■車内にて
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生徒だった頃、その呪詛師と自身が非常に親しかったということを五条から手短かに説明されたきり、車内に響く声は、またもラジオからのものだけになった。
あえて言及するとすれば、ナビとして立てているスマートフォンからの、しきりに迂回ルートを提案する電子的な声があるくらい。
腕を組んで真っ直ぐ前を見据えているらしい助手席の男の沈黙に含まれるは、既に話すことに飽きてしまったということなのか、追憶を辿っているということなのか、伊地知にはまるでその意味を量りかねた。
"なに その渋い本"
"今日渋谷で人とぶつかってね。その人の栞と本を蹴散らしてしまったから新しいのを買って渡す約束をしたんだ"
机の上に置かれた、とうに著作権の切れているであろう文庫本をチラと見た白髪の青年が、
「どんな年寄りとぶつかったんだよ 」
鼻を鳴らしながら呟くと、「まさか。私達と同じくらいの女の子だったよ 」予想外の返事がボンタンの青年から返ってくる。それも可愛い、ね。と態々付け足して笑う友。
"マジ "
"ここで嘘をつく必要ある? "
いかにも 艶福家 の友らしい発言だが、特別調子づいた様子は感じ取れないため、そりゃマメなこった、と白髪の青年が適当をボヤいてその会話は途切れた。
年の瀬だった。いつ任務に呼び出されるかは無論分からないが、纏まった休みがもうすぐそこに控えており、彼等は学生らしく無責任に気怠く時が過ぎるのをただ待っていた。
「僕達が二年に上がる直前に あの子を紹介されたんだ 」
「あ、え、…はあ… 」
瞑想からいきなり醒めた人のように何の前触れもなく、しかしそれにしては普段通り、変わらず簡単な言葉をいきなり呟く白髪の男の調子に、運転手はただ驚かされる。言葉の意味を考えるのは、その後だった。
この男の説明は、いつも不充分である。分かりやすく噛み砕いて話そうという心遣いが根本からないために、足りない部分を聞き手側が想像して補う必要があった。
まず、いったい誰に紹介されたのか。
そして、どういった用件で紹介されたのか。
恐らく、例の友人から、まののことを恋人として、五条は、紹介されたのだろう。恐らくそうだろう。
しばしば、伊地知は同僚達から五条のことで泣きつかれることがあった。
勿論、好き勝手し放題の男が無茶苦茶をするのが、補助監督達が困り果てる直接的な原因であろうが、この言葉足らずも困らせられる相当な要因のひとつと言えた。
また、隣の男は黙ってしまった。
屁理屈や言い逃れをする際は、あんなに軽く饒舌だというのに。
しかし今に限って言えば、この空白の時間は、虫食い状態の話を咀嚼する上で寧ろ有難いものかもしれない。
運転手は、どうせ進まない道路から視線を外し、前の車のナンバープレートをぼう、と眺めながら、持っている分だけのピースを時系列順に並べ始める。
五条とその友人は親しかった。
彼等が二年生になる直前、まのを恋人として五条に紹介をした。
伊地知自身が入学してからは一度も会ったことのないその友人が高専を離反する。
そして数年前、五条が呪詛師になった友人の元からまのを助けて来たが、昨年その呪詛師も五条によって始末された。
そこまで整理して、はた、と伊地知は気付く。
助手席の男は、非術師であるにも関わらず その呪詛師はまのだけは殺さず手元に置いていた、と言っていた。
手元に置く、とは?
生捕りにしていたということなのか。
それとも恋人のまま変わらず傍にいたということなのか。
そこまでの答えを推量することは出来ずとも、呪詛師とまのが交際を始めてから、五条がまのを助け上げた数年前までの間にかなりの年月が経っていることは、紛れもない事実である。
「その…五条さん達が生徒だった頃から、あの方を助けた数年前まで 結構な時間が空いていると思うのですが、」
「ん?そうだよ 」
当たり前じゃん?
