■車内にて
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「ってなわけで今に至るのよ 」
苦い自問自答のような質問を切り上げると、伊地知の回答など全く必要としていないことが透けて見える軽さで勝手に話を締めくくった五条。
散々、詳細を省いた要領を得ない話をしておいて、今に至るで尻を結んだ男は、思いついたように座席から身を乗り出すと、サングラスを少し上にずらし遠くを見つめ「あー 事故車両が見えてきたわぁ 」と口を開けている。
平生のちゃらほらさ加減に戻っている男の様子から、熱心に話すための張り合いは既になくなっていることが見てとれた。
この話は終わったのだ。
運転手は脱力感から、視線を遥か遠くに飛ばす。
五条は事故車両が見えてきたとボヤいたが、伊地知にはずっと先まで渋滞が続いているように見える。
隣の男は本当に目がいいのだろう。伊地知には、いくら目を凝らしてみても見えなかった。
白髪の男は遠くに見える事故車両を凝視している。
赤いクーペと軽自動車の接触事故のようで、そこさえ通り過ぎることが出来れば、その先の道は流れている様子がよく見渡せた。
"今殺そうと思っていたが 君に邪魔されちゃ敵わないからね "
和紙に薄墨を垂らしたかのように、再び脳内に滲んだ亡き友の声。
本当に全体重を抱えているのか疑ってしまうほどに軽い腕の中のまのを一瞥した五条は、すぐ、友の嘘に気が付いた。
ぐったりと眠ってはいるものの、ひんやりとした肌からは今しがたまで空調のきいた部屋にいたことが窺われたし、長い髪も非常に美しく、伏せられた睫毛も柔らかに扇を広げており、唇も艶々と潤っていたのだから。
まのは、つい先刻まで非常に大切にされていたと思わせる形跡を身体中至る所に貼り付けており、乱雑に扱われたり、泣かされたりしていたとは到底考えられなかった。
それでもあの時、まのを横抱きにして男はただ立ち尽くしていた。
ベンチから抱え上げていた時、放り投げた時、友の手がまのの頸を優しくそして未練がましく支えていたことを確認していながら、男はただ立ち尽くしていた。
もうじき夏は終わるというのに、往生際悪く喚き続けていた油蟬達の凄まじい鳴き声が、赤いクーペを凝視している五条の耳に蘇ってくる。
「…たしかに近付いてますね 」
「だから見えてきたーって言ったじゃん 」
路側帯に転がり寂しげに燃えている発炎筒の灯を見て、ようやっと事故車両に近付いていることを信じたような物言いである運転手に対し、拗ねた子供の如くムッと口を尖らせる五条。
「すみません、」ぼそりと呟く伊地知。
そこさえ過ぎりゃ流れるよ、と窓枠に頬杖をつきながら呟く五条。
普通に戻ったのだ。
あれから、どれくらいの時間が経ったのだろうか。
古くさい曲を流し続けていたラジオは、いつの間にか育毛剤の宣伝に変わっていた。
ジリジリとしか動かない景色でも、進んでいることに間違えはなく、運転手の肉眼でも確認できるほどにまで、事故現場がもうすぐそこに近付いていた。
段々と迫ってくる、道の端に寄せられた二台の車。
軽自動車のリアフェンダーと、クーペのフロントバンパーは、どちらも醜く凹んでいるのがわかる。
大方、クーペが軽自動車を追い越そうとした際に起きた接触と思われた。
日本人は、人種としてきっと、大凡が大人しく造られているのだろう。
当事者達はお互い掴みかかることなどなく、三角表示板を置いたり、電話をかけたりしている。
それでも、凹んだ赤いフロントバンパーを撫でる手が震えていたのを、真っ青な瞳は視界の端に捉えて見逃さなかった。
もう今では手に入らない貴重なエンジンを積んだ、美しい曲線を描くそのクーペ。リトラクタブルのライトごと、ぐしゃりと凹んでいた。
拘りがのぞくエアロパーツやホイールから、手塩にかけて可愛がっていたことがよくわかる。
大切に大切にしていたものを、自らの手で壊してしまった時。一体どんな気持ちなのだろうか。
一口の不平も漏らさず、肉片のようにただ転がっている赤いクーペ。持ち主によって傷つけられた彼は今、一体何を思っているのだろうか。
「ああいうのって廃車になるのでしょうかね…… 」
「さあね 」
