🍀🦉- 蒼
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「良かったやん。ブルームーンキス、茉里乃ちゃんとペアやん」
何気ない声。
けれど、隣の井上がそう言った瞬間、心臓が一瞬だけ、大きく跳ねた。
「……まあね」
わざとそっけなく返したつもりだったけど、きっと声の端が浮かんでた。
だって、嬉しかったんだ、本当は。
ブルームーンキス。
あの曲の2サビ前は、センターともう一人の誰かがペアになって踊る構成になっている。
その“もう一人”に私が選ばれたと知ったとき、驚きと同時に、心の奥から何かがじんわりと湧き上がってきた。
──私でいいんだ。
でもすぐに、打ち消すように思った。
──いや、なんで私?相手はきっと井上やろうって、思ってたのに。
いのまり、茉里乃と井上のコンビは、ファンに人気がある。
企画でもSNSでも、ふたりの関係性が使われて、名前が並ぶたびに、私は胸の奥に小さな嫉妬の火を感じていた。
「なんか、そんな余裕そうに言われると腹立つんやけど」
井上の顔を見ないままそう言うと、「ははっ、なんやそれ」と軽く笑われた。
「祝ってあげてるのに〜。可愛くないなあ」
「……茉里乃からいっぱい“好き”って言われて、番組でもYouTubeでも取り上げられて……そんなん、井上はいいよな」
本当は口に出すつもりなんてなかったのに。どうしても抑えられなかった。
「あんなん、ネタやん。それに言ったら、唯衣ちゃんも気になってるって番組で言われとったやん?」
「うちは……あれ一回だけやし、気になってる止まりやし。しかもそのあと、ラジオで“飽きた”って言われてんねんで?」
声が少しだけ震えた。
井上に言っても仕方ないことなのに、悲しくて、やるせなくて、気持ちの逃げ場を探していた。
「それが茉里乃ちゃんなりの、勇気の出し方ちゃう?」
そう言われて、ぐっと言葉に詰まった。
──そうなのかもしれない。でも、だからって、どうしたらいい。
井上は、私の気持ちなんて分からないくせに、知ったような顔をする。
「てか、ちゃんとラジオ聞いとんのや?」
バカにしたような顔で笑うから、思わずその頭を軽く叩いた。
「痛い! 暴力や〜」
そうやって冗談混じりに騒ぐ井上を横目に、私は遠くで綺良や昌保とはしゃいでいる茉里乃の姿を目で追っていた。
──どうして、あんなに眩しいんだろう。
リハーサル。
スタジオの空気は緊張と熱気が混ざり合っていて、全員がそれぞれの場所で集中していた。
──でも、私はずっとあの瞬間のことばかり考えていた。
ペアダンスの振りで、茉里乃を抱き寄せるシーン。
その一瞬を、私は何度も何度も頭の中で反芻していた。
手を添える感触。
軽く寄り添う肩。
すぐ近くで聞こえる息遣い。
「唯衣ちゃん」
リハの合間に、あの柔らかい声で名前を呼ばれるだけで、胸がきゅうってなる。
──ああもう、情けない。
このドキドキが彼女に伝わってしまわないか、それだけが怖かった。
「パフォーマンスの確認やって」
自分に言い訳をしながら、夜な夜なリハ動画を再生した。
あのシーン。私が茉里乃を見つめる瞬間。
カメラはそこまで鮮明に映していないはずなのに、自分の瞳の中に浮かんでいる感情が、あまりにも分かりやすくて怖かった。
──バレたらどうしよう。
でも、願わくば──これが現実になればいいのに。
そんな、甘ったるくて苦しい希望を、ぎゅうっと胸に抱えたまま、本番の日を迎えた。
LIVE2日目の本番前。
控室の片隅でストレッチをしていると、璃花がすっと近づいてきた。
「リハ動画の唯衣ちゃんと茉里乃さん、何百回も見返しました!!」
キラキラと目を輝かせながら笑う璃花に、一瞬、心臓が跳ねた。
──バレてる?
いや、そんなはずは。
でも璃花は意外と鋭いところあるし、もしあの目線に気づかれてたら……?
