N夢短編
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朝目覚めてすぐに「ああ今日は駄目だな」と思った。気力皆無。トイレに起き上がるのも億劫だ。再び目を閉じてしばらくベッドの上で幾度となく寝返りを打った後、やはり尿意に堪えかねたわたしは重たいからだを引きずるようにして用足しに向かった。それからいつもと同じ手順で手洗い、歯磨き、そして洗顔を済ませ、化粧水と乳液を適当に塗りたくる。その時点ですでに重労働を終えた後のような疲労感に襲われた。わたしの足もとだけ重力が倍にはたらいているのではないか。そう思うほど足が重かった。重い足取りでキッチンに向かい、おそるおそる流しを見やると、昨晩調理で使用したフライパンやら汚れた皿やらが重なっていた。普段ならすぐさま食器洗いに取りかかるところだが、今日はその気力がない。無気力に拍車をかけるように、外はまるでバケツをひっくり返したような雨が降っていた。大きな雨粒が窓を激しくたたきつける。絶不調のうえにこの悪天候。今日は何もするまい。そう心に決めて、二度寝すべく再度ベッドにもぐり込む。願わくはそのまま泥のように眠ってしまいたかった。しかし眠気は一向にこない。白い天井を見上げ、ふわふわとした毛布の表面に自身の体温がじわじわと移っていくのを感じながら、ベッドの上でただぼんやりと時が経つのを待っていた。
一年ほど前はこんな状況が毎日続いていたのだから、まだマシになった方だ。トレーナーズスクールに通えなくなり、半年前に休学申請したものの、結局そのまま退学してしまった。今は家にひきこもって生活している。元気のいい日はたまに外に出てかつての級友と食事をともにすることもあるが、ほとんどの時間は家の中で過ごしている。両親からは実家に戻るよう催促されているものの、引っ越しをする気力もないため、今の家にそのまま住まわせてもらっている。就学しないなら働きに出るべきだと頭では分かっていても、からだが言うことを聞いてくれない。……というのは都合のいい言い訳で、本当のところは自信喪失のために社会参加ができなくなっているのだった。こんな自分が社会に出てうまくやっていけるはずがない。失意に暮れるわたしに友人は「そんなのただの思い込みだよ」と言ったが、たとえ思い込みだとしても、自分の中にこびりついてしまった無力感はそう簡単には剥がれ落ちてくれそうになかった。
そのうちになんだか妙な空腹感を覚えて、そういえば今日はまだ水さえ口にしていないことに気がついた。もぞもぞとベッドから這い出て、冷蔵庫からおもむろに水を取り出し、ボトルからそのまま口に流し込む。冷えた液体が喉から胃を通って、からだ中を潤していく。水のボトルを冷蔵庫に戻すついでに、中を物色する。何か胃に入れたいと思うけれども、手軽に食べられそうなものはなく、かといって調理する気力など微塵もないので、潔く諦めた。
とそこで、玄関口から「ドン!」と鈍い音が響いた。何かがドアにぶつかったような音。耳を澄ませても風の音はほとんど聞こえないので、強風で何かが吹き飛ばされてきたわけではないと思うが、もしや鳥ポケモンが誤って激突でもしたのだろうか。寝間着のまま、まして大雨の中外に出るのはためらわれたが、様子をうかがうため玄関に向かい、おそるおそるドアを開けた。細く開けたドアの隙間から前方を確認し、それから徐々に下へと視線をずらしていく。そこに見えたのは、人の腕だった。思わず喉から「ひっ!」と高い声が出た。予想もしていなかった事態に頭が追いついていかない。一旦深呼吸をして心を落ち着かせ、ゆっくりとドアの隙間を頭ひとつ分に広げて、再度状況を確認する。やはり、人が倒れている。「大丈夫ですか!?」そう声をかけたが、その人は起き上がる気配がない。わたしはドアでその人を傷つけないよう慎重に外に出て、彼のずぶ濡れの上体を起こし、思案の末ひとまず家の中に担ぎ込んだ。力の抜けた長身の青年を動かすのは一苦労だったが、それまでの無気力はいつの間にかどこかへ消え去っていた。火事場の馬鹿力とはよく言ったものだ。
