🎐- 君へ
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いくらなんでも、それは無いんじゃないか──。
さくらは、櫻坂のことを好きでいてくれている。
それは確かだ。
推しメンが私じゃなくて保乃なのは、ちょっとだけ……いや、正直、かなり気に障るけど。
ライブに関係者席で招待するたび、申し訳程度に身に付けてくれる私のタオルは、保乃のタオルに埋もれてしまう。
ペンライトの色も、いつも保乃。
それでも、ライブ終わりにキラキラした目で「すごくよかった」と伝えてくれるさくらを見るたび、胸の奥が温かくなった。
私の大切なお仕事ごと、さくらが大切にしてくれている。
そう思えたから、ずっと見逃してきた。
けれど、さすがにそれはダメだろう──そう思う出来事が、今日、目の前で起きた。
今日はシングル発売記念のリアルミーグリ。
朝から多くのファンが私のレーンに並んでくれていて、私はいつも通り、一人ひとり対応していた。
次の部が始まる少し前、ふとブースの隙間から保乃のレーンを覗く。
見慣れた姿が目に飛び込んできた。
スマホを見ながら、前髪を整えているその女の子は、間違いなく── さくら。
思わず目を細めて睨んでやろうとしたのに、彼女はこっちに気づく素振りもなく、そのまま保乃のブースへと吸い込まれていった。
その日、当然さくらは私のレーンには来なかった。
グッズだけ買ってるならまだしも、CDを買って保乃のミーグリに参加してるって……どういうこと?
私のグッズなんて、私が手渡したものを身に付けるだけで、まともに買ってくれたことなんて一度もないのに。
── さくらの彼女は、私なのに。
イライラが胸を焼いた後、襲ってくるのは、重たい悲しみだった。
帰りの車両。
たまたま保乃と同じ車になった。席も近かった。
誰に当たればいいのかも分からなくて、思わず口にしてしまう。
「……今日、さくら保乃のレーンにいた」
拗ねた口調で悪態をつくと、保乃は一瞬ぽかんとしたあと、まるで当然のように言ってのけた。
「さくらちゃん、かわいいよなあ。保乃のこと好きでいてくれて嬉しいわ。オンラインの方もよく来てくれてるし」
「……は?」
思ったよりも低い声が出て、自分でも驚いた。
保乃が慌てて手を振りながら、「夏鈴ちゃんから彼女さん奪おうとか、そういうんじゃないからな!? 恋愛感情じゃないし!」とフォローを入れてくる。
そんなこと分かってる。
分かってるけど──ムカつくのは、そこじゃない。
私がさくらと会えない時間、さくらは保乃と当たり前のように話していた。
私が我慢してる間に、さくらは別の誰かと笑い合ってた。
その事実が、どうしようもなく胸を黒く染めた。
家に着くまで、私はヘッドホンを耳に押し当てて、目を閉じた。
何も考えたくなくて、音楽すら届かないような気がして、それでも必死に、心を閉ざす。
玄関のドアを開けると、さくらがぱっと笑顔を浮かべて「おかえり」と言ってくれる。
その顔を見た瞬間、怒っていたはずの感情がふわっと抜け落ちそうになって──慌てて自分を持ち直す。
部屋に入って、ソファに並んで座ると、静かに切り出した。
「さくら、今日……保乃のレーンいたよね」
さくらは、ちょっと驚いた顔をして、すぐにふわっと笑った。
「あれ、夏鈴ちゃん気づいてたんだ〜」
その無邪気な返事に、思わず目を伏せる。
「……気づいたよ。でもさくらは、私には気づいてくれなかった」
「え、あ……ごめん」
「保乃に会うためにおしゃれして、気合い入れて……。さくら、保乃のこと、好きなん?」
言っているうちに、涙が出そうになる。
