「お邪魔しまあ…って、あれ?」
そこには家具もなければ扉も何もない
殺風景すぎるワンルームが出迎えてくれていた。
「誰もいないっつうか…物もないな」
《…でも空き家ではない。この部屋には何かある…》
アンナも部屋の中を飛び回り何かを探していたが
これと言って何も見つからなかったのか
神菜の肩に戻る。
マリオも
神菜も一度外に出て家の周辺を見たが
隠し扉的なものもなく、何も不自然な事はない普通の建物だ。
煙突から煙が出ているのに
空き家という所が不自然ではあるが。
神菜はもう一度部屋へ戻り室内を見渡す。
壁を少し叩くも忍者屋敷みたいな
壁が回転するようなものもない。
そのときふと思い出したのか「あ、」と声を漏らした。
「ねえアンナ」
《なに?》
「アンナの力を使えば色んなのを調べられるんだよね」
《ええ…》
「そう!そしたら見えないなにかが見えるかも…」
《でも、勇者ではない貴方には使えないからマリオを…》
「いや、ちょっと待って!」
アンナがひらりと外へ向かおうとするも
神菜はすぐさま呼び止めればその場に留まり、
疑問符を浮かべて彼女を見つめた。
神菜は腕輪の装備する腕を持ち上げる。
赤のハートが見えるように手首を動かしじっと見つめると
その腕の手を広げ、アンナの方にゆっくりと向けてみた。
「…あ!出来た!」
《えっ…!?》
すると世界がゆらりと揺れ、風音すべてが遮断されると
マリオの時と同じ様に眩く光り三角の輪が出現する。
驚くのは
神菜もだが、
それ以上にマリオの時と同じように反応したアンナも
思わず声を漏らした。
《貴方…勇者じゃ…?》
「いや、本当にまだわからないけど…
この腕輪が気になっててさ」
《……》
同時期の召喚、謎の腕輪に連動するピュアハート。
そしてアンナの探索能力の発動。
やはり自分もマリオと同じ勇者かもしれない。
そうでなければこの力を使えるのはありえない。
…そう思わざるを得ない現象だろうと、一瞬考えた。
お互い複雑に感じつつ、気になっていた壁に輪を当てる
すると何かを見つけたのか、《待って》と呼び止めた。
《貴方の言う通り、隠された扉がある…》
「ほんと!?」
《ええ。今から見えるようにする…》
不自然に広い壁から何かをかたどったような光が現れ
それらが落ち着けば玄関と同じような大きな扉が出現した。
役目を終えたアンナは元の蝶の姿に戻り、
神菜は思わず大きく喜べば、
外にいたマリオがその声に釣られ戻ってきた。
「なんか見つけた………あ!?」
外に出ていたマリオがひょいと扉から顔を出す。
神菜がアンナの力を使えていることに驚いていた。
そして
神菜が喜んだ表情で振り向く。
「マリオ!扉見つかった!」
「何かスイッチでもあったのか?」
「ううん、アンナの力で見つけた」
「あ…?」
そんな反応にでもなるだろう。
先程マリオにしか使えないと伝えられたばかりの能力を
突然
神菜が使いこなしていたのだ。
神菜が自身の腕輪と出現した扉へ注目している隙に
ちらりとアンナの方へ向けば彼女も同じ事を考えていたのか
マリオの方へひらりと飛び肩へ乗った。
「どういう事だ?」
《ワタシにもわからない…でもデアールは何か勘付いている。
だから貴方に同行させているはず…》
「…」
《…》
帽子のつばを掴むと少し深く被り彼女を観察するよう見つめる。
その当人は先程のマリオの行動のように
現れた扉にコンコンとノックをしていた。
「…失礼しまーす」
聞こえない返事にそう伝え扉に手をかけると
やはり鍵はなくすんなりと開く。
それを見たマリオはいつも通りに帽子を整え、
振り向いた
神菜に付いていく形で
その扉の先へ進んでいった。
—バタン
中に入ると、その真正面には薪ストーブがあった。
外から見えていた煙突の煙の出所はこれであろう。
そして部屋の周辺には壺から謎の形状のオブジェに
壁にかけられたタペストリー。
確実に空き家ではなく、
誰かがここで生活をしている状態だった。
「ゲルゲルっ?」
そんな部屋の奥からおじいさんの声がする。
部屋の奥に張られていた天蓋カーテンから
かき分けて出てきたのは
その声の主であろう背丈の高いヒトだった。
丸眼鏡に青い帽子とふわふわと雲のように揺れるヒゲ。
本人も下半身は雲のように覆われており、
赤いローブの留め具にはデアールと同じ緑の装飾があった。
「ダレだゲル?このスーパー次元センニン、ア・ゲールの家に
無断でズカズカと入って来るのは?