とりあえず青年を玄関先に寝かせることには成功したものの、彼がなぜわたしの家の玄関先で倒れていたのか、彼の身に何が起きているのか、まったく検討もつかない。念のため救急車を呼んだ方がいいかもしれないと思い、ライブキャスターを取りに自室へ向かおうとしたところで、背後から小さく「待ってくれ……」という声が聞こえた。振り向くと、青年は自力で上体を起こして、苦しそうに肩を上下させていた。わたしがもう一度大丈夫かと問いかけると、彼は「問題ない」と答えたが、見るからに問題ありそうな様子だ。やや長めの前髪からのぞく端正な顔がすっかり青ざめている。失礼して額へ手をあてると、その顔色からは想像もつかないほどの熱を帯びていた。「ひとまず休んでいってください」わたしはそう声をかけて、冷蔵庫の水を取りに行った。そういえばさっき直に口をつけてしまったが、この非常時につべこべ言っていられない。わたしはその飲みかけの水のボトルを青年に渡した。青年はおぼつかない手つきでキャップを回し、水を少しずつ口に含む。彼が水を飲み終えるのを待ってから、わたしは彼を寝室まで連れていき、バスタオルだけ用意して後のことは彼自身に任せた。青年はその後丸二日も眠り続けた。
久々に買い物へ出かけて、帰ってくると鍵が開いていた。玄関を確認すると、青年の靴がなくなっていた。慌てて辺りを見回し、青年の姿を探す。すると、遠くに翠色の長い髪が見えた。わたしはその後ろ姿を追いかけた。こんなに一生懸命走ったのはいつぶりだろう。……ああ、そうだ。それはまだあの子が元気だった頃。「待って!」わたしは青年を呼び止めた。振り返った彼の美しい翡翠色の双眸が、驚いたように見開かれた。わたしは「何も言わずに行くなんて……」と責めるように彼を見上げる。彼は悪びれるふうもなく、無言でわたしを見ていた。その乏しい表情からは一切の感情を読み取ることができない。「からだはもう大丈夫なんですか?」そう尋ねると、彼は「ああ」と短く答え、それから少し間を空けて「世話になったね」と続けた。人様のベッドを二日も占領した挙げ句、得られたのはその二言のみ。もう少し何か言ってくれてもいいのにと物足りない気持ちを抱いたが、そこで妙案を思いついた。「あの、もし先を急ぐのでなければ、少し付き合ってもらえませんか」
そうしてわたしは無表情なままの彼を半ば無理矢理タワーオブヘブンへと連れていった。久しく外の光を浴びていなかったわたしが今日になってようやく外へ出かけたのには訳があった。手に提げた袋の中には、供え物のモモンの実が入っている。あの子の大好物だったものだ。時折後ろを振り返り、青年がついてきていることを確認しつつ、ゆっくり足を進める。そして、ある墓の前で立ち止まった。「今日は、わたしの友達だった子の命日なんです」青年を見上げると、その瞳には動揺と、そして深い悲しみの色が浮かんでいた。「キミのトモダチの……」彼はそれ以上何も言わなかった。わたしは墓にモモンの実を供え、合掌する。彼も静かに手を合わせてくれた。
それからわたしたちは塔の最上階へと向かった。最後の階段を上りきったところで、わたしは言った。「あの子のために、一緒に鐘を鳴らしてもらえませんか」青年は頷いた。その音に鳴らす人の心が反映されるという鐘。青年がその鐘を鳴らすと、真っ直ぐ澄んだ音色が辺りに響き渡った。「綺麗な音……」わたしは思わず呟いた。その後に続き、わたしも鐘を鳴らした。ひどく弱々しい音だった。視線を感じて隣を見ると、青年が真剣な眼差しでわたしを見据えていた。「キミのトモダチの声を聴くことはもうできないけれど、」彼は言った。「今のキミの姿を見たら、キミのトモダチはきっと悲しむだろうね」青年の大きな両手がそっとわたしの頬を包み込み、細い指が目もとを拭った。まるで決壊したダムのように止めどなく溢れ出る涙を、彼は何も言わずただ辛抱強く拭い続けてくれた。
一年前の今日、あの子を亡くしてから、わたしはずっと立ち直れずにいた。罪悪感と自責の念に苛まれ続け、いつしか鬱状態に陥った。一時期病院へも通ったものの、一向に良くならず、そのままずるずると症状を引きずって今に至っている。時が経てばそのうち傷も癒えるだろうと思っていた。けれどもそんなことはなく、開いた傷口は塞がらないまま、寧ろ膿んで爛れていくようだった。わたしはそんな自分をますます責めた。分かっている。わたしのこんな無様な姿をあの子が見たら、きっと悲しむに違いない。分かっていても、自分ではどうすることもできなかった。抜け出そうともがけばもがくほど、余計に深く沈んでいくような気がした。
「プラズマ団に入らないかい?」