声が小さくなってしまったけれど、ちゃんと届いていたらしい。
「保乃ちゃんは推しだよ。可愛いし、お話するのも楽しい。でも、それと夏鈴ちゃんは全然違うよ?」
その言葉はとても素直で、嘘のない声だった。
大人びたその態度に、ふてくされてる自分が子どもみたいで、また少し悲しくなった。
「……オンラインも行ってたんだ。聞いてないし」
もうどうにでもなれと思って、さらに突っかかると、さくらは困った顔で眉を下げて、私の頭をそっと撫でてきた。
「ごめんね、夏鈴ちゃん。不安にさせちゃって。わたしね、夏鈴ちゃんがいないとダメなの。保乃ちゃんのことは好きだけど、でもわたしの特別は、夏鈴ちゃんだけだよ。夏鈴ちゃんが嫌なら、もう保乃ちゃんの応援、辞めてもいいの」
真剣な眼差しで、まっすぐに伝えてくるその姿に、嘘はなかった。
「……別に、さくらのこと縛りたいわけじゃないし、いいよ。行ってきなよ」
「えっ、でも……嫌なんでしょ?」
「……なんかそれやだ。私が嫌だからって、私がさくらの世界を狭くしてるみたいじゃん」
「そんなことないよ。わたしにとって、夏鈴ちゃんが一番。……ずっと、ずっと特別だよ」
柔らかく笑ってそう言うさくらが愛しくて、どうしようもなくて──。
「行ってもいい。……その代わり、保乃と何話したか、毎回報告して」
「えぇ〜……」
嫌そうに笑うさくらに、「して!」ともう一度念押しすると、「了解です」と笑った。
その声があまりに愛しくて、何も言わずにさくらに抱きつく。
胸元に顔を押し付けて、ぐりぐりと動かすと、頭上から声が降ってきた。
「あの〜夏鈴さん、そんなに可愛いことされると……こっちの気が……してもいいってこと、ですか?」
まったく、こういう時だけ変に真面目に言ってくるんだから。
「保乃に浮気してた浮気者は、ダメ」
わざと冷たく言い放つと、「えぇ〜っ」と本気で落ち込むさくら。
その顔が可愛くて、思わず吹き出してしまう。
「……嘘だよ、さくら。お好きにどうぞ」
そう言って顔を上げると、さくらはにこっと笑って──
そして真剣な顔になって、私の手を引いた。
「じゃあ……ベッド、行こ?」
さくらの、“私を好きでたまらない”余裕のない顔。
──それが、私はたまらなく好きなんだ。
……なんてことは、まだ内緒にしておく。
さくらは、櫻坂のことを好きでいてくれている。
それは確かだ。
推しメンが私じゃなくて保乃なのは、ちょっとだけ……いや、正直、かなり気に障るけど。
ライブに関係者席で招待するたび、申し訳程度に身に付けてくれる私のタオルは、保乃のタオルに埋もれてしまう。
ペンライトの色も、いつも保乃。
それでも、ライブ終わりにキラキラした目で「すごくよかった」と伝えてくれるさくらを見るたび、胸の奥が温かくなった。
私の大切なお仕事ごと、さくらが大切にしてくれている。
そう思えたから、ずっと見逃してきた。
けれど、さすがにそれはダメだろう──そう思う出来事が、今日、目の前で起きた。
今日はシングル発売記念のリアルミーグリ。
朝から多くのファンが私のレーンに並んでくれていて、私はいつも通り、一人ひとり対応していた。
次の部が始まる少し前、ふとブースの隙間から保乃のレーンを覗く。
見慣れた姿が目に飛び込んできた。
スマホを見ながら、前髪を整えているその女の子は、間違いなく── さくら。
思わず目を細めて睨んでやろうとしたのに、彼女はこっちに気づく素振りもなく、そのまま保乃のブースへと吸い込まれていった。
その日、当然さくらは私のレーンには来なかった。
グッズだけ買ってるならまだしも、CDを買って保乃のミーグリに参加してるって……どういうこと?
