれを残したのもクリスタール様を始めとする
古代の民達が行われた事であ~る」
「そんなすごい人だったんだ…」
赤いピュアハートを所持していたデアールが言うのもあるが
どことなくデアールとシンパシーを感じそうな雰囲気を
持っていたクリスタールの姿を思い浮かべて、一人納得する。
マリオは頷きピュアハートをそのままデアールの方へ手渡す。
神菜はあの神殿での曖昧な記憶を遡っており
確かそんな話をしていたような気もする…と天井を見ていた。
—バンッ
「うおっ!」
すると館の扉がバンッと勢いよく開いた。
神菜はガタンとから転げ落ちそうになり、
マリオは勢いよく振り向く。
デアールは立ち上がり、その扉の方へ近付いた。
「デデデデアールさん!!たたた大変です!!」
その扉を開けた主は一人の街の住人で、
何か慌てた様子で口をわたわたと動かしている。
「なんであ~るか!そんなに慌てて…」
「そ、それが…なななななななななななな
なななななななななななななんと…
空から女の子が降ってきたんですよ!」
「なに!ギャルが降ってきた!?一体どういう事であ~る!」
間髪入れずにデアールが反応する。
相変わらずの隙を見せればよく出してくる単語には触れず
勇者一行はただ呆然と見ているだけだった。
「わっかりません!とにかくエレベーターに乗って
この上の階へ来て下さい!」
「わかったであ~る!」
我を忘れるように駆け出し扉を開くが
ふと気付いたのか、置き去り状態のマリオ達の方を振り向く。
「丁度よい、お主達も一緒に来るであ~る!!」
それを言い残すと、駆け込んできた住人と共に
館を出て行ってしまった。
静まり返った室内で扉を眺め、ゆっくりとお互い顔を見る。
「ここまで同じだと笑うどころか…気味が悪いな。
何かありそうだ」
「同じ?」
「
神菜がこの街に現れた時と同じ状況なんだよ。
突然女性が降ってくる街なのか?ココは」
「さあ…それはなんとも」
デアールの後を追うつもりなのか先にマリオが立ち上がる。
それを見た彼女もスツールから腰を上げると
後を追うように館の外へ出た。
ハザマタワー行きとは別にあるという
エレベーターを探し、上へ登っていく。
ラインラインマウンテンのリフトのような斬新な形ではなく、
安心感のある整備されたエレベーターのランプを眺めた。
ポン、と音が響き扉が開く。
そこから先ほどまでなかった人々のざわめきが聞こえ
マリオ達はそちらに近付いて行った。
「ここで塔を見上げていたら
いきなり落っこちて来たんです!」
「ふうむ…見たことのない格好であ~るな…
一体何者であろう?」
「…!!」
人ごみをかき分け、その中心へとたどり着く。
そこには先程報告してきた住人が立ちながら慌てた様子で、
デアールはその女性の状態を見ようとしゃがみ込んでいたが
マリオはその女性を見て目を見開き、駆け寄った。
《どうしたの…?》
「ピーチ姫ッ!!」
住人以上に狼狽えた様子で
そのピーチ姫と呼ぶ女性を抱きかかえ、体を揺らす。
神菜も確認するために後ろから近付いた。
ボリュームのあるブロンドの長髪にピンク色のドレスで
手には同じピンクのパラソルを握りしめていて。
頭部にはティアラを付けてあるのが
姫と呼ばれる証なのだろう。
マリオが必死に呼びかけているが彼女の瞼は開かない。
「ピーチ姫!?ではこの者が伯爵に攫われた姫であ~るか?」
「そうだ!クッパの城かと思ったら、
