文豪ストレイドッグス
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「悪いが、彼女と鬼ごっこをしてもらえないか」
「は?」
「嫌だ!敦くんも嫌だよね?嫌って言っていいんだよ!」
先程までいつも通りの朝だった。
いつもと何ら変わらぬ、何ならいつもより平和な武装探偵社の朝。
それが一変したのは、他でもない我らが社長と苗字さんが、口喧嘩をしながら出社したからだった。
養女という形で幼い頃から社長と一緒に暮らしている苗字さんも、探偵社員の一員だ。
社長が出社する予定の日は2人揃って出勤する姿も珍しくはない。
ただ、今日は朝から何やら揉めていたようで、外の廊下から既に苗字さんの怒号が聞こえていた。
ところがその様子に驚いてはいたのは社歴の浅い僕と鏡花ちゃんだけ。
他の社員はまるで何もなかったかのようにそのまま平穏な朝を過ごしているではないか。
余りにも華麗なスルー技術を目の当たりにして、事情を聞くに聞けない僕たち2人はこっそり視線を合わせ、戸惑いを共有していたところ、僕1人が社長室に呼び出されて冒頭。
「お、鬼ごっこ、ですか?」
「あぁ」
「い や だ !」
「喧しい!」
普段から貫禄のある社長の一喝は僕を縮み上がらせるのには充分だったのだが、苗字さんはというと慣れたもので、口を噤みはしたものの不満を顔に張り付けたまま不貞腐れている。
全く懲りてない彼女の態度に、隣にいるだけの僕の方がひやひやしてしまう。
「えっと、あのすいません。せめて事情を…」
「あぁ、すまない。見苦しい所を見せてしまった」
社長の説明によると、どうやら苗字さんが鍛錬をすっぽかし続けたことがことの始まりらしい。
今僕の隣でぐちぐち言っている彼女も、こう見えて異能力者だ。
ただし、その力は戦闘向きとはいえない為、彼女自身の体力と戦闘技術を伸ばすことを、親代わりである社長は特に重要視していた。
社長はもちろん、武装探偵社の面々が代わる代わる彼女の鍛錬指導を受け持っていると聞いて、泣く子も黙るあの社長も案外親馬鹿なところがあるんだなあ、なんて思ったのを覚えている。
ところがどっこい。僕が入社してからしばらく経つが、その綿密な鍛錬スケジュールがまともにこなされているところを一度も見たことがない。
当の本人である苗字さんが大の鍛錬嫌いで、周りの目を掻い潜っては逃げ回っているのが常なのだ。
そんな彼女の態度に遂に社長の堪忍袋の緒が切れた、というのがこの状況らしい。
(そりゃあみんな無反応にもなるわけだ…)
何度となく目撃した苗字さんの見事な逃走っぷりからみるに、この社長の叱責もきっと一度や二度ではないのだろう。
重ねて言うが、もしこれが僕の身に起こったことならば今日からでも死ぬ気で鍛錬に励むし、というかそもそも鍛錬を一度でもさぼったりしない。
しかし、良くも悪くも社長のことを何とも思っていない苗字さんはあろうことか口答えをしてしまったらしい。
「眼前の敵から逃げおおせることができるのなら、真向から戦う為の技術なんていらないじゃないですか。事実、鍛錬を押し付けてきた社員達は誰一人私を捕まえられなかったんですよ。つまり、私に鍛錬は必要ないということです」
「そこで、敦君には是非全力で逃げる苗字を捕まえてもらたい」
「いや、はぁ…」
僕に状況を説明する為に再度自分の言い分を披露してくれた苗字さんは、きっと社長のこめかみに青筋がたっていることには全く気付いていないのだろう。
彼女のこの図太さを豪胆ととるべきか愚鈍ととるべきか考えあぐねていた僕に文字通り縋り付いてくる苗字さん。
「敦くんから逃げ切ることができたら、体術鍛錬受けなくていいって言うの。でもそんなの無理じゃん。敦くんの異能力、鬼ごっこにおいてチートじゃん…無理だよぉ」
「だったら最初から素直に鍛錬を受ければいいんじゃ…」
「私もそう言っているんだが、」
「それは嫌なの!」
「この通りでな」
