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藤吉さんは、怖い人だ。
別に怒鳴られるわけじゃない。冷たくあしらわれたこともない。
むしろその逆だ。彼女は、いつだって優しかった。
けれど——その優しさが、なにより怖かった。
たとえば、私が告白をした日。
たとえば、「下の名前で呼んでほしい」とお願いした日。
そして、瞳月や優とばかり仲良くしていることに嫉妬していると、勇気を振り絞って伝えた日。
そのすべてで藤吉さんは、困ったように眉を下げて、それでも穏やかな笑みを浮かべて頷いてくれた。
拒絶はされなかった。たぶん、嫌われてはいないのだと思う。
……でも、それだけ。
わたしに向けられる優しさは、いつもどこか一線を引いたようなもので、触れればすぐに消えてしまいそうな儚さを帯びていた。
一緒に過ごす時間が長くなればなるほど、彼女のその優しさが、私を追い詰めていく。
こんなにも優しい人に、私は無理をさせてしまっているんじゃないか。
そう思い始めてから、彼女の笑顔を見るのが辛くなっていった。
付き合いはじめた頃のように、「もっと近づきたい」「もっと好きになってもらいたい」と願う気持ちは、もうどこにもなかった。
怖くて、踏み込めなくなった。
——もう、限界かもしれない。
そんな思いが募り続けたある日、レッスン終わりの彼女を呼び止めた。
「藤吉さん、今日の帰り……少しだけ、お時間いいですか?」
彼女はいつものように、やわらかく笑って、「どしたの? いいけど」と返してくれる。
それがまた、怖かった。
ああ、やっぱり藤吉さんは、そうやって優しく笑う。
付き合い始めた頃は、いつか“藤吉さん”ではなく名前で呼び合えるような、そんな未来を想像していたのに。
その未来は、とうに遠ざかってしまっていた。
私は、彼女を解放してあげないと。
“ああ、今日で終わりなんだ”
そう思った瞬間、手が震えた。
言葉にしようとするたび、喉が詰まりそうになる。
誰もいない楽屋。
荷物もまだ片付けずに、私は一人でそこにいた。
扉が開く音。振り向かなくても分かる。藤吉さんが、来た。
「さくら? どしたの?」
その声もまた、優しかった。
どうしてそんなふうに、最後まで優しいんですか。
私は顔を伏せたまま、搾り出すように言った。
「……藤吉さん、もう……終わりにしましょう」
「えっ? なに言って——」
「私のわがままに、ずっと合わせてくれてありがとうございました。……もう、大丈夫です。無理、させてすみませんでした」
唇が震えて、声が霞む。
これ以上見られたくなくて、バッグを手にして楽屋を出ようとした。
そのとき、腕を掴まれて動けなくなった。
「待って」
藤吉さんの手が、私の頬に添えられる。
強引に顔を向けさせられ、目が合った。
「……全然、意味が分からない。さくら、そんな顔して、何言ってるの」
「だから、別れましょうって。……もう、いいんです」
「いいわけないでしょ」
そして——不意に唇が塞がれた。
驚きと、涙と、感情が一気に押し寄せて、思考が追いつかない。
初めてのキスだった。
彼女の体温が、あまりにも近すぎて、胸が苦しくなる。
「ちょっ……藤吉さん……」
「なに? さくら、もう私のこと好きじゃなくなったの? 他に好きな人できた?」
「そんなこと、あるわけないじゃないですか……」
「じゃあ、なんで別れるなんて言うの?」
「……藤吉さんが優しすぎて。優しいだけで、好きって言葉は、ずっと……なくて……」
「……そっか、ごめん」
藤吉さんは、視線を落として小さく吐息を漏らした。
「さくらがあまりにも純粋で、まっすぐで……なんか、私が壊しそうで怖かった。だから、踏み込めなかったんだ。でも、ちゃんと、好きだから」
その目は、嘘じゃなかった。
私だけを見ている、まっすぐな瞳だった。
「……ちゃんと、好きって言葉でも、行動でも伝えてくれるなら……もう一回だけ、チャンスあげます」
そう伝えると、藤吉さんは何も言わず、ただ抱きしめてくれた。
「ありがとう、……さくら、だいすき」
ああ、この声が聞きたかったんだ。
顔が熱くなって、思わず胸に顔を埋める。
「あと……藤吉さん、私そんなに純粋じゃないです」
「…え」
「だいすきですよ。……帰りましょ」
その手を握ると、彼女は少しだけ照れくさそうに笑った。
「ねえ、さくら。今日、うち来て」
「……はい。藤吉さんの家、久しぶりでうれしいです」
——今夜は、きっと甘くて、長い夜になる。
大好きな人と一緒に過ごす、夢みたいな夜を。
「さくら、好きだよ。ほんとに」
藤吉さんは、何度も「好き」と伝えてくれた。
優しさの中に、確かな熱を感じて、涙が出そうになる。
こうして2人で同じベッドに横たわり、ぬくもりを確かめ合っている今が、いちばん幸せかもしれない。
「……わたしもですよ、藤吉さん」
「ねえ、さくらも……下の名前で呼んで?」
「ふふ……夏鈴さん、大好きです」
「……うん。疲れたでしょ、さくら。おやすみ」
「……おやすみなさい、夏鈴さん」
この時間が、夢で終わらないように。
願わくば、こんな日々がずっと、続いていきますように。
