+ハザマタワー+
神菜とデアールはハザマタウンの最上階に来ていた。
館の位置で見ていたあの空にある黒い穴は依然小さいままで
神菜は見上げていた目線を地上へ戻すと周りを見渡す。
最上階へ来た時のエレベーターの扉とボタン、
幻想的な模様と透明の柱が存在するだけで、
それ以外は何もなく、まさに建物の屋上という雰囲気だ。
「おお、そうじゃ。これを返しておかなければな…」
すると隣にいたデアールがガサゴソと懐から何かを取り出す。
神菜に向かって
差し出された手には白い物体があった。
白の厚みのある石膏のような素材で幅と穴が広めの輪っか。
サイズ感も含めてバングルに近いその物体には
幻想的かつ上品な模様が全体に刻まれてしており
その模様の中にハート型のシンボルが八つ記されていた。
「これは?」
「お主が倒れていた所の側に落ちていたであ~る。
少々気になったので借りていたであ~るよ」
「はあ…」
「その様子を見る限り
これにも心当たりはなさそうであ~るな」
記憶に変化はなく、予想していたであろうデアールは
落胆はせずとも苦笑を浮かべていた。
その物体をバングルと認識した
神菜は
そのまま右手首に装着する。
「どうじゃ?」
「いやぁ……」
サイズ感は彼女の手首とぴったりで振っても簡単に抜けない。
しかし空に掲げてみたり手首を動かしてみても
ただ装着したバングルの角度を確認するだけの動作になり、
ため息をつきながら手のひらを空に向けるように腕を上げる。
すると丁度目の前にあったハートのシンボルの一つが
目の前でジワリと赤く染まっていった。
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—ミンミンミンミン
蝉の劈く声が聞こえる。
夏場特有の耳を壊す勢いの騒音だ。
ザッザッと土を歩く音の後に草をかき分ける音。
「…あ」
蝉の声が被さるように
ある声が小さく聞こえた。
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「……」
脳内で微かに聞こえた音たち。
だがすべてにおいて鮮明ではなく、
塞いだ時のような、こもったような音質だった。
懐かしみのある自然の音、誰かの声。
幻聴にしては明確で、しかし光景が不明確なその現象に
神菜は混乱する頭を軽く掻いた。
「おお、扉が現れたであ~る!!」
お互いに静寂だった空間で響くデアールの声。
その声にハッと我に返ると、彼の視線の先を見た。
そこには先程までなかった大きな赤い扉が出現しており。
扉には繊細で幻想的な雰囲気のある模様が刻まれていた。
「これは…?」
「マリオ達がピュアハートをはめたんじゃ」
「ピュア…あぁ、さっきの話の」
扉の赤色を見てふと自身の装着したバングルを見下ろす。
そこにはやはりハートのシンボルの一つが赤く染まっており
先程までマットな白い模様だったものが、
ガラスのように透き通る赤になっている。
じわりの滲むように見えたアレは幻覚ではなかったのだ。
「あの声と音…」
ピュアハート、扉、バングル、音の重なりに
彼女はやはり無関係ではないと、少しずつ確信していた。
「来たであ~るな2人とも!」
「うおっ、さっきまでこんな扉あったか?」
そして扉が現れて数分後、
エレベーターからマリオとアンナが現れた。
マリオはデアールと
神菜を見つけると
目立つようにある赤い扉を見て驚いた声を出す。
「見よ!
この扉は勇者をピュアハートの元へ導く【次元のトビラ】」
「ほお」
全員が見上げて次元のトビラをじっくりと見る。
マリオや
神菜、デアールの身長を超える高さに不思議な模様。
現実ではあまり見られない様な扉で、
存在したとしてもかなり立派な屋敷の扉か何かであろう。
「扉の先のセカイのどこかに
残り7つのピュアハートのうちの一つがあるはずであ~る」
「なるほどね…」
「ウム。ではアンナよ、
お主はピュアハートの存在を感じることができる。
扉から先はお主がマリオ達を導くのであ~る」
「…ん、ちょっと待った!」
デアールが扉に手に触れ説明を進めていると
その途中でマリオが思わず口を出す。
表情は驚きというよりは困惑に近く、
止められたデアールはきょとんとした様子で言葉を止める。
「達って…彼女も?」
「そうじゃ、本人が付いていくと
言っていたであ~るからな」
一瞬マリオが少し戸惑う表情を見せた。
それもそうだろう。
本来一人で旅立つ所で見知らぬ少女が同行するというのだ。
「実はいうとな。彼女ももしかすると
ヨゲン書に関わってるかもしれんのじゃ」
「勇者って事か?」
「現段階では不明であ~る。
しかし記憶も無いようじゃから
この機会にきっかけを探しつつピュアハートを探す。
よいではないか?」
「記憶が…?」
多少話を盛っている部分もあるが