「えっ?」わたしは青年を見上げた。彼はもう一度同じ言葉を繰り返した。プラズマ団、と彼は確かにそう言った。どこかで耳にしたことがある固有名詞だ。確かポケモンの解放を謳う集団だったと記憶しているが、果たしてそのプラズマ団で合っているのだろうか。わたしの困惑を知ってか知らずか、青年はさらに続けた。「ボクの名前はN。プラズマ団の王様だ」彼は凛とした表情で言った。「団員は皆ポケモンを救うために集まった人たちだ。ポケモンも、ポケモンのために働くプラズマ団も、ボクが守るよ」
わたしは話の急展開に追いつくことができずにいたが、直感的にこの誘いが現状を打破するための突破口になりうるということだけは分かった。「入ります、プラズマ団に」気づいたときにはそう返事をしていた。青年は微かに笑みを浮かべて頷いた。突如迎えた新たな幕開け。こうしてわたしは英雄とともに一歩を踏み出したのだった。
一年ほど前はこんな状況が毎日続いていたのだから、まだマシになった方だ。トレーナーズスクールに通えなくなり、半年前に休学申請したものの、結局そのまま退学してしまった。今は家にひきこもって生活している。元気のいい日はたまに外に出てかつての級友と食事をともにすることもあるが、ほとんどの時間は家の中で過ごしている。両親からは実家に戻るよう催促されているものの、引っ越しをする気力もないため、今の家にそのまま住まわせてもらっている。就学しないなら働きに出るべきだと頭では分かっていても、からだが言うことを聞いてくれない。……というのは都合のいい言い訳で、本当のところは自信喪失のために社会参加ができなくなっているのだった。こんな自分が社会に出てうまくやっていけるはずがない。失意に暮れるわたしに友人は「そんなのただの思い込みだよ」と言ったが、たとえ思い込みだとしても、自分の中にこびりついてしまった無力感はそう簡単には剥がれ落ちてくれそうになかった。
そのうちになんだか妙な空腹感を覚えて、そういえば今日はまだ水さえ口にしていないことに気がついた。もぞもぞとベッドから這い出て、冷蔵庫からおもむろに水を取り出し、ボトルからそのまま口に流し込む。冷えた液体が喉から胃を通って、からだ中を潤していく。水のボトルを冷蔵庫に戻すついでに、中を物色する。何か胃に入れたいと思うけれども、手軽に食べられそうなものはなく、かといって調理する気力など微塵もないので、潔く諦めた。
とそこで、玄関口から「ドン!」と鈍い音が響いた。何かがドアにぶつかったような音。耳を澄ませても風の音はほとんど聞こえないので、強風で何かが吹き飛ばされてきたわけではないと思うが、もしや鳥ポケモンが誤って激突でもしたのだろうか。寝間着のまま、まして大雨の中外に出るのはためらわれたが、様子をうかがうため玄関に向かい、おそるおそるドアを開けた。細く開けたドアの隙間から前方を確認し、それから徐々に下へと視線をずらしていく。そこに見えたのは、人の腕だった。思わず喉から「ひっ!」と高い声が出た。予想もしていなかった事態に頭が追いついていかない。一旦深呼吸をして心を落ち着かせ、ゆっくりとドアの隙間を頭ひとつ分に広げて、再度状況を確認する。やはり、人が倒れている。「大丈夫ですか!?」そう声をかけたが、その人は起き上がる気配がない。わたしはドアでその人を傷つけないよう慎重に外に出て、彼のずぶ濡れの上体を起こし、思案の末ひとまず家の中に担ぎ込んだ。力の抜けた長身の青年を動かすのは一苦労だったが、それまでの無気力はいつの間にかどこかへ消え去っていた。火事場の馬鹿力とはよく言ったものだ。
とりあえず青年を玄関先に寝かせることには成功したものの、彼がなぜわたしの家の玄関先で倒れていたのか、彼の身に何が起きているのか、まったく検討もつかない。念のため救急車を呼んだ方がいいかもしれないと思い、ライブキャスターを取りに自室へ向かおうとしたところで、背後から小さく「待ってくれ……」という声が聞こえた。振り向くと、青年は自力で上体を起こして、苦しそうに肩を上下させていた。わたしがもう一度大丈夫かと問いかけると、彼は「問題ない」と答えたが、見るからに問題ありそうな様子だ。やや長めの前髪からのぞく端正な顔がすっかり青ざめている。失礼して額へ手をあてると、その顔色からは想像もつかないほどの熱を帯びていた。「ひとまず休んでいってください」わたしはそう声をかけて、冷蔵庫の水を取りに行った。そういえばさっき直に口をつけてしまったが、この非常時につべこべ言っていられない。わたしはその飲みかけの水のボトルを青年に渡した。青年はおぼつかない手つきでキャップを回し、水を少しずつ口に含む。彼が水を飲み終えるのを待ってから、わたしは彼を寝室まで連れていき、バスタオルだけ用意して後のことは彼自身に任せた。青年はその後丸二日も眠り続けた。