「どういうこと?笑」
動揺を隠すように軽く返したけど、璃花はまっすぐな瞳で、
「今日の本番も楽しみにしてます!MCでも触れますね〜」
なんて、軽やかに言って去っていった。
「やば……どうしよ……」
誰に届くでもないその声は、空気に溶けて消えた。
向かえた本番。
まばゆい照明の中、なぎがマイクを持ってブルームーンキスの話を話し始めた瞬間、胸がぎゅっと締め付けられる。
──来る。
「それぞれペアがあるじゃないですか。今回茉里乃さんは?」
なぎの問いかけに、思わず想像してしまった。
関西弁で照れもせず、「唯衣ちゃんやけど?」って答える茉里乃。
ファンが湧いて、MCが盛り上がって、私が適当におどけて──
そんなシナリオを思い描いたのに。
「……唯衣ちゃん」
小さな声だった。でも、確かに私の名前を呼んだ。
──照れてる?今の、照れてた?
そんな表情にドキドキして、思わずリアクションを大きくしてごまかした。
でも、ちゃんと隠せてた自信はない。
──ああもう、こんなん、ガチって思われるやん。
でも、それでも、嬉しかった。
そのあと井上と3人で即興の寸劇みたいなやりとりをしたときも、真っ先に茉里乃の隣に行って、耳打ちした。
背中にそっと手を添えて、あの近さで話せるだけで、嬉しくて苦しくて。
けれど、その説明をうまくできなくて、井上に間を割られて、あっさり奪われた。
──やっぱり、私ってちょっと不器用すぎる。
でも、そのあともう一度恋人つなぎをするシーンがあって、それだけで、私の鼓動は跳ね上がった。
終演後。
控室でも、ステージ裏でも、ぼんやりしたまま。
浮かれてはいけないと思いながらも、あの言葉が頭の中をぐるぐると回っていた。
「照れながら唯衣ちゃん、って言ったでしょ……?」
──あれは、あの声は、ただのMCじゃなかった。気がする。
打ち上げ会場のざわめきの中。
私の視線は、やっぱり茉里乃を追っていた。
なんとなく視界の端にいるだけで安心する。でも、心のどこかが不安になる。
気まぐれかもしれないし、明日にはまた井上と「いのまり」やってるかもしれない。
だから、踏み出せなかった。
隣に井上がきて、いつものようにニヤニヤしながら言った。
「唯衣ちゃん、良かったや〜ん。もう告白しちゃえば?笑」
「それができたらとっくにしとるわ」
いつものツッコミ混じりの調子。
でも、心は本気だった。
「絶対、好かれてるって!」
井上のその声に、少しだけ救われかけて──そのとき。
「あ」
井上が短く声を漏らして立ち上がった。
顔を上げた私の前に、茉里乃が立っていた。
「おお、茉里乃。どしたん?」
何気ない言葉しか出てこなかった。
でもそのとき、彼女が真剣な目でこちらを見て、まっすぐに言った。
「唯衣ちゃんのこと、本気で好きって言ったら、困る?」
──え?