それに、どうやってヒミツの扉を見つけおった…」
訪問者…ア・ゲールからすれば侵入者になるのだろうか。
マリオ達の方を凝視しながらベラベラと喋りつづける。
しかし彼らの表情と全身をなめるように見るなり、
目をカッと見開く。
「むぅ!?赤い服に青いツナギ…そして、フサフサのヒゲ!」
「…えーと、」
「お主のその恰好…
言い伝えにある勇者の姿と全く同じゲル!
お主…まさか…
伝説の勇者!」
「そ「のファンだゲル?」
これがコントであれば全員がズッコケる瞬間であろう。
しかしマリオはどこかで鍛えられたのだろうか、
コケるまではいかずともその場でガクンと体勢を崩した。
アンナは無言のまま浮遊し
神菜は苦笑いしていた。
「おい、こんな状況でふざけに来てるとでも?」
「いや、気合いの入ったこすぷれに見えたゲルからの!
…で、本当に勇者でゲルか~?」
「は?っていたたたたたたたたた!!」
するとゴホンと咳ばらいをするなり
こちらにア・ゲールが近寄れば
マリオのヒゲの片方を掴むなりグイっと外側へ引っ張った。
勿論付けヒゲではない毛根から伝わる痛みで悲鳴をあげると
ア・ゲールが手を離し、後ろに下がるなり彼を涙目で睨んだ。
「この感触…確かに本物のヒゲだゲル!」
「オイ…」
その行為で納得したのか、満足げな様子を見せる。
そして状況が落ち着いたのを
見計らったアンナはため息をつくと
マリオの横を通り過ぎ、ア・ゲールの正面に移動した。
《彼はマリオ…本物の勇者。
ワタシたちはデアールに言われてここに来た》
「デアールとな!?こりゃまた懐かしい名前を聞いたゲル。
まだ生きておったでゲルか!」
「うん、元気そうだったよ」
「ホウホウ。まぁ、デアールがいうのであれば
恐らく御主は本当の勇者にちがいなかろう。多分」
「多分かよ…」
アンナと
神菜の後ろに下がっていたマリオが
引っ張られて赤く腫れた皮膚部分を撫でながら呟く。
神菜はちらりとマリオの様子を見ていた。
「しからば古からのヨゲンに従い…
このア・ゲールが特別に古代のウルトラスーパーな術
【次元ワザ】をお主らに授けてアゲールぞ!」
「…ん?お主らって、私も?!」
神菜はア・ゲールのその言葉に思わず声を上げる。
ア・ゲールは頷きすました顔で彼女を見下ろした。
「お主のその腕輪。デアールは気付いておらんのか?」
「コレ…なんか気になったって調べてたみたいだけど」
「であろう?ワシも妙~に気になっておったが、
勇者ではないのか?」
しかし現状の持ち主である
神菜は
曖昧な返答しかできず、
彼女と腕輪を眺めながらア・ゲールは首をかしげていた。
《ちょっと待って。彼女は…何者かにを盗まれているの》
「ぬ!?そんな事ができる者がいるゲルか!?」
《わからないけど…
これ以上彼女を癒すことができないのは、本当》
「ザコに一撃食らったら即死…しました」
「ふむ…」
様子を見ていたアンナが話を止め、
神菜の事情を話せば
ア・ゲールが
神菜に近付き彼女の頭に手をのせる。
撫でるというよりはその手から何かを感じとっているのか
考えるように幾度か頷いている。
神菜自身も先程起きたばかりの実体験を述べる。
そのまま平常心を保っているものの、
伝える様子からして軽いものではないのはわかったのか
ア・ゲールはなるほどと呟くと頭から手を離した。
「それではお主には特別なワザを授けてアゲールぞ!
話が本当であれば、
今の体には負担がかかりすぎるからの」
「えっ!?それでも頂ける…」
「そして今なら二つでたったの20000コインだゲル!」
「…」
「…」
《…》
ア・ゲールは左手をVの形、
いわゆるピースサインを目の前に出した。
しかし三人はいきなりの高額発言に硬直している。
神菜は期待を込めた表情のままでマリオは呆れた様子。
《貴方…勇者からコインを取るの…?》
「当たり前ゲル!
世の中は厳しいのでゲル!
