体がふわふわ浮いている。
まるで夢の中のような、そんな感覚がする。
いや寝ているから夢か…
(あれ、なんかこれ再放送してる?)
「 」(ほら、やっぱり)
「セカイを、たすけて」(みんな?たすける?どういうこと?)
…そう疑問符を浮かべながら心で呟くと、
目の前にきらきらした光の玉が現れた。
虹色に輝く光の玉。
非現実的な光を纏い、ひらりと
神菜の目の前に近寄ると
瞼を開けないほどの眩さが一瞬大きく輝いた。
「……」
目の前に現れたのは見上げるほどの大きな石造。
俗にいうゴーレムと言うものに近いが、
白を基調とした胴体で所々のひび割れから虹色の光も漏れている。
その姿はどこか幻想的で
神菜は言葉を失ったまま見つめていた。
「セカイが歪み、追放された」「でもキミが、ワタシを助けてくれた」「それでも今、このセカイは」「崩壊に、近づいている」眩い姿をよく見るとその周囲には何かが浮遊していた。
同じ質感の分厚い輪が石造を囲っている。
輪の表面には何かしらの模様が刻まれており、
目を凝らせてみれば丸みのあるシンボルが辛うじて見えた。
「キミなら、だいじょうぶ」「ワタシがいるから」「一緒にかえるために」そして再び輝くと、この空間が光で包まれ
今度は真っ白な視界に覆われた。
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「ん…」
「お、目が覚めた」
目が覚めると目の前には紺色の空に黄色い星。
ついに星屑の一部となったのか、と呆然と眺めるも
体を支える柔らかさはイメージする雲の柔らかさではなく。
寝ころんだまま周囲を見れば、
今度は床ではなくベッドに寝ており
しかしそれは
神菜の知るベッドではなかった。
そしてどこか落ち着く声がする。
また人がいたのだ。
呑気にあくびをしつつ声のかけてくれた方に顔を向ける。
鼻の下にあるふさふさのひげと
赤い服と帽子に紺色のオーバーオール。
その20代ぐらいの男性が
神菜の顔をのぞいていた。
「ふぁ…?」
「ウム、どうやら無事そうであ~るな」
男性のほかにも声が聞こえ、そちらへ視線を向ける。
そこには深くかぶったフードから長く立派な白いヒゲに
ローブの留め具に星のシンボルが刻まれた緑の装飾。
まるで仙人のようなおじいさんのような"ヒト"がいた。
「いやはや、まさかマリオと同じようなヒトの
ミニスカギャルも現れるとはな…
これもヨゲンの一つであ~るか…」
「はい?」
穏やかそうな声色と雰囲気に
似つかわしくない単語に思わず聞き返す。
しかし当の本人は近くにあった
白の分厚い本のページをめくっていた。
「と、いうか」
そしてもう一人の声が響く。
人間であるヒゲの男性が椅子に座ったまま声をかけてきた。
「お前は一体何者なんだ?」
怪しいものを見るような視線を向ける。
初対面だから仕方がないのだろうが、
その向ける視線は私ではなくあっちの老人ではないのか?
