それは突然だった。
「…」
彼の後ろに隠れ、場内を見渡す少女。
まるで親を盾にして隠れる子供のように。
「いいでしょ~伯爵サマ?」
ナスタシアはヨゲン書にはいない存在に困惑した様子。
イレギュラーを容易に入れるのは危険だと
意見を申し出たものの、ノワールは彼の要望を受け入れた。
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「どうしたマネーラよ!顔が暗いぞ!」
「うっさいわね…」
あの赤髪の少女が来てからマネーラの様子は少しおかしかった。
彼女が伯爵の元へ来た時はドドンタスとナスタシアがいて、
その後からディメーンという道化が現れた。
そんな彼は全てにおいて特殊だった。
いつもフラフラとしていると思えば突然現れ、
鋭い洞察力を持ちつつどこか抜けている。
そしてピエロのような妖しげな表情。
常に笑みを浮かべ、言葉巧みに人の心を弄ぶ。
ドドンタスはサッパリわからないと言っていたが、
そんなミステリアスな彼にマネーラは
ノワールに向けるものとは違う、恋慕を抱いていた。
彼が一人になっている時を狙い、
普段よりは甘い態度に変え短い言葉を交わす。
掴みどころのない性格は全く変わらないが、
彼女は彼の声を聞き、彼が彼女に返事をする。
徐々に近付いてると感じさせるそんな距離感。
それだけで満足していた。
しかし終わりは突然だった。
例の赤い髪の少女が現れたからだ。
ボロボロの服でみすぼらしいというべきか、
服や体全てを含めて不調という言葉を表したような少女。
そんな姿に反して鮮やかな赤い髪。
ただヘアセットは何もしていないのか、
よく言えばナチュラル、悪く言えば無造作な状態だった。
そしてディメーンが連れてきた子だ。
前触れもなく、それは突然に。
ディメーンは彼女にどことなく親しげに接していて、
そしてノワールもディメーンの時と同じように
何食わぬ様子で彼女を迎え入れる。
正直嫉妬した。
彼女はノワールに迎え入れて貰った経緯がある。
辛い過去を見定められ、手を差し伸べられた
選ばれた部下としての立場があった。
だが彼女はそんなノワールの勧誘は一切なく
無条件で伯爵ズの中に割り込んできた。
しかも好意を抱いていた相手の手によってだ。
勿論、新しい仲間として、先輩として会釈はした。
しかしマネーラの内心は
ドクドクと黒い感情を静かに蓄えていた。
………………
「しっかしまあ、ディメーンのやつは
本当に何を考えてるのかサッパリだ!」
「…ハァ」
「オレ様達の実力はもう十分あるが、仲間が増えることは心強いな!
だがあの娘は戦に向いてなさそうだが…ナスタシアと同じ感じか?」
そんな事を知るわけがないドドンタスが口を開く。
思ったことをすぐに口にするような性格の彼からは
素直な感想が並べられ
豊かな表情を見せながら首をかしげていた。
「さあね。足を引っ張る前にさっさとくたばってくれたら、
こっちも安心なんだけど」
「どうしたマネーラ?せっかくの女同士で仲良くしないのか?
ナスタシアとは仲がいいだろう」
マネーラの性格は良い意味でも悪い意味でもはっきりとしている。
思ったことをすぐに口にするのはドドンタスと変わりないが
彼女の場合は悪い感情もすべて口に出してしまうという所か。
流石のドドンタスも引っかかったのか、
少し心配するような声色で彼女の方を見た。
「なっちゃんとあの子は違うのよ!もういい!