実はその伯爵に攫われていて…」
それほど彼にとって大切な人なのであろう、
今までの勇敢だったマリオではない姿をさらしている。
しかしその様子を見て彼女は幻滅したなどと思うわけもなく
同じようにどう揺さぶられても
目を覚まさないピーチを心配そうに眺めた。
落ち着きさを保っているデアールがピーチを挟むように移動し
マリオの正面に来るよう腰を低くすると頬に手を触れた。
「なにやら、相当酷い目にあったようであ~るな…」
「酷い目…!?」
「何者かの魔法であろう、簡単に目を覚ましそうもない。
それに体が冷え切っている…どうしたものかのう…」
「おい、まさか…」
顔を真っ青にし彼女の胸元に耳をあてる。
しかし最悪の展開ではなかったのか、
ほんの少しだけ安堵した様子で息を吐いた。
それをデアールが眺めているとふと思い付いたのか
俯いていた顔をあげ彼を見た。
「そうである!マリオと
神菜よ。
この街の一階にある料理屋のドロシーの所に行くであ~る」
「料理?」
「彼女なら何か体が温まって
元気が出るものを作ってくれるはずであ~る。
それがあればきっとピーチ姫も目を覚ますであ~る」
「そ、それだけでいいの?」
「息はしている。何かの刺激を与えてやるのじゃ」
なるほどと頷けば、
神菜が膝をついているマリオを見下ろした。
「じゃあ私が行ってくるよ。マリオはそのお姫様見てて!」
「悪い…!」
《ボクチンも行くどえーす!》
神菜の言葉にマリオの強張った表情も落ち着きを見せ始め、
そのまま駆け出すとエレベーターで街の一階部分へたどり着く。
《ねえ
神菜~》
「ん?」
《あのお姫様って~知り合い?》
「いや…なんで?」
《
神菜と一緒~って言ってたから、
なんとなくどえーす》
「それは…確かに」
彼女の中にあのピンク色のお姫様との思い出は一切ない。
しかしマリオを見た時のように、妙に既視感だけはある。
それだけは実は引っかかっていたものの、
結局わからずじまいになるかと
口に出さずに様子をずっと見ていたのだ。
そして道中の住人達に
道を聞きながら進むと鍋の看板を見つける。
漂う何かの料理の香りでそこだと確信した
神菜は
急ぎ足だったという事もあり、駆け込むように扉を開けた。
―カランカラン
ドアベルの音が響く。
外で漂っていた香りがより濃厚になる。
食欲をそそる、何かの料理の香りだ。
目の前にはカウンター席がありその奥には厨房が見える。
ドアベルの音に気付いたのか、厨房にいるヒトが振り向くと
お玉を片手に持ち、
カウンター越しに
神菜に歩み寄った。
「いらっしゃい!
ここはみんなが笑顔になる料理屋【スマイル】さ!」
「ええと…何か温かい料理ってないですか?」
「アバウトだねえ…具体的にはどういうのがいいんだい?」
「私の友人?の友人がこう…体が冷え切ってて目が覚めなくて…
そういう時に最適な…料理…」
あやふやながら言葉を並べる。
料理を注文する際にする説明ではないのは理解しつつも
実際問題、それが目の前で起こっているのだ。
そんな彼女の様子を見て把握したのか最適な料理があったのか、
「あ!」とドロシーが口を開いた。
「やっぱりそういう時は…あつあつスープが一番かね」
「あつあつ?」
「【ほのおのさくれつ】っていう
アイテムから作ることの出来るあつあつスープなら
スッキリと目覚める事が出来るってもんだ」
「アイテムか…」
自身が背負っていたリュックの存在に気付く。