涙声で叫ぶと同時に足元にくずおれた苗字さんの駄々っ子ぶりと、眉間を揉みながら溜息を吐いている社長を見ていると、当事者でもないのに妙な責任感を感じてしまう。
こんなだから、厄介事に巻き込まれてしまうんだよなあ。
「苗字さん、たかが鬼ごっこですし、ちょっとやってみましょうよ。僕、苗字さんなら逃げ切れるような気がします」
「…敦くん、手加減してくれるってこと?」
「違います!」
僕の耳元に口を寄せてこっそり尋ねてくる苗字さんを押し返す。
自分の意に反することには頑として首を縦に振らない彼女の姿勢を、僕は少し見習うべきかもしれない。
「そもそも敦くんはなんでそんなにやる気なの?なんのメリットもないでしょう?」
「敦が勝った場合は褒美に何でもひとつ願いを叶えてやろう」
「えっ」
「なにそれ、ずるい!」
「お前が勝った場合は鍛錬の件は考えなおすんだ。妥当な条件だろう」
「しかも鍛錬なくなるんじゃないんだ…。ますますやる気が出な、」
「いや、やりましょう!苗字さん!」
「えぇ…現金な子だなあ」
「どっちがですか」
さっきまで僕に縋り付いて泣いていた苗字さんが、今度は迷惑そうな顔でこちらを睨んでくるものだから思わず心の声が口を吐いて出てしまった。
「…急にやる気になったということは、お願い事はもう決まってるんだ?」
「え?えぇ…まあ」
「へぇ」
そう言ってにやりと笑った苗字さんに悪い予感を覚えたのは僕だけじゃなかったらしい。
「余計なことはするな、名前」
「まだ何もしてないんですけど!」
「社長の言う通りですよ。いい加減観念しましょうよ」
「敦君まで…。そうは言うけどさあ、実際に叶えてもらえるお願いなのか、先にこの場で提示しておいた方が良くない?」
「え」
「私との鬼ごっこに勝てたら、敦君は何をお願いするつもりなの?」
目の前のしてやったり顔が、例えば太宰さんのものだったりしたらイラッとして終わりだったのだろうけれど、今目の前にいるのは苗字さん。
何を隠そう、彼女は僕の想い人なのだ。
相手が苗字さんとなると、憎らしい得意げ顔も可愛らしく見えて言葉に詰まってしまう。
惚れた方が負けとはまさにこのことだ。
「私が叶えてあげられるお願い事なら、わざわざ鬼ごっこなんてしなくてもいいでしょう?仕事のシフト変わってあげてもいいし…あっ!お茶漬けを好きなだけご馳走しようか!」
「いや…」
「彼女にしか叶えられない願い」が頭を過ったのは確かだ。
けれど、当の本人にこれほど見当違いなことばかり並べ立てられてしまうと、脈なしであることをまざまざと見せつけられるようで気が滅入ってしまう。
「名前、いい加減にしろ」
社長の周りの空気が一段と冷たくなったのが分かった。
さすがの苗字さんもまずいと感じたらしく、口を尖らせながら「はい」と答えた声はさっきまでが嘘のようにか細い声だった。
「制限時間は2時間だ。ヨコハマの街中であればどこを逃げ回ってもいい。名前、10分やるから先に逃げなさい」
最後の抵抗なのか、無言のまま社長室を出て行く苗字さんが漂わせる悲壮感があまりにも大きくて思わず罪悪感を感じてしまう。
今からあんな様子の彼女を捕まえなければならないと思うと尚更だ。
(こんなことなら、少し手を抜いて彼女を勝たせてあげても…)
「敦」
「は、はい!」
「私が力を貸さずとも、お前の願いは叶う。死ぬ気で名前を捕まえて、堂々とあの子に伝えなさい」
「え…は⁉いや、僕は…」
あまりにも予想外の相手から爆弾が投下され、しどろもどろになってしまう僕を傍目に、社長は春野さんに呼ばれて会議へと出発してしまった。
一体いつから僕の気持ちに気付かれていたのかとか、他の社員にも知られてしまっているのでは…まさか本人にも?なんてぐるぐる回る思考回路を一旦停止させる。
もしかして、これはいつもふらふらと掴みどころのない僕の想い人を「つかまえる」千載一遇の好機なのではないだろうか。
彼女のことは誰よりも見てきた自信がある。
お気に入りのサボり場所から、絶対に負けられない戦いの時に使う抜け道まで、苗字さんのことなら何でも知っているつもりだ。
