N夢短編
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この日、わたしは人生で初めてライモンシティを訪れた。ミュージカルホールやバトルサブウェイといった多様な施設が建ち並び、異なる目的をもったトレーナーたちがイッシュ各地から集まるこの娯楽都市は、ヒウンシティのような高層ビルが林立した大都会とはまた少し違った類いの賑わいを見せていた。来訪の目的はライモンジムに挑戦して四つ目のバッジを手に入れることであったが、せっかくなのでその前に少し散策することにした。
ビッグスタジアムとリトルコートがある方角から、時折ものすごい歓声が沸き起こる。今日は野球とテニスの試合が行われているらしい。スポーツ観戦も魅力的ではあるが、わたしはそちらとは反対方向に足を進める。向かった先は、ライモンジムに隣接した入場無料の遊園地。ジェットコースターのほか、ライモンシティのトレードマークともいえる観覧車がある。間近で見るとなかなかの迫力だ。目の前にそびえ立つ大きな観覧車をぼんやり見上げていると、突如背後から声がかかった。
「キミ、観覧車に乗りたいのかい?」
振り向くと、白黒のキャップを目深にかぶった長身の青年が立っていた。突然の呼びかけに戸惑いを隠せないまま「ええ、まあ……」と曖昧に返事をするや否や、青年はためらいもなくわたしの腕を掴み、観覧車の乗り場へと引っ張っていく。「ちょ、ちょっと!」そんな制止の声もむなしく、わたしは半ば強引に観覧車に連れ込まれてしまった。バタン、と扉が閉まり、ゴンドラがゆっくりと上昇していく。
まさか見ず知らずの人物と二人きりで観覧車に乗ることになろうとは、一体誰が予測できただろう。無表情で外の景色を眺めるこの謎の青年とどのように接すればいいのかさっぱり分からず、流れる沈黙にいたたまれなくなっていると、青年がぽつりと呟いた。「ボクは観覧車が大好きなんだ」
この円運動……力学……美しい数式の集まり……。なんの脈絡もなく独白が始まり、わたしはロコンにつままれたようだった。そんなわたしを青年は気にかける様子もなく、延々と独り言を続ける。すると突然、それまで一切の感情を見せなかった彼が、どこか懐かしむような表情を浮かべた。
「そういえば、あのトレーナーともこの観覧車に乗った」青年は続けた。「あのトレーナーはポケモンと心を通わせ、共に力を合わせて夢を叶えようとしていた。それこそボクが見逃していた真実。ボクの描いた理想は、彼から突きつけられたその真実によって打ち砕かれた」
それから少し間を空けて、「彼は夢を叶えたのだろうか」と、青年は小さく呟いた。
全く話が見えず、どのように反応すべきかしばらく考えあぐねていたが、そういえばまだ彼の名前を聞いていないことに気がついた。今更ながら名前を尋ねると、彼は「エヌ」と答えた。エヌ、アルファベットの「N」だろうか。本名なのかニックネームなのか分からなかったが、初対面の人に対して詮索するのも気が引けるので、あれこれ考えるのはやめておとなしく「Nさん」と呼ぶことにした。
「あの、あんまりよく分からなかったんですけど……でもひとつ気になって。その……Nさんの理想って、なんだったんですか」
Nさんは複雑な表情をした。やや間隔が空いて出てきた答えは、「ポケモンにとって居心地のいい世界」というものだった。
「理想は破れたが、ボクは己れの夢を諦めたわけではない。ポケモンと人がトモダチとして対等に付き合い、互いの弱点を補い合いながら更なる可能性を見出だしていけるよう、ボクなりに協力していくこと。それがボクの新たな夢だ」
そこでゴンドラがちょうど一周を終え、扉が開いた。Nさんに続いてゴンドラを降り、ほっと一息つく。
遊園地の入退場ゲートまで歩いてこちらを振り向いたNさんは、なんだか愉しげな表情をしていた。
「いつかキミのトモダチの声も聴かせてもらおう」
またその日まで。そう言って、Nさんは去っていった。
「……変な人だったなあ」
けっして悪い人ではなさそうだったけれど、その予測困難かつ理解不能な言動にたじろぐばかりだった。彼は「また」と言ったが、果たしてその言葉どおりどこかで再会することになるのだろうか。
