+暗黒城+
城に残る
マオは未だ抵抗するクッパの部下達の処理を手伝っていた。
ただナスタシアのような魔法は一切使えないので
彼女の唯一の武器である糸を使い、
抵抗を続ける部下達を縛ったりしていた。
武器であるとは言いつつも彼女自身がよくわかっていない。
気付いた時には身に着けていて、言葉で使い方を説明できないのに
体がが覚えているのか違和感なく自然と動く。
その動きで繊細な糸を巧妙に操っていたのだ。
糸自体も操り人形のような柔らかい糸ではなく
柔軟性のある鋼の糸、いわゆる鋼線だ。
「こっこここれ以上仲間まままを傷付けたらあららららっ…」
すると目の前に1体のクリボーが立ち塞がるも
その声はどんどんと孤立していく恐怖で震えていた。
マオは一瞬悲しそうな顔を見せるも、
クリボーに向けて糸を投げ、身動きを取れないよう縛る。
全身に力を込め縛ったクリボーを浮かし、
そのまま拘束作業をしている部下集団の方へ放り投げた。
「グヘェ」と悲鳴を上げ地面に叩きつけられるクリボーを見て
抵抗する状態ではなさそうなのを確認し糸を解く。
そして拘束される抵抗する部下達にまとめられ
ナスタシアの超催眠術によって洗脳させる。
マオの動きはほんの一例だが、
基本的な流れは殆どそういう感じだった。
ディメーンの魔法のおかげで多少は動けるものの
それでもなお貧弱さは残る体力を必死に使う。
おかげでそのつもりじゃなかった行為である
縛った対象を叩きつけたりを何度か繰り返していた。
「ふう…ご苦労様です」
「はあ…はあ…おつかれさま」
しかし
マオの助けもあったからか
ナスタシアは苦言を零す事なく、業務を終える。
目の前にはみな赤い瞳の部下達。
先程まで抵抗していた部下達は全員いなくなっていた。
「
マオ、貴方のおかげで助かりました」
「ほんとう…?なんか無駄に傷付けちゃった気がするけど…」
「いえ、貴方が暴れる者たちを静めてくれたおかげで、
私も楽に術をかける事が出来ましたので」
「それなら…よかった」
乱れた息を整えながら安堵の一息をつく。
ナスタシアは疲れを見せず、ただ淡々としていた。
「もう自由にして頂いて結構です。ただし、
伯爵様とワタクシの許可なく勇者の元へ向かわない事」
「うん、わかった」
マオが素直に頷けば
ナスタシアは背を向け、部下達に何かを指示し始める。
魔法の使えない彼女は移動魔法が使えないため
基本的に徒歩で行動する事が出来ない。
ドドンタスやマネーラが出陣したであろう城の外の世界も
実は行き方がわからず、結局暗黒城の内部か
その周辺を散策するしかできなかった。
行き方を聞けばよかったと、気付くもすでに遅く。
仕方なく徒歩で城内を歩き回る事にした。
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「はあ…はあ…」
途方もない階段の数に景色の変わらない廊下。
今自分がどこの階を歩いているのか混乱する迷宮に
息を切らしながら歩いていく。
しかも万が一の対策なのか、所々トラップが設置されており
それを知らない彼女は引っ掛かりかけたりと
謎の疲労が蓄積されていった。
……
そしていくつかの階段を上った先に
やっと見覚えのある廊下に辿り着く。
それはマネーラが【プライベートフロア】と
勝手に呼んでいるエリアだった。
伯爵ズが集まって会議をする大広間の丁度下にある階層。
ノワール、ナスタシアは不明だが
それ以外の伯爵ズに与えられた個室に
マネーラと鍵の探索をした書庫もあるエリアだ。
そんな自分たちの扉も、みな個性が現れる状態だ。
ドドンタスの部屋。
扉はどうしてかボロボロの状態で傷が付いており
穴を空けたのか、扉と近い色の板で隠していた。
そして2つあいた所にはマネーラの部屋。
フリルの飾りや赤い宝石が飾られたりと。
彼女らしい豪華な装飾で染まっている。
その隣は
マオの部屋。
特に特徴というものはなく、装飾も何もない。
…これが普通なのだが。
そしてまた2つあいた所にはディメーンの部屋。
現在では"だった部屋"の方が正しいだろう。
マオと同じように装飾などは一切なく、
施錠もされていなければ室内ももぬけの殻。
彼は彼なりにどこかで拠点を作っているのだろうと
そう軽く思う程度で気になっている訳ではない。
そんな事をふつふつ思いながら、
彼女は自身の部屋の扉を開けた。
扉を開けるとふわりと部屋の匂いがする
シンプルなベッドにデスク、クローゼットのみ。
言い方を変えれば殺風景の方が合っているだろうか。
そんな部屋からはマネーラから貰った