「惚れた方が負けなんて言わせないぞ…!」
「は?」
「嫌だ!敦くんも嫌だよね?嫌って言っていいんだよ!」
先程までいつも通りの朝だった。
いつもと何ら変わらぬ、何ならいつもより平和な武装探偵社の朝。
それが一変したのは、他でもない我らが社長と苗字さんが、口喧嘩をしながら出社したからだった。
養女という形で幼い頃から社長と一緒に暮らしている苗字さんも、探偵社員の一員だ。
社長が出社する予定の日は2人揃って出勤する姿も珍しくはない。
ただ、今日は朝から何やら揉めていたようで、外の廊下から既に苗字さんの怒号が聞こえていた。
ところがその様子に驚いてはいたのは社歴の浅い僕と鏡花ちゃんだけ。
他の社員はまるで何もなかったかのようにそのまま平穏な朝を過ごしているではないか。
余りにも華麗なスルー技術を目の当たりにして、事情を聞くに聞けない僕たち2人はこっそり視線を合わせ、戸惑いを共有していたところ、僕1人が社長室に呼び出されて冒頭。
「お、鬼ごっこ、ですか?」
「あぁ」
「い や だ !」
「喧しい!」
普段から貫禄のある社長の一喝は僕を縮み上がらせるのには充分だったのだが、苗字さんはというと慣れたもので、口を噤みはしたものの不満を顔に張り付けたまま不貞腐れている。
全く懲りてない彼女の態度に、隣にいるだけの僕の方がひやひやしてしまう。
「えっと、あのすいません。せめて事情を…」
「あぁ、すまない。見苦しい所を見せてしまった」
社長の説明によると、どうやら苗字さんが鍛錬をすっぽかし続けたことがことの始まりらしい。
今僕の隣でぐちぐち言っている彼女も、こう見えて異能力者だ。
ただし、その力は戦闘向きとはいえない為、彼女自身の体力と戦闘技術を伸ばすことを、親代わりである社長は特に重要視していた。
社長はもちろん、武装探偵社の面々が代わる代わる彼女の鍛錬指導を受け持っていると聞いて、泣く子も黙るあの社長も案外親馬鹿なところがあるんだなあ、なんて思ったのを覚えている。
ところがどっこい。僕が入社してからしばらく経つが、その綿密な鍛錬スケジュールがまともにこなされているところを一度も見たことがない。
当の本人である苗字さんが大の鍛錬嫌いで、周りの目を掻い潜っては逃げ回っているのが常なのだ。
そんな彼女の態度に遂に社長の堪忍袋の緒が切れた、というのがこの状況らしい。
(そりゃあみんな無反応にもなるわけだ…)
何度となく目撃した苗字さんの見事な逃走っぷりからみるに、この社長の叱責もきっと一度や二度ではないのだろう。
重ねて言うが、もしこれが僕の身に起こったことならば今日からでも死ぬ気で鍛錬に励むし、というかそもそも鍛錬を一度でもさぼったりしない。
しかし、良くも悪くも社長のことを何とも思っていない苗字さんはあろうことか口答えをしてしまったらしい。
「眼前の敵から逃げおおせることができるのなら、真向から戦う為の技術なんていらないじゃないですか。事実、鍛錬を押し付けてきた社員達は誰一人私を捕まえられなかったんですよ。つまり、私に鍛錬は必要ないということです」
「そこで、敦君には是非全力で逃げる苗字を捕まえてもらたい」
「いや、はぁ…」
僕に状況を説明する為に再度自分の言い分を披露してくれた苗字さんは、きっと社長のこめかみに青筋がたっていることには全く気付いていないのだろう。
彼女のこの図太さを豪胆ととるべきか愚鈍ととるべきか考えあぐねていた僕に文字通り縋り付いてくる苗字さん。
「敦くんから逃げ切ることができたら、体術鍛錬受けなくていいって言うの。でもそんなの無理じゃん。敦くんの異能力、鬼ごっこにおいてチートじゃん…無理だよぉ」
「だったら最初から素直に鍛錬を受ければいいんじゃ…」
「私もそう言っているんだが、」
「それは嫌なの!」
「この通りでな」
涙声で叫ぶと同時に足元にくずおれた苗字さんの駄々っ子ぶりと、眉間を揉みながら溜息を吐いている社長を見ていると、当事者でもないのに妙な責任感を感じてしまう。
