+暗黒城+
「要するに…
こっぴどくやられて戻って来た、という訳ですか…」
ノワールや彼に関係する部下たちのみが立ち入る事の出来る大広間。
そこに立つ塔に
マオ、ドドンタスと揃っており
一番高いの塔にはナスタシア、ノワール伯爵が立っていた。
そんなドドンタスは疲弊した表情で
ボロボロの姿のまま片膝を立てている。
マオはそんな彼を心配そうにじっと見つめていた。
勇者にコテンパンにされて帰って来たという知らせを聞いたナスタシアは
マネーラを次に勇者が訪れるだろう世界に配置させ、
城に残る
マオと共に魔王の部下の処理に戻っていた。
そしてドドンタスが帰還したのを確認し、現在に至る。
「申し訳ありません伯爵様…このドドンタス一生の不覚!
何とお詫びしたらよいのか…」
その顔は様々な苦痛に歪み、歯を食いしばる程で。
握りこぶしを床に叩きつけ感情を爆発させかけるも
だが頂点から見下ろすノワールは叱責する事もなく、
「ほう」と声を漏らし、その表情は笑みを浮かべていた。
「ワルワルワル…流石は勇者…
なかなか手強いようでワ~ルな!」
しかしドドンタスは下げた頭を上げることなく
見せる顔がないのか、依然項垂れたままだ。
「あの…」
「む?なんでワ~ルか?」
「ディメーンも…勇者の所に行ったと、思うんですけど
その辺りってどうなってるんでしょうか…?」
静まり返ったのを見て
マオが恐る恐る腕を上げる。
彼の指示になかった行動だったのか、
驚いた表情を一瞬見せるとナスタシアの方を横目で見た。
「ふむ…そうでワルか?ナスタシアよ」
ナスタシアはノワールに向けていた視線を足元へ落とす。
答えはすぐ返ってこず、珍しくはっきりとしない反応に
ノワールは視線だけではなく体を少し動かし彼女を見た。
「確かに、そう言っていましたが、連絡はまだ届いてません。
成功していれば既に戻ってきているはずなので…
もしかしたら…」
「そうか。
では黒のヨゲン書で次に勇者が現れる場所を調べるでワ~ル。
そこに罠をはって勇者をギャフンと言わせるでワ~ル!」
「その件につきましては既に場所を特定し、
そこへマネーラを向かわせておきました」
「ワル?流石でワ~ルな」
かちゃりと眼鏡の位置を調整しノワールにお辞儀をする。
彼のモノクルが反射で輝き、帽子のツバと共に怪しく光る瞳を隠すが
その下で露出する口元の口角を上がっていた。
「マネーラは余が与えた【無敵守りの力】を使いこなす。
あの力の前には流石の勇者も手も足も出まい…
結果が楽しみでワ~ル!
ワ~ルワルワルワルワルワルワルワ~ル!」
両手を広げ、マントが広がると同時に上機嫌なで笑い声を響かせる。
その状態のまま彼の魔法が発動し、ヨゲン書と共にその場から消えた。
広い大広間で響いたノワールの残響が止めば
ナスタシアは深呼吸し、残っているドドンタスと
マオの方を見下ろす。
「さて、次の仕事に取り掛からねば…ドドンタスっ!」
その声は怒声に近いような、圧のある声色で。
二人によく聞こえるようにするために大きな声を出しているのだろう。
いつも以上に強い音圧に二人してびくりと反応する。
「伯爵様がこちらの世界へ連れて来られた
クッパの部下の一部が今だ抵抗を続けています。
私達はその処理に向かいます。
そして貴方は…ここでしばらく反省してなさい!!」
最後の一言は本当に怒りが混じっているのだろう。
今日一圧を込めた声が大広間に響き渡り、
ドドンタスを睨みつければ当の本人は勢いよく首を縦に振った。
「
マオ、行きますよ」
「えっ、あ…」
「構いません。頭を冷やさせるにはちょうど良い時間です」
彼女が返事をする前にナスタシアが塔から飛び降り、
部屋から出ようとする。
ちらりと落ち込んだ様子のドドンタスの背中を見るも
マオも塔から飛び降り急いでナスタシアの後を追った。
「え…お…俺様は一体どうしたら…」
しかし冷やさせるといっても指示も何も出していない。
ノープランの状態で放置されたドドンタスは
困った様子を見せつつもその塔の上から降りることなく、
