N夢短編
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いつの間にか、季節は春に差しかかろうとしていた。
イッシュ有数のリゾート地であるこのサザナミタウンは、年間を通して温暖な気候に恵まれ、夏になれば大勢の観光客が避暑やバカンスに訪れる。店やホテルにとっては稼ぎ時だが、わたしはそのざわついた雰囲気が少し苦手だ。人が減る冬から春にかけてが一番居心地がいい。
微かにあたたかさを帯びた潮風が髪をさらう。目の前に広がる、吸い込まれそうなほど透き通った海に、どこまでも高く続く雲一つない空。穏やかに寄せては返す心地いい波の音が、両耳を通ってからだ全体に沁み渡る。人の疎らな砂浜で、聞こえるのは静かな波音と、キャモメの鳴き声くらいだ。
やわらかな日差しをたっぷり含んだ砂が、白砂糖のようにキラキラと輝いてまぶしい。わたしはスニーカーとソックスを脱ぎ捨てて、そのさらさらとした砂に足を埋めた。思いの外ひんやりと冷たい。そのまま打ち寄せる波に向かって歩き、爪先で海水の温度を確かめる。海水浴ができるまでには、まだもう少し時間がかかりそうだ。
ふと視線を横にずらすと、何やら奇妙な光景が見えた。一体いつからそこに居たのか、白黒のキャップをかぶった翠色の髪の青年が佇んでいる。彼の翡翠色の双眸は、水平線の向こうをじっと見つめていた。その思いつめたような表情に、不思議と引き込まれた。
「ここの人じゃないですよね。珍しいですね、この季節に」
気づいたときにはそう声をかけていた。青年はこちらを一瞥しただけで、再び視線を海に戻した。
「ボクは解けない数式を解こうと必死だった」
彼は口早に言った。白と黒とを分かつこと、そればかりに躍起になっていたんだ、と。全く噛み合わない返しに拍子抜けしたわたしは、訳も分からないままただ彼の紡ぐ言葉を聞いていた。
「ポケモンと人とは互いに影響し合い、協力し合って、新たな可能性を生み出し続ける。無限の可能性を秘めているんだ。そのようにして見える美しく彩られた景色をすべてのポケモンとトレーナーが描けるように、ボクは自分が本当に成すべきこと、ポケモンの声を届けるという役割を果たす」
その時、わたしの腰につけていたモンスターボールがカタカタと動き、中からユニランが飛び出した。冷静な性格の彼が自ら出てくるだなんて珍しい。
青年はこちらに向き直り、ユニランに手を差し伸べた。するとユニランも彼に近寄って、両者は互いに見つめ合った。ユニランが何か語りかけるように鳴き声を上げる。その声を聞いてか、青年の固かった表情はすっとやわらぎ、瞳にあたたかな光が宿った。
「キミのトモダチは、キミと一緒にいられてシアワセだって言ってる」
えっ、と思わず素っ頓狂な声を出してしまった。ユニランがこちらを振り向いて、にっこりと笑った。青年もやわらかな微笑みを浮かべている。ポケモンの言葉が分かるとでもいうのだろうか。にわかには信じがたいが、二人の様子からして明らかに青年はユニランの声を正確に聞き取り、人間の言葉としてわたしに伝えている。
「トモダチの声、キミにも聴こえるはずだ。大切なのは、耳を傾けること」
キミのトモダチの声、聴けて良かったよ。サヨウナラ。青年はそう言って踵を返した。わたしはその去り行く後ろ姿を眺めながら、彼の言葉を反芻した。大切なのは、ポケモンの声に耳を傾けること。
わたしは足元に寄り添うユニランの頭を撫で、おもむろに抱きかかえた。そうして辺りを見渡した時、青年の姿はもうどこにも見えなくなっていた。
イッシュ有数のリゾート地であるこのサザナミタウンは、年間を通して温暖な気候に恵まれ、夏になれば大勢の観光客が避暑やバカンスに訪れる。店やホテルにとっては稼ぎ時だが、わたしはそのざわついた雰囲気が少し苦手だ。人が減る冬から春にかけてが一番居心地がいい。
微かにあたたかさを帯びた潮風が髪をさらう。目の前に広がる、吸い込まれそうなほど透き通った海に、どこまでも高く続く雲一つない空。穏やかに寄せては返す心地いい波の音が、両耳を通ってからだ全体に沁み渡る。人の疎らな砂浜で、聞こえるのは静かな波音と、キャモメの鳴き声くらいだ。
やわらかな日差しをたっぷり含んだ砂が、白砂糖のようにキラキラと輝いてまぶしい。わたしはスニーカーとソックスを脱ぎ捨てて、そのさらさらとした砂に足を埋めた。思いの外ひんやりと冷たい。そのまま打ち寄せる波に向かって歩き、爪先で海水の温度を確かめる。海水浴ができるまでには、まだもう少し時間がかかりそうだ。
ふと視線を横にずらすと、何やら奇妙な光景が見えた。一体いつからそこに居たのか、白黒のキャップをかぶった翠色の髪の青年が佇んでいる。彼の翡翠色の双眸は、水平線の向こうをじっと見つめていた。その思いつめたような表情に、不思議と引き込まれた。
「ここの人じゃないですよね。珍しいですね、この季節に」
気づいたときにはそう声をかけていた。青年はこちらを一瞥しただけで、再び視線を海に戻した。
「ボクは解けない数式を解こうと必死だった」
彼は口早に言った。白と黒とを分かつこと、そればかりに躍起になっていたんだ、と。全く噛み合わない返しに拍子抜けしたわたしは、訳も分からないままただ彼の紡ぐ言葉を聞いていた。
「ポケモンと人とは互いに影響し合い、協力し合って、新たな可能性を生み出し続ける。無限の可能性を秘めているんだ。そのようにして見える美しく彩られた景色をすべてのポケモンとトレーナーが描けるように、ボクは自分が本当に成すべきこと、ポケモンの声を届けるという役割を果たす」
その時、わたしの腰につけていたモンスターボールがカタカタと動き、中からユニランが飛び出した。冷静な性格の彼が自ら出てくるだなんて珍しい。
青年はこちらに向き直り、ユニランに手を差し伸べた。するとユニランも彼に近寄って、両者は互いに見つめ合った。ユニランが何か語りかけるように鳴き声を上げる。その声を聞いてか、青年の固かった表情はすっとやわらぎ、瞳にあたたかな光が宿った。
「キミのトモダチは、キミと一緒にいられてシアワセだって言ってる」
えっ、と思わず素っ頓狂な声を出してしまった。ユニランがこちらを振り向いて、にっこりと笑った。青年もやわらかな微笑みを浮かべている。ポケモンの言葉が分かるとでもいうのだろうか。にわかには信じがたいが、二人の様子からして明らかに青年はユニランの声を正確に聞き取り、人間の言葉としてわたしに伝えている。
「トモダチの声、キミにも聴こえるはずだ。大切なのは、耳を傾けること」
キミのトモダチの声、聴けて良かったよ。サヨウナラ。青年はそう言って踵を返した。わたしはその去り行く後ろ姿を眺めながら、彼の言葉を反芻した。大切なのは、ポケモンの声に耳を傾けること。
わたしは足元に寄り添うユニランの頭を撫で、おもむろに抱きかかえた。そうして辺りを見渡した時、青年の姿はもうどこにも見えなくなっていた。
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