と
神菜は体を起こしつつ内心そう呟いていた。
「いや…
その変なもの見るような目しないでください。
ちゃんと教えるので」
そういうと男性は寄せていた皺を和らげる。
話が通じる人間だと認識してくれたのだろうか。
そして借りていたベッドから体を起こし、
腰掛ける状態になるとごほん、と咳ばらいをした。
「えーと、とりあえず名前から。私は
神菜です」
「フム、ワシはデアール。
この街を造った古代の民の末裔であ~る」
「俺はマリオだ」
神菜が名乗るとその流れで軽い自己紹介が始まる。
おじいさんはデアール、男性はマリオと名乗った。
「…マリオ?」
「
神菜はマリオの事を知っているであ~るか?」
「いや、俺は知らない。初対面だ」
「…」
「
神菜の方はどうであ~る?」
デアールの言葉を聞きつつも
マリオと名乗った男性を改めて見つめる。
赤い服と帽子・紺色のオーバーオール。
立派な髭に青い瞳、白い手袋………
どこか知っているその要素に、
神菜も眉をひそめると
釣られるようにマリオの表情も強張っていた。
「な、なんだ」
「…いや、名前は知ってる…なんか知ってるんだけど…」
知っているはずなのにモヤがかかったように思い出せず、
その気持ち悪さのある感覚に声を漏らす。
しかし見つめられていた本人の表情にハッと気付くと、
情報整理も兼ねて彼から視線を外した。
そのままマリオに背を向ける形に立ち上がると、
改めて自分の姿を見下ろした。
青色のネクタイとスカートと白いワイシャツ。
半そでのシャツに黒いベストを着ているが
夏仕様なのかスカートの素材も通気性が良い。
足元は白に近い水色のスニーカーを履いており、
目覚める前までは屋外で活動していたのが確認できた。
マリオは
神菜の様子や部屋の周りを見渡しており、
デアールは立ち上がった彼女を観察か監視か、伺っている。
どことなく感じた気まずさに
言葉を発しようとデアールの方へ向くと
虹色の蝶がその頭部に止まっており、
その姿に思わず目を奪われる。
現実世界では見たことのない夢で見たような虹色と似た色で、
羽が動くたびにその虹色も角度を変えて変化する。
「綺麗…」
《…ええと、何か》
「えっ…!?」
《…ここよ》
まるでフィルターをかけたような独特なノイズが混じる声。
一瞬他に誰かいたかと周囲を見渡すも
その行為も見えているのか呆れたような声色を漏らす。
疑心の視線を虹色の蝶の方へ向けると
ふわりと頭部から浮き、
まるで
神菜と向き合うように体勢を変えた。
「へ…?」
「ホホ、彼女はアンナ。勇者を導くフェアリンであ~る」
「フェ…?」
「ウム。勇者であるマリオを
このセカイに連れてきてくれたのであ~る」
「勇者…?」
非現実的な生き物から
聞き慣れない単語に困惑の様子を見せると
デアールは「あぁ」と声を漏らし、
卓上にあった分厚い白い本を手に取った。
その表紙には白い星型が描写されており
ぱら、とページを開く。
「これは白のヨゲン書といっての
その名の通り、未来が予言されている本であ~るよ」
「未来…」
「封印されていたヨゲン書に対抗して書かれたモノだからの。
まだすべてを解読出来てないが、そこにマリオらしき
存在の勇者が記されておったのであ~るよ」
デアールはそう伝えると苦笑を浮かべた。
そして本を開いたまま机に置くと小さな紙切れを
神菜に渡す。
それに気付いたマリオも
彼女の隣へ近付き紙切れを覗き込んだ。
「これ、は…?」
そこには赤模様と中央に丸い青の水晶で飾った
黒い本の絵が書かれてあった。
それはまるで目の前の白のヨゲン書と対となるデザイン。
「さっき伝えた封印されていたヨゲン書、
黒のヨゲン書と言われておるやつであ~る。
だが、これを見て幸せになったものはおらん」
「どういう事だ?」
「ワシも詳しくは知らんが…確か黒のヨゲン書には、
とても恐ろしい未来が書かれているのであ~る。
それを知らぬ者達はこの本を読み、
