N夢短編
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幼い頃にヤグルマの森でポケモンに襲われてから、わたしはポケモンを恐れるようになった。今思えば、わたしがむやみに叢に飛び込んだのがいけなかった。けれども、トラウマはそう簡単には拭い去れない。あの日わたしを追いかけてきたのは、確かホイーガだったと思う。命の危険を感じたわたしは、必死に逃げた。やみくもに逃げ惑って、気がついた時にはホイーガの姿は見えなくなっていたが、同時に自分がどこにいるのか検討もつかなくなっていた。後日父から聞いた話によれば、わたしは「プラズマ団」を名乗る二人組に連れられ、わたしを探し回っていた父のもとに無事送り届けられたという。
その日以来、わたしはポケモンとの接触を極力避けている。いつ襲われるか分からないという恐怖が、わたしを支配していた。ポケモンと人とは違う。いつしかわたしにとって、ポケモンは恐ろしい未知の生物となっていた。
成人したわたしは、ポケモンセンターの受付事務の仕事に就いた。ポケモンセンターはポケモンの治療を専門とする医療機関だが、運ばれてくるポケモンたちは基本的にモンスターボールの中に入れられているため、わたしが直接ポケモンと触れる機会は滅多になかった。
ところがある日、予期せぬ事態に遭遇した。その青年は傷ついたポケモンを自ら担ぎ、受付にやってきた。
「ボクのトモダチを助けてほしい」
人間の手に委ねるのは不本意だけれど、と小声で続けたのをわたしは聞き逃さなかった。これはまた妙なトレーナーが来たものだと訝しげな視線を送りつけていると、青年は白黒のキャップを深くかぶり直し、「早く治療したまえ」と随分偉そうな口調で言った。
彼のポケモンは見たところ重症ではなかったものの、早急な治療が必要だと判断し、すぐにジョーイさんを呼んだ。ポケモンは時に無理をしてトレーナーに平気な顔をして見せる。この職に就いてから何度もそのようなポケモンの姿を目にしてきた。野生のポケモンであれば人を襲うこともあるけれど、トレーナー付きのポケモンは基本的に従順で健気だ。わたしのポケモンに対する恐怖心も、少しずつ薄らいできているような気がする。
数時間後、シフトを終えたわたしはポケモンセンターを後にした。すると帰り際に、先程の青年の姿を目撃した。淡い翠色の長髪が目を引くので、すぐに彼だと分かった。治療を終えたばかりのポケモンと向き合って、何やら言葉をかけている。わたしはその様子を遠巻きに見ていた。しばらくすると、青年はあろうことかポケモンを置いて立ち去ろうとするではないか。わたしは慌ててその後ろ姿を追った。
「待ってください!」
青年は振り返らない。わたしは再度声をかけて、彼の腕を掴んだ。ようやくこちらを向いた青年の表情は、なぜだか悲しげに見えた。
「キミは……」
「わたしのことはいいんです。どうして自分のポケモンを置き去りにして行ってしまうんですか。あなたはトレーナーじゃないんですか」
わたしは後方でこちらを見つめるオタマロを見やり、再度青年を見上げた。彼の翡翠色の双眸には、微かに動揺の色が見てとれた。
「もとの穏やかな暮らしに戻らせたまでだよ。ポケモンはトレーナーのそばにいれば戦い、そして傷つく。ボクたちはポケモンを捕まえ戦わせるという間違ったルールからポケモンたちを解放しなければならない」
青年はたたみかけるようにそう言った。その有無を言わさぬ物言いに若干怯んだが、その言葉のトーンはどこか彼自身に言い聞かせるようでもあった。
ふと、彼は物珍しそうにしげしげとわたしを眺め、言った。「キミはトレーナーではないんだね」
そう、わたしはポケモンを持っていない。父や知人から譲ってもらえる機会もあったが、ことごとく断ってきた。ポケモンはヒトにはない膨大なエネルギーを秘めている。そしてポケモンがその力を活かせるかどうかは、ひとえにトレーナーの手にかかっている。わたしはその責任を負うことをためらい、ポケモンを持たないという選択をし続けてきたのだ。だからこそ、青年がその後に続けた「ポケモンは人から解き放たれてはじめて本来の力を取り戻すことができる」という言葉に、賛同できなくもなかった。「でも、」
「あのオタマロは、あなたと離れることを望んでいないんじゃないですか」
青年は一瞬驚いた顔をして、すぐに目を伏せた。彼が一体何を考えているのか、わたしには分からなかった。彼は首を横に振った。
「……世界を変えるためとはいえ、トモダチをモンスターボールに閉じ込め、苦しみを与えるだなんて、ボクにはできない」
そう言い放って、彼は足早にその場を立ち去った。青年から視線を外して後ろを振り返ると、オタマロが寂しげな表情で青年の去り行く姿を見送っていた。
