■公園にて
おなまえ設定
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夢想と現実の狭間に立ってぼんやり男を見上げるまのの瞳はどろんと溶けており、指で数えられる程度の回数しか会ったことのない人間、ましてや男性に向ける顔としてはあんまりの代物だった。
左手は変わらず男に傘ごと支えてもらっているし、右手も絡め取られっぱなし。ちっとも意志の芯が通らないまののくたくたな体は、力加減を五条が少しでも誤れば簡単に壊されてしまいそうである。
それでも、「いつまで繋いどく?ぼくはこのままでもいいんだけど 」軽口を叩く男が体を少し屈め、傘の中の二つの顔がずいと近付くと、不自由な両手にほんのわずかな抵抗をみせ、男からつつと離れようとした無自覚のまの。
五条には、それがどんな露骨な言葉よりも強い拒絶に感じ、心臓に捻れたような感覚をおぼえるが、そういった類の感情へ付く名前をこの男は知ろうとはしない。
その代わりに、「ははっ お嬢さん自分から手ェ出しといて?」つらり、くすくす。恐ろしく均等のとれた顔を美しく歪ませて男は笑う。ほんのジョークみたいな温度で笑う。夢現のまのには聞こえない。
『… 、… 』
返答はしなくとも、まのがゆったりとした瞬きを重ねている。まるで現実へつながる糸を少しずつ手繰り寄せているかのように。
たかの知れているまのの抵抗は既に身を潜め、男を見上げ続ける真っ黒な瞳は逆らうことをまるで知らない幼子をおもわせるが、意識が現実に近付くにつれ、その愛らしい顔は男から地面へ落とされてしまった。
「 、残念 」
へら、と呟いた男の青い目がまのの右手を一瞥する。五条の体温に包まれて温まってきたのか、青白い細い指先は幾分か血色が良くなっていた。
冷えてきたねー。手、冷たくなってるよ。
僕って手あったかいでしょ〜 結構自慢だったり〜。
惚けた顔のまのを前に、変わらずひらひら冗談を浮かばせ続ける軽薄な男。あはあは、と口元を緩めながら話しているが、陰鬱さを潜めているように感じてしまうのはこの天気のせいだろうか。
『 … 』
なぜ一つ傘の下にこの男といるのか、将又なぜ両手が不自由なのか、ちっとも理解できていないまのは、真っ黒な壁のように立ち塞がる大柄な男を前にただ俯いてしまう。
果たして、恋人でもない異性に手を取られて同じ傘に入ることは、普通のことなのだろうか。顔を背けたことで残念と言われるのは、普通のことなのだろうか。
きちんと手入れのされている男の大きい靴を凝視しながらまのはジトリと考える。
引っ掻き回された記憶の中、鳥籠に囚われ続けてきたまのに普通などわかるはずがないくせに。
男が言う通り、確かに肌寒い。にちがいない。手も冷たくなっている。かもしれないが、大きな温かい手に包まれているためにまのはよくわからない。
大きな手、大きな靴、高い上背、低い声。
目に入るもの全てが悉く自身のそれ等とは異なるために、男女の隔たりを嫌でも突きつけられてしまう。
散らばった記憶のピースを掻き集めたくても、どうも鼓動が乱れて、意識まで共に乱れてしまうまの。
雨が降ってきたところまでは覚えているが、その後は思い出せなかった。
雨が少しずつ強くなってきた。
物理的距離が近いために男から漂ってくるあの幽玄な沈香の香りを、籠る湿気が強く後押しし、再びまのの鼻をくすぐった。一瞬で拍車のかかる心拍数。
地面に向けられた黒い瞳がほんの刹那泳いだのを男は決して見逃しはしない。
「 うーん 降ってきたなあ そっちで一旦待機しようか 」
そろそろ迎えの車が来るはずだからさ、と、こんな不機嫌な空模様とは正反対のごく陽気なリズムで男は呟き、絡めた指を名残惜しそうにほどくと、まのから傘を取り上げて公園の隅に建つ小さな
自由になった男の左手はまのの背中を柔く押し、すぐそこ、目の前の距離にある東屋までの道をゆったりと案内する。いわれるがまま、されるがままのまのは大人しく男に従う。
東屋の前の小さな階段を登ろうとした、その時。
一段上からまのに傘を傾ける男へ そ、と差し出された小さく整った手。
ん?男が視線を向けるのと同時に、
はて?まの自身もその手に不思議そうな視線を向けた。
「ナルホド、ね。まったくわからんねー君たちは 」
『 、』
「ほら お嬢さま お手をどうぞ 」
つらつら笑う男の声色は至極軽快で、やはりジョークのようにまのの耳を撫でる。
まのの前に差し出された大きな手は、小さな手を掬い取ってはくれなかった。
そんな男の脳裏に、階段を絶対に一人で昇り降りさせない友人の姿が浮かんだ。
まのが昇る時は一段後から、まのが降りる時は一段先から、手をとってゆったりと一段一段踏み締める二人の姿がまざまざと浮かぶ。
先程男の中に浮かんだ哀切漂う二人とは打って変わったやさしい姿を。