こんなだから、厄介事に巻き込まれてしまうんだよなあ。
「苗字さん、たかが鬼ごっこですし、ちょっとやってみましょうよ。僕、苗字さんなら逃げ切れるような気がします」
「…敦くん、手加減してくれるってこと?」
「違います!」
僕の耳元に口を寄せてこっそり尋ねてくる苗字さんを押し返す。
自分の意に反することには頑として首を縦に振らない彼女の姿勢を、僕は少し見習うべきかもしれない。
「そもそも敦くんはなんでそんなにやる気なの?なんのメリットもないでしょう?」
「敦が勝った場合は褒美に何でもひとつ願いを叶えてやろう」
「えっ」
「なにそれ、ずるい!」
「お前が勝った場合は鍛錬の件は考えなおすんだ。妥当な条件だろう」
「しかも鍛錬なくなるんじゃないんだ…。ますますやる気が出な、」
「いや、やりましょう!苗字さん!」
「えぇ…現金な子だなあ」
「どっちがですか」
さっきまで僕に縋り付いて泣いていた苗字さんが、今度は迷惑そうな顔でこちらを睨んでくるものだから思わず心の声が口を吐いて出てしまった。
「…急にやる気になったということは、お願い事はもう決まってるんだ?」
「え?えぇ…まあ」
「へぇ」
そう言ってにやりと笑った苗字さんに悪い予感を覚えたのは僕だけじゃなかったらしい。
「余計なことはするな、名前」
「まだ何もしてないんですけど!」
「社長の言う通りですよ。いい加減観念しましょうよ」
「敦君まで…。そうは言うけどさあ、実際に叶えてもらえるお願いなのか、先にこの場で提示しておいた方が良くない?」
「え」
「私との鬼ごっこに勝てたら、敦君は何をお願いするつもりなの?」
目の前のしてやったり顔が、例えば太宰さんのものだったりしたらイラッとして終わりだったのだろうけれど、今目の前にいるのは苗字さん。
何を隠そう、彼女は僕の想い人なのだ。
相手が苗字さんとなると、憎らしい得意げ顔も可愛らしく見えて言葉に詰まってしまう。
惚れた方が負けとはまさにこのことだ。
「私が叶えてあげられるお願い事なら、わざわざ鬼ごっこなんてしなくてもいいでしょう?仕事のシフト変わってあげてもいいし…あっ!お茶漬けを好きなだけご馳走しようか!」
「いや…」
「彼女にしか叶えられない願い」が頭を過ったのは確かだ。
けれど、当の本人にこれほど見当違いなことばかり並べ立てられてしまうと、脈なしであることをまざまざと見せつけられるようで気が滅入ってしまう。
「名前、いい加減にしろ」
社長の周りの空気が一段と冷たくなったのが分かった。
さすがの苗字さんもまずいと感じたらしく、口を尖らせながら「はい」と答えた声はさっきまでが嘘のようにか細い声だった。
「制限時間は2時間だ。ヨコハマの街中であればどこを逃げ回ってもいい。名前、10分やるから先に逃げなさい」
最後の抵抗なのか、無言のまま社長室を出て行く苗字さんが漂わせる悲壮感があまりにも大きくて思わず罪悪感を感じてしまう。
今からあんな様子の彼女を捕まえなければならないと思うと尚更だ。
(こんなことなら、少し手を抜いて彼女を勝たせてあげても…)
「敦」
「は、はい!」
「私が力を貸さずとも、お前の願いは叶う。死ぬ気で名前を捕まえて、堂々とあの子に伝えなさい」
「え…は⁉いや、僕は…」
あまりにも予想外の相手から爆弾が投下され、しどろもどろになってしまう僕を傍目に、社長は春野さんに呼ばれて会議へと出発してしまった。
一体いつから僕の気持ちに気付かれていたのかとか、他の社員にも知られてしまっているのでは…まさか本人にも?なんてぐるぐる回る思考回路を一旦停止させる。
もしかして、これはいつもふらふらと掴みどころのない僕の想い人を「つかまえる」千載一遇の好機なのではないだろうか。
彼女のことは誰よりも見てきた自信がある。
お気に入りのサボり場所から、絶対に負けられない戦いの時に使う抜け道まで、苗字さんのことなら何でも知っているつもりだ。
「惚れた方が負けなんて言わせないぞ…!」