不幸になった者達が続出したそうじゃ」
「こわぁ…」
持っていた紙切れをデアールがスルッと抜き取れば、
今度は玄関を開け外へ出る。
それに続いて
神菜、マリオも外へ出てみれば
空を見上げるデアールがそこに佇んでいた。
「あれを見るであ~る」
デアールが上を指差した白い空。
そこには無いはずの不似合いな黒い穴があった。
電流がまるでひび割れのように走り、
ビリビリと空が破れていく。
実物は大きいのだろうが、
地上から見るとまだ豆粒の大きさだった。
「なにあれ…」
「あれは次元のあな。
遠くにあるのか近くにあるのかよくわからぬ不思議な空間。
今はまだ小さいが、やがてどんどん大きくなる。
そして最後には世界の全てを飲み込み、破滅に導く…」
三人はその穴を見上げ
神菜はその穴に向けて手を広げる。
まだ隠れれる大きさだが
いつかはこれが隠しきれないほど大きくなり、
最後には世界全てを飲み込む。
思わずぶるりと身震いを起こす。
本能的に恐怖を感じ取ったのだろう。
その様子を横目で見ていたのか、デアールが「ウム」と頷いた。
「それを阻止するために、
ヨゲン書に記されたマリオを呼び寄せたわけであ~る」
「なる…ほど」
マリオはすでに事情を把握していたのか、
理解をしようとする
神菜の様子をただじっと見つめている。
「…という事じゃ。ではマリオよ、
さっそく先程伝えた通りにピュアハートを頼むであ~るよ」
「おう、了解!」
その言葉にマリオが頷けば、アンナがデアールから離れた。
そしてある方向へふわりと移動すると、
それに連れてマリオも足を動かし始める。
「…では、
神菜」
その後姿を呆然と眺めていると呼びかけるデアールの声がした。
振り返ると先程の館の方へ案内するように扉を開けており
中へ戻ると椅子に座るデアール、
その目の前にはスツールが配置されていた。
「少し話があるんじゃが、いいかの?」
「あ、はい」
穏やかな様子のままだがどこか真剣な様子を感じ取ったのか
神菜は素直にそのスツールへ腰かけた。
そして卓上に戻していた白のヨゲン書を手に取ると
デアールも彼女と向き合う体勢になった。
「いくつか質問していいであ~るか?」
「はい」
「お主は、何処のヒトであ~るか?」
それはこの街の住人にとっては一番聞きたい事であっただろう。
むしろ今になって身元不明の人間を
ここまで話していたのか?と
改めてこの老人の危機管理のなさに
疑問を抱いてしまう程だ。
「えー…と」
「…」
「…あれ?」
名を名乗るように発せばいい言葉が全く浮かばない。
誕生日、年齢、出身地…
履歴書に自身の情報を書くように
スラっと伝えればいいだけなのに
思い出そうとしても自身の名前しか思い出せない。
膝に乗せた握りこぶしが強くなり、目が泳ぐ。
本人は必死なのに
傍から見れば身分を曝される危機に陥る不審者だ。
「いや、その…本当に怪しい者じゃ…」
「…その反応は、思い出せない。であ~るか?」
「は…はい…」
「ウム…だが、名前はわかっておるのであ~るな?」
「…
神菜、うん。
この名前はすぐに出るから…きっとそう」
「…」
デアールは
神菜の様子を見極めていたのか、
穏やかに声をかけつつも悩むように小さく唸る。
その対応に感謝を込めつつも
自分の置かれた状況を改めて整理した。
記憶喪失。
よく聞くのは物理的な衝撃や精神ショックによって
一部、またはすべての記憶が失われるあの現象。
フィクション上で起こる現象に
まさか自分が当事者になるとは。
改めて自身に起こっていた出来事に
神菜は顔を隠すように俯き
デアールもどこか悩ましい様子で
白のヨゲン書や卓上の資料に目を移す。
「…」
「…」
「…ではその状態で申し訳ないが、もう一つ質問じゃ。
お主はこのハザマタウンに倒れていのだが
そこに至るまでの記憶は残ってあ~るか?」
「う…ん~…」
ある限りの記憶をよみがえらせようと
瞼を閉じてじっくり考えるも
やはり状況は一切変わらず、ただ真っ暗な視界なだけ。
