入るか。
校長室のドアを3回ノックしドアを開ける。

「失礼します。臨時の音楽教師を募集していると聞いて、お電話をかけさせていただいた天宮○りよです。本日はよろしくお願いします」

部屋の奥で仕事をしていた校長はこちらを向くと、手前の客人用のソファに座るよう促した。

「失礼します」
「そんなに固くならなくて結構ですよ。お待ちしていました。書類、見せていただけますか？」

私は腰を下ろし、前に座った校長に経歴などが書かれた資料を手渡した。
校長は興味深そうにペラペラとめくっている。

「こんな身近に、あの有名ピアニストがいるとは夢にも思いもしませんでした。実は私もピアノには関心がありましてね。ぜひお話をお聞きしたい」
「そんなに面白い話ではないですけど……」

私は机に出されたコーヒーを手に取り、簡単に「天宮りよ」、そして「Rei」ついて説明し始めた。




小さい頃からピアノが大好きだった私は、高校卒業後有名芸術大学である東都藝大に進学。
そこでプロを目指すか、先生になるかを悩んだ末、教員免許を取得した上でプロを目指す道を選んだ。

教授の後押しで、音楽の本場ヨーロッパのフランス留学が決まり、約4年間の勉強を経て最近日本に帰ってきた。とはいっても、割と多くの頻度で日本に戻って来てはいたが。


その留学先であるフランスで生まれたのが『Rei』だ。

きっかけはほんの遊び心。

私のレッスン担当者は、学校内でも評判が高いおじいちゃん先生だった。先生の指導を受けたいが為に留学してくる人もいるくらい、有名人だったらしい。

その先生のもとで4年間ピアノを勉強したが、最初は地獄のような日々だった。

授業は全てフランス語。そして周りの生徒のレベルの高さ。劣等感と焦りばかり感じる毎日。
それでもレッスンは一生懸命頑張った。毎週出される膨大な課題曲をこなし着実にレベルを上げていった。

しかし先生は、コンクールに出ることを許可してはくれなかった。