「いらっしゃいませ」

扉のドアベルの音とともに若い女性の定員さんが迎えてくれた。

「ご注文は何にしますか？」

そう聞かれ、壁に掛けてあるメニューに目を向ける。喫茶店にしては種類豊富だ。

「…………ホットコーヒーお願いします」
「かしこまりました」

他に気になるメニューもあったが、蘭ちゃんが部活をしているのに私だけばくばく食べるのは気が引ける。だからとりあえずコーヒーだけ頼んだ。


注文を聞いた店員さんが裏に行ってしまい、残された私はポアロの店内を見渡す。

静か…………………………。

微妙な時間に来てしまったので、今は私の貸し切り状態。

蘭ちゃんが来ることも考え、窓際のテーブル席に座りコーヒーを待つことにした。





頬杖をつきながら窓の外を見る。



人けのない通り。
揺れている街路樹。
道を横切る猫。　

店内と同じでまったりとした時間が流れている。


まさに至福のひととき。



現代人は忙しすぎる。
こんな風に何もせずだらだらする時間を1週間に1回、3日に1回、いや1日に1回は設けるべきだよね。

しばらくそんなどうでもいいことを考えていると、まぶたが重たくなってきてしまった。


流石に此処で寝るわけにもいかないので頬を両手でパチンと叩く。
そしてカウンターの方を振り返った。

未だコーヒーがくる気配はない。



仕方ないので別のことをしよう。
私はおもむろに、今日蘭ちゃんからもらったファイルを取り出した。

予想通りその中に入っていたのは十数枚の楽譜。帝丹高校の校歌、応援歌、青春歌の伴奏譜だ。
音楽教師たるもの、その学校の曲は伴奏できるようにしておけということらしい。


そのうちの1枚を手に取り上から下へ目を通す。

日本の校歌はヘ長調、変ホ長調、ト長調が多いと聞いたがこの曲も然り。
音符の並びも大して複雑ではないので、すっとメロディが頭に入ってきた。

誰もいないからいいよね。

弾きたい気持ちを抑えきれず、テーブルに鍵盤を想像し指を立てる。
そして主旋律を口ずさみながら青春歌を演奏し始めた。