アンタって本当デリカシーのないやつ!ウザイ!黙ってて!!」
「うおっ!オ、オイ!マネーラ!!」
今まで感情的になる事は多々あった。
お気に入りの服が破けたり、戦闘訓練で負けたり。
主に感情をぶつけやすいドドンタスばかりだったが。
しかし今回の場合、原因がわからない荒れ方に彼は眉をしかめる。
マネーラは構わず怒鳴り散らすと
ズカズカと足音を鳴らすようにドドンタスの元から立ち去った。
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ノワールがコントンのラブパワーを生み出そうする頃、
ナスタシアを除く伯爵ズ達は役目を与えられるまで自由行動を与えられた。
彼らのようにいつかやってくる戦いの準備や、
消えゆく世界の空気を感じに行くなど。
裏切り行為でなければ基本お咎めを食らうことはない。
改めて思えば、かなり優良待遇な組織だ。
大広間の会議でもディメーンも何かしら準備をすると言っており
マネーラもそれについて行こうとしたが、
「いない間、彼女の事よろしくね」と言葉を残し、断られてしまった。
そして城内にはドドンタスと赤の少女、マネーラの三人。
例の彼女もディメーンからそう言われたのか
城内をジョギングするドドンタスに付いて行っている。
マネーラも"ディメーンに頼まれたから"のもあって
その二人の後を後ろから見守る様について行っていた。
赤の少女は自分から動くことは滅多になく
基本ディメーンの指示のもと、彼の後ろを付いていくか
与えられた部屋にこもっているかのどちらかだ。
初対面で会釈してからまともな会話を交わしたことがない。
むしろマネーラに睨み付けられた圧を覚えているのか
彼女から話してくることもない。
まるで正反対な赤と緑、水と油ような距離感。
―ドシンッ
「ん!?大丈夫か!」
床に叩きつけられる音が廊下に響く。
前方を歩いていたドドンタスが振り返ってみると
そこには躓いてしまたのか、床に倒れる赤の少女がおり
後ろから追いついたのか、彼女を見下ろすマネーラの姿があった。
そんな状態でもマネーラの態度は変わらず手を伸ばすことはせず、
うめく赤の少女を腕を組みながら見ている。
ほぼ一方的だが二人の関係性はよく知っているドドンタスでも
困惑する程で、倒れた赤の少女を助けるために駆け寄った。
「ほら、なにトロトロしてんのよ」
「ごめ…なさい」
「なぁにが期待の新人よ。
ちょっと早く歩くだけでもたつくなんて」
「マネーラ!そこまで厳しくする事ではないと思うぞ?」
マネーラの声は冷たく、鋭利なものだった。
赤の少女はのそのそと打ちつけた体をさすり
ドドンタスの手を借りながら立ち上がる。
俯いた様子で、前髪で表情が良く見えないものの
あまり良い表情ではないのは確実だった。
「大体、なんでアタシたちと同じ土俵に立とうとするのよ。
伯爵様に認められたわけじゃないア・ン・タ・が!」
「…」
「ドンくさくて、弱っちくて…はぁ~あ。
これで計画が破綻したらどうするのよ…先が思いやられるわぁ」
「マ、マネーラ…少し、言葉を抑えるべきだと思うぞ…」
溜まった不満が爆発してしまったのか。
マネーラの口からは棘のある言葉ばかりが溢れ出てくる。
それでも赤の少女は何も言わず、目も合わせない。
ドドンタスが宥めようと声をかけても効果はなく
大きく息を吸い、強調するようにため息をついた。
「何にも喋んないし不気味だし!何なの?」
そして無反応を貫く赤の少女をちらりと見る。
今まで俯き暗い顔をしていたが、
妙に強気な目線を表情を隠す前髪から覗かせ、睨んでいた。
勿論その態度もマネーラの機嫌を損ねる種となる。
「何よその目。何か出来るの?やってみなさいよ!」
「マネーラ!一度落ち着け…っ!」
「…ッ」
「なによ!」
今まで口を閉ざしていた赤の少女の口が一瞬開く。
しかし聞き取れなかったマネーラは強気な態度で聞き返した。
「
やめてよッ!!」
「っ!!」
「うおっ!?」
パシンと弾くような音と初めて聞いた声色。
廊下にいた影響でより響いた赤の少女の怒声。
いつの間に取り出していたのか、彼女の片手から鋼の糸が垂れており
マネーラの真横の地面に数本の焦げた跡が残っている。
何かを弾いたような音の正体はこれであった。
彼女なりの抵抗だったのだろうか
彼女自身も一気に爆発したのだろうか。
思わずドドンタスは声を上げ、マネーラは硬直した。
ぶるぶると震えたまま糸を装備する手を握り、俯く。
「どうして…こんな弱いのか…ここに連れて…
助けてくれた彼も、わたしも、何も、わからない…」
「…はあ?」
「どうして…?みんな優しいって、言っていたのに」
俯いた状態のまま両手で頭を抱える。
その声は手元と同じように震えているのがわかり、
傍にいたドドンタスも声をかける様子ではなくなっていた。
「…わかんないって何よ。きおくそーしつってやつ?」
「…」
「そ、そうなのか??」