私のグッズなんて、私が手渡したものを身に付けるだけで、まともに買ってくれたことなんて一度もないのに。
── さくらの彼女は、私なのに。
イライラが胸を焼いた後、襲ってくるのは、重たい悲しみだった。
帰りの車両。
たまたま保乃と同じ車になった。席も近かった。
誰に当たればいいのかも分からなくて、思わず口にしてしまう。
「……今日、さくら保乃のレーンにいた」
拗ねた口調で悪態をつくと、保乃は一瞬ぽかんとしたあと、まるで当然のように言ってのけた。
「さくらちゃん、かわいいよなあ。保乃のこと好きでいてくれて嬉しいわ。オンラインの方もよく来てくれてるし」
「……は?」
思ったよりも低い声が出て、自分でも驚いた。
保乃が慌てて手を振りながら、「夏鈴ちゃんから彼女さん奪おうとか、そういうんじゃないからな!? 恋愛感情じゃないし!」とフォローを入れてくる。
そんなこと分かってる。
分かってるけど──ムカつくのは、そこじゃない。
私がさくらと会えない時間、さくらは保乃と当たり前のように話していた。
私が我慢してる間に、さくらは別の誰かと笑い合ってた。
その事実が、どうしようもなく胸を黒く染めた。
家に着くまで、私はヘッドホンを耳に押し当てて、目を閉じた。
何も考えたくなくて、音楽すら届かないような気がして、それでも必死に、心を閉ざす。
玄関のドアを開けると、さくらがぱっと笑顔を浮かべて「おかえり」と言ってくれる。
その顔を見た瞬間、怒っていたはずの感情がふわっと抜け落ちそうになって──慌てて自分を持ち直す。
部屋に入って、ソファに並んで座ると、静かに切り出した。
「さくら、今日……保乃のレーンいたよね」
さくらは、ちょっと驚いた顔をして、すぐにふわっと笑った。
「あれ、夏鈴ちゃん気づいてたんだ〜」
その無邪気な返事に、思わず目を伏せる。
「……気づいたよ。でもさくらは、私には気づいてくれなかった」
「え、あ……ごめん」
「保乃に会うためにおしゃれして、気合い入れて……。さくら、保乃のこと、好きなん?」
言っているうちに、涙が出そうになる。
声が小さくなってしまったけれど、ちゃんと届いていたらしい。
「保乃ちゃんは推しだよ。可愛いし、お話するのも楽しい。でも、それと夏鈴ちゃんは全然違うよ?」
その言葉はとても素直で、嘘のない声だった。
大人びたその態度に、ふてくされてる自分が子どもみたいで、また少し悲しくなった。
「……オンラインも行ってたんだ。聞いてないし」
もうどうにでもなれと思って、さらに突っかかると、さくらは困った顔で眉を下げて、私の頭をそっと撫でてきた。
「ごめんね、夏鈴ちゃん。不安にさせちゃって。わたしね、夏鈴ちゃんがいないとダメなの。保乃ちゃんのことは好きだけど、でもわたしの特別は、夏鈴ちゃんだけだよ。夏鈴ちゃんが嫌なら、もう保乃ちゃんの応援、辞めてもいいの」
真剣な眼差しで、まっすぐに伝えてくるその姿に、嘘はなかった。
「……別に、さくらのこと縛りたいわけじゃないし、いいよ。行ってきなよ」
「えっ、でも……嫌なんでしょ?」
「……なんかそれやだ。私が嫌だからって、私がさくらの世界を狭くしてるみたいじゃん」
「そんなことないよ。わたしにとって、夏鈴ちゃんが一番。……ずっと、ずっと特別だよ」
柔らかく笑ってそう言うさくらが愛しくて、どうしようもなくて──。
「行ってもいい。……その代わり、保乃と何話したか、毎回報告して」
「えぇ〜……」
嫌そうに笑うさくらに、「して!」ともう一度念押しすると、「了解です」と笑った。
その声があまりに愛しくて、何も言わずにさくらに抱きつく。
胸元に顔を押し付けて、ぐりぐりと動かすと、頭上から声が降ってきた。
「あの〜夏鈴さん、そんなに可愛いことされると……こっちの気が……してもいいってこと、ですか?」
まったく、こういう時だけ変に真面目に言ってくるんだから。
「保乃に浮気してた浮気者は、ダメ」
わざと冷たく言い放つと、「えぇ〜っ」と本気で落ち込むさくら。
その顔が可愛くて、思わず吹き出してしまう。
「……嘘だよ、さくら。お好きにどうぞ」
そう言って顔を上げると、さくらはにこっと笑って──
そして真剣な顔になって、私の手を引いた。
「じゃあ……ベッド、行こ?」
さくらの、“私を好きでたまらない”余裕のない顔。
──それが、私はたまらなく好きなんだ。
……なんてことは、まだ内緒にしておく。
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