■再び公園より
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「あのなあ坊ちゃん、こんなの普通は無いぞ?この際ウチの開店時間が11時だってのは黙っててやるがな、それならそれで連絡が欲しいわけ、これ毎回言ってると思うんだけどさあ 」
「さっき僕電話したよね?」
「普通は何週間も何ヶ月も前から予約しておくもんなの 」
小さくも立派な構えをした料亭の前で、恰幅のいい五十代くらいの男と五条が先ほどから押し問答を繰り広げている。否、五条が一方的に責められている。
運転席側の開けた窓からだらりと腕を伸ばし、あっけらかんとした様子で話す五条に対して、仏頂面を崩さず腕組みしたままで応戦をする中年の男。
シェフコートを纏っている姿から男の板前であることがうかがえたが、途切れ途切れでしか並ばない白いボタンの隊列や、その下からのぞく部屋着さながらの草臥れたシャツ、腫れたような目元から、きっと叩き起こされてここにやってきたであろうことが容易に想像できる、彼はそんな身なりであった。
いつもフラ〜っと来て何か出してくれって、そんなん普通は通用しないわけ。ウチが牛丼屋ならそれでいいよ、なんも文句ない。でもこういうとこは仕入れとかがあるからそうはいかんわけよ。それに他のお客さんのことも考えたらあんまりだっての、皆何ヶ月も前から予約してくれてるってのにさあ、五条の御一家には普段から世話になってるからさあ、あんま言わないようにしてるけどさあ、──
車窓のスクリーンに映る景色が、甲州街道から山道へと変わってからややして止まったこの料亭前。そしてその門前で仁王立ちする仏頂面の中年男。
闊達そうな容姿に反してはなはだ口数の多いこの料理人の反論の数々は、突如展開されたこの現状を理解するための大変な助けとなった。
白髪の男とまのが共にいると誰かしらに迷惑がかかるらしい。先日は運転手の伊地知に、今日は店主の料理人に。
まのはじっとして動かず、静かに二人の会話を盗み聞いていた。
小言を言ってやらないと気が済まないとみえる、その大柄な料理人。
だからさあ、と、けどさあ、を組み合わせて延々と話していられそうな勢いである。
それでも、窓からこっそり見上げた店先の提灯は曖昧に畳まれ暖簾も片方が括られたままではあったものの、しっかりと灯りがともしてあり、招き入れようとする準備がきちんと感じられたために、根っこの部分では見た目通りの気性をきっと備えているのだろう。
それにしても、と静かにまのは考える。
見るものの言葉を根こそぎ奪うような、とてもこの世のものとは思えないほどの容姿を持ち合わせた男を前にしても、決して黙らず文句を垂らし続けることが出来るのは、何故だろう。
料理人は昔の話を引っ張ってきて未だに喋り続けている。
まのは誰と向き合ってもうまく話せたためしなどないはずなのに、特別うまく話せない隣の男の罪を容姿一つになすりつけてしまったのは、何故だろう、とはどうしても考え及ばなかった。
兎にも角にも、有り合わせの料理しか出せないが、それでもよければ入ってくれ、と隊を外れたボタンを直しながら料理人の男が呟くと、五条はくるりとまのの方を振り返り「ラッキー!ここの松茸の釜炊きご飯が絶品なの 」と、だらしなく垂れていた手をピースに作り変え、白い歯を輝かせて大袈裟に笑ってみせた。
助手席に向けて笑いかけている様子から、なるほど連れがいるらしい、と料理人は思う。
昔何度か友人を連れてきてくれたことがあったな、と遠い日々が蘇ったのも束の間、自分が話している時は店の奥に茂る竹藪をぼんやりと眺めたままでとても聞いている風には見えなかったのに、調子のいいところだけ掻い摘む調子のいい男に、彼の口はへの字に曲がり、隣にいるであろう者への興味はすぐに失せてしまった。
「なあに言ってんだ、松茸なんて出せんよ、予約分しかないんだって 」
「えー 」
車を降りながら不満を漏らす長身の男。
また来週とかにでも来てくれたら特別に用意しておくから今日はまあ諦めてくれ、と言いながらそういったジェスチャーをした料理人の指は、よくもまあそれで細かい調理が出来るものだと感心してしまうほど分厚く太いものだった。