「何も…わからない。名前も、本当なのか、わからない…
ディメーンが、助けてくれて」
自己紹介の際はそんな情報は彼女からもディメーンからもなかった。
ノワールとナスタシアは知っているのだろうか。
そんな事を考える余裕もないが、初耳の二人は驚いた様子だった。
そしてそんな赤の少女からディメーンの名前が出る。
彼女なりに絞り出した会話なのに、
今のマネーラにとってはそれだけで消化しきれない怒りが募り、
一度露出した驚きの感情を塗りつぶす。
「じゃあなに?そんな可哀そうな自分を
慰めてほしくてすり寄って来たの?」
「貴方は…どうしてそんなに怒っているの…
わたしが、貴方に、いったいなにをしたって言うの!?」
「言ったでしょ!?何も無いくせに
同じ土俵に立つなって言ってんのよ!!」
「
スッ…ストーーップ!! お前たち!落ち着くんだ!」
それはもうマネーラも自我を失っているレベルだった。
赤の少女はしゃがみ込み、マネーラは息を荒げている。
冷静とは一番無縁のドドンタスが仲裁に入れた時には
握手をして仲直り。なんて出来る状態ではなくなっていた。
「何がどうしてそうなったのかはオレ様にはわからんが…
ここで仲間割れはよくないぞ!まず落ち着いて深呼吸するんだ!」
「…」
「ううっ…」
「ウ、ウ~ム…伯爵様…
いやナスタシアだったら話を聞き出せるんだろうが…」
ドドンタスはわしゃわしゃと自身の頭をかきむしる。
しかしその決断を下す前にマネーラが魔法移動で立ち去ってしまった。
その場に残された二人は、気まずそうに様子を見つつ
ドドンタスが赤の少女を立ち上がらせ、ゆっくりと歩き始めた。
……
マネーラが赤の少女にぶつかってしまう理由。
そんなのディメーンと一緒にいるから。
とても単純。それだけだった。
独占欲と嫉妬心。
好きなモノを横取りされてしまった時と似たような感覚。
しかしその対象はモノではなく一人のヒト。
似ているようで実際は全く違う感触。
コントロールした事のない感情に
実際彼女は振り回されているようなものだった。
論理的に会話ができるナスタシアとは違う
どこか特殊な状況下に置かれている赤の少女。
そして感情的にぶつかる事しかできなかったマネーラ。
冷えた頭で一人になった時、
やっと罪悪の感情が生まれたのか
マネーラは大きくため息をついていた。
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淡く抱いていた感情が一瞬で途切れたのは、
ほんの些細なことだった。
「…?」
外の空気を吸おうとフラフラと暗黒城の外を歩いていた時、
整備もあまりされていない城の裏側にヒト影を見つけた。
紫と黄色の煌びやかな容姿。
荒んだ感情を洗い流してくれるその姿に彼女の瞳は輝く。
「…で、彼女も…」
近付いた彼から独り言か、言葉が聞こえる。
普段ならそのまま駆け寄って言葉をかけていたが、
無意識に足が止まる。
「ん~?ボンジュ~ル!マネーラ♪」
しかしそのヒト影、ディメーンはマネーラの気配に気付く。
怯える必要はないのに、肩が大きく揺れると
ゆっくりと顔だけ振り返り、にこりと笑った。
呼ばれた彼女もゴホンと咳ばらいをし、
いつものように甘い声を出す準備をする。
そう彼に笑顔を向けていたが、ふと背中越しに見える影に視線が移った。
「ねえ、なぁに?それ」
「ん~?」
彼の足元に何かしらの物体が見えた。
この世界全体が仄暗いせいか、少し霞んで見えるが確実に何かが"居る"。
マネーラが恐る恐る指を指すも、彼はいつものようにおどけた様子。
その物体に目線を落とし、「あぁ~」と声を漏らした。
「実験、ってとこかなぁ」
「じっけん?」
そう答えるとその場で腰を低くし、その物体を掴みあげた。
「わっ…!?」
掴みあげたそれは、ヒトだった。
彼が片腕で掴みあげられるほどの大きさの、子供だ。
布切れを巻いただけのまるで原始人のような服を着ており
そもそも居ないはずだが、この周辺のヒトではない事は明らかだった。
しかしその子供は重力にそってだらんと手足を揺らしており
持ち上げられてもピクリともしない。
まるでヒトではなく、人形を持ち上げているような状態だ。
「最近会得した魔法のね。けっこう時間かかっちゃったな~」
陽気に笑う表情は普段であれば彼女の惹かれるものだったのに
その手の先にぶら下がるモノのせいでそんな感情は生まれず、
隠せない動揺を瞳に現し、揺れる視線のまま彼女が口を開く。
「なに…?その魔法って…」
「マネーラも魔法使えるもんねぇ。
万が一の時も使えるかもだし…教えてほしい?」
「……」
だがこれ以上聞くと、何か危険な予感がする。
しかし今の荒んだ彼女には彼に対する好奇心が抑えられない。
静かに頷けばディメーンはどこか楽しそうな様子で
ぶらぶらとその掴む子供を揺らした。
「正式名称はないんだけどね。要は生気を抜き取るんだけど」
「せ……は?」
「試験段階だから早速子供で試してみたんだけど、この通り!