その様子を見たデアールは彼女の肩に手を置いた。
「いや、そんな無理に思い出さなくてよいであ~るよ」
「…」
「倒れていた時は驚いたが、こうして意識が戻っている。
全てを忘れていないのであれば、
取り戻すきっかけを探すだけであ~る!」
ホッホと笑う姿に
神菜は思わず肩の力が抜けた。
笑いごとではない状況ではあるが、彼女にとって
その言葉と態度にどこか安心感があったのだろう。
「ちなみにマリオはこのヨゲン書に書かれておる通り、
この世界を救う勇者と記されておるが
お主の事は今の解読できる範囲だと
何も書かれておらんのであ~る」
「まあ、そうだよね」
「ウム。なので記憶が戻るまでこの街で安静にしておくか、
街できっかけを探すのが一番良いのじゃが…」
白のヨゲン書の内容と
その勇者のマリオを連れてきたアンナの反応を見る限り
きっと
神菜はイレギュラーな存在だ。
デアールの質問の意図を考えれば
この街の住民でもないのだろう。
「マリオ…そうじゃ。マリオの事は知っているであ~るか?」
「え?」
「名を名乗っていた時、
お主はマリオに対して何か知っている様子に見えたが…
今なにか思い出せることはないか?」
「今…」
きっとダメ元で聞いてくれているのであろうか、
申し訳なさそうな様子を見せながら問いかけられる。
しかしマリオの名前と姿を合わせたとき
確かに何か頭に浮かんでいた。
もやもやとした光景、単語…。
「…みんなの、ヒーロー…」
「ヒーロー?」
「有名で…配管工の…」
「ハイカンコウ?」
「…」
ただ思い浮かんだ単語を呟き
デアールが前屈みの姿勢で復唱する。
神菜が沈黙すれば、
何かを察したのか追求する事なく姿勢を戻した。
「マリオの方は知らない様子じゃったが…
神菜にとって彼は有名な存在。
で間違いないであ~るか?」
「…多分」
「フム…ヨゲン書とは関係ないが、
あやつとお主の姿を見る限り、もしかしたら
同じ次元から巻き込まれて来てしまった可能性もあ~るな」
「巻き込み…」
「そうなると、やはり此処で
安静にするのがワシから出せる提案であ~るが…」
今の状態であればそれが確実であろう。
改めて思い出せば、ここにいるヒトの姿は
デアールや館に一瞬出たときに見かけた住民とヒト達の姿と
マリオや
神菜の人間の姿と全く違っていた。
記憶もその事故によって失われてしまったのだろうか。
神菜は深く悩む。
彼の言う通りこのハザマタウンにいた方がまだ安全だ。
しかしそれ以前に現在進行形で
世界が滅びかけている事実を聞かされている。
しかも勇者であるマリオと
同じタイミングで辿り付いているのだ。
そしてそのマリオの存在を薄らに知っている。
初対面のはずだが、全く知らないわけではない。
という事は、きっと1mmでも何かしらの可能性はある。
ただ困惑する彼女の中でほんの少しその感情が残っていた。
神菜は頭の中の情報を整理し、
そして決心したのか俯いていた顔をあげデアールの方を向く。
「…可能性があるなら、少しだけマリオと行動してみたい。
このタイミングでだなんてきっと…
いや、偶然じゃない気がするし。
危険だったらすぐに戻って…安静に調べるからさ」
その目は真っ直ぐに、真剣な声色で。
「…そうかそうか。ではその言葉を信じるぞ。
絶対に無理はしてはいけないであ~る!」
「はい!」
終始手厚く対応したデアールの微笑みには
心配の感情と共に期待を寄せているようにも見えた。
№2 みちしるべ
「あ!そういえば」
「ん?」
「ピュア…ハート…?って、一体なに?」
「ピュアハートとは古代の民が生み出した遺物。
扉を開くための鍵であり、ワシ達の敵に対抗できる
重要な物あ~る」
「私たちの敵…?」
「この暗黒のあなを開き、黒のヨゲン書を持つ。
ノワール伯爵じゃ」
「ノワール伯爵…」
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