思考が一瞬、停止する。
それほどまでに、言葉も表情も、本気だった。
でも私が言葉を探しているうちに、彼女の顔から不安が滲みはじめて、
「ごめん、やっぱり忘れて」
そう言って去ろうとした瞬間、私は無意識に彼女の手を掴んでいた。
「もし……そうなら、嬉しいと思う」
精一杯だった。
「私は、付き合いたいと思ってるんだよ?」
そう言ってくれる彼女を抱きしめて、耳元で囁いた。
「私も、そう思ってる」
そして。
「茉里乃、好きだよ。付き合って?」
白くて、少し火照ったその顔が笑顔になって、もうそれだけで胸がいっぱいになった。
「……かわいい」
つい漏れたその言葉に、茉里乃は顔を真っ赤にして逃げていった。
逃げた背中を見て笑っていたら、また井上が現れて「付き合って早々逃げられとるやん笑」とか言ってくる。
そんな井上を軽く叩いてると、また、彼女の声が聞こえた。
「唯衣ちゃん……」
裾を掴んで、私の名前を、今まででいちばん柔らかい声で呼んだ。
──これからは、ちゃんと伝え合っていこう。
私は彼女の手を、もう一度強く握った。
何気ない声。
けれど、隣の井上がそう言った瞬間、心臓が一瞬だけ、大きく跳ねた。
「……まあね」
わざとそっけなく返したつもりだったけど、きっと声の端が浮かんでた。
だって、嬉しかったんだ、本当は。
ブルームーンキス。
あの曲の2サビ前は、センターともう一人の誰かがペアになって踊る構成になっている。
その“もう一人”に私が選ばれたと知ったとき、驚きと同時に、心の奥から何かがじんわりと湧き上がってきた。
──私でいいんだ。
でもすぐに、打ち消すように思った。
──いや、なんで私?相手はきっと井上やろうって、思ってたのに。
いのまり、茉里乃と井上のコンビは、ファンに人気がある。
企画でもSNSでも、ふたりの関係性が使われて、名前が並ぶたびに、私は胸の奥に小さな嫉妬の火を感じていた。
「なんか、そんな余裕そうに言われると腹立つんやけど」
井上の顔を見ないままそう言うと、「ははっ、なんやそれ」と軽く笑われた。
「祝ってあげてるのに〜。可愛くないなあ」
「……茉里乃からいっぱい“好き”って言われて、番組でもYouTubeでも取り上げられて……そんなん、井上はいいよな」
本当は口に出すつもりなんてなかったのに。どうしても抑えられなかった。
「あんなん、ネタやん。それに言ったら、唯衣ちゃんも気になってるって番組で言われとったやん?」
「うちは……あれ一回だけやし、気になってる止まりやし。しかもそのあと、ラジオで“飽きた”って言われてんねんで?」
声が少しだけ震えた。
井上に言っても仕方ないことなのに、悲しくて、やるせなくて、気持ちの逃げ場を探していた。
「それが茉里乃ちゃんなりの、勇気の出し方ちゃう?」
そう言われて、ぐっと言葉に詰まった。
──そうなのかもしれない。でも、だからって、どうしたらいい。
井上は、私の気持ちなんて分からないくせに、知ったような顔をする。
「てか、ちゃんとラジオ聞いとんのや?」
バカにしたような顔で笑うから、思わずその頭を軽く叩いた。
「痛い! 暴力や〜」
そうやって冗談混じりに騒ぐ井上を横目に、私は遠くで綺良や昌保とはしゃいでいる茉里乃の姿を目で追っていた。
──どうして、あんなに眩しいんだろう。
リハーサル。
スタジオの空気は緊張と熱気が混ざり合っていて、全員がそれぞれの場所で集中していた。
──でも、私はずっとあの瞬間のことばかり考えていた。
ペアダンスの振りで、茉里乃を抱き寄せるシーン。
その一瞬を、私は何度も何度も頭の中で反芻していた。
手を添える感触。
軽く寄り添う肩。
すぐ近くで聞こえる息遣い。
「唯衣ちゃん」
リハの合間に、あの柔らかい声で名前を呼ばれるだけで、胸がきゅうってなる。
──ああもう、情けない。
このドキドキが彼女に伝わってしまわないか、それだけが怖かった。
「パフォーマンスの確認やって」
自分に言い訳をしながら、夜な夜なリハ動画を再生した。
あのシーン。私が茉里乃を見つめる瞬間。
カメラはそこまで鮮明に映していないはずなのに、自分の瞳の中に浮かんでいる感情が、あまりにも分かりやすくて怖かった。
──バレたらどうしよう。
でも、願わくば──これが現実になればいいのに。
そんな、甘ったるくて苦しい希望を、ぎゅうっと胸に抱えたまま、本番の日を迎えた。
LIVE2日目の本番前。
控室の片隅でストレッチをしていると、璃花がすっと近づいてきた。
「リハ動画の唯衣ちゃんと茉里乃さん、何百回も見返しました!!」
キラキラと目を輝かせながら笑う璃花に、一瞬、心臓が跳ねた。
──バレてる?
いや、そんなはずは。
でも璃花は意外と鋭いところあるし、もしあの目線に気づかれてたら……?