マリオが不在時に話していた初耳の情報に困惑するも
神菜に視線を向ければうんうんと強く頷いている。
「足手まといにはならないよう努力するので!」
「…そっちがそういうなら、仕方ないな」
「よっし…!ありがとう!」
両手を握りしめガッツポーズを見せ
やる気に満ちた姿を見せれば
不安そうだったマリオもの表情も若干和らぐ。
するとマリオの近くにいたアンナが
ふわりとデアールの方へ移動する。
《デアール…》
「…いや。彼女もワシも、嘘は言っておらんよ」
《…》
お互いに囁きあうように呟く。
体の向きをデアール、マリオと
神菜、
そしてまたデアールに戻すとアンナは小さくため息をついた。
「そういえば」
「ん?」
「
神菜…だったか、記憶喪失ってどのレベルなんだ?」
喜びを見せる
神菜に対し
ふさふさの髭を撫でながらマリオが声をかけた。
「見事に名前だけっすね…」
「俺はキノコタウンからここに来た。
俺の事を知ってるなら、
その町のある次元の世界じゃないのか?」
「…いや。なんか聞いたことはあるけど、それは違う」
「なんでそう断言できるんだ」
「なー…んででしょうね……」
「…本当に大丈夫か?」
マリオからすれば身元不明の人間と同行するというのだ。
名前以外の記憶がないと言っても、
それを証明できるものすらない為
記憶がないという偽装をしている可能性だってある。
ましてやマリオと同じ"人間"だ。
同族かもしれない安心感とどことなく残る不安が交じり合う。
「ほれお主ら、話は終わったか?」
デアールが二人に声をかけると
アンナがデアールの傍から離れる。
ゆらりと羽を広げ、
振り向いたマリオの帽子のツバにゆっくりとまった。
「マリオよ、旅立つにあたって
お主にはこれを渡しておくであ~る」
そういって懐から赤と白の縞模様で彩られた物体を取り出す。
「ちっちゃい…土管?」
「ご名答!それはモドルドカンじゃ」
「モドルドカン?」
掌サイズの土管を
神菜もじっと見つめるも
二人の頭上にはハテナが浮かんでいた。
「それがあれば、何処にいても
ただちにハザマタウンへ戻って来ることができる。
旅の途中で困った時は使うがよいであ~る」
するとその土管からひらりと小さな紙が落ちた。
気付いた
神菜それを拾い上げ、書かれている文を確認する。
「【ハザマタウンからの電波が届かない所では
使えないから注意しよう】…だって」
「おお、そんな事もあったの」
「どこでも使えるわけじゃないって事か」
「ああ、あと
神菜」
「?はい」
「お主にもこれを渡しておくであ~る」
説明書をモドルドカンを手にしているマリオに渡すと
デアールは再び懐を漁りだした。
まるで某四次元ポケットの様なローブの下を思わず凝視するも
取り出したものは鮮やかな青色をしたリュックサックだった。
大体20Lほどのよくある平均的なサイズ感と
デザインもこれと言って尖った部分はなく、
唯一気になる部分はサイドポケットもない
被せ型の開け口しかない所だろうか。
「これはイッパイサックと言って沢山入るリュックじゃ。
先程マリオに渡した土管や、
旅の途中で得たものを入れると良いであ~る」
「沢山…ていうのは、このサイズで?」
「ホホ。使ってみればわかるであ~る」
土管と比べてあまりにも普通の支給品に
思わず拍子抜けな表情が出る。
しかしデアールはどこかご機嫌な様子で
そのリュックを押し付けた。
「…さて、白のヨゲン書には
【勇者は次元を司るものに出会い次元ワザを授かる】とある」
「ふむ」
「これは恐らくわしの知り合い
【次元センニン ア・ゲール】と何か関係があるに違いない」
扉の前に立つ二人から離れるように数歩後ずさる。
神菜もマリオから手渡された土管をリュックにしまうと
慣れた動きでひょいっと青いリュックを背負った。
「この扉の先に行ったら、お主達はまずは
【次元センニン ア・ゲール】を見つけるのがよいであ~る!」
「おう」
「そして
神菜よ。
その腕輪の事も一度聞いてみるといいであ~る!」
「なるほど…了解!」
二人がお互いの言葉に返事をする。
力強いマリオと声と元気な
神菜の声。
そんな二人の反応に安堵した様子でデアールも微笑んだ。
《さあ、行きましょう》
アンナがきらきらと羽を開き
二人の前に飛び真剣な声で伝える。
頷いたマリオが扉に近付き、力強く押せば
その反動で一度奥に揺れたのち
繊細な蝶番の音を響かせ手前へゆっくりと開いた。
そうして完全に開いた両開きの扉の先からは強い風が流れ、
一行はそれに立ち向かうようにゆっくりと先へ進んで行った。
№4 開かれし次元の扉
「頼むぞ。勇者たちよ…」
デアールの願う声が小さく響いた。
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