一度それをカウンターの上に置くと中身を漁った。
やはり不可思議な構造をしており、
覗く中身は深い水の底を覗くような感覚で。
外見のサイズ感に見合わない謎空間に毎度ながら驚く。
その時点で確認できるものは
道中で拾ったアイテムからまとめられれず散乱するコイン、
見覚えのないアイテムもぞろぞろとあるのを見るに
砂漠で一瞬彼に預けた際に持っていたものを
ここに詰め込んだのだろう。
しかしほのおのさくれつなんて
アイテムは初めて聞くものだった。
とりあえず手に取ったものをドロシーに見せ、
違うものだと首を横に振り、元に戻す。
それを繰り返し、炎の詰まった正方形の箱を手に取り見せると
ドロシーの反応に変化が起きた。
「それさ!ほのおのさくれつ!」
「あ~でも確かに、炎あるな…じゃあ、これで!」
「それじゃあ張り切ってあつあつスープを作るとするかね」
そのアイテムを手渡すと
まるでジャグリングのように放り投げ、受け取る。
そしてお玉をバトンのように回転させると
厨房の方へ戻っていった。
トントン、グツグツと手際良く進められる音が聞こえる。
神菜はカウンターに身を乗り出すように厨房を眺めた。
…そして数分後。
出来上がったのか、満面の笑みで振り向くと
手に持っていたその料理をカウンターに乗せた。
「またせたね、いいかんじに出来たよ」
「おお…!」
《おお~!》
ツヤのある陶器の器にスプーンを添えたクリーム色のスープ。
見た目から感じる美味しそうな匂いに大量の湯気がたち
神菜とトるナゲールはそれを浴びる程の位置に顔を寄せていた。
「あんたの友達の知り合いは
そのあつあつスープで目を覚ますはずさ。
急いでそいつを持って行っておやり」
「ありがとう!ドロシーさん!」
お礼を伝えいざ持ち運ぼうと試みるが
器に陶器に取っ手らしきものはついていない。
その湯気の立ち具合から見て触らずともわかるだろう熱さに
触れる勇気はさすがになかった。
目の前のスープを睨みつける
神菜を見て
ドロシーは棚をあさり、取り出したものを彼女の前に出す。
「ああごめんごめんよ!これを渡しておくのを忘れてたね」
それは木目柄のランチプレートだった。
熱々の器を持ち上げ、そのランチプレートの上に置くと
スス、と
神菜の前に差し出す。
「ありがとうございます!」
丁度いい厚みのフチを両手で握りしめ、
こぼれないように慎重に運ぶ。
ふさがった両手が使えないため
体をドアノブに引っ掛けるよう動かし
そのまま再び街へと繰り出した。
「あら?」
それを見送り扉が自然と閉まるのを確認すると
そのまま厨房へ戻ろうとする。
その時、ふと視界に映ったカウンターの青い物体を見た。
「…まあ、後で取りにくるかねえ」
神菜の背負っていたリュックが放置されたままだったのだ。
しかし持ち主は例の友人の友人のために走り出している。
空きっぱなしのフタを閉じ、カウンターの隅へ置きなおすと
そのまま厨房へと戻った。
+++++++++++++++++++++++++++++++++++++++
「マリオーっ!!」
こぼさないよう慎重に、しかし急ぎ足で駆け出す。
外気にふれた影響か湯気の量は減っている。
見守っていた野次馬の数は減っていたものの
神菜の響く声でその群衆が反応し、道を開ける。
マリオの隣に腰を下ろし、ランチプレートごとスープを手渡す。
スプーンの半分程のスープををすくい取り、