勇者といえど、甘やかさぬ!!」
「仙人ってこう…無欲なイメージが…」
「ワシだって飲む食わず無しでは生きてられんゲル!」
「世界を救おうとする勇者からむしり取る程に?」
「グヌヌ…だいたい勇者といえば
武器や技をタダでもらえると思っておるから
ゲルルン始末が悪い。
勇者なら20000コインくらいポンと払える
甲斐性が無くてはのう…」
フワフワと浮く髭を撫でながらマシンガンのように語る。
普通に交渉するだけではきっと謎の高額のままだろう。
そう思ったマリオがふと
神菜に話しかけた。
「…なあ、コインどれぐらいあった?」
「コイン?」
ア・ゲールに背を向ける形に
背負っていたリュックを下ろす。
中に手を突っ込むと腕を動かし
手掴みの感覚でコインをつかみ取り、マリオに手渡す。
それを何度か往復してあるだけのコインを引き出した。
「2、4、6、8…10枚…」
「コインがたらんのか?
ならば伝授するわけにはいけないでゲル!!」
しかし背後からア・ゲールの煽る声が聞こえる。
先程までの頼りがいのある会話は何だったのかと
そう言わんばかりの態度だ。
「さぁ、どうするでゲルか?
20000コイン自力で集めて
次元ワザをゲットするゲルか?」
「ね~どうするよコレ…」
「20と、10…」
《20000コインなんて、
短時間で集めれられる気はしないけど…》
神菜が数えているマリオの方を向く。
マリオの手持ちと合わせても
どう考えても0の数が少ないそのコインの枚数に頭を抱える。
「…値切り交渉って効くかな?」
「いやぁどうだろうな。あーだこーだ言い負かされそうだが」
「でもそんな事言ってられないし…私も含めて」
《…》
こそこそと作戦会議を行い、
お互いに答えが出たのか頷きあう。
最後の確認でアンナの方を見つめ、承諾を得たのか
まずマリオがコインを
神菜に預けると
ア・ゲールの前に出た。
「さあ、どうするゲルか?」
「20000コインなんか…持ってるわけないだろ」
「ではさっそく集めに行ったらどうゲル?」
「集めてる間にどっかの世界が崩壊したらどうする?」
「たった20000コインゲルよ!?
汗水たらしたらすぐ貯まるゲル!」
「そんな事してる暇あるなら
さっさと先に進みたいんだがなぁ…」
その言葉は何一つ嘘はついていない。
きっと出来ない事ではないのだろうが、
いつ何が起きるかわからない状況で
旅に必須であろう次元ワザを無しに
ダラダラとコインを集めている状況ではないのも本当だ。
しかしア・ゲールは何故か一瞬悲しい目をし、少し悩んだ。
「嫌…ということか…ならば仕方がない。
特別に持っているコイン全部でOKにしてアゲールぞ。
それでいいゲルか?」
「アイテムを買うためのコインがなくなっちゃうよ~
勇者だってお腹が減ったら旅ができないし…」
「旅に出ておいてアイテムも何も買っておらんのか!?」
「いや~なにしろこの世界に来たばかりの身なもので…」
その言葉は多少嘘も混じっている。
神菜自身としては本当の事だが、
一度倒れた彼女を復活させているのだ。
きっとマリオが出発前にいくつか調達していたのだろう。
無知を演じるようにヘラリと笑い頭をポリポリと指で掻く。
そしてア・ゲールは何故かまた悲しい目をした。
「それでも嫌だというのゲルか…」
ア・ゲールは目の前の二人を交互に見つめ、
深く悩みに悩んで決心がついたのか顔を上げる。
物凄く寂しい顔をしていた。
本当に金欠なのだろうか、
意地悪をしているつもりではないが
老人相手というのもあり、残っている良心が傷付く音がした。
「ならば仕方がない。
今回は出血大サービスでタダにしてアゲールぞ
それで文句はないでゲルな?」
「さすがセンニン様!太っ腹!
期待に応えられるような結果を成し遂げて見せますとも!」
神菜は自身の両手を掲げ拍手と共に力強く伝えた。
隣の二人も呆れた様子で彼女の反応を確認すると、
ア・ゲールの方を向く。
ア・ゲールも少し肩を落としため息をつくが
そのままマリオの方へ近付いた。
「ゲル・ゲル・ゲル…ならばいくでゲール」
邪魔にならないよう
神菜とアンナは
マリオから距離を取る。
「サッサカズンドコゲルゲルルー!
サッサカズンドコゲルゲルルー!