なかなかいい感じだね」
マネーラは言葉を聞きながらただ無言のまま固まる。
目の前の男は笑みを浮かべたまま子供を地面に置いた。
「…その子、どこから連れてきたのよ」
「適当にブラブラしてたら偶然見つけてさ~。
家出して帰りたくないって言うから連れてきたんだ」
「子供とはいえ…ココに部外者を連れてくるのはどうかと思うけど…」
「大丈夫!この子はちゃんと"かえった"から」
彼が強調するように放った"かえった"という言葉。
地面に置かれた子供はもちろん動くことも起きることもない。
笑顔の彼の前でマネーラは顔を真っ青になった。
「…え?ちょっと…ちょっと待ってよ!?その子…!」
「還ったんだ。とりあえず、僕の元にね」
彼が自身の手を胸元へ当てるとタイミングが被ったのか
突然倒れる子供の体が白く輝き始める。
思わず彼からそちらへ目線を移してみると
その子供ばかりに注目していたから気付かなかったが
その奥には2人ほどの別の子供が同じように倒れていた。
彼らも同じように白く輝き出すと
まるで積もった塵が崩れるように、一気に溶けて消えた。
「えぇ~なんでそんな真っ青になるのさぁ?これから僕たちは
こんなヒト達も含めた世界を壊しに行くっていうのに」
「で、でも!わざわざそんな、生気を抜くなんて…」
「いずれ崩壊する世界で消える命なんだよ。勿体ないじゃないか」
「でも!そ、それじゃあ消えた子供たちは…」
「うーんあの世かな?でもちょっと特殊だからどうだろうね〜」
「……」
「…とはいえ、今は僕の糧になっている。
これをうまくマスターすればみんな扱えるようになるし、
なんだっけ…勇者?なんてプチって出来るかも?」
指を動かしつかんだものを潰すように表現するも
彼女は青白い顔のまま何もなくなった地面を呆然と見つめた。
楽しげに笑うディメーンも横目でそちらを見て、
すぐにマネーラの方へ視線を戻す。
「ね?いいアイデアだと思わない?」
「…」
「これも伯爵の野望の為にもなる…と、思うけどなあ?
マネーラにも教える代わりに僕のお手伝いしてみない?」
「か…考えて、おくわ」
にたりと笑い、片腕を彼女に向けて差し出すが
マネーラはその笑顔をみて手より足が咄嗟に動き
彼から逃げるように走り去っていった。
「ありゃりゃ。アレはダメな反応だねぇ」
誰も聞いていない、聞こえてないだろう言葉を呟き
彼も魔法でその場から消え去った。
+++++++++++++++++++++++++++++++++++++++
「マネーラ…?」
赤の少女の前にマネーラが立っていた。
ビクリと怯えるように反応するも、彼女から殺気は感じさせず。
どこか複雑そうな表情で赤の少女を見つめていた。
「…本当に、何も知らないの?」
「何も?」
「アンタの事よ」
「…うん」
改めて見る赤の少女の瞳は、とても幼い。
「…」
「…」
お互い無言になる。
先程までのビリビリに引き裂く勢いもあってだろう。
だが今度は仲裁をしてくれる存在がいない。
マネーラはより慎重に、頭を下げた。
「…ごめん、なさい。さっきは、本当に、言い過ぎたわ」
「…」
「急にアンタが来て、立場が奪われるかもって思って。
︎︎でも何も知らなかったのは、アタシもだったみたい。」
「…」
「…名前、もう一度聞いてもいい?」
それはまるで子供同士の喧嘩のようで。
しかし一定の距離を保ったまま言葉を選ぶ。
その声色は貫くようなトゲトゲしさはなく
赤の少女もゆっくりとマネーラを見て、ゆっくりと唇を動かした。
光の影
(どういう事よ)
(わざわざあんな身の毛がよだつことしなくたって)
(アタシ達の力を信用していないの?)
(…)
("彼女も…")
(アイツはそう、何かを言っていた)
(……マオ)
(あの子も、もしかして)
(……仲間、も?)
(……………)■