そんな具合で遮るように返ってくる答えは極々平坦で、何もおかしいことはないのかもしれない、という気分に一時的にでも陥ってしまうほどの力があった。
気になることはまだまだある。それでも再び訪れた沈黙を自ら破る勇気にはどうしても欠けた。きっとまた、いい加減な肯定か、足りない返答しか得られないに決まっている。
この男は、決して誰かを満足させようとして話すわけではないことを、運転手は昔からよく理解していた。
ラジオは、再び音楽を流し始めた。
二度目の冬が来た時点であなたの心は離れていた、と歌っている。
「また古い曲ネ 」
「…私達が生まれるより前の曲ですよね 」
「んね 」
あえて言及するとすれば、ナビとして立てているスマートフォンからの、しきりに迂回ルートを提案する電子的な声があるくらい。
腕を組んで真っ直ぐ前を見据えているらしい助手席の男の沈黙に含まれるは、既に話すことに飽きてしまったということなのか、追憶を辿っているということなのか、伊地知にはまるでその意味を量りかねた。
"なに その渋い本"
"今日渋谷で人とぶつかってね。その人の栞と本を蹴散らしてしまったから新しいのを買って渡す約束をしたんだ"
机の上に置かれた、とうに著作権の切れているであろう文庫本をチラと見た白髪の青年が、
「どんな年寄りとぶつかったんだよ 」
鼻を鳴らしながら呟くと、「まさか。私達と同じくらいの女の子だったよ 」予想外の返事がボンタンの青年から返ってくる。それも可愛い、ね。と態々付け足して笑う友。
"マジ "
"ここで嘘をつく必要ある? "
いかにも
年の瀬だった。いつ任務に呼び出されるかは無論分からないが、纏まった休みがもうすぐそこに控えており、彼等は学生らしく無責任に気怠く時が過ぎるのをただ待っていた。
「僕達が二年に上がる直前に あの子を紹介されたんだ 」
「あ、え、…はあ… 」
瞑想からいきなり醒めた人のように何の前触れもなく、しかしそれにしては普段通り、変わらず簡単な言葉をいきなり呟く白髪の男の調子に、運転手はただ驚かされる。言葉の意味を考えるのは、その後だった。
この男の説明は、いつも不充分である。分かりやすく噛み砕いて話そうという心遣いが根本からないために、足りない部分を聞き手側が想像して補う必要があった。
まず、いったい誰に紹介されたのか。
そして、どういった用件で紹介されたのか。
恐らく、例の友人から、まののことを恋人として、五条は、紹介されたのだろう。恐らくそうだろう。
しばしば、伊地知は同僚達から五条のことで泣きつかれることがあった。
勿論、好き勝手し放題の男が無茶苦茶をするのが、補助監督達が困り果てる直接的な原因であろうが、この言葉足らずも困らせられる相当な要因のひとつと言えた。
また、隣の男は黙ってしまった。
屁理屈や言い逃れをする際は、あんなに軽く饒舌だというのに。
しかし今に限って言えば、この空白の時間は、虫食い状態の話を咀嚼する上で寧ろ有難いものかもしれない。
運転手は、どうせ進まない道路から視線を外し、前の車のナンバープレートをぼう、と眺めながら、持っている分だけのピースを時系列順に並べ始める。
五条とその友人は親しかった。
彼等が二年生になる直前、まのを恋人として五条に紹介をした。
伊地知自身が入学してからは一度も会ったことのないその友人が高専を離反する。
そして数年前、五条が呪詛師になった友人の元からまのを助けて来たが、昨年その呪詛師も五条によって始末された。
そこまで整理して、はた、と伊地知は気付く。
助手席の男は、非術師であるにも関わらず その呪詛師はまのだけは殺さず手元に置いていた、と言っていた。
手元に置く、とは?
生捕りにしていたということなのか。
それとも恋人のまま変わらず傍にいたということなのか。
そこまでの答えを推量することは出来ずとも、呪詛師とまのが交際を始めてから、五条がまのを助け上げた数年前までの間にかなりの年月が経っていることは、紛れもない事実である。
「その…五条さん達が生徒だった頃から、あの方を助けた数年前まで 結構な時間が空いていると思うのですが、」
「ん?そうだよ 」
当たり前じゃん?
そんな具合で遮るように返ってくる答えは極々平坦で、何もおかしいことはないのかもしれない、という気分に一時的にでも陥ってしまうほどの力があった。
気になることはまだまだある。それでも再び訪れた沈黙を自ら破る勇気にはどうしても欠けた。きっとまた、いい加減な肯定か、足りない返答しか得られないに決まっている。
この男は、決して誰かを満足させようとして話すわけではないことを、運転手は昔からよく理解していた。
ラジオは、再び音楽を流し始めた。
二度目の冬が来た時点であなたの心は離れていた、と歌っている。
「また古い曲ネ 」
「…私達が生まれるより前の曲ですよね 」
「んね 」