別に怒鳴られるわけじゃない。冷たくあしらわれたこともない。
むしろその逆だ。彼女は、いつだって優しかった。
けれど——その優しさが、なにより怖かった。
たとえば、私が告白をした日。
たとえば、「下の名前で呼んでほしい」とお願いした日。
そして、瞳月や優とばかり仲良くしていることに嫉妬していると、勇気を振り絞って伝えた日。
そのすべてで藤吉さんは、困ったように眉を下げて、それでも穏やかな笑みを浮かべて頷いてくれた。
拒絶はされなかった。たぶん、嫌われてはいないのだと思う。
……でも、それだけ。
わたしに向けられる優しさは、いつもどこか一線を引いたようなもので、触れればすぐに消えてしまいそうな儚さを帯びていた。
一緒に過ごす時間が長くなればなるほど、彼女のその優しさが、私を追い詰めていく。
こんなにも優しい人に、私は無理をさせてしまっているんじゃないか。
そう思い始めてから、彼女の笑顔を見るのが辛くなっていった。
付き合いはじめた頃のように、「もっと近づきたい」「もっと好きになってもらいたい」と願う気持ちは、もうどこにもなかった。
怖くて、踏み込めなくなった。
——もう、限界かもしれない。
そんな思いが募り続けたある日、レッスン終わりの彼女を呼び止めた。
「藤吉さん、今日の帰り……少しだけ、お時間いいですか?」
彼女はいつものように、やわらかく笑って、「どしたの? いいけど」と返してくれる。
それがまた、怖かった。
ああ、やっぱり藤吉さんは、そうやって優しく笑う。
付き合い始めた頃は、いつか“藤吉さん”ではなく名前で呼び合えるような、そんな未来を想像していたのに。
その未来は、とうに遠ざかってしまっていた。
私は、彼女を解放してあげないと。
“ああ、今日で終わりなんだ”
そう思った瞬間、手が震えた。
言葉にしようとするたび、喉が詰まりそうになる。
誰もいない楽屋。
荷物もまだ片付けずに、私は一人でそこにいた。
扉が開く音。振り向かなくても分かる。藤吉さんが、来た。
「さくら? どしたの?」
その声もまた、優しかった。
どうしてそんなふうに、最後まで優しいんですか。
私は顔を伏せたまま、搾り出すように言った。
「……藤吉さん、もう……終わりにしましょう」
「えっ? なに言って——」
「私のわがままに、ずっと合わせてくれてありがとうございました。……もう、大丈夫です。無理、させてすみませんでした」
唇が震えて、声が霞む。
これ以上見られたくなくて、バッグを手にして楽屋を出ようとした。
そのとき、腕を掴まれて動けなくなった。
「待って」
藤吉さんの手が、私の頬に添えられる。
強引に顔を向けさせられ、目が合った。
「……全然、意味が分からない。さくら、そんな顔して、何言ってるの」
「だから、別れましょうって。……もう、いいんです」
「いいわけないでしょ」
そして——不意に唇が塞がれた。
驚きと、涙と、感情が一気に押し寄せて、思考が追いつかない。
初めてのキスだった。
彼女の体温が、あまりにも近すぎて、胸が苦しくなる。
「ちょっ……藤吉さん……」
「なに? さくら、もう私のこと好きじゃなくなったの? 他に好きな人できた?」
「そんなこと、あるわけないじゃないですか……」
「じゃあ、なんで別れるなんて言うの?」
「……藤吉さんが優しすぎて。優しいだけで、好きって言葉は、ずっと……なくて……」
「……そっか、ごめん」
藤吉さんは、視線を落として小さく吐息を漏らした。
「さくらがあまりにも純粋で、まっすぐで……なんか、私が壊しそうで怖かった。だから、踏み込めなかったんだ。でも、ちゃんと、好きだから」
その目は、嘘じゃなかった。
私だけを見ている、まっすぐな瞳だった。
「……ちゃんと、好きって言葉でも、行動でも伝えてくれるなら……もう一回だけ、チャンスあげます」
そう伝えると、藤吉さんは何も言わず、ただ抱きしめてくれた。
「ありがとう、……さくら、だいすき」
ああ、この声が聞きたかったんだ。
顔が熱くなって、思わず胸に顔を埋める。
「あと……藤吉さん、私そんなに純粋じゃないです」
「…え」
「だいすきですよ。……帰りましょ」
その手を握ると、彼女は少しだけ照れくさそうに笑った。
「ねえ、さくら。今日、うち来て」
「……はい。藤吉さんの家、久しぶりでうれしいです」
——今夜は、きっと甘くて、長い夜になる。
大好きな人と一緒に過ごす、夢みたいな夜を。
「さくら、好きだよ。ほんとに」
藤吉さんは、何度も「好き」と伝えてくれた。
優しさの中に、確かな熱を感じて、涙が出そうになる。
こうして2人で同じベッドに横たわり、ぬくもりを確かめ合っている今が、いちばん幸せかもしれない。
「……わたしもですよ、藤吉さん」
「ねえ、さくらも……下の名前で呼んで?」
「ふふ……夏鈴さん、大好きです」
「……うん。疲れたでしょ、さくら。おやすみ」
「……おやすみなさい、夏鈴さん」
この時間が、夢で終わらないように。
願わくば、こんな日々がずっと、続いていきますように。
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