数秒悩んだ末に静かに瞑想をすることにした。
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ナスタシアのヒールの足音と後ろの洗脳した部下集団の足音が響く。
彼女の隣で歩いていた
マオはその光景に圧倒されに苦笑を浮かべた。
「…ねえナスタシア」
「何です?」
「その魔王の他にも確か二人ぐらい連れて来られたんだよね。
マネーラが変身してたピンク色の…」
「ええ、どこかの国の姫と緑のヒゲ男でしたわ」
「み、緑?」
「彼の暴挙で一時はどうなる事かと思いましたが…まあ。
どうなったかは知りませんが
結果的にこちらに害はなかったので」
「そうなんだ…」
姫と魔王の結婚式に彼女も参列していた訳ではないため、
その話だけをマネーラから少し聞いていた。
コントンのラブパワーの根源である二人は
マネーラが模していたのもありわかっていたもの、
その緑のヒゲ男という人物は初耳の存在だった。
暴挙というのもどういう行動を起こしたのか。
既に解決したのであろう話を掘り起こすのもどうかと思った彼女は
何も聞く事なくその話を終えた。
「アッナスタシア様、アソコニ」
すると列の先頭の一人として並んでいたノコノコが
感情ないロボのような口調で声を上げる。
まだ超催眠術にかかったばかりなのだろう。
指をさす腕の動きもどこかぎこちなかったものの
彼の指差す方を全員が揃って向いた。
そこには超催眠術にかかったノコノコの二体が、
赤い瞳をしていない、抵抗を続けるハンマーブロスを
追い詰めている姿だった。
「ビバ!伯爵!抵抗は無駄だ…大人しくしろ」
「お…お前達、目を覚ませっ!俺がわからないのかっ!?」
恒例の掛け声の後に綴る言葉の声色はとても冷たく
ハンマーブロスは動揺を露わにしつつも声をかけ続けている。
「無駄ですわ」
それを見ていたナスタシアが遠くから声をかける。
背後に集団を連れながらハンマーブロスに近付き、
彼もその数の圧に圧されつつも逃げるように少しずつ後ずさった。
「彼等は既に伯爵へ絶対の忠誠を誓ったのです。
さあ、貴方も伯爵様にお仕えするのです」
すると自身の甲羅から木造のハンマーを取り出す。
震える両手で柄を握りしめながらナスタシアに向けて構えた。
「何をいう!俺が仕えるのはクッパ様だけ…
誰が伯爵ごときに…」
しかし彼女の集団の部下たちの表情は変わることなく。
眼鏡を動かしフレームに赤い光が走れば
ハンマーブロスの方に向かって彼女の瞳から赤い閃光が放たれた。
逃げる隙も与えられず、縛り付けるように魔法が纏う。
「ダバババババ~!!」
その超催眠術にかかる瞬間に
マオは息をのんだ。
鮮やかな赤い光がギラギラと囲うまさに脳に植え付けるような刺激。
その光景に釘付けになっていれば光が止み
ハンマーブロスは力尽きて床に倒れた。
「……」
そして何事もなかったように自然に立ち上がる。
閉じた瞼を開くと瞳が赤く染まっていた。
「ビバ!伯爵!」
「フフフ…いい子ね」
先程までの抵抗が嘘のように伯爵の名を叫べば
ナスタシアは上機嫌な様子を見せた。
滅多にみることないナスタシアの表情に
マオの視線はハンマーブロスとナスタシアと右往左往していた。
「まだ城の中には私達に従わぬ愚か者がいるはずです。
貴方は見つけ次第そいつを捕らえ、
私の元へ連れて来るのです…いいですね?」
「イエッサー!」
軍人のようにキレのいい敬礼を見せると
先程の追い詰めていたノコノコ達と合流し、走り去った。
―ガチャン
「!」
静まり返った直後の廊下に扉の音が小さく響く。
マオにしか聞こえていなかったのか、
集団もナスタシアも誰も反応していない。
その音のした方へ勢いよく振り向いた気配には気付いたのか
いつもの表情に戻ったナスタシアが振り向く。
「どうしたのです?」
「今…扉の音が、」
「扉?」
それはまだ彼女たちが巡回していない場所にある扉。
マオの反応を見て怪しんだナスタシアは
連れ歩く集団に進行停止の指示を与え、