サッサカズンドコゲルゲルルー!」
独特な呪文に
神菜は思わず引きつった表情になるも
目の前のマリオはじっと彼を見つめていた。
「
は~~~~~~!!」
二人の周りに風が巻き起こり、
床に落ちていた埃が宙を舞う。
「
ア・ゲール!!」
ア・ゲールがその詠唱を終えると
マリオの周りに風と共に光が降り注ぐ。
まるで画面越しでのCG映像を見るような
現実ではあまりにも異質すぎる光景。
眩い光景に目を細めながらその風を浴びていた。
そして徐々に風が止み、
舞い上がっていた物がゆっくりと落ちていく。
マリオ自身も手を握りしめたりと体を動かしてみるも
これといって見た目では何も変化はない。
「これでお主はスーパークールな古代の秘術、
【次元ワザ】を使えるようになったゲル!」
「これで…」
「今から次元ワザの使い方を説明するゲル。
よ~く聞くゲルよ」
こうしてア・ゲールがマリオに伝授している最中、
それまでの光景を眺めていた
神菜はふと我に返った。
「す、すごいな…これが魔法…」
《貴方の世界では……ごめんなさい。わからないのよね》
「ううん。でもすごい新鮮というよりは…
見てるだけでも全然馴染みのない感覚なのはわかったし」
《…》
「う~ん…知ってるはずなんだけど、
マリオと違う世界の人間なのかなあ…」
その間でもアンナと会話をしながら腕輪をさする。
腕輪に変化はもちろん起きておらず
染まったハートの赤色が揺らいでるように見えるだけだ。
ぱたぱたと隣で飛んでいたアンナも何かを感じ取ったのか
まるで寄り添うように彼女の肩にゆっくり降りた。
「…よし、では次は
神菜でゲル!
こっちに来るゲル!」
そう考えに耽っていると声が響く。
声のする方に視線を向ければ
伝授を終えたのかマリオもこちらを見ており、
アゲールは手招きをしていた。
アンナも肩に乗ったままア・ゲールの傍へ近寄る。
神菜に触れられるぐらいの距離まで呼べば
人差し指と中指を揃えて上に向け、何かをためるように揺らす。
「…?」
先程のマリオの時とは違う順序に彼女は
ただその指先を見つめるだけ。
そしてそのまま
神菜の額に指先を向け、
二本の指に親指にかける。
この手の形といえば…
―パチンッ
「いたっ!?」
と、途中から感じていた嫌な予感は的中しており
彼はそのまま指を弾いていた。
神菜はその衝撃に瞼を閉じ、
見守っていたマリオもその声にビクリと反応する。
思っていたより感じた痛覚に額を隠すも
特に変化は見られない。
「ウム。これでオッケーじゃ」
「まっマリオの時と比べて雑では…!?」
「これはただのでこぴんではないぞ?
お主にとある術を与えたゲル」
額から手を離せば、
同時に後ろにいたマリオが彼女の様子を確認する。
神菜には見えないがその額に不思議な刻印が刻まれており
でもその直後皮膚に溶け込むように消えてしまう。
マリオとアンナにはそうはっきりと見えていた。
「
神菜。お主に伝授したワザは
マリオの様に必要に応じて発動するものではなく、
常時発動している持続性のあるものでゲル」
「持続性…?」
「先程そのフェアリンが言っていた通り、
お主の体少々厄介な状態じゃ。
そんなお主には戦う度に強くなるワザを与えたでゲル!」
「へえ!それってちゃんと
強くなってるのは実感できるもの?」
「当たり前ゲル!まあ多少時間はかかってしまうがな」
役目を終えてひと段落したのか
ふわりと寝ころぶように身を宙に浮かばせると髭を撫でた。
しかしそのかけられた言葉か魔法の影響か
心なしか彼女の中にあった
切羽詰まっていた気持ちが少し楽になっていた。
勿論まだなにも形として現れてはいないものの
あの経験をしてからの彼のおまじないの様な言葉は心強い。
「ではマリオよ。ここで一度試してみるゲル」
寝転んだ体勢のままマリオに話しかければ彼も頷く。
部屋の中央辺りに移動すると集中するために瞼を閉じれば
クルクルと紙がめくれるにその場から消えた。
その現象に
神菜は
何度目かわからない驚く声を漏らした。
「えっ!消えた…!?」
「これが次元ワザというものじゃ。
この世界の裏側へ移動し、隠された道を見つけ出すゲル」
お主もマリオと繋がりを保てば一緒に行けるゲルよ」
「へぇ~!魔法ってすごいな…」
ア・ゲールの説明に関心していれば、
消えた時と同じ形でマリオが帰ってきた。
20秒ではあったものの、彼の顔は少し疲れていた。
№6 二つのワザ
■