わたしはしばらく考えあぐねていたが、ついに決心を固め、オタマロにそっと近寄り、しゃがんで手を差し伸べた。
「一緒に来ない?」
いつかまたあの人に会える日まで、一緒に居よう。わたしはオタマロにそう告げた。オタマロは頷いて、わたしの膝に飛び乗った。そのままオタマロを抱きかかえ、わたしたちは家路についた。
その日以来、わたしはポケモンとの接触を極力避けている。いつ襲われるか分からないという恐怖が、わたしを支配していた。ポケモンと人とは違う。いつしかわたしにとって、ポケモンは恐ろしい未知の生物となっていた。
成人したわたしは、ポケモンセンターの受付事務の仕事に就いた。ポケモンセンターはポケモンの治療を専門とする医療機関だが、運ばれてくるポケモンたちは基本的にモンスターボールの中に入れられているため、わたしが直接ポケモンと触れる機会は滅多になかった。
ところがある日、予期せぬ事態に遭遇した。その青年は傷ついたポケモンを自ら担ぎ、受付にやってきた。
「ボクのトモダチを助けてほしい」
人間の手に委ねるのは不本意だけれど、と小声で続けたのをわたしは聞き逃さなかった。これはまた妙なトレーナーが来たものだと訝しげな視線を送りつけていると、青年は白黒のキャップを深くかぶり直し、「早く治療したまえ」と随分偉そうな口調で言った。
彼のポケモンは見たところ重症ではなかったものの、早急な治療が必要だと判断し、すぐにジョーイさんを呼んだ。ポケモンは時に無理をしてトレーナーに平気な顔をして見せる。この職に就いてから何度もそのようなポケモンの姿を目にしてきた。野生のポケモンであれば人を襲うこともあるけれど、トレーナー付きのポケモンは基本的に従順で健気だ。わたしのポケモンに対する恐怖心も、少しずつ薄らいできているような気がする。
数時間後、シフトを終えたわたしはポケモンセンターを後にした。すると帰り際に、先程の青年の姿を目撃した。淡い翠色の長髪が目を引くので、すぐに彼だと分かった。治療を終えたばかりのポケモンと向き合って、何やら言葉をかけている。わたしはその様子を遠巻きに見ていた。しばらくすると、青年はあろうことかポケモンを置いて立ち去ろうとするではないか。わたしは慌ててその後ろ姿を追った。
「待ってください!」
青年は振り返らない。わたしは再度声をかけて、彼の腕を掴んだ。ようやくこちらを向いた青年の表情は、なぜだか悲しげに見えた。
「キミは……」
「わたしのことはいいんです。どうして自分のポケモンを置き去りにして行ってしまうんですか。あなたはトレーナーじゃないんですか」
わたしは後方でこちらを見つめるオタマロを見やり、再度青年を見上げた。彼の翡翠色の双眸には、微かに動揺の色が見てとれた。
「もとの穏やかな暮らしに戻らせたまでだよ。ポケモンはトレーナーのそばにいれば戦い、そして傷つく。ボクたちはポケモンを捕まえ戦わせるという間違ったルールからポケモンたちを解放しなければならない」
青年はたたみかけるようにそう言った。その有無を言わさぬ物言いに若干怯んだが、その言葉のトーンはどこか彼自身に言い聞かせるようでもあった。
ふと、彼は物珍しそうにしげしげとわたしを眺め、言った。「キミはトレーナーではないんだね」
そう、わたしはポケモンを持っていない。父や知人から譲ってもらえる機会もあったが、ことごとく断ってきた。ポケモンはヒトにはない膨大なエネルギーを秘めている。そしてポケモンがその力を活かせるかどうかは、ひとえにトレーナーの手にかかっている。わたしはその責任を負うことをためらい、ポケモンを持たないという選択をし続けてきたのだ。だからこそ、青年がその後に続けた「ポケモンは人から解き放たれてはじめて本来の力を取り戻すことができる」という言葉に、賛同できなくもなかった。「でも、」
「あのオタマロは、あなたと離れることを望んでいないんじゃないですか」
青年は一瞬驚いた顔をして、すぐに目を伏せた。彼が一体何を考えているのか、わたしには分からなかった。彼は首を横に振った。
「……世界を変えるためとはいえ、トモダチをモンスターボールに閉じ込め、苦しみを与えるだなんて、ボクにはできない」
そう言い放って、彼は足早にその場を立ち去った。青年から視線を外して後ろを振り返ると、オタマロが寂しげな表情で青年の去り行く姿を見送っていた。
わたしはしばらく考えあぐねていたが、ついに決心を固め、オタマロにそっと近寄り、しゃがんで手を差し伸べた。
「一緒に来ない?」
いつかまたあの人に会える日まで、一緒に居よう。わたしはオタマロにそう告げた。オタマロは頷いて、わたしの膝に飛び乗った。そのままオタマロを抱きかかえ、わたしたちは家路についた。
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