先頭にいた部下を何人に声をかけると
声をかけた部下達と共にそのまま扉に近付き確認をしに行った。
ピタリと整列する集団を横目に
マオもナスタシアの後を追う。
「っ…」
その先は屋外へ繋がっていたのか、開けた拍子に突風が吹いた。
周囲を見渡せば暗黒の空が近くにあり、陸地が遠い。
目の前に伸びる足場には鎖が繋がれた跳ね橋で
そこから繋がる陸地もなければ落下防止の柵もない。
しかしその橋の向こう側に視線を向ければ、
ナスタシアと彼女が連れている部下達の後ろ姿が見える。
ゆっくりとそちらへ歩み寄れば、
その集団の隙間から見慣れない鮮やかな色が覗いて見えた。
「貴方達は…!?」
「下がってピーチ姫!こいつらは僕が…」
全身がピンクで染まったドレスを着た綺麗な女性と
まだ洗脳がされていないノコノコが佇んでおり、
その光景を見るだけでも追い詰められているのがわかるだろう。
しかしノコノコは女性を庇うように手を広げて立ち塞がっている。
マオはその様子を眺めながらゆっくりと接近した。
「がばばば~っ!!」
しかし後ろ姿のナスタシアは既に術を発動していたのか
庇う体勢になっていたノコノコに赤い光が纏う。
見覚えのあるその光が止めば怯えた表情からうつろな表情に変わった。
「ビバ!伯爵!」
そして凛々しい表情で見上げいつもの掛け声を上げると
背を向けていた女性の方に向きなおす。
この場にいる全てが彼女に敵意を示す形になり、
四面楚歌の状態に追い込まれていた。
「あの爆発で生きていたとは、驚きですわねピーチ姫。
しかしその幸運もここまでですわ」
「っ…」
ナスタシアが一歩前に歩む。
追い込まれた女性、ピーチ姫も合わせて後ずさるも
その背後は柵もなければ道もない。
足を踏み外せばそのまま真っ逆さまに落ちてしまうだろう。
「さあこっちへ来なさい。
貴方も私達と一緒に伯爵様へお仕えするのです!」
「嫌よ!」
しかしピーチ姫は抵抗し、
隠し持っていたパラソルを手に構える。
ドレスと同じピンクとフリルの付いたパラソルを開かず
まるで剣を構えるように先端をナスタシアに向けていた。
しかしナスタシアは怯むことなく、ため息をつく。
「私の力を受けてもまだそういっていられるかしらね…
さあ覚悟なさい!ピーチ姫!」
眼鏡の奥の瞳が一層鋭くなり、赤い電流が流れた。
その時だった。
「!」
「なっ!?」
「…!」
突如、ピーチ姫を囲む様な魔法が現れる。
その反応からして彼女が出現させたものではないのだろう
ピーチ姫とナスタシアとお互いに驚きと困惑の表情を見せあう。
連れてきた部下達は多少反応するもその場から微動だにせず、
後ろにいる
マオはその見覚えのある魔法に硬直していた。
「!!どこへ消えたのですっ!?」
そして誰の合図もなく、その魔法は再び動き出せば
ピーチ姫の姿を消して跡形もなく消滅していった。
ナスタシアは慌てた様子で周囲を見渡し
部下達も合わせて空を、下を、辺りを確認する。
その姿は彼等の仕業ではないという事が
言わずとも見るだけでわかった。
しかし手がかりを見つける事は出来ず、
深くため息をつき、眼鏡をかけなおした。
「まあ、いいでしょう…滅びの予言は
既に実行に移されています。もうあの女に用はありません。
それに、どこへ逃げようともいずれ全ては滅びるのですから…」
どこか憂いを帯びたような声色でそう呟く。
そしてピーチ姫のほかにこの跳ね橋に何もない事も確認すれば
連れてきた部下達に指示を出し、廊下に戻ろうとする。
「…
マオ?」
「あっ…え?」
「もうここに用はありません。戻りますよ」
呆然としていた
マオに対して首をかしげるも
異常がなさそうとわかると一言声をかけ、先に廊下に向かっていった。
「あの魔法…どうして?」
誰もいなくなった跳ね橋を見上げるもやはり姿は見えない。
困惑する表情を浮かべ、暗黒の緩やかな風を浴びた。
№16 光を追いかけて
-第一章END-
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