揺らして湯気の上がり具合を確認するとピーチの口元へ添えた。
「うう…ん」
「!」
「おお…目を覚ましそうであ~る」
するとびくともしなかったピーチの体がピクリと反応する。
か細く唸る声を漏らしながら瞼に力を込める表情に
マリオはもう一度スープを口元へ持っていく。
そしてゆっくりと瞼が開く。
虚ろな瞳のまま上半身を持ち上げると小さく欠伸をした。
「ふわぁ…
今何だかとっても美味しい物を頂いたような気がするわ…。
…こんな良い気分で目が覚めたの久しぶり…」
その動作はとても上品で、瞼を軽く擦り周囲を見渡せば
傍にいたマリオはスプーンを置いた。
「ピーチ姫!」
その声で覚醒したのか、ピーチ姫の瞼が一気に開かれる。
お互いに目線を合わせると表情も明るくなった。
「あらっ!マリオ!?貴方、無事だったのね!」
「ああ…よかった…」
付いていた膝に両手を添え、脱力するように項垂れる。
しかしその声に焦りは残っておらず、
落ち着いた安堵の声色だった。
そして改めて周囲を見渡す。
マリオと
神菜、その向かいにデアールに彼女を囲っていた野次馬たち。
ひらりと舞うアンナの姿を捉え、思わず見とれながらも口を開いた。
「ところで…ここはどこ?」
《ここはハザマタウン…》
「ええっと…貴方がたは?」
「ワシはデアール、そのフェアリンはアンナ。
そしてこの娘は
神菜であ~る」
デアールが向ける目線に合わせてピーチの顔も動く。
その流れで
神菜とも目が合うと、
緊張していた彼女に気付いたのか優しく微笑んだ。
端正なその表情に硬直し、パチパチとまばたきをした。
「まあともかく、一旦ワシの家に来るのであ~る。
詳しい話はそこでするであ~る」
「そうだな」
そうマリオが答えると先に立ち上がり、
座っていたピーチ姫に手を差し出せば
それを合図にか野次馬たちは散り散りに立ち去っていく。
無事に立ち上がり歩行も支障がないことを確認すると
デアールを先頭にエレベーターの方へ向かっていった。
神菜も立ち上がってマリオ達の後を追おうとしたとき、
目の前にいたピーチが不意に彼女の方へ振り向いた。
「
神菜さん、貴方もありがとう」
「え?」
「あの方が貴方を紹介してくれたから。
助けてくれたのでしょう?」
「えっ、ああ、まあ…へへ」
どこか照れくさそうに反応する
神菜に微笑むと
そんな彼女に向って白い手袋を付けた手を差し出す。
一瞬きょとんと瞼を見開くも、
遅れた反応でその手に自身の手を差し伸ばせば
温かく優しい力で
神菜の手を握りしめた。
手袋越しでもわかるその柔らかと力強さに硬直するも
そのままピーチ姫から手を離せば我に返る。
背を向けマリオ達の方へ歩む姿を見て
彼女も遅れないように後を追った。
+++++++++++++++++++++++++++++++++++++++
「…それで気が付いたら、目の前にマリオ達がいたの」
「そんな事があったであ~るか・・大変じゃったのう」
ピーチはここに至るまでの事柄を話した。
この時点で
神菜と状況が違うものの
彼女は何かヒントがないかと必死に聞いていた。
「ねえマリオ、クッパやルイージはどうなったの?」
「いや…わからない。俺はその式とやらの場所じゃなくて
普通にクッパ城に放置されてたからな」
「そう…彼らも無事だといいけど…」
お互いに神妙な様子で情報を交換し合う彼らを見ていると
ピーチはふと隣にいた
神菜の方へ視線を向けた。
「
神菜さんはどこの方?