ルームフレグランスの香りが漂っていた。
「…?」
ベッドになにか光る物が沈んでいる。
遠くでもわかったその異物に近付き
確認をするためにそれを手にとった。
「カギ…!」
それを見た彼女の瞳が一気に冴える。
ドドンタスが拾ったという赤い鍵と酷似した
オレンジの鍵がそこにあったのだ。
それはドドンタスが鍵を見つけたという状況と同じだった。
彼女が自身の部屋に戻ってきたのは
ドドンタスが出陣すると宣言したあの会議のあと、
マネーラの部屋に行く前に立ち寄ったあの時間のみだ。
赤の鍵は結局マネーラに返してしまったため現物がない。
しかし無くてもそれと同じモノという事は理解できる。
白い繊細な模様、半透明に透き通る質感。
しかし赤の鍵の情報すらも掴めていない状態で
この鍵をどう扱えばいいなんて何もわからなかった。
「伯爵様か…ナスタシア…?」
ふとその二人を思い出す。
黒のヨゲン書を確認する事ができるナスタシアや
そもそもの所持者であるノワールに直接聞けば
何か知っているかもしれない。
「でも…伯爵様ってどこにいるかわからないんだよね」
他の伯爵ズのメンバーはどう会っているか把握してないが
マオは大広間の時にしか会う事はなかったのだ。
業務中にこの事も聞けばよかったと後悔が増えるも
そのオレンジの鍵を握りしめ、再び考える。
自前の糸で括り付け、装備品として腰に装着していた
例の石板の本も手に取ってみて、中身を見る。
勿論何かがわかる訳ではない
「…ドドンタス」
そして一人の人物を思い出す。
きっと聞く相手としては一番向いていないだろう。
しかし初めて鍵を拾ったのは彼だ。
そして今ならまだあの最上階にいるかもしれない。
少し迷ったが、何かの手がかりの一つでもあればと
とりあえず、の感覚で大広間に向かった。
……………
大広間の扉をゆっくり開く。
いくつかそびえ立つ塔を見上げていると
扉の音に気付いたのか、上の方から物音と声が聞こえた。
「お、おお!
マオ!どうしたんだ?」
「ドドンタス!」
そこには想定通りドドンタスが見下ろしていた。
少々不安だったがまだ残っていたことに胸を撫で下ろす。
むしろずっとここに居たのか…と苦笑を浮かべながら
マオもドドンタスの隣の塔に登ろうとした。
取り出した糸に所持していた鉤のような金具を付け、
隣の塔へ勢いよく投げ、引っ掛けた。
頂点の縁に引っ掛かったのを手に伝わる感覚で確認すると
その糸を命綱のようにし、壁を伝って登り始めた。
「相変わらず器用な事をするな…」
「ふう…」
普段だとディメーンの魔法で共に着地出来ていたが
彼が不在の今、彼女はこうして力技で塔へ登っていたのだ。
何とか登り切り一息つくと隣の塔にいるだろう彼を見た。
その姿をまじまじと見つめていたドドンタスは
胡座をかいた状態でこちらを見ていた。
「しっかしここまで来るのに大変だっただろう?
ドドンッと仕掛けが増えていて…」
「対策だもの。避けていけば大丈夫だよ」
苦笑する表情にドドンタスも釣られる。
すると
マオの持っている物に気付き、反応した。
「ん?
マオ、その手に持っているものは?」
「あっ、これね…」
「うおっ!それは俺様が渡した…やつの、色違いか?」
「私のベッドにあったの。でもドドンタスと同じで
何もわからなくて…」
ドドンタスに見えるようオレンジの鍵の角度を変える。
しかし変わらず反射できらりと光るだけだった。
「あ!!そういえば俺様もまた変な物を拾ったのだ!」
「え?」
するとその鍵を見て思い出したのか
大きな声を出したのち、懐から何かを取り出した。
「それ…は?」
「砂漠に行った時に拾ったのだ。
色は違うが、あのカギと雰囲気が似てたからな!
もしかしたらそのカギと合うのではないか?」
それはハートの形を模した南京錠だった。
しかもその質感は
マオの握る鍵と同じもので
色もオレンジ、白い模様が刻まれている。
ドドンタスが
マオが飛び移ろうと体を動かせば
察した彼女は塔の隅へと移動する。
そして同じ塔の上に二人が立つと
ドドンタスが持っていた南京錠を
マオへ渡した。
そして自身の持つ鍵と鍵穴を合わせようとする。
「あ…あれ、合わない…」
「なんですとっ!?同じ色なのに合わないとな…」
何度も鍵穴の入口で鍵の角度を変え差し込もうとするも
回る以前に鍵を入れる事すらできなかった。
せっかくの期待が崩れ落ち、落胆する表情を見せる。
「どうして…?」
「ふむ…では赤い鍵はどうだ?」
「赤…は、マネーラに渡したままだから、今は出来ないな」
「そうか…しかしまだ可能性はあるだろう?
