+暗黒城+
「…ほんっとう、何考えてるかわかんない」
沈黙からマネーラがぽつりとつぶやけば
マオも意味深に残された言葉からハッと我に返る。
「ドドンタスの決着って…なんだろう」
「さあ?どうせアイツの事だからヘマしたんじゃないの」
「じゃあ、本当にそうだとしたら…」
「……」
お互い目線を合わせ、表情が強張る。
明確な結果は何も伝えられていないが
確かにドドンタスが城を後にしてから時間は経っていた。
魔法もなければコントロール能力も褒められたものじゃないが
伯爵ズの中では随一の怪力無双、そんな力自慢の男だ。
彼の馬鹿力であれば傷だらけであれど
今頃笑いながら戻ってきてもおかしくはない。
「…ドドンタスの力を打ちのめすヤツって、相当よね」
「うん、多分…」
彼が無事に阻止していれば
手を煩わせる事なくスムーズに計画を進められる。
しかしヘマをしても何となく納得できるし、
彼に変わって伯爵の計画の力になれる。
ドドンタスに対して確実にこうなって帰ってくる、
という答えが出ないのだ。
マネーラは複雑な様子だった。
「…ま、アタシたちは目の前のコレをなんとかしよって話よね」
マオから離れ
卓上に置かれていた石板の本に触れる。
紙の束を叩くような音は一切出ず、やはり石の音だった。
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「…ふう」
僅かにずれた眼鏡を戻し、視線を前に向ける。
振り向くとそこにはクリボーやノコノコ、
ハンマーブロスの集団。
全員が綺麗に並び、全てがナスタシアのいる方に向いていた。
赤く光る瞳が乱れもない整列を生み出しているのだろう。
「他の部屋に残っている者はいませんでしたか?」
全員の瞳が一斉にナスタシアの方に向く。
するとリーダーらしきハンマーブロスが前に進み
彼女の目の前に立つと背筋を伸ばした。
「はっ、一人も残っていませんでしたっ!」
「よろしい。次はあちら側の部屋を調べます。
一人残らずワタクシの所に連れて来るのです!」
勢いよく腕を振りかざし、指先を扉の方へ向ける。
ハンマーブロスを筆頭に後ろに並ぶ集団も
その扉のある方へ首を動かし
リーダーの彼のみがナスタシアの方へ向きなおした。
「ビバ!伯爵!」
「「「ビバ!伯爵!」」」
そう威勢のいい声を上げると集団も合わせて声を出す。
そしてナスタシアを避けるよう、
整列を保ったまま扉の方に走って行った。
それはまさしく軍隊の集団行動だった。
ナスタシアは集団に囲まれつつも微動だにせず、
扉の向こうに消える彼らの足音をじっと聞いていた。
「……」
しかしその集団がいなくなった空間に
1体のクリボーがぽつんと立っていた。
「何をしているのです?早く行きなさい」
「うっ!…ひぃいっ!」
ナスタシアが声をかけるも、先程の威勢は一切見られない。
彼の瞳は自信ではなく恐怖で怯えていた。
軍隊集団たちの様に赤く光っていない。
コツン、と靴音を高く鳴らしながら彼に近付く。
クリボーは腰を抜かしているのか
その場に転がってしまい動けなくなっている。
小さなナスタシアが見下ろすその瞳、
眼鏡の反射で覗いて見えた瞳は恐ろしいほど冷えており
目の前のクリボーはただ震える事しかできなかった。
「安心なさい。貴方もあの仲間達の元へ行かせますから」
瞳に、赤フチの眼鏡に同じ赤い電流が走る。
まるで鎖が絡むように周囲に赤い魔法が彼を囲めば
彼女の瞳から一閃の赤い光線がクリボーに向けて走った。
「うががががががっ!」
悲鳴を上げるクリボーの体全体に電流が走る。
徐々に瞳が元の色から赤く染まっていき、
声を上げる事をやめると縛っていた魔法達が弾け飛ぶ。
腰を上げれば先程とは違う自信に満ちた表情になり、
その瞳は勿論赤く光っていた。
「ビバ!伯爵!」
