■再び公園より
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寝起きのまのはベッドのヘッドボードへしどけなくもたれかかり、先ほどから意識的に呼吸を繰り返している。
僅かでも気を緩めれば、途端にあてもないことへ耽りはじめ、息を詰めてしまいそうになるためであった。
小刻みに震え続ける手足も、なかなか落ち着いてはくれない。
悪夢に怯えるだなんて幼い子供までのことであり、大人が見た夢ごときで怖がるなぞ馬鹿げている。と、まのはしっかり理解している。が、どうにもこの震えは止まらない。
今朝、顳顬のあたりが湿る違和感でまのは目覚めた。
ベッドのすぐ左脇、本と水差しが置かれた猫脚チェストのマホガニーの木目へじっと瞳を据えて、不可思議で美しい夢を見た、と身を横たえたまま静かに思い馳せていた。
鈍い光沢を纏う木目を見つめ続け、先程まで瞼に映っていたもの達を思い出そうと試みるも、どこか一つを掴む度、掴んだ周りはぐずついて消滅してしまうために、途切れ途切れでしか思い出せない。その上、繰り返すたびに掴めるところは減ってゆく。夢とはいつだってそうである。思い出そうとすればするほど皮肉にも頭は冴えて、それらはぼんやりと霞むように遠ざかってゆく。
大小さまざまな川はよく澄んでいて、それは非常に奥行きを感じさせる美しさで、ーーー
細部の消え去ってしまった夢の断片は、繋げてみたところでこれ以上続くことはなかった。それほど瞼の裏の記憶は大雑把で曖昧だった。
けれども、だとしても、まのは神聖な自然の中にいて、それは決して不快になるようなものではなかったはずである。はずなのに、この悠揚な心持ちとは裏腹に、自身の呼吸と脈拍が随分と乱れていることにまのはしかと気付いていた。
濡れた顳顬からも、きっと涙を流していたのだろう。
心身の不一致は非常な不快感を伴うものである。
心は静かに落ち着いているというのに、心臓は剣呑さを訴えているかのごとくがなり続け、息は意識をしていないとうまく吐きだせなかった。
アイスピックで氷を撫でて削り続けるかのような、音のしない気分の悪さがまのの背筋にまとわりついて離れない。
ほとんど耐えがたいほどの不快さに、一先ず水を飲もうとゆっくり身を起こしたまのは、寝具を剥いだ自身の指先が小刻みに震えていることにはじめて気付く。
どうしても、それほど特別恐ろしい夢を見たようには思われなかった。だからこそ、臆病に震える自分自身へ戸惑ってしまう。
なにか精神へ極端に負荷がかかるような夢だったのだろうか。
はた、と横たわる疑問。しかし、万事を器用にこなすことは出来ないまのに、鼓動を落ち着けることと、深く呼吸をすること、それ以外を考える余裕などはどこにもなかった。
そうこうして、ベッドにもたれかかる今に至る。
ぼう、と瞳を 擲 って、ただ 只管 に呼吸を管理しようとするまのは、指先が冷えてくる感覚をおぼえて漸く、水を注いだコップを持ったままにしていたことを思い出す。
やっとのことで口元まで持ってきたコップ、その水面は手元の震えによりがくがくと波打っている。
同じく弱虫に震え続ける睫毛を伏せ、水面を確認しながらグラスのふちを柔らかな唇に招いたその時。背後の小窓から差し込んだ朝日が、波打つ水面を不規則に反射させ、短兵急にまのの黒い瞳へ刺し込んできた。
その強烈な反射光は、掴めずにぼやけていた夢の輪郭を断りもなしに照らし上げる。
まのは、河の美しい水面が陽射しを乱反射させていたことを思い出す。
そして、その水中は覗き込むことが出来なかったことを思い出す。
何か悲しい理由があって、どうしてもその河を渡りたかったことを思い出す。
でも、渡れなかったことを思い出す。
渡れなかった河のその先に、最も忘れてはならない何かがあることを感じ取るも、かかる靄はきつく、それ以上を掴むことは出来なかった。
まのの脳内で暴れ回る際限なき照り返しの映像を途切れさせたのは、飲み下せずに溢れた水が、ぼたぼたと寝具の上に落ちる醜い音だった。
回想が途切れると共に 冥漠 な心持ちも消え去り、まのはハッと時計を見上げ、もう支度をすべき時間だと突如現実を意識する。
コップをチェストに置く際に、まのの視界に忍び込むは、芥子色の薄い本。
犯人が 仄 めかされてはいるものの明記はされていない、今日に備えて何遍も何遍も読んだ本である。