どう見たって関係のある形をしているんだからな!」
しかしマネーラはつい先ほど
勇者を阻止するために出陣したばかりだ。
帰ってくるまでは時間がかかるだろう。
脱力した様子でお互いその塔の上に座り込む。
そして目の前にいるドドンタスの方へ視線を向けた。
「…ねえドドンタス」
「ん?どうした?」
「ドドンタスのその服って、どういうものなの?」
この伯爵ズのメンバーは個性が豊かだ。
ディメーンはわかりやすいピエロの衣服をまとい
その容貌に合わせたような言動を振りまいている。
マネーラはおしゃれさんで色々な服を着ている。
マオの知らない文化の衣装なども見せてもらっていた。
それらと比べるとドドンタスは少し気になる点があった。
トレーニングウェアの様な服を着ているのはわかるのだが
使い続けているのだろう、所々ヨレたりとボロボロだ。
しかしそれが気になっていたというわけではない。
そう感じたはその服に描かれている模様だった。
豪快な性格とは真逆なシックなデザインをしており
その背中には何かの家紋のようなシンボルが
全体のデザインに馴染む形で刻まれていたのだ。
一張羅と言われたらその時点で話は終わるが、
明らかにただの模様ではなさそうなその服を
ドドンタスはほぼ毎日着ているのだ。
背中を見る機会が多かった彼女がそれを問えば、
問われた本人は一瞬いつもの笑みを消し真顔になり
悩むように少し黙り込むと何度か口を開いては閉じる。
そして決心したのか、
マオの方を向いた。
「ここに来るまではな、ある国では将軍だったんだ」
「ドドンタスが?」
「ウム!部下がドドンッと1000人ぐらいいてな!
もうみんなに自慢したいぐらい良い仲間達だったんだ!」
「…」
「でもな…俺様がドジ踏んで、罠にはまってしまったんだ」
「罠?」
段々と空気が重くなるのは語っている本人が自覚している。
その様子を見たドドンタスは
マオに気にかけるように
真っすぐその瞳を見た。
「大丈夫か?いきなりこんな話してしまって…」
「ううん。ドドンタスが大丈夫なら続けて。
ちゃんと仲間の事…知っておきたいし」
「ウ…ウム」
マオは優しい瞳でドドンタスを見守っていた。
そして彼は一度、深呼吸をした。
「…その罠をかけた犯人は多分、部下の誰かだったんだ。
でも誰かまでは結局わからなかった」
「…」
「その結果、俺様と俺様に付いていた部下達全員捕まった。
抵抗を続けて何とかみなで逃げようと試みたが
大将軍である俺様の命を狙う敵襲が絶えなかった」
「…」
「でも部下達が俺様を守り庇ってくれてたんだ…
なのに俺様はその庇ってくれた部下達が倒れていく姿を
見ているしか出来なかった…何も出来なかったんだ…!」
進む話に合わせて顔が俯き、殆ど表情が見えない程になった時
太い腕を振り上げ、握りこぶしで塔の床を叩けば
豪快な音と共にその部分だけ割れ、丸いくぼみができた。
マオは下手に慰める事も言葉も出てこず、
ただじっと話を聞くことしか出来なかった。
「そして部下達が全滅し、俺様の首をとろうとした時…
俺様はもう諦めていたんだ」
「…」
「でもな、いきなり空の一部が真っ黒に染まって
敵達はそれに吸い込まれる様に消えてしまったんだ。
勿論死んだ1000人の部下達も…」
「それって…」
そう言葉を呟けば、ドドンタスが顔を上げる。
その表情は先程の暗さは帯びておらず
しかしどこか苦しそうな笑みだった。
「伯爵様だったんだ。
真っ黒な空が消えて、俺様一人だけ残されたんだ。
そして伯爵様現れ、窮地の俺様を救ってくれた…」
「…」
「とまあ、俺様らしくない過去の話ってやつよ!
どわっはっはっはーっ!!」
話を終えたの事で区切りを付けたかったのか
重苦しい空気を消し去ろうと立ち上がると
といつものドドンタスに戻り大きな声で笑い出す。
「のわぁぁああっ!?」
「えっ!?」
しかしその勢いと彼の体重、ひび割れた床が合わさり
ドドンタスの立っていた場所のヒビが急激に広がっていくと
瓦礫と共に塔の下へ崩れ落ちてしまった。
―ドシィーンッ!
まさか足場が砕け落下するとは思わず
マオは呆然とした様子で思考が止まる。
しかし下から聞こえるドドンタスの呻き声で我に返ると
急いで塔の上から下の様子を確認した。
そこには腰を摩りながら笑いかけるドドンタスがおり、
無事そうなその状態に安心の笑みを見せた。
№18 栄光の紋
「…騒がしいと思えば」
後に現れたノワールが欠けた塔を見て
深いため息をついたのは、誰も知らない。
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