道は流れ出した。
先程までの渋滞は夢だったのかもしれない、と思わせるほど滑らかに。
苦い自問自答のような質問を切り上げると、伊地知の回答など全く必要としていないことが透けて見える軽さで勝手に話を締めくくった五条。
散々、詳細を省いた要領を得ない話をしておいて、今に至るで尻を結んだ男は、思いついたように座席から身を乗り出すと、サングラスを少し上にずらし遠くを見つめ「あー 事故車両が見えてきたわぁ 」と口を開けている。
平生のちゃらほらさ加減に戻っている男の様子から、熱心に話すための張り合いは既になくなっていることが見てとれた。
この話は終わったのだ。
運転手は脱力感から、視線を遥か遠くに飛ばす。
五条は事故車両が見えてきたとボヤいたが、伊地知にはずっと先まで渋滞が続いているように見える。
隣の男は本当に目がいいのだろう。伊地知には、いくら目を凝らしてみても見えなかった。
白髪の男は遠くに見える事故車両を凝視している。
赤いクーペと軽自動車の接触事故のようで、そこさえ通り過ぎることが出来れば、その先の道は流れている様子がよく見渡せた。
"今殺そうと思っていたが 君に邪魔されちゃ敵わないからね "
和紙に薄墨を垂らしたかのように、再び脳内に滲んだ亡き友の声。
本当に全体重を抱えているのか疑ってしまうほどに軽い腕の中のまのを一瞥した五条は、すぐ、友の嘘に気が付いた。
ぐったりと眠ってはいるものの、ひんやりとした肌からは今しがたまで空調のきいた部屋にいたことが窺われたし、長い髪も非常に美しく、伏せられた睫毛も柔らかに扇を広げており、唇も艶々と潤っていたのだから。
まのは、つい先刻まで非常に大切にされていたと思わせる形跡を身体中至る所に貼り付けており、乱雑に扱われたり、泣かされたりしていたとは到底考えられなかった。
それでもあの時、まのを横抱きにして男はただ立ち尽くしていた。
ベンチから抱え上げていた時、放り投げた時、友の手がまのの頸を優しくそして未練がましく支えていたことを確認していながら、男はただ立ち尽くしていた。
もうじき夏は終わるというのに、往生際悪く喚き続けていた油蟬達の凄まじい鳴き声が、赤いクーペを凝視している五条の耳に蘇ってくる。
「…たしかに近付いてますね 」
「だから見えてきたーって言ったじゃん 」
路側帯に転がり寂しげに燃えている発炎筒の灯を見て、ようやっと事故車両に近付いていることを信じたような物言いである運転手に対し、拗ねた子供の如くムッと口を尖らせる五条。
「すみません、」ぼそりと呟く伊地知。
そこさえ過ぎりゃ流れるよ、と窓枠に頬杖をつきながら呟く五条。
普通に戻ったのだ。
あれから、どれくらいの時間が経ったのだろうか。
古くさい曲を流し続けていたラジオは、いつの間にか育毛剤の宣伝に変わっていた。
ジリジリとしか動かない景色でも、進んでいることに間違えはなく、運転手の肉眼でも確認できるほどにまで、事故現場がもうすぐそこに近付いていた。
段々と迫ってくる、道の端に寄せられた二台の車。
軽自動車のリアフェンダーと、クーペのフロントバンパーは、どちらも醜く凹んでいるのがわかる。
大方、クーペが軽自動車を追い越そうとした際に起きた接触と思われた。
日本人は、人種としてきっと、大凡が大人しく造られているのだろう。
当事者達はお互い掴みかかることなどなく、三角表示板を置いたり、電話をかけたりしている。
それでも、凹んだ赤いフロントバンパーを撫でる手が震えていたのを、真っ青な瞳は視界の端に捉えて見逃さなかった。
もう今では手に入らない貴重なエンジンを積んだ、美しい曲線を描くそのクーペ。リトラクタブルのライトごと、ぐしゃりと凹んでいた。
拘りがのぞくエアロパーツやホイールから、手塩にかけて可愛がっていたことがよくわかる。
大切に大切にしていたものを、自らの手で壊してしまった時。一体どんな気持ちなのだろうか。
一口の不平も漏らさず、肉片のようにただ転がっている赤いクーペ。持ち主によって傷つけられた彼は今、一体何を思っているのだろうか。
「ああいうのって廃車になるのでしょうかね…… 」
「さあね 」
道は流れ出した。
先程までの渋滞は夢だったのかもしれない、と思わせるほど滑らかに。