そんな芥子色の向こう側に、飾っておきたいほど綺麗な男の瞳が見え隠れしている。
まのは先週の今日に男から手渡された宿題へ、今日、回答しにいかねばならない。
溢した水を拭くことすら忘れているまのの鼓動はまたも乱れ始める。
見た夢とはまた別の要因で乱される鼓動、まの本人はその違いにきっと気付くまい。
僅かでも気を緩めれば、途端にあてもないことへ耽りはじめ、息を詰めてしまいそうになるためであった。
小刻みに震え続ける手足も、なかなか落ち着いてはくれない。
悪夢に怯えるだなんて幼い子供までのことであり、大人が見た夢ごときで怖がるなぞ馬鹿げている。と、まのはしっかり理解している。が、どうにもこの震えは止まらない。
今朝、顳顬のあたりが湿る違和感でまのは目覚めた。
ベッドのすぐ左脇、本と水差しが置かれた猫脚チェストのマホガニーの木目へじっと瞳を据えて、不可思議で美しい夢を見た、と身を横たえたまま静かに思い馳せていた。
鈍い光沢を纏う木目を見つめ続け、先程まで瞼に映っていたもの達を思い出そうと試みるも、どこか一つを掴む度、掴んだ周りはぐずついて消滅してしまうために、途切れ途切れでしか思い出せない。その上、繰り返すたびに掴めるところは減ってゆく。夢とはいつだってそうである。思い出そうとすればするほど皮肉にも頭は冴えて、それらはぼんやりと霞むように遠ざかってゆく。
大小さまざまな川はよく澄んでいて、それは非常に奥行きを感じさせる美しさで、ーーー
細部の消え去ってしまった夢の断片は、繋げてみたところでこれ以上続くことはなかった。それほど瞼の裏の記憶は大雑把で曖昧だった。
けれども、だとしても、まのは神聖な自然の中にいて、それは決して不快になるようなものではなかったはずである。はずなのに、この悠揚な心持ちとは裏腹に、自身の呼吸と脈拍が随分と乱れていることにまのはしかと気付いていた。
濡れた顳顬からも、きっと涙を流していたのだろう。
心身の不一致は非常な不快感を伴うものである。
心は静かに落ち着いているというのに、心臓は剣呑さを訴えているかのごとくがなり続け、息は意識をしていないとうまく吐きだせなかった。
アイスピックで氷を撫でて削り続けるかのような、音のしない気分の悪さがまのの背筋にまとわりついて離れない。
ほとんど耐えがたいほどの不快さに、一先ず水を飲もうとゆっくり身を起こしたまのは、寝具を剥いだ自身の指先が小刻みに震えていることにはじめて気付く。
どうしても、それほど特別恐ろしい夢を見たようには思われなかった。だからこそ、臆病に震える自分自身へ戸惑ってしまう。
なにか精神へ極端に負荷がかかるような夢だったのだろうか。
はた、と横たわる疑問。しかし、万事を器用にこなすことは出来ないまのに、鼓動を落ち着けることと、深く呼吸をすること、それ以外を考える余裕などはどこにもなかった。
そうこうして、ベッドにもたれかかる今に至る。
ぼう、と瞳を
やっとのことで口元まで持ってきたコップ、その水面は手元の震えによりがくがくと波打っている。
同じく弱虫に震え続ける睫毛を伏せ、水面を確認しながらグラスのふちを柔らかな唇に招いたその時。背後の小窓から差し込んだ朝日が、波打つ水面を不規則に反射させ、短兵急にまのの黒い瞳へ刺し込んできた。
その強烈な反射光は、掴めずにぼやけていた夢の輪郭を断りもなしに照らし上げる。
まのは、河の美しい水面が陽射しを乱反射させていたことを思い出す。
そして、その水中は覗き込むことが出来なかったことを思い出す。
何か悲しい理由があって、どうしてもその河を渡りたかったことを思い出す。
でも、渡れなかったことを思い出す。
渡れなかった河のその先に、最も忘れてはならない何かがあることを感じ取るも、かかる靄はきつく、それ以上を掴むことは出来なかった。
まのの脳内で暴れ回る際限なき照り返しの映像を途切れさせたのは、飲み下せずに溢れた水が、ぼたぼたと寝具の上に落ちる醜い音だった。
回想が途切れると共に
コップをチェストに置く際に、まのの視界に忍び込むは、芥子色の薄い本。
犯人が
そんな芥子色の向こう側に、飾っておきたいほど綺麗な男の瞳が見え隠れしている。
まのは先週の今日に男から手渡された宿題へ、今日、回答しにいかねばならない。
溢した水を拭くことすら忘れているまのの鼓動はまたも乱れ始める。
見た夢とはまた別の要因で乱される鼓動、まの本人はその違いにきっと気付くまい。