ーーその時はまだ分からなかった。のちに八つのジムバッジを集め、チャンピオンリーグへと向かう途中、ゾロアークに誘われた先で再び彼と巡り会うことになろうとは。
ビッグスタジアムとリトルコートがある方角から、時折ものすごい歓声が沸き起こる。今日は野球とテニスの試合が行われているらしい。スポーツ観戦も魅力的ではあるが、わたしはそちらとは反対方向に足を進める。向かった先は、ライモンジムに隣接した入場無料の遊園地。ジェットコースターのほか、ライモンシティのトレードマークともいえる観覧車がある。間近で見るとなかなかの迫力だ。目の前にそびえ立つ大きな観覧車をぼんやり見上げていると、突如背後から声がかかった。
「キミ、観覧車に乗りたいのかい?」
振り向くと、白黒のキャップを目深にかぶった長身の青年が立っていた。突然の呼びかけに戸惑いを隠せないまま「ええ、まあ……」と曖昧に返事をするや否や、青年はためらいもなくわたしの腕を掴み、観覧車の乗り場へと引っ張っていく。「ちょ、ちょっと!」そんな制止の声もむなしく、わたしは半ば強引に観覧車に連れ込まれてしまった。バタン、と扉が閉まり、ゴンドラがゆっくりと上昇していく。
まさか見ず知らずの人物と二人きりで観覧車に乗ることになろうとは、一体誰が予測できただろう。無表情で外の景色を眺めるこの謎の青年とどのように接すればいいのかさっぱり分からず、流れる沈黙にいたたまれなくなっていると、青年がぽつりと呟いた。「ボクは観覧車が大好きなんだ」
この円運動……力学……美しい数式の集まり……。なんの脈絡もなく独白が始まり、わたしはロコンにつままれたようだった。そんなわたしを青年は気にかける様子もなく、延々と独り言を続ける。すると突然、それまで一切の感情を見せなかった彼が、どこか懐かしむような表情を浮かべた。
「そういえば、あのトレーナーともこの観覧車に乗った」青年は続けた。「あのトレーナーはポケモンと心を通わせ、共に力を合わせて夢を叶えようとしていた。それこそボクが見逃していた真実。ボクの描いた理想は、彼から突きつけられたその真実によって打ち砕かれた」
それから少し間を空けて、「彼は夢を叶えたのだろうか」と、青年は小さく呟いた。
全く話が見えず、どのように反応すべきかしばらく考えあぐねていたが、そういえばまだ彼の名前を聞いていないことに気がついた。今更ながら名前を尋ねると、彼は「エヌ」と答えた。エヌ、アルファベットの「N」だろうか。本名なのかニックネームなのか分からなかったが、初対面の人に対して詮索するのも気が引けるので、あれこれ考えるのはやめておとなしく「Nさん」と呼ぶことにした。
「あの、あんまりよく分からなかったんですけど……でもひとつ気になって。その……Nさんの理想って、なんだったんですか」
Nさんは複雑な表情をした。やや間隔が空いて出てきた答えは、「ポケモンにとって居心地のいい世界」というものだった。
「理想は破れたが、ボクは己れの夢を諦めたわけではない。ポケモンと人がトモダチとして対等に付き合い、互いの弱点を補い合いながら更なる可能性を見出だしていけるよう、ボクなりに協力していくこと。それがボクの新たな夢だ」
そこでゴンドラがちょうど一周を終え、扉が開いた。Nさんに続いてゴンドラを降り、ほっと一息つく。
遊園地の入退場ゲートまで歩いてこちらを振り向いたNさんは、なんだか愉しげな表情をしていた。
「いつかキミのトモダチの声も聴かせてもらおう」
またその日まで。そう言って、Nさんは去っていった。
「……変な人だったなあ」
けっして悪い人ではなさそうだったけれど、その予測困難かつ理解不能な言動にたじろぐばかりだった。彼は「また」と言ったが、果たしてその言葉どおりどこかで再会することになるのだろうか。
ーーその時はまだ分からなかった。のちに八つのジムバッジを集め、チャンピオンリーグへと向かう途中、ゾロアークに誘われた先で再び彼と巡り会うことになろうとは。
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