久々に買い物へ出かけて、帰ってくると鍵が開いていた。玄関を確認すると、青年の靴がなくなっていた。慌てて辺りを見回し、青年の姿を探す。すると、遠くに翠色の長い髪が見えた。わたしはその後ろ姿を追いかけた。こんなに一生懸命走ったのはいつぶりだろう。……ああ、そうだ。それはまだあの子が元気だった頃。「待って!」わたしは青年を呼び止めた。振り返った彼の美しい翡翠色の双眸が、驚いたように見開かれた。わたしは「何も言わずに行くなんて……」と責めるように彼を見上げる。彼は悪びれるふうもなく、無言でわたしを見ていた。その乏しい表情からは一切の感情を読み取ることができない。「からだはもう大丈夫なんですか?」そう尋ねると、彼は「ああ」と短く答え、それから少し間を空けて「世話になったね」と続けた。人様のベッドを二日も占領した挙げ句、得られたのはその二言のみ。もう少し何か言ってくれてもいいのにと物足りない気持ちを抱いたが、そこで妙案を思いついた。「あの、もし先を急ぐのでなければ、少し付き合ってもらえませんか」
そうしてわたしは無表情なままの彼を半ば無理矢理タワーオブヘブンへと連れていった。久しく外の光を浴びていなかったわたしが今日になってようやく外へ出かけたのには訳があった。手に提げた袋の中には、供え物のモモンの実が入っている。あの子の大好物だったものだ。時折後ろを振り返り、青年がついてきていることを確認しつつ、ゆっくり足を進める。そして、ある墓の前で立ち止まった。「今日は、わたしの友達だった子の命日なんです」青年を見上げると、その瞳には動揺と、そして深い悲しみの色が浮かんでいた。「キミのトモダチの……」彼はそれ以上何も言わなかった。わたしは墓にモモンの実を供え、合掌する。彼も静かに手を合わせてくれた。
それからわたしたちは塔の最上階へと向かった。最後の階段を上りきったところで、わたしは言った。「あの子のために、一緒に鐘を鳴らしてもらえませんか」青年は頷いた。その音に鳴らす人の心が反映されるという鐘。青年がその鐘を鳴らすと、真っ直ぐ澄んだ音色が辺りに響き渡った。「綺麗な音……」わたしは思わず呟いた。その後に続き、わたしも鐘を鳴らした。ひどく弱々しい音だった。視線を感じて隣を見ると、青年が真剣な眼差しでわたしを見据えていた。「キミのトモダチの声を聴くことはもうできないけれど、」彼は言った。「今のキミの姿を見たら、キミのトモダチはきっと悲しむだろうね」青年の大きな両手がそっとわたしの頬を包み込み、細い指が目もとを拭った。まるで決壊したダムのように止めどなく溢れ出る涙を、彼は何も言わずただ辛抱強く拭い続けてくれた。
一年前の今日、あの子を亡くしてから、わたしはずっと立ち直れずにいた。罪悪感と自責の念に苛まれ続け、いつしか鬱状態に陥った。一時期病院へも通ったものの、一向に良くならず、そのままずるずると症状を引きずって今に至っている。時が経てばそのうち傷も癒えるだろうと思っていた。けれどもそんなことはなく、開いた傷口は塞がらないまま、寧ろ膿んで爛れていくようだった。わたしはそんな自分をますます責めた。分かっている。わたしのこんな無様な姿をあの子が見たら、きっと悲しむに違いない。分かっていても、自分ではどうすることもできなかった。抜け出そうともがけばもがくほど、余計に深く沈んでいくような気がした。
「プラズマ団に入らないかい?」
「えっ?」わたしは青年を見上げた。彼はもう一度同じ言葉を繰り返した。プラズマ団、と彼は確かにそう言った。どこかで耳にしたことがある固有名詞だ。確かポケモンの解放を謳う集団だったと記憶しているが、果たしてそのプラズマ団で合っているのだろうか。わたしの困惑を知ってか知らずか、青年はさらに続けた。「ボクの名前はN。プラズマ団の王様だ」彼は凛とした表情で言った。「団員は皆ポケモンを救うために集まった人たちだ。ポケモンも、ポケモンのために働くプラズマ団も、ボクが守るよ」
わたしは話の急展開に追いつくことができずにいたが、直感的にこの誘いが現状を打破するための突破口になりうるということだけは分かった。「入ります、プラズマ団に」気づいたときにはそう返事をしていた。青年は微かに笑みを浮かべて頷いた。突如迎えた新たな幕開け。こうしてわたしは英雄とともに一歩を踏み出したのだった。
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