その小さな手を
カガリは1週間後にプラントを発つことになった。
その1週間は、あっという間に過ぎた。
アスランはいつものように仕事に行き、その間カガリは荷物の整理をした。
一緒に食事をしても、言葉が出てこない。
もう一緒に眠ることはなかった。
カガリが発つ前日、キラがアスランの邸宅を訪ねてきた。
何かと縁のあったお姫様に最後に会いにきたのだ。
キラはカガリとの別れの挨拶を済ませた後、アスランのいる書斎に寄った。
「なんて顔してるの、アスラン…」
キラが3年前にも言った言葉だった。
しかしアスランの顔はそのときとは大きく違っている。
明らかに寝不足で、それ以上に苦しそうで…壊れそうな…
「そんなこと言いにきたのか、キラ」
「いや、そうじゃないけどさ…」
うーん、と親友は頭をかいた。
この3年間…キラはずっと二人を見てきた。以前とは別人のように柔らかくなったアスランをよく知っている。
もしこのまま姫がいなくなったら、アスランは以前のような機械的な人間に戻ってしまう…?
いや、もっと酷いことになる。
「自分の気持ち、ちゃんと伝えたの?」
「……伝えてどうする。カガリは明日国に帰るんだぞ」
「でも、言うのと言わないのとでは全然違うよ」
「…っ何がだ!!」
アスランはデスクに乗っていた書類を乱暴に払いのけた。
そんなアスランを見て、キラは溜め息をつきながら自分が持っていた分厚い本を差し出した。
「…? なんだ」
「この本はね…僕が今日まで、君のお姫様に貸していた本だよ。さっき返してもらった」
本の表紙には“軍事裁判のすべて”と書いてあって、アスランは目を見開いた。
カガリが…こんな本を…?
「最初は政治の本が多かったかな。でもだんだん歴史とか戦争とかジャンルが広がっていって…ついにはこんなものまで」
キラは肩をすくめて笑った。
アスランはキラが何を言っているのか分からなかった。
「新聞はダコスタさんから貰ってたみたいだね。あとは自分で細々と集めて…。彼女の部屋見てないの?すごい量だよ」
カガリの部屋…
だいぶ前にカガリが熱を出したとき以外、アスランはカガリの部屋に入ったことはなかった。
女の子のプライベートに立ち入るのは大人の男としてどうかと思ったのだ。
カガリの部屋の掃除も女性の使用人に頼んでいた。
「いつからだ…?」
「うーん、いつだっけ。たぶん彼女がここに来てしばらくした頃。それからずっとだよ」
ここにって、10歳のときから…!?
「だから彼女が反乱軍の陽動に気づいたって聞いたとき、僕いろんな意味でびっくりしちゃったよ」
キラの言葉でアスランも思い出した。
そうだ。
普通、あんな考えや言葉が13歳の子からスラスラ出てくるはずがない。
アスランが仕事でいない昼間、一体どれだけ勉強していたというのだろうか。