洗脳する際に送り込まれた言葉なのだろうか
定番の掛け声をあげるなり
先程の集団の仲間達のいる扉の向こうへ走り去った。
「…」
こうしてやっと廊下にはナスタシア一人だけになり、
明かりの炎が燃える音だけが廊下に響く。
しかしその誰もいない廊下で、ちらりと横目で背後を見た。
「何を、見ているのです?」
「やあ、処理は順調みたいだね~」
空間の闇に溶けるように
存在していた彼に向けて声を投げれば
その彼もジワリとナスタシアに近付き、姿を現す。
小さくため息をつくと、
ゆっくりとディメーンの方へ振り向いた。
「何のようですか?貴方も勇者を阻止しに行くのでしょう?」
「うん~でもまず見学と~少し様子を見に」
「ワタクシはこの通りです。
道草を食っている暇があるなら行動なさい」
「してるじゃん?」
「はい?」
「なっちゃんの技術の見学♪」
宙に浮いたまま座るような体勢を作ると足を組む。
両手を組みあごの元へ近付けさせてにこやかに答えるも
ナスタシアの表情は依然冷たいままだった。
「んっふっふ~本当、極端なコばっかだなあ」
「なんの話ですか」
「こっちの話~」
俗にいうダル絡みのようなものだろうか。
ナスタシアは僅かに眉をしかめ、
不快の表情を一瞬見せると
彼に背を向け集団が向かっていった扉の方へ歩み寄る。
ディメーンもゆらりと動く体勢に変えると
ゆっくり彼女についていく。
「そっちは順調?あれだけの数疲れるでしょ~」
「…」
「ちょこっと手伝ってあげようか?」
「結構です」
カツン、と靴の音を響かせ扉の前に止まる。
そして後ろを浮遊するディメーンの方へ振り向くと
鋭い瞳のまま彼を見上げた。
「貴方が今していることをお伝えしましょうか?」
「ん~?」
「業務妨害。邪魔という事です」
「うう…人の善意を邪魔だなんて…」
「……」
無反応どころか怪訝な表情で睨まれ、
呆れたように扉の方へ向きなおす。
あからさまな小芝居で貫こうとする気はなかった彼は
途中でヘラリと笑った。
「はいはい。悪かったって」
「……」
「でもさあ、一個だけ"業務"連絡あるんだ」
「…なんでしょうか」
笑みを浮かべたまま、しかしまだ真面目な声色に
ナスタシアも扉に手をかけたまま反応した。
「ドドンタ君、もうそろそろ帰ってくると思うよ」
「…それが、何か」
「んっふっふ~それだけ!」
まるで子供のいたずらのような態度。
思わず振り向くも、彼は一定の距離のままニタリと笑う。
「業務連絡おしまい。
というわけで、僕も行ってくるねぇ♪」
それだけを伝えるなり
彼女の答えを聞くような素振りは一切見せず、
ぱちんと指を鳴らして消え去った。
「……」
残された彼女は誰もいなくなった廊下を眺め、
小さくため息をついた。
いい加減な態度も含め、
ディメーンの言動は常にどこか怪しい。
それはノワールに仲間入りを申し出たときからそうだった。
ドドンタスが帰ってくる。
きっと戯言でないのであろう、
それの意味をぐるぐると考えながら
目の前の扉をゆっくりと開けた
「ぎゅうぅ~~」
「おとなしくしろッ!」
そこではヒト達を縛り付けるグループと
それに捕まらないように抵抗するグループが対立していた。
縛り付ける者たちは勿論彼女による
超催眠術で操られた伯爵陣営の集団で
抵抗する者たちは目が赤くない、所謂魔王陣営の者たちだ。
するとリーダーのハンマーブロスが
彼女に近付きその場に跪く。
「はっ、ナスタシア様。何か御用でしょうか」
「この処理の指示はしばらく貴方に任せます。
捕まえたら逃げない様に縛っておくこと。
その後は私が処理します」
「はっ!ビバ!伯爵!!」
再び背筋を伸ばし、敬礼のポーズを彼女に向けると
素早く仲間達の方へ走り去っていった。
洗脳したての彼らの様子を心配していたものの、
無用だったようだ。
様子を一通り確認し、既に縛り付けられていた一部の塊に
超催眠術をかける。
「ぐがががが~~~っ!」
そのあとはいつもと同じ流れだ。
「ビバ、伯爵!」と叫ぶ彼らを確認し、
同じように指示を与えると
開放された犬の様に走り出し、伯爵陣営の彼らに加わる。
それらを見送り縛り付けられる魔王陣営の処理が
終えた事を確認すると
あのハンマーブロスにすべてを任せ、
その部屋を後にした。
「……ふう」
対立する叫び声達が一瞬で消え、静寂な廊下に一息つく。
それもつかの間、
サングラスをかけたノコノコがこちらに近付き
しかしどこか慌てた様子で駆け寄ってきていた。
「どうしたのです」
「はっ…!ビバ!伯爵!実は…その」
「はっきりなさい」
「はっ!!実は勇者達を偵察してきた所、
勇者を確認しました!」
「当たり前でしょう。それを止めに行っているのですよ」
「はっ!その勇者ですが、二人いまして…」
「二人…?」
あしらうように対応していたナスタシアが一気に注目する。
ノコノコはそれに気付いたのか
どこか緊張した様子で言葉をつづけた。
「赤いヒゲ男と、黒髪の女です!」
「黒髪…?あの金髪の姫ではなく?」
「はっ!長い黒髪で赤いヒゲ男同様
変な妖精を操っていました!
多分勇者の一味じゃないかと…」
変な妖精。
何処かの本で読んだフェアリンの事だろうか。
古代の民が造り出したという妖精。
黒のヨゲン書も、コントンのラブパワーもすべて
彼らが生み出し、記述したものと聞いている。
勇者がそこに絡むという事は、
きっと関係ある要素なのだろう。
そう思うと黒髪の女の存在がより際立つ。
ヨゲン書を実際に読んでいるナスタシアも認知しておらず
ノワールの口からもその存在は一切聞かされていなかった。
ソレが何故勇者と共にいるのか。
フェアリンを操っているということはやはり勇者なのか。
それを決定付ける証拠はなにもない。
「どういうこと…」
思わず声が漏れる。
ヨゲン通りに進む計画中のイレギュラー。
ただでさえやる業務が多い中に
増えた疑問の種に頭を悩ませるも
隣のノコノコは構わず言葉と続けた。
「あっあと!ドドンタスが勇者達に敗れましたっ!
今頃勇者達は、例の遺跡の奥に…」
「…大丈夫です、今ディメーンが阻止に向かっています」
あの怪力無双のドドンタスが敗れた。
思考を止めてしまう報告に一瞬言葉が詰まるも、
彼女は冷静に答えた。
つまりあのドドンタス以上の力を持つ勇者という事だ。
ふと先程立ち去ったディメーンの事を思う。
彼に止められるのか、と。
「はっ!では自分も皆の所に行きますっ!!ビバ!伯爵!」
ノコノコに視線を移す事なく、ぐるぐると巡らせるも
彼はそのまま姿勢正しく敬礼し、
仲間のいる扉の方へ走り去った。
「…とりあえず伯爵様に報告ね。でも…念のために」
誰もいない廊下で一人呟く。
そして彼女も魔法を使いその場を後にした。
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「…
読めるかーーーーっ!!!」
「あはは…」
マオとマネーラはいまだに書庫にこもっていた。
ディメーンが残した言葉をヒントに漁っていたのだ。
そして案の定何も見つからず、現状に至る。
そもそも読めない文字を探そうというのが無茶なのだ。
見つけたところで読めず、結局積み重ね放置する。
本も整理する前から乱雑に収納されていた。
歴史の本を取り、その隣を取ればミステリー小説で
文学の本を取り、その隣を取れば料理本という流れ。
そのため範囲を絞って調べるという事ができず
ただしらみつぶしに手に取るか、
背表紙で判断している状態だ。
そしてこうなっている。
「ねえほんっとさ…
古代の文字とか関係なく読めないんだけど…」
「外国…っていうのかな。そういうのもあるよね」
「無理ーーーーー!!頭おかしくなるぅ…っ」
開いていた本を投げ、頭を抱えるように机に突っ伏す。
マオも古代の文字らしき文章が並ぶ本を見つけるものの
結局翻訳もされていない為、読めずじまいだった。
―ガチャ
二人が頭を悩ませている最中
不意に書庫の扉が開く。
「いた…というか、貴方達…こんな所でなにを?」
入ってきたのはナスタシアだった。
机に突っ伏す二人の姿を見て少し驚いていたが
その二人が一番驚いていた。
「あ~~~~なっちゃん!!」
「な、なんです」
「今って!忙しい!?」
「い、忙しいですが…」
「だよねぇ…」
飛びつくマネーラに思わずたじろぐも
返した言葉に勢いが一気に落ち着き、余計に困惑する。
しかしナスタシアはその様子に追求する事はなかった。
「…どういう事情かは存じませんが、
ワタクシはマネーラに用があってきたのです」
「アタシにぃ?」
マネーラの後ろから本を片手に
近寄る
マオをちらりと確認しつつ
持っていた資料の中から一枚の紙切れをマネーラに手渡した。
受け取った彼女はそれをじっと見つめる。
「その場所で勇者達を足止めするのです」
「え?でもドドンタスが今…」
「彼は敗れました」
マオの言葉を遮るように伝えると
その一言で彼女も黙り込み、
動揺を見せるような様子になる。
マネーラは渡された紙をなびかせため息をついた。
「負けた…」
「まあでも完全に負けキャラが
言いそうな台詞吐いてたし?
なんとな~く予感はしてたわよ」
大広間に全員が集まっていたあの時、
ドドンタスが自ら赴くと宣言し
マネーラ・ディメーン・
マオに高々に伝えた言葉。
その時のドドンタスの声と爽やかな顔が脳裏に横切り
苦笑を浮かべつつも残念な結果報告に複雑な様子だった。
「とりあえず今はこの館に行きなさい!!
何としてでも止めないと…!」
「はいはい…なっちゃんそう熱くならないで~」
「私は真剣に…!」
「わかったから!んもう…」
普段の姿から見られないだろう
興奮状態のナスタシアに驚きつつ宥める。
そんなマネーラの背後で話を聞いていた
マオが口を開いた。
「あの…私は?」
「…貴方は、私と一緒に部下の処理を手伝ってもらいます」
「うん。わかった」
マオの方に振り向いたマネーラに目配せをする。
大丈夫だと伝えるように頷けば、
彼女も安心した様子で頷いた。
そして少し冷静になったナスタシアが小さく咳ばらいをする。
「今はディメーンが阻止に向かっている最中です。でも、
ドドンタスを倒した勇者には敵わないかもしれません」
「だよねぇ~」
「なので、勇者が来ると思われるその館で待機してください。
もし彼の時点で阻止が成功した場合は
私から連絡を送ります」
「おっけー!
アタシには伯爵様から頂いた
サイコーなモノあるんだからっ!」
しかしマネーラの表情はどこか楽しげだった。
阻止を失敗されての悔しさというよりは
実際にノワールに実力を認められる事の方が
重要なのだろう。
その様子を見せながら
マオに手をふり、
彼女も安心したように手を振り返すと
瞬間移動でその場から消えた。
「さて。行きますよ、
マオ」
「あっ、はい」
ナスタシアとはマネーラ程会話の数は少ない。
二人きりになるなんてなおさらだった。
思わず声に出た言葉がかたいものなるも、
ナスタシアは気にしない様子で
マオに手を差し出す。
しかし彼女はぱちりと瞬きをしてその手を見つめていた。
「…」
「…貴方、魔法使えないでしょう?」
「使え…ません」
「ここから一番下まで辿るのには
足より魔法の方が早いのですよ?」
「あっ!そうだよね…!」
察した
マオが差し出した手に自身の手を添える。
その形のまま軽く握りしめると、
ナスタシアも魔法を発動した。
№12 行動
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