◆ 塔尋

猫になった寮長




誰にも見られないようこっそりとフロストハイムの寮舎へと入る。幸い遅い時間に出歩く寮生は誰一人いなかった。シンとした寮舎を歩いてまっすぐに寮長室に向かうと、磴さんが扉の前で、声を潜めて言った。
「まずは、寮長室に入りましょう」

促さられるまま部屋に入る。ここに来るまで抱きかかえていたふわふわの猫が、私の腕からぴょんと飛び降りた。
「特待生さんから話を聞いてはいましたが……これはこれは……」
磴さんはふわふわの猫……もとい、怪異によって猫の姿にされてしまった冠氷さんの背中を楽しそうに撫でた。冠氷さんは機嫌が悪そうにシャーっと威嚇している。
「先ほどお話した通り……冠氷さんは私を庇ってこんな姿に……」
「ええ、討伐に向かった2年生たちがその怪異を倒せば、寮長も元の姿に戻るでしょう」
磴さんはそう言いながら、どこからか取り出した猫用おやつを冠氷さんにあげていた。夢中で食べるかわいらしい姿を見ながら、私はふと浮かんだ疑問を恐る恐る口にする。
「……冠氷さんの自我は残っているんでしょうか」
「さあ……どうでしょうね。寮長がお戻りになられたら伺ってみましょうか」
おやつでご機嫌になった冠氷さんは、ゴロンと仰向けに寝転んでお腹を見せている。寮長室に連れてくるまでの間抱きかかえていたときの、あのふわふわの触り心地を思い出して、思わず手が伸びた。そっと、控えめに撫でると、冠氷さんはゴロゴロと喉を鳴らした。パシャ、とカメラの音がした方を見ると、磴さんが楽しそうにスマホを構えていた。
「特待生さんもいかがですか?」
「えっと、いいんでしょうか」
「この猫が寮長であるということは他言無用ですよ。それさえ守れば、ご自由に」
「じゃあ……少しだけ」
自分のスマホを冠氷さんに向けると、チラとこっちを向いた冠氷さんがにゃあと鳴いた。あとで待ち受けにしよう。

いつのまにか猫じゃらしを手にした磴さんが、冠氷さんにむけて猫じゃらしを揺らす。
「ほ〜ら、楽しいですよ、寮長」
そう言って猫じゃらしを動かす磴さんが一番楽しそうだ。冠氷さんが猫じゃらしをパシッと掴んで、得意げにこちらを見上げて鳴く。
「自慢しているのでしょうか」
「かわいらしいですね」
磴さんはどこからか今度はゼンマイ式のネズミのおもちゃを取り出して、ゼンマイをまいた。床に置くと、ネズミは勢いよく走って行き、冠氷さんもそれを追いかけた。
「あ、机の下に入っちゃいました」
「そのうち出てくるでしょう」
そう呑気に2人で机を眺めていたら、突然机がガタッと大きな音を立てて、持ち上がった。途端、磴さんの手が私の目を覆い隠す。
「あ、あの……」
「見ないほうが貴方の身のためですよ」
磴さんは笑いを堪えるかのような声色だ。再びガタンと大きな音がして、靴音が近づく。
「寮長、ご無事でなによりです。お身体にお変わりないですか?」
「…………塔真」
「この通り、特待生さんは何も見ていません。大丈夫です」
「お前ら2人とも出ていけ!!」
磴さんの指の隙間から見えた冠氷さんは人間の姿に戻れていたけれど、なぜだか少し恥ずかしそうに見えた。




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