ニンゲンさんだけど…見たことのないお召し物ね」
「あー…その、わからないんです。名前以外」
「あら!記憶喪失なの?」
「多分…私もピーチ姫さんと同じ感じで来たみたいなんだけど
私の方はここに来るまでの記憶もなくて」
「まあ…大変じゃない」
なるべく暗くしないように口角を上げて伝えるも
ピーチはとても心配そうに彼女を見ている。
すると様子を見て黙っていたマリオがふと「あ」と声を出す。
「ピーチ姫の事はどうなんだ?なんかわからないか?」
「私?」
「すごい見た事はある感じは…する。
でも話した事はない。みたいな…」
「でも貴方みたいな人がキノコタウンにいるなら
すぐに気付くし、覚えてるはずよ」
「だよなあ…」
その話と関係性を見るなり、
やはりマリオとピーチは同じ世界から来たニンゲンであった。
しかし同じニンゲンである
神菜の情報は
何一つ掴めず、再び頭を抱える。
静かに見守っていたデアールは
自身の長い髭を撫でながら考えた。
「彼女の記憶はないのに彼らの事は僅かながら知っておる…
しかし対面した記憶は本当にないのであ~るな?」
「ああ。ニンゲンはルイージとピーチ姫…ぐらいだよな」
「そうね」
情報も言葉も繋がらず、全員が考え込むように黙り込む。
しかしその静寂を破る様に
デアールの近くにとまっていたアンナがゆらりと移動した。
《…とりあえず、デアール。次はどうすれば…?》
記憶探しもそうだが、本来の目的はピュアハートの回収だ。
ハッと我に返ったデアールがヨゲン書を手にとり
ぱらぱらと該当するページを探す。
「【一つのピュアハートは
次なるピュアハートの扉を開き、勇者を導く…】」
「扉…って、あの赤いやつ?」
「ウム。この街にはまだ
いくつものハメールストーンが存在する。
ハメールストーンを見つけ出し、
前と同じようにピュアハートをはめるのであ~る。
さすればつぎなる扉が開き、
お主達をピュアハートの元へ導いてくれるであろう」
「なるほどね」
一度それを経験していたマリオは納得したように頷く。
「そしてこれは推測であ~るが…
次の扉には【神秘のまじない師サンデール】の所へ
通じているのではないかと思っとる」
「まじない師…」
「その人も、デアールさんのご先祖さんの古代の民?」
「いや、サンデールはワシやア・ゲールと同じ末裔…
遠い親戚みたいなものであ~る」
そのサンデールと呼ばれるヒトの姿を思い出そうとしているのか
髭を撫でながらヨゲン書から目を離した。
「そのサンデールの館には
先祖より代々守り受け継がれてきた神秘の宝があると聞く。
恐らくそれがピュアハート」
「言ってた散りばめた…の一つね」
「白のヨゲン書にもサンデールの事と思しき記述が
あるであ~るからな」
「じゃあ…そのサンデールという人の所へ行けばいいのね」
そうにこやかに言葉を並べるピーチに
デアールは少し驚き、髭を撫でていた手の動きが止まった。
横にいるマリオも一瞬彼女へ視線を向けたものの、
何も言わずどこか諦めた様子で小さくため息をついた。
「お主もついて行く気か?」
「もちろんよ」
「無理をするでないピーチ姫。
お主はまだ体がそれに危険であ~る」
「世界が滅んでしまうかもしれないのに、
大人しくなんかしていられないわ。
それに私とクッパのせいで混沌の力が…」
瞼を伏せ、所持していたパラソルの柄をぎゅ、と握りしめる。
長いまつ毛の下に見える青い瞳を揺らした後、顔を上げると
もう既に理解しているような表情のマリオを見つめる。
彼が躊躇う事なく無言で頷けば、ピーチも合わせて頷いた。
神菜へ視線を向けるとマリオの時とは違い
どこか安心させるような微笑みを見せた。
「とにかく私は行きます!もう決めたんです。
神菜さんもすごく大変な状態なのに、
要因でもある私がじっとしているなんて出来ないわ」
神菜は何度かまばたきをし、ピーチを見つめる。
デアールに宣言するその横顔はとても凛々しく
あの穏やかさからの変わる印象に思わず見とれていたのだ。
芯のある声色に、デアールも諦めたのか
苦笑を浮かべつつ一息ついた。
「…最近のギャルはみな、同じような事を言うのであ~るな」