「さっき僕電話したよね?」
「普通は何週間も何ヶ月も前から予約しておくもんなの 」
小さくも立派な構えをした料亭の前で、恰幅のいい五十代くらいの男と五条が先ほどから押し問答を繰り広げている。否、五条が一方的に責められている。
運転席側の開けた窓からだらりと腕を伸ばし、あっけらかんとした様子で話す五条に対して、仏頂面を崩さず腕組みしたままで応戦をする中年の男。
シェフコートを纏っている姿から男の板前であることがうかがえたが、途切れ途切れでしか並ばない白いボタンの隊列や、その下からのぞく部屋着さながらの草臥れたシャツ、腫れたような目元から、きっと叩き起こされてここにやってきたであろうことが容易に想像できる、彼はそんな身なりであった。
いつもフラ〜っと来て何か出してくれって、そんなん普通は通用しないわけ。ウチが牛丼屋ならそれでいいよ、なんも文句ない。でもこういうとこは仕入れとかがあるからそうはいかんわけよ。それに他のお客さんのことも考えたらあんまりだっての、皆何ヶ月も前から予約してくれてるってのにさあ、五条の御一家には普段から世話になってるからさあ、あんま言わないようにしてるけどさあ、──
車窓のスクリーンに映る景色が、甲州街道から山道へと変わってからややして止まったこの料亭前。そしてその門前で仁王立ちする仏頂面の中年男。
闊達そうな容姿に反してはなはだ口数の多いこの料理人の反論の数々は、突如展開されたこの現状を理解するための大変な助けとなった。
白髪の男とまのが共にいると誰かしらに迷惑がかかるらしい。先日は運転手の伊地知に、今日は店主の料理人に。
まのはじっとして動かず、静かに二人の会話を盗み聞いていた。
小言を言ってやらないと気が済まないとみえる、その大柄な料理人。
だからさあ、と、けどさあ、を組み合わせて延々と話していられそうな勢いである。
それでも、窓からこっそり見上げた店先の提灯は曖昧に畳まれ暖簾も片方が括られたままではあったものの、しっかりと灯りがともしてあり、招き入れようとする準備がきちんと感じられたために、根っこの部分では見た目通りの気性をきっと備えているのだろう。
それにしても、と静かにまのは考える。
見るものの言葉を根こそぎ奪うような、とてもこの世のものとは思えないほどの容姿を持ち合わせた男を前にしても、決して黙らず文句を垂らし続けることが出来るのは、何故だろう。
料理人は昔の話を引っ張ってきて未だに喋り続けている。
まのは誰と向き合ってもうまく話せたためしなどないはずなのに、特別うまく話せない隣の男の罪を容姿一つになすりつけてしまったのは、何故だろう、とはどうしても考え及ばなかった。
兎にも角にも、有り合わせの料理しか出せないが、それでもよければ入ってくれ、と隊を外れたボタンを直しながら料理人の男が呟くと、五条はくるりとまのの方を振り返り「ラッキー!ここの松茸の釜炊きご飯が絶品なの 」と、だらしなく垂れていた手をピースに作り変え、白い歯を輝かせて大袈裟に笑ってみせた。
助手席に向けて笑いかけている様子から、なるほど連れがいるらしい、と料理人は思う。
昔何度か友人を連れてきてくれたことがあったな、と遠い日々が蘇ったのも束の間、自分が話している時は店の奥に茂る竹藪をぼんやりと眺めたままでとても聞いている風には見えなかったのに、調子のいいところだけ掻い摘む調子のいい男に、彼の口はへの字に曲がり、隣にいるであろう者への興味はすぐに失せてしまった。
「なあに言ってんだ、松茸なんて出せんよ、予約分しかないんだって 」
「えー 」
車を降りながら不満を漏らす長身の男。
また来週とかにでも来てくれたら特別に用意しておくから今日はまあ諦めてくれ、と言いながらそういったジェスチャーをした料理人の指は、よくもまあそれで細かい調理が出来るものだと感心してしまうほど分厚く太いものだった。
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