「どういうこと?笑」
動揺を隠すように軽く返したけど、璃花はまっすぐな瞳で、
「今日の本番も楽しみにしてます!MCでも触れますね〜」
なんて、軽やかに言って去っていった。
「やば……どうしよ……」
誰に届くでもないその声は、空気に溶けて消えた。
向かえた本番。
まばゆい照明の中、なぎがマイクを持ってブルームーンキスの話を話し始めた瞬間、胸がぎゅっと締め付けられる。
──来る。
「それぞれペアがあるじゃないですか。今回茉里乃さんは?」
なぎの問いかけに、思わず想像してしまった。
関西弁で照れもせず、「唯衣ちゃんやけど?」って答える茉里乃。
ファンが湧いて、MCが盛り上がって、私が適当におどけて──
そんなシナリオを思い描いたのに。
「……唯衣ちゃん」
小さな声だった。でも、確かに私の名前を呼んだ。
──照れてる?今の、照れてた?
そんな表情にドキドキして、思わずリアクションを大きくしてごまかした。
でも、ちゃんと隠せてた自信はない。
──ああもう、こんなん、ガチって思われるやん。
でも、それでも、嬉しかった。
そのあと井上と3人で即興の寸劇みたいなやりとりをしたときも、真っ先に茉里乃の隣に行って、耳打ちした。
背中にそっと手を添えて、あの近さで話せるだけで、嬉しくて苦しくて。
けれど、その説明をうまくできなくて、井上に間を割られて、あっさり奪われた。
──やっぱり、私ってちょっと不器用すぎる。
でも、そのあともう一度恋人つなぎをするシーンがあって、それだけで、私の鼓動は跳ね上がった。
終演後。
控室でも、ステージ裏でも、ぼんやりしたまま。
浮かれてはいけないと思いながらも、あの言葉が頭の中をぐるぐると回っていた。
「照れながら唯衣ちゃん、って言ったでしょ……?」
──あれは、あの声は、ただのMCじゃなかった。気がする。
打ち上げ会場のざわめきの中。
私の視線は、やっぱり茉里乃を追っていた。
なんとなく視界の端にいるだけで安心する。でも、心のどこかが不安になる。
気まぐれかもしれないし、明日にはまた井上と「いのまり」やってるかもしれない。
だから、踏み出せなかった。
隣に井上がきて、いつものようにニヤニヤしながら言った。
「唯衣ちゃん、良かったや〜ん。もう告白しちゃえば?笑」
「それができたらとっくにしとるわ」
いつものツッコミ混じりの調子。
でも、心は本気だった。
「絶対、好かれてるって!」
井上のその声に、少しだけ救われかけて──そのとき。
「あ」
井上が短く声を漏らして立ち上がった。
顔を上げた私の前に、茉里乃が立っていた。
「おお、茉里乃。どしたん?」
何気ない言葉しか出てこなかった。
でもそのとき、彼女が真剣な目でこちらを見て、まっすぐに言った。
「唯衣ちゃんのこと、本気で好きって言ったら、困る?」
──え?
思考が一瞬、停止する。
それほどまでに、言葉も表情も、本気だった。
でも私が言葉を探しているうちに、彼女の顔から不安が滲みはじめて、
「ごめん、やっぱり忘れて」
そう言って去ろうとした瞬間、私は無意識に彼女の手を掴んでいた。
「もし……そうなら、嬉しいと思う」
精一杯だった。
「私は、付き合いたいと思ってるんだよ?」
そう言ってくれる彼女を抱きしめて、耳元で囁いた。
「私も、そう思ってる」
そして。
「茉里乃、好きだよ。付き合って?」
白くて、少し火照ったその顔が笑顔になって、もうそれだけで胸がいっぱいになった。
「……かわいい」
つい漏れたその言葉に、茉里乃は顔を真っ赤にして逃げていった。
逃げた背中を見て笑っていたら、また井上が現れて「付き合って早々逃げられとるやん笑」とか言ってくる。
そんな井上を軽く叩いてると、また、彼女の声が聞こえた。
「唯衣ちゃん……」
裾を掴んで、私の名前を、今まででいちばん柔らかい声で呼んだ。
──これからは、ちゃんと伝え合っていこう。
私は彼女の手を、もう一度強く握った。
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