「フフ。活気があって頼もしいでしょう?」
ピーチは表情を和らげ、どこか嬉しそうに微笑んだ。
それを合図にアンナがピーチの肩へ乗る。
ただ無言で見守っていたが、
その行動は彼女も同意したといっているようなものだろう。
《まずは次のハメールストーンね…》
「だな」
こうしてピーチが勇者一行の一人として加わり
さっそくハメールストーンを探しに行こうと立ち上がる。
デアールも同時に立ち上がり、ピーチに近寄った。
「では、これを持っていくがいい」
「これは…」
机の上に置かれていた物の中から一つ手に取りそれを手渡す。
経年劣化しているのか多少色褪せているものの
まだ丈夫な状態の鍵だった。
「この街にはワシらも知らぬ秘密がまだまだ隠されておる。
これはそれを解く鍵の一つであ~る」
「そうなのね」
「きっとそこにハメールストーンがあるかもしれない。
街の中でこの鍵を使える場所を探すとよいであ~る。
多分ワシの家の近くで使えると思うであ~るが…」
「わかったわ。ありがとう」
そしてデアールは再び椅子に腰掛け、
館を出ようとする勇者一行を眺める。
「うっし、行くか!」
「ええ!」
「おう!」
マリオを先頭にアンナ、ピーチがと扉の外へ向かう。
神菜が続いて出ようとすると
何かに気付いたデアールが声を上げた。
「おお!そうじゃ
神菜!ちょっと待っとくれ」
「ん?」
神菜だけが館に残る形で振り返る。
付いてこない彼女に声をかけたのか館の外から声が聞こえるも
彼女は「先行ってて」と声をかけ、扉を閉めた。
「マリオから聞いたぞ。コインを入れる財布がないとな」
「あ、あ~そういや…」
思い出すように頭を軽く掻く。
するとデアールは次に机の引き出しを漁りだし
何かをつかみ取るとそれを
神菜に向けて手渡した。
「これは999コイン入る世界に一つしかないレアな財布
【イッパイサイフ】であ~る!」
「イ…パイ」
「ウム。ワシがブイブイ言わせてた頃に使ってたものじゃ。
この機会じゃ、お主に譲るであ~る!」
「いいの…!?」
「ホホ、これも世界を救うためと思えばどうって事ないわい」
その表情はとても穏やかだった。
彼女は言葉に甘えてその財布を受け取る。
そしてまたもや絶妙なネーミングセンスであるものの
やはり見た目は普通…というよりは
リュックに比べると使い込んでいるのか少しくたびれている。
そして999コイン入りそうにないコンパクトサイズでもあった。
きっとあのリュックと同じで見た目より中身なんだろうと
リュックの中のコインを財布へ移そうとした。
「ん…?リュック…」
「そういえばお主、ワシがやったイッパイサックは?」
「…あ!!」
その瞬間、背中に重みがないことに気付く。
「ドロシーの料理屋に忘れてきたのではないのであ~るか?」
「確かに…あそこで一回降ろしたから…」
「ハメールストーンはマリオ達に任せて、
お主は先にハザマタワーへ向かう方がよさそうであ~るな」
デアールの言葉に大きく頷くと
リュックを取りに館を飛び出した。
それを見送るとデアールも卓上に向き合うような形になり
解読の続きを再開しようとヨゲン書を開く。
「…勇者が扱えるフェアリンを、連れていたな」
マリオ達は何も言わなかったが
確かに
神菜のそばには手のような形の
アンナと同じ雰囲気を持つフェアリンがいたのだ。
「勇者以外でフェアリンの力を操れる者…ふぅむ。
やはりあの腕輪がキーであ~るな」
ヨゲン書のページを見つめながらつぶやいた。
+++++++++++++++++++++++++++++++++++++++
―カランカラン
急いでいた勢いで扉を開ければ
中にいたお客さんであろう住人達が驚くように反応する。
そしてカウンターの奥のドロシーも彼女の訪問に気付くなり
やっと来たといわんばかりの反応で近付いた。
「お!気付いたようだね。そこに置いてあるよ」
彼女の持つお玉を指示棒のように振られ
カウンターの隅に置かれていた青いリュックの方へ指した。
「あっ…!ありがとうございます!」
「威勢があるのはいいけど、気を付けなよ~?」
「あはは、はーい!」
和やかな会話を数回交えリュックを背負うと料理屋から出る。
そして結局マリオとピーチの行き先を知らないのもあり、
デアールの言っていた通りにハザマタワーへ向かう事にした。
ハザマタワー行きのエレベーターに乗り、
稼働の音が響くと小さく息をつく。
ひと段落したように壁にもたれかかり
無意識に手首に装着する腕輪に視線を移した。
「…!」
すると赤いハートの隣にあった
透明なハートがじんわりと染まっていく。
どこかフレッシュな雰囲気のある
透き通ったオレンジ色に染まると、
遠くから耳鳴りが近付いてきた。
+++++++++++++++++++++++++++++++++++++++
—ミンミンミンミン
蝉の劈く声が聞こえる。
夏場特有の耳を壊す勢いの騒音だ。
「誰かの落とし物かな…」
「…えっ?」
ノイズかかった声が聞こえる。
呑気な声色から何かに気付いたように反応すると
遠くから雑音が聞こえてくる。
それが徐々に大きくなり
まるで砂嵐をゼロ距離で聞くような大音量になる。
ガサガサ、ゴロゴロ。
不快な雑音と轟音が脳内を埋め尽くした。
+++++++++++++++++++++++++++++++++++++++
「
神菜!!」
「っ!!」
その声で意識が返ってくる。
気が付けばその雑音は消えていたが
ジンジンと余韻が残っている。
先程までゆったりと壁にもたれかかっていたはずなのに
今は膝をつき、頭を抱えていたのか
両手を動かせば視界の上から現れ、ゆっくり膝の上に置く。
目の前にはハメールストーンを探しに行ったマリオがいる。
その後ろには深刻そうに見つめるピーチの姿もあった。
「え…え?なに?」
「なにって…こっちのセリフだ」
「え?私…」
「丁度私達もハザマタワーへ向かおうとしてたのよ。
エレベーターに乗ろうと扉が開いたら…貴方が、」
するとピーチの言葉が止まり、彼女を見下ろす。
つまりそういう事なのだろう。
一緒についてきていたトるナゲールも彼らと同じ反応だ。
「今度はなにごとじゃ!?」
丁度エレベーターの隣に館があったのもあり
マリオの声が聞こえたのかデアールが慌てた様子で飛び出す。
最後の記憶ではエレベーターに乗って上に行っている頃だった。
そのまま降りずにマリオ達がエレベーターを呼んだからか
頭を抱えながら再び戻ってきている状態で。
神菜はなにも理解していないように
ただ呆然とそれを眺めているだけだった。
「今回は休むか?ピーチ姫も協力してくれるし…」
「いや、ごめんごめん!大丈夫。
ひと段落して気が抜けすぎちゃったのかも」
「…」
「本当に…?」
「本当本当!!」
マリオとピーチの言葉に答えながら立ち上がる。
その足元は特にふらつく様子もなく、
普段通りの元気な
神菜の姿そのものだった。
デアールも後ろから見守っていたが何も答えず
マリオ達の出す答えを待っていた。
「…わかった。本当に限界を感じたら、ちゃんと言えよ?」
「はあい」
それは飾り気のない普段通りの返事だ。
神菜からすれば意味など含めていないものの
マリオは少し気にした様子を見せながらも頷いた。
そして
神菜が既に乗っているエレベーターに乗り込み
全員揃ったところでやっとハザマタワーへ向かった。
…………
「これは…」
「次の世界に行くための扉。
この赤い方はついさっき開けた扉だ」
「なるほどね。この時点で行先が決められているなら、
それに従って進めばいいのね」
《基本はそう…でも、扉の先からは未知だから…》
ハザマタワーには新しく扉が出現していた。
先程の赤い扉の隣にオレンジの扉が現れていたのだ。
扉の裏側に回り込めるがそちらからはビクともせず
しかし正面からは開いて異空間に繋がり世界へ渡れる。
いつ見てもどういう原理なのかは不明だが
ピーチが興味深そうに扉を観察していた。
それが落ち付いたのを確認すると
マリオがオレンジの扉に手をかける。
赤い扉と同じように扉が揺れ開けば、
そのまま風と共に奥へと